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リヴァイアサンの元ネタは聖書だった [聖書]

「旧約聖書外典」の第4エズラ書を読んでいたら、ベヘモートとレビアタンというものがでてきました。
ベヘモートはバハムート、ベヘモス、ビヒモス、ベヒーモス、ベヘモットともいうよう。
レビアタンは、リヴァイアサンともいう。

「ベヘモス」
http://www5.cncm.ne.jp/~ryuji-t/kenkyu/behemoth.htm

「リヴァイアサン」
http://www5.cncm.ne.jp/~ryuji-t/kenkyu/leviathan.htm

1世紀頃『第四エズラ書』(関根正雄訳『旧約聖書外典』下巻icon/講談社文芸文庫)
 そののち、あなたは二つの生きものを生かしておかれました。その一つはベヘモートと名づけ、他の一つをレビアタンと名づけられたのです。あなたはこの二つを別々のところにはなしておかれました。なぜなら水があつまったあの第七の区域は、これら二つの生きものをいっしょに入れておくことができなかったからです。あなたはベヘモートには第三日目に水の干あがった土地、つまり多くの山のある陸地を住みかとして与え、一方レビヤタンには第七の区域、水のある場所をお与えになりました。あなたはあなたのよしとされる人が、よしとされる時に食べるためにこれらの生き物を生かしておられたのです。

聖書が元ネタになっているお話は多いのだなと思いました。
上記サイトを見ると、その多くは聖書正典ではなく、外典偽典のほうに載っているのですね。
前200年頃『ヨブ記』(正典)
1世紀頃『シリア語バルク黙示録』
1世紀頃『第四エズラ書』
1世紀頃『預言者の生涯』ダニエル
8世紀頃『エチオピア語エノク書』

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創造主に対して感謝の心を持つべき [聖書]

神なんてと思っていたけれど、日本で巨人の骨がみつかったことを知り、このようなものの存在は進化論では説明できないと思うのですよね。
「ネフィリム 巨人は日本にもいた 岩手一関」
http://kusunoki-456.blog.so-net.ne.jp/2017-08-09-1
陰謀論者の中では進化論なんてうそっぱちといわれていましたが、確信がもてなかったのです。

そうすると聖書など古い文書にあるように、宇宙人が人間や巨人を作ったり、人間が堕落したから一旦滅ぼしてやりなおしってこともありのように思います。

人間や動物たちが地球で生きていけるように、空気や水や食べ物を生み出し、環境を整えてやった。
しかしその創造主である神に人間は感謝せず、好き勝手にしている。

「旧約聖書外典 下」講談社文芸文庫
第4エズラ書を繰り返し読むうちに、創造主に対する感謝の気持ちがわいてきました。
我々を生み出したもの、環境を整えてくれたものに対する感謝を持つべきではないかと。

しかし、聖書に出てくる神はすべて同一人物かというとそうではないと思う。
バチカンによって、都合のいいことを書かれているところもあると思う。

8:1「至高者はこの世を多くの者のためにつくられたが、来るべき世は少数者のためにだけつくられたのだ。(中略)創造されたものは多いが救われるものは少ない。」

悪がはびこり、終末がきたのち、義しいものだけが次の世にいける。

8:50 この世に住んでいる人々はおごり高ぶって生きているので、終末の時には多くの悲惨なことを味わうであろう。だが、お前は自分のことをよく考えて見るがよい。そしてお前と同じような人々の受ける栄光をたずね求めなさい。お前のためには、パラダイスの門が開かれ、生命の木が植えられ、来世が準備され、豊かな富が用意され、安息が予定され、めぐみが確保され、知恵がみたされているからだ。悪の根はお前に対しては封印され、病は消え失せ、死は隠され、地獄も逃げ去り、腐敗は忘れられ、悲しみは過ぎ去り、最後には不滅の宝があらわれるであろう。
だからほろびゆく多くのものについてはもういっさいたずねるな。かれらもかつては自由を与えられたのに、至高者を軽んじ、その律法をあなどって、その道を捨てたのだ。そればかりか、かれらは主の義人たちをふみつけ、心の中で神はいないといった。


大本教でも、良い心のものだけが次の世にいけると言っている。

アヴァンギャルド精神世界
「冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。」
クリスタル・ピープル」
2005-08-07 06:40:08
http://blog.goo.ne.jp/naitoukonan/e/b20dd393359b48d7a5ac2c5b2e93def0
「この神(艮の金神=宇宙の創造神)が、あっぱれ表面(おもて)になりたら、世界を水晶の世に致すのであるから、改心を致したものから早く致すぞよ。水晶の神代になれば、此の世は思ふようになるぞよ。水晶の霊魂を改めて、神が御用に使うぞよ。身魂(みたま)の審判(あらため)を致して、神が綱を掛けるぞよ。綱掛けたら神は離さぬぞよ。」(大本神諭 天の巻 第一輯/東洋文庫)

「水晶魂を選りぬいて、霊魂の調査致すぞよ。絶対絶命の世になりたぞよ。世界のものよ。改心いたされよ。世が変わるぞよ。ビックリ致すことができるぞよ。改心次第で助けるぞよ」 「今度お役に立てるのは、水晶魂の選り抜きばかり。神が憑(うつ)りて参るぞよ。」 (大本神諭 天の巻 第二輯/東洋文庫)

このように、これから世の大峠、世の中の立て替え立て直しをするのだというが、それを担うクリスタル・ピープル(水晶魂の人)は、どこにいるのだろうか。 「昔から結構な霊魂(みたま)の高い神様ほど、世に落ちてござるぞ。」 (大本神諭 天の巻 第一輯/東洋文庫)とあり、社会的には、下層にいることが示されている。

魂がクリスタルであればあるほど、この世は生きにくいはずであるから、成長するにつれて、社会に対する不適応が表面化するだろう。だから、たとえば引きこもりの人(ニート)の中にだってクリスタル・ピープルがいる可能性は十分にあるのだと思う。そして現代社会にうまく適応している人ほどクリスタルな魂ではないのだと思う。ただしニートすべてがクリスタル・ピープルだなどと言うつもりはない。


「第4エズラ書」解説 によると、(P.303)
この書物の名称はローマ・カトリック協会の公認ラテン語聖書ウルガタに用いられている名称であって、16世紀のジュネーブ聖書以来の英訳(外典)では第2エスドラス書と呼ばれている。ところが、ギリシア語訳(七十人訳)で第2エスドラスといえば今日正典となっているエズラ・ネヘミヤ記の名称であって、きわめてまぎらわしい。
しかも、ウル型で第4エズラ書は現在の多くの訳本のように15章によってなる一巻であるが、後代のラテン語本は(1)1-2章、(2)3−14章、(3)15-16章、と3部に分け、それぞれ「第2エズラ」「第4エズラ」「第5エズラ」とよんでいるので一層わかりにくい。

2010-10-28
「第4エズラ書とエレミヤ書とロズウェル事件」
https://ameblo.jp/002ameblo/entry-10690045929.html
2010-10-29
「ロズウェル事件」
https://ameblo.jp/002ameblo/entry-10690895304.html#main

この第4エズラ書はいつ正典ではなく、外典に含まれることになったのか。

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旧約聖書外典:第4エズラ書 [聖書]

「旧約聖書外典 下」講談社文芸文庫

第4エズラ書は興味深いです。

エズラはなぜ人間を作ったのか主に問うています。

アダムにたったひとつだけ守るべき戒めを与えたのに守らなかった。彼だけでなく彼から生まれる子孫の全てに死ぬべき運命を与えた。
ノアとその子孫だけ助け残りは洪水で滅ぼしてしまった。
人間が堕落したからだというけれど、シオンに勝ったバビロンの住民たちも堕落しているのに滅ぼされない。
なぜイスラエルはひどい目にあわされるのか。
どうして私は生まれてきたのか。
生まれて来なかったらこのような苦しみを見ないですんだでしょうに。
これほど多くの労苦の結果成長した人を突然滅ぼされるとしたら、いったい人は何の目的でつくられたのですか。

使いの天使が答える。
空虚なものは空しい人々のためにあり、豊かなものは豊かな人々のためにある。
今見ることのできない町が現れ、いまはかくされている国があらわになる。

至高者は一つの世ではなく、二つの世を作った。
義しい者の数は多くはなく、むしろごくわずかであり、一方不敬虔なものはおびただしくいる。
救わる少数の者のために非常に喜んでいる。一方わたしは滅びゆく多数のものについてはすこしも悲しまない。彼らは霧のようなもの、炎や煙に似たものであり、火で焼かれてまもなく消滅してしまうものだから。

一人の人が死ぬべきだという決定的な命令が至高者から発せられると、霊魂は肉体を離れてそれを与えた方のもとに帰るのだが、そのとき霊魂はまず至高者の栄光をほめたたえる。もしその霊魂の持ち主が至高者をあなどり、その道を守らず、律法を無視し、神を敬う人々を憎む人である場合には、その霊魂は落ち着く場所を与えられず、苦しみのうちに流浪し、なげき悲しみながら、7つの道をさまようのだ。

至高者はこの世を多くのもののためにつくられたが、来るべき世は少数者のためだけに作られたのだ。
大地は土器を作るための粘土を多く産出するが、黄金のとれる砂はごくわずかしか産しない。創造されたものは多いが、救われるものは少ない。

畑があってこそ種があり、花があって色があり、仕事があって産物がある。農夫があってこそ打穀場がある。
今やこの世界には欠けるもののない豊かな食卓とつきることのない牧場が備えられているというのに、そこに住むために創られた人間はくさった生き方をしているではないか。
わたしの大地を見た。どうだろう、そこに入ってきた人間どもの悪巧みによって危険に瀕しているではないか。
生まれた値打ちのないようなものはいくら多くてもみなほろびるにまかせるがよい。


エズラは夢を見た。
海から立ち上がった人が雲に乗ってやってきた。
巨神兵のように口から火を吹いて多くの人間を焼き尽くした。
焼き尽くしたあと、この人は山からおりてきておだやかな人々をよびあつめた。

世の終わりを見る人はなんと不幸なことか。
しかし世の終わりを見ることができずに死ぬほうが不幸である。

海の中から立ち上がってきたあの人こそは、至高者が何代もの間とっておかれた人である。
彼は至高者の創造されたものを救い、生き残ったものをみちびくであろう。

さてお前の見た一群のおだやかな人々のことだが、これらはホセア王の時代に捕囚となってひいてゆかれた十の部族なのだ。アッシリアの王シャルマネサルが彼らを捕虜とし、川を越えて異国に連れ去ったのだ。しかし彼らは自分たちで別な企てを持ち、多くの国民をはなれて、人間がかつて住んだことのない遠いところに行って、さきに時刻にいた時には守らなかった律法をそこでは守ろうと考えた。彼らは長い道のりを旅しなければならなかった。その旅は一年半もかかった。その土地の名はアルザレト(もう一つの国)という。

エズラは主に与えられた飲み物を飲んで、悟りの言葉を語り始めた。
施工者が五人の書記に悟りの力を与えたので、彼らはエズラが口授することを交代で書き始めた。
その文字は彼ら自身も知らない文字であった。
四十日の間に94巻の書物が書き上げられた。
初めに書いた24巻を公開して、全てのものに読ませよ。
後に書かれた70巻については、賢いものにだけ与えるためにしまっておけといわれた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

主(宇宙人)が人間を作ったのなら、たしかにその宇宙人は創造主である。
主は全ての人を救うつもりはない。
義しい者だけを救う。
死ぬと霊魂は肉体から離れる。
終わりの前には不正がはびこり、悪は極まっている。

メッセージを受けて、大変な量のことを筆記していく。
大本教の教祖出口なおのおふでさきというのと同じように思います。

アルザレトってなんとなく日本だったりしてなんて。
人間がかつて住んだことのない遠いところ、その旅は一年半もかかった。


八尾(大阪府)に始まる【日本建国・創建史】
「【アルザレト・もう一つの国】(第四エズラ書)とは【元始・ヤマトクニ】(秀真国)の事で在る…」
http://linkis.com/amba.to/v1mQu

おしゃれ宇宙人blog
【哲学】 日本神道とユダヤ教と・・・宇宙人? 【検証】
http://kado777.blog84.fc2.com/blog-entry-352.html
創造主達は、人間を滅ぼしたのは過ちだと判断し、自ら介入することをやめたんだね^^
これが宇宙文明の法則というやつで、文明が発達すれば、暴力から離脱できない文明は
自分らの世界を滅ぼすだけのテクノロジーを持った時点で、直ちに滅びの道を歩む・・・
つまり、異星人たちが介入する必要は無いということに気づいたんだね。
『他の惑星までたどり着ける科学力 = 自滅するほどのエネルギーを持つ』 という事? おK?
創造主らは、地球から撤退する際、人間に最低限暮らしていける技術を教えたのではないか?
いつか、人類が自力で科学を発展させ、ある 「特異点」 に達するとき、創造主・・・つまり異星人らは 地球に帰還し、人類と 「再会」 するのである・・・ その為の 『契約』 をする必要がある。
『エズラ第四書』 という古文書には彼らが神の助けを得ながら 「アルザレト(最果ての地)」 を目指した・・・という伝承がある。
もうおわかりだろうか? 「大和(ヤマト)」 とはヘブライ語で 「ヤーウェの民」 である。
彼らを導いたのは 女性のエロヒム・・・すなわち 『天照大神(アマテラスオオカミ)』 であり。
日本へと遠征した王とは今の天皇家の祖 『神武天皇(じんむてんのう)』 である。
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聖書外典にこそ知るべき情報がある [聖書]

聖書は何人かが語ったことがらが書かれていますが、かつて聖書に含まれていて、今は含まれなくなったものがあることを知りました。
それが聖書の外典とか偽典とかいうそうです。

支配者層にとって、人々を操るのに都合の悪いものを聖書からはずしてしまったということのよう。

すなわち外典、偽典には知るべき重要な情報が隠されているということです。

「地球の支配者は爬虫類人的異星人である」太田龍 によると、
ニケア公会議以前には「エノク書」という著作が存在し、聖書の一部を構成していた。バチカンはこれを禁書とした。(P.182)

「第一エノク書」がエチオピア(コプト語)で発見されて、その英訳本が出版されたのが1912年、「第二エノク書またはエノク書の秘密」のスラブ語版の存在が1892年に西欧に知られ、1896年英国オックスフォード、クラレントン・プレスからR・H・チャールズの編集で出版された。「第三エノク書またはヘブライ語版エノク書」が英訳されたのが1928年(フーゴ・オデバーグ訳、ケンブリッジ大学出版部)
ジョージ・C・アンドリューズは「エノク書」に描かれていることは、現在UFO研究家の間で「アブダクション(地球人が宇宙人に誘拐されること)」と呼ばれている現象そのものであると述べている。(「我々の中に住んでいる異星人」55ページ)
エノク書によれば、エノクは二度、天国に連れて行かれている。一度目は天国で神々から本360巻分にもあたる知識を与えられて地上に戻り、それを人々に伝える。二度目は天国に行ったまま帰らなかったという。(P.184)

フランボワイヤン・ワールド
「エチオピア語エノク書に描かれた終末」
http://flamboyant.jp/eschatology/esc012/esc012.html

講談社文芸文庫の「旧約聖書外典 下」1999年をみると、エノク書の全部は訳されていなくて、抄訳だそうです。
「スザンナ」
「ベールと龍」
「ソロモンの知恵」
「第四エズラ書」
「エノク書」
これらが書かれています。

訳して発行していただいた方々には感謝します。
こういう方達がいて真実を知ることができる。
国立大学から文学部の定員を減らすということは、こういう研究者を減らしてしまうことになり、大変な損失になるでしょう。
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ネフィリム 巨人は日本にもいた 岩手一関 [聖書]

聖書を読んでいると、「ネフィリム」という言葉が出てきました。

創世記6
さて、地上に人が増え始め、娘たちが生まれた。神の子らは、人の娘たちが美しいのを見て、おのおの選んだものを妻にした。主は言われた。「私の霊は人の中に永久にとどまるべきではない。人は肉にすぎないのだから」こうして人の一生は百二十年となった。
当時もそのあとも、地上にはネフィリムがいた。これは神の子らが人の娘たちのところに入って産ませたものであり、大昔の名高い英雄たちであった。

ネフィリムってなに?と思って調べると、巨人だそうです。

20170809-2.png
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「2008年6月14日岩手・宮城内陸地震震度6強」発生!:一関の崖で巨人化石が見つかっていた!?
http://quasimoto.exblog.jp/23124994/

巨人の骨が海外でいくつか見つかっていたが、日本でも2008年に一関の崖にあったのが地震でがけがくずれ、それがテレビで偶然映ったそうです。
一関は岩手県の第2の都市だそうです。
気仙沼の内陸にあって、海はない街のようです。

巨人がいたことは歴史で習わないし、巨人の骨があったことは隠蔽される。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ネフィリム
『創世記』第6章1~4節によれば、地上に人が増え始め、娘たちが生まれると、神の子らは人の娘たちが美しいのを見て、おのおの選んだ者を妻にした。こうして神の子らと人間の娘たちの間に生まれたのがネフィリムであった。彼らは大昔の名高い英雄たちであったという。
『民数記』第13章32~33節ではカナンを偵察したイスラエルの一隊が、「そこにすむ民は巨人であり、ネフィリムである。彼らアナク人はネフィリムの出だ」とモーセに語る場面がある。
『ヨベル書』7:21~23によれば、巨人たちが人の娘をめとり、そこからネフィリムが生まれたとされる。ネフィリムは「みな仲たがいをして共食いをし、お互いを殺しあった」という。この箇所ではネフィリム以外にエルバハ、ネピル、エルヨという三種の名称があげられているが、それらも巨人をあらわしていると考えられる。
『第一エノク書』7章では地上に降りて人間の娘と交わった天使たち(グリゴリ)によって、巨人が生まれたという。巨人の体長は3000キュビット(1350m、ギリシア語の『エノク書』[1]では3000ペーキュス[2])もあり、人間たちの食物を食べつくすと共食いを行ったという(7:5)。

手持ちの聖書で調べてみると、『ヨベル書』と『第一エノク書』は聖書に載っていませんでした。
民数記13:25
四十日ののち、彼らは土地の偵察から帰ってきた。パランの荒れ野のカデシュにいるモーセ、アロンおよびイスラエルの人々の共同体全体の元に来ると、彼らと共同体全体に報告をし、その土地の果物を見せた。彼らはモーセに説明していった。「わたしたちはあなたが遣わされた地方に行ってきました。そこは乳と蜜の流れるところでした。これがそこの果物です。しかし、その土地の住民は強く、街という街は城壁で囲まれ、大層大きく、しかもアナク人の子孫さえ見かけました。ネゲブ地方にはアマレク人、山地にはヘト人、エブス人、アモリ人、海岸地方およびヨルダン沿岸地方にはカナン人が住んでいます」
カレブは民を静め、モーセに向かって進言した。「断然上っていくべきです。そこを占領しましょう。必ず勝てます。」しかし彼と一緒に行った者たちは反対し、「いや、あの民に向かっていくのは不可能だ。彼らは我々よりも強い」といい、イスラエルの人々の間に偵察してきた土地について悪い情報を流した。「我々が偵察してきた土地は、そこに住みつこうとするものを食い尽くすような土地だ。我々が見た民は皆巨人だった。そこで我々が見たのはネフィリムなのだ。アナク人はネフィリムの出なのだ。我々は自分がいなごのように小さく見えたし、彼らの目にもそう見えたに違いない」

「進撃の巨人」は実話を元にしているということですね。
その巨人たちはどうしてほろびたのでしょう。


ちらっと写っている家の形と川沿いということから、探してみるとここではないかと思われます。
厳美町
〒021-0101 岩手県一関市
38.970933, 140.970180
一関ICから西に342号線をいく。

シャンティ
「巨人と地底世界」
2017/02/01(水) 23:10:02
http://tenten888.blog.fc2.com/blog-entry-113.html
コメント欄には「〒021-0101 岩手県一関市厳美町下真坂48付近の河川」とまで書いた情報もある。

シャンティフーラ
[YouTube 他]「進撃の巨人」は実在した?5m超の巨人の化石を発見! 〜巨人が存在した事は疑いようの無い事実、人類の覚醒を阻むために隠蔽されてきた〜
https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=97331
岩手・宮城内陸地震(2008年6月14日) 岩手県内陸南部で発生した、マグニチュード7.2 最大震度6強の地震で起きた岩手県一関の崖崩れの映像です。 現場からの中継で映り込んでしまったとされる巨人の骨。 骨の無い映像と見比べてください。 あなたにはどちらが本物のように見えるでしょうか。

「【衝撃画像】人類は食料だった?!世界中で発見されたとされる「巨人・ネフィリム」発掘画像たち」
http://guppy.a-ch.net/test/read.cgi/oldnews/1381375183/l50
41 :名無しさん:2013/10/10(木) 17:47:35 ID:???
一関のヤツは岩手宮城内陸地震の時のな。
この辺昔は骨寺村って地名だったんよ。

ソラと雲のおもい
2011.01.11
岩手一関・中尊寺 夫婦岩 巨釜半造
https://plaza.rakuten.co.jp/sorakumoomoi/diary/201101110000/
「気仙沼市の半島にある巨石群の一部で、足をあらわしているそうです。 南米やムー大陸から、(イシキの)悪者(=津波)がくるので、足で蹴飛ばして跳ね返すために、巨石群になったそうですが、淵に悪者が住み着いて困るので消滅して欲しいと言ってきたのは、、室根山の巨人達でした。

室根山に巨人伝説があるのですね。
〒029-1201
岩手県一関市室根町折壁室根山2

一関市厳美町下真坂48から真東に室根山があり、その距離は30キロもなさそう。

骨寺村荘園遺跡
http://www.honedera.jp/outline/index.html
一関市厳美町の本寺地区は、その昔、「骨寺村」と呼ばれた荘園で、 中尊寺の経蔵別当の所領でした。

http://www.honedera.jp/outline/origin.html
骨寺村の由来
絵図に「骨寺跡」「骨寺堂跡」という文字と、建物の礎石のような図像が描かれています。かつてここに骨寺という寺があって、絵図が描かれた鎌倉時代の後期には廃寺になっていたことが分かります。今はその跡も確認できませんが、その寺の名前が村の由来になったと考えられます。 骨寺とは珍しい名前ですが、亡くなった人の骨の一部を特定の聖地に納める風習(分骨)があります。この骨寺はそのための場だったのではないでしょうか。
髑髏(どくろ)伝説
鎌倉時代の『撰集抄』という説話集に、平泉郡にいた一人の娘が、天井裏の髑髏から法華経の読み方を習い、その髑髏を逆柴山に葬ったという話があります。その髑髏は、比叡山の高僧第18代座主の慈恵大師良源の髑髏で、葬った場所が慈恵塚だと本寺では伝えられています。このことが、骨寺村という名前の由来であるともいわれています。

20170810-1.png
20170810-2.png
画像はこちらのサイトから。
http://blog.goo.ne.jp/pea2005/e/c5a4123b61da8efd08add3bbce907c84
見えにくいですが「骨寺跡」「六所宮」「堂山」「白山寺崎」とかあります。
調査では骨寺跡の痕跡はみつからなかったと。

骨寺村とはかなり珍しい名前です。
やはり巨人の骨からでしょうね。
亡くなった人の骨の一部を特定の聖地に納める風習(分骨)があります。」
この特定の聖地とはどこでしょうか。

現地から骨寺村荘園交流館まで500メートルぐらいのようです。

骨寺村は中世の道などの配置が残されたままの土地で、古地図と一致するのが貴重なところのようです。
画像を見ると、この地区は田んぼの区画整理がされていないところが多くあるようです。
もしかしたら掘ったら巨人の骨が出るかもしれないから、掘らずにおいておいたと妄想するのもロマンがあります。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:骨寺村荘園(一関本寺)2.jpg

「一関本寺の農村景観」(骨寺村荘園遺跡)写真コンテスト審査結果発表
http://www.city.ichinoseki.iwate.jp/index.cfm/6,71963,91,6,html
ドローンによる空撮の写真。不整形な田んぼが広がり、手前から奥 へと道が続き、向こうに山並みが見える広い感じの田んぼと民家の混合が非常に美しく上手に撮られている。

google mapの航空写真で現地を見るとよくわかりますが、342号線沿いに東側の集落を見ると、川沿いや山際を除いてびっちりと区画整理されていますし、49号線で北にいくと、整理されていないところもあるけど、されているところもある。西側の山王山温泉瑞泉郷のある地区も区画整理されていません。

そうすると、なぜ骨寺村のあたりだけ区画整理されていないのか謎ですね。

http://www.city.ichinoseki.iwate.jp/index.cfm/6,75935,91,6,html
●岩手県一関市埋蔵文化財発掘調査報告書第22集(総括報告書) [32187KB pdfファイル]
http://www.city.ichinoseki.iwate.jp/index.cfm/6,75935,c,html/75935/20170510-153012.pdf
によると、「骨寺(ほねでら)」が「本寺(ほんでら)」になったよう。

現地から川沿いに西の方を見ると、高圧線の下ぐらいになにか見えます。なんでしょう。

20170811-1.png
20170811-2.png

8/11追記

室根山を検索すると、なんと昔は鬼首山といったようです。
これは巨人がいたことを裏付ける強力な事柄です。

いわての山々 室根山
http://www.bunka.pref.iwate.jp/shizen/yama/data/13.html によると

■名称(読み方) 室根山(むろねさん)
■別名 東小富士
        鬼首(オニカベ・オニコウベ)山
        桔梗山
        卯辰山 など

■名前・別名の由来 安永4年書上「元正天皇養老二年九月御勅願。紀州牟婁郡音無河より御舟にて御下向。(宮城県)本吉郡唐桑村鮪立(しびたち)御上り、室根山へ勧請」「これより鬼首山を改め牟婁峯山と称し、以後は室根山。けだし紀州牟婁より熊野本宮勧請をもってなり」(室根村=現在の一関市『室根山』)という説のほか、ムロは館(むろみつ、海津の官舎)や、熊野神社の御室(むろみつ、御森)からついたなど、諸説がある。

8/12追記
鬼首山を改め牟婁峯山(むろねやま)と称すことになった養老2年っていつなのか調べると、なんと西暦718年でした。
それが記されたのが安永4年=1775年。
718年とは随分と古いことなので驚きましたが、養老年のころはどのような時代だったかをみると、
20170812-1.JPG
私が中学の時に使っていた「世紀別 中学歴史地図・年表」東京法令出版 昭和55年改定新版のものです。
なんとこのころに諸国に風土記を作らせ(713)、古事記が作成され(712)、日本書紀(720)が作成されたとあります。
歴史の捏造がなされたころと同じくして、地名の変更も行われているのですね。
養老律令ができたのが718年。

https://kotobank.jp/word/養老律令-145911
古代法典の一つ。藤原不比等らが養老2 (718) 年『大宝律令』を修正,撰定したもの。律は 10巻 12編,令は 10巻 30編から成る。同年に成立したとする説と,編修事業に着手したとする説とがある。

「多くの天皇の母は藤原氏」
http://kusunoki-456.blog.so-net.ne.jp/2017-04-16
「角川日本史辞典」の大王・天皇表(舒明ー今上)までの天皇の父親、母親、即位年月日、退位年月日の表をみると、97人の大王・天皇のうち、母親が藤原氏なのは64人もいました。
実に66パーセント。
藤原氏が母親で一番古い天皇が、聖武天皇。
聖武天皇は724年即位。

安永4年のこの資料とはなんでしょう。

鬼首で検索していると、鬼首村が宮城県にあることを知りました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/鬼首村
鬼首村(おにこうべむら)は、昭和29年(1954年)まで宮城県玉造郡の北西部にあった村。現在の大崎市鳴子温泉鬼首にあたる。

20170812-2.JPG
クリックすると拡大します。
この地図は「マップル岩手県」より。
地図を見ると、岩手県一関 骨寺村荘園遺跡から宮城県大崎市の鬼首は近く、どちらも栗駒山のまわりに位置します。
室根山と宮城県鬼首とのなかほど、やや北寄りに骨寺村荘園遺跡が位置します。
巨人の活動範囲と考えることができそうです。


みちのく中央磐井歴史物語
「室根山・みちのくの真実を明かすお山」
http://iwaigaku.com/contents.php?c=chair&p=108&sc=8
<無漏(むろう)恵ね山観音寺>
  「無盡(ムジン)意ニの唱導変成普門品 悉皆解脱 無漏むろ恵ね観音」
<計仙麻神体山 室根祖霊山>
     「計仙麻社の奥津宮城の鬼首の山 神統一つ遠山は呼ぶ」
<遠山鬼仙国>
     「室根本 鬼首物語 歴史なり 日高見鬼国 書紀の正傳」
<鬼首山と室根山の間>
     「風俗の鬼首山 王法計仙麻山 佛法 牟婁峯へ問導く」

8/13追記
http://www.lares.dti.ne.jp/~hisadome/honji/files/MURONE.html
「室根山由来記」[LINK] - 本地垂迹資料便覧
牟婁峯山本宮由緒
夫より神勅に随て鬼首山を八方に踏分け此山峯の八合目に御社地を卜し御宮御造営有りしは養老二戊午年九月十九日の事なりき 此時鬼首山を更めて牟婁峯山と称し玉ふ 後世室根山と云ふ 蓋し紀ノ国牟婁より御廟を遷し奉りし故なり 熊野大権現を此時より牟婁峰山大権現と申し奉ると云ふ

木造聖観音立像(もくぞうしょうかんのんりゅうぞう)~室根地域~
http://www.city.ichinoseki.iwate.jp/index.cfm/18,8310,132,159,html
―今を去ること1330年ほど前、「朝一時山(あさいっときやま)」と呼ばれていた室根山には、身の丈八尺(2.4メートル)もある、髪が縮れ赤ひげの鬼のような山男たちが住んでいました。この山男たちが人々の生活を脅かしていたので、里人の願いにより、朝廷では953騎を派兵し、討伐を行いました。討伐した首領の首を山の中に埋め、以来、「朝一時山」は「鬼首山(おにくびやま)」と名を改められました。山男の2人の副首領の首二つのうち、一つは里に埋め「鬼地塚」と名を付け、一つの首は都に送られました。後に、この戦いで死んだ多くの者を弔うために、都に送られた首がこの地に戻り、首塚と供養塔を建てるとともに、聖観音を勧請し、宝物として太刀やお経が納められたのです―
 この時が和銅3(710)年正月17日で、「南流山慈眼院観音寺」、現在の南流神社の始まりと「慈眼院南流山観音本地品」に記されています。
 南流神社の本尊は、見ると目がつぶれるとされていたことから、永遠にその姿を見ることを禁じられ、人々の目に触れることはありませんでした。しかし昭和22年、日蓮宗の行者の「この仏が世に出る時が到来した」との言葉を受けた当時の南流神社別当、吉度義雄さんの手によって、荒コモに巻かれちりの積もった観音像が発見されたのです。それがこの木造聖観音立像です。
登録日: 2007年5月1日

南流神社は室根山の4キロほど南にある。
1330年前(2007-1330=西暦677年)には、室根山は「朝一時山(あさいっときやま)」であったが「鬼首山(おにくびやま)」と名を改められましたとあるけど、それが養老2年(718年)には「むろねやま」になったなんてことあるだろうか。
718-677=41
たった41年で山の名前が変わったりするだろうか。
つじつまがあわない気がする。
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アダムは930歳で死んだ [聖書]

聖書を読んでいると、登場人物が異常に長生きなのに驚きます。
しかし、アダムとイブの話でも、ノアの方舟の話でも、それがマスメディアに取り上げられる時、その年齢については一言もふれられません。

創世記5によると、死亡年齢は
アダム:930歳
セト:912歳
エノシュ:905歳
ケナン:910歳
マハラルエル:895歳
イエレド:962歳
メトシェラ:969歳
レメク:777歳

エノク:365年生きた。エノクは神と共に歩み、神が取られたのでいなくなった。(創世記5:24)

このエノクに起こったことは、宇宙人によるアブダクションであると考えることができます。

ノアが500歳になったとき、セム、ハム、ヤフェトをもうけた。(創世記5:32)
ノアが600歳の時、洪水が地上に起こった。(創世記7:6)
ノアは洪水の後350年生きた。ノアは950歳になって死んだ。(創世記9:28-29)

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「地球の支配者は爬虫類人的異星人である」太田龍 2007年を読んでいたら、
太古より地球の支配者は異星人である。
宗教は異星人による人間支配の道具だった。
と書かれていました。

この本を購入したときは、そこまで理解できなかったけど、今はそうだと理解できます。

聖書の記述から異星人に関するすべての文章が体系的に削除された。
これはローマ・カトリック教会のニケア公会議(西暦325年)において行われたと。
ジョージ・C・アンドリューズの「異星人 友と敵」(1993年)に書かれていると。

先日の池上彰のテレビで、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の聖地はエルサレムで、それでまたもめているということでしたが、これで対立を作っているようです。


ザビエルは日本人は抹殺しなければならないと言った [聖書]

聖書のエゼキエル書のあたりを読んでいると、どうもイスラエル人は神(宇宙人)にさからっているようなのです。
エルサレムに神(宇宙人)の激怒させるような像がおいてあったり(エゼキエル書8:3)、神(宇宙人)を聖所から遠ざけるためにイスラエル人がはななだ忌まわしいことを行なっている(エゼキエル書8:6)とかいう記述があります。
神(宇宙人)を信じろと言って、信じないと殺すとまで言っているのに、したがわないものたちがいる。

私はこれがひょっとして、流れ流れて日本人になったんでは、と思いました。
神を信じろと言っても信じない人々。
なかなか容易に洗脳されない人々。

もしかしてザビエルはこの日本人が洗脳されなかったイスラエルの人だと気がついたのではないかと。
だからザビエルは日本人は抹殺しなければならないと言ったのではと。



millnmのブログ
「ザビエルが恐れていたことが実現する」
2015-09-05 09:11:30
https://ameblo.jp/millnm/entry-12069601870.html
より引用開始
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現代のカナン人とはだれか。

タルムードユダヤ人である。

イエズス会はタルムードユダヤ人であるイグナチウス・デ・ロヨラが作った。

ザビエルは、日本人は将来イルミナティを破壊する恐れのある民族であると述べた。

ザビエルは「日本人は、将来イルミナティにとって強力な敵になるから抹殺すべきだ」と言った。

https://www.youtube.com/watch?v=Ass7YESyXSg

そのためイエズス会による「宣教」は、長期的に日本人を滅ぼすことを目的としていたと考えられる。(*)

それゆえ、徳川幕府の鎖国政策は、日本人自身をサタンから救ったという側面があった。

イグナチウス・デ・ロヨラの本来の目的は、キリスト教に偽装したルシファー教団を作ることにあった。

宗教改革によってヨーロッパにおいて領土を失ったローマ・カトリックは、イエズス会を通じて世界に乗り出した。

Edward Hendrie, Solving the Mystery of BABYLON THE GREATによれば、ローマ・カトリックそのものがタルムードユダヤ人の作である。

かつてイルミナティの幹部であったスヴァリという女性の証言によれば、バチカンの地下では人身御供の儀式が行われている。

https://www.youtube.com/watch?v=88605hKJIAw

宗教改革と反宗教改革の戦いは、神対ルシファーのそれであった。

それが、イエズス会等の世界宣教を通じて世界化された。

タルムードユダヤ人はイルミナティを作って、フリーメイソンに入り込み、それを支配した。

タルムードユダヤ人は米国の銀行家を使って連邦準備制度を作り、米国の経済・政治すべてを支配した。

タルムードユダヤ人は共産主義を作り、それによりロシアや中国、北朝鮮、ベトナム、東欧諸国を支配し、彼らの財産を根こそぎ奪った。

タルムードユダヤ人による世界支配は着々と進んできた。

いま、われわれは、インターネットを通じて、この悪魔の計画を知るに至った。

そして、なぜイルミナティが日本人に原爆を使用したのか(日本人への原爆投下は通説よりもかなり前に決定されていた)、311を行ったのか、なぜイルミナティが皇室を乗っ取りもしくは解体を目指しているのかを理解した。

要するに、タルムードユダヤ人の世界支配計画への妨害を恐れているのだ。

日本人は、バベルの塔を破壊するために選ばれている。

われわれ日本人クリスチャンは、ヨルダン川を渡り、この現代のカナン人を倒す使命を帯びている。

このHPをご覧の皆様は、自分がそのために選ばれたと考えていただいてよいと思う。

ザビエルが恐れていたことが実現する。


(*)
イエズス会による宣教により救われた人もいたであろう。なぜならば(歪んだ形であれ)福音が説かれたので。

本部が何を考えているかにかかわらず、神はそのような悪魔的な団体を利用して福音を伝えられる。

だから、イエズス会の宣教でキリスト教徒になった人全員が地獄に行ったということではないだろう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

Edward Hendrie, Solving the Mystery of BABYLON THE GREATによれば、ローマ・カトリックそのものがタルムードユダヤ人の作である。


この記述は以下の話を裏付ける。
「獣の数字666はローマ教皇を意味するという説」
http://kusunoki-456.blog.so-net.ne.jp/2017-07-20

映画「ノウイング」は聖書がテーマ [聖書]

「ノウイング」という映画をみました。
以下ネタバレあります。

これは聖書をテーマとした映画で、聖書のエゼキエル書にある宇宙船、宇宙人がきたことや、ノアの箱舟は地球の生き物が滅亡する前に、人類や、動物などを宇宙船にのせて退避させたのだろうという考えで作られています。
ミステリーがかっていてとてもおもしろかったです。
プレアデス星のこともちらっとでていました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

50年前にアメリカのある小学校でタイムカプセルを埋めることになった。
教師は未来の子供に向けて絵を描くようにと子供たちに告げたが、一人の女の子ルシンダは数字をただたくさん書きつらねていて、途中で教師にとりあげられ、タイムカプセルにしまわれた。
ルシンダはそのあと行方不明になり、学校の物置の中でドアに指で書こうとして、指が血だらけになった状態でみつかった。ルシンダはささやき声がきこえてくるのを止めてと言っていた。

50年経って、タイムカプセルを開ける日になった。
マサチューセッツ工科大学の教授であるジョンは、タイムカプセルを開けるイベントにいく。
子供たちが一人づつタイムカプセルの手紙を受け取る。
ジョンの息子ケイレブが受け取ったのは、ルシンダが書いた数字ばかりの手紙だった。
ジョンはこれがメッセージではないかと気づき、解析しようとする。
これはたくさんの人が死ぬ日にちと、人数が書かれたものだとわかった。
何十こかの組み合わせのうち、三つを除いてはそれまでに起きていたことだった。
そして書かれた日にちの事故に居合わせた時、もうひとつの意味の分からなかった数字が緯度経度だとわかる。

ジョンは手がかりを求めてルシンダに会いに行く。
女の子アビーとその母親ダイアナに近づこうとし、ルシンダの手紙の予言を説明するがきみわるがられてしまう。
手紙の最後から二つ目の事故が起こることを話すが信じてもらえない。
その後、その事件が本当に起こると、アビーとダイアナはジョンの家に訪ねてくる。
ルシンダは数年前に亡くなっていた。
ジョンたちは一緒にルシンダが最後を過ごした家を訪ねる。
壁にはエゼキエル書にある宇宙船がやってきた絵がはられている。
そしてベッドの足元には黒い丸みを帯びた石がいくつか転がっている。
それはケイレブが謎の男から受け取った石と同じものだった。

MITにいき、最後の日にちが人類滅亡の日だということがわかる。
太陽の活動が盛んになりスーパーフレアという現象を起こし、それに地球は焼かれるのだと。
洞窟に隠れることを提案するダイアナが子供二人をつれて洞窟に向かう。
子供二人は途中のガソリンスタンドで、謎の男たちにさらわれる。

ジョンはルシンダの書ききれなかったメッセージが学校の倉庫のドアの裏にあると気づく。
そこに書かれていたのは、ルシンダがなくなった家の近くの場所。
ジョンがそこにいくと、黒い丸みを帯びた石がいっぱいある場所にでた。

宇宙船が空からおりてきて、子供たちは種の保存のために連れて行くのだという。
子供たちはうさぎを抱いて宇宙船に乗る。
上昇すると、そのような宇宙船がたくさん同じ方向に向かっていた。
宇宙船はどこかの星に子供達と動物をおくと、去ってしまった。
その土地には、大きな木があり、それがアダムとイブの楽園の木であるよう。

地球に残されたジョンは最後の時を父母たちとすごす。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「「ノウイング」のネタバレあらすじ結末」
http://hm-hm.net/sf/ノウイング

この解説はすごい!!!
「The world didn’t come to an end」
2009-07-12
「ノウイング」
http://d.hatena.ne.jp/hero-to-sea/20090712/1247402977

獣の数字666はローマ教皇を意味するという説 [聖書]

新約聖書のヨハネの黙示録にあった獣の数字六百六十六とはなにを意味するのだろうかと考えていました。

「この刻印とはあの獣の名、あるいはその名の数字である。ここに知恵が必要である。賢い人は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして、数字は六百六十六である。」(新共同訳聖書 ヨハネの黙示録13章16-18節)」

https://ja.wikipedia.org/wiki/獣の数字
この数はローマ教皇(=ローマ司教)を指すとする説が、かつてプロテスタント間で反カトリック教会のプロパガンダとして流布したこともある。それによれば、666とはラテン語で「神の子の代理」を意味する"Vicarius Filii Dei"の、ローマ数字部分を足し合わせたものと一致する、という(V=5、C=100、I=1、L=50、D=500)。しかし、Vicarius Filii Dei がローマ司教の肩書として歴史的に使われたことはなく、加えて、ヨハネ黙示録の思想からも、また西暦100年前後の時代状況とも不適合なことから、今日ではプロテスタント系の学者からも、全く支持を得ていない。ごく一部のプロテスタント教会(セブンスデー・アドベンチスト教会など)では、未だに主張されているとのことである。

どう解釈するかいろんな意見があるようですが、私は獣はローマ教皇という説に共感します。
実際に計算すると、661になったのでよくみてみたら、「U」も5として数えるそうです。で666になる。

ヨハネの黙示録が書かれたとされるのが、紀元90年代だそうで、アレキサンドリアにあったオベリスクがローマに運ばれたとされるのが紀元37もしくは40らしいので、おかしくはないなと。

「主イエス・キリストの福音:666」
http://japanesebelievers.weebly.com/666.html
神父であれ教皇であれ、人々の前に立って自分が「神の子に代替する。」と主張することの不敬さを想像してください。

「神の子の代理」ローマ教皇が獣というのは、最も聖にみえるものが最も*であるという法則にあてはまります。
ひとつ謎が解けてすっきりしました。

またこのことは次の記事とも矛盾しません。
朝日新聞7月19日国際欄11ページドイツ南部のカトリック教会付設の学校で少なくとも547人の少年が性的虐待や暴行を受けていた。
1945年から90年代までの間。寮長、教師、学校の従業員らがかかわっていた。

「悪魔崇拝が行われている証拠」
http://hi-blog.net/?p=447
ブリュッセルにある、 The International Common Law Court of Justice(国際慣習法裁判所)の法廷が、 2月25日、ローマ法王ベネディクト16世(本名:ヨーゼフ・アロイス・ラッツィンガー)と、 英国王室エリザベス女王、そしてカナダのカナダのスティーブン・ハーパー首相らに対して 懲役25年(仮釈放無し)の有罪判決を下しました。
その罪状は5万人以上の子どもの大虐殺というあまりにもおぞましい内容です。

英王室、オランダ王室、ベルギー王室は、英国教会が所有する カナダのインディアン居住学校 で発生したモホーク族の子供たちの拉致事件と殺害事件に関与していた。

イエズス会の資料には、ローマ法王には新生児の儀式的殺人を行う特権が与えられていると記されている。 さらにベネディクト(前)法王は第2次世界大戦中に生贄儀式を行う闇の騎士団に所属していたことが分かった。

証拠資料によると、ローマ・カトリック教会と英国教会は、世界中に児童売買ネットワークをはり巡らせ、 世界中の児童を拉致し、生贄儀式では、児童を強姦したり、拷問を加えたり、殺害していた事が分かった。

イルミナティ・カルトと呼ばれる第9サークルは18世紀初頭にイエズス会によって創設されたが、 既に16世紀から、ローマのカトリック寺院などでも同様の生贄儀式が行われてきた。

証拠資料によると、これらの生贄儀式はイエズス会により何世紀にもわたり行われてきたことが分かった。 儀式用に新生児が拉致され、殺害されてきた。儀式の参加者らは、霊的パワーを得るためと バチカンの教皇職の安定的な政治的地位を維持するために、殺害した新生児の血を飲み、骨を食べていた。

18世紀以来、ローマ・カトリック教会、イエズス会、そして全ローマ法王がこのような生贄儀式を開催してきた。 これらの生贄儀式は単なる大量虐殺ではなく、きちんと制度化された組織的犯罪である。

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この666がローマ教皇説は、ごく一部のプロテスタント教会(セブンスデー・アドベンチスト教会など)では、未だに主張されているとのことである。
神戸市北区にはアドベンチスト病院があるのですよね。
キリスト教系はみな似たようなものだろうと思っていましたが、ローマ教皇=獣という位置に立つアドベンチスト教会は他とはちょっと違うようです。

またこちらをみてみると、
https://ja.wikipedia.org/wiki/セブンスデー・アドベンチスト教会
セブンスデー・アドベンチスト教会( -きょうかい、英: Seventh-day Adventist Church, SDA)は、アメリカの再臨待望運動において1843年-1844年にキリストが再臨すると予告して起こったキリスト教系宗教組織。SDAは自らをプロテスタント教会と位置付けており[1]、宗教分類学的にはキリスト教系の新宗教に分類される

wikiには最も大事な違いを書いてなくて、些細なことばかり書いているような。
セブンスデー・アドベンチスト教会を異端とするかどうかで、賛否両論があるようです。
カトリックを正とするとあきらかに異端だけど、聖書に書かれていることとは矛盾しない。
興味深いです。

そして関連項目に映画の「ハクソーリッジ」がでていました。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ハクソー・リッジ
『ハクソー・リッジ』(Hacksaw Ridge)は、2016年公開のアメリカ映画。監督はメル・ギブソン[1]。出演はアンドリュー・ガーフィールド、ヴィンス・ヴォーン、サム・ワーシントンら。 太平洋戦争の沖縄戦で衛生兵(Combat Medic)として従軍したデズモンド・T・ドスの実体験を描いた戦争映画。デズモンドはセブンスデー・アドベンチスト教会の敬虔なキリスト教徒であり、沖縄戦で多くの人命を救ったことから、「良心的兵役拒否者(Conscientious objector)」として初めて名誉勲章が与えられた人物である。

沖縄を舞台とした戦争映画という認識しかもっていませんでしたが、こういう深い意味があったのですね。
多くのキリスト教徒は戦争で人を殺す。
その行為はどうなのか。

銃に触れないのはプライドが邪魔しているからだと指摘されたデズモンドは、その”プライド”こそが大切だと気付く。「信念を曲げたら生きていけない」というデズモンド。

私はアルファであり、オメガである [聖書]

新訳聖書の一番最後にヨハネの黙示録があります。

これはすぐにも起こるはずのことを伝えたものだそう。
天からあるものが降りてきて「あなたの見ていることを巻物に書いて、7つの教会におくれ」という。

そのものは人の子のような方、足まで届く衣を着て、胸には金の帯をしている。頭、髪の毛は、白い羊毛に似て、雪のように白く、目はまるで燃え盛る炎、足は炉で精錬されたしんちゅうのように輝き、声は大水のとどろきのよう、右の手には7つの星を持ち、口からは鋭い両刃の剣がでて、顔は強くてりかがやく太陽のよう。(ヨハネの黙示録1)

なんだろうこれはと思うのは、ヨハネの黙示録2で、スミルナにある教会にあてた手紙の内容。

自分はユダヤ人であるというものどもがあなたを批判していることを私はしっている。
実は彼らはユダヤ人ではなく、サタンの集いに属しているものどもである。

ヨハネの黙示録3のフィラデルフィアにある教会に宛てた手紙では

見よ、サタンの集いに属して、自分はユダヤ人であるというもの達にはこうしよう。実は彼らはユダヤ人ではなく偽っているのだ。

現在世界を支配しようとしている白人のユダヤ人は本当のユダヤ人でなく、アシュケナージユダヤというらしい。
それのことか。

ヨハネの黙示録12では、7つの頭と10本の角のある竜があらわれる。天で戦いが起こり、ミカエルとその使い達が、竜に戦いを挑んだ。竜とその使いたちも応戦したが勝てなかった。そしてもはや天には彼らの居場所がなくなった。この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、全人類を惑わすものは、投げ落とされた。地上に投げ落とされたのである。その使いたちももろともに投げ落とされた。
7つの頭と10本の角のある獣が海の中からのぼってきた。
(中略)全地は驚いてこの獣に服従した。竜が自分の権威をこの獣に与えたので、人々は竜を拝んだ。
もう一匹の獣が地中から上ってくるのを見た。この獣は二本の角があった。
大きな印をおこなって、人々の前で天から地上へ火を降らせた。(広島長崎の原爆?)
剣で傷を負ったがなお生きている先の獣の像を作るように、地上に住む人に命じた。(長崎平和祈念像は悪魔バフォメットだった?)

小さなものにも、大きなものにも、富める者にも貧しい者にも、自由な身分のものにも、奴隷にもすべてのものにその右手か額に刻印を押させた。そこでこの刻印のある者でなければものを買うことも売ることもできないようになった。この刻印とはあの獣の名、あるいはその名の数字である。ここに知恵が必要である。賢い人は獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして数字は666である。(ヨハネの黙示録13)

ヨハネの黙示録20で、竜は千年の間縛っていかれる、そのあと解放され、地上の四方にいる諸国の民、ゴグとマゴグを惑わそうとしてでていく、彼らを集めて戦わせようとする。

その後天から火が下って彼らを焼き尽くす。悪魔、獣、偽預言者は火と硫黄の池に投げ込まれ、昼も夜も世世限りなく責めさいなまれる。

そして新しい天と地が用意される。

ヨハネの黙示録21−6
「ことは成就した。私はアルファであり、オメガである。初めであり、終わりである。」
ヨハネの黙示録22-13
私はアルファであり、オメガである。最初の者にして、最後の者。初めであり、終わりである。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
天地創造の時の神と、この黙示録の最後の神とは同一人物であるように思う。
アルファであり、オメガ。
で間で神と名乗っているものは、その神とは違うような。
まだ最後の神は現れていなくて、今はサタンが解放され、それに惑わされて戦わされそうになっている状況のような気がする。
獣の数字666とは一体なんでしょう。

「長崎平和祈念像は悪魔バフォメットだった!」
http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-50.html