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阪神大震災をあてた高橋英利 [オウム真理教]

「オウムからの帰還」高橋英利 によると

麻原彰晃から占星術による予言をやってみたいので、自然災害、地震、津波などが占えるようなソフトを作れと指示されて作った。(P.187)
地震占星術というものをもとにして作り、1995年1月8日オウムのラジオ番組「エウアンゲリオン・テス・バシレイアス」という2時間の番組で、放送した。
「1994年の11月18日の月食図をもとにして計算したところ、兵庫県の神戸のあたりに危ない地点がある」とでたと。
地震を当てたことで、高橋氏は麻原彰晃からよくやったとほめてもらった。

また市販の様々な本を参考にして占星術ソフトを作った。(P.183)
出生の年月日、時間と出生場所の東経・北緯までを特定してホロスコープを作成する。
12星座の12区分というおおまかな分け方ではなく、360度を1度ごとに区分し、各惑星が何度の位置にあるかによって精密な解釈を加えるものだった。
鑑定書はA4サイズの紙にびっしり書かれたもので十数ページにわたるものがコンピュータからプリントアウトされてくる。
最初は麻原、次に幹部の人たち、出家信者、最終的には1400人全員の鑑定をおこなうことになっていた。

麻原のホロスコープは強烈だった。
グランドクロスと呼ばれるものだが、たとえば金星と天王星が180度、火星と海王星が180度となって、それぞれを結んだ線が交差して大きな十字架を作り上げている。このような特徴的なホロスコープを持った人は、たとえばヒトラーやエジソンなどがそうだったという。

これらの解釈の文章そのものは、村松潔さんの著作より抜粋して使用している。
「ものごとを人類全体の進化という観点で考えている・・・ヒトラーが実行に移そうとした民族選別計画などもこれに関係して・・・」
「個人的な思惑を超えてグローバルな計画を実行できる冷静な意思・・・(だが)個人的な問題を見落としてしまう性格がある」
「長く険しい階段を登り続けることに似た厳しい努力によって、自分の意識の可能性の頂点的な領域に達する・・・」
「山の頂上において風当たりの強さも連想される・・・」
「密度の強い緊迫した状況・・・」
「頂点的な知識や情報を手に入れるが、大きな責任感を持っていなくては維持できない・・・」
「荒々しい衝動をどう処理するか・・・」
「戦うことに対する賛美の感情があって・・・」
「攻撃性を儀式化する・・・」
「この・・・人は、代償行為として・・・ゲーム的な面で欲求を満足させる生き方を見つけ出すべきだ・・・」
「すべてのひとが離反してしまわないように、個人の衝動を吸収する方法を考案・・・」
「限定された世界とか、特定の人間関係の中で生きること・・・
「力を生み出すものに対するあこがれがある」
「自己表現がやっと達成される。激しい嵐の後」

麻原氏の中では何かが固まっており、占星術の結果によって自らの行動を決めようとしていたわけではなかったようだ。
結果を読み上げても、終始「そんなことはわかっている」とでも言いたげな態度を取っていた。

95年の2月下旬ごろ、第6サティアンの2階の作業場で高橋氏がワークを続けていたところ、作業場の隣の修行道場で法皇内丁の中川智正さんを見かけた。(P.199)
かれは猛烈にしごかれていた。
監視人が二人、竹刀で周りの床をバシバシたたきまわっていて、中川さんが苦しそうに顔を歪め「グルに帰依します」と言っていた。
あれほどステージの高い人がなぜこんな目に遭っているのか。
だが監視人がついているということは、彼が「揺れた」ことを意味していた。

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「オウムからの帰還」高橋英利 [オウム真理教]

オウム真理教がどうもよくわからない。
ほんとうはどうだったのか。
どうしてこんなにオウムのことをわかりたいと思うのか。

「オウムからの帰還」高橋英利 1996年3月22日 草思社 
著者は1967年、東京都立川市生まれ。信州大学理学部地質学科および大学院で測地天文学を専攻。野辺山天文台、水沢天文台での研究を中断して、94年5月にオウム真理教に出家。教団の科学技術省で故・村井秀夫の直属の部下となる。出家直後より教団に疑念をもっていたが、強制捜査を機に自ら上九一色村のサティアンを脱出、教団を脱会した。

林郁夫の「オウムと私」もそうですが、林氏も、高橋氏も幼い頃から哲学的なことを考えています。

高橋氏は、幼い時巨大な団地の中で一人で冒険にでかけ、自分の家の番号の棟の自分の家に帰ったら、そこには違うお母さんがいた。住んでいたのはK団地で、迷い込んだのは西K団地だったから。
自分はなぜあの女の人の子供ではなかったのか。なぜこのお母さんの子供だったのか。

学生の時には、すでにグルジェフやクリシュナムルティの思想に触れていた。
当時はポストモダンという思想がはやっていたが、それらから何も感じることができなかった。知りたいことの答えがそこに書かれているとは思えなかった。読み漁っていたのは、カミュやキュルケゴール、ニーチェ、ショーペンハウエル、ハイデガーなどの著作だった。
この時代のこの場所に、なぜ自分は存在しているのか。(P.27)

林郁夫氏もそうで、高度経済成長で環境が汚染されていく中、大きな雲のような群れを作ってとんでいくトンボの群れに、なにかが終わっていくような気がしている。
小学生の頃に、「史記」「三国志」「水滸伝」「義経記」「太平記」「平家物語」を読み、民俗学、歴史、考古学に関する情報に関心を持ち続けた。
中学に入って世界史を学び、十字軍遠征の狂信性、植民地獲得の走狗のような役割、人種差別、西欧の植民地獲得時の宣教師の行動に関連して、キリスト教に多少違和感をもった。(P.14)

ふたりとも幼い時から「考えて」いる。

高橋氏は、宗教の勧誘はオウムが初めてではなく、いろんな宗教の人の勧誘をうけ、そのつどきっちり相手の考えを聞いていた。しかし心動かされるものには出会わなかった。
信州大学での麻原彰晃の講演、その後井上嘉浩に勧誘され、オウムに入ることになる。
在家信者の間は、支部で出会う人々は優しく、支部は清潔だったが、出家してみると違っていた。


思索するということが大切なことなのに、グルへの絶対帰依をまずたたきこまれる。
自分の考えを持ってはいけないということをたたきこまれる。
掃除して綺麗にしたいということさえ、「綺麗にして気持ち良くなりたいというのはあなたの煩悩のあらわれ」と言われてしまう。
煩悩とか自我の滅却という概念がきわめて幼稚なレベルで曲解されていた。
私語は禁止で黙々と修行するのみで、冷たい雰囲気を味わっていた。
自分の寝るところがきちんとあるわけではなく、作業場の片隅で仮眠を取る程度。
外部のニュースは一部のものしか得ることができず、時計もなく、日時がわからない。

ドラッグと思われるものを飲み、温熱修行と言って47度の風呂に15分間つかり、45分休憩というのを3回繰り返し、狭い部屋に入れられる。
始まった時は、10回繰り返しで、京都支部を支えてきた女性信者がなくなった。
ほかにも何人もなくなっていると噂が広まる。そのうちに3回繰り返しになり高橋氏も受け、なんとかのりきった。

教団に従い、有能なものは具体的な仕事を与えられるが、
教団に疑いを持ったり、脱走しようとすると、コンテナに閉じ込められたりする。

出家する時、自分の持ち物は少量のもの以外は、すべて教団に寄付。
なくなった時の遺体さえ、教団で処分するという誓約書にサインさせられる。

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小さい時から哲学的なことを考えていた人たちが、これだと思ったもの。
小さい時から生きるってなんだとずっと考えていた人たちが出家して叩き込まれる考えるなという教え。

出家するまでと出家してからが違いすぎる。

これだけ思索してきた人たちがたどり着いたこれだと思った考えのそのものは、オウムの考えではなく、原始仏教がいうところの肉体は魂の乗り物、現世は修行の場ということではないだろうか。
そして麻原彰晃や、井上嘉浩に自分が理解される気持ち。

麻原彰晃は行き当たりばったりで、無茶苦茶なところがあることは確かなんだけど。

高橋氏や林氏のように、生きるってなんだって考えている人は、お金にはそれほどこだわらない。
お金よりも大事なことがあると思う。
だから全てを寄付してしまうことができる。

それだけお金を出させても、教祖たちがそれほど豪華な暮らしをしていたようではない。
白いロールスロイスは持っていた。
あるイニシエーションを受けるのに、出家信者はただで、在家信者の場合は1000万円。
100万円のあるイニシエーションを何人もが受けている。

「考え」ているひとが少ない日本で、「考え」ているひとが罠にかかったかのよう。
「考え」るひとを取り込み、「考え」ないことを叩き込まれる。
これって一体なんなのか。

画像は「オウムからの帰還」より
こんなに大型の建物がたくさんあったのですね。
20171001-1.JPG

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カナリヤの詩
http://www.cnet-sc.ne.jp/canarium/2.html


●手記10  『チベットの生と死の書』1997年10月21日
 大切なのは、事実を事実として認め、人間を人間として認め、人間には個々 の感情があることを認め、個々の感情の背景にはそれぞれ人の生活があること を認め、それぞれの生活はそれが幸福であれ不幸であれ尊重されなけばならな い、ということだと最近感じている。

 私にとって「癒し」があるとするなら、様々な書籍を読んで、オウムが原始 仏教でもなく、大乗仏教でもなく、チベット仏教でもない、と気付けたことだ と思う。特に、ソギヤル・リンポチェの「チベットの生と死の書」(講談社、 大迫正弘・三浦順子訳)は素晴らしかった。仏教の澄み切った安らぎと伝統の 奥深さをひしひしと感じた。恐怖感を掻き立てることなく、生死の深淵と修行 の神髄をやさしく諭す語り口にはオウムにはない本物の凄みがあった。

 あのテロ集団の根本的な誤りは、「教団に属するものは神であり、他は動物 以下。」という徹底した差別意識に元づく攻撃性、高慢、偽善にある。本来の 仏教によれば、神も人間も動物も構成要素を細かく分析すれぱ実体は無く、心 によって「それである。」と断定的に捕らえることにより生じる「現れ」にす ぎない。そして、実践していくに従い、心が伸ぴやかに優しくなっていくはず である。罪を犯した者のようなコソコソした荒んだ心になる者が一人でもいる ならその教えは真理とは言い難いのではないだろうか。

http://www.cnet-sc.ne.jp/canarium/2-3.3.html
1995年3月、マスコミの「地下鉄サリン事件」のオウム犯行説の噂話がサマナたちの間で飛び交う中、教団施設に2000名を超える機動隊が周りを包囲した。私は坂本弁護士事件と同様、とんだぬれぎぬだとか、フリーメイソンの陰謀だとか思い、オウム犯行説など信じなかった。尊師が否定しているわけだし。緊張状態が続く中、私は清流施設で1台のトラックの解体の作業にまわされる。上からの急ぎだとかで、師たちが大慌てで作業している。私はトラックの内部を見て、急に妙な戦慄を覚えた。私は自分のことを、ものすごく鈍感なタイプだと自称している。しかし鈍感な私でさえも気がついてしまったようだ。
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村井秀夫刺殺事件の真相を追って:石井紘基刺殺事件と村井秀夫刺殺事件の類似性 [オウム真理教]

2017年05月26日(金) で更新が止まっている。

「村井秀夫刺殺事件の真相を追って」
「石井紘基刺殺事件と村井秀夫刺殺事件の類似性」2017年01月11日(水)
https://ameblo.jp/hideomurai/entry-12237121229.html
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー転載開始

石井紘基刺殺事件


2002年10月25日午前10時35分頃、民主党の衆議院議員・石井紘基が、世田谷区沢一の自宅駐車場において柳刃包丁で左胸を刺された。
石井は目黒区内の病院に運ばれたが死亡した。

犯行時の状況
目撃者の証言によると、石井は迎えの車に乗るため、自宅玄関を出た所を、公用車の後ろにいた男が無言で石井に近づき、襲いかかってきた。
石井は「何するんだよ」と逃げたが、うつぶせに転んだ。
男は馬乗りになり刃渡20センチ程の刃物を水平に構え、左胸の上部一か所を突き刺した。石井は大声で絶叫した。あごの骨も刃物の一撃で砕かれていたという

男はグレーのジャンバー姿で、頭にはバンダナのようなものをまいていた。

男は現場から逃走し、警視庁捜査一課と公安部は殺人事件として北沢署に捜査本部を設置。

翌10月26日朝、指定暴力団の山口組系右翼団体(“構成員即ち代表”の一人団体で、いわゆる「右翼標榜暴力団」)代表の伊藤白水が警視庁本部に出頭、逮捕される。

関係者の証言によると、伊藤は昨年秋ごろから、石井議員の世田谷区内の事務所や永田町の議員会館の部屋を頻繁に訪れ、秘書らに「(石井議員に)金を貸している。仕事を紹介しろ」などと執ように迫っていた。また、今年春ごろからは、「都庁幹部を紹介しろ」などと要求をエスカレートさせ、そのたびに石井議員側に断られていたという。


犯行動機



伊藤は「石井に多額の金銭を用立てたことがあるにもかかわらずその恩を仇で返された」「家賃の工面を断られたため、仕返しでやった」と供述した。

検察側も「被害者にたかり行為を繰り返していた被告人が2002年ごろ、引っ越し費用など無心したが断れたことから激情して本件犯行に及んだ」と主張。

2004年6月18日、東京地裁で被告に無期懲役判決が言い渡されたが、判決では被告が主張する「金銭トラブル」という動機を信用することができないとした。2005年11月15日、最高裁で無期懲役の判決が確定した。


石井紘基議員とは


”国会の爆弾発言男”と呼ばれた男、石井紘基。

石井は1940年11月6日東京市世田谷区出身。世田谷区立池之上小学校、成城学園中学校高等学校卒業、中央大学法学部に入学後、安保闘争に参加。

国会に突入するデモ隊の先頭にいた石井は、すべての国会議員が逃げ出す中、騒乱の最前線に出向き警官を抑えようとする日本社会党書記長の江田三郎を見、このことを契機として政治家を目指した。

早稲田大学院を卒業した石井は、1965年にソ連へ渡り、モスクワ大学院法学部に就学。6年間留学した。

石井はそこで、「ソ連における国家意思の形成」というテーマで研究に取り組み、社会主義の構造に触れたが、中央集権・官僚制・計画経済の問題点、閉鎖的な構造について知る。

1971年に帰国した石井は友人に「とにかくあの国(ソ連)は駄目になる。一部の特権階級がやっているということでこれは早晩崩壊する」

「国民に大切な情報を流さず、一部の政治家と経済をあやつる社会、日本。社会主義国ソ連と日本はよく似ている。なんとかしないと。」

石井はソ連と日本の官僚制度の類似性に注目、閉鎖的な官僚制度や特殊法人を”日本病”と呼び、暗部にメスを入れようとした。

「政・官・業」の癒着を暴くことを政治活動の中心に据え、99年には「政治と行政の不正を監視する民主党有志の会(通称・国会Gメン)」の室長に就任。2002年4月の衆院内閣委員会で、北海道別海町などの国道工事をめぐり受注企業の7~8割が鈴木宗男衆院議員に政治献金していた実態を暴いたり、防衛庁の会計検査院報告書偽造問題で、中谷元長官(当時)から「閣僚給与返上」の答弁を引き出すなど、党の論戦の柱でもあった。

 ライフワークである道路公団や特殊法人の無駄遣いについては一貫して政府与党の姿勢を厳しく追及し、「民間の不良債権ばかりが問題にされているが、特殊法人や公的金融機関が抱える不良債権は350兆円にものぼる。しかも、その特殊法人に毎年10兆円以上の税金が流れ込んでいる。これらの組織をすべて解体して、公権力による民業圧迫をなくせば、市場は必ずよみがえる」と持論を展開していた。


「日本の政治はいかにこの、利権の仕組みの中ではじめて存在しているか…まさしくその天下りのためと民間の仕事を奪うためのもので、詐欺集団ではないか」


1995年、オウム真理教事件が発生。当時週刊誌やスポーツ誌で注目されていたオウムと統一教会の関連性を取り上げ、さらにオウムと暴力団の覚醒剤取引について指摘していた。


■石井紘基とオウムと統一教会
『オウム事件は終わらない』 (石井議員 談)

僕の地元の成城で、最近統一教会が建物を借りて改装工事を始めたのです。それで地域住民はこぞってピケをはり、統一教会が建物の中に入れないようにしていますが、こんなことにしても、始まってから何ヶ月経っても政治家はさっぱり表に出てこないんですね。いろいろアプローチしていくと、どうも統一教会の息のかかった政治家というのが随分といるようだと、地元の人も言っていました。
未来に向けて社会をどのように改革していくか、ということを政治家が真剣に考えないものだから、その間に経済活動や政治活動を通じて宗教団体にどんどん侵食されているという面がありますね。
錦織:「ともかく私には、オウムは統一教会をラジカルにしたものだという感じがするのです。オウムの原型というのは、つまりオウムの初期の活動形態は、統一教会がやってきたことときわめて類似しているのです。」
石井:「ロシアにオウムが進出していきましたね。ロシアには五万人もオウムの信者がいたそうですが、オウムが行く前に統一教会が、ロシアに進出していました。ところが、そういう連中が、どうも何時の間にかオウム信者とすりかわってしまった。
石井:捜査についてですが、日本ではオウムの全容が明らかにされません。オウム事件というのは、いったいどういうことだったのか。僕は、岡崎さんがおっしゃったように、オウム真理教は、宗教法人制度をうまく利用してアンダーグラウンドで儲けようという要素を非常に強く持っていたのだと思います。それが暴力団と結びつき、国際的に密貿易をしたり、薬物を流したりしたのはいったい何のためだったのか。


石井は地元である宗教団体の進出計画が浮上したことがあり、反対運動が巻き起こると、その先頭に立った。その際、「殺してやる」などと脅迫状が舞い込んだことがあった。オウム真理教もまた、波野村や上九一色村で進出に反対する住民にたいし、暴力的な行為をみせている。

また石井と対談している議員の一人、錦織淳議員は、1995年6月17日に行われた第132回国会予算委員会第33号の中で、「オウム真理教の印刷施設は山口組系暴力団後藤組から借りたもの」と指摘している。

警察や検事がオウムと暴力団の闇に迫る中、一部の国会議員も真相を解明しようと動いていたのだ。


なぜ石井は命を落としたのか



石井が国会議員や官僚の腐敗を徹底追及していたことから「暗殺された」という見方がある。

2002年10月28日に予定されていた国会質問を前に、石井は「これで与党の連中がひっくり返る」と発言していた。だが、その直前に石井は刺殺された。

事件当日、石井の鞄には国会質問のために国会へ提出する書類が入っていた。

ところが、事件現場の鞄からは書類がなくなっており、いまだに発見されていないのだ。


実行犯・伊藤白水とは何者なのか
世田谷区出身。東京都世田谷区奥沢のアパートで生活しており、50ccのスクーター1台を所有していた、落ちぶれた暴力団員だった。

1985年、右翼団体「守皇塾」を立ち上げ、塾長を名乗った。しかし構成員は石井一人だけだった。民族派右翼の間では「一匹狼的な武闘派」としてそこそこ知られていた。

1988年1月には、登山ナイフを持って日本共産党政府に押し入り、現行犯逮捕されている。

『刑務所を出たり入ったりしている』と前科を自慢したり、機嫌が悪いと早朝からスクーターをぶんぶん空ぶかしして、注意した男性を殴り合いになったり、ヌンチャクで階段とか看板など鉄の部分をカンカンたたいて歩いていたという。

 伊藤が暮らしていたアパートは2Kで、6畳と4畳にキッチンがあり、風呂はなかった。部屋にはテレビとマットレース1枚、本が少しあるだけで、がらんとしていた。窓には大きな日の丸が飾ってあった。

アパートの隣に住む男性は、伊藤についてこう語る。「エアコンはなくて、銭湯にも行かない。洗面器で体を拭いていたようだ。ダンベルを両手に歩いていたり、空手のまねをしていることもあった。金が入るとスーパーで買い物をして、台所でうれしそうに料理していたね」

伊藤の存在は、世田谷区議の間でも有名だった。自民党のある若手区議によると「当選して間もなく自宅に来て、『伊藤白水』という名前と住所だけ書かれた名刺を渡されました。『ちょっと話をしたい』と言われましたが、作務衣姿で見るからに怪しかった。その後も会議の控室に無断で入ってきて、女子事務員に怒鳴りつけたりするので出入り禁止にしたんですが、区役所のロビーで区議を”ちゃん”づけで呼んで本を売りつけてくるんです。もっとも自分で書いた本なんて一冊もなかったですけどね」

伊藤は、隣に住む男性に「おれは本を書いているんだが、なかなか売れない」とこぼしていた。

アパートでの生活では、最初の数ヶ月間は家賃を月6万円ほど払っていたが、その後3年間で200万円を滞納し、裁判所の強制執行で追い出された。退去後は新宿で寝泊まりしていたという。


事件の謎

石井の家族の証言によると、事件前から周囲で不審なトラブルが相ついでいたという。

・事件から6日前の10月19日、石井議員は「車に追われている」と言って知人のところへ駆け込んでいた。ちなみに伊藤は原付バイクのみ所有。

・また同月23日、石井議員が何者かにリンチに遭った様子で帰ってきた、と妻が話している。

・事件前日午前9時ごろ、石井宅に植木業者の営業マンが訪れた。娘のターニャさんが断っている。

・石井議員が病院へ運ばれる時、妻が救急車に乗せてもらえなかった。

・石井議員の手帳と、鞄の中身の資料が押収品目録から消えていること。手帳があったと遺族側から何度も警察に申し出ても、調査してもらえなかったという。


村井秀夫刺殺事件との類似性



犯人の伊藤白水と、村井刺殺事件の徐裕行は類似点が多い。

まず、以下の例があげられる。

1.犯人が右翼を自称
伊藤白水、徐裕行は右翼を自称している。
豊田商事会長刺殺事件の飯田篤郎、矢野正計も自称右翼と名乗った。


2.待ち伏せ
伊藤は石井を確実に仕留めるよう、はじめから自宅の側で待機していた。
徐は、南青山総本部前に午前11時から午後8時半まで現場で待機し、村井が玄関前に来るところを狙っていた。

3.「刺殺の手際の良さ」
伊藤は、石井を仕留める際、刃物を水平に構え、左胸を突き刺し、さらにあごの骨も砕いている。

徐は、村井に致命傷を与える前に2回急所を外しているが、最期に刃物を水平に構え、脇腹を突き刺し、抉るように回転させて殺害している。また、致命傷を与えたあと、村井をしとめた確信があったのかそれ以上追撃していない。

4.目立つ衣装
伊藤は普段からバンダナに作務衣で外出するのが常だったという。
一方で徐は、豹柄のセーター姿で、事件直前に美容院でパーマをかけていた。
彼らの姿は目立って周囲に印象を残しやすい。暗殺者にしては異様な姿である。

5.被害者が狙われた背景
石井紘基は官僚や特殊法人、政治家の汚職事件を追求していた。
村井秀夫はオウム真理教最高幹部であり、オウム事件の重要事項や覚醒剤密造の鍵を握っていた。
煙たがる者がいてもおかしくない状況である。

6.世田谷区で貧しい生活を過ごす
伊藤はスクーターを一台所持していたが、風呂も冷房も使えず、家賃200万円を滞納して世田谷のアパートを追い出されている。
徐裕行は上祖師谷3丁目の知人宅に居候しており、引っ越して来たときには殆ど所持品は持っていなかったという。

7.すぐに出頭、逮捕される
犯行後、伊藤はなぜか京王線で高尾山駅に向かった後、翌日警視庁に出頭している。
徐裕行は村井刺殺後、現場に留まり警察に確保。パトカーに乗せられる際「車の中へ入れろ」と発言。

豊田商事事件の飯田篤郎、矢野正計も犯行後、「警察を呼べや。俺が犯人や」と報道陣に語り、 そのまま逃亡せずに逮捕されている。

8.主張の変化、黒幕の示唆
伊藤白水は判決まで単独犯を主張。
無期懲役が確定した後、2008年6月にテレビ朝日「ドキュメンタリ宣言」との文通で「当方の事件は色々と政治の裏側で動く金や人脈が関係していたこともあり、当方一人に全部背負わせて刑務所で死んでくれれば一番良いという結論が出た結果だと思っています」と背後関係の存在を初めて明らかにした。

さらに刑務所で取材者と面会し、次のやり取りをしている。

「結局殺害の動機は何だったのですか?」
「複雑な事情があってね」
「殺害の理由は?」
「殺害を頼まれた」
「手紙にあった金とは?幾ら動いたのですか?」
「最初に3000万円、次に1500万円」
「殺害が目的ですか?それとも資料ですか?」
「資料という話がでたらめ、中身は空だった」
「かばんの中を調べたんですか?」
「調べていない」
「どうして空だったんですか?」
「とにかく資料なんて知らない」
「なぜ裁判で嘘の動機を主張し続けたのですか?」
「でたらめを言わざるを得なかった」
「どうしてですか?」
「本当のことを言えば頼んだ人が誰かを言わなくてはいけなくなる」
「殺害を頼んだ人って誰ですか?」
「それを言えばその人の顔に泥を塗ることになる」
「正解の裏側で動く金と人脈、金とは何ですか?」
「頼んだ人も分かってしまうから言えない」



伊藤受刑者は、裁判の主張が出鱈目だったこと、犯行が誰かに依頼したものと証言。
しかし、後日テレビ朝日側からの取材では面会時に、伊藤がドアの小窓から取材者を見つめた後刑務官に「私はこの人を知らない」と答え、面会拒否をした。


(2016年頃の徐)

徐裕行は当初単独犯を主張したが裁判では「若頭上峯憲司からの指示でやった」と証言。出所後は週刊誌のインタビュー記事で再び単独犯と主張。
「そういった行動に至る経緯の詳細に関してはお話しできません」「すでに裁判が終わっていることと、僕の発言で迷惑をかける人がいるかもしれないということです」と伊藤と同じく背後の関係者を庇う

徐は懲役12年で自由の身となったが、伊藤は無期懲役であるため、仮釈放できたとしても30年以上服役し続けなくてはならず、一生獄中生活のまま終わる可能性もある。

7.成功報酬
徐裕行は事件直前に借金2300万円を抱えていたが、出所後、戸建て住宅、自家用車、ヨットクルーザーを購入している。殺人犯であれば社会復帰は非常に困難なものであるが、中産階級以上の贅沢な暮らし、今も続く暴力団との関係から何らかの支援があったというのが自然である。

伊藤白水も報酬の存在について示唆しているが、無期懲役であるため背後関係者からの支援を受けることが出来ず、自暴自棄になっていると思われる。それでも依頼者の名前を語らないのは仮釈放という僅かな望みに賭けているいるからではないだろうか。




余談だが2007年に伊藤一長長崎市長が山口組系水心会幹部の城尾哲弥に射殺されている。城尾は死刑判決を求刑された後、無期懲役が確定した。ヤクザ、似非右翼が白昼堂々殺人事件を起こすのは厳しくなりつつある。今後は餃子の王将事件のようにヒットマンが逃走する方法が主流になるだろう。

もしオウム事件の発生が遅く、村井刺殺事件も遅れていれば、徐も今頃刑務所で惨めに過ごしていたことだろう。本当に悪運の強い殺人犯である。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー転載ここまで
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「中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて」 [オウム真理教]

「中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて」島田裕巳 亜紀書房 2007年

島田氏は、中沢氏のオウム真理教に対する見解について述べている。
中沢氏が宗教的テロリズムを肯定する、否定はしないような発言をしていたこと。

島田氏はこの本の時点では、陰謀が実際にあるとは認識していないことは注意しないといけない。

○オウムの石川公一は、オウム真理教がサリン事件を起こす段階において極めて重要な役割を果たしていた。P.193
林郁夫は、1993年秋からの教団の動きは、石川が青山吉伸とともに、麻原と語らって生み出したものだと断言していた。(「オウムと私」)
その石川が、青山とともに作成したものに「信徒用決意」と呼ばれるものがある。
ここではグルに徹底して消えすることを求めている。また一般的な善悪の観念を捨て、いかなる手段を用いても救済する、救済を成し遂げるためには手段を選ばないと書かれている。
麻原はここまでここまで直裁な表現は使わなかった。
麻原が殺人を肯定するヴァジラヤーナの教えを解くときには、あくまで仮定の話として語っており、このまま悪業を行い続け、地獄に落ちる人間がいたとして、その人間を殺し、魂をより高い世界に転生させることは果たして悪と言えるのかといった問いかけを行なっていた。P.195
中沢と接触した可能性のある人物として考えられるのが、教団法皇官房の次官で、その事実上のトップだった石川公一である。
なぜそう考えられるのかというと、石川は事件の前に島田のところを二度ほど訪れ、麻原のメッセージを伝える役割を果たしていた。
もう一つの理由としては、事件後に逮捕されたものの、嫌疑不十分で基礎を免れ、触法された石川が、進学先といて中沢が教鞭をとっていた中央大学を選択したことがあげられる。P.192

中沢氏は、2006年4月には、13年間教授を務めた中央大学総合政策学部を去り、多摩美術大学芸術学科に教授として迎えられている。中沢を迎えるにあたって、多摩美術大学は、芸術人類学研究所を新たに設置し、中沢はその初代所長をつとめている。P.4

一方島田氏は、オウム事件で事実誤認に基づくメディアのバッシングを受け、日本女子大学を辞任。その後名誉毀損裁判で勝利している。
https://ja.wikipedia.org/wiki/島田裕巳
放送教育開発センター助教授、日本女子大学助教授を経て1995年(平成7年)に教授に昇任したが、同年7月に退職した。
2005年(平成17年)10月から2008年(平成20年)3月31日まで東京大学先端科学技術研究センター特任研究員(政治学・御厨貴研究室所属)。2006年(平成18年)4月より中央大学法学部兼任講師。2008年(平成20年)4月より東京大学先端科学技術センター客員研究員。2013年(平成25年)4月より東京女子大学現代教養学部人文学科非常勤講師。
研究員、非常勤講師など、待遇は中沢氏に比べるとよくないように思える。
真実をあばくものは・・・というあれかな。

中沢ー石川が教団武装化に一役かっている?

https://ja.wikipedia.org/wiki/石川公一
父親は衆議院議員後藤田正晴の後援会会長。
1995年3月20日の地下鉄サリン事件の謀議を決定した3月18日のリムジン謀議ではサリン散布が決定されたリムジンに同乗していたが、サリン散布に積極的な発言が確認できなかったことから、起訴されなかった。
2004年7月7日、警察庁長官狙撃事件に関与したと警察当局に判断され、捜査の過程において島田裕巳宅爆弾事件の容疑で別件逮捕された。狙撃事件前日に、現場近くの国道で警察官に職務質問されており、教団施設から押収した資料に狙撃事件について記した石川のメモもあった。しかし、証拠不十分で7月28日に釈放され9月17日に不起訴となった。
苫米地英人は石川こそが麻原の側近中の側近で中沢新一の影響を受けて教義を作り上げたオウムの洗脳の張本人であり、石川は中沢が教鞭を執る中央大学に再入学していると述べている

真偽はわからないけれど、このような記事が削除されている。
wikipediaの差分
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=石川公一&diff=prev&oldid=59559611
>>また中央大学の入学も裏口だったとも噂されている。


https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=石川公一&diff=prev&oldid=61562005
new>>[[苫米地英人]]は石川こそがオウムの[[洗脳]]、および[[教義]]を作り上げた張本人であり、麻原の側近中の側近であったと述べている
old>>[[苫米地英人]]は石川こそが麻原の側近中の側近で[[中沢新一]]の影響を受けて[[教義]]を作り上げたオウムの[[洗脳]]の張本人であり、だからこそ中沢が教鞭を執る中央大学に再入学したと述べている



○島田氏がかつてヤマギシ会に所属していた
P.233
私が、大学四年生の時の柳川のゼミで、調査対象として山岸会を選び、そのイニシエーションの機会である特別講習研鑽会、特講に参加することを通して精神的な転換を遂げ、ヤマギシ会の思想に共鳴して、その共同体で生活するようになるのも、私の中に現実とは異なる別の世界に生まれ変わりたいという願望があったからである。

山岸会の共同体で生活した期間は7ヶ月ほどだったが、脱会してからの2、3年は脱会者が中心となる新しい共同体を模索する運動や、それと関連する出版社とかかわっていた。
大学院の修士課程では、山岸会を中心とした共同体の運動を研究し、その後もそれは研究対象の一つになっている。
特殊な共同体の内部を知り、また脱会者の精神状態も経験し、理解できるようになったと。

○宗教学という学問は実質的に日本にしか存在しない。P.229
宗教学に相当する英語がない。宗教史はある。
諸外国では、宗教現象を客観的、中立的に研究する宗教学という学問自体の存立が難しいということを意味している。
世界のほとんどの国では、一つの宗教が支配的な位置を占め、その社会に生きる人間は生まれた時からそうした宗教の信者となっていく。
信仰を持っている以上、自らの宗教に対して客観的、中立的になることは難しい。
日本人の多くには自分は無宗教であるという自覚が強く、そのぶん宗教を外側から客観的に見ている傾向がある。日本で宗教学という学問が成立するのも、国民全体に宗教を客観視する態度が浸透しているからである。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
死後の世界はあるのか、ないのか。
肉体が魂の乗り物であるなら。

宗教的テロリズムとして、ただ単に大量に人を殺しても、殺された人の魂は高いところには導かれないのではないか。
誰かが悪を行なって、それに対して義の心をめざめさせ、世界の支配の構造、洗脳の仕組み、魂のことなどに気づき、それをまわりに教えようとするものが、死後に高いところにいけるんだと思う。



http://www.s-a-t.org/sat/sarin/20031030b_ta.html
中川のこの供述部分から、「被告人が、かねてより創価学会を敵対視し、池田を殺害しようと考えていた」とすることはできない。検面調書のこの部分は不自然かつ不合理でまったく信用性はない。この部分は証拠として排除されるべきである。

検面調書自体が矛盾したものであり、不自然かつ不合理なものであり、中川がサリンについて致死性を認識していたと決めつけた検察官が無理に作文をした結果と言うべきである。  中川の検面調書のこの部分に信用性がないことは明らかである。

本検面調書でも、中川の当時の教団生成のサリンの殺傷力についての認識はそれほどのものではなかったなっていることは上記したとおりであり、このことからも、中川のサリンについて致死性の認識はなかったのであるから、中川が本気で「死にかかりました」などと言うはずがない。検面調書は検察官の都合の良いように意図的に作成されたものであり、不自然かつ不合理であって、信用性はない。

メスチノンを飲んでサリンを浴びるとコリンエステラーゼの作用は低下する。つまり、メスチノンとサリンの相乗効果で新實の症状が重くなったのであり、教団で造ったサリンだけではそんなに殺傷能力はないのではないか」との認識を抱き、そのことを村井や被告人に伝えた。

遠藤の「第1次池田事件の際、噴霧車の後をついてきたオートバイの人は吸引したはずなのに何ともなさそうだということは中川から聞いた」旨の供述(第116回40丁、50丁~51丁)、滝澤の「走っていた車等について何か変わった事故とか事件は自分の知る限りではなかった」、

新實以外の他の者に生じた症状からも、やはり中川は、教団生成のサリンについては致死性までは有しないとの認識を持ったのは当然である。

実際にも、噴霧実験開始後、噴霧車の付近で虫が鳴いていたが、噴霧中も噴霧後も変わらず鳴いていた。中川は、もともと有機リン系の物質は殺虫剤に使われるという知識があったので変に思い、加湿器を持ち上げたところ、加湿器の底が抜けて中のサリン溶液がこぼれてしまった。中川には、息がしづらい、目の前が暗いという症状が出たが、以前に中毒した時よりも症状は軽く、生命に対する危険はまったく感じなかった。また、現場にいた他の者には何らの症状も出なかった。
 この実験結果から、教団が造ったサリンの毒性について、中川は、「近づけば被曝するが、少し離れれば効果はない。被曝しても死に至るまでの効果はない」との認識を持った。中川はこの実験結果を村井に報告した。
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オウム事件と監視社会:心に青雲 [オウム真理教]

http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:LpQI7qJ2hV8J:kokoroniseiun.seesaa.net/article/276122222.html+&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp&client=safari

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー転載開始
2012年06月20日

オウム事件と監視社会


 ヨウイチ様からオウム高橋克也逮捕についてコメントをいただいた。ありがとうございます。

 オウムの高橋克也が逮捕された日の午後、たまたま所用あってJR蒲田駅近くに行った。彼が潜んでいたという「まんが喫茶」を遠望できるところを通りかかったら、もう午前中に逮捕が終わっていて、午後2時ころになったのに、依然として現場近くは野次馬や報道陣、警官らが集まっていて、上空にはヘリコプターが旋回し、騒然としていた。
 バカバカしいったらない。

 私はオウムの高橋を擁護するつもりはないけれど、今回の彼が川崎から姿を消した時点からのおよそ10日間、報道のありかたにはやや恐ろしいものを感じた。
 
 高橋克也は「容疑者」なのである。まだ有罪と決まったわけではない。逮捕されて彼は容疑を認めていると、警察のリークでは聴くけれど分かったものではなく、依然としてあくまで嫌疑の段階である。

 だが、当人も漏らしたとされるが、「報道に追いつめられた」のである。
 そんなことがあっていいものだろうか。逃亡犯には人権はないのか? とさえ思いたくなる。
 いかにも、社会的に制裁をくだされなければならない人間で、逃げ回っていたのはけしからん話ではあろう。しかしこの10日間の報道は度が過ぎていたキライはなかろうか。

 とりわけあの彼を写したとされる監視ビデオの写真や動画だ。われわれもあんなふうにいたるところで姿を捉えられている。不気味である。犯人逮捕には有効でも、私たちの行動が全部権力側にわかってしまうのだ。

 警察は懸賞金を設定して、それを吊り上げて市民の協力を得て、実際、彼の動向が警察に情報としてもたらされて成果があがった、と言える。それを煽り立てたのがマスメディアであった。
 これは恐ろしい市民相互の監視社会の姿を垣間見たように感じた人はいなかったろうか。
 国家権力と大メディアが手を組めば、なんでもできてしまう社会が到来しているのではないだろうか。

 菊池直子が逮捕されたことに関連して、6月5日にあの事件の推理をしたように、オウム真理教事件にはわからないことだらけなのである。オウム教団が単独でクーデターまがいの騒動を起こしたとは、どうしても思えない。
 地下鉄サリン事件にしても、教団に家宅捜査が入るのを阻止するために、霞ヶ関周辺にサリンを撒いて、一般市民を殺して撹乱(?)する、などという作戦は、極めて不自然なのである。

 坂本弁護士の殺害事件にしても、現場にオウムのバッヂを落としてくるなど、あり得ないことではないか。オウムはやっていない、と言っているのではない。彼らの犯行だったのだろうが、バッヂを落としてくるのが「いかにも」なのだ。

 いくらカルト宗教集団でも、そんなにバカではあるまい。しかしそんなことを企てるようなバカどもだった、ということにされている…。
 サリン事件を起こせば、ただちに警察・公安が全力でオウム教団を潰しにかかるに決まっていた。
 だからオウムを擁護する気はないけれど、公安がオウムを利用して争乱を起こしたのではないかと私は睨んでいる。

 高橋克也容疑者が川崎に潜んでいたことがわかり、職場から逃走したところから、たぶん1週間か10日ほどで逮捕に至るだろうと予測したら、ほぼそのとおりになった。そろそろ捕まる頃ではないかと思っていたら、案の定だ。
 そこに何か、芝居臭さを感じる。適当に1週間ほどマスゴミに報道させ、いかにも市民の協力があって、見事に市民の敵、高橋が追いつめられた、という芝居である。

 シナリオがあったのではないかと思わせるのだが、いかがだろうか。
 なにしろ17年間、警察・公安はほったらかしにしたのだ。市民が「似ている男がいる(女がいる)」と警察にチクリに行っても、追い払われつづけたのである。

 これはほとんど、警察は捜査本部が置かれると特別手当が出ることから、それをだらだらともらうために、あえて逮捕へ踏み切らなかったのではないかとも勘ぐれる。

 そして菊池逮捕を受けて高橋への捜査が強化された6日、その夜には川崎市にある8つの警察署のトップが、懇親会を開いて1時間40分にもわたって飲酒していたと暴露された。懇親会どころか本当はただの飲み会であろう。
 これに対してマスゴミは、飲酒は控えるべきだったと言っていたが、事の本質はそんなところにはなく、高橋はもう川崎警察の圏内ではなく大田区で検挙されることがシナリオとしてあったから、彼らは悠々とダレた宴会をやっていたのではないか。
 ぬかりがあったと思われる所業である。

 以前ブログで紹介したYouTubeの菊池直子がカジノで映っている動画の投稿者は、警察関連機関に告発したのに、妨害、黙殺、隠蔽されたと書いている。
http://www.youtube.com/watch?v=besscRkqkBA
 きわめてあり得る話であった。17年間も放置しておきながら、今年になって一気に平田、菊池、高橋と指名手配犯が取り上げられるようになった。
 その背後には、民衆の目をそちらに向けさせて、消費増税をごり押ししようとする権力の意図が見える。

 高橋克也が逮捕されるという騒動のピーク時に、タイミングを合わせたかのように、消費税増税の悪巧みの民・自・公の合意が決定した。


posted by 心に青雲 at 06:51| 東京 [雨]| Comment(5) | エッセイ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いつもブログ更新を楽しみにしております。
今回のオウム事件容疑者逮捕騒動は、まさに、『東声撃西』の典型的なものであると認識しております。
そしてまた『民草』は、不必要な増税を強要されるのてすね。
その金は、アメリカ国の債務補填つまり、ユダ金に還流され、彼等の贅沢三昧をいつまで支えなければならないのでしょうか?
もうそろそろ彼等とは、訣別したいです。
Posted by 智象 at 2012年06月20日 07:41
ありがとうございます。

東声撃西! 兵法三六計の言葉ですね。お詳しい!

今度の消費増税は、おっしゃるとおりでしょう。IMFへの拠出金も日本が一番出させられます。
そしてヨーロッパやアメリカの白人どもが遊んで暮らすのを支えてやるという…。
Posted by 智象様へ(ブログ筆者です) at 2012年06月20日 14:53
コメントの返信大変ありがとうございました。まさか本欄で答えてくれるとは・・・それにしてもいまさらですが地下鉄サリン事件を含めた一連のオウム事件、オウムの信者たちは浅原のマインドコントロールに引っ掛かって操られ犯行におよんだなんて・・・あきらかに芝居くさいです。
Posted by ヨウイチ at 2012年06月20日 21:32
オーム真理教事件に対するブログ主様の視点に感心しつつ共感致します。私も国家権力とメディアの筋書きに沿った逮捕劇だと思います。その中で民放放送メディアはどの局も朝昼のワイドショーで此の事件を細かく繰り返し伝えています。約55年前に、大宅壮一が生み出した一億総白痴化と云う言葉がありましたが、テレビと言うメディアはその頃から夜の7時台から10時台の稼げる時間帯に、バラエティや歌、クイズ、グルメ等の番組を流すことにより、人間の想像力や思考力を低下させ、国家権力に従順な民衆を造り上げることに貢献してきました。一方で多くの国民が仕事で忙しい昼間の時間帯は、このような事件物があればある程テレビメディアにとっては番組の穴埋めが容易なので有りがたい。長年洗脳された国民はテレビの報道を信じて疑わないので国家権力の意のままに事は運びやすい。原発神話もこのようにして造られました。
Posted by KNDR at 2012年06月20日 21:49
コメントありがとうございました。

>原発神話もこのようにして造られました。<
     ↓
おっしゃるとおりです。
一方で、「放射能が怖い、怖い」という神話も…ですが。
Posted by KNDR様へ(ブログ筆者です) at 2012年06月22日 19:03
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「菊地直子逮捕の真実」:心に青雲 [オウム真理教]

「日月神示の研究と実践」ブログが「心に青雲」ブログを転載されているものを転載
「菊地直子逮捕の真実」 心に青雲
http://blog.goo.ne.jp/hitsuku/e/e6b9ac58687d2ee054bc9652daaf685b

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー転載開始
<心に青雲より転載>

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菊池直子逮捕の真実


 地下鉄サリン事件が東京で起きたのは、1995年3月20日のことであった。
 私はちょうど仕事で、飯田橋の警察病院の前を通りかかっていたときに、病院の前に救急車が何台も横付けされ、警官や病院スタッフが顔色を変えて駆け回っていて、騒然とした雰囲気だったので驚いた覚えがある。

 サリンを浴びて搬送されてきた地下鉄乗客たちだったのだろう。何事かと思いつつ会社へ戻ると、テレビで大騒動になっていることを知った。

 そのサリン事件に関与したとされる菊池直子が、17年の逃亡生活の果てに、8日に逮捕された。
 しかし…警察が公表した菊池の顔写真を見ると、かつての手配写真とは別人に見える。今の顔を見て、菊池だと見抜いた「情報提供者」はすごいというべきなのだろうか。

 私はもしかすると、警察は菊池の所在は掴んでいたが、そのまま潜伏させておいて、適当な逮捕時期がくるのを待っていたのかも…と疑う。
 だから、一般の人が「菊池に似た女がいる」と警察に垂れ込んでも、追い返したのではないか。

 オウム真理教事件は、謎が多い。おそらく50年、100年たっても真相は闇の中ではなかろうか。

 以前にも書いたことがあったと思うが、私にはオウムの単独犯行とはとても考えられない。いくらアホな新興宗教団体であったとしても、あるいは北朝鮮とつるんでいたとしても、覚醒剤の密売に手を染めていたとしても、彼ら信徒がクーデターを起こして日本を乗っ取るなんてことができると信じるはずがなかろう。

 サリンを霞ヶ関あたりにバラまけば日本の警察機能が麻痺すると? だから地下鉄に撒いた? 乗客を13人も殺して、それで何になるというのか? あまりにも奇想天外というべきか、現実離れし過ぎである。
 麻原彰晃がその作戦を練った? それを弟子が信じた? 

 あり得ない話ではないか。小学生のサッカーチームが、W杯に出場できると思いこむほうがまだ可能性があるんじゃないか?
 むろん、事実としては、オウム信者が麻原の命令に従って、サリンを撒き、罪もない人たちを殺した。その他にも坂本弁護士殺害など当時、さまざまな事件が起こされた。
 しかし、動機も目的もいろいろ言われはしたけれど、どれもみんな眉唾ものでしかない。

 つまり、一連のオウム騒動を冷静に振り返ってみれば、そのバカバカしさにはきっと巨大な裏があると思わせる。陰謀であろう。

 私は今でも、あれら一連の事件は、公安がやったのではないかと睨んでいる。
 簡単に言えば、当時は70年代の極左過激派の活動が一応終息を迎えていた。
 つまりは公安は暇になっていた。組織としては縮小を図って当たり前の状況にあったのだ。
 それでは公安の役人たちは困る。

 左翼過激派は消滅したけれど、こんな新興宗教でも危ない連中がいるなら、やはり公安は潰してはまずい、と世間にも政治家にも思わせなければならなかったのである。

 地下鉄サリン事件の2日後、警察は全国のオウム施設に家宅捜索を行ったが、例の富士の裾野の巨大施設に入っていくときに、機動隊員がカナリアをカゴに入れて持って行く様子がニュースで流れたが、実に「臭い」ことをすると思ったものだった。
 つまりいかにも「芝居がかっている」ふうなのである。

 ああいう小道具でも国民に見せて、これが本物のテロであるかに見せたのではなかったか。

 オウムの幹部・村井秀夫の殺害事件にしても、あの犯人が終日、青山にあった事務所の前でうろついているのに、警察は誰も職務質問していなかった。そんなことはあり得ないではないか。犯人は暴力団の男なのだから、それはもう風体からして目につくに決まっている。それを事を起こすまでだまって見ていたのだから、公安と関係があるのであろう。

 公安のスパイをオウムに潜り込ませて、一連の事件をやらせたのではないかと、私はずっと睨んできた。今もその推測は変わっていない。

 昨年逮捕された平田信も、今度の菊池直子も、公安の手先だったか、もしくは知らずに公安の手先にされた人間ではないか…。
 実際、警察は彼らがどこに潜伏しているか掴んでいただろう。一般の人からの目撃情報があっても握りつぶしていたのは、彼らを捕まえる必要がなかったからだろう。それがここへきて、なぜ逮捕に踏み切ったかはわからない。

 オウム事件をそろそろ本当の意味で終わらせてもいい何かの条件が整ったからではないか。
 一つの「妄想」を言わせてもらえば、最近のユーロ通貨の崩壊、アメリカの衰退、さらには円と人民元の為替直接取引、ロシアとの北方領土返還の気運などの、もしかするとユダヤ支配の衰退の影響なのか? と思わせる一連の出来事に関係しているのかも…ということだ。

 オウム事件はユダヤが全然語られないけれど、語られないからこそ怪しいとも言えようか。村井秀夫が殺害されたときに、本当かどうかはわからないが、村井をみとった上祐が、村井が死ぬ直前に「ユダにやられた」と言ったと証言した。
 村井は一連のオウム事件はユダヤの陰謀だと言おうとしていたという話もある。阪神大震災は地震兵器で起こされたのだと村井は主張していたそうだ。
 当時はバカらしいから誰も取り上げなかったけれど、こうして菊池直子が逮捕されるなど、オウム事件の終末が近くなると、改めて「闇」の一端が、見える人にはわずかながら垣間見えるのかもしれない。

 蛇足ながら、YouTubeに「これがオウム手配犯菊池直子の整形後の顔です」とある動画がある。真偽のほどは不明であるが、投稿者のコメントを読むと信じられそうな気はする。一度ご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=besscRkqkBA
 昔の手配写真は、田舎の芋娘といった感じだが、これはえらく洗練された美人に整形(?)されている。誰が見てもとても同一人物とは思えまい。

 投稿者は、
 「98年1月当時東京都港区赤坂某ビル地下一階のカジノ・スティングの店内の防犯カメラで撮影したものであり、同98年4月~に福岡県警と警視庁及び、各警察関連機関(警察庁、公安調査庁等)に告発し、関係資料、防犯カメラのビデオテープ-を提出していますが、一部の腐敗した権力者らの妨害と黙殺によってこの映像は公開されることなく今尚隠蔽され続けています。」

 今度の逮捕で、潜伏していたという相模原の住居がニュースで映されているが、とてつもないボロ家で、人が住めるのかと疑わしい。これも、いかにも凶悪犯が潜んでいそうなアジトはこうなんだよと、警察が庶民に納得させるべく仕組んでいるように思う。「いかにも…」という演出(?)が、やり過ぎを匂わせる。

 本当にあんな廃墟に人が住んでいたら、近所の人も警察も不審に思って探るだろうに。何もしなかったとは??

 しかし、実像はもし彼女が公安の手先だとしたら、悠々と整形して顔を変え、カジノで遊んでいられるような暮らしは保障されていたに違いないのだが…。

<転載終わり>
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 平田に続き、菊地直子も逮捕されました。あまりに指名手配の写真と違う顔のため、驚いた人も多かったようです。誰もが別人ではと、感じたと思います。高橋はまだ捕まっていませんが、その内逮捕されるでしょう。

 心に青雲さんも言われているように、オウム事件は謎が多過ぎです。麻原のような汚い教祖を信じてあれだけのことをするかと、誰だって不審に思っていると思います。背後に北朝鮮がいたから国松長官を狙撃できたとか、ロシアからヘリコプターを買ったから裏にロシアがいるとも言われていました。今回心に青雲さんが言われているように、裏にユダヤが居たというのは、あまり言われていません。真実は分かりませんが、そうであるようにも思えます。中川昭一氏やその父上を殺害し、鈴木宗男氏を逮捕し、小沢一郎氏をしつこく逮捕しようとしている勢力。真実が解る日は遠いかも知れませんが、必ず来ると思います。

*今日はこれからひふみ農園丹波篠山に行きます。12:30までに行くには、そろそろ家を出ないと間に合いません。今は私が丹波まで出かけてひふみ農法を教えていますが、この秋にはひふみ農法のDVDがリリースされますので、今後はDVDを見て独習できます。北海道や九州の方
もひふみ農法を学ぶことが可能になります。ひふみ農法はあまり難しくありませんので、ノウハウというほどのものはありません。いくつかポイントを押さえればOKです。それで、無農薬・無肥料栽培ができますので、すごいと思います。テキトーに、ラクに、良い加減にやるのがひふみ式です。あれだけ降り続いた雨も上がり、今日は何とか作業ができそうです。いつも雨の神様には感謝です。先週の福島での田植えも、田植え直前に雨が止み、晴れ間が見えました。本当にいつもいい天気でありがたいです。好天率は95%くらいではないでしょうか。今日も楽しくできそうです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー転載ここまで
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「カルマ真仙教事件 上」 [オウム真理教]

「カルマ真仙教事件 上」濱嘉之 講談社文庫 2017年6月15日

中巻が8月9日発売予定、下巻は今秋発売予定だそう。

タイトルから連想されるように、オウム真理教事件を取り扱ったものです。
登場人物名も実際の人物を連想しやすい名前になっています。

帯に「元警視庁公安部の著者が自らの捜査経験をもとに、平成の世を震撼させた無差別テロ事件を、警察小説化!」

こんなふうに書かれると不思議なことに、ここには真実が書かれているのだろうと自動的に思ってしまいます。
二十年の時を経て、今明かされる真実。みたいな。

しかし、著者が元警視庁公安部だからといって、真実が書かれているとは限らないのだと注意して読まねばなりません。

私はこれを読んで、いわゆる司馬史観というものを連想しました。
ただの武器商人であった坂本龍馬をもちあげヒーローにしたてあげ、明治維新を書き換えてしまった作家のことを。

「カルマ真仙教事件」はあくまでも小説で、フィクションであると最後に明記されています。

しかし、司馬遼太郎の本を読む人は筆致から真実だと思ってしまう。この「カルマ」もそう思わせるように書かれていると思いました。

あまり知られていなかった真実もいくらかは明かされているようです。

オウム真理教事件はどうも裏があるようだと気づいた人たちに向けて、撹乱するために書かれているように思います。

今の日本で、オウム事件の裏に気づき、オウム真理教の発行物、林郁男や、アーチャリーの著書を読んだり、裁判記録を読んだりしている人間がどれだけいるでしょう。
かつ、アポロの嘘、ホロコーストの嘘、アンネの日記の嘘に気づいている人がどれほどいるか。

多くの人は、テレビと新聞で伝えられるだけで、ネットを見ている人もまとめサイトにたよりがち。

堤未果さんがいうように、できるかぎり一次情報にあたるようにしないと、道を見誤るように思います。
私もわかっているわけではないけれど、なにかおかしいと思う。

真実を告げようとするものは、これを明かすと殺されるかもしれないというおそれをもっているのですが、この本の行間からはまったくそんな気配を感じません。

つまり御用小説家なんじゃないだろうかと思いました。

続きはどうでるのか楽しみです。



「日本人は知ってはいけない。
ないしょの話。
2010年10月23日
阿修羅が裏社会に乗っ取られた?」
http://cosmo-world.seesaa.net/article/166783012.html
オウム事件と北朝鮮について少し書かせていただきます。
「オウム真理教」の実態は統一教会と創価の会員が中核を構成していました。
麻原をまつりあげ、その実体は統一教会出身の早川が握っていたとみられています。
統一教会を日本に持ち込んだのは、自民党を結党した笹川良一です。
笹川良一の朝鮮名は「文 尭」(前衆議院、笹川良一の二男の名前は笹川尭)と言われており、血縁関係も噂されています。
笹川が結党した自民党の流れを直接引いているのは自民党清和会。(小泉、安倍、福田、森、中川、小池など。現 町村派)
清和会と統一教会、北朝鮮の繋がりがお分かり頂けると思います。
話を元に戻しましょう。
オウムは当時ロシアで瞬く間に信者を5万人に拡大した事実がありますが、これらの信者は統一教会員にオウムの着ぐるみを着せただけの事でした。
オウム事件の目的は、極東戦争のため中国を引き込み巨大化させるための導火線でした。

オウムは松本でもサリンをまいていますが、地下鉄に撒かれたものとは違います。
松本サリンで使用されたサリンガスは、正真正銘、本物のサリンで北朝鮮製といわれています。
マンションの4Fや5Fに住んでいた方もなくなっています。
地下鉄でまかれたサリンは、未熟なサリンで上昇しませんでした。
ですから、騒ぎの割に、死亡者が少なくて済みました。

もちろん散布したのは早川たちではありません。 特殊な訓練を受けた者にしかできないようです。 実行犯は、あの人たちでしょう。 JAL123便の事故の時、真っ先に現場に入った人たちです。

うまく説明できていないと思いますが、もう少しお付き合いください。

オウムが日本国内でテロを起こす→在日米軍の基地も攻撃する。→在韓米軍が日本に集中する→韓国の38度線が、がら空きになる→北朝鮮が一気に南に侵攻する。→停戦中だった朝鮮戦争、いわば第二次朝鮮戦争が始まる→北朝鮮から日本が本土攻撃を受ける→日本が参戦する。

このかたのブログは概ね同感なのですが、この件はどうかなと。
地下鉄サリン事件のあと、在日米軍の基地が攻撃されたとか聞かなかったし。
どうなのですかね。

このような意見もあるのですね。

あまのはらふりさけみれば
「96 「CIAと公安の工作」スパイの自己組織化」
2017-02-16
https://ameblo.jp/multifractal/entry-12248275209.html
彼らは自らの組織を維持するために工作活動を行い、そこにはテロの黙認とテロリストの洗脳が含まれている。つまり、実際にテロを引き起こすことで、諜報機関の必要性が高められており、それは彼らの権限・予算・人員の拡大へと繋がっている。

 更にこの問題が拡大し、世界の諜報機関は繋がり共同工作を行うようになった。彼らが徒党を組むとどの政府もその活動を制御できない。それはCIAの暴走を中国政府が止められないからであり、中国の諜報機関の暴走をアメリカが止められないからである。

 このような形で世界の諜報機関が共同工作を行い自己組織化してしまうと、どのような工作でも行えるようになってしまう。それが今の世界の大きな問題の1つである。

「世界の真実の姿を求めて!
最近世界が本当は全く違った歴史や事実を隠していることに気がつきました。自分でその真実を確かめたくて、このブログを書きます。」
「CIAが警察を動かし、最高裁で有罪にできる日本の司法の仕組み。」
http://oujyujyu.blog114.fc2.com/blog-entry-375.html
警察に有利な判決を出すことが、裁判官としての出世につながるから。
また逮捕した「容疑者」を裁判にかけると、それだけで1人に付き3万円の報奨金が検事に、裁判にかけず略式起訴で2万円、起訴猶予でも1万円の「コヅカイ」が出る。
検察はデッチアゲでも大量に逮捕すれば給与が増える、給与システムになっている。
さらに警察組織の出世コースのトップは、米国CIAへの留学・帰国組みで独占され、事実上、CIAの日本支部となっている。
これが日本の司法。
日本の警察は神様であり、その警察のトップはCIAの留学、帰国組で占められている。
以上の背景から、CIAが警察に植草氏を逮捕させるように、指示することができる。
この人事査定のマニュアルには、刑事裁判(警察が逮捕した人間の裁判)で、検察側に「控訴されない」事が出世の条件として、記されている。

検察・警察側は、地裁での判決に不満があれば、当然、控訴し、地方裁判所から高等裁判所へ持って行く。人事査定のマニュアルに記載されている、「検察に控訴されない」という条件は、つまり「警察に不満を持たれない、警察に有利な判決を出せ」、と言う事である。

日本の有罪率99.99%は、警察は神様である、という裁判所の異常な認識を明確に示し、日本が民主主義国家ではなく、警察独裁国家である事を明確に示している。


オウム真理教の信者であった自衛隊員が、日本の国家権力の中枢である警察庁長官を銃撃する理由は、自衛隊の精鋭部隊と北朝鮮工作部隊が「同一組織の出自」である事を見なければ、理解出来ない。

自衛隊が日本を守るための組織ではなく、「日本人を殺害するための組織」であると言う実態を見なければ、理解出来ない。

そうした「大騒ぎ」を引き起こせば、出世に「さしさわり」が出てくるので、最高裁も、ほとんど99%、高等裁の判決を「踏襲」する。

つまり地方裁だけが、刑事裁判では有罪・無罪の判断を行い、民事裁判では勝敗の判断を行っている。高等裁・最高裁は「右習え」であり、何も仕事を、していない。

こうして本当に犯罪を犯した人間が、無罪となり、社会に「野放しになり」、全く無実の人間が数十年、刑務所に入れられ、死刑になっている。

日本の検察組織には各地方検察庁ごとに、捜査予備費という名目の予算が毎年3億円前後、付く。

この予算は、逮捕した「容疑者」を裁判にかけると、それだけで1人に付き3万円の報奨金が検事に支給される「手当て」として使われている。この報奨金は、事実上、警察組織の上層部の検事個人の、「コヅカイ」になっている(*注1)。

容疑者を裁判にかけるのが検事の仕事であり、それで税金から給与、ボーナスが出ている。容疑者を裁判に、かけるたびに、「コヅカイ」を支給するシステム=予算が、出発点から「そもそも異常」である。

裁判にかけず略式起訴で2万円、起訴猶予でも1万円の「コヅカイ」が出る。

日本の警察組織では、公安部門がエリート組織・出世組織であり、歴代の警察庁長官は「必ず公安畑から出す」という不文律がある。

オウム真理教信者に狙撃された、と言われている国松孝次元警察庁長官は、公安畑出身ではない刑事部門の刑事局長から長官に任命されたため、中国製・ロシア製トカレフ拳銃の密輸により裏金作りを継続してきた日本警察の、別部隊であるロシアン・マフィア傘下にあるロシア人傭兵によって狙撃された。

国松元警察庁長官の狙撃を命令したのは、日本の公安警察幹部である。

 この日本の警察組織の中核・出世コースである公安部門。そのエリート・コースの登竜門が、東京都文京区の東京大学の門前にある、文京区本富士警察署である。

 この警察組織の出世コースのトップは、米国CIAへの留学・帰国組みで独占され、事実上、CIAの日本支部となっている。日本の公安警察は、末端まで、その担当する対外諜報活動の分野で、日常的に米国大使館に出入りし、中国、あるいは北朝鮮担当等の米国外交官から「情報を頂いて来る」。

日本警察は、そのトップから末端までCIAの日本支部であり、それがピストル密輸=暴力団への武器横流しによる警察の裏金作りを通じ、在日ロシアン・マフィア、在日ロシア人傭兵組織と一体化しているという事実が、ここに見える。

 この公安警察はCIAと一体化しながら、北朝鮮情報を入手するルートとして、神社の祭り等で夜店を出す「テキ屋」の全国組織である広域暴力団・会津小鉄内部の、在日朝鮮人を使い、北朝鮮本国の情報を入手している。

日本の公共事業の「闇」にメスを入れる人間は、このグループに命を狙われる事になる。

 これが、不必要な道路建設を強引に進める「日本の財政赤字の創出グループ=増税の生みの親」である。

 この公安警察・CIAルートを最も強く把握している政治家は、かつては警察官僚出身の後藤田正晴であったが、現在では、警察官僚出身の国会議員・平沢勝栄でも、亀井静香でもなく、民主党党首の小沢一郎である。

なにやらすごいサイトを発見してしまったようです。

アンビリバボー 警察庁長官を撃った男 中村泰 愛郷塾 血盟団 [オウム真理教]

2017年6月29日の 「アンビリバボー ~日本を揺るがせた歴史的事件の裏側3時間SP~正義とは何だ」を見た。

1995年3月30日に起きた国松孝次警察庁長官狙撃事件は犯人不明のまま時効を迎えた。
番組はジャーナリスト鹿島圭介の「警察庁長官を撃った男」新潮文庫の内容に基づき、作られた。

目撃者が向かいのマンションにおり、その証言によると犯人の身長は170センチぐらい、年齢は20-30代の男。
オウム信者が犯人だという怪文書が届き、オウム信者で元巡査のKが取り調べられ、自供もとれたが、肝心の裏付けが取れなかった。しかし起訴された。
2004年7月7日、中村泰(ひろし)という男が、自分が犯人だと名乗り出た。
彼は事件当時60歳で、身長160センチ、目撃証言とは違うが、銃をアメリカで購入したなどの裏付けも取れ、いくつか銃や手榴弾なども保管していた。
彼はほとんど犯行について語らなかった。
動機については、「国松長官をオウムから日本を守るため犠牲にした」と語った。
オウム真理教は危険な団体だと騒がれ、強制捜査もされたがそれだけではオウムが消滅するとは思えず、警察庁長官が狙撃されれば、オウムが疑われ、徹底的につぶされると考えたためという。

しかし、事件は時効を迎え、その発表の中で「オウムが犯人です」と警察は発表し、そのやりかたは非難された。

時効の3ヶ月前に、鹿島圭介は警察幹部に接触し、なぜ中村泰を犯人だと発表しないのかと問いただすと、その幹部は「事件のゴールは決まっているんだ」と言われたという。

現在87歳の中村泰は別件の現金輸送車襲撃事件で逮捕され、岐阜の刑務所だか拘置所だかにいる。

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警察の公安部と捜査一課が精力をかたむけ、捜査した事件。
しかしその結果は公にはならなかった。

「事件のゴールは決まっているんだ」

それはつまり、犯人でないものを犯人とすること。
オウム真理教を犯人とすること。

事件のゴールが決まっていたのは、地下鉄サリン事件でも同じこと。

被害者が法廷に呼ばれない、証拠物が提出されない、オウム側弁護士が別件で逮捕される、教祖の控訴ができず一審で死刑が確定してしまう、サリンを作ったとされるところが早々と解体されてしまうなど、おかしなところをさがせば次々とでてくる。

これをきっかけに事件が見直されて欲しいと思う。
ジャーナリスト鹿島圭介氏、アンビリバボーの番組スタッフに対しありがたいと思う。

副題は「正義とはなんだ」

不備のある裁判でずっと刑務所に収監されているオウムの人たち。
正義とはなんだと。

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なぜオウム真理教を犯人としなければならなかったか?
オウムは、世界があるものたちに支配されていると言っていた。
そしてそれらは池田太作、創価学会、統一教会を使って日本を支配していると。
ホロコーストはでっちあげであると。
「シオンの議定書」は偽書ではないと。
それらを伝えるため、オウムは自前の印刷工場を持ち、書籍を印刷販売し、ラジオで毎日3時間放送していた。
北朝鮮や早川の武器輸入に関しては私はよくわからない。
彼らはオウムを潰したかったのだと私は理解している。

世界があるものたちに支配されていることはジョン・レノンも言っていた。
それを言えばキチガイと思われることも。
「アメノウズメ塾上級サバイバル編②白衣、薬を信じるかは己で決めよ①」
https://www.youtube.com/watch?v=2mnVvr87RNc

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ひょっとしてと思って「中村泰 血盟団」でぐぐると
「学研都市のレベルファイブ」
http://www.coza4.com/wp/?p=14723
鹿島圭介「警察庁長官を撃った男」|Ausgehende
現代のスナイパー、中村泰は愛郷塾に出入りしていたそうです。満鉄エリートの子弟で旧制水戸高校出身。妙なところに繋がっています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/愛郷塾
愛郷塾(あいきょうじゅく)は、橘孝三郎によって1931年に茨城県常磐村(現在の水戸市)に設立された私塾。正式名称は自営的農村勤労学校愛郷塾。
橘が1929年11月23日に設立した愛郷会の活動の一環として「新日本建設の闘士」を養成することを目的として設立した私塾で、教師に林正三、後藤圀彦などを招き、「愛郷主義」を唱えた。
塾生は1932年5月に「農民決死隊」を組織して変電所を襲撃し、五・一五事件に参加した。一時的に世間の耳目を集めるも、塾長の橘が無期懲役となり、勢力は衰退していき、1933年1月には事実上解散した。

https://ja.wikipedia.org/wiki/血盟団事件
血盟団事件(けつめいだんじけん)は、1932年(昭和7年)2月から3月にかけて発生した連続テロ(政治暗殺)事件。当時の右翼運動史の流れの中に位置づけて言及されることが多い。
日蓮宗の僧侶である井上日召は、茨城県大洗町の立正護国堂を拠点に、近県の青年を集めて政治運動を行っていたが、1931年(昭和6年)、テロリズムによる性急な国家改造計画を企てた。「紀元節前後を目途としてまず民間が政治経済界の指導者を暗殺し、行動を開始すれば続いて海軍内部の同調者がクーデター決行に踏み切り、天皇中心主義にもとづく国家革新が成るであろう」というのが井上の構想であった。
井上はこの構想に基づき、彼の思想に共鳴する青年たちからなる暗殺組織を結成した。当初この暗殺集団には名称がなく「血盟団」とは事件後、井上の取り調べや新聞報道の過程でつけられた名称である。
古賀清志と中村義雄は3月13日に、血盟団の残党を集め、橘孝三郎の愛郷塾を決起させ、陸軍士官候補生の一団を加え、さらに、大川周明、本間憲一郎、頭山秀三の援助を求めたうえで、再度陸軍の決起を促し、大集団テロを敢行する計画をたて、本事件の数か月後に五・一五事件を起こした[1]。

愛郷塾と血盟団どちらも茨城県。

「バロンワールド 5月31日 オウム帝国の迷宮・国松事件(第二章)」
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read_archive.cgi/radio/25123/1433072201/-100
37 :みっちゃん:2015/06/01(月) 00:01:00 ID:oaCCbOo60
中村泰の動きは、単独犯ではなく組織的な動きですよね。 「餃子の王将」事件と同じ構図だと思いました。 中村がスーパーナンペイ等の複数の事件に関わっているとしたら、 目立つように目くらまし役にされて、真犯人は別にいるのではないかと 思いました。

50 :ホーボー:2015/06/01(月) 01:20:37 ID:JZCP.SVc0
隠蔽のご褒美に与えられた、内閣危機管理官…。 高級官僚にとって最も重要な仕事は、表面を取り繕うこと、事実をうやむやにすることなのか? 腹が立ちます。

55 :みっちゃん:2015/06/01(月) 01:22:21 ID:oaCCbOo60
戦前の右翼は反体制、戦後の左翼も反体制。中村のプロフィールは 整合性がとれますね。血盟団事件まで遡るとは予想外でした。 オウムと公安が互いに利用しあっているようにも見えました。 公安を抑える、イコール日本を抑える必要がある国が絡んでアウトソーシング いるということでしょうか。

バロン西田
@baron2007jpn
https://twitter.com/baron2007jpn
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井上日召はオウムの井上嘉浩の祖父。
血盟団 五・一五事件 愛郷塾
つながってるけど、よくわからないおばかなわたし。

「血盟団の井上日召とオウムの井上嘉浩」
http://kusunoki-456.blog.so-net.ne.jp/2017-06-05

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読書メーター
警察庁長官を撃った男
鹿島 圭介
https://bookmeter.com/books/355766
Nobuyuki Tsuji
警察庁/警視庁が、本件捜査に対してどうしてもオウムの犯行にしてしまおうとした凄まじい意思を感じた。自分たちの面子のために真実を捻じ曲げ、闇に葬り去ってしまって良いのか。一方、中村泰の生き様も凄まじい。こんな人間がいたのか、と。 刑事事件としては時効が成立したが、本書に紹介されていることが事実としたら、どのような形でかその真実が世の中に明らかになることを望む。
kadocks
オウムが巷を何年ぶりに騒がす中、ずっと違和感があったこの事件の真相がこんなところにあったとは驚きの書。そしてその真相の暴露よりも一人の老人の凄まじい想念に驚嘆せざるを得ない。7章の動機の凄さ。ページをめくる誰もが想像もしなかった極右と極左が交差する想いは日本犯罪史上なかったことではないのか。映画化希望。
kyoh
犯罪史上、忘れえぬ印象的な人物が時々いる。この事件の真犯人と目される老人の名も記憶に残りそうだ。東大中退で数ヶ国語が話せる頭脳、拳銃への偏執的なこだわり、あるべき正義の思想、秘密工作員としてのプライド。一発の銃弾で世界を変えることができるとこの男は言うが、どうしても隠しきれなかった自己顕示欲に自ら逮捕を招いた姿をみると、“この人、ただのドリーマーなんじゃ”という気がしないでもない。それにしても、警視庁内での公安部が捜査方針の過ちをそうと認めずに、国民の目を眩ます為の発表を行なった理由には、呆れ返った。
夜のおんな
“曰く言いがたい陰々滅々とした空気が漂っていた。”“拳銃への異常なまでの愛着。怜悧な頭脳。内に秘めた激しさ。時と場合によっては非情に徹せられる冷酷な一面。独りよがりの論理。相手の立場を慮る理性。完全には消し去れない虚栄心。常人にはない集中力と、測り知れないほどの行動力。優柔不断の一面。目的達成に向けてのあくなき執念。秘密工作員の暗い熱情。企図した謀略への偏執狂的な執着。極左と極右が苛烈に混交するカオス。”
garth
きわめて説得力があり、国松長官狙撃事件に対する考えが180度くつがえされた。だがそれ以上に興味深いのは孤高のテロリスト・中村の人間性。こんな男がこの日本にいたということがすでに驚きなのだが、それが5.15と血盟団事件につながるとなると…『日本暗殺秘録』ふたたび!

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「【政治】福田首相、書店で息抜き」
https://www.logsoku.com/r/2ch.net/newsplus/1209910721/
734 : 名無しさん@八周年[sage] 投稿日:2008/05/05(月) 21:00:13 ID:YaekUzML0 [3/3回(PC)]
国松長官狙撃事件(平成7年)は、左翼テロリストがやったっぽいです。

警警察庁長官銃撃で77歳男が犯行示唆の供述 「秘密の暴露」 (1/3ページ)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080320/crm0803200217005-n1.htm

警察庁長官銃撃で77歳男が犯行示唆の供述 「秘密の暴露」 (2/3ページ)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080320/crm0803200217005-n2.htm

警察庁長官銃撃で77歳男が犯行示唆の供述 「秘密の暴露」 (3/3ページ)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080320/crm0803200217005-n3.htm

正論(2008年6月号) 特報!警察庁長官の命を狙ったスナイパーの正体
http://www.sankei.co.jp/seiron/wnews/0805/mokji.html

容疑者は中村泰(ひろし)77歳。数々の銃撃・強盗事件を繰り返してきた東大中退の犯罪者。 チェ・ゲバラに憧れ、「隠密挺身隊によって政府及び軍の中枢を急襲し、指揮系統を麻痺させ ておいて、その隙に大衆行動を勝利に導く」為に日本国内に民兵組織を作ることを目標として いたという。自らを反ファシスト闘争の戦士、と位置づけていたという。 中村泰の背後にある組織は未だ不明だが、彼の役割はアメリカから武器を調達し、訓練する 教官役だったという。 このやり方は、かつての赤軍派のよど号グループがやろうとしていたことと極めて類似している。

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彼らのミッションとは何なのだろうか
もしかしたら、体勢の維持、すなわち皇室の維持かもしれないと思った。
真実の歴史を調べていくと、そのうち皇室ってなにものだという疑問につきあたる。
それを告げる人を潰すための要員だろうか。
潰すためには作戦を立て相当におおがかりで手荒いこともやる。
誰かを殺しておいて、それを真実を告げる人のせいにすることは、警察やマスコミのトップが彼らの仲間であるなら、容易なことである。
なわけで、なにか違和感を感じる事件が起きるたび、真実を告げるブログを書いてた人が、汚名を着せられているんじゃないかと、なんとなく思う。

アルカイダとイスラム国の日本版(仏教版)がオウム真理教? [オウム真理教]

「またまた、米軍CIAとNATOと仲間達がシリアがサリン攻撃準備してるとか、いちゃもんつけて偽旗作戦準備しているようです。 要注意! 」
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2017/06/27/8605614

ーーーーーーーーーーーーーー引用開始
で、アルカイダとイスラム国の日本版(仏教版)がオウム真理教だったわけで、オウムが仏教を装ったシオニストネオコンCIAとNATOと仲間達のテロなのは一目瞭然です。

これらは、イタリアではグラディオと呼ばれていました。

日本で極左を装ってテロやってた公安が捕まった事件(菅生事件)がありましたが、菅生事件の主犯は、ノンキャリアとしては異例の出世してパチンコプリペイドカードの団体に天下ったりしてるわけですし、オウムと暴力団の深い関係で進んでいた警察の捜査を止めさせた神奈川県警本部長は、中曽根が作った自衛隊と警察の秘密情報組織の初代室長だったとか、もうみんなバレてるわけで、共謀罪とかちゃんちゃらおかしい。

ーーーーーーーーーーーーーー引用ここまで

んー。オウムのことはそうなのかな。
オウムの一部はそうであったかもしれない。
理解できないが、メモっておく。

逮捕された検事に取り調べられた裁判はやりなおすべき [オウム真理教]

ブログ書きの勉強,清水亮一
土谷正実さんからの手紙。2010、11、3.
http://banyuu-itiene2010.seesaa.net/article/168119709.html

オウム真理教の土谷正実さんから清水亮一さんに届いた手紙。

大阪地検特捜部の前田恒彦検事が証拠隠滅容疑で逮捕され、その後、大坪弘道京都地検次席検事が逮捕されました。私の2000年12月12日付意見書・冒頭陳述書には 大坪検事のことが記されていますが、逮捕された大坪弘道検事の事です。大坪検事は地下鉄サリン事件と松本サリン事件で私を取り調べた

ウィキぺディアの土谷正実のところで、私が「取り調べの供述段階で松本サリン・地下鉄サリン事件ともに殺意を認めていた」という内容の判決文が引用されていました。つまりその供述調書を作成したのが大坪弘道検事で、署名指印したのが私でした。大坪弘道検事は「容疑者に負けて尻尾まいて帰ってくるような検事は許さない」と言っていた、これは即ち検事の描く構想に沿った供述調書を容疑者から勝ち取らなければならない、というのが大坪弘道検事の信念だったということです。検察が証拠隠滅をしていた事が白日の下にさらされてしまった訳ですが、私が7年以上前から述べていた事を簡単に記します。『松本サリン事件での私の供述調書は某警部が作成した物で、私直筆の「実験棟内にトラックが前向きで入ってきた図面」が添付されていた。ところが、その後に某警部から「中川、藤永の話と違う」と言われ、中川○○氏、藤永氏の話と合う図面を書かされた。

逮捕された大坪検事に、取り調べを受けていた土谷正実氏。

https://ja.wikipedia.org/wiki/大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件
大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件(おおさかちけんとくそうぶしゅにんけんじしょうこかいざんじけん)とは、2010年(平成22年)9月21日に、大阪地方検察庁特別捜査部所属で、障害者郵便制度悪用事件担当主任検事であった前田恒彦が、証拠物件のフロッピーディスクを改竄したとして証拠隠滅の容疑で、同年10月1日には、当時の上司であった大阪地検元特捜部長・大坪弘道及び元副部長・佐賀元明が、主任検事の前田による故意の証拠の改竄を知りながら、これを隠したとして犯人隠避の容疑で、それぞれ逮捕された事件である[1]。

これは厚生労働省局長・村木厚子を陥れるために仕組まれた事件のようにおもうが、それに加担していたということのよう。

逮捕されるような、不正を行っていた検事に取り調べを受けた。
そして死刑判決を受けた。
そんな裁判はまっとうなものといえるだろうか、やりなおすべきではないか。
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