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れんだいこ:「渡辺武達氏のホロコースト論」考 [「れんだいこ」から]

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/ronpyo/mascomiron/kijishiseico/hyogennojiyuco/watanabetaketatuco.htm

【「渡辺武達氏のホロコースト論」と変態考】


 (最新見直し2006.11.14日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 既に、「西岡・木村タッグ対その他論者インターネット論争」で、渡辺武達(わたなべ たけさと、以下「ナベタケ」と略す)氏のホロコースト論について触れているが、ここで、ナベタケ氏なる者の特異な性格と社会的活動の果たしている役割を検証したい。

 ナベタケは、1・同志社大学文学部教授にしてメディア学で名を成している。2・創価学会系知識人として知られており、創価学会系雑誌「潮」や「第三文明」の常連寄稿者である。他にも学会の広報ビデオに出演したり、池田名誉会長絡みのイベントで挨拶するなど活動している。3・ホロコースト定説論の論客としてぷち熟女又はロシアチョコレートなるハンドルネームでネット界に登場している。4・マスコミ学専攻教授としてテレビ番組制作にも参画している。5・メディア学関連著書多数として知られている。6・創価学会名誉会長・池田大作氏の称揚喧伝に一役買っている。7・同志社大でのメディア学講義に於いてのポルノビデオ上映で話題を提供している。8・役職は、同志社大学教授以外に、日本マスコミュニケーション学界理事、日本セイシェル協会理事長、関西テレビ放送番組審議会委員長、京都新聞審査委員など多くのメディア関連団体の役員を務めている。.

 ここまではまだ良い。この後のことが、月刊「紙の爆弾」(006.11月号、12月号)で「同志社大学でまだ終わらない“セクハラ疑惑報道合戦”の行方」と題して連載された。ネット検索で、山崎宏之のウェブログの2005.7.9日付け 「【週刊新潮】同志社大学「創価学会シンパ」教授に噛み付く」が「話題のナベタケの授業顛末その他」に触れている。れんだいこが見るところ、大学という知の権威を誇るべきところ塔内で驚くべき痴態を演じている。「紙の爆弾」発行元の鹿砦社社長・松岡氏は、母校の危機としてこれを採りあげている。れんだいこは、ホロコースト定説論の論客のお粗末と看做して論難したい。以下、れんだいこが「ナベタケ総括」に向う。

 2006.11.7日 れんだいこ拝

【概要履歴】
 14944年、愛知県生れ。同志社大学文学部教授。「なるほど!ザ・ワールド」など、テレビ番組制作にも参画。著書も、『メディア・レトリックの社会学』、『テレビ~「やらせ」と「情報操作」』など多数。近著『メディア・リテラシー』(ダイヤモンド社)は、市民が「賢い視聴者、読者」になるためのノウハウを具体的に提示していて好評。
【ホロコースト定説論の論客ぶり】
 西岡氏の「渡辺武達教授へのメッセージ」によれば次のことが判明する。ナベタケは、創価学会系雑誌「第三文明」(1998.9月号)に「ナチ<ガス室>否定と『歴史修正主義』の虚妄」を寄稿し、いわゆる定説の立場から、定説に批判的な西岡氏、木村愛二氏の所説を批判している。主として反ユダヤ主義者として論難している。

 これに対し、西岡昌紀氏は、「渡辺武達教授へのメッセージ」の中で、「この点、貴殿の記事は、大学教授によるとは思えない程不公正(アンフェア)な物です」と反論している。 木村氏は、「渡辺教授への公開質問と応答」(http://www.jca.apc.org/~altmedka/watanabe.html)の中で、「本多勝一と同工異曲の攻撃を仕掛けてきた。シオニスト・池田大作・本多勝一の系列であることは、火を見るよりも明らかであった」と批判している。

 ナベタケは、ホロコースト問題に関連して、ぷち熟女又はロシアチョコレートなるハンドルネーム名で登場している。日本国内でのホロコースト否定論議を批判する立場で、次のように書き付けている。
 「 日本人は欧米を直接批判したくない時にユダヤ批判を持ち出すんだ、きっと陰謀論が面白くて仕方ないんだろう」。
 そして、マルコポーロ廃刊事件以後、木村氏に対する攻撃を強めている。「渡辺教授公開質問と応答:1」、「渡辺教授公開質問と応答:2」は、木村氏とナベタケの遣り取りをサイトアップしている。
【創価学会名誉会長・池田大作氏の称揚喧伝ぶり】
 2004.8月、アメリカで、ワシントンのレグナリー・パブリッシング社が、米国人ジャーナリストのアダム・ギャンブル氏とナベタケの共著で英文で400ページを超す大作「A Public Betrayed」(直訳すれば「裏切られた大衆」)を出版し、ナベタケは、同書で、創価学会の池田名誉会長に関する礼賛すを丸々1章費やして「日本で最も尊敬される人物」と紹介し、他方で、日本の創価学会批判系週刊誌メディアを逆批判している。

 週刊新潮(2004.12.16日号)の48頁は、「アメリカで出版『池田大作ヨイショ本』の見え透いた作られ方」(http://www.asyura2.com/0411/senkyo7/msg/123.htmlhttp://www.shinchosha.co.jp/shukanshincho/)で次のように記している。
 今年8月、奇妙な本がアメリカで出版された。創価学会の池田大作名誉会長を「目本で最も尊敬される人物」と紹介し、返す刀で目本の週刊誌への批判をこれでもかと列挙した本だ。批判は大いに結構だが、取材を受けた特派員らの間からは、「池田氏の礼賛本の取材だったとは」、「取材意図を明確にしなかったのは許せない」と大ブーインクが起きている。
 「【週刊新潮】同志社大学「創価学会シンパ」教授に噛み付く」は、次のように記している。
 概要「昨秋、大阪で開幕したトインビー・池田大作展のオープニングセレモニーでも、来賓として、「東洋と西洋を代表する二人の人間主義者」と池田氏を絶賛していた。

 教授自身は学会員であることを否定するが、ジャーナリストの乙骨正生氏は、次のように述べている。

 「渡辺教授は、学会の最上のシンパと言えます。非自民による連立政権が発足し、マスコミや自民党が学会攻撃を強めた93年以降、特に活動ぶりが目立つようになった人。報道による人権侵害を許すなという主張ですが、そこに学会批判を封じ込めようとする意図が見えます」。
【同志社大でのメディア学講義に於いてのポルノビデオ上映騒動】
 週刊新潮(2005.7.14日号)は、「あの同志社大学・渡辺武達教授が破廉恥AV授業で学生が困惑」(「同志社大創価学会シンパ教授の教材はAVビデオ」を掲載した。「渡辺教授への公開質問と応答」、「創価学会系雑誌『パンプキン』でホロコースト大嘘論を堕落呼ばわりした教授が無様な転落」で次のように紹介されている。
 京都の名門・同志社大学(八田英二学長)で、とんでもない講義をしている教授がいる。ビテ倫のビデオを教材に濃厚なセックスシーンを見せ、学生らから「何のつもりだ」と大顰蹙を買っているのだ。学生たちを驚き呆れさせているのは、渡辺武達・社会学部教授(61)である。「あれは650人収容の大教室で行われた4月の講座でした」とは受講した2回生。90分の授業が終わりかけた頃、渡辺教授が教室を暗くし、スクリーンを下ろした。その直後、裸で絡み合う男女が映し出されたのだという。

 「愛撫とかやなく、性交シーンでした。騎乗位の場面が特に印象に残っています。言うたら大画面でのAV鑑賞ですわ。上映時間は3分ほどでしたが、気分が悪くなったのか、ハンカチを口に当てて途中で教室を飛び出す女の子もいた。女優が”イク、イク!”と叫んだところで映像が途切れました」(同)。「これはビデ倫のビデオです。ボカシを入れればいいって問題じゃないですね」 渡辺教授は呆然とする学生らにそう言い、授業もまた唐突に終わったという。「授業の後、これは何や、一体どんな意味があるのや、と皆で話しましたが、渡辺先生が何を教えようとしたのかは分かりませんでした」(同)。異様な授業はこれだけではない。「外国女性の出産シーンを見せられたこともあります。女性器から赤ん坊が出てくるシーンで、気味が悪かった。そもそも、どこからあんな映像を入手したのでしようか。無意味な映像でメディア学とは何の関係もないと思う」(3回生)。…(略)…
 「【週刊新潮】同志社大学「創価学会シンパ」教授に噛み付く」は、ナベタケ教授の反論を次のように記している。
 概要「当該学生の論評なるものは貴社の創作であると断じざるを得ません。また、本件記事は、通知人の講義を受講した“匿名の”学生の論評という形式をとって、虚偽の事実をあたかも真実であるかのように誤信させるとともに、コメントした学生の存在及びその発言内容と言った重要な事実経過を検証しようにも検証する方法のない手法で記述された内容であることも極めて悪質であると考えます」(「渡辺ゼミ掲示板」2005年7月9日11時28分)。

 概要「アダルトビデオを授業で流したことはありません。アダルトビデオでさえ、不十分ながら、業界がそれなりの規制努力をしているとして、日本の刑法その他の説明をしたうえで、日本ビデオ倫理協会制作の広報ビデオを最初から5分ほど見せました。協会の活動を紹介する広報ビデオ、つまりアダルトピテオを野放しにしないための活動広報ビデオです」。

Re:れんだいこのカンテラ時評232 れんだいこ 2006/11/09
 【同志社大社会学部メディア学科内の有力教授間戦争考】(2,006.11.14日一部改変)

 月刊「紙の爆弾」(2006.11月号、12月号)(ttp://www.rokusaisha.com/0test/top02.html)が、「同志社大学でまだ終わらない“セクハラ疑惑報道合戦”の行方」と題する連載で、興味深い次のような記事を掲載している。れんだいこは、滅法興味を覚えたので検証する。

 同志社大社会学部メディア学科(旧文学部社会学科新聞学専攻)は、これまで「同志社リベラリズム」の先頭に立つ名物教授を輩出してきたことで知られている。その象牙の塔内で、今をときめく有力教授の渡辺武達(わたなべ たけさと、以下「ナベタケ」と略す)氏と浅野健一氏は、同じ学科のことゆえゼミ生を取り合うライバル的鞘当犬猿関係にある。この両教授がケッタイな騒動に巻き込まれている。ナベタケ教授は週刊新潮に、浅野教授は週刊文春にという具合に相次いでゴシップ記事を書かれ、両者とも訴訟に持ち込んでいる。現在、裁判が進行中である。

 ナベタケ教授は、同志社大学文学部教授の他にも創価学会系知識人として知られており、創価学会系雑誌「潮」や「第三文明」の常連寄稿者である。他にも学会の広報ビデオに出演したり、池田名誉会長絡みのイベントで挨拶するなど活動している。浅野教授は、共同通信社の記者を経て同志社大学教授になったという経歴を持っている。こちらも「潮」、「第三文明」にも寄稿経験が有る。新左翼系タブロイド紙人民新聞にも寄稿していたこともある。以上を予備知識として踏まえておく。

 2003年頃、「浅野教授のセクハラ事件」が噂され始め、2005.1月、被害者と称する複数名が京都弁護士会に人権救済の申し立てをしたが、後に門前払い「不開始」となっている。

 2005.7.14日号週刊新潮が、「同志社大『創価学会シンパ』教授の教材は『AVビデオ』」なる見出しで記事を掲載した。件の記事は、当時デスクの大門氏の指揮の下で山室記者が執筆した。それによると、1・ナベタケ教授が、今出川キャンパスの明徳館の大教室で行われた授業教材として日本ビデオ倫理協会製作のAVビデオを使用した。2・件のAVビデオは、ボカシ付きながら男女の騎上位性交場面を映し出していた。3・同時に女性の出産ビデオも流した。これを見た一部の者が騒ぎ出し、件の記事になった。

 7.8日、ナベタケ教授は、講義中に流したビデオは、ビデオ倫理協会の広報ビデオでありアダルトビデオに当らない、あくまで学習用教材であると主張し、池上弁護士と中元弁護士を代理人として、新潮社佐藤隆信・代表者代表取締役に対して、7月8日付で内容証明郵便を送った(「渡辺ゼミ掲示板」2005年7月9日11時28分)。7.13日、週刊新潮を相手取り、損害賠償請求額4639万円の訴訟を京都地裁に提訴した。これを仮に「新潮裁判」とする。

 その5ヵ月後、今度は2005.11.24日号週刊文春が、「『人権擁護派』浅野健一同志社大学教授『学内セクハラ』を被害者が内部告発」なる見出しで記事を掲載した。それによると、1・同大大学院博士課程を満期退学し現在同大嘱託講師を務めるA子が、愛人強要された。2・C子、E子がセクハラ被害を受けた。3・当時同大嘱託講師であったD氏が「アカデミック・ハラスメント」被害を受けた等々と告発していた。更に、B教授の助言で同大の「セクシュアル・ハラスメント防止に関する委員会」(通称セクハラ委)に提訴したものの、今日まで調査が進展せず有耶無耶になっていることも明らかにしていた。付記すれば、被害者達は今に至るまで民事訴訟は起していない。
 
 2006.1.27日、浅野教授は、「週刊文春記事は事実無根。B教授とあるのは同僚のナベタケ教授である」と断言し、「報道被害」による名誉毀損で、週刊文春を相手取り、損害賠償請求額弁護士費用含めて1億1千万円の訴訟を京都地裁に提訴した。これを仮に「文春裁判」とする。松本サリン事件で冤罪を被せられた河野義行氏、ジャーナリストの山口正紀氏らが呼びかけ人となり、「浅野教授の文春裁判を支援する会」が立ち上げられている。

 2006.9.13日、「文春裁判」の第4回口頭弁論が、京都地裁で開かれた。10.18日、「新潮裁判」の証人尋問が行われた。双方とも現在進行形である。

 鹿砦社のその後の調査で、次のようなことが判明している。

 「浅野教授のセクハラ事件」は、2003年頃より働き掛けが為されている。但し、根拠に乏しいとしてどこのメディアにも相手にされなかった。「ナベタケ教授関連の新潮裁判」勃発後、ナベタケ派の強烈な働きかけに週刊文春が飛びつき、2名の記者が調査に派遣され、石井デスクが執筆した。記事掲載に当り編集会議で大もめに揉め、最終的に鈴木編集長の独断で掲載が決まった。

 10.18日の「新潮裁判」の証人尋問で、ナベタケ教授が、山室記者の取材直後より2006.10.22日現在まで、山室氏の携帯番号やメールアドレスなどの個人情報を自身のサイトにアップしている。

 ナベタケ教授の「アカデミックハラスメント」(いわゆるアカハラ)ぶりは衆知のもので、「自分のゼミを取れば、京都新聞か関西テレビに入れる」など喧伝している。但し、ナベタケ教授は、「教え子を、マスコミに多く送り込んだ実績が有るのは事実だが、私のコネというものではない」と反論している。

 ナベタケの「アダルトビデオを観賞しながらの講義」は今に始まったことではなく、同大消費生活協同組合発行の小冊子「東と西と」(1991年12月号)で、「アダルトビデオを観賞しながらの講義」が学生の署名入り紹介記事で「売り」として紹介されている。

 かくなる事件であるが、ケッタイな騒動であろう。両者ともお粗末なのか、ナベタケが仕掛人なのかは今後の裁判で判明しよう。いずれにせよ、ナベタケ教授の人品骨柄は到底学問の府には相応しくなかろう。というか、学問の府とは元々かような手合いの巣窟なのだろうか。

 月刊「紙の爆弾」がこの記事を掲載したのは、同誌発行元の松岡社長の母校愛に拠る。次のように結んでいる。
 「同志社大学が、いまや西の私学の雄であることは自他共に認めるものだろうが、巨大なダムが決壊するのは、蟻の一穴かせだといわれる教訓を、すべての同大関係者が肝に銘じないと、気づいた時には取り返しのつかない事態にもなりかねないだろう。今は“勝ち組”でも、将来もそうであるという保証はどこにもないのだから」。
 れんだいこは、母校が違うので、そういう感情ではなく、ナベタケ教授のもう一つの顔である「ホロコースト定説喧伝者の資質問題」として重視している。ナベタケ教授は、
ネット界にぷち熟女又はロシアチョコレートなるハンドルネーム名で登場することでも知られており、  (上記文削除します。2,006.11.14日 れんだいこ拝)
 ホロコースト定説に疑問を投げかけている西岡昌紀氏や木村愛二氏を反ユダヤ主義者として論難し、ホロコースト否定論議を批判する立場で、次のように書き付けている。
 「 日本人は欧米を直接批判したくない時にユダヤ批判を持ち出すんだ、きっと陰謀論が面白くて仕方ないんだろう」。

 もっと他にも発言があろうが、れんだいこは知らない。ナベタケ教授の見識を知るにはこの一言でも十分だろう。

 れんだいこが見るところ、ナベタケ教授は極めて政治的且つ権力的且つ陰謀的な動きをしている。そのナベタケ教授は、現代世界の支配者である国際金融資本帝国のネオ・シオニズムに取り入りながら結構な身分を満喫している。小泉ー安倍一派と処世術構図がまるで同じである。そういう御仁の共通項として、「ホロコーストを肯定したがり、アンネの日記に涙し(その割にはパレスチナ難民の悲劇には無関心であるが)、シオンの議定書を偽書とみなし、そこから来るところの陰謀論を否定したがる」と云う風に器用な口先をしていることが認められる。

 小泉が首相現職中に、ユダヤ帽被って嘆きの壁の前で神妙な宗教儀式をしたきたことは知る人ぞ知る。れんだいこに云わせれば、靖国神社公式参拝の是非論よりも、この問題の方が問題にされるべきだろうに、与野党問わず今に至るまで不問である。プレスリー邸での素っ頓狂な仕草は報道されているが、嘆きの壁詣では秘されている。政治見識が狂っているとしか言いようがない。

 もう一つ付け加えておく。「ホロコーストを肯定したがり、アンネの日記に涙し、シオンの議定書を偽書とみなし、そこから来るところの陰謀論を否定したがると云う風に器用な口先」は何も、創価学会シンパ自称知識人のみではない。全く同様に日共シンパ自称知識人も然りである。してみれば、現代史再難関の「ユダヤ問題」に於いては、創価学会と日共は一致しているということになろう。実際、著作権問題の対応も然りで、この両政党こそが全域全方面著作権拡大の急進主義派であるという点でも共通している。体制修繕的穏和主義運動を手掛ける割には、この方面では強硬派であるのが笑える。

 以上からすれば、創価学会と日共はむしろ同床異夢の間柄であり、表見的対立に煽られては消耗するだけということになる。下部党員はそういう風に誘導されているが、上の方ではどう繋がっているか分かりはしない。気脈通じていると見るべきだ。れんだいこは、このことが云いたかった。

 2006.11.9日 れんだいこ拝

【番外編】
 上記のれんだいこ投稿文の或る箇所の事実認定の間違いが指摘されることになった。本サイトの趣旨とは異なるが、関連しているので以下記録に残しておくことにする。

 2006.11.14日 れんだいこ拝
ぷち熟女、ロシアン氏は反創価では? パルタ 2006/11/10 13:29
> ナベタケ教授は、同志社大学文学部教授の他にも創価学会系知識人として知られており、創価学会系雑誌「潮」や「第三文明」の常連寄稿者である。他にも学会の広報ビデオに出演したり、池田名誉会長絡みのイベントで挨拶するなど活動している。
> れんだいこは、母校が違うので、そういう感情ではなく、ナベタケ教授のもう一つの顔である「ホロコースト定説喧伝者の資質問題」として重視している。ナベタケ教授は、ネット界にぷち熟女又はロシアチョコレートなるハンドルネーム名で登場することでも知られており、ホロコースト定説に疑問を投げかけている西岡昌紀氏や木村愛二氏を反ユダヤ主義者として論難し、ホロコースト否定論議を批判する立場で、次のように書き付けている。 「 日本人は欧米を直接批判したくない時にユダヤ批判を持ち出すんだ、きっと陰謀論が面白くて仕方ないんだろう」。

 ぷち熟女氏はかつての阿修羅の、ロシアチョコレート氏は副島隆彦氏の常連投稿者であり、反ユダヤ・反創価の立場の人だと思ってました。木村愛二の論に賛成だと思っていたのですが。どう考えてもぷち熟女氏やロシアチョコレート氏が創価学会の人なら、今まで言ってきたのは???なのですが・・否定派ではないのですね?しかし、ぷち熟女氏は陰謀論者でしょ?それともナベタケ教授は阿修羅のぷち熟女氏、副島板のロシアチョコレート氏とは別人ですか?
Re:ぷち熟女、ロシアン氏は反創価
  では? れんだいこ 2006/11/10
 パルタさんちわぁ。「ぷち熟女氏はかつての阿修羅の、ロシアチョコレート氏は副島隆彦氏の常連投稿者であり、反ユダヤ・反創価の立場の人だと思ってました」とのご指摘で、れんだいこの誤読の可能性に気づきました。それぞれ別人となると謝罪せねばなりません。困りました。

 参考にしたのは、「創価学会系雑誌『パンプキン』でホロコースト「大嘘」論を堕落呼ばわりした教授が無様な転落」(ttp://www.jca.apc.org/~altmedka/2003aku/aku1057.html)です。「ホロコースト問題ぷち熟女・ロシアチョコレートさん渡辺武達は同一人物です」とありますが、内容的にみると、「同志社大学の教授というワタナベ氏は木村愛二さまのサイトに出て来る方と同一人物でしょうか」に対する答えとして「同一人物です」と回答しているようです。

 もう少し確認してみます。いずれにせよ、ぷち熟女、ロシアン氏について何の知識も無いままに、この下りは書かなければ良かったと反省しております。
Re:取り敢えずのお詫び れんだいこ 2006/11/10 4
 れんだいこのカンテラ時評№6436投稿文の一部に誤読に基づく余計な批判が為されていたと反省し、取り敢えずの訂正とお詫びをしておきます。パルタさんより№6437で指摘され、元文を読み直しました。その結果、これはあかんと思い、穴があったら入りたい心情です。以下の箇所を全文削除します。

> ナベタケ教授は、ネット界にぷち熟女又はロシアチョコレートなるハンドルネーム名で登場することでも知られており云々

 これは誤読で、ナベタケ教授はナベタケ教授、ぷち熟女さんはぷち熟女さん、ロシアチョコレートはロシアチョコレートさんでした。本件に付きましては、渡辺教授、ぷち熟女さん、ロシアチョコレートさん、木村愛二さんに深くお詫び申し上げます。今後重々自戒する事を誓約致します。何卒ご容赦をば伏してお願い申し上げます。所用の為後日、月曜日以降にメールにて一報させていただき改めてお詫び申し上げます。

 2006.11.10日 れんだいこ拝
良かった パルタ 2006/11/11 10:39
 ぷち熟女やロシアチョコレートというHNを持つ人二人もいて、私が見ていない別の掲示板で正反対のスタンスで色々言っていたら、まぎらわしいし混乱して大変です。思い違いでなくて本当に良かった。
Re:穴入りれんだいこの弁 れんだいこ 2006/11/14 16:27
 パルタさんちわぁ。このたびは貴重なご指摘有難うございました。お蔭で過ちを早く知ることができました。ご当人様へのメールが不詳ということにして、れんだいこの詫び状を次のサイトへ掲載します。

「渡辺武達氏のホロコースト論」考
 (ttp://www.marino.ne.jp/~rendaico/daitoasenso/taigaishinryaku_horocoosto_watanaberonco.htm)
【カンテラ時評№6436投稿文のハンドルネーム名云々に関する関係各位へのお詫び】
 れんだいこのカンテラ時評№6436投稿文に関連して、その一部箇所に於いて、れんだいこが軽率誤読に基づく余計な批判をしていたことが明確になりました。これにつき、巻き添えにした関連4氏(ナベタケ教授、ぷち熟女、ロシアチョコレート、木村愛二各位)にお詫びせねばなりません。各位のメール先が木村氏を除いて探知できなかった為、本投稿文にて代替させていただきます。以下、お詫び申し上げます。
 「ナベタケ教授は、ネット界にぷち熟女又はロシアチョコレートなるハンドルネーム名で登場することでも知られており云々」が記述間違いでした。事実は、「ナベタケ教授はナベタケ教授、ぷち熟女さんはぷち熟女さん、ロシアチョコレートはロシアチョコレートさんであり、ナベタケ教授がおふた方のハンドルネームで登場することは有り得ません。結果的にれんだいこの誤読に基づく言いがかりで、お粗末なことでした。穴があれば入りたい心境です。各位に伏してお詫び申し上げます」。
 なお、今回の失態の再発を防ぐ為、今後は次のような作法に基づこうと思います。
1  或る特定者の批判に及ぶ場合、特定者の言説に或る程度通じておくべきこと。
2  特定者を他の者と関連させる場合、関連当該者の言説に或る程度通じておくべきこと。
3  少なくとも文筆責任のとれる体制で言及すること。
4  下敷き文章の文意読み取りには正確を期すべきこと。
5  前4か条が担保されない限り日数を置き、その間不言及を良しとすること。
 以上の発言姿勢を確立したいと思います。関係者の皆様にはご迷惑、不愉快を催させたと存じます。何卒ご容赦の程お願い申し上げます。

 2006.11.14日 れんだいこ拝
ロシアチョコレートさんの投稿文考
ぶち女さんの投稿文考その1
ぶち女さんの投稿文考その23

れんだいこ:「山崎カオル氏のホロコースト研究」考 [「れんだいこ」から]

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/daitoasenso/taigaishinryaku_horocoosto_yamasakironco.htm

42847-33 「山崎カオル氏のホロコースト研究」考


 (最新見直し2006.4.8日)

 ホロコースト問題はれんだいこの得手とするところではないのだが、「マルコポーロ廃刊事件」に言及したことで勢いホロコーストに対する正確な認識が必要とされるに至った。れんだいこが主催する掲示板「左往来人生学院」で、疲労蓄積研究者氏より山崎カオル氏の「ホロコーストを否定する人々」サイトの紹介を受け、こたび本格的に読んでみることにした。他にも三鷹板吉氏の「66Q&Aもくじ」がある。

 これによりれんだいこの認識する「ホロコースト問題」に如何なる変更を受けるのか否や、分からない。以下、逐次コメント方式で探索してみたい。

 2004.7.18日 れんだいこ拝

【「山崎氏の罵倒言辞」について】
 山崎氏の場合、罵倒言辞が目立つ。史実の解明に向かうよりは、基本的にアラ探しを好む傾向が見て取れる。れんだいこは、「典型的な坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、これに対する身内の身びいき引き倒し論法」とみなす。氏の実際の用法を以下列挙する。

「人間として最低」
「恥ずかしげもなく主張する連中」
「うごめいている」
「誠実さをいちじるしく欠く人々」
「おぞましい考えや恥ずかしい意見」
「巧妙」
概要「表面的には公平さを装い実は隠れナチ・シンパ」
「見え透いた手口」
「最初にしゃしゃり出てきたのは、西岡昌紀」
「丸写しで内容をでっち上げ」
「大向こうの受けを狙っただけの、最低の中身」
「西岡さんはドイツ語の文献が読めるふりをしていますが、その発音さえろくに知らない」
「いまだに愚かな発言を繰り返しています」
「ネットワークの基本的なマナーをまるで判っていないし、教えられても守るつもりがない」
「彼はくどくどと同じことを繰り返す名人」
「知的な誠実さをまったく持ち合わせていない人間」
「欧米の否定派のでたらめに依拠してガス室はなかった、ユダヤ人虐殺もなかったといっているだけだという投稿」
「彼らの不誠実で初歩的な事実さえ理解しようとしない態度に、ほとんどうんざりしています」
「いいかげんなよた話ですませられてはかないません」
「彼らがでたらめを一方的に流せる環境を許容するつもりはありません」
「ホロコースト否定派がなにかを叫んだなら、必ずそれに対する徹底した批判が他方で流されるべきです」
「彼(木村)の『アウシュヴィッツの争点』を(あきれ果てながら)読了した」
「陳腐な議論の切り張り」
「まったくの孫引き」
「いいかげんな『証拠』と仲間内で流通させている意見しか根拠を持たないでいる人々」
「まともな論争ができるとはとうてい考えられません」
「ガス室の存在を否定する人々は、歴史的事実の論証に関する初歩的な手続きさえ守るつもりがないのに、お仲間が作ったいんちき報告やあやしいパンフレットは無条件に信じて、それを『論拠』に果てしなく議論をふっかけてきます。それに巻き込まれると、客観的には彼らの意図(=否定論の拡散)に加担してしまいかねません」
「さらに、彼らが依拠している「論拠」を、その発信元にいたるまで追求して、否定論が人種・民族差別やネオナチ運動と深くかかわってしか展開されてきていないことを明らかにすることも重要だと思います」
「極右や反ユダヤ主義者の溜まり場」
「逃げをうっておられます」
「ガス室があったかなかったかという議論をすると、否定派は際限なく『論拠』を繰り出し、都合が悪い事実には口をつぐむか、まったく見当はずれの罵声を浴びせるだけです」
「『争点』での『論証』なるものが、それだけひどく危ういもののうえに築かれている」
「ヴィダル=ナケは先に挙げた本で、否定派を相手に議論はしないが、否定派については議論すべきだと述べています。私はこの意見に賛成です」
「彼のひどく粗野で下品な発言」
「あやしげな団体」、「戦闘的な反ユダヤ主義を唱える集団」
「彼らに知的誠実さを求めるわけにはいきません。平気で嘘をつき、それを書きまくります」
「この程度のことも知らないのは困ったこと」
「まったくの嘘」、「木村さんは「一度嘘をついたものは、二度と信用してはならない」という、シュテークリヒのことばを引用しておられます(『争点』p.232.)。これは木村さんのことを指しているようですね」
「彼らは仲間内で嘘の増幅をやります」
「木村さんは性懲りもなく同じことを繰り返します」
「安易に孫引きですませるので、すぐにぼろが出ます」
「下司の勘ぐり」、「ずるい」
「話を作り替えています」
「知的不誠実さでみちみちた本」
「あるのはただ、反ユダヤ主義の妄想からつむぎだされる嘘八百だけです」
「世の中悪いことはすべてユダヤ人の陰謀だとかいう「どんでも本」を集めて楽しんでいる人々の集まり」
「とてつもない反ユダヤ主義者」
「米国の極右社会のなかでも、きわだって右に位置する人」
「極右・反ユダヤ主義で凝り固まった人々が作った組織」
「悪名高い右翼」
「否定派が否定派の憶測を繰り返している」
「木村さんはご自分のホームページででたらめを垂れ流しつづけています」
「自分にとって都合の悪いところは口をつぐんだまま」
「悪質な言及不在があって、このために事態の因果関係が改変され、ユダヤ人がボイコットに走った理由が曖昧にされている」
「歴史を改鼠」
「統計を使った嘘」
「 世の中には可愛らしい嘘もありますが、何百万という人々の悲惨な死にかかわる史実について、嘘ばかりついている連中の嘘を日本語で繰り返すのは、恥です」
「為にする議論」
「否定論者の多くは、自分たちに都合がよい部分は宣伝に使うが、都合の悪い部分は意図的に無視する態度を取っている。事実関係の証人として彼らを持ち出すさいには、きちんと『裏をとる』作業が不可欠である。ある論文を読んで、その結論と正反対の結論をそれが主張しているというのは、きわめて悪質な詐欺的行為、途方もない事実の歪曲」
 (私論.私見) 「山崎氏の罵倒言辞考」

 以上、山崎氏は凄まじいまでに罵倒言辞を弄している。「前書き」で、「誠実さをいちじるしく欠く人々とのやりとりですから、私の言葉遣いも少し荒くなったところがありますが、ご容赦下さい」と断ってあり、意識的にこれを為していることが分かる。

 問題は、この言辞の正当性の可否である。これらの言辞の指摘が正しいのであればむしろ対象認識を正確にさせてくれる訳であるから批判すべきではない。問題になるのは、修辞レトリックとして使われている場合である。この場合は、云い得云い勝ちになる。果たしてどちらだろうか。

 れんだいこは、山崎氏が投げかけている罵倒語を逆に山崎氏のほうへ投げ返した場合にどうなるのかで判定できると考える。「極右や反ユダヤ主義者の溜まり場」とあるところを「親ユダヤ主義者の溜まり場」へ、「木村、西岡」のところを「高橋、山崎」に代えて読めばそのまま通ずるのか否か。れんだいこは、通じると見る。ならば双方が同じ言辞を投げ合っているに過ぎないことになろう。

 尤も、「木村、西岡」組は、対象の本質とかけ離れたところでの罵倒は好まない嗜みを持っている、と考える。公平に見て、「高橋、山崎」組の方がヒドイ。この手合いはこういう言辞に酔うところがある。その酔言を聞いて同じように酔う手合いが居る。類は類を呼ぶ原理からすればむべなるかな。れんだいこはとても付き合いきれない。

 2005.2.19日 れんだいこ拝

【「前書き」】
 山崎氏は、前書きで次のように述べている。
 大量虐殺を計画・遂行する人々は最悪ですが、その虐殺をなかったといいたてる人間も最低です。 日本でも、南京虐殺ばかりでなく、ナチス・ドイツによるユダヤ人たちの大量殺戮(ホロコースト)も存在しなかったと、恥ずかしげもなく主張する連中がいます。

ただのナチス賛美者やネオナチのシンパだったら、ここで相手にするつもりは毛頭ありません。しかし、ナチズムには反対だが、ホロコーストはシオニストのでっちあげた神話だと述べて、より巧妙に大量虐殺の歴史を抹殺しようとする人々が、Webのなかで発言権を確保しようとうごめいています。具体的には、西岡昌紀さんと木村愛二さんです。

 最初にしゃしゃり出てきたのは、西岡昌紀さんです。彼は神経内科の医者だそうですが、文藝春秋社の雑誌『マルコポーロ』(1995年2月号)に、「戦後世界最大のタブー。ナチ”ガス室”はなかった」という記事を書いています。私は発表当時にそれを読んでみましたが、あきれただけでした。この西岡さんは欧米の否定派文献のいくつかをざっと読んで、その丸写しで内容をでっち上げたにすぎません。センセーショナリズムが特徴で、要するに大向こうの受けを狙っただけの、最低の中身です。この記事が原因になって『マルコポーロ』が廃刊に追い込まれたことは、ご存じの方も多いと思います。

『マルコポーロ』騒ぎの少しあとに、木村愛二さんというジャーナリストが『アウシュヴィッツの争点』(リベルタ出版、1995年)を出版して、派手にホロコーストはなかった、アウシュヴィッツにはガス室さえなかったと騒ぎだしています。木村愛二さんは長いキャリアを持つジャーナリストで、いくつも本を出しており、民衆の側に立ったメディアに関心のある人々のあいだでは、それなりに知られた存在でした。突然、こうした変身をとげたことに、驚いたりとまどったりした仲間も多かったようです。また、出版元のリベルタ出版は、私もそこから出された本を何冊か持っている、「まっとうな」出版社です(でした、というべきでしょうね。ここから出される本はもう絶対に買いません)。

 Amlでは高橋亨さんが、木村さんが挙げる「証拠」や資料についてきちんとした手厳しい批判をつづけておられ、私が出る幕はないと思っていたのですが、木村さんや西岡さんの本や投稿を読むにつれて、これは私も黙っているべきではないと思い、aml-stoveに『アウシュヴィッツの争点』が事実を確認しないで、欧米の否定派のでたらめに依拠してガス室はなかった、ユダヤ人虐殺もなかったといっているだけだという投稿を行なっています。しかし、彼らの不誠実で初歩的な事実さえ理解しようとしない態度に、ほとんどうんざりしています。

私はある事情から、彼らとかかわることになり、その議論の中味をチェックしました。ここで吟味の結果の一部を公表します。 誠実さをいちじるしく欠く人々とのやりとりですから、私の言葉遣いも少し荒くなったところがありますが、ご容赦下さい。
(私論.私見)「前書き」考

 山崎氏は、「ナチス・ドイツによるユダヤ人たちの大量殺戮(ホロコースト)」を史実として、ナチスの蛮行を糾弾することに社会正義を見出している。これに疑問を唱える西岡、木村見解を論破することをサイトの使命としていることを明言している。

 れんだいこは思う。ホロコーストは流布されている通説であるから、これに異論を挟むことは難しい。指摘せねばならぬことは、かってのホロコーストを糾弾するのなら、現下イスラエル軍の中近東一帯での新大量殺戮戦争についてもこれを糾弾せねばなるまいに、この視点が欠落しているあるいはトーンが急にダウンしているように見えることである。この観点の無いままの山崎流ホロコースト論に一種陰りを見るのはれんだいこだけだろうか。

 なお、山崎氏は、「マルコポーロ廃刊事件」について、これを非としていない。むしろ当然視しているように見えるがこの態度はいかがなものだろうか。

 2005.2.19日 れんだいこ拝

【「背景説明」】
 山崎氏は、「背景説明」で概要次のように述べている。
 ドイツ、フランス、米国、イギリス等で、ネオナチないしそれに近い政治主張の持ち主達によりホロコースト否定論が唱えられている。そういうホロコースト否定派( Holocaust Deniers)が存在する。日本でも彼らに示唆された否定派が抬頭してきており、西岡昌紀氏の「アウシュウィッツ『ガス室』の真実」(日新報道、1997年)」、木村愛二氏の「アウシュヴィッツの争点」(リベルタ出版、1995年)が影響を与えている。高橋亨氏は、木村氏が挙げる「証拠」や資料についてきちんとした手厳しい批判をつづけておられるが、私山崎も参戦する。
(私論.私見) 「山崎氏の参戦」考

 山崎氏は、ドイツ、フランス、米国、イギリス等で根強いホロコースト否定論があることを承知で、日本でも否定派が台頭しつつあることを承知で、その否定論を潰すために「参戦」すると云う。れんだいこは、山崎氏のホロコースト論の立脚点に興味を持つ。マルクス主義的反戦平和思想に拠ってか、単に親シオニズム的反戦平和思想に拠っているのか、その見極めが肝心だ。

 2005.2.19日 れんだいこ拝
【「AML-STOVEでの遣り取り」】

 山崎氏は、「ホロコーストを否定する人々」の「AML-STOVEへの私の投稿」で概要次のように述べている。れんだいこが要約解析しつつこれにコメント付ける。
木村氏の「西側にはガス室はなかったというのが事実上の定説」発言に対して次のように反論している。
 「ドイツ国内にガス室は存在していた。ベルリン近くのブランデンブルク、ヘッセンのハダマール、ザクセンのゾンネンシュタインといったところにガス室と焼却炉があって、ナチスのいわゆる『生きるに値しない生命の絶滅』(Vernichtung lebensunwe rten Lebens)政策により1940-41年のたった二年間で少なくとも7万の人々が殺されている。ドイツ国内のユダヤ人強制収容所にはガス室がなかっただけで、ガス室そのものはドイツ内部に存在していた」。
(私論.私見) 「ユダヤ人強制収容所内のガス室及び焼却炉の存在論争」考

 木村氏の「西側にはガス室はなかったというのが事実上の定説」、「否、ユダヤ人が押し込められていたドイツ国内の収容施設にはガス室そのものが無かった」なる指摘は、それが事実なら衝撃的な指摘である。通説は、「ユダヤ人はその収容施設のガス室において大量虐殺された」であるからして真っ向からの通説否定になる。

 山崎氏は、これをどう再否定しているか。ユダヤ人を送り込んでいないことが判明して居る他所の収容所でのガス室と焼却炉の存在を挙げ、概要「ドイツ国内のユダヤ人強制収容所にはガス室がなかっただけで、他所にはあった。よって、ガス室そのものはドイツ内部に存在していた」なる弁を弄している。「ユダヤ人強制収容所内のガス室及び焼却炉の存在論争」している時に、そんな傍証挙げてどうするのだ。いわゆる煙巻き論法ではないのか。

 「ドイツ国内のユダヤ人強制収容所にはガス室がなかったのかどうなのか」まずここをはっきりさせねば議論にならない。次に、「そこにはなかったが、旧ポーランド領のアウシュヴィッツ、ビルケナウにはあったのだ」とするのならそう云えば良いのに。議論というのは分かりやすくせねばならない。

 2005.2.19日 れんだいこ拝
 ホロコースト肯定派が否定派と「なぜ議論をしないのか 」について次のように説明している。
その①  「まともな論争ができる相手ではない。そういう相手の土俵に乗って議論することは、客観的には彼らの意図(=否定論の拡散)に加担してしまいかねない」、 「ガス室があったかなかったかという議論をすると、否定派は際限なく『論拠』を繰り出し、都合が悪い事実には口をつぐむか、まったく見当はずれの罵声を浴びせるだけである。ヴィダル=ナケが『否定派を相手に議論はしないが、否定派については議論すべきだ』と述べているが、私はこの意見に賛成である」。
その②  「彼らが依拠している論拠を、その発信元にいたるまで追求して、否定論が人種・民族差別やネオナチ運動と深くかかわってしか展開されてきていないことを明らかにすることも重要である」、「木村氏が拠り所としている言説の主張者は、人種差別主義者であり極右や反ユダヤ主義者である。木村氏は、こうした連中及び出版社のネタ本から情報を仕入れて論を構築している」。
(私論.私見) 「ホロコースト肯定派と否定派の論争」考

 山崎氏は、ホロコースト肯定派が否定派とは議論しない理由として次のように述べている。「まともな論争ができる相手ではない。そういう相手の土俵に乗って議論することは、客観的には彼らの意図(=否定論の拡散)に加担してしまいかねないので論争しない。『否定派を相手に議論はしないが、否定派については議論すべきだ』。彼らが依拠している論拠を、その発信元にいたるまで追求する」。

 しかし、この論法はかなりケッタイナそれである。当然議論すべきなのに、1・まともな論争ができる相手ではない。2・相手の土俵に乗って議論することは、客観的には彼らの意図(=否定論の拡散)に加担してしまいかねない。3・否定派を相手に議論はしないが、否定派については議論すべきだ。4・彼らが依拠している論拠を、その発信元にいたるまで追求する、と云う。しかし、「議論を避け、相手の身元調査を重視する」手法は、アカ狩りの時の治安警察が採った態度と瓜二つではないのか。少なくとも権力側の理論ではある。

 一般に、「議論はいつも有益で、正しいと思う方がどんどん議論を仕掛け、議論を好んで求めるべき」であろう。言論は言論であり、その中身の精査が一番であり、相手が何者であるかは次の問いであるべきなのに逆転させられている。れんだいこは、無茶苦茶な論法であると指摘しておこう。

 2005.2.19日 れんだいこ拝
 否定派の論客・マーク・ウィーバー氏について次のように評している。
 「否定派の論客・マーク・ウィーバーは、極めつきのネオナチが創立した極右組織に関わっており、聖書ファンダメンタリスト団体と密接な関係にある。彼らは、戦闘的な反ユダヤ主義を唱える集団で、1995年にオクラホマで連邦ビルを爆破して、多数の死者を出したブランチ・デヴィディアンの同類のようである。木村氏はこういうグループと誼を通じている」。
(私論.私見) 「否定派の論客・マーク・ウィーバー氏について」考

 れんだいこは、マーク・ウィーバー氏が否定派の論客であるなら、氏の言を知りたい。それに触れず、1・極めつきのネオナチ極右組織に関わっている。2・聖書ファンダメンタリスト団体と密接な関係にある。3・1995年にオクラホマで連邦ビルを爆破して、多数の死者を出したブランチ・デヴィディアンの同類。4・木村氏はこういうグループと誼を通じている、などと傍証を列挙する。この手法も、権力機関の常套手法である。

 安易な決め付けは、云い得云い勝ちであり、れんだいこが素直に「そったらひどい奴か」と思うと思ったら大間違いだぞ。

 2005.2.19日 れんだいこ拝
  否定派の論法について次のように論難している。
その①  「彼らに知的誠実さを求めるわけにはいかない。平気で嘘をつき、それを書きまくる。例えば、木村氏の『アウシュヴィッツの嘘』では、ティース・クリストファーゼンを元ドイツ軍の中尉であり非ナチスとして登場させているが、彼はれっきとしたナチス党員であり決して中立的な人物ではない。連中はこういう嘘を平気でつく。木村氏がシュテークリヒの言葉『一度嘘をついたものは、二度と信用してはならない』を引用するのはおこがましい。まず自分自身を省みよ。こういう都合の悪い指摘がなされると、連中は決まって沈黙し続ける」。
その②  「彼らは仲間内で嘘の増幅をやる。マルコポーロに掲載された論文で、西岡氏は、マルティン・ブローシャトの1960年の『声明』に触れた下りで、歴史家のマルティン・ブローシャト氏を西ドイツの現代史研究所の所長として登場させており、木村氏も同様に紹介している。これについて、西川正雄氏が適切に批判しているが、ブローシャト氏が現代史研究所の所長になったのは1976年のことで、1960年時点では所長ではない」。
(私論.私見) 「ティース・クリストファーゼン、マルティン・ブローシャト氏の履歴」考

 ティース・クリストファーゼン、マルティン・ブローシャトが取り上げられているが、ホロコースト論争の中でのそれぞれの発言ないし位置づけが為されていない。よって、事情が分からない者には何のことか分からない。西岡ー木村組への批判ばかりを聞かされる。問題は、彼らの発言の吟味だろうに。

 ティース・クリストファーゼンが非ナチスか親ナチスか。マルティン・ブローシャトが1960年当時西ドイツの現代史研究所の所長か否かにつき西岡-木村氏の主張に誤りがあるとすれば訂正で済む話であり、殊更重大にせねばならないことではない。

 2005.2.19日 れんだいこ拝
 「ブローシャト氏の『声明』」について、次のように述べている。
 「ブローシャト氏の『声明』は、ドイツ国内にはガス室は(稼働していたものだけですが)なかったとだけしかいっていない。彼の投稿にはきちんと、占領された東側地域(ポーランド)にはアウシュヴィッツを含めてガス施設があって、ユダヤ人がそれで大量に殺されたとも書いている。つまりブローシャトはガス殺戮の存在を認めているのだが、木村氏はこの点に触れない。

 都合の悪い点になると触れず、そこのところは省略して、ドイツ国内にガス室はなかったという箇所だけを取り上げる。こういう知的不誠実さでみちみちた本が、『アウシュヴィッツの争点』であり、反ユダヤ主義の妄想からつむぎだされる嘘八百が書き連ねられている」。
(私論.私見) 「マルティン・ブローシャト氏の『声明』」考

 「マルティン・ブローシャト氏の『声明』」については、れんだいこが折を見て解析して見よう。山崎氏の批判が当たっているのかどうかそれも吟味してから発言することにする。気になることは、「声明」が「ドイツ国内にガス室はなかった」と述べた時の意義である。当時におけるこの発言の重みを踏まえないと駄弁批判になろう。

 2005.2.19日 れんだいこ拝
 「木村氏の『アウシュヴィッツの争点』」について、次のように述べている。
 「木村氏は、『アウシュヴィッツの争点』で、『本の原資料と論理を徹底的に自分の手で、自分の目で、検証し直して、初めて一応の発言権を得る』、『もともと、わたしの資料収集の基本方針は相手の組織や個人の思想、政治的立場などにいっさいとらわれず、可能なかぎりの関係資料、耳情報を収集して、比較検討、総合分析を心がけるのが主義である』と見栄を切っているが、そういう木村氏の原資料は、欧米の否定派のそれに頼っているに過ぎない。その論客のウィリアム・マキャルデン(別名ルイス・ブランドン)、ウィリス・カート、ウィーバー、フォリソン、シュテークリヒらは極右・反ユダヤ主義で凝り固まった人々で札つきの否定派である」。
(私論.私見) 「木村氏の原資料」考

 山崎氏は、「木村氏の原資料は、欧米の否定派のそれに頼っているに過ぎない。その論客のウィリアム・マキャルデン(別名ルイス・ブランドン)、ウィリス・カート、ウィーバー、フォリソン、シュテークリヒらは極右・反ユダヤ主義で凝り固まった人々で札つきの否定派である」と批判しているが、云い得云い勝ちのように聞こえる。山崎ー高橋組の場合は、「欧米の肯定派のそれに頼っているに過ぎない。その論客の***、***、***らは極右・親ユダヤ主義で凝り固まった人々で札つきの肯定派である」ということにならないのか。

 2005.2.19日 れんだいこ拝
  「 アウシュヴィッツの最後の収容所長だったリヒャルト・ベーアの不審死」について次のように反論している。
 木村氏は、1960年になって逮捕され、裁判がはじまる63年に急死したリヒャルト・ベーア氏について、「不審な死」とみなし、ガス室がなかったことの直接の証人の口を封じるために沈黙させられたのではないかと憶測している。

 ならば、 ユダヤ人虐殺を知りホロコーストの秘密を握っていたヴァンゼー会議の主催者でありSSの超大物だったハインリヒ・ヒムラーの「不審な死」をどう理解するのか。ヒムラーは、戦争末期にひそかに西側連合軍と和平交渉を試み、それを知って激怒したヒトラーによってすべての官職を剥奪されて、孤立無援の情況にあり、ひとり変装して逃れようとして連合軍に逮捕され、万やむを得ず自殺したのが真相であり、「不審死」と云うべきではない。同様にリヒャルト・ベーアの不審死をことさらに論うべきではない。
(私論.私見) 「アウシュヴィッツの最後の収容所長だったリヒャルト・ベーアの不審死」考

 「アウシュヴィッツの最後の収容所長だったリヒャルト・ベーアの不審死」について、木村氏は、不審死とみなしている。山崎氏は、それを肯定も否定もせぬまま「ユダヤ人虐殺を知りホロコーストの秘密を握っていたヴァンゼー会議の主催者でありSSの超大物だったハインリヒ・ヒムラーの不審な死」を持ち出して相殺しようとしている。これも煙巻きすり替え論法の類である。

 こんな馬鹿な議論があるだろうか。「ヒャルト・ベーアの不審死」はどうなのか、「ハインリヒ・ヒムラーの不審な死」はどうなのか、それぞれ個別に審査し議論すれば良い。それを逆に、「同様にリヒャルト・ベーアの不審死をことさらに論うべきではない」と云う。これは無茶な論法ではないのか。

 2005.2.19日 れんだいこ拝
  アウシュヴィッツ最後の所長リヒャルト・ベーアの「アウシュヴィッツの第一収容所でガス殺害をみてはいない」発言について次のように反論している。
 アウシュヴィッツ最後の所長リヒャルト・ベーアは、確かに自分がかかわったアウシュヴィッツの第一収容所でガス殺害をみてはいないと述べているが、同時に、ガスでユダヤ人を殺したのはビルケナウの第二収容所のほうだったとも語っている。ビルケナウにガス室があったことを、ベーアは認めている。ビルケナウはアウシュヴィッツと一体になっていた収容所である。。アウシュヴィッツの最高責任者だった人間が、ガス室の存在を認めている。木村氏はこの点について沈黙している。ブローシャトもベーアも「ガス室はあった」派に属するのに、木村氏はそれを否定派側として使っている。
(私論.私見) 「アウシュヴィッツの最後の収容所長だったリヒャルト・ベーアの『アウシュヴィッツの第一収容所でガス殺害をみてはいない』発言」考

 リヒャルト・ベーアの証言を廻って、木村氏は否定派の論拠として使う。山崎氏は、肯定派の論拠に使う。こうなると、れんだいこ自身が精査して判断せねばならない。いずれの側に立つにせよ、自分で文献に当たるべきで、この種の人の話にはうかうかと乗ってはいけない。

 気になることは、リヒャルト・ベーアの「アウシュヴィッツの第一収容所でガス殺害をみてはいない」発言の意義である。当時におけるこの発言の重みを踏まえないと駄弁批判になろう。

 2005.2.19日 れんだいこ拝
「否定派を相手に議論はしないが、否定派については議論すべきだ」について れんだいこ 2004/07/20
 山崎氏曰く、ホロコースト肯定派が否定派と「なぜ議論をしないのか 」について概要次のように述べている。「まともな論争ができる相手ではない。そういう相手の土俵に乗って議論することは、客観的には彼らの意図(=否定論の拡散)に加担してしまいかねないので論争しない。『否定派を相手に議論はしないが、否定派については議論すべきだ』をモットーとする。彼らが依拠している論拠を、その発信元にいたるまで追求し、正体を暴く」。

 この論法にそうだそうだと相槌打つ者は左派の人士ではない。むしろオカシイと気づくべきだ。この論法はどちらかといえば治安警察的なそれであり、権力者が常用する論法であり、左派精神からすると邪道だ。

 否定派の身元調査したら概ね人種差別主義者、親ナチ、キリスト教原理主義者、反ユダヤ主義者だったという弁で説得を試みているが、反ナチのレズスタンス派でれっきとした左翼の場合もある。現場証人の場合もある。

 つまり、身元調査で言辞の質を落としこめるのは作法としていかがわしいことを知るべきだ。あくまで言論の中身の精査に向かうべきで、正しいと信ずる方こそが議論を求め闘わせより説得的であらねばならない。

 議論の土俵に乗ることは相手を利することになるから避けるなんて論法がまともである訳が無い。しかし考えてみたら、南京大虐殺事件論争においてもこれと良く似た論法をしていたな。木村氏の小泉訴訟に対しても何や複雑な見方の披瀝があったな。宮顕のリンチ致死事件の解明、戦後の出獄時の変調さの議論の時にも、党中央は「解決済み」なる論法で議論を避けているな。

 結論。議論を避けてはいけない。「否定派を相手に議論はしないが、否定派については議論すべきだ」は反動的姑息な見解だ。かく認識すべきことは、議論を志す者にあってはイロハのことである。そのイロハが踏みにじられている。
【「山崎氏のホロコースト論」】

 後日の証にする為もあり、「山崎氏のAML-STOVEへの私の投稿」を転載しておく。(読みやすくするため、れんだいこが任意に段落替え、行替えする)
以下にとりあえず、aml_stoveに送った投稿を貼ります。ふたつほどあった誤字を直しておきました。また、ヘッダーのうち必要ないものと、末尾につく署名は削ってあります。

Date: Mon, 15 Feb 1999 13:01:33 +0900
From: ykaoru@tku.ac.jp (Kaoru Yamasaki)
Subject: [aml-stove 121] ドイツ国内のガス室

木村愛二さんの大活躍はamlでは終わってしまうようですが、ちょうど彼の『アウシュヴィッツの争点』を(あきれ果てながら)読了したところなので、ほんの少しだけ残念です。

ホロコーストやガス室の存在を否定する人々(以下、否定派)はだいたいにおいて無精で、仲間内の議論をあれこれと増幅するか、批判にならない批判をただ繰り返すかしかなく、あまり面白い展開は期待できません。『マルコポーロ』にのった西岡昌紀さんの「論文」はその典型(要するに自前の論証がまるでなく、否定派がすでに出している陳腐な議論の切り張り)だったのですが、『アウシュヴィッツの争点』という本文300ページを越える本も変わりなく、否定派に共通するメンタリティをいささかも越えていません。このへんで議論を終えるのが適当かもしれません。

ただ、ひとついっておきたいことがあります。
木村さんはDie Zeitに掲載されたマルティン・ブロシャート(「マーティン」ではありません)の有名な投書を引きながら(それもまったくの孫引きですが)、「西側にはガス室はなかった」というのが「事実上の定説」になったと述べておられます(『争点』p.229.)。この「西側」は少しまえで「西側占領地域」とも呼ばれているので、そうだとするとフランスやオランダなどのことかもしれませんが、ドイツのダッハウが挙げられているので、たぶんポーランドより「西側」、ドイツ国内ということなのでしょう。ブロシャートの文章でもそうなっています。

強調しておきますが、ドイツ国内にガス室がまったくなかったわけではありません。あくまでも国内の強制収容所にガス室がなかっただけです。ガス室そのものはドイツ内部に立派に(!)存在していました。ベルリン近くのブランデンブルク、ヘッセンのハダマール、ザクセンのゾンネンシュタインといったところにはちゃんとガス室と焼却炉があって、1940-41年のたった二年間で少なくとも7万の人々を殺しています。犠牲者の多くは精神「障害」者でした。大人も子供も含まれます。大部分がドイツ人です。いわゆる「生きるに値しない生命の絶滅」(Vernichtung lebensunwe rten Lebens)というすさまじい発想の具体化にほかなりません。このガス殺戮で培われたノウハウが、担当した医者や技術者とともに、アウシュヴィッツ等に移植されるのです。

詳しいことはゲッツ・アリー、クラウス・デルナー、エルンスト・クレー、ヴァルター・シュミットたちの研究に書かれています。ハダマールについてだけで、何冊もの本が出版されています。英語では
Michael Burleigh, Death and Deliverance: 'Euthanasia' in Germany c.1900-19 45, Cambridge Univ. Press, 1994.
Henry Friedlander, The Origins of Nazi Genocide: From Euthanasia to the Fi nal Solution, Univ. of North Carolina Press, 1995.
がよいと思います。アリーたちの仕事の一部は英語になっています。
Goetz Aly, et al., Cleansing the Fatherland: Nazi Medicine and Racial Hygi ene, The Johns Hopkins Univ. Press, 1994.
もっとも新しい関連する研究として、つぎの論文を挙げておきます。
Michael Schwartz, ""Euthanasie"-Debaten in Deutschland(1895-1945), Viertel jahrshefte fuer Zeitgeschichte, Oktober 1998.
日本語では
ベンノ・ミュラー=ヒル『ホロコーストの科学』岩波書店、1993年
南利明『ナチス・ドイツの社会と国家』勁草書房、1998年
に有益な記述があります。

ついでながら、木村さんが「ひろく共同研究をよびかける」(『争点』p.335.)つもりなら、まずはドイツ語にみがきをかけられることをおすすめします。日本語がほとんど読めない人から、「関東大震災では朝鮮人虐殺はなかった」という共同研究をよびかけられても、だれも相手にはしないのです。オイゲン・コゴンたちが編集した真に貴重な資料集さえ、『争点』の参考文献に入っていません。

Eugen Kogon, et al.(hrsg.), Nationalsozialistische Massentoetung durch Gif tgas. Eine Dokumentation, S. Fischer Verlag, 1983.
「真に実証的な研究者」(『争点』p.333.)であるためには、どうしても必要な資料や研究は絶対に読むことが条件になります。これはなにも「アカデミー業界」の狭い約束事ではありません。先にちょっと出しておいた雑誌Vierteljahrshefte fuer Z eitgeschichite(『現代史四季報』とでも訳しますか)は、ドイツの現代史の研究状況を知るにはまずもってsine qua nonで、ことしになって出た最新号には1953年の創刊から1997年までの内容総覧があります。そのなかのDeutsche Geschichte 1933-1945のうち、Rassenpolitik, Verfolgung und Vernichtung aus rassenpolitis chen Motivenの項に挙げられている諸論文程度は押さえてほしいものです。

さらについでながら、私は別にドイツ史の専門家ではありません。 もっとついでながら、モンタンが歌った『枯れ葉』を作曲したのはジョセフ・コスマであって「ジョン・コスマ」(『争点』p.317.)ではありません。

Date: Wed, 17 Feb 1999 14:00:25 +0900
From: ykaoru@tku.ac.jp (Kaoru Yamasaki)
Subject: [aml-stove 123] なぜ議論をしないのか

高橋さんがいわれることも判らないわけではありません。しかし、木村さんの発言でもお判りのように、いいかげんな「証拠」と仲間内で流通させている意見しか根拠を持たないでいる人々と、まともな論争ができるとはとうてい考えられません。これは否定派を無視することではなく、彼らの主張に対して黙っていることは論外です。しかし、私たちが彼らの土俵に乗る必要はないのではないでしょうか。

ガス室の存在を否定する人々は、歴史的事実の論証に関する初歩的な手続きさえ守るつもりがないのに、お仲間が作ったいんちき報告やあやしいパンフレットは無条件に信じて、それを「論拠」に果てしなく議論をふっかけてきます。それに巻き込まれると、客観的には彼らの意図(=否定論の拡散)に加担してしまいかねません。

彼らに対してできることは、別の土俵で議論することだと思います。なぜこの時期に否定派が騒々しく登場してきたのかを、きちんと分析することはそのひとつでしょう。ピエール・ヴィダル=ナケの『記憶の暗殺者』(人文書院)がフランスでやったことを、日本でもやる必要があり、木村さんの発言も、そのための素材に使えるので、どんどんご自分のホームページを充実させてほしいものです。

さらに、彼らが依拠している「論拠」を、その発信元にいたるまで追求して、否定論が人種・民族差別やネオナチ運動と深くかかわってしか展開されてきていないことを明らかにすることも重要だと思います。

例えば木村さんが親しくつきあっておられ、ことあるごとに依拠している米国の否定派であるマーク・ウィーバーは、デボラ・リップスタットの調査(Deborah Lipsta dt, Denying the Holocaust, Penguin edition, p.186.)によれば、アフリカ系やヒスパニック系の米国人を「二流市民」呼ばわりするご立派な白人優越主義者ですし、別の資料によれば、米国ネオナチ運動のひとつNational Allianceに深くコミットしてきています。私のようなyellow monkeyは、あまり彼の近くにいたくありません。

このウィーバーが指導力を発揮しており、否定派の根拠地(もちろん木村さんの主要な根拠地でもある)になっているInstitute for Historical Review(IHR)は、極右や反ユダヤ主義者の溜まり場です(例えば一時所長を務めた ウィリアム・マキャルデンのように)。また、IHRは姉妹組織としてNoontide Pressという出版社を持っています。この出版社のホームページにはIHRとのリンクしか情報がない(!)ほど、両者は近しい関係にあります。IHRに置かれている同社の出版カタログ(http://ihr. org/np/catalog.html)のなかからRace and Cultureという項目を選んでみると、白人と黒人とのあいだには生得的な知能格差があるとか、フェミニズムの「いんちき」(quackery)を暴くとかいう内容の、人種差別、性差別の本がごっさりと並んでいます。否定派の人脈や知的(痴的?)環境は、このように多様な差別と切り放しがたく結びついています。こうしたところから出されている出版物が、木村さんのネタ本なわけです。

木村さんは『争点』で「資料の利用にあたっては、執筆者の思想的背景をあえて問わないことにする」(p.31.)と逃げをうっておられます(高橋さんにはいたけだかに「立場の明示」を要求するのにね)。これが実は彼の痛い点です。「私が書いた本の基本的な材料は、極右、ネオナチ、人種・民族差別派から提供された」と正直にいうことができず、「執筆者の思想的背景をあえて問わない」とわざわざ断りを入れなければならないのは、『争点』での「論証」なるものが、それだけひどく危ういもののうえに築かれているからです。

ガス室があったかなかったかという議論をすると、否定派は際限なく「論拠」を繰り出し、都合が悪い事実には口をつぐむか、まったく見当はずれの罵声を浴びせるだけです。欧米でそうだっただけでなく、木村さんはみごとに日本でもそのことを証明してくれました。ヴィダル=ナケは先に挙げた本で、否定派を相手に議論はしないが、否定派については議論すべきだと述べています。私はこの意見に賛成です。木村さんはこれからはamlやaml-stoveで議論はしないようですが、私たちが『アウシュヴィッツの争点』や類似するいんちき商品の内容を、ここで議論することは、なにも彼の参加を必要としません。もちろん、排除するつもりもないのですが、彼のひどく粗野で下品な発言にわずらわされずに話ができるのはちょっと素敵です。

ひまをみつけてこれからも、否定派の「思想的背景をあえて問」う作業をつづけたいと思います。

Date: Wed, 17 Feb 1999 15:10:39 +0900
From: ykaoru@tku.ac.jp (Kaoru Yamasaki)
Subject: [aml-stove 124] aml-stove 123への追伸

木村さんの主な「論拠」のひとりであるマーク・ウィーバーの「思想的背景」について、若干の追加情報です。 ウィーバーがかかわってきた極右組織であるNational Allianceは、もともとウィリアム・ピアースという極めつきのネオナチが創立した組織で、Webサイトも持っています。
http://www.natall.com/index.html
さらに、National AllianceはCosmotheist Community Churchという聖書ファンダメンタリスト団体と密接な関係にあります。この教会はAFFの「カルト調査」データベース
http://www.csj.org/infoserv_groups/grp_biblebased/grp_biblebase_index.htm
にも名前を挙げられているあやしげな団体です。
http://wellspring.albany.oh.us/thunder.html
によると、このNational Alliance/Cosmotheist Community Churchは、戦闘的な反ユダヤ主義を唱える集団だそうです。また
http://www.atheism.org/library/modern/james_haught/farout.html
 は「武装した白人優位の人種間憎悪をあおる一団」のなかに入れています。1995年にオクラホマで連邦ビルを爆破して、多数の死者を出した「ブランチ・デヴィディアン」の同類のようです。こわーいですね。 ウィーバーはこの教会の一員でもあります。

こういう人の意見を木村さんは『アウシュヴィッツの争点』などで積極的に持ち上げ、さらには彼を自分の裁判の証人に申請してもいます。「黄色い奴等」が、ウィーバーにとってどんな位置を占めているのか、ぜひ聞いていただきたいものです。

なお、木村さんはシオニストの暴力に怒っておられます。私も暴力に頼るのは拒否しますが、ホロコースト否定派が少なくとも米国で親密な関係にあるネオナチ、カルト、ミリシア等の暴力を「まったくふくまれてない」(『争点』p.30.)といわれては、困惑するだけです。

Date: Thu, 18 Feb 1999 16:07:30 +0900
From: ykaoru@tku.ac.jp (Kaoru Yamasaki)
Subject: [aml-stove 125] 嘘つきはなんのはじまり?

ホロコースト否定派の代表的な手口のいくつかを、これから書いてみるつもりです。
なによりもまず、彼らに知的誠実さを求めるわけにはいきません。平気で嘘をつき、それを書きまくります。 例えば、木村さんがあちこちで典拠にしている本のひとつにティース・クリストファーゼン(ドイツ語がほとんど読めないらしい木村さんは「ティエス・クリストファーセン」と表記しておられますが)の『アウシュヴィッツの嘘』があります。この著者について、木村さんの『アウシュヴィッツの争点』には
「元ドイツ軍の中尉」(p.155)
「クリストファーセン自身も、ヒトラーに忠誠を誓う親衛隊員などではなかった。中尉の位はあるが、前線で負傷して云々」(p.157.)
とあります。ヒトラーが国防軍全体に自分に対する忠誠の誓いを要求したことは有名な史実で、親衛隊だけの話ではありません。この程度のことも知らないのは困ったことですが、それは脇に置いておきましょう。

これはまったくの嘘です。 クリストファーゼンは親衛隊員でした。もともとナチス党員でもありました。これはよく知られている事実です。強引に読めば「ヒトラーに忠誠を誓わなかった親衛隊員」だったかもしれないと解釈ができなくもないのでつけくわえておきますが、彼は戦後もネオナチの一員として長く華々しい活動をつづけてきています。それを木村さんは「元ドイツ軍の中尉」(こう書かれたら当然、国防軍Wehrmachtのそれだと思いますね)にしたてたうえで、彼の立場を「中立」だといっているのです。クリストファーゼンの『嘘』を論拠に使うためには、こうした「嘘」が必要になるのです。

木村さんは「一度嘘をついたものは、二度と信用してはならない」という、シュテークリヒのことばを引用しておられます(『争点』p.232.)。これは木村さんのことを指しているようですね。

また、彼らは仲間内で嘘の増幅をやります。 『マルコポーロ』に掲載された「論文」で、西岡さんは西ドイツの現代史研究所の「所長」であったマルティン・ブローシャト(発音を確かめたので「ブロシャート」を訂正します)の1960年の「声明」(週刊誌『ディー・ツァイト』に載った)に触れています。ブローシャトを個人的に知っている西川正雄さんが、それについては適切に批判されていますが(『アウシュヴィッツとアウシュヴィッツの嘘』白水社、に所収)、木村さんは性懲りもなく同じことを繰り返します(『争点』p.228.)。ネタは西岡さんと同じようで、シュテークリヒの『アウシュヴィッツ神話』の英訳です。自分で調べればよいのに、安易に孫引きですませるので、すぐにぼろが出ます。木村さんはこう書いています。

「・・・つぎのような要旨の投書がのった。
『ダッハウでも、ベルゲン・ベルゼンでも、ブーヒェンヴァルトでも、ユダヤ人はかの被収容者で、ガス室によって殺されたものはいなかった』
投書の主は、ミュンヘンにある西ドイツ(当時)国立現代史研究所の所長で、歴史家のマーティン・ブロシャット博士だった。」

ブローシャトはここでも「所長」です。最初に断っておきますが、ブローシャトが現代史研究所の所長になったのは1976年のことで、1960年に「公式決定」もへったくれもありません(西ドイツの歴史学には「公式決定」などありえないことも付言しておきます)。 また、現物を読んでいないので、ブローシャトの投書の書き出しの部分にある文章を「要旨」にしてしまっています。これだから孫引きはだめなのです。

もっと悪質なのは、木村さんがさらに一歩を進めて、それこそ下司の勘ぐりをしていることです。彼はブローシャトが「個人名による新聞投書という非公式な便宜的手段」を選んだといって、ただちに「公式決定と公式な回答発表をさまたげ」られたと、なにか裏で陰謀があったように述べます。それをやったのは「いったいどこのだれなのだろうか」と、木村さんは叫びます。

ブローシャトの現物を読めばすぐに判ることですが、彼は『ディー・ツァイト』に載ったある記事に対する反論の意味で同誌に投稿したのです。「非公式な便宜的手段」などではない、ごく普通に使われる意見発表手段を行使しただけです。「どこのだれ」もまるで無関係で、例えばaml-stoveに載った意見にaml-stoveで反論するのと同じことでしかありません。もっとも、木村さんは私のaml-stoveへの投稿にamlでかみつくというルール違反を平然とやれる人なので(初歩的なことを確認させていただくと、 aml-stoveの記事をamlのメンバーすべてが取っているわけではないので、これではなんのことか判らない人たちが出るのです)、ブローシャトの投書のコンテクストも理解できないのかも知れません。

さらにずるいことに、ブローシャトがドイツ国内にはガス室は(稼働していたものだけですが)なかったとだけしかいっていないように、話を作り替えています。彼の投稿にはきちんと、占領された東側地域にはアウシュヴィッツを含めてガス施設があって、ユダヤ人がそれで大量に殺されたとも書いてあります。つまりブローシャトはガス殺戮の存在を認めているのです。木村さんにはひどく都合の悪いことです。もっとも彼は投書をまるで読んでいないので、この点には触れないですむのですが。

こういう知的不誠実さでみちみちた本が、『アウシュヴィッツの争点』です。そこには「争点」なんかありはしません。あるのはただ、反ユダヤ主義の妄想からつむぎだされる嘘八百だけです。 私としてはかなりまじめに、『アウシュヴィッツの争点』を「と学会」に推薦したいと思っています。「と学会」とは、私はUFOに乗ったとか、かつて米国は日本の植民地だったとか、世の中悪いことはすべてユダヤ人の陰謀だとかいう「どんでも本」を集めて楽しんでいる人々の集まりです。

Date: Fri, 19 Feb 1999 17:10:22 +0900
From: ykaoru@tku.ac.jp (Kaoru Yamasaki)
Subject: [aml 11168] 『アウシュヴィッツの争点』のでたらめ

木村さんが依拠している資料のいかがわしさについてさらに。
彼はaml 11133で「本の原資料と論理を徹底的に自分の手で、自分の目で、検証し直して、初めて一応の発言権を得るのです」と大見得を切っています。ここでいわれている「原資料」を彼はまったく読んでいません。ホロコーストの「原資料」は、フォリソンやウィーバーの著作ではなく、現在ではコブレンツやフライブルクなどにある旧ナチス関係の資料です。これらの第一次文書の内容については、米国でArchives o f the Holocaust Seriesとして大量の便利な目録が作られてきています。あとは資料番号にもとづいてコピーの請求をすればよいわけです。しかし、木村さんはそういう手続きをなにもしていません。これは確かに専門家が時間とお金をかけてやることなので、私だってできそうにもないのですが、重要な文書については、抜粋集などがでているし(前に触れたオイゲン・コゴンたちの編集したものを含めて)、ヒトラーやヒムラーの秘密演説等、膨大な関連文献が入手できます。

木村さんはそんなことを無視して、欧米の否定派の書いたものに頼っているだけです。特に彼の重要な資料源になっているのは、米国の「歴史見直し研究所」 (Institute for Historical Review, IHR)です。『アウシュヴィッツの争点』の参考文献リストを見ると、「日本語訳のない外国語の単行本」39点のうち13点がここの出版物で、「リーフレット」11点はすべてIHRから出されたものです。「雑誌掲載の論文・記事」19点のうち、IHRの雑誌Journal of Historical Reviewのものは15点にのぼります。

木村さんは「わたしは別に、IHRに借りがあるわけでもないし、組織としてのIHRの肩を持つ義理もない」(『争点』pp.273-4.)と書いておられますが、これだけ大量の資料をIHRに負っているのですから、少しは「借り」や「義理」もあるのではないか、とも思いますが。木村さんはさらに、IHRとの資料のやりとりを「国際共同研究」(『争点』p.246.)だともいっておられるので、IHRの共同研究者なのでしょう。
であるなら、否定派の大根拠地である、このIHRがどんな人々によって運営され、どんな「思想的背景」を持っているのかを知っておく必要があります。否定派の「論拠」をつぶす作業のひとつです。

IHRは1979年にウィリアム・マキャルデン(別名ルイス・ブランドン)によって創立された疑似アカデミー組織です。マキャルデンはもともとアイルランド生まれで、イギリスに渡って一時は極右組織National Front(あのスキンヘッドでおなじみの)に所属しており、ついでそこから分離して1975年にはNational Partyという右翼政治組織を創設しています。彼は公然とみずからを「人種差別主義者」(racist)だと述べていた人で、78年に米国に移住し、少し反ユダヤ主義雑誌『アメリカン・マーキュリー』にかかわったのち、IHRを立ち上げます。
IHRの設立には、もうひとり強烈(狂烈?)な反ユダヤ主義で有名な人物がかかわっていました。ウィリス・カート(木村さんのいう「カルト」)です。カートはジョン・バーチ協会からさえ過激にすぎると追い出されたとてつもない反ユダヤ主義者で、『アメリカン・マーキュリー』の支配的な地位についてもいました。米国の極右社会のなかでも、きわだって右に位置する人です。

要するに、 IHRは名前こそ学術的な体裁を取っていますが、極右・反ユダヤ主義で凝り固まった人々が作った組織なのです。 マキャルデンは1981年に内紛に敗れてIHRを去り、10年後になくなりました。カートの独裁的な支配がつづきます。IHRは右翼出版社Noontide Press、この両者の上部組織であるLegion for Survival of Freedom、カートの作ったLiberty Lobbyという極右団体と非常に密接な関係にあってきたことは、いくつかの裁判で明らかにされています。

いかにもセクトらしく、IHRはさらに内紛を引き起こし、今度はカートが追い出されます。1993年のことです。カートは現在、IHRの運営に関してIHRと烈しく裁判中であり、基本的にはLiberty Lobbyの経営に当たっているようです。この団体は、F rank P. Mintz, The Liberty Lobby and the American Right: Race, Conspiracy, and Culture, Greenwood Press: Westport, Conn. 1985. という研究書もあるほど悪名高い右翼です。

ついでながら、Liberty Lobbyの雑誌『スポットライト』にはつぎのようなオンライン版があります。
http://www.spotlight.org/
こうした連中が設立したIHRは、いまでは否定派の拠点として極右との組織関係をできるかぎり表面から隠そうとしています。カートを放逐したのも、そうした戦略の一環なのでしょう。しかし、カートのあとにIHRでスポークスパースン的な役割を演じているマーク・ウィーバーも、すでに別の投稿で指摘したように、極右との関係が明らかで、IHRの政治姿勢は隠しきれるものではありません。

IHRはまた、『マルコポーロ』で否定派として名乗りを上げた西岡さんへの基本的な資料提供者であることは、IHRの雑誌の記事
http://www.ihr.org/jhr/v15/v15n2p-6_Raven.html
でも明記されています。

木村さんは 「もともと、わたしの資料収集の基本方針は・・・相手の組織や個人の思想、政治的立場などにいっさいとらわれず、可能なかぎりの関係資料、耳情報を収集して、比較検討、総合分析を心がけるのが主義である。」(『争点』p.274.) と書いておられます。しかし、彼の記述を読むと、あらゆる箇所でIHRのようないかがわしい組織の出版物からの引用で話は終わってしまっています。すでに活字になっている「原資料」さえ参照されていません。ウィーバーやフォリソンやシュテークリヒといった札つきの否定派の意見が繰り返されているだけで、木村さん自身が調査し発見した文書などまるでありません。

こう考えてみてください。1939年に日本軍はノモンハンでソ連軍に徹底的な敗北を喫しています。この敗北を国民の眼から隠すために、軍部は勝ったとみせかける出版物をいくつも出しました。大ベストセラーになった草場栄の『ノロ高地』はそのひとつです。私は同じような本を何冊か持っています。いま私が、これらの本にもとづいて、実はノモンハンで日本軍は大勝していたのだという「研究」を出したとしましょう。相手にされることはないと思いますが、厳しい批判がなされたと仮定します。すると私は、批判者が依拠しているのは嘘にたくみな旧ソ連の研究や、占領軍によって操作された誤った戦後精神の産物でしかなく、『ノロ高地』にはどこにも負けた話が出てこないと反論するわけです。『争点』がやっているのは、これと同じです。 その手口は具体的にはつぎのようなものです。

アウシュヴィッツの最後の収容所長だったリヒャルト・ベーア(木村さんは「ベイアー」と訳します)は1960年になって逮捕され、裁判がはじまる63年に急死しています。これは『争点』(pp.93-5.)では「不審な死」とされ、ガス室がなかったことの直接の証人の口を封じるために沈黙させられたのではないかと憶測がなされます。ところで、木村さんがその証拠に挙げているのは、当時の新聞記事でも関係者の発言でもありません。引用されているのは、否定派のシュテークリヒの記述だけです。要するに、否定派が否定派の憶測を繰り返しているわけで、「原資料と論理を徹底的に自分の手で、自分の目で、検証し直し」などまるでしていないのです。しかもそのうえで、木村さんはさらに憶測を重ねます。

ユダヤ人虐殺を知っていたハインリヒ・ヒムラーも、そういえば「自殺」だった。ホロコーストの秘密を握っていたヒムラーとベーアはともに「不審な死」にかたをしている、と。ホロコーストの存在を否定できる重要証人はかたっぱしから「不審な死」を迎えるようです。だったら、もっとも重要な証人になったであろうハイドリヒの暗殺も、「不審な死」に入れるべきでしょう。イギリスは戦後になってからドイツをありもしないユダヤ人虐殺の罪で裁くつもりでいたので、ヴァンゼー会議の主催者でありSSの超大物だったハイドリヒの口をふさぐため、チェコのパルチザンと組んで1942年に彼を暗殺したのだ、と。

ヒムラーが戦争末期にひそかに西側連合軍と和平交渉を試み、それを知って激怒したヒトラーによってすべての官職を剥奪されて、孤立無援の情況にあり、ひとり変装して逃れようとして連合軍に逮捕され、万やむを得ず自殺したことになんの「不審」もありません。こうしてどんどんと憶測や妄想をたくましくしていくなら、どんな歴史的「事実」でもでっち上げることができます。

世の中には可愛らしい嘘もありますが、何百万という人々の悲惨な死にかかわる史実について、嘘ばかりついている連中の嘘を日本語で繰り返すのは、恥です。

と、ここまで書いてきましたが、本来論争の場であるaml-stoveに木村さんは登場してはくれないようです。だとしたらaml-stoveで私が批判しても、なしのつぶてということになります。他方、木村さんはご自分のホームページででたらめを垂れ流しつづけています。周知のようにaml-stoveはログを保存していませんので、サーチエンジンにひっかかるのは否定派のページのほうであって、私の批判は埋もれてしまいます。ここでの発言はいちおうこれで終わりにして、私も自分のWebサイトで批判派のいんちきを追求するページを開いたほうが、彼らに対してはより効果的な打撃になるようです。これ以上守備範囲を広げると、ちょっと収拾がつかなくなるのではないかと思いますが、やむをえません。
近々、ページのURLをお知らせできると思います。
高橋さん、ごくろうさまでした。

Date: Sun, 21 Feb 1999 14:41:08 +0900
From: ykaoru@tku.ac.jp (Kaoru Yamasaki)
Subject: [aml-stove 126] 非常に重要な証言

これからは別のところで、否定派の嘘を明らかにしていく予定なので、ここではもうこの投稿だけで終わります。木村さんがamlに投稿されていますが[11182]、例のごとく、自分にとって都合の悪いところは口をつぐんだままです。クリストファーゼンがもと親衛隊の将校で、確信犯的ナチス(なにせ自分の結婚式までヒトラーの誕生日にした男です)だったのに、彼を「ヒトラーに忠誠を誓う親衛隊員ではなかった」と、どうして書けるのかを、私は聞きたいのですが。

この都合の悪い点への沈黙の例のひとつが、まえに述べたように、ブローシャトの投稿への扱いです。彼がポーランドでのガス室の存在を認めているのに、そこのところは省略して、ドイツ国内にガス室はなかったという箇所だけを取り上げたのです。 同じような例をもうひとつみつけました。

木村さんが憶測を逞しくしている、アウシュヴィッツ最後の所長リヒャルト・ベーアですが、彼の証言を読んでみると、確かに自分がかかわったアウシュヴィッツの第一収容所でガス殺害をみてはいないと述べています。しかし同時に、ガスでユダヤ人を殺したのはビルケナウの第二収容所のほうだったとも語っているのです。ビルケナウにガス室があったことを、ベーアは認めています。そして周知のように、ビルケナウはアウシュヴィッツと一体になっていた収容所です。アウシュヴィッツの最高責任者だった人間が、ガス室の存在を認めています。木村さんはこの重要な証言をどうされますかね。「拷問」話はなしですよ。

ベーアの証言はまえにも触れた
Eugen Kogon, et al. (hrsg.), Nationalsozialistische Massentoetung durch Gif tgas. Eine Dokumentation, S. Fischer Verlag, 1983, p.199.にあります。フォリソンに「国際電話」などかけなくとも、ベーアの証言は読めるのです。この資料集『毒ガスによるナチスの大量殺戮』は、一次資料を網羅的に収録しており、極右やネオナチが垂れ流すプロパガンダ文書をせっせと読むひまがあるなら、こういう「原資料」にまず取り組むべきです。「研究」とは、そのような努力の積み重ねのことを指します。

とにかくこのように、ブローシャトもベーアも「ガス室はあった」派に属します。木村さんのようには使えないのです。
ところで、木村さんはベーアの「不審な死」について、シュテークリヒを丸写しして、ガス室がなかったことを彼に暴露されるのを恐れただれかがやったのでは、と憶測しています。だが、ベーアはガス室存在派だったわけで、だとすると彼の「不審な死」は、ビルケナウのガス室についてベーアが「あった」と証言することを恐れただれかが・・・のかもしれませんね。

First Uploaded: 22/02/1999  Revised: 10/01/2001 Back to the Previous Page

【「たった1枚の写真」】
 山崎氏は、「たった1枚の写真」で次のように述べている。

 少しまえ、イスラエルのホロコースト記念館であるヤド・ヴァシェムから、2カ月ほどかけて、ホロコースト犠牲者のうち判明している300万人の名前のデータベースを作りつつあるという連絡が入った。もしかしたら、コルチャクといっしょにガス室に送られた子供たちについても、なにかが判るかもしれません。そのときには情報を提供します。コルチャクの写真の背後には、写真さえ残っていない200名の子供、それにトレブリンカで虐殺された数十万の人々がいます。私たちの想像力や同情や痛みは、そこに繋がっていくことが可能です。ホロコースト否定派には絶対にない、このような回路があることこそが、低劣な否定派に対して私たちが持っている絶対的な精神の優位なのです。それを見失わないように、作業を進めたいと思っています。
(私論.私見)「山崎氏のイスラエルのホロコースト記念館との親疎性」考

 これによると、山崎氏は、問わず語り「イスラエルのホロコースト記念館であるヤド・ヴァシェム」との連絡が取れる関係にあることを示唆している。「絶対的な精神の優位を見失わないように作業を進めたいと思う」なる記述をしている。山崎氏は何ゆえにそこまで入れ込むのか。尋常ではなかろう。

 それはともかく、「ホロコースト犠牲者のうち判明している300万人の名前のデータベース」についてそれが可能ならなぜ今までに為されていないのだろう。もっと早くに作られるべきだろう。今からでも無いよりはあった方が説得力を増す。

 2005.2.19日 れんだいこ拝

【「ホロコースト問題でのその他の争点」考】
 山崎氏は、「『アウシュヴィッツの争点』が振りまく虚偽」と題するサイトで、「ホロコースト問題でのその他の争点」について論考している。以下、これと対話する。概要次のように述べている。

【「ユダヤ人の反ナス運動」考】
 ユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)説の複線となっているヒトラー率いるナチスとユダヤ人グループとの対立問題につき、その決定的な契機となった事件に「ユダヤ人のボイコット運動」がある。これに対する木村氏の「ヒトラー政権下直後、ユダヤ人がドイツの商品のボイコットを展開した」との平面記述は正確ではないとして、山崎氏は次のように述べている。該当サイト「ユダヤ人の『ボイコット』」。

 「ヒトラーは1933年1月に政権の座につき、3月5日の国会選挙でナチスは圧勝した。勝利に歓喜したナチス党員は、翌日からただちに各地でユダヤ人所有になるの商店・銀行・企業等を襲撃し、ユダヤ人に暴行を加えた。この自発的襲撃のヒトラーは関与していない。この襲撃に怒った特に米国のユダヤ人たちがドイツ商品ボイコットに乗り出した。ヒトラーはこのボイコットへの報復として、4月1日からこんどは彼自身の命令で、ナチス党員によるユダヤ人商店への組織的ボイコットや、ユダヤ人への攻撃を行なわせた」。

 「これが真相である。歴史記述の際には、因果関係を正確にしるさねばならない」と述べている。
(私論.私見)「歴史記述の際には、因果関係を正確にしるさねばならない」考

 これはその通り。

 2005.2.19日 れんだいこ拝
【「ヴァンゼー会議及びハイドリヒ・メモ」考】
 「ユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)問題」を論ずる際に、それを指示したとされる「ヴァンゼー会議及びハイドリヒ・メモ問題」がある。これを吟味する。

 「ヴァンゼー会議」とは、1942.1.20日、ナチス親衛隊高官で保安警察長官(親衛隊保安本部長)であったラインハルト・ハイドリヒ(彼は同年5月にプラハで暗殺される)が、ベルリンの南西部にあるヴァンゼー街のある屋敷にナチスの高官たちを集合させ、ユダヤ人の組織的虐殺を謀議した会議のことを云う。この会議が実在したのかデッチアゲかを廻って論議を起こしている。

 その時の「ハイドリヒ・メモ」が残されており、それによると、ユダヤ人問題の「最終的解決」の権限を親衛隊が全面掌握することを決定したことを記している。これにより後のユダヤ人虐殺が指針されたとする重要文書である。その意味で「ハイドリヒ・メモ」の持つ意味は深い。

 なお、「ハイドリヒ・メモ」は、「最終的解決」の対象となるヨーロッパ・ユダヤ人の数を1100万人と見積もっており、この数字の根拠、適切さを廻って議論を招いている。
 山崎氏は、「ヴァンゼー会議のメモ」、「ヴァンゼー会議の数字」、「ヴァンゼー会議の重要性」、「1100万人のユダヤ人」で、「ヴァンゼー会議におけるハイドリヒ・メモ問題」を考察している。

 木村氏の見解は次のように展開されている。
①  会議が開かれた建物が相当な「宮殿」であったとの通説は間違いである。
②  ヒトラーも参加した上での会議であったかの通説は間違いである。
③  「ハイドリヒ・メモ」は偽造捏造文書である。以下のように論証している。
A  「シュテークリヒのメモ偽造説」を踏まえつつ、当時のヨーロッパ・ユダヤ人の数を1100万人とする見積り自体が過大であり、偽造捏造の証拠であるとしている。
B  シュテークリヒの論拠「連続番号がないかわりに、一ページ目に”D・III・29・Rs”という記号が記入されているが、ドイツの官僚機構は通常、こういう形式で記録の分類はしない」(p.261.)との指摘を受け入れて、ヴァンゼー会議の内容を記したとされている「ハイドリヒ・メモ」は偽造捏造文書であるとしている。
④  会議が存在したこと自体が疑わしい。その理由として、エッセイ集「ホロコーストの全景」の「その理由の第一は、『ヒトラーの国家では、このような重要な問題の決定を官僚の会議でおこなうことなどありえない』からであり、第二は、『虐殺は一九四一年からはじまっていた』からである」を引用し、ヴァンゼー会議の存在、ヴァンゼー・メモをユダヤ人虐殺計画の決定文書だとする見解に疑問を発している。
 山崎氏は、①・②はその通りとするが、③のAの人口問題につき、当時そのように言説されていた資料が確認できるとして、①・ハイドリヒが別の場所で1100万人という数を挙げていること(シュテークリヒ「アウシュヴィッツ神話」(Wilhelm Staeglich, Der Auschwitz Mythos)(オンライン版で確認できる)。②・ゲッベルスの1942.3.7日の日記の当該部分「ユダヤ人問題はいまや、全ヨーロッパ規模で解決されなければならない。ヨーロッパにはいまだに、1100万人以上ものユダヤ人がいるのだ(Es gibt in Europa noch ueber 11 Millionen Juden)」、を例証として、1100万人説が存在していたことを指摘し、1100万人の中には、ナチス・ドイツが支配していない地域(イギリス、スペイン、スイス、スウェーデン等)のユダヤ人が含まれており、決してデッチアゲ数字ではないと反論している。

 ③のBの「「ハイドリヒ・メモは偽造捏造文書である」説につき、「ヴァンゼー会議のメモのような重要な文書について、それを虚偽だとしている情報を自分でふりまくためには、当該の文書にあたってみるのが当然だ」と述べ、ヴァンゼー会議の議事についてのメモのドイツ語でオンライン化されたもの、その写真版を紹介している。

 ④のヴァンゼー会議の存在否定説につき、木村氏の見解は、ドイツの現代史研究家・イェケルの「ヒトラーの支配」の記述「この国家では、重要な決定が『官僚たちの』会合で下されたことなどなかった。最高の次元において、ヒトラーが単独で決定し、それを言い渡したのである」(Eberhard Jaeckel, Hitlers Herrschaft, Deutsche Verlags-Anstalt, 1986, p.105.)に基づいていると思われる。

 「ホロコーストに関する論争では、イェケルはひとつの立場を取っています。彼はヒトラーの決定権を最大限にみつもる立場におり、そこからヴァンゼー会議の重要性を相対的に低く見ているだけです。イェケルと異なる立場のホロコースト史家たちも多くおり、彼らはヴァンゼーを重んじています。アリーはそのひとりです。こうしたことを無視して、すべてのホロコースト史家たちが『認めなくなっている』かのような発言をするのは、ためにする議論でしかありません」と反論している。
(私論.私見) 「重要な文書の偽書云々を云うのなら当該の文書にあたってみるべし論」考

 これもその通り。これによれば、「重要な文書について、それを虚偽だとしている情報を自分でふりまくためには、当該の文書にあたってみるのが当然だ」という同じ論理で、「シオンの議定書」にも「当該の文書にあたってみるべし」であろう。なぜ向わないのだろう。その上で、偽書かどうか精査されねばならないであろう。ところで、「シオンの議定書」偽書派は、如何なる論法でこれを偽書としているのだろう。ここでは立場が代わっているのでその論法に興味が持たれる。

 2005.2.19日 れんだいこ拝
(私論.私見) 「ヴァンゼー会議不存在説」考

 木村氏が「すべてのホロコースト史家たちが『認めなくなっている』かのような発言」をしているのかどうか分からないが、ヴァンゼー会議の存在否定説を覆すのにそれを弱弱しく主張しているイェケルを批判しただけでは何も解決しない。

 2005.2.19日 れんだいこ拝
【「ユダヤ人否定派ディヴィッド・コール」考】
 山崎氏は、「ユダヤ人否定派ディヴィッド・コール」氏につき、「否定派のユダヤ人」、「否定派のユダヤ人(つづき)」、「否定派のユダヤ人(つづきのつづき)」で次のように述べている。

 ディヴィッド・コールとは、ユダヤ人にあってホロコーストの悲劇を否定する青年で、ユダヤ人のマスメディア支配に叛旗を掲げ「ホロコーストはなかった」とするヴィデオを製作する等「ユダヤ人の中の反ユダヤ主義者」であった。1995年のマルコポーロ廃刊事件のとき来日し、記者会見の場で反シオニズム的立場で宣伝している。木村氏は、「争点」にこのコール青年をしばしば登場させている。

 山崎氏は、その後のコールを追跡し次のように述べている。概要「彼は、否定派の重鎮・フランスのロベール・フォリソンと大喧嘩し、その喧嘩のなかで、『かって自分が作ったヴィデオではガス室の存在を疑っていたが、それがなかったと証明するのは困難』だと見解修正している。1993年にすでに、ガス室はなかったとはいえないと、立場を変えている」。

 以上を踏まえて、山崎氏は、1995年のマルコポーロ廃刊事件の時、「この手の人々の記者会見を大手新聞が伝えなかったのは賢明でした」と皮肉っている。

 「コールは、1998.1.8日、米国のユダヤ人防衛同盟(JDL)あてに手紙を送り、自分が間違っていたことを認め、ホロコーストが存在したこと、自分が否定派として活動したのは同胞への罪だったことを語り、謝罪している」ことを指摘し、木村氏のコール贔屓を揶揄している。ちなみに、「JDLはかなり戦闘的なユダヤ人組織で、コールに対しては、Web上でその顔写真を公開し、彼の住所情報に報奨金を出すといったことをやってきました」。

 コールの変節につき、木村氏は次のように確認している。「私が、『マルコポーロ』廃刊事件の際に受け入れて記者会見に出てもらったユダヤ人、デヴィッド・コールは、当時25歳の若者で、アウシュヴィッツなどのヴィデオを作ったいたが、『日本にきて良かったのは殴られないことだ』と何度も言っていた。アメリカに帰ってから、上記ヴィデオの共同制作者、スミス教授(わがHPにリンクあり)から『コールが裏切った』と言う趣旨のファックスがきた。私は、コールの気質的に不安定な様子を見ていたので、『残念だが彼には背骨がないと思った』という趣旨の慰めのファックスを送り返した」。

 山崎氏は、コールの変節の関連して、興味深い次の一説を挿入している。概要「歴史家・ギルマン(Sander L. Gilman)は、1986年、『 Jewish Self-Hatred: Anti-Semitism and the Hidden Language of the Jews, Johns Hopkins Univ. Press』の中で、一部のユダヤ人に見られる強い自己嫌悪や自己否定(それは時にはユダヤ人攻撃にさえいたることがある)の背景にある二重拘束(ダブルバインド)の状態や深い不安を、マルクス、ハイネ、さらにはウッディ・アレンまでも対象にして論じている」。
(私論.私見) 「ディヴィッド・コールの変節」考

 「ディヴィッド・コールの変節」に付き、山崎氏は、木村氏がその変節をも知らずに、マルコポーロ廃刊事件の時に利用した愚を皮肉っている。木村氏は、「ディヴィッド・コールの変節」には、戦闘的なユダヤ人組織JDLの脅しに屈した事情を解析している。これらは、事実確認の問題であり、山崎氏のおちょくりも控えめにするのが良かろう。事実、「ディヴィッド・コールの変節」の裏事情までは分からないのだから。

 2005.2.19日 れんだいこ拝
【「ホロコースト犠牲者600万人説」考】
 山崎氏は、「ホロコースト犠牲者600万人説」について、「数字の嘘(1)、「数字の嘘(2)」、「数字の嘘(3)」、「1100万人のユダヤ人」で次のように是認している。

 否定派は、概要「『チェンバース百科事典』によれば、戦前のヨーロッパに住んでいたユダヤ人の総数は650万人、ナチス・ドイツの支配下で減少したユダヤ人人口の総数は約150万人以下であった。1939年のナチス・ヨーロッパのユダヤ人は上限が650万人であり、逃げた人々などの数を考えると600万人も殺されたはずがない。『600万人のジェノサイド』説はなりたたない」と主張している。

 木村氏は更に次のように述べている(投稿)。「600万人の根拠も、実に怪しいものです。もともとユダヤ人という戸籍はない のですが、ユダヤ人組織の年鑑などによると、世界のユダヤ人の人口は、第2次世界大戦中に減ったというよりも、増えたという数字すら出ているのです。ナチスドイツ占領地域にいたユダヤ人が約300万人なのに、600万人を殺せるはずもないのです が、驚くべき事には、1994年現在で、ホロコーストの生き残りとしてドイツから補償金を受けとっているユダヤ人が、342万5千人もいるのです 」。

 山崎氏は次のように反論している。概要「650万人は、1939年時点のナチス・ドイツの支配下に入ったヨーロッパのユダヤ人の人口で、そこには(1)・1940年にドイツが占領したデンマークとノルウェー、(2)・同じく1940年に占領したオランダ、ベルギー、フランス、(3)・1941年に占領したバルカン半島諸国、(4)・同じく1941年に占領した東ポーランドとヨーロッパ領ソ連のユダヤ人は、当然ながら含まれていません。これらの地域に住んでいたユダヤ人の数を650万人に加えてからでなければ、600万人という数字を引いてはならないのです」。その上で、木村氏の「ナチスドイツ占領地域にいたユダヤ人約300万人説」に対して、「激減しています!」と訝っている。

 山崎氏は、「国家機密」(geheime Reichssache)文書の注釈付で、1942.7.23日づけの、ウィクトル・ブラック(親衛隊准将でヒトラーの総統官房に所属し、精神「障害」者の安楽死計画の実質的責任者。戦後、死刑に処せられている)からヒムラーにあてた手紙を引用している。この手紙のなかで、ブラックはこう述べている(Faschismus-Getto-Massenmord. Dokumentation ueber Ausrottung und Widerstand der Juden in Polen waehrend des zweiten Weltkrieges, Roederberg-Verlag, Frankfurt/Main, 1962, p.295)。

 「約1000万人のヨーロッパ・ユダヤ人のうちには、私の感じでは、少なくとも2、300万のきわめて良好な労働可能な男女が含まれています」(Bei ca. 10 Millionen europaeischer Juden sind nach meinem Gefuehl mindestens 2-3 Millionen sehr gut arbeitsfaehiger Maenner und Frauen enthalten.)

 「つまり、ヨーロッパのユダヤ人の数は、ナチス高官のあいだでは1000万から1100万と見積もられていたのです。650万から引き算をはじめることは、もう絶対にできません。ついでながら、ブラックは労働に従事させるために生かしておくユダヤ人も、レントゲン照射によって不妊にしておくという、おぞましい提案もしています」とコメントしている。

(私論.私見)「ホロコーストの犠牲者数問題」考

 山崎氏はここで、「ホロコースト犠牲者600万人説」について、当時西欧各地にはユダヤ人が約1000万人存在し、そのうち600万人がナチスにより虐殺された、と主張している。これが山崎見解であることを確認しておくことにする。

 2004.7.18日 れんだいこ拝
【「ユダヤ人シオニスト過激派によるテロ」考】
 山崎氏は、「ユダヤ人シオニスト過激派によるテロ」につき、「ユダヤ人過激派」の活動?」で次のように述べている。

 否定派は、1984年、IHRの事務所に爆弾をなげこまれ焼き打ちされた例や白昼テロ行為の頻発、いやがらせの街頭デモを挙げ、「シオニスト過激派がホロコースト否定派を襲撃しているとして「否定派の受難史」を語っている。次のような一文もある。 
 「1978年には、ホロコースト見直し論者で『600万人は本当に死んだか』を普及していたフランス人の歴史学者、フランソワ・デュプラが暗殺された。フランスの代表的な保守系新聞ル・モンドなどでも何度か報道された事件である。デュプラが運転していた車が爆弾でふっとび、本人は死に、同乗していた彼の妻も両足をうしなった。『シオニスト・テロ・ネットワーク』によると、直後に、ユダヤ人のアウシュヴィッツ関係組織、『記念コマンド』と『ユダヤ人革命グループ』が、みずからの犯行だと名のりをあげた」(p.292.)。

 これに対して、山崎氏は次のように述べている。「米国には、文字どおりユダヤ人過激派としてふるまっている有名な『ユダヤ防衛同盟』(Jewish Defence League, JDL)といった組織がある。このJDLや類似した組織の活動を、私はいかなる意味でも支持しませんが、犯人がつかまって裁判で裁かれたわけでもないのに、『シオニスト過激派である可能性がたかい』と書いてしまうのは、ジャーナリストの常識に反することです」。

 更に次のように述べている。概要「仲間喧嘩的内ゲバの可能性だってある。なぜなら、極右が(残念ながら極左と同様に)仲間殺しさえ辞さないことは、米国ナチス党の指導者だったジョージ・リンカン・ロックウェルの殺害を見ても判る。犯行声明を出した地下組織があっても、そこの犯行だとは断定できません。爆弾事件などで、奇妙な組織が犯行声明を出し、実は違う団体がやっていたことは、日本でもいくつもあったことです。かつて神戸で朝日新聞の記者が殺害されたことがありましたが、犯行声明を出したのが『赤衛隊』と名乗っても、名前からただちに左翼団体に違いないとは判断できないのと同じです」。

(私論.私見)「山崎氏の勘ぐり」考

 ここで山崎氏は致命的な氏の観点を披瀝している。何と、フランス人の歴史学者、フランソワ・デュプラの暗殺について、安易に「ユダヤ人シオニスト過激派によるテロ」とみなしてはいけない。内ゲバの可能性もある。犯行声明が出された場合でも直ちに断定をしてはいけない、などと述べている。結構結構、正論である。問題は、逆のケースの場合でも同じような慎重さと慈愛で見て欲しい、というぐらいのことは云わせてもらってもよさそうだ。

 しかし、彼のこの論法に拠れば、「否定派の受難史の真相は全て藪の中」になりそうだ。山崎氏はシオニスト側には何でこ大甘になるのだろう。ホロコースト否定派、ナチ、反ユダヤグループの身元調査に熱心な分析している御仁の見解としては全く不似合いだ、というぐらいのことは云わせてもらってもよさそうだ。

 2004.7.18日 れんだいこ拝
【「山崎氏のジャーナリズム論」考】
 山崎氏は、ジャーナリズム論を開陳し、「嘘とその弁明」の「「裏を取らない」ジャーナリズムーーデュプラの死について」で次のように述べている。

 デュプラを「いわゆるまじめな学究とはほど遠い、極右政治家だった」と云い、その死について、畑山敏夫説を紹介しつつ概要次のように推測している。

 1968.5月、極左運動の高揚に対抗して、『青年革命』、『国家人民党』などの極右団体が街頭で実力闘争を展開する。そのような極右のなかから、69年秋にF・デュプラらを指導者とする『新秩序』が誕生した。1969年のフランスは、いわゆる5月革命が敗北し、ドゴールが退陣したあと、政局は混迷のさだかにあった。いまだに左翼、とりわけ極左派の力も強く、暴力革命の夢は、フランスだけでなく、米国、西ドイツ、イタリア、日本でもおよそ死に絶えていなかった時代であった。彼らと対抗するため、極右運動も活発で野合的な再編成の過程にあった。

 このデュプラたちを中心に1972年に「国民戦線」が結成される。しかし、既存の政治体制のもとで、選挙闘争によって党勢の拡張をはかろうとする党首のルペンと、反議会主義を強調するデュプラたち「新秩序」グループとの確執があり、その対立は強まる。デュプラやルノーが主導権を握っていた「新秩序」は、1973年に解散を命じられる。このため、彼らにとっては「国民戦線」内部での主導権争いが、政治勢力としての死活の重要性を持つようになる。

 当時、国民戦線の方針はルペンの名において決定されてはいたが、実際は、彼の役割は決して大きくはなかった。デュプラは政治局のメンバーとして、ルノーは書記長として党を実質的にコントロールしていたし、革命的ナショナリスト・グループは党の機関紙『ル・ナショナル』も掌握していた。文筆家でありジャーナリストであるデュプラは、ネオ・ファシズムの代表的論客として大きな影響力をもち、国民戦線の結成から七八年の突然の彼の死まで、ルペンよりも彼の方が国民戦線の真のイデオローグであった。

 1978.3.18日、彼らの支柱であるデュプラが、自動車の爆破で死亡するという事件が起きる。事件の真相は不明であるが、彼の死は党内での革命的ナショナリスト・グループの影響力低下につながった。1981ー82年には、ルノーら革命的ナショナリスト・グループが国民戦線を去り、党内から急進的潮流が排除されていった。
 以上を踏まえて次のように云う。「お判りでしょうか。極右組織が内部対立からおよそ自由ではなく、その権力争いは時には流血をもって処理されることは、ナチスにおけるレームたち突撃隊指導部の抹殺や、米国ナチ党での党首暗殺を見ても明らかです。デュプラの死は、国民戦線という極右政党に関しては、彼と敵対するルペンの主導権掌握に直接につながっていたわけで、そこから私たちは暗い推測をすることが可能です。

 もちろん、デュプラの殺害の詳細は、いまだにはっきりと解明されていません。したがって、シオニスト急進派の行動だった可能性があることを、私は否定しません。しかし、別のかなり強力な殺害動機を持った人々による暗殺だった可能性も、考慮外に置くわけにはいかないのです」。

 返す刀で次のように云う。「木村さんは正統派ジャーナリストを気取って、メディアの報道に対してはかならず『裏を取る』べきだということを強調しています。であるなら、デュプラがシオニストによって殺されたという推測と、右翼の内ゲバによる暗殺だというニュースは、いずれも同等な可能性を持っていたのですから、その両方について検討する必要があったはずです。

 ところが木村さんは『裏を取る』どころか、デュプラの殺害についての怪しげな否定派パンフに一方的に依拠して、シオニストの謀略を示唆するだけで、当時のフランスの新聞を読めばすぐに判るような別個の可能性(党内闘争の暴力的清算)については、ひとことも触れないのです。このことひとつを取っても、木村さん的ジャーナリズムの信じられないほどのいいかげんさが理解できると思います。

 ジャーナリズムが生み出す冤罪のほとんどは、こうした『裏を取らない』いいかげんさの産物です。ある事実について政治的に対立する意見があった場合、その一方だけを正しいとして報道して、他方の意見を完全に無視するジャーナリストは、かつてもいまも御用評論家と呼ばれているはずです」。

(私論.私見)「山崎氏のジャーナリズム論」考

 山崎氏は、ある判断を為すにおいて「裏を取る」ことの重要性を手厳しく指摘している。結構結構、万事にこうあって欲しいものだ。「ヴァンゼー会議」、「ハイドリヒ・メモ問題」、「ユダヤ人600万人虐殺説」等に対してもこうした厳格な審理を経ての結論にして欲しいものだ。

 2004.7.18日 れんだいこ拝
 (コメントはここまで)

【「アインザッツグルッペン」考】
 山崎氏は、アインザッツグルッペン(Einsatzgruppen)について「「アインザッツグルッペン」の説明」で概要次のように述べている。「アインザッツグルッペン」は、『争点』で書かれているような「親衛隊員で編制された東部戦線の遊撃分隊」(p.69.)というようなやわいタマではない。独ソ戦の開始にさいして、ヒトラーたちは単にソ連正規軍だけを殲滅しようとしたのではなく、もうひとつの「戦線」をも同時に開いている。つまり、ドイツ軍の占領地域にいる共産党員、パルチザン、捕虜のユダヤ人、さらには精神「障害」者までを含む人々の抹殺という戦いです。やがて、ユダヤ人全員が対象になります。そのために作られたのが「インザッツグルッペン」であった。この殺戮部隊は親衛隊員によって構成され、100万を越える数の人々が容赦なく射殺されたと云われている。まさにヒルバーグ本の「移動殺戮部隊」、南本の「特務部隊」が適訳である。

 木村氏のさんは「アインザッツグルッペン」の説明は軽すぎる。
【「シュムエル・クラコフスキの証言」考】
 木村氏は、『争点』で、「イスラエルの公式機関でさえ『信用できない』証言が半分以上」という中見出しをつけて、イスラエルのホロコースト記念館である「ヤド・ヴァシェム」の文書館長シュムエル・クラコフスキが、ユダヤ人生存者の証言二万件のうち、一万件以上が「信用できない」と述べたことを紹介している。つまり、ガス室の存在についての生存者の証言は眉唾ものだ、といいたい。

 木村氏は、マーク・ウィーバー論文の「クラコフスキの発言」に依拠している。しかし、クラコフスキ自身は、『エルサレム・ポスト』に投稿(「彼の投稿の全文」)をして、自分はそんなことを語っていないと断言している。「私が述べたのは、不正確だと証明された証言が多少あるーー幸いにして、ほんの少しだということでした。アモウヤル(記事を書いた女性)はなぜ、それを大きな数であるかのようにいうのでしょうか?」(I said there are some - fortunately very few - testimonies, which proved to be inaccurate. Why did Amouyal make them out to be a large number?)。
【「ポール・ラッシニエの証言」考】
 『ホロコースト』見直し論の父といわれるフランス人のポール・ラッシニエは、ナチス・ドイツ収容所の『生き残り』として、 「ガス室の存在を否定する発言をした『生き証人』」の一人である。

 これにつき、山崎氏は、「『信用できない』証言?」で次のように云う。ラシニエは、正確には「生き証人」では無い。ラシニエが経験した収容所は、ブーヘンヴァルトとドーラでした。このふたつは絶滅収容所ではなく、したがってガス室は無かった。 直接体験を持たない以上、「ガス室の存在を否定する発言をした『生き証人』」とするには無理がある。

【「ガス室にかんする六回の法医学調査」考】
 「ガス室にかんする六回の法医学調査」が為されており、木村氏は次のように解析している。
 「『ロイヒター報告』以降、当局側に当たるアウシュヴィッツの委嘱もふくめて、『ガス室』にかんする六回の法医学調査がおこなわれている。現存の『ガス室』については、『青酸ガス』が使用されたならば残留しているはずの『シアン化合物』が認められないという点で、すべての調査結果が基本的に一致している」(p.248. 強調は引用者)。
 「「ガス室」と称されてきた建物の構造、人員収容面積、密閉性、排気能力、ガス投 入のための穴またはパイプの有無の調査、さらには壁面の素材と結合した「シアン 化水素」(気体を「青酸ガス」とも呼ぶ)の残留テストによって、現在では、歴史 学における考古学的な発掘調査と対比し得る科学的な研究が可能になっているので ある。原告が掌握しているだけでも、すでに八つの報告があるが、その中には、ク ラクフのポーランド国立法医学研究所の調査と鑑定結果が含まれている。同研究所は、日本ならば警視庁が鑑定を依頼するような最高権威であり、アウシュヴィッツ 博物館の依頼に基づいて実地調査を行い、同博物館に鑑定結果を伝達したものであ る。原告は、クラクフの同研究所を訪問するなどして、それらの調査と鑑定の報告 書を入手し、著書、『アウシュヴィッツの争点』の中で、法医学的調査と鑑定の意義を詳しく紹介している。
 以上のような法医学的研究によって、ほぼ決定的に、従来流布されたきた神話は 崩壊せざるを得ない状態にある。これらの研究を無視する議論は、たとえて言えば、 殺人事件の審理に当たって検察当局が、殺人に使用された凶器として自ら主張する物的証拠の提出及び専門的な鑑定と、殺人現場として自ら主張する場所の現場検証 とを、いずれも拒否ないしは無視しながら有罪の判決を求めようとするような、横暴極まりない愚挙に他ならない」。
 これにつき、山崎氏は「途方もない事実の歪曲」で次のように述べている。クラクフの法医学研究所のスタッフであるマルキエヴィチたちの報告は、ホロコースト否定派への組織的な批判のために作られており、「この報告はアウシュヴィッツにガス室はなかったとする否定派をはっきりと意識して、それに対する批判として書かれたものです」。関連するところを紹介すると次のように書かれている。
 「本研究はつぎのことを明らかにしている。かなりの年月(45年以上)がたったにもかかわらず、シアン化水素とかつて接触していた諸施設の壁で、ツィクロンBの成分の化合物の残留量が保存されていたことである。このことはまた、旧ガス室の廃墟についてもあてはまる。シアン化合成物が、建築材料[の部分]では、局所的にのみ現出された。それはかくも長期にわたる形成と残存に必要な諸条件が生じていた場所である」。

 (The present study shows that in spite of the passage of a considerable period of time (over 45 years) in the walls of the facilities which once were in contact with hydrogen cyanide the vestigial amounts of the combinations of this constituent of Zyklon B have been preserved. This is also true of the ruins of the former gas chambers. The cyanide compounds occur in the building materials only locally, in the places where the conditions arose for their formation and persistence for such a long time. )

 高橋亨氏は、木村さんが本多勝一さんたちに対して起こした訴訟の「訴状その2」で次のように質問している。「あなたの上記の説明は、ポーランドにおける法医学鑑定の最高権威である同研究所による調査・鑑定によって、アウシュヴィッツにガス室はなかっ たことが「ほぼ決定的に」明らかにされた、と読める(それ以外に解釈のしよ うがない)のですが、それは本当ですか? 同研究所の誰が、いつ、どのよう な調査を行い、その結果どのような結論に到達したのか教えてください」。

 それに対して、木村氏はこう答えている。

 「……高橋さんの「解釈」は不正確です。「ほぼ決定的に」という字句は、私自身の 文章の一部ですが、私は、「以上のような法医学的研究によって、ほぼ決定的に と記しています。 「以上」とは何かといえば、その前には「すでに八つの報告がある」と記しており 、「クラクフ」の報告はその最後の一部にしかすぎず、この報告の内容と結論の付 け方には疑義があるので、その点を「ほぼ」という字句に含ませたのです。詳しく は訴状と同時に拙著『アウシュヴィッツの争点』を提出していますので、そこへ譲 っているのです。この「ほぼ」に関しては、後日、いささか長い地の文章をmailで送ります 」。

 それに対して、山崎氏は次のように批判している。
 『争点』も「訴状」も、どう読んでも明らかにマルキエヴィチたちの報告書を、自説を支える資料として引用しています。そのことについて疑問が呈されると、「後日」といって遁走するのです。「ほぼ」が「八つの報告」や「以上のような法医学的研究によって」にかかる副詞でないことは、だれの眼にも明らかです。これでは子供だましにもなりません。 当然ながら、「ほぼ」についての「後日」の説明は、ついにありませんでした。
【「ティース・クリストファーゼン」考】
 木村氏は、『アウシュヴィッツの嘘』の中で、ティース・クリストファーゼンを元ドイツ軍の中尉であり非ナチスとして登場させているが、彼はれっきとしたナチス党員であり決して中立的な人物ではない。連中はこういう嘘を平気でつく。木村氏がシュテークリヒの言葉『一度嘘をついたものは、二度と信用してはならない』を引用するのはおこがましい。まず自分自身を省みよ。こういう都合の悪い指摘がなされると、連中は決まって沈黙し続ける」。

 「嘘とその弁明」で次のように補足している。スキャンダラスな行動で知られていたドイツのネオナチであるティース・クリストファーゼンについて、木村さんがはっきりと「ヒトラーに忠誠を誓う親衛隊員などではなかった」と嘘を書いていることは、別の箇所で指摘しておきました。ところが、本多勝一さんたちとの裁判でこの点を追求されたため、木村さんが提出した「最終準備書面」では、つぎのように非常に苦しい弁明をしなければならなくなっています。 「原告の文章の重点は、いわゆる「親衛隊」のバリバリではなくて、「農場の研究者」という立場だったことの強調にある」。
 嘘がばれて追い詰められると、こういう逃げにしか頼れなくなります。 バリバリであろうとなかろうと、「ヒトラーに忠誠を誓う親衛隊員」に変わりはありません。

【「アウシュヴィッツ第一収容所跡クレマ1の捏造展示」考】
 フランスの週刊誌『レクスプレス』(L'Express)が、1995年1月26日に、エリク・コナンの論説を掲載して、現在アウシュヴィッツ第一収容所跡にあるクレマトリウム(クレマ1)が、再現と称して実はまったく捏造されたものを展示していることを伝えた。これは否定派にとっては鬼の首でも取ったようなことで、ただちに彼らの文章で利用されています。木村愛二さんも『争点』で「『復元』『改造』『偽造』『捏造』、戦後50年の記念の軌跡」という小見出しで、このことを取り上げています(pp.131-132.)。

 山崎氏は、「『レクスプレス』の報道」で次のように述べている。「このコナンの文章は否定派を利するものであるより、事実に誠実に対応しようとするコナンの姿勢を明らかにしているものです」として、関連箇所の正確な翻訳文を紹介している。
 「別のデリケートな問題がある。共産主義統治によって残された偽造を、どうするかという問題である。1950年代から60年代にかけて、消滅したり外見が変わっていたいくつもの建物が、ひどい間違いを伴って再建され、本物だとして展示された。うちいくつか、あまりに『新しい』ものは、公開されなかった。時に殺人ガス室として展示された燻蒸ガス室はいうにおよばず。こうした非常識な行為は、ホロコースト否定派に大いに役立っている。彼らは自分たちのでっちあげの骨格を、そこから引き出しているのである。クレマトリウム1は、アウシュヴィッツ第一収容所にあった唯一のものだが、この例は意味深いものである。その死体置き場に、最初のガス室が設置された。ガス室は1942年はじめに短期間使われた。ガス設備を含んだ地域の隔離は、収容所の活動を妨げた。かくて、1942年4月末に、この致死的なガス設備をビルケナウに移転することが決定され、ビルケナウでは、基本的にはユダヤ人からなる犠牲者たちに対して、工業規模で運用された。ついで、クレマ1は、手術室を持った防空壕に転換された。1948年、[アウシュヴィッツ]博物館の設立のさいに、クレマ1は怪しげな資料をもとに再建された。ガス室の大きさ、ドアの跡、ツィクロンBの投入口(なんにんかの生存者の記憶にもとづいて再現されたもの)、煙突の高さといった、そこにあるすべてが偽物である。70年代の終わりに、ロベール・フォリソンがこの偽造をはっきりさせたが、博物館の責任者たちは、それを認めるのをいやがっている。云々」。

 山崎氏は次のようにコメントしている。「ホロコーストについては、それがあまりに近い時代の事件であり、しかも、それをめぐって多様な政治力学が発揮されてきたため、歪められたり捏造された「事実」がいくつもあったことは確かです。それを正そうとして、多くの人々がいまも地道に努力しています。その上澄みだけをかきまわす否定派より、彼らのほうがはるかに誠実です」。

(私論.私見) 「アウシュヴィッツ第一収容所跡クレマ1の捏造展示」考

 「アウシュヴィッツ第一収容所跡クレマ1の捏造展示」は、あってはならないことである。それを指摘しているコナン氏の文章を否定派が利用するのは当然である。

 2004.7.18日 れんだいこ拝
【「リヒャルト・ベーアの証言と死」考】
「リヒャルト・ベーアの証言と死」、「ベーアとガス室」
村さんによればシュテークリヒは彼を「アウシュヴィッツについてのもっとも重要な目撃証人」と呼んだそうですし、木村さんも「アウシュヴィッツ収容所についての第一級の目撃証人」といいます(『争点』p.94, 96.)。
 アウシュヴィッツ最後の収容所長だったリヒャルト・ベーアについて。ベーアは1960年に逮捕され、1963年に裁判直前に死去している。「不審な死」。否定派は、(1) ベーアは収容所にはガス室がなかったと述べている。『ガス室を見たことはないし、そんなものが一つでも存在するなどということも知らなかった』というベイアーの証言。 (2) このことを裁判で証言されると困る人々が、彼を毒殺したのだ。木村氏は、「リヒャルト・ベイアーはもとも、議論の余地なしに、アウシュヴィッツ収容所についての第一級の目撃証人である。」(p.96.) 。

 元親衛隊員のクリストファーゼンの本。話のもとが「パリで発行されている週刊『リヴァロール』」。シュテークリヒはいいます。
 「フランスの報道にもとづいたいくつかの資料によれば、ベーアは未決勾留中に、彼のかつての指揮範囲においてガス室の存在を認めることを、頑強に拒んでいた。」(Nach mehreren Quellen, die ihrerseits auf franzoesische Presseberichte zurueckgehen, hatte Baer sich in der Untersuchungshaft beharrlich geweigert, die Existenz von Gaskammern in seinem einstigen Kommandobereich zu bestaetigen. )

 「パリの新聞『リヴァロール』の報道では、彼[ベーア]は『自分が統括していた全期間を通じて、私はひとつもガス室を見たことがないし、そんなものが存在したなどとは信じない』と主張し、この証言を翻すことがなかった。」( the Paris newspaper Rivarol recorded his insistence that "during the whole time in which he governed Auschwitz, he never saw any gas chambers nor believed that such things existed," and from this statement nothing would dissuade him. )

 とあります。ベーアはガス室の存在を否定したため、裁判直前に殺されたと騒ぎ立てている。

ベーアの供述はフランクフルトで公開されています。当該箇所を引用します。これは幸い、栗原優さんの『ナチズムとユダヤ人絶滅政策』(ミネルヴァ書房、1997年、p.250.)に翻訳されているので、そこから取らせていただきます。この本は各所でシュテークリヒやロイヒターの嘘を指摘しています。

 「私はアウシュヴィッツ第一収容所の所長だっただけである。ガス殺が行なわれた収容所とは関係がない。私はガス殺そのものにも影響力をもっていなかった。ガス殺はビルケナウ第二収容所でおこなわれたのであり、この収容所は私の管轄下にはなかった。」

栗原さんは

 「彼がアウシュヴィッツ第一収容所長になったのは第一クレマが使用されなくなったのちのことであり、アウシュヴィッツ収容所長になったのは、ユダヤ人殺害中止命令が出たのちのことである。彼の主張は、その限りでは、嘘ではなかったのである。」

 とコメントされています(ただ残念ながら、栗原さんはシュテークリヒにひっかけられて、ベーアが「謎の死を遂げた」とも書いています)。
 以下にベーアの供述の原文を挙げます。

 Ich bin nur Lagerkommandant von Auschwitz I gewesen. Mit den Teillagen, in denen Vergasungen stattfanden, hatte ich nichts zu tun. Ich habe auch keinen Einfluss auf die Vergasungen selbst gehabt. Die Vergasungen fanden im Lager II-Birkenau statt. Dieses Lager unterstand nicht mir. (Eugen Kogon, et al. (hrsg.), Nationalsozialistische Massentoetung durch Giftgas. Eine Dokumentation, S. Fischer Verlag, Frankfurt am Main, 1983, p.199.)

ここでは彼が「第一級の目撃証人」ではないことを、簡単に指摘しておきます。
 ベーアがアウシュヴィッツ第一収容所の所長になったのは、1944年5月でした。彼はさらに、11月にはビルケナウの第二収容所(これが絶滅収容所です)をも含む、アウシュヴィッツ収容所の所長に昇任しています。
 第一収容所にあったガス室は、1943年7月に操業を止めています。ベーアの着任より1年近くまえです。
 また、敗戦色が濃厚になった1944年9月の段階で、ヒムラーはガス殺の中止を命令しています。ベーアがビルケナウをも管轄下に入れるのが11月ですから、この時期にはアウシュヴィッツではもはや稼働しているガス室はひとつもなかったことになります。
 ベーアがガス室は私の管轄下にはなかった(unterstand nicht mir)と述べたのは、それなりに正しいのです。
 したがって、彼は「第一級の目撃証人」ではありません。

【ルードルフ・ヘスへの「誹謗」】
「第一級の目撃証人」は依然として、否定派にとっては非常に都合の悪い証言を残しているルドルフ・ヘスです。ルードルフ・ヘスの告白(『アウシュヴィッツ収容所 所長ルドルフ・ヘスの告白遺録』サイマル出版会)は、彼がアウシュヴィッツでの虐殺がもっとも活発だった時期の所長であったことから、決定的な重要性を持っています。 そこには生々しい殺戮の描写があり、そこにまでいたる時間的経過や状況についての詳細な記述があります。アウシュヴィッツについての加害者の側からのもっとも決定的な証言といってよいと思います。
 ヘスの告白が連合軍による拷問の産物であり、したがって信頼できないと述べてきました。ヘスの告白が裁判のあと、死刑が確定し、したがって嘘をつく必要がなくなってからの証言だ、と反論されると、シュテークリヒのような否定派は、今度はヘスが収監されていたポーランドで、共産主義の「洗脳」にあったのだといいだします。
 ヘスがそのような眼にあったかどうかは、もちろん、なんの証拠も挙げずに断定されているだけです。シュテークリヒは元判事ですが、なんらの証拠の裏づけもなしにこう述べるのですから、この人の手で裁かれたくはないものです。
 木村さんは、もっとすさまじい手口を使います。
 ヘスは小物で、本当の「第一級の目撃証人」は別にいる、という手口です。その目撃証人にさせられたベーアについての顛末は、すでに別のファイルで書いていきました。
「ホェスがアウシュヴィッツの司令官だったのは、アウシュヴィッツ収容所が創設された一九四○年から四三年までなのである。その後は、首都のベルリンで親衛隊の経済行政本部に配属され、政治部を担当している。収容所の直接の担当ではないのだ。
 一九四三年から翌々年のドイツが降伏する四五年までの足かけ三年、しかも、ホェス『告白』などによれば、もっとも大量にユダヤ人を『ガス室』で計画的に虐殺したとされているドイツ敗戦直前の時期の司令官は、いったいだれだったのだろうか。」(『争点』, p.91.)

 これだけを読んでみると、アウシュヴィッツにおいてユダヤ人がもっとも多く殺害されたとされるのは、ヘス(木村さんのいうホェス)のあとの収容所長の時期のことになります。それ以外の解釈は、この文章からはできません。
 ここからまっすぐに出てくることは
 (1) 木村さんはごく初歩的なアウシュヴィッツの歴史も知らないか
 (2) 故意に情報操作を行なって、読者に虚偽を伝えているか
 のどちらかです。
 ルードルフ・ヘスが収容所長の職を離れたのは、1943年11月のことです。その当時、ビルケナウではすべてのガス室と焼却設備が完成していました。彼のあとをついだリーベヘンシェルは、ユダヤ人に友好的にすぎるという理由で44年5月に解任され、ヘスが所長に返り咲きます。44年12月になって、リヒャルト・ベーアが全アウシュヴィッツの所長になるのです。
 ヘスの二度目の所長時代、アウシュヴィッツでは最後の大がかりな殺戮がなされます。ハンガリーから輸送されてきたユダヤ人33万人に対するものです。ヘスはこの殺戮をも含めて、アウシュヴィッツにおける大量殺害のもっとも重要な証人なのです。
 もはや収容所が本来の機能を停止した時期に所長になったベーアを「第一級の」証人に仕立て上げるためには、ヘスが果たした決定的な役割をこのようにグロテスクに歪めなければならないのです。
 そのベーアが既述のように、ビルケナウでのガス室の存在を確言しているのですから、木村さんの話はどんどん支離滅裂になります。

ドイツ国内のガス室

 木村さんは『争点』で、ドイツのマルティン・ブローシャトの発言を引いて
 「すでに一九六○年までには、西側占領地域にあった収容所には『ガス室はなかった』というのが、『事実上の定説』になってしまった。」(p.228.)

 と述べています。ここでいわれている「西側占領地域」はなんのことか判りませんが、ブローシャトにしたがって、ドイツ国内のことだと解釈しておきます。実は木村さんはブローシャトの投稿そのものをまったく読まないで、欧米の否定派の意見にただただしたがって書いているにすぎないのですが、それについては別の箇所で触れます。
 ドイツ国内にはガス室があった、というのが定説です。
 ただし、強制収容所に、ではありません。ドイツ国内の強制収容所としては、ダッハウが唯一ガス室を持っていました。しかし、建設のさいに、それを手伝うことになったユダヤ人たちがひそかに妨害活動をしたため、完成したあとでも稼働できなかったからにすぎません。
 しかも、このガス室が実験的な目的で収容された人々に対して使用されたらしいことが、つぎの論文で指摘されています。

 Harry W. Mazal, The Dachau Gas Chambers

 だとしたら、少なくとも稼働したガス室が、ダッハウ収容所にはあったことになります。ただ、一時的に運用されただけにしても、ドイツ・ライヒの土地のうえで、ユダヤ人のガス殺があったわけです。コゴンたちの本でも、いまにいたるまで最終的な証明がないと述べられています(Eugen Kogon et al. (hrsg.), Nationalsozialistische Massentoetung durch Giftgas, p.277.)。 このあたりは調査中です。 
 しかし、ガス室そのものはいくつもありました。場所は収容所ではなく、精神医療施設でした。
 それについて書くのはやめますが、何万という精神「障害」者が、ドイツのガス室で密殺されています。このガス殺施設を使って、収容所の収監者も殺されています。ブローシャトは「ドイツには絶滅収容所はなかった」とだけいうべきでした。
 ホロコーストではユダヤ人が最大の犠牲者ですが、殺された人々のなかには、いわゆるジプシー、同性愛者、社会主義者、反体制派たちも含まれます。私は精神「障害」者の組織的抹殺も、ホロコーストの一部だと思っています。さらに、この殺害でつちかわれた技術や人員が、絶滅収容所に移植されてもいます。

レーダー弁護士の正体


 木村さんがどれほど無批判にネオナチの主張に寄り掛かっているかの、ちょっとした資料です。
 すでに木村さんがティース・クリストファーゼンという元親衛隊員で有名なネオナチの『アウシュヴィッツの嘘』という嘘だらけの本を、自分の重要な典拠にしていることを指摘しておきました。そのさい、クリストファーゼンが「親衛隊員などではなかった」という、さらなる嘘を彼はついています。
 この本には、レーダーという弁護士が書いた序文がついていて、彼の発言を木村さんは肯定的に引用しています。
 「『アウシュヴィッツの嘘』の序文を書いた弁護士、レーダーは・・・つぎのように指摘していた。云々」(『争点』p.122.)

 レーダーがやったのは、虐殺された人々を焼くのに必要な燃料が、当時のドイツにはなかったという指摘です。これが問題にならないつまらないいいがかりであることは、あとで別に論じます。
 また、こうも述べています。

 「弁護士のレーダーは序文のなかで、クリストファーセンのこの立場を『中立』と表現している。」(同、p.157.)

 このレーダーは単なる「弁護士」ではありません。
 望田幸男さんの『ナチス追求 ドイツの戦後』(講談社現代新書、1990年)には、つぎのような記述があります。

 「このレーダーとクリストハーゼンこそ、さきに述べた『ナチスAO』のロウクに、ハンブルク集会での演説の機会を提供した人物である。
 七六年、フレンスブルク地方裁判所の前で彼らのデモンストレーションがおこなわれたとき、クリストハーゼン起草のアピールが発せられたが、その一節には次のように書かれていた。
 『反民主主義のデモンストレーションに際し、すべての反民主主義者に呼びかける。・・・・真にドイツの大地に立ち、ナチズムを奉じるわれわれとともに、民主主義とボリシェヴィズムの空疎なるイデオロギーに反対するため、デモンストレーションに参加せよ。政治的敵は裁判所第一刑事部の民主主義者である。かつてのナチス組織の宣伝素材を流布せよ。・・・・弁護士マンフレート・レーダー』」(p.153.)

 『アウシュヴィッツの嘘』は先に述べたように、元ナチ=親衛隊員で、戦後ネオナチとして活躍したクリストファーゼンが執筆し、その序文を「ナチズムを奉じる」と公言するお仲間のレーダーが書いたのです。
 こんな本をネタにしている木村さんの『争点』は、きっとレーダーから、この本は「中立」であって「いまのナチス組織の宣伝素材を流布」するものだという、すてきな序文をもらえたはずです。

ヴィーゼンタールの見解


 木村さんは実に下手に事実を歪曲します。
 ジーモン・ヴィーゼンタールについての、つぎのような発言がそのひとつです。
「サイモン・ウィゼンタールでさえも、テオドル・オキーフが執筆したリーフレット『収容所の解放/事実と嘘』によれば、一九七五年には『本と出版者』(75・4)のなかで『ドイツの土地のうえには絶滅収容所はなかった』としるしている。」(『争点』、p.229.)

 これだけでは一見すると、木村さんがよくやるただの孫引きの一例にすぎないと思われるかもしれません。
 しかし、この引用は「西側にはガス室はなかった」というブローシャトの発言を「定説」(それがいまでは変更されたことは 別のところで扱いました)だとしたうえで、その補強材料として使われているのです。
 幸い、ヴィーゼンタールの『本と出版者』への投稿は、全文がオンラインで読めます。そのなかで彼は「600万人の嘘」に関するコリン・ウィルソンの発言を批判して

 「こうした行為[ユダヤ人絶滅]にかかわったとして法廷で告発された親衛隊員のだれひとり、ガス室の存在や使用を否定してこなかった。彼らの通常の弁明は、命令にはしたがわねばならなかったというものだった。」

 と指摘したのち

 「ドイツ国内には絶滅収容所がなかったため、ネオナチたちはこのことを、そのような犯罪[ホロコースト]がなかったことの証明に使っており、さらに、大量絶滅を決して見たことがなかった、ドイツの労働収容所からの証人を持ち出している。」

 といっています。彼はドイツ国内にガス室がなかったなどとは、ここではひとことも述べていません。ガス室があれば絶滅収容所だ、逆に前者がなければ後者ではない、という単純な発想に立つなら別でしょうが、ヴィーゼンタールの議論はガス室とはなんの関係もなく、ユダヤ人の組織的虐殺を目的とした収容所はドイツ国外にあったといっているにすぎません。
 それをブローシャトの見解とつなげて、ヴィーゼンタールがあたかもドイツでのガス室の存在を否定しているかのように扱うのは、歪曲だとしかいいようがないものです。

 First Uploaded: 22/05/1999
ふたつのニュルンベルク裁判


 これは木村さんが、ニュルンベルク裁判そのものをまるで理解できていないという話です。
 まず、ダッハウ収容所に関する裁判で米軍側が拷問で証言をえていたことに触れたあと、映画にもなった有名なニュルンベルク裁判(国際軍事法廷)について、木村さんはこう述べています。
 「いちばんの中心になったニュルンベルグ裁判(国際軍事法廷)・・・つねに裁判進行の中心にすわっていたのは、アメリカ軍の戦争犯罪局であり、スタッフは[ダッハウ裁判と]共通している。」(『争点』、p.80.)

 そして、ニュルンベルク裁判の手続きを批判して辞任したウェナストラム判事のこと、主席検事のジャクスンは飾りもので、実権は国際検事局のボスであった、もとドイツ国籍のユダヤ人ケンプナーであったこと、ケンプナーたちの採用を決めたのは、「狂信的シオニスト」だった米軍のディヴィッド・マーカス大佐だったこと、つまり、ニュルンベルク裁判ではシオニストたちが勝手な自白を引き出して、ホロコーストの嘘を作り上げたことが語られています。
 さて、木村さんが問題視しているのは、明らかにナチスの主要戦犯を裁いた「ニュルンベルグ裁判(国際軍事法廷)」です。しかし、ニュルンベルク裁判はもうひとつありました。こちらのほうは、米国が中心になった裁判で、主にナチスの犯罪に与した諸組織(親衛隊、諸官庁、国防軍など)の関係者が対象になっています。通常、国際軍事法廷のほうをIMT(International Military Tribune)、米国の裁判をNMT(Nuernberg Military Tribune)と呼んで区別しています。
 木村さんが少なくともこの区別を知っていることだけは、『争点』でIMTとNMTの判決結果を違ったものとして引用していること(同書、pp.60-63.)から判ります。
 だが、この区別は木村さんによって、すみやかに忘れさられてしまいます。
 というのは、上記の引用文にある、米軍の戦争犯罪局やウェナストラムたちの話は、すべてNMTにかかわる史実であって、IMTとは関係していないからです。木村さんの頭のなかでは、いつのまにかIMTとNMTがごっちゃになってしまい、後者の問題点が前者を批判するのに使われているわけです。
 この単純な間違いは、木村さんのネタ本であるバッツの本(Arthur R, Butz, The Hoax of the Twentieth Century, IHR, Newport Beach, 1997.)を読んでみればすぐに判ります(同書は借りることができました)。バッツはこれらの話をすべてNMT攻撃に使っており、IMTには触れていないのです。
 バッツの文章は悪文といってよく、本の構成も支離滅裂なので、読むのに苦労しますが、それでも「NMTに関して決定的な役割を行使したのは、戦争犯罪局だった」(Ibid., p.28.)といった記述から判るように、IMTとNMTを混同するようなミスは犯していません。
  ニュルンベルク裁判に異議を唱えるのであれば、こんな初歩的な間違いをしないだけの、最低限の知識(というより常識)が必要です。要するに、基本がまったく判っていないのですね、この人は。

木村さん流引用

 自分の議論に都合のよい部分だけを切り出して、都合の悪い箇所をカットしてしまえば、どんな「論証」でも可能になります。もっとも、それが暴かれると恥ずかしい思いをするのですが。
 木村さんがどのようにすさまじい引用をやるかを、ひとつの例で見てみます。ガス室の換気が充分でないときに、死体搬出作業をやるのは危険だという主張にかかわるものです。
 「絶滅説に立つ新鋭著作『アウシュヴィッツの医師たち』では、『犠牲者の死が親衛隊の医師によって確認されてから、死体の焼却が認められた』としているのである。『親衛隊の医師』にも危険があるではないか。」(p.216.)

 ここで引用されているのは、主にアウシュヴィッツ関係の裁判記録に依拠しながら、親衛隊員だった医師たちが、どうユダヤ人絶滅に関与したかを論じた
 F・K・カウル『アウシュヴィッツの医師たち ナチズムと医学』日野秀逸訳、三省堂、1993年
 です。貴重な証拠や証言が集められていますが、木村さんはそれらにはまるで触れず、ただ1カ所だけを抜き出し、自分の説の補強材料に使っています。
 しかし、木村さんの引用はまったく不誠実なものです。当該箇所を引いてみます。

 「全員が死んだと判断してから、医師が親衛隊消毒隊指導者に対してガス室を開けるように命じた。有毒ガスは排気施設を使って吸い出された。犠牲者の死が親衛隊の医師によって確認されてから、死体の焼却が認められた。」(p.71.)

 つまり、ガスがすでに排気されたあとに、死の確認がなされたわけです。木村さんは「有毒ガスは排気施設を使って吸い出された」という文章を故意に引用から抹殺することで、「『親衛隊の医師』にも危険があるではないか」と、文句をつけているのです。
 こういうやり口は卑劣だと呼んでよいと思います。

またまた、クリストファーゼンについて

 木村さんによって「親衛隊員などではなかった」と間違った経歴を書かれた、ティース・クリストファーゼンについて、つぎのような記述に出会いました。
1943年6月12日の話です。
 「ライスコで植物栽培実験施設の近くに、女性被収容者用の補助収容所が設立された。そこに駐留したのは、毎日ビルケナウの女性収容所からやってくる園芸栽培班と、コク・サガス(一種のたんぽぽ)からゴム(india rubber)を抽出するための研究開発にたずさわる植物栽培班だった。・・・温室の監督にたずさわったのは、親衛隊特別将校のクリストファーゼンで、彼は女性被収容者たちから殴り屋(Locher)と呼ばれていた。」[1]

 木村さんは彼について

 「中尉の位はあるが、前線で負傷して慢性瘻管という症状になり、軍務に耐えられなくなったため、アウシュヴィッツでは収容所の管理には責任のない農場の研究者として、天然のインドゴムの成分をつくるコック・サギスという草の栽培に当たっていたのである。」(『争点』、p.157.)

 と書いています。軍務には「耐えられなくなった」けれど、女性を殴りつけるだけの体力はあったようです。

 [1] Danuta Czech, Auschwitz Chronicle 1939-1945, Henry Holt and Co., New York, 1990, p.418.

 追記(1999年8月20日)
 木村さんはもと親衛隊員だったティース・クリストファーゼンについて、最初は「ヒトラーに忠誠を誓う親衛隊員などではなかった」と明言し、裁判でこの点を追求されると「いわゆる「親衛隊」のバリバリではなく」と苦しいいいわけをしなければならなかったことは、すでに明らかにしました。
 そういう醜態をさらしたあとでもなお、ご自分のWebサイトでクリストファーゼンについて

 「アウシュヴィッツ収容所付属のゴム成分を作る草の試験栽培農場に勤務していた傷痍軍人です。」[1]

 と書いています。
 このもとナチス、もと親衛隊員、そして戦後はほとんど道化じみたネオナチであった人間が、よほど気に入っているようです。クリストファーゼンが書いた『アウシュヴィッツの嘘』というネオナチ宣伝パンフは、木村さんの重要なネタ本のひとつなので、その著者をできるかぎり脱ナチス化しておきたいのだと思います。
 なお、クリストファーゼンのアウシュヴィッツにおける肩書きであるSonderfuehrerについて、どのような任務に対応するのか判らなかったので、上記のチェヒの引用では「特別将校」としておきました。これは親衛隊の公的な肩書きではなく、アウシュヴィッツにおいてこまかい特別な任務を被収容者にあてがう場合、そのグループの責任者となる親衛隊員のことを指すようです。

ツィクロンBの1罐の中味

 ツィクロンBは青酸ガスを吸着させたペレットで、アウシュヴィッツでガス殺に使われたことは、よく知られています。
 青酸ガスは人間に適用された場合、その致死量は体重1キログラムあたり1ミリグラムです。つまり、体重60キロの人間を殺すのに、0・06グラムしか必要としません。このことは木村さんも認めています(『争点』、p.204.)。
 そのうえで木村さんは、ルードルフ・ヘスの告白から、250人を殺すのに「一、二罐」のツィクロンBで充分だったという箇所を引用し、こう述べています。
 「だがこれで、『致死量をこえる殺人用の毒ガス』という条件がみたされているのだろうか。すくなくとも、そういう厳密な研究の成果をつたえる文章にお目にかかったことはない。」(同、p.205.)

 要するに、「一、二罐」では不充分だったといいたいのでしょう。だから、ガス殺の事実も疑わしい、とも。
 一罐にどれほどのツィクロンBが含まれていたかが判れば、こんないいがかりはただちに解消してしまいます。そのような数字はなにも「厳密な研究の成果」によらなくとも、簡単に入手できます。「お目にかかったことはない」というのは、木村さんの不勉強の結果にすぎません。
 ツィクロンBの罐には、100、200、500、1000、1500グラムの各種がありました[1]。ガスの吸着剤に使われた珪藻土は、圧力のもとでは自重の2倍の青酸ガスを含むことができるそうですから、100グラムのものを使っても250人を殺害するには「一、二罐」で充分だったのです。
 ちょっとした調査もしないで、でたらめな推測を書くことが、木村さん流ジャーナリズムのようです。

 [1] Eugen Kogon, et al. (hrsg.), Nationalsozialistische Massentoetung durch Giftgas, S. Fischer, Frankfurt, 1983, p.283.

さまよえるVergasungskeller 第一幕

  否定派はどこでもよく似た議論を使います。しかし、時には彼らのあいだで、収拾がつかないほどの意見の対立が生まれています。
 この対立が面白いのは、特に日本の否定派に関して、です。というのは、彼らは能力的に自前の調査や発掘ができないので、欧米の同僚たちの見解をつぎはぎして繰り返すしかないのですが、その本家本元が一本にまとまっていないと、どうしたらよいのか判らなくなって、おそろしく混乱するからです。
 Vergasungskellerということばをめぐって、この喜劇がどのように展開されたかを見てみます。
 最初に提出されるのは、1通の手紙です。 1943年1月29日にアウシュヴィッツ収容所中央建設本部長のカール・ビショフから、親衛隊経済・管理本部の上司ハンス・カムラーにあてて出された手紙です。 以下にその本文を訳しておきます[1]。

 「クレマトリウム2は、非常な困難と寒気にもかかわらず、手持ちのすべての力を投入した昼夜を問わぬ努力によって、ちょっとした建設作業を別にすれば、完成しました。建設にあたったエルフルトのトプフ・ウント・ゼーネ社の主任技師プリューファー氏の権限で、焼却炉は火を入れられ、非の打ちどころなく動いています。死体置き場(der Leichenkeller)の鉄筋コンクリート製の天井は、寒気の影響のため、まだ型枠が撤去できません。とはいえ、これはたいしたことではありません。というのは、その目的のためには、ガス室(der Vergasungskeller)が利用可能だからです。
 トプフ・ウント・ゼーネ社は、貨車制限のため、排気・吸気設備(die Be- und Entlueftungsanlage)を、中央建設本部が要求する時期に遅れないで配送することができません。とはいえ、排気・吸気設備の到着のあと、取りつけがただちに開始され、それゆえに、43年2月20日には施設は完全な操業開始が予測されます。
 エルフルトのトプフ・ウント・ゼーネ社の試験技師の報告を添付します。」

 この手紙は戦後すぐのニュルンベルク裁判(IMTではなくNMTのほう)に、ナチスの犯罪を明らかにする証拠のひとつとして、持ち出されました(NO-4473という文献番号がついています)。
 ナチスがいわゆる婉曲語法(euphemism)を多用して、自分たちの犯行をごまかそうとしたことはよく知られています。しかし、膨大な文書のやりとりが必要な近代官僚制は、時には誤って本音をもらしてしまうことがあります。この手紙は「ガス室」(Vergasungskeller)ということばを不用意に使ったため、アウシュヴィッツでのガス殺の動かぬ証拠のひとつとされました。
 ここでクレマトリウム(以下クレマと略記)について、簡単に説明しておきます。クレマは文字どおりには火葬設備のことです。アウシュヴィッツには第一収容所にひとつ(クレマ1)、ビルケナウ第二収容所に4つ(クレマ2からクレマ5まで)が建設されました。特に問題になるのは、もっとも大きかったクレマ2とクレマ3ですので、このふたつに議論を絞ります。両者の構造は鏡像的で、隣接していました。この両クレマは地下にL字型をしたふたつの広い空間を持っており、建設のさいのスケッチなどでは、ともに「死体置き場」(Leichenkeller)と称されるのが通常でした。Leichenkeller 1とLeichenkeller 2と呼ばれるので、以下ではLK1とLK2と略記することにします。クレマの地下と1階はエレベーターで繋がっており、1階には死体焼却炉がありました。
 否定派を除けば、すべての研究者は、これらのクレマの地下が改造されて、ガス殺のための部屋になったこと、アウシュヴィッツでのユダヤ人殺害にもっとも大きな役割を果たしたのは、そのガス室だったという点で、意見が一致しています。ただし、クレマのほとんどは戦争末期に破壊されており、原型を留めているものはありません。また、関連する資料の多くは、当然ながらナチス自身の手で破棄されています。
 文中に出ているトプフ・ウント・ゼーネ(Topf und Soehne)は、エルフルトにあった会社で、死体焼却設備の設計・建設を主な仕事にしていました。ナチス時代には、各地の強制収容所での死体焼却炉の建設にたずさわり、アウシュヴィッツのよいお得意さんでした。プリューファーはクルト・プリューファーのことで、同社の主任技師です。
 さて、このビショフの手紙には、「死体置き場」(Leichenkeller)と「ガス室」(Vergasungskeller)というふたつの空間が登場します。クレマ2の建設の進行状況についての手紙ですから、当然両方ともクレマのなかにあったはずです(あとで見るように、木村さんを含めて、若干の否定派は苦しまぎれに違う解釈をしますが)。
 ニュルンベルク裁判当時から、この「ガス室」はLK1のことだとみなされてきました。最初から死体置き場に偽装してガス室が作られたのか、死体置き場の用途が変更されて、ガス室に改造されたのかについては、ユダヤ人絶滅の決定がいつ下されたのかという判断とかかわる問題として、いまだに議論がつづいています。私は用途変更説を支持しています。いずれにしても、クレマの地下に「ガス室」があったことには変わりありません。
 否定派はそれにかみつきます。
 もっとも徹底した攻撃を加えたのは、米国の否定派アーサー・バッツでした。彼はノースウェスタン大学の電子工学の研究者です。バッツは1976年に出した『二〇世紀の大嘘』という著書を出しています。悪文で書かれ、記述が組織化されていないので、非常に読みづらい本ですが、否定派の基本文献のひとつです。
 そのなかで、バッツはまずVergasungという単語を取り上げます。そして、それにはガス殺という意味もあるが、まずはガス化・気化と訳されるべきだといいます。このガス室は人間の殺戮のためのものではなく、焼却炉で使われるガスを原料のコークスから抽出する設備だというのです[2]。
 木村愛二さんはまず、このバッツの解釈を支持しています。『アウシュヴィッツの争点』では、つぎのようにいわれています。

 「ユダヤ人虐殺物語の『ガス室』の用語は『Gaskammer』であって、『Vergasungskeller』の方は、火葬場の燃焼温度を上げるための『気化室』または『気化穴』とでもいうべき構造のことだ。・・・バッツ博士の著書『二〇世紀の大嘘』、およびシュテーグリッヒ判事の著書『アウシュヴィッツ/判事の証拠調べ』(手元の英語版は90年改訂増補)ですでに、言葉のすり替えが論破しつくされている。」(pp.136-7.)

 こう『争点』が高らかに宣言したのが、1995年のことなのをご記憶ください。バッツの解釈から20年近くたったあとです。
 ここまでで第一幕が終わります。

  [1] もとのテクストはダヌータ・チェヒの本(Danuta Czech, Auschwitz Chronicle 1039-1945, Henry Holt & Co., New York, 1990, p.317.)にある手紙の写真版を利用した。ついでながら、チェヒのこの本について、木村さんは「アウシュヴィッツでの最初のガス殺人」という否定派の文献にある「何らの証拠書類をも示していない」という評価をそのまま引用して、同書の資料的価値を貶めようとしている。しかし、チェヒの本ではアウシュヴィッツに残された資料を含めて、大量の証拠や証言が利用され、その出典のほとんどは明記されている。木村さんは要するに眼を通してさえいない著書を、否定派の一方的な評価を鵜呑みにして攻撃しているにすぎない。自分で調べることなしに、一方の当事者のかたよった評価をそのまま垂れ流すのが、木村流ジャーナリズムの特徴のひとつである。
 [2] Arthur Butz, The Hoax of the Twentieth Century, Institute for Historical Review, Newport Beach, 1997, p.121.

さまよえるVergasungskeller 第2幕

 まえのファイルでは、ビショフの43年の手紙に出てくるVergasungskellerは、通常アウシュヴィッツのガス室のこととされるのに、76年に否定派のバッツがそれは単なるコークス気化室のことだといい、木村愛二さんが95年にはその解釈を鵜呑みにしていたことを述べました。
 これから、第二幕の開幕です。
 1989年にフランスのジャン=クロード・プレサクは『アウシュヴィッツーーガス室の技術と操業』という重要な研究を出版しました[1]。プレサクはもともとフォリソンに感化されて否定派陣営に属していましたが、やがて否定派批判にまわった研究者です。彼はヨーロッパ各地の文書館を渉猟して、特に収容所のハードウェア関係についての大量の資料を発掘し、ガス殺の物質的な基盤を明らかにしています(このような研究は否定派と同じ土俵に上がるものだという批判があることは、注記しておきます)。
 そのなかで彼は、バッツの議論を意識したうえで、焼却炉の設計・建設を担当したトプフ・ウント・ゼーネ社の資料を使い、アウシュヴィッツでの焼却炉はコークスそのものを原料にしていたのであって、バッツがいうようなコークスの気化はいかなる意味でも必要とされなかったこと、したがって、クレマの地下のVergasungskellerは気化室などではありえないことを、疑問の余地なく明らかにしました。
 バッツの主張にとって、プレサクの発見は致命的でした。
 ところで木村さんは、バスティアンの翻訳『アウシュヴィッツとアウシュヴィッツの嘘』において、訳者たちが

 「アウシュヴィッツの焼却棟の燃料はコークスが使われており、燃料のガス化装置は必要なかった」[2]

 と書いていることを取り上げて

 「しかし、この主張の論拠は明示されていない。以上の両者の相反する見解については、現在のところ、私の手元には追加の材料がない。」[3]

 といっています。 これは不思議なことです。というのは、木村さんはすでになんどもプレサクの本について触れているからです。
 プレサクは同書で、先に述べておいたように、アウシュヴィッツの焼却炉がコークスを直接に使用していたことを明らかにしました。「論拠は明示されていない」というのは、つまるところ、プレサクの本を木村さんがきちんと読んでいないことを「明示」しているにすぎません。
 要するに、木村さんが「論破しつくされている」と書いた時点で「論破」されていたのは、実はバッツのほうだったのです。「両者の相反する見解」なるものは、この時点でもはや存在していません。木村さんは否定派批判に対して、否定派が書いたものを読んでいないといって、口汚くののしるのが好きです。しかし、相手の論拠を知ろうとしないのは、ご当人のほうです。
 さて、バッツは1992年になると、プレサクの上記の批判を受け入れて、焼却炉の構造について自分が間違った考えに立っていたとはっきりと認めるにいたっています[4]。 彼はまだVergasungskellerは気化室だという従来の解釈にしがみついていますが、その気化室をクレマの焼却炉とは関係させられなくなったため、困難を回避しようとして、新しい見解を提出します。彼のこの新説によると、気化室はクレマのなかにあったのではなく、その外部にあったとされます。コークスの気化は必要なかったが、死体焼却炉とは異なった目的に使われるガスがビルケナウでは求められており、そのための設備がクレマ近くに建設されたのであり、ビショフの手紙はそのことに言及しているのだ、というわけです。
 この新説は強引な読みを別にしても、少なくともふたつの点で、新しい困難に直面することになります。つまり
 第一に、バッツがいうような設備については、いかなる証拠も証言もないこと
 第二に、だとすると空いてしまったLK1はなんだったのかを説明できないこと
 です。
 第一の点については、同じ否定派のフォリソンは、こういっています。

 「バッツも私も、Vergasungskellerの場所を見いだせなかった。それは焼却炉から離れた建物のなかにではなく、ともかく焼却室の近くにあったに違いないのだが。」[5]

 要するに、それらしい設備を、クレマのそとに求めるのは困難なのです。
 第二の点については、参照しなければならない補足資料があります。
 バッツは少なくとも92年までには、オイゲン・コゴンたちが編纂した『毒ガスによるナチスの大量殺害』という、ガス殺についての基本文献を読んでいます。92年の論文にその本が引用されていることから判ります[6]。同書には、先に挙げたビショフの手紙のほかに、43年3月31日に同じビショフがDAW(アウシュヴィッツ内にあった親衛隊の建設関係企業)に出した手紙が収録されています。したがって、バッツはそれを知っていたはずです。
 このビショフの手紙には、つぎのような文章があります。

 「この機会に、クレマ3の死体置き場1のための100cm/192cmの気密ドアの供給についての、1943年3月6日の注文について、注意を喚起しておきたい。このドアは、向かい合っているクレマ2の地下室ドアの型や寸法と完全に同じに完成されるべきで、そこにはゴムのパッキングと保護金具がついた、8mmの二重のガラスの覗き穴もつけられる。この注文は緊要なものとして扱ってほしい。」[7]

 文面から判るように、クレマ2とクレマ3との「死体置き場1」には、ガス漏れを防ぐための特別な気密ドアが取りつけられることになっており、さらに、そこには特別な覗き穴が設けられてもいます。LK1がなんらかのかたちでガスに関連した空間であったこと、つまり、一部の否定派がいうような単なる死体置き場などではなかったことは、明白です。
 くわえて、プレサクはモスクワの文書館で、クレマ2およびクレマ3の引き渡し証を発掘しています。それによると、ふたつのクレマのLK1にはやはり気密ドアがつけられています[8]。
 LK1がなんらかのかたちでガスと関係していることは、これらの資料から明白です。なにもVergasungskellerをクレマのそとにあるなどと想定する必要はありません。
 以上のような理由から、バッツの92年の新説は否定派のあいだでも評価されませんでした。
 木村さんは99年、つまり本年になってから、このバッツのクレマ外部説をおぼろげに知ったようです[9]。それに「刺激」されて展開されるご本人の妄説はあとで見ることにして、バッツの議論をさらに追ってみます。
 [1] Jean-Claude Pressac, Auschwitz: Technique and Operation of the Gas Chambers, Beate Klarsfeld Foundation, New York, 1989.
 [2] ティル・バスティアン『アウシュヴィッツとアウシュヴィッツの嘘』石田勇治ほか訳、白水社、1995年、一六六ページ
 [3] 木村愛二「シオニスト『ガス室』謀略周辺事態(その9)」 (26/02/1999)
 [4] Arthur R. Butz, "Some Thoughts on Pressac's Opus", in: The Hoax of the Twentieth Century, 10th Printing, Institute for Historical Review, Newport Beach, 1997, p.380.
 これは92年に書かれた論文で、『20世紀の大嘘』の補遺として収録されている。そこでバッツは、トプフ社の焼却炉が「私が想定したような設計ではなく、炉の背後から供給されるコークスを燃料に使ったもの」と認めている。
 [5] Robert Faurisson, "Auschwitz: Technique and Operation of the Gas Chambers (1989) ou bricolage et "gazouillages" a Auschwitz et a Birkenau selon J.-C. Pressac" (1990)
 [6] Butz, op. cit., p.393.に引用がある。
 [7] Eugen Kogon et al. (eds.), Nationalsozialistische Massentoetungen durch Giftgas, S. Fischer, Frankfurt, 1983, p.222.
 [8] Jean-Claude Pressac/Robert-Jan Van Pelt, "The Machinery of Mass Murder at Auschwitz", in: Ysrael Gutman/Michael Berembaum (eds.), Anatomy of the Auschwitz Death Camp, Indiana Univ. Press, Bloomington, 1994, p.233, 236.
 [9] 「最近になって、『別の部屋』ではないかという意見を[バッツが]述べているという耳情報があるからである。」([3]と同じ)バッツが92年に提唱し、あとで見るように97年にはもうさっさと放棄してしまっている意見を、99年になってまだ「耳情報」でしか入手できていないのだから、木村さんの取材能力の低さが判る。この「耳情報」の出所は西岡さんらしいので、日本の否定派はふたりそろって、とてつもない怠け者である。

さまよえるVergasungskeller 第3幕


  前回は、プレサクが提出した証拠のおかげで、否定派のバッツがかつてのLK1=気化室説を放棄せざるをえなくなり、結局92年に、クレマの外部にVergasungskellerを求めて彷徨いだしたところで終わりました。木村さんはバッツの92年説を、1999年になってようやく知ったようです。
 さて、バッツはVergasungskellerをクレマのそとに追いやったのですが、自分の議論がどうも不評であることに気づいたらしく、木村さんがもたもたしているうちに、1997年になって、またもや自分の見解をドラスティックに変えてしまいます[1]。
 この最新説では、まず、Vergasungskellerはクレマの地下に戻されます。出たり入ったり、忙しいことです。
 クレマのなかにVergasungskellerがあったこと、それがLK1であることを、バッツは最終的には承認したわけです。しかし、もう気化室説を繰り返すことはできません。したがって、別の解釈が必要になります。
 バッツによると、Vergasungskellerは今度は、毒ガス防御設備を持った防空壕なのです!
 彼はクレマの地下にあるLeichenkellerはすべて防空壕に改造されたといいます。そのうちのLK1だけが対毒ガス設備を持っていたのでVergasungskellerと呼ばれたのだというのです。おそらく、第一収容所のクレマがのちに防空壕に改造されたことから思いついたのでしょうが、クレマ2や3の地下に防空壕が作られたという証拠は、なにひとつありません。バッツもまったくなにも傍証を提出していません。Vergasungskellerはクレマの外部にあったという、まえの主張と同じように、なんの根拠もないのです。ただ、ビショフの手紙ひとつをこねくりまわして、そうだったに違いないと断言しているだけです。
 そのうえ、困ったことがあります。
 ビショフの3月31日の手紙に明記されている覗き窓は、なんのためのものなのでしょうか。また、天井にあったパイプがつながっていないシャワー・ヘッドは、なんのためのものでしょうか。Leichenkeller 1に焼却炉から発生する熱を導く案をプリューファーは一時提案していますが、上部構造が爆撃で破壊されたら、このパイプを伝って毒ガスは室内に入り込みます。なんでプリューファーは、こんな無茶苦茶な提案をしたのでしょうか。
 さらに困ったことがあります。
 バッツも認めているように、防空壕の基本目的は、収容所にいる親衛隊員を保護することにあります。ところが、ビルケナウ収容所のどんな地図を見ても判ることですが、ビルケナウの管理本部も親衛隊員宿舎も、ビルケナウ最大の収容地域(B II)の北東にあり、クレマはその南西にあります。つまり、前者から後者に逃げ込むには、鉄条網で囲まれたB IIをぐるりと半周する必要があるのです。こんな離れたところに防空壕を作っても、いざというときになんの役にも立ちません。ガス攻撃を想定した設備をそんなところに置くのは、常軌を逸しています。収容所長たちは攻撃を受けた場合、防空壕に到達するまで、ガスマスクをつけて長大な距離を走りとおさなければならないのですから。そんなものは最初から、本部近くに設置するのが当たり前です。
 この防空壕説についてバッツは、「ここで提出される理論のユーモラスなまでの簡単さに私は衝撃を受けている」と自賛しています。
 しかも、彼は同じ文章のなかで、LK2を「脱衣室」あるいは「脱衣空間」と呼んでいるいくつかの文書に触れて、そこでは死体の衣服が脱がされ、ついて死体はLK1に運ばれると、防空壕説とはまるで違った議論を同時に展開してもいます。同じ論文において、LK1は防空壕であると同時に、死体置き場でもあることになります。まったく異なったふたつの説を、どちらかだろうともいわずに並べているわけです。
 ここまでくると、バッツの正気が疑われます。
 要約しておくと、Vergasungskellerについてのバッツの見解は、つぎのように「進化」をとげています。
 1976年 クレマ地下の気化室
 1992年 クレマ外部にある気化室
 1997年 クレマ地下の防空壕
 木村さんは残念ながら、まだ第二段階あたりにしか到達できていません。
 ついでながら、バッツと同じく否定派の大物であるロベール・フォリソンの見解を、ここで見ておきます。プレサクの仕事が否定派のなかで混乱と対立を生みだし、おかげで収拾がつかない状況になっていることを、きちんと押さえておきたいからです。
 フォリソンははじめ、バッツの気化室説に賛成していました。しかし、やはりプレサクの批判に耐えきれないと思ったらしく、こっそりとそれを放棄します。フォリソンの新説[2]では、Vergasungskellerはクレマの内部に戻されます。そして、それは「冷凍庫ないしは冷凍室」(depositoire ou chambre froide)だとされます。そのうえで、どういうわけか、この「冷凍庫ないしは冷凍室」の目的は、ツィクロンBを使った消毒(desinfection)にあったといわれます。ツィクロンBは周知のように、低温ではなかなか気化しないのであり、「冷凍庫ないしは冷凍室」で利用されるわけがありません。フォリソンは最近、自説のなかで明らかな食い違いを平気で犯すようになっています。
 まず、最新のバッツと同様、フォリソンもVergasungskellerをクレマの地下にあったと認めたことを、はっきりと確認しておきましょう。否定派の重鎮ふたりがそろって、VergasungskellerがLK1であること、そこにはガスとなんらかのかたちで関係した装置があったことを確認しています。
 それにしても、フォリソンはいいかげんな人です。私は彼がもとはランボーやロートレアモンの研究者であったことを知っているので、もっと凄みのある人だと思っていたのですが、彼が繰り返すどうしようもないでたらめを読むと、気の毒にさえなります。どれほどいいかげんかを、以下で少し述べます。
 (1) 彼は「私は消毒ということばを、固有の意味での消毒と同様、殺虫の意味でも使っている」と述べています。「固有の意味での消毒」(la desinfection proprement dite)とは、殺菌のことです。『大辞林』は「消毒」を「感染予防のため病毒菌を殺すこと」と定義しています。つまり、フォリソンは殺菌と殺虫の両方を消毒に含め、それがVergasungskellerで行なわれたと見ています。しかし、ツィクロンBの主成分である青酸は、確かに殺虫効果を持っていますが、細菌を殺す能力はありません。それは「固有の意味での消毒」とはおよそ無関係なのです。フォリソンはよせばよいのに、自然科学の領域にまで入り込んであれこれいっていますが、その知識など、この程度のものにすぎません。
 (2) 青酸の沸点は摂氏25・8度です。アウシュヴィッツは寒冷の地で、天然の温度では特に冬には、ツィクロンBはなかなか気化しないという点を、否定派はしつこく主張してきました。ところが、フォリソンによれば「冷凍庫ないしは冷凍室」でガスによる薫蒸が行なわれるそうです。温めるのでなく冷やすのだとすると、ガスの気化はさらに困難になるはずですが、もちろん、なんの説明もありません。
 (3) フォリソンはこれまで、LK1=Vergasungskellerの換気装置が、上部で吸気、下部で排気という構造になっているのは、青酸ガスが空気より軽いことと矛盾すると、なんども執拗に主張してきました。だとしたら、LK1がツィクロンBを使った消毒室だったという自説についても、同じことがいえます。自分で自分の首をしめているのです。
 (4) 一番重要なのは、フォリソンの消毒室説が、彼がこれまで声を大にして擁護してきた、ロイヒターの主張とまっこうからぶつかることです。
 フレッド・ロイヒターは米国の死刑用ガス室の製造業者で、否定派から依頼されてアウシュヴィッツではガス殺などありえなかったという文書(『ロイヒター報告』と通称されています)を出しています。フォリソンはこの『ロイヒター報告』に序文を寄せていて、内容を褒めちぎっています。
 ロイヒターの主張を簡単にまとめると
 (a) ガス室とされてきた部屋の壁からは、ゼロないしゼロに近い青酸残留量しか検出されない
 (b) クレマ2や3のVergasungskellerは、とうてい青酸ガスを使うような構造になっていない
 ということです。ロイヒターの主張によれば、LK1は青酸ガスによる薫蒸のためのスペースにも使えなかったことになります。
 フォリソンは青酸ガスによる消毒=薫蒸がクレマの地下で行なわれたということで、かつて絶賛していたロイヒターの「発見」を、完全に無視しています。
 要するに、ロイヒターを立てれば、フォリソンが転け、フォリソンを立てれば、ロイヒターが転けるのです。素敵です。
 以上が第三幕です。つづいていよいよ、木村さんの最新の珍説が登場します。
 乞うご期待。
  [1] Arthur R. Butz, "Vergasungskeller" (06/01/1997)
 [2] Robert Faurisson, "Auschwitz: Technique and Operation of the Gas Chambers (1989) ou bricolage et "gazouillages" a Auschwitz et a Birkenau selon J.-C. Pressac" (1990)
 

【さまよえるVergasungskeller 第4幕】
 いよいよ、木村さんの意見のほうを扱います。
 まず、木村さんは99年になっても、バッツの92年の説を正確に知らないでいます。否定派の国際的な情報網もたいしたことがありません。しかし、92年になってバッツがVergasungskellerをクレマの外部にあったと想定したことだけは「耳情報」で判っていたようです。どうも地下の気化室ではまずいらしいのですね。
 木村さんはこの「耳情報」と、ビショフの43年1月29日の手紙(これしか知らないのです)をこねくりまわして珍解釈を下します。
 もう一度、ビショフの手紙の関連部分を引いておきます。
 「死体置き場の鉄筋コンクリート製の天井は、寒気の影響のため、まだ型枠が撤去できません。とはいえ、これはたいしたことではありません。というのは、その目的のためには、ガス室が利用可能だからです。」(Die Eisenbetondecke des Leichenkellers konnte infolge Frosteinwirkung noch nicht ausgeschalt werden. Die ist jedoch unbedeutend, da der Vergasungskeller hierfuer benutzt werden kann.)

 この文章をじっとにらんでいた木村さんの頭は、なんと「発火」します。

 「もう一つの、キーワードというよりもキー文字は、たった1つの小文字の『s』だった。上記の『代用』論とともに決定的な重要性を秘めていそうなのは、日本人が見逃しがちな『単数』と『複数』の違いである。上記のように、英語訳の方では、the cellar used as a mortuaryと、明白に単数の扱いになっている部分が、ドイツ語の原文では、Leichenkellersと、複数になっているのである。
 ・・・・・
 つまり、私には、Leichenkellerと設計図に記された部屋が2つあるという予備知識があった。プレサックの原著には、設計図の写真も入っていた。だから、上記のドイツ語原文と、英語の訳文を、ワープロで入力する際の作業で、いやでも気付いた『s』1文字の刺激が、それらの予備知識と衝突して発火したのである。」[1]

 この「発火」の過程は、以下のように要約できます。

 (1) Vergasungskellerはクレマのそとに追い出さなければならないらしい。
 (2) ところで、上記の文章をよくながめると(決して「よく読むと」ではありません)、Leichenkellersとあるではないか。
 (3) Sがついている以上、これは複数に違いない!
 (4) クレマ地下のLeichenkellerはふたつあった。つまり、ビショフの手紙によると、両方ともまだ使えなかったのだ。
 (5) すると、利用可能なVergasungskellerはクレマ地下にはありえないことになる。それはふたつのLeichenkellerとはまるで別物なのだ。
 (6) だとすれば、それはクレマの外部にあったとするバッツの説とも合致する。呵々。

 木村さんはこの「発見」に興奮したようで、「もしかすると、これは私の新発見ではなかろうか」とまでいっています。
 つづけて、こうもいいます。

 「具体的な手順から考えると、その場所は、すでに稼働中の焼却炉から焼いた遺体の骨を掻き出して、いったん焼き窯を冷やし、次の作業に掛かる時に、新しく焼く死体を運んでくるのに便利な位置であろう。それは『同じ建物の中とは限らない』というのが、バッツの発想の転換の着眼点らしいのである。まだ論文は発表されていないものか、ともかく西岡の手元にも届いていないのだが、バッツのこの発想の転換には、どうやら、私の場合と同様に、プレサックの強引な『隠語』説の刺激があるらしいのである。」[2]

 この文章にも、いくつも間違いがあります。焼却炉は「すでに稼働中」ではありません。ビショフが触れた1月29日の火入れは、まったくの実験的なものであって、死体焼却さえ行なわれていません。それが試されたのは、3月5日になってからです[3]。また、焼却炉は内部の温度を一定に保つことが必要ですから、「いったん焼き窯を冷やし」たりしません。また、バッツの論文はとっくに活字になっていましたし、彼の「発想の転換」は、これまで見てきたように、木村さん「の場合と同様」ではありません(お仲間の主張さえ、正確にフォローできないのです)。
 残念なことに、木村さんの「新発見」は新発見でもなんでもなく、「発火」は幸い大事にいたりませんでした。できの悪い線香花火のように、発火してもすぐに火玉が落ちてしまったのです。それは私が、文中のLeichenkellersは単数二格にすぎず、Leichenkeller複数説はドイツ語文法の初歩も知らない木村さんの大間違いだと指摘したからです[4]。
 これに木村さんは激昂します。「新発見」だと思いこんだものが「珍発見」にすぎなかったことが、よほど悔しかったようです。しかし、言い訳が絶対にきかない間違いなので

 「こりゃ少し失敗したかな」[5]

 といっています。表面上は反省しているように見えます。しかし、私の指摘に対しては罵詈譫謗を投げかけるだけで、ご自分の「新発見」が無効になったので撤回するとはおっしゃっていません。
 ですからだめ押しで、もうひとつ複数説に決定的に打撃になる資料を提示します。
 1月29日のビショフの手紙に登場する、トプフ・ウント・ゼーネ社の技師プリューファーの報告です。ビショフの手紙と同じ日に書かれています。

 「クレマ2。この建物は、いくつかの小さな作業を除いて(寒気のために、死体置き場2の天井から、まだ型枠を取り除けない)、建設上は完成している。・・・死体置き場の排気・吸気装置の引き渡しは、必要な貨車の欠如のおかげで遅れており、10日以内に組み立てるのは、無理だと見込まれる。」[6]

 ここでは明確に、型枠をはずせないので使えないのは、クレマ2のLK2だと書かれています。LK1とLK2の両方が使えないのではありません。木村さんの珍解釈は、この報告を読むだけで根拠をなくします。であるなら、LK2のほんの数メートル先に、Vergasungskellerとして代用できる場所(LK1)があったことになります。なにもクレマ外部をうろうろと探さないでもよかったわけです。
 くわえて、木村さんが完全に無視していることですが、ビショフもプリューファーも「排気・吸気装置」に触れています。これが関係するのはLK1のほうです。というのは、LK2には排気装置だけがあり、吸気装置はなかったのに対して、LK1はその双方を持っていたからです。プレサクはそのこともはっきりさせています。LK1はまさしくVergasungskellerと呼ばれるのにふさわしい、特別な換気装置を備えていました。
 上記のプリューファーの報告は、ビショフの3月31日の手紙と同じく、1983年に出されたコゴンたちの著書に紹介されています。木村さんはドイツ語がまったくできないので、この著書を参照しえないことは判っています。しかし、こうした資料は英語で出されたプレサクの研究にも引かれており、木村さんはそれを読んだと繰り返し述べているのです。だが、それをまともに読んでいるなら、ドイツ語の珍解釈にもとづく複数説を持ち出して、大恥をかくこともなかったはずです。要するに、本を読むさいの基本姿勢がおかしいのです。
 木村さんはこのVergasungskellerの機能も、いつのまにか変えてしまいます。

 「私は、戦争中ではなくとも死者の衣服の再利用は珍しくないことだから、、その衣服の虱退治のための小部屋があったかもしれないと考える。・・・Vergasungの意味で唯一明確に説明できる書証があるのは、殺虫剤チクロンBの使用説明書だけである。そのVergasungの意味は、チクロンBが発生する青酸ガスで『害虫を殺す』ことである。そこからのVergasungskellerの一番自然な解釈は、殺虫室、または、消毒室である。」[7]

 『争点』であれほど高らかにいいたてられていた気化室は、まるで最初からなかったかのように消え去ってしまっています。
 意見を変えること自体は、なんの問題もないのですが、「論破」だなどと大見得を切って出した気化室説を、こっそり別のものにすり替えるのは誠実さを欠きます。また、アウシュヴィッツにあった殺虫室については、その大きさや機能が判っており、とうてい死体置き場の代用にならないこともはっきりしています。
 さて、木村さんのこの新説ですが、最初に断っておきますが、Vergasungの唯一可能な解釈が殺虫だというのは、完全な嘘です。それがガス殺をも意味することは、バッツ自身が認めています[8]。もちろん、書証もあります。Vergasungがガス殺をも意味することは、ニュルンベルク国際軍事法廷に提出されたベッカーの手紙(501-PS)で疑問の余地なく明示されており、その文書はこれまで否定派がつねに騒ぎ立てる「偽造」とか「変造」といった非難を免れてきています。その一部はこのサイトで訳出しておきました。このベッカーの手紙はそこで述べておいたように、ヴァルター・ラウフにあてられているという理由からして、否定派でもいんちき呼ばわりが絶対にできないものなのです。
 木村さんの議論はすべて、ドイツ語の初歩的誤読にもとづいて、クレマの地下のふたつの空間が、ともに利用不可能だと思い込んだことから出発しています。しかし、そのうちのひとつ(LK2)だけが未完成だったのですから、そんな解釈は成立しません。わざわざクレマのそとに臨時の死体置き場を設定しなくとも、ほんのすぐ近くにあったLK1、つまりVergasungskellerを使うだけでよかったのです。再度強調しておきますが、バッツやフォリソンでさえ、LK1がVergasungskellerであることを、いまでは最終的に認めています。彼らとは異なった見解を提出できる能力は、木村さんにはとうていありません。
 木村説は単純な誤読に起因した、ただの妄想にほかなりません。

 これで第四幕は終わりました。
 否定派の愚劣な議論にさらにつづきがあるかどうかは、これからの話になります。
 木村さんだけに関していえば少なくとも、つぎのような態度が求められます。

 (1) なによりもまず、ドイツ語の基礎知識を獲得すること
 (2) 1月29日のビショフの手紙だけにしがみつかず、プリューファーの同日の報告や3月31日のビショフの手紙等の関連資料を参照すること
 (3) フォリソン、バッツ、マットーニョたちが最終的に認めたように、Vergasungskellerをクレマ2の地下に戻して、LK1がそれだと認めること
 (4) Vergasungにはガス殺の意味も明白にあることを認めること
 (5) LK1=Vergasungskellerが殺害用ガス室でないと強弁するのであれば、この空間の用途を明らかにすること

  木村さんがこれからVergasungskellerやLeichenkellerについて、どんな滑稽な見解をさらに繰り出すかは、今後の楽しみです。といっても私としては、木村愛二さんがこの問題については、もうなにもいわないだろうと思っています。これ以上なにかをいうと、ぼろのうえにぼろを重ねる結果にしかなりません。そういう事態に陥るのを避けるために、沈黙してしまう可能性が高いと推測しています。というのも、木村さんには、議論にどうしても必要になる資料を利用する能力がないからです。
 日本の否定派の最大の弱点のひとつは、独自になにかを「証明」する能力の完全な欠如です。自分たちで資料を調べ、別個の解釈を提出するためには、なによりもまず、資料そのものを探し出し、それを解読(というより否定派の場合には誤読)する能力がなければなりません。それができない木村さんたちは、結局のところ、欧米の否定派のあれこれの主張をつまみ食いして紹介することしかできません。Vergasungskellerの例のように、否定派のなかで収拾がつかない混乱が生じてしまっている場合、木村さんたちはそのどれが「正しい」のかを判断することがまるでできないのです。
 情けないことですが、それが実態です。

 [1] http://www.jca.apc.org/~altmedka/glo-9.html
 [2] http://www.jca.apc.org/~altmedka/glo-10.html
 [3] Czech, pp.345-6.
 [4] http://village.infoweb.ne.jp/~fwjh7128/genron/holocaust/stove156.htm この指摘がよほどくやしかったらしいことは、私に対するすさまじい罵倒によく現れている。
 [5] http://www.jca.apc.org/~altmedka/glo-11.html
 [6] Giftgas, p.220.
 [7] http://www.jca.apc.org/~altmedka/glo-10.html (05/03/1999)
 [8] Butz, The Hoax, p.380. ここでバッツは「第一次大戦における毒ガス攻撃がVergassungと呼ばれた」ことに触れている。
 

【木村愛二さんの典拠】
 最近、木村さんはついに『アウシュヴィッツの争点』をWebのうえで公開するという手段を取られました。つまり、彼の「トンデモ本」がインターネットを通じて流されるわけです。私はこの知性と品性の双方に極端に乏しい人間とかかわることに、ある時期からほとほと嫌気がさしていたのですが、こうなってはやむをえないので、さらに追求の手をのばすことにします。

 最初に公開されたのは、同書の参考文献です。そのさい、木村さんは「私が『ネオナチ資料のみを利用している』とのmailを、そのまま鵜のみにしている人もいるのではないか」という助言を受けたからだといっています。本当に木村さんはネオナチ資料に依拠しないで『アウシュヴィッツの争点』を書いたのでしょうか。

 木村さんの著書で展開されるホロコースト否定論の主要な支えになっているのは、欧米で刊行されたネオナチ、極右、反ユダヤ主義者たちの文献です。彼は一生懸命にそのことを隠そうとしていますが、とうてい無理な話です。

 『争点』の巻末には15ページに及ぶ「参考資料」が列挙されています。いいかげんな事実調べとセンセーショナリズムからしか成り立っていない本に、なんとか「学術的」な体裁をほどこそうとする、姑息な努力です。そのうちもっとも重要なのは、「日本語訳のない外国語の単行本」であることは明らかなので、その部分をチェックしてみましょう。39冊の本のタイトルが挙がっています。

 幸い、木村さんはどの資料をどこでなんど引用したのかを、そこで明示しておられます。その数字を利用して、引用回数が多いものを、順に並べてみます。人名の読み方などについては、かならずしも木村さんのそれにはしたがいません。
14回 ヴィルヘルム・シュテークリヒ 『アウシュヴィッツ神話』
13回 アーサー・バッツ 『二十世紀の大嘘』
10回 フレッド・ロイヒター 『ロイヒター報告』
7回 ウド・ヴァレンディ 『移送協定とボイコット熱・1933』
7回 リチャード・ハーウッド 『600万人は本当に死んだか』
6回 ポール・ラシニエ 『ホロコースト物語とユリシーズの嘘』
5回 ティース・クリストファーゼン 『アウシュヴィッツの嘘』
 このあと、クロード・ランズマン『ショア』の4回がつづきますが、同名の映画と本がごっちゃにされているので、数には入れられません。残りはすべて3回以下の言及をされているにすぎず、ここでは取り上げません。シュテークリヒからクリストファーゼンまでが、木村さんの主要文献だといってよいと思います。このうち、元ナチス、ネオナチ、極右といった政治的経歴が疑いようもなくはっきりしているのは、ヴァレンディ、ハーウッド、クリストファーゼンの三人です。

 残りの連中はどうでしょうか。シュテークリヒの政治的な活動歴ははっきりしませんが、彼は本文でアレツ、ヴァレンディ、ローテといった札つきのネオナチ否定派の資料を大量に使っています。また、しばしば脚注で参照を求められるDeutsche National-ZeitungとかDeutsche WochenzeitungとかNation Europaといった定期刊行物は、すべてネオナチが発行しているものです。Voelkischというナチスが好んで使い、戦後はほとんど廃語になった形容詞も同書には公然と出てきますし、彼のいう「アウシュヴィッツ神話」は「民族の力に対する危険」(Gefahr fuer die Volkskraft)という位置づけをされています。こうした表現からしても、少なくとも立派なネオナチ・シンパです。

 アーサー・バッツはノースウェスタン大学の助教授で、専門は電子工学だそうです。『二十世紀の大嘘』という彼の本は、否定派の「古典」のひとつですが、非常に読みにくく、構成もひどい著書です(これはなにもためにするいいがかりではなく、本当に読むのに苦労しました)。デボラ・リップシュタットはバッツについて、こう書いています。「この本の刊行以来、バッツは政治とは無縁な学者という自分のイメージをせっせと維持しようと試みているが、さまざまな極右派やネオナチ・グループと結びついてきている」。

 米国はこうした非難に根拠がなかったら、ただちに訴訟になる社会です。バッツがリップシュタットを訴えたという話は聞いていないので、彼女の断言を信じてよいと思います。実際、彼の本の内容は、ユダヤ人とコミュニストの陰謀が、F・D・ローズヴェルト大統領やモーゲンソー(ローズヴェルト時代の財務長官)の反ナチス活動の背後に潜んでいたとする、ひどくお粗末な反共・反ユダヤ主義を下敷きにしています。

 ロイヒターはどうでしょうか。否定派のロベール・フォリソンに上手くひっかけられて、ポーランドに行き、アウシュヴィッツのあちこちから違法な標本採取(これが完全に違法行為であったことを、彼はなんと誇らしげに語ってさえいます)をやり、いわゆる『ロイヒター報告』を作成した時点では、おそらく政治的にはたいしたことのなかった人だったと思います。しかし、いまではロイヒターはヨーロッパや米国のあれこれのネオナチ組織のあいだを巡回しては、講演で金をかせいでいる人間です。

 ついでにここでも強調しておきますが、ロイヒターの「発見」なるものは、別のファイルで指摘したように、いまではフォリソンやバッツたちからも見捨てられており、かなり悲惨なことになっているようです。

 最後はラシニエです。否定派の父と呼ばれるラシニエは、戦前一時、フランス共産党や社会党に席を置いており、対独レジスタンスに加わって逮捕され、ブーヒェンヴァルトとドーラの強制収容所を経験したという経歴を、否定派によって最大限に利用されてきました。木村さんや西岡さんも、それをいいたてています。しかし、彼らが口をつぐんで語らないのは、ラシニエが戦後になって、フランスの極右反ユダヤ主義のグループと接近し、彼らと協力関係にあったという事実です。

 例えば、ラシニエが1950年に出版したホロコースト否定論の「古典」である『オデュッセウスの嘘』には、極右の作家アルベール・パラの序文がもともとついていました。この序文はのちにはこっそりと削り取られていたのですが、今年になってなんとフォリソンが独自に刊行したようです。ラシニエはフランス社会党から立候補して1946年に代議士になったことがありますが、パラとのこの関係のおかげで、社会党から除名されてもいます。また、ラシニエの著書の多くは、イタリア・ファシズムを賛美するモリス・バルデシュ(公然と「私はファシスト作家だ」と表明していた人です)の出版社から出されています。バルデシュはラシニエの追悼演説も行なっています。さらに、ラシニエは戦後になっても、サンジカリズム運動と関係を持っていましたが、右翼反ユダヤ主義の雑誌『リヴァロル』に変名でなんども寄稿していたことが判っています。

 このように、ホロコースト否定派としてのラシニエの活動は、戦後フランスの極右運動と密接にかかわって展開されていたのです。木村さんたちはこの部分に一切触れようとしません。しかし、パラやバルデシュの名前とともにしか、少なくともラシニエのこうした仕事はありえないのです。

 以上から判るように、木村愛二さんの『アウシュヴィッツの争点』という本は、もっとも重要な論点をおぞましい政治的見解を持っている人々から借りて作られています。このような事実は日本ではなかなか明らかにされません。

 私は木村さんが「ネオナチ資料のみを利用している」とはいいません。しかし、木村愛二さんが基本的にはネオナチ資料のみを利用している、と明言させていただきます。彼の典拠についての以上のような検討からは、私のようにしかいうことができません。実際、『アウシュヴィッツの争点』から、上記のような人々に寄りかかって書かれた部分を取り除いてみれば、ほとんどなにものこらないのです。

【強制労働と絶滅政策の関係】
 ホロコースト否定派がよく使う手口のひとつに、とうに論破されてしまっている論点を臆面もなく繰り返すというものがあります。そう叫びつづけることで、まだ議論の全体を知らないでいる人々を取り込めることが、彼らにとっては大切なのです。もちろん、木村愛二さんもそうします。先頃、メーリングリストのamlに送りつけてきた迷惑メール[aml 15196]で、彼はすでにまったく陳腐になった話をまたも繰り広げています。 ナチスはユダヤ人を強制労働に駆り立て、さらに絶滅の対象にしたという主張に対して、木村さんはこういいます。
 「「強制労働」までさせるほど「労働力不足」だったのに、「絶滅」を目的とする収容所を作って「大量殺戮した」と主張していることになるのですから、これは両立しません。おかしいと疑うのが普通の考え方なのです。ですから、パレスチナ分割決議を推進した政治的シオニストは、その要求を欧米列強に呑ませるために、「ユダヤ民族絶滅」を目的として「ガス室」工場まで作って大量虐殺をしたのだと主張することの方に力点を置き、「強制労働」の方は問題とはせず、そのことへの賠償金も要求しなかったのです」。

 そして、つぎのように強調します。「「ホロコーストは嘘だ」と主張し、「収容所は労働力確保の場でもあった」と考えることができれば、歴史の事実を論理的に説明できるのです」。

 「歴史の事実」どころか、これでたらめです。ナチスは支配下にあるユダヤ人を「労働可能」と「労働不可能」という、ふたつのカテゴリーに分類しました。前者は強制労働に従事させられ、後者は絶滅の対象になりました(ゲッベルスはその比率を40%と60%だと見積もっています)。前者の場合でも、劣悪きわまる労働・生活環境がたえずユダヤ人を「労働不可能」なほうに追いやっていたのです。アウシュヴィッツで第一次および第二次選別と呼ばれる過程について書かれたものを読めば、すぐに判ることです。

 アウシュヴィッツについての有名な写真のひとつに、ガス室に向かう腰がまがったひとりの老婆と、連れ添っている三人の小さい子供のものがあります。この人々は労働のためにアウシュヴィッツに連れ込まれたわけがなく、彼女たちの運命は絶滅政策によって冷酷に定められたのです。

 これらに関しては、すでに日本で優れた研究(栗原優『ナチズムとユダヤ人絶滅政策』ミネルヴァ書房、1997年)が出されています。栗原さんの本が出されてすでに2年半以上になるのに、まだ労働と絶滅は「両立」しないなどというのは、木村さんがネオナチたちの資料にばかりしがみついていて、まともな研究を読まないからでしかありません。

 ドイツ等の研究では、労働のほうを重視することで、ナチス・ドイツに資本主義的合理性の核を見ようとする研究者と、絶滅をもたらした反ユダヤ・イデオロギーを重視する研究者とのあいだで、かなり激しい論争が展開されてきました。これはナチズムの基本性格にかかわる議論です。そうした論争はもちろん、ホロコーストやガス室の存在を執拗に否定する連中とは、まったく無関係になされています。強制労働があったから絶滅政策はなかったと主張しているのは、ネオナチだけです。

れんだいこ:宮本顕治論 目次 [「れんだいこ」から]

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/miyamotoron/miyamotoron.htm
4411 宮本顕治論


 (最新見直し2007.4.19日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 宮顕ほどの日本左派運動破壊の立役者は居ない。しかし今日なお、宮顕を評価したがる一群の左派イストが居る。それは、れんだいこの宮顕論が世に出る以前の話なら分かるが、以降においては却って不誠実というものであろう。

 異論があれば、宮顕の功績をただの一つでも挙げてみてくれ。れんだいこがことごとく論破して見せよう。むしろ、れんだいこ観点からの左派運動の見直しこそが望まれているのではないのか。かく観点を据えるのが正しい。

 「シオンの議定書真贋考」然り、「ホロコースト論争」然り、「南京大虐殺事件論争」然りその他云々。これら思想の構図を左右する重要な問題に対しては、我々はもっと議論を逞しゅうすべきではなかろうか。その際にはもはやれんだいこのそれぞれの論考が避けて通れない。この水準以前の遣り取りはほぼ無価値で、れんだいこの水準を通過した上での論争こそ望まれている。にも拘わらず無視し、相も変わらずの議論に耽るのは趣味の世界でしか無かろう。れんだいこは確信を持ってそう主張し得る。

 2003.10.7日、2004.3.6日再編集 れんだいこ拝
*  この論考は、1999年10.11日より11.23日にわたっての「さざなみ通信」投稿文「宮顕リンチ事件の前提考察」、「リンチ事件そのものの考察」、「リンチ事件その後と公判の様子」を見直し、加筆訂正しています。
*  「リンチ査問事件」につき関係者の訊問調書、公判調書を大幅に採用しましたが、煩雑を避けるために「予審訊問調書」につき単に「調書」とし、 「公判陳述調書」につき「公判調書」と記すことにします。逸見と木島の「調書」については第何回目のそれか判らないので不明のまま「訊問調書」、「公判調書」とする。
*  引用文につきまして、読み易くするを第一義にする観点から現代仮名遣い、洋数字に改めています。なお、適宜句読点も挿入しました。又、引用の際原文が長い場合には概要「」文を設け、内容を変えない範囲で簡略にしております。
*  「さざなみ通信」投稿文に追加した部分もかなりな分量になりました。
*  長文になりすぎたため、文章が完結した頃合に色替えで最低限知っておくべき粗筋と要点部分のみを表示する予定です。

関連サイト 【戦前日本共産党史考】 【戦後政治史検証】 【転向考】
【福本イズム考】 【不破哲三論】 【原水禁運動考】
【新日和見主義事件解析】
目次

れんだいこの宮顕総括論、六全協論
れんだいこの宮顕逝去考
宮顕-不破-志位変調指導部の議事録非公開主義弾劾!!
「小畑中央委員査問リンチ致死事件概要」
宮顕生存中にリンチ事件の解明をせよ!するのが党の政治責任
第1部 査問事件/序文
第2部 査問事件/「敗北の文学」の論評
第3部 査問事件/査問に至るまでの予備知識
第3部-2 査問事件/熾烈な再建と壊滅の党史の流れ
第3部-3 査問事件/宮顕の党中央潜入以降「査問事件」に至る党史の流れ
第3部-4 補足・「リンチ事件」のその後、事件関係者の陳述調書漏洩の衝撃
第4部 査問事件/査問開始
第4部-2 査問事件/「予審調書・公判調書の信頼性」について
第4部-3 補足・田中清玄について、『清玄血風録・赤色太平記』・「自伝」考
第5部の1 査問事件/小畑致死事件発生
第5部の2 査問事件/その後の党中央奪権謀議
第5部の3 補足・ハマコー(浜田幸一元自民党代議士)の貴重な事件分析
第6部 査問事件/宮顕逮捕、小畑死亡原因の解明
第7部 査問事件/その後の袴田党中央の動きと公判の様子
第7部-21 査問事件/宮顕の獄中闘争と法廷論理
第7部-22 補足・徳球・志賀・市川らの獄中闘争
第7部-3 査問事件/補足・袴田によるスパイ判別帳
第8部 査問事件/通説(宮顕説)の疑問疑惑点列挙
第9部―1 査問事件/「公判記録」宮顕陳述の逐条検討
第9部―2 補足・市川正一の公判陳述と宮顕のそれの明らかな違い
第10部 査問事件/その後の党運動
第11部 査問事件/戦後の釈放時の疑惑考、「復権証明書」の疑惑考
第12部 戦後違法釈放直後の宮顕の動静
補足・戦前党運動史考
補足(4) 「杉本.岡田の樺太越境事変への無責任教唆の闇検証」
第10部-3 補足・スターリン圧制下のソ連での山懸他党員の粛清について
補足(12) 「宮顕こそ胡散臭いとする証言集」(「西岡証言」、「吉本三木雄証言」他)
補足(13) 宮顕による史実偽造「野呂委員長の遺言」について
補足(6) リンチ事件論争史、諸論
第3部-6 補足・補足・「リンチ事件」に関する不破弁明の大嘘をれんだいこが告発する
補足(6-2) JCPウォッチ・土佐氏による立花氏の研究批判について
補足(6-3) 「リンチ事件秘密資料」がモスクワで発掘される。これを吟味検証する。
経歴(概括) 「宮顕のはるかなる変態長征総史」
経歴(1) 「宮顕のはるかなる変態長征」(戦前編・党活動の端緒から釈放まで)
経歴(2) 「宮顕のはるかなる変態長征」(戦後前半・戦後直後から「六全協」まで)
経歴(3) 「宮顕のはるかなる変態長征」(戦後中半・党中央簒奪から中共派排除まで)
経歴(4) 「宮顕のはるかなる変態長征」(戦後後半・左派運動鎮圧から盟友袴田の除名まで)
経歴(5) 「宮顕のはるかなる変態長征」(戦後終盤・最後の国策奉仕から引退まで)
第10部-2 (別章)補足・転向論、転向者の論理と生態について
第10部-4 補足・戦前党綱領の変遷考(「27年テーゼ」、「31年テーゼ草案」、「32年テーゼ」考)
第11部-2 補足・非転向神話の暴力的君臨の実態資料
第12部 補足・宮顕査問体質のその後の展開
補足(5) 戦前の治安維持法等弾圧諸法令と被害の実態について
識者の宮本論
宮顕派閥一覧
宮顕式党運営の理論と実態
宮顕式党員拘束論、分派禁止論考
宮顕式党員離党論、離党の不自由考
宮顕ー不破系日共の除名、除籍史考
宮顕話法及び理論及び党運動の特質について
宮顕の社会主義講話の出鱈目さ
野坂-宮顕体制の胡散臭さについて
宮顕式党勢拡大運動の虚構とスパイ登用の実例
宮顕による中央委員選出制度の悪企み
議会専一路線と議員の党内位置付け考
宮顕―不破系党中央の防衛論の変遷について
宮顕―不破系党中央の「友党間の内政不干渉理論」の復古性について
ペテン論理が不断に右派を醸成させていることについて
宮顕―不破系党中央の没歴史的指導性について
宮顕系の満場一致体制のヤラセ性について
宮顕の希少価値的選挙戦と労働運動指導時の様子
左派文学運動に対する執拗な抑圧策動史
「60年安保闘争」時の変調指導
宮顕式北方領土返還論の極右性
原水禁運動に対するデタラメ指導と詐術総括について(原水禁運動の歩み)
善隣学生会館事件考
「1969年愛知県党内騒動事件」考
部落開放同盟との疎遠指導について
過激派泳がせ論について
新左翼イデオローグの宮顕との親疎性について
津田道夫氏著「思想課題としての日本共産党批判」考
ロッキード事件に果たした日共の陰謀及び反動的立ち回り
「統一労組懇」運動について
宮顕の丸山真男批判の反動性、宮顕党中央のイデオローグの生態考
清水幾多郎黙殺考
青瓦台事件に対する日共見解の破廉恥なすり替え考
「宮顕とルーマニア問題」
ソ連のアフガン侵攻に対する見解考
宮本百合子論
野坂参三論
袴田里見論(「袴田除名騒動」について)
(別章)不破哲三論
志位和夫論
「緒方靖夫の胡散臭さ考」
「読売新聞社史考」その③ナベツネ考、その背後勢力考
宮顕―不破系日共党中央の現段階的腐朽考
政党トップスパイ事件考
インターネットサイト
関連著作

れんだいこ:「ホロコースト論争5(三鷹板吉氏のホロコースト論3)」考 [「れんだいこ」から]

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/judea/horocoastco/ronsoco/kimuraronso5.htm

「ホロコースト論争5(三鷹板吉氏のホロコースト論3)」考


 (最新見直し2009.1.12日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ホロコースト肯定派「高橋ー山崎」組対する否定派「西岡ー木村」組の論争に三鷹氏が割り込む形で、「当初は否定派に与していたが、調べるうちに肯定派に至った」として、その見解を「66Q&Aもくじ」に書き付けている。れんだいこは、「当初は肯定派に与していたが、調べるうちに否定派に至った」ので、三鷹氏と丁度反対に立場に位置していることになる。

 以下、この御仁の言説を検証してみる。

 2005.3.3日 れんだいこ拝

【ホロコースト肯定派群像考】
 「阿修羅ホロコースト1」に、木田貴常氏が、2005.3.3日付「【参考資料】ニツコーからIHRとツンデルの『66Q&A』への回答 三鷹板吉氏訳」を投稿し、同日、「南青山」氏が、「Re: 歴史学において、ホロコースト否定の可能性はゼロです。まったく蓋然性がありません。(三鷹板吉)」レスを付けている。

 「南青山」氏は、「木田貴常さん、どうもです。詳細なリスト、お疲れさまです。とても参考になりました」と褒めあっている。その上で、三鷹板吉氏サイト「IHRとツンデルの『66Q&A』への回答」を勧め、特に読んで欲しいところとして「『66Q&A』批判の効能と使用法」を紹介し、次のようにエールしている。
 「『66Q&A』の全体のまとめとしてだけでなく、こうした論争にどのようなスタンスで立ち向かえばいいのかが簡潔に記述されています。ここを読んだあとで「IHRとツンデルの『66Q&A』への回答」その他へ進むというのが、小生のおすすめルートですね」。
 木田貴常氏がこういうところに顔を出している。ホロコースト観をかくもあけすけに吐露している。この御仁は、「★阿修羅♪ > 政治・選挙・NHK43」の2007.11.9 日付け投稿「れんだいこ」と銘打ち「文章窃盗切張り屋の、“れんだいこ”とやらのサイトは、読むにあたわず」と喧伝してくれた経緯を持つ。これにより最近流行りの強権著作権派であることも示している。同時に「ホロコースト肯定派にして強権著作権論派という典型的スタイル」を示しており興味深い。
【ホロコースト肯定派取り巻き連中の論法考】
 ホロコースト肯定派が推奨する「『66Q&A』批判の効能と使用法」を転載し、れんだいこがこれにコメント付けてみる。
 三鷹自身、1年前の自分を思い出しながら書いているのですが、日本の世間一般 のフツー人の「ホロコースト」に関する知識って「ヒトラーがガス室を使ってユダ ヤ人を虐殺した」と一行で言えてしまう程度なんですよね。その一行知識があって も「ホロコースト」という言葉を知らなかったりする。単に「第2次大戦中にそん なことがあった(らしい)」てなレベル。  

 そんなフツー人に対して、ホロコースト否定者は、たとえばこんな風に囁きかけ ます。「知ってますか、ユダヤ人を殺したっていわてれるガス室など、実は存在し なかったんですよ」と。一番センセーショナルな主張を最初に掲げるのが、否定者 の手口です。「何を馬鹿なことを」と思いつつ、今まで聞いたこともない「新見解」 に興味をそそられる、というのがフツー人の反応でしょう。そこでレスポンスを返 して、否定者との「論争」が始まる。でも、フツー人サイドの根拠は「読んだ本に そう書いてあった(ように記憶する)」てのがせいぜい。対して否定者は、物証の 薄弱さ、証言の矛盾、「科学的鑑定」など、微に入り細をうがった「解説」を用意 しています。フツー人はとうてい反論などできやしない。「論争」というよりも 「講義」に近い状態で、フツー人の知識欲が旺盛ならば旺盛なだけ、乾いた土に水 が滲み込むように、ホロコースト否定説が注ぎ込まれていきます。  例えて言うなら、法律にうといお年寄り相手にインチキな「消防法」をタテに要 りもしない消火器を売り込む詐欺師の手口です。お年寄りが「法律を守りたい」と 思えば消火器を買うしかないという「結論」に至る。そのように巧妙に仕組まれた 「解説」が、あらかじめ用意されているのです。  

 ホロコースト否定者は、「本当のことを知りたい」というフツー人の知識欲を悪 用するのです。フツー人が知る由も無ければ学ぶ機会も無かったデティールに入り 込んだ「解説」を駆使して、あらかじめ用意された「結論」へと相手を追い込んで いく。三鷹自身、ハマりかけた経験を基に言ってるんですが(苦笑)  さて、どうすれば消火器売りから消火器を買わなくてすむのでしょうか? 

 方法 は二つあります。一つは最初から相手にしないこと。消火器売り=詐欺と決めつけ て、絶対にドアを開けないことです。もう一つは、消防法その他に関する知識を十 分に肥して、詐欺師の口上を論破すること。詐欺師がよく使う手口を学ぶのも有効です。例えば、消防署員でも関係者でもないくせに、「消防署の方から来ました」 と言い、嘘を見抜かれると「消防署がある方角から歩いてきたのだ」と強弁する類 の。

 ホロコースト否定に対しても同様です。アカデミズムの学者たちの「定説」と矛 盾する「異説」に対しては、問答無用で「嘘」と決めつけ、シャットアウトすると いうのが一つの方法。こういう一見乱暴な方法論が通用するからこそ、アカデミズムはアカデミズムたり得るのです。逆に言えば、もしもいくらかなりとも可能性が ある「異説」だったならば、フツー人よりずっと先に、アカデミズムの学者の誰彼 が主張して、学者間で「論争」が発生しているはずです。いまだ論争中の問題は 「定説」とは言えません。

 歴史学において、ホロコースト否定の可能性はゼロです。まったく蓋然性があり ません。  もう一つの方法は、否定者と同じレベルのデティールにまで入り込んで論破すること。否定者の詭弁論法を見抜くことでもあります。これがすなわち、三鷹がここで紹介した、ニツコーによるIHR「66Q&A」批判の「効能」なのです。

 元が比較的簡単な「Q&A」集にすぎないことから、そんなものを批判しても真 の意味での反論にはならないのではないか、と思う方もいらっしゃるでしょう。当然の疑問だと思います。でも、実際はこれこそが一番有効な批判なのです。

 ホロコースト否定者の大半は、歴史学をキチンと学び研究を突き詰めた結果「定説」とは異なる結論に到達し、自分自身の学問的誠実さをマットウせんがために否定説を唱えるに至ったのではありません。政治的理由で嘘と知りながら否定説を流布しているか、流布された否定説をうのみにしているかのどちらかです。前者にと っては、フツー人が一読して納得する、分かりやすく簡便な「Q&A」こそがもっ とも強力なプロパガンダの手段であり、後者に至っては、そのプロパガンダをオウム返しに繰り返しているだけなのです。この「66Q&A」に含まれたIHRの主張こそが、ホロコースト否定説の骨子であり、全体像を示すものです。

 さて、以下は「使用法」です。三鷹がアップした「66Q&A」を全部ダウンロー ドして、一個の文書ファイルとしましょう。「効能」試験用の試薬としては、西岡 さんのMSGが適当でしょう。JBOOKSの5番ボードには、西岡さんが「マルコポー ロ」に書いた記事の全文が登録されていますし、6番ボードでは参加者諸氏を相手に「否定説」を開陳し「論争」を展開しています。それらを読んで、気になった箇所について、キーワードを拾い、「66Q&A」を検索してみましょう。

 そうですね、 「チクロンB」あたりから始めてみてはいかがでしょうか。それと西岡さんの主張 とを比較検討すれば、結論はおのずと明らかだと思います。

 当ボードにアップした翻訳に関しては、意訳誤訳迷訳等は、すべて三鷹に責任が あります。原文を参照したい、という人は、インターネットでニツコーのページに 直接確認して下さい。さほど量が多くないのなら、三鷹にメールで問い合せて下さ れば、その部分の原文をお送りいたします。参照の結果、誤訳を指摘して下されば、 感謝いたします。よろしゅうに。
(私論.私見) 「ホロコースト論争における三鷹論法」について
 三鷹氏の論法は、高橋ー山崎組のそれとハーモニーしており、ホロコースト否定論の醸成されてくる背景を解析せずに、如何にも卑俗な悪者に仕立て上げ、正義を気取っている。面白いのは、ホロコースト否定論について次のように述べていることである。

 「対して否定者は、物証の薄弱さ、証言の矛盾、『科学的鑑定』など、微に入り細をうがった『解説』を用意 しています。フツー人はとうてい反論などできやしない。『論争』というよりも『講義』に近い状態で、フツー人の知識欲が旺盛ならば旺盛なだけ、乾いた土に水 が滲み込むように、ホロコースト否定説が注ぎ込まれていきます」。
 これによると、ホロコースト否定論者の論拠に対しては「一服させられている」ことになる。

 しかし、それに耳を傾けるのではなく、「お年寄り相手にインチキな消防法をタテに要りもしない消火器を売り込む詐欺師の手口」に例えて批判する。「ホロコースト否定者は、本当のことを知りたいというフツー人の知識欲を悪用する」とも云う。「三鷹自身、ハマりかけた経験を基に言ってるんですが(苦笑) さて、どうすれば消火器売りから消火器を買わなくてすむのでしょうか?」とも云う。 

 その対処法として二つあると云い、「一つは最初から相手にしないこと」、概要「もう一つは、知識を十分に肥して、詐欺師の口上を論破すること」であると云う。興味深いことは、アカデミズムの学者たちの見解を高く評価している様子で、支離滅裂調で次のように述べていることである。

 「アカデミズムの学者たちの『定説』と矛盾する『異説』に対しては、問答無用で『嘘』と決めつけ、シャットアウトするというのが一つの方法。こういう一見乱暴な方法論が通用するからこそ、アカデミズムはアカデミズムたり得るのです。逆に言えば、もしもいくらかなりとも可能性が ある『異説』だったならば、フツー人よりずっと先に、アカデミズムの学者の誰彼が主張して、学者間で『論争』が発生しているはずです。いまだ論争中の問題は 『定説』とは言えません」。
 れんだいこなぞは、この言説だけで、三鷹氏の言説の底の浅さ、無茶苦茶ぶりを見抜く。その理由は次の通りである。

1・「アカデミズムの学者たちの『定説』擁護論」について。
 (れんだいこボソボソ)

 「アカデミズムの定説」をエライ買いかぶっているが、アカデミズムの学者たちの定説に値打ちがあった試しがあるのか。学問的発見を何と心得ているのだお主は。その言たるや、近世曙光の地動説に対する魔女狩り審問で応えた体制側の発想と近接しているではないか、と返歌したい。
2・「『異説』に対しては、問答無用で『嘘』と決めつけ、シャットアウトする」という作法について。
 (れんだいこボソボソ)

 これは、学問的ファシズムの論法ではないのか。異説に対する態度こそ進歩発展の原理とみなして遇するのが知識人の嗜みではなかろうか。
3・「こういう一見乱暴な方法論が通用するからこそ、アカデミズムはアカデミズムたり得るのです」について。
 (れんだいこボソボソ)

 「乱暴な方法論こそアカデミズムがアカデミズムたり得る」とは無茶苦茶やがな。お主が云っていることは「アカデミズムは政治の下僕たるべし論」ですがな。マジで云っているなら狂ってるわ。
4・「もしもいくらかなりとも可能性が ある『異説』だったならば、フツー人よりずっと先に、アカデミズムの学者の誰彼が主張して、学者間で『論争』が発生しているはずです」について。
 (れんだいこボソボソ)

 既に論争は発生しているのではないのか。論争は強権的に押さえ込まれており、それでも地下で燻っているのが実際ではないのか。
5・「いまだ論争中の問題は 『定説』とは言えません」について。
 (れんだいこボソボソ)

 これ如何に。何が言いたいのだろうこの御仁は。
 他にも「歴史学において、ホロコースト否定の可能性はゼロです。まったく蓋然性がありません」とも云い為しているが、何を根拠に断定しているのだろう。

 「もう一つの方法は、否定者と同じレベルのデティールにまで入り込んで論破すること。否定者の詭弁論法を見抜くことでもあります」とも述べている。論法の姿勢としてはその通りで、だから否定派は丁度逆に、「肯定者と同じレベルのデティールにまで入り込んで論破すること。肯定者の詭弁論法を見抜くことでもあります」を実践しているのではないのか。それを「問答無用とするのも一つの方法」などと云っているのがお主ではないのか。云っていることが支離滅裂ではないか。

 「そうですね、 チクロンBあたりから始めてみてはいかがでしょうか。それと西岡さんの主張とを比較検討すれば、結論はおのずと明らかだと思います」とある。「おのずと明らか」になるのは果たしてどちらだろうか。こうなると、「ニツコーによるIHR『66Q&A』批判の『効能』」も怪しいと予想し得る。以下の駄文は、そっくりそのままお返しできる、ご都合論法に過ぎないので一々コメントつけない。総評。寒い観点披瀝のオンパレードだ。 

 2005.3.3日 れんだいこ拝


れんだいこ:「ホロコースト論争2(三鷹板吉氏のガス室論)」考 [「れんだいこ」から]

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/daitoasenso/taigaishinryaku_horocoosto_mitakaronco.htm

「ホロコースト論争2(三鷹板吉氏のガス室論)」考


「ガス室」論争 三鷹板吉(2003/11/10)

予断と決めつけのセットによる詭弁論法。まったく信をおくに値しない。詭弁が相手では実のある「論争」など成立不可能である。外見が似ているからといって、味噌と糞をいっしょにはできない。外見にまどわされずに実態をよおく調べて、味噌は味噌、糞は糞と、キチンと分けて扱わなければなりません。三鷹がこの「論争」を通じて実感したのは、パラノイアックな世界観に凝り固まった人間を説得することは、おそらく不可能だろう、ということです。これは「ガス室否定」でも「強制連行」でも同じことだと思いますが。 ちなみにこの「ガス室否定説」は、内外のアカデミズム(大学など公的研究機関)に属する歴史学者のほとんど全員が無視するか、笑いとばすか、「論争」さえ拒否するほど完全に否定するかしている「異説」です。
  西岡見解。「ガス室はソ連とポーランドによるでっちあげ」。ガス室否定者の「挙証責任」。「ガス室否定者」の西岡昌紀

 

「ワルシャワゲットーから移送されたユダヤ人は、トレブリンカで虐殺されたのではない。東方の入植地に送られたのだ」と否定者は言う。その「東方入植地」が存在したことを実証してほしい。「アウシュビッツ・ビルケナウで労働不能と選別された収容者は、ガス室に送り込まれたのではない。彼らを収容する別の施設があった」と否定者は言う。その「別の施設」(労働可能者用施設の3倍から10倍の収容キャパが必要)が存在したことを実証してほしい。
西岡見解。「定説側が触れたがらない」などと難じている「ヒトラーによる絶滅命令文書は現存しない」。

 

 「クルト・ゲルシュタインの告白」。「ヘス告白遺録」。オネグ・シャバット文書の「リンゲルブルム日記」、「レビン日記」は邦訳。


 マウトハウゼンとはどういう収容所だったか。

 

 「ガス室が存在した」というユダヤ人の証言。加害者側のナチス親衛隊員の証言。

  1942年の時点で、ワルシャワのユダヤ人ゲットーには、ポーランド各地から集められてきた人達も含めて、およそ50万人のユダヤ人が詰め込まれていました。彼らは、7月から始まった移送で、トレブリンカ絶滅収容所へ送られました。そして、43年4月から5月のゲットー蜂起を経て、ゲットーそのものが消滅したんです。

 ポーランド人にかくまわれるなどして、難を逃れた少数を除いても、少なくとも40万人以上のユダヤ人が、地上から消え失せた。ゲットーで餓死した者もいた。チフスで死んだ者もいた。蜂起の際に戦って死んだ者もいた。そして残りの大多数は、トレブリンカのガス室で殺されたんです。

 西岡さんは、それを認めない。ユダヤ人はガス室で殺されていない。トレブリンカは単なる中継駅で、そこからロシアやウクライナの「東方入植地」へ送り込まれたのだ、と主張している

 だったら、その「東方入植地」(最低でも万単位のユダヤ人が入植した)がどこに存在するのか、実証してほしい、と三鷹は申し上げているのです。

 
 歴史学の定説が述べるところによれば、ホロコーストにおいては、ヨーロッパ各地のユダヤ人が強制収容所、絶滅収容所に「移送」されました。運送手段は鉄道です。「定説が述べるところによれば」とただし書きしたのは、西岡さんなど否定者は、その事実をも認めていないからです。「移送」そのものがあったことは否定しないまでも、その人数については、定説が述べるほど多くはなかった、としています。

 この「論争」において、どちらの言い分が正しいのか? 

 アメリカ人のホロコースト研究者で、ラウル・ヒルバーグ。バーモンド大学の政治学教授です。彼は、当時のドイツ国鉄の列車運行指示書を調べて、「移送」の実態を明らかにしています。「ヨーロッパユダヤ人の絶滅」という一般読者向けの主著の他、専門家向けの論文も多数発表しています。

「ショアー」という出版物です。これは、クロード・ランズマンというフランス人の映画監督が、ホロコーストの生き残りを尋ねて証言を収集した同名映画の活字版で、作品社という出版社から日本語版が出ています。

 この「ショアー」の中で、ヒルバーグがランズマンのインタビューに答える形で、自分の研究について説明しているのです。ドイツ国鉄の列車運行指示書を示して、非常にていねいに、具体的に。


 対して、西岡さんがどういうことを言っているのかと言うと、「ヒルバーグの研究には信用できない」ということに尽きます。「ヨーロッパユダヤ人の絶滅」には、運行指示書そのものが掲載されていない、というのが、西岡さんが信用できない「理由」なのです。

 また、西岡さんの取り巻きの一人は、こんなことも言っています。運行指示書を証拠として、列車の本数が割り出せたとしても、それぞれの車両に何人のユダヤ人が載せられていたかという証拠はない。ゆえにヒルバーグの研究はデタラメだ、と。

  取り巻き発言については、正対する必要さえないでしょう。「移送列車」に詰め込まれたユダヤ人の数については、数多くの証言が残されています。そこから最少何万人、最大何万人という数を導き出すのは、小学生でも可能です。


 

「偽証である」「捏造である」「謀略である」云々。

 三鷹は、西岡さんとの「論争」を通じてさまざまな本を読み、ホロコーストの全体像について、それなりの理解を得るに至った、と思っています。西岡さんの主張で唯一正しいのは「稼働可能状態のガス室は現存しない」ということでしょう。この事実はしかし、意外と世間には知られていない。三鷹も「マルコ」の記事を読んで初めて知りました。人間というのは、自分が今まで知らなかった事実を知らされた時に、新しい情報を積極的に受け入れようとします。そこで西岡さんが発信したのが「ガス室否定説」だったのです。三鷹も一時はそれを信じました。いや、丸々とは信じないものの、定説との論争可能性は十分ある、と考えたのです。

 しかし、その後の西岡さんとの「議論」を通じ、彼の詭弁性に気づかされたことをキッカケとして、ホロコースト関係の本を読み漁り、何人かの歴史学研究者に会って話を聞き、その結果、否定説の虚妄性を知るにいたりました。

 歴史学の研究というのは、ジグソーパズルのようなものです。数多くのピースを組み合わせて、全体像を再構成しようとする試みです。失われてしまったピースもあります。ホロコースト史に関していえば「稼働可能状態のガス室」も、失われたピースの一つでしょう。でも、周囲のピースを組み合わせることにより、中心にはまるべき失われたピースの形はハッキリと分かる。「ガス室」が現存しなくとも、その存在が歴史的事実であるということは、確実に認定できるのです。逆に、「ガス室」を否定する西岡説によって、その存在が論理的に要請されるところの「東方入植地」のようなピースは、存在しないばかりか、それをはめこむべき空白さえ見つからない。無理にはめこもうとすると、全体像をゆがめてしまう。「慰安婦強制連行」も同様です。


 ナチスがポーランド領内に建設し、ユダヤ人など80万人をガス室を主とした殺害手段で虐殺したとされる、「もう一つのアウシュビッツ」トレブリンカ絶滅収容所に関するリポートです。

 犠牲者数80万という、アウシュビッツにつぐ規模の大虐殺が行なわれたトレブリンカをテーマとした日本語文献(邦訳も含む)が、現在一冊も刊行されていないという事実は、そうした状況の一端を示しています。

 
 でも、アカデミズムの研究者である石田さんが、

「つまり、ダッハウのガス室は着工されたものの未完のまま終わったと述べているのであり、目撃証言は成り立つのである。実際、ダッハウでガス室が建設されていたことは今日の研究でもあきらかにされている」

 

 西岡昌紀さんという方は、皆さんご存じかもしれませんが、「ナチスがユダヤ人を虐殺したというガス室は実際には存在せず、捏造されたものだ」などの主張(ガス室否定説)を唱えてらっしゃる方です。去年の2月、彼が否定説を発表した「マルコポーロ」という雑誌は、ユダヤ人団体の抗議により廃刊に追いこまれました。



 石田勇治さんという方は、東大教養学部ドイツ語科の助教授で、ドイツ近現代史の研究者です。彼はある本に寄せた論文で、「マルコ」の西岡論文を批判しました。
石田勇治論文。アウシュビッツ、トレブリンカなど現ポーランド領内の絶滅収容所以外の、現ドイツやオーストリアにあった強制収容所にも処刑用ガス室は存在し、実際に人間を殺していた。ビルケナウのケースで、 「シャワーを浴びろ」との名目で裸にされてガス室に入れられたものの、設備の故障かなんかで外に出され、文字どおり九死に一生を得た女性の証言も載っている。

 さて、論点が何かというと、ナチスがダッハウという町に建設した強制収容所があります。ここを解放したのはアメリカ軍でした。アメリカ軍の兵士は、収容所の地獄に等しい状況に度胆を抜かれ、憤りのあまり捕虜のナチス親衛隊員をリンチで殺したりもしました。このダッハウ強制収容所に、収容者を虐殺するためのガス室があり、現に稼働していた、という話がマスコミを通じて流れ、戦犯裁判の席でもそのような証言をなした人間がいたのです。(ブラーハ証言) ところが、その後、ダッハウのガス室で殺された収容者はいなかった、ブラーハ証言も嘘だった、と判明したのです。

 この件を西岡さんは「マルコ」の論文の中で取り上げ、石田さんは西岡論文には事実誤認がある、と指摘したのです。具体的には、西岡さんが「ダッハウにガス室は無かった」「ガス室の存非に関してアカデミズムの定説の重大な変更がなされた」と主張するのに対し、石田さんは「ダッハウには未完成のガス室があった」「ガス室の存非に関して定説の変更などなされていない」と。


 ベルゲン・ベルゼンの例は、西岡さんの引用によれば1945年の著作ですね。その時点で「ドイツ国内の強制収容所におけるガス室の存非についての歴史学の定説」が定まっていたのでしょうか? また三鷹は不勉強で知らないのですが、Francis・T・Millerという研究者は、その見解が歴史学の定説を代表するとされるような人なのですか? (西岡さんが「マルコ」の論文でブローシャトがそうであるかのように書いたごとき)



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 ヒルバーグは、ホロコーストの研究が、彼がそれを1948年に開始したときに始まったという意味で孤独な作業であったことを、最近読者に思い起させた。プロの作家や歴史研究者は、実際、このテーマを無視し、それを扱っていることで知られていた研究者はほとんどいなかった、と当時フィリップ・フリードマンは嘆いていた。

  (「ホロコースト 歴史的考察」 マイケル・K・マラス 時事通信社 P293)
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 「ドイツ国内の強制収容所におけるガス室の存非についての歴史学の定説」に変更があったか無かったか、が論点でしょう。

 西岡さんは「あった」と言い、石田さんは「なかった」と言う。

 西岡さんは「マルコ」の記事で、「ガス室に関して、歴史学の定説に重大な変更があった」と決めつけることにより、アカデミズムの権威を失墜させてやろうと試みたのでしょう。で、世間一般の人々のアカデミズムに対する信頼感を失わせた上で、「ガス室否定説」を広めようとした。その西岡さんに対して、「それは事実と異なる。歴史学の定説に変更などなされていない」と、アカデミズムの立場から反論したのが石田さんです。

 西岡さんが石田さんを論破するには、「定説に変更があった」ことを論証しなければなりません。「あった」と主張する方に挙証責任が生じるという立場をとるのならば、なおさらのこと。それができないからといって、戦時報道のデタラメさや、それを戦後も無批判で取り上げてきたマスメディアの愚劣さなどついて、いくら指摘しても、論証の代わりにはなりません。

 まず、西岡論文。
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 「ダッハウのガス室」だけではない。ドイツを西から攻略したアメリカ、イギリス連合軍は、ドイツ西部で強制収容所を解放した際、いくつもの「ガス室」を「発見」した筈だったのである。彼らは、そう発表し、戦後しばらくは、そう語っていたのである。それなのにそれを彼ら自身が今日全く語らなくなったのは一体何故なのだろうか?
 それは、1960年8月26日のことである。当時、西ドイツ(ドイツ連邦共和国)政府の第二次世界大戦や「ホロコースト」に関するスポークスマン的地位にあった歴史学者、マーティン・ブロサット博士(Dr.Martin Broszat)が、突如として、ナチが大戦中「ガス室」を作ったのはドイツ軍に占領されたポーランドだけで、ドイツ本国に「ガス室」はなかったという意味の声明を発表したのである(Die Zeit,1960.8.26)。
 ブロサット博士は、ミュンヘンの現代史研究所という西ドイツ政府の機関で所長の立場にあった人物だが、この研究所は、これまで「ガス室」の存在を「証明」するために実に多くの発表を行なっており、西ドイツ政府の歴史に関する見解を代弁する団体とみなされている。その現代史研究所の所長、ブロサット博士が、突然、昨日までは「真実」とされていたダッハウやブーヒェンヴァルトなど、ドイツ本国の収容所における「ガス室」の存在を否定したのである。
 その日を境として、「ホロコースト」に関する「真実」は「改訂」され、昨日まで「存在した」と主張されていた「ダッハウのガス室」や「ブーヒェンヴァルトのガス室」は、実は存在しなかった、という話に変更された。 しかも、ブロサット博士は、その声明の中で、このような「真実の変更」がなされた理由を一言も説明していないのである。

(「ナチ『ガス室』はなかった」 西岡昌紀「マルコポーロ」廃刊号(95年2月号)(文藝春秋)に掲載)西岡さ
んが引用元としたのは、アメリカのホロコースト否定者(”歴史見直し論者、リビ
ジョニスト”)の出版物
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 次に石田論文。
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 ブローシャト博士の「声明」を検証している。「それは1960年8月26日のことである」としたうえで、(Die Zeit 1960.8.26)と典拠が明示されている。そこで調べてみたが、『ツァイト』(週刊新聞)当該号にそうした記事は見あたらない。原典を確かめなかったゆえのミスであろう。前後の号を探したが、8月19日号の投書欄に掲載されていた(三鷹注)。たしかに「ダッハウでもベルゲン・ベルゼンでもブーヒェンヴァルトでも、ユダヤ人やその他の囚人は、ガスで殺されてはいない」とある。しかし、次の文には「ダッハウのガス室は完全には仕上がらず、そのため”稼働”しなかったのだ」と記されている。つまり、ダッハウのガス室は着工されたものの未完のまま終わったと述べているのであり、目撃証言は成り立つのである。実際、ダッハウでガス室が建設されていたことは今日の研究でも明らかにされている。さらにいえば、ドイツ本国でも、ザクセンハウゼン、ノイエンガンメ、ラーフェンスブリュック、シュトゥットホーフ、マウトハウゼン(オストマルク)の各収容所ではガス室が建設され、殺人目的に実際に使用されていたことが解明されている。これらの収容所ではユダヤ人や戦争捕虜だけではなく、労働忌避者や同性愛者などナチによって「共同体異分子」とレッテルを貼られたドイツ人も犠牲となった。ブローシャト氏の投書が述べるように、「ガス室によるユダヤ人の大量虐殺」はたしかにドイツ本国では起きていないし、本国のガス室による犠牲者数は、ポーランド領内のそれと比較できるものではなかった。
だが、ドイツ本国にもガス室はあったというのが、戦争直後も今も変わらぬ定説であり、ブローシャト氏の発言を境に変更されたという指摘はあまりに不正確である。(ちなみに、ミュンヒェンの現代史研究所はドイツ連邦政府の歴史的見解を代弁する機関ではないし、1960年当時、ブローシャト氏は所長でもない。所長となるのは12年後のことである。)


 石田勇治 「アウシュヴィッツと<アウシュヴィッツの嘘>」(白水社)に収録)

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 さて西岡氏が引かれたブローシャト氏の「声明」ですが、実際には一通の個人的な投書でした。確かにダッハウではガスによるユダヤ人の大量虐殺はなかったと書いてあります。しかし次の一文をよく読まなければなりません。「ダッハウのガス室は完全には仕上がらず、そのため稼働しなかった」とあります。 ブローシャト氏の投書とともに同じ紙面に掲載されているもうひとつの投書は、ミュンヘン司教補佐ノイホイスラーの証言を引いて、「ダッハウでガス殺が起きなかったのは、囚人がそのための建設をサボタージュしたためだ」と記しています。実は、ダッハウにガス室が建設されていたことは、ドイツ現代史の専門家なら誰でも知っている事実です。

        (「ホロコーストと現代史研究」 季刊戦争責任研究 第8号)
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 三鷹が、西岡さんを「歴史見直し論者(revisionist)」

「ドイツ国内の強制収容所におけるガス室の存非についての歴史学の定説」に、変更があったかどうか、ですね。

 西岡さんが挙げた3つの主張を読み比べた限りでは、ライトリンガー、ブローシャト、コゴンの3人とも「ダッハウにガス室(未完成のものも含めて)があった」という見解においては一致しているように三鷹には思えますが、いかがでしょうか。

 また、ブローシャトの文章の同じ部分を、石田さんは「ダッハウのガス室は完全には仕上がらず、そのため”稼働”しなかったのだ」と訳し、西岡さんは「ダッハウのガス室はまだ全く完成していなかったのであり、使用されてはいなかった」と訳しています。石田訳だと「ほぼ完成していた」というニュアンスがうかがえますが、西岡訳は「まだ全く完成していなかった」です。三鷹は、駒場でドイツ語を教えてる人の訳文の方を支持します。




 まず、証拠文書が存在します。ダッハウで「医学的実験」を行なっていた空軍の内科医・ジグムンド・ラッシャー(Sigmund Rascher)が、1942年8月9日にヒムラーに宛てた手紙です。
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 ご存じのように、リンツで使われたのと同じ設備が、ダッハウ強制収容所にも建設されました。しかるに「病弱者の輸送」は、ある種の部屋(bestimmten Kammern)で、どのみち終点となります。我々の多種の戦闘ガス(Kampfgase)のいくつかを、この作戦に巻き込まれた特別の人間に対して、テストできないかどうか、お尋ねする次第です。現在までのところ、動物実験と、これらのガスの製造中の事故死報告しかありません。以上の一節により、この手紙は「機密」と印してお送りしました。
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 ここでリンツ(Linz)というのは、ハルトハイム(Hartheim)精神病院のことを指していると思われます。ナチスが障害者の絶滅を目的としたT4作戦で使用した施設で、一酸化炭素ガスボンベによるガス室がありました。(「博物館」の「トレブリンカへの道(2)」をお読み下さい)

 ニュルンベルク裁判におけるフランツ・ブラーハ証言は、三鷹はまだ現物を確認
していないので、西岡さんの引用を孫引きしましょう
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(訳:ガス室は、1944年に完成され、私は、ラシュナー医師に命令されて最初の犠牲者たちを調べた。その部屋(「ガス室」)の中に居た8人か9人の
人たちの内、3人はまだ生きていたものの、残りは死んでいた。彼らの目は赤く、顔は腫れていた。多くの被収容者が、後にこうしたやり方で殺された
のである。)
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 ブラーハ(Franciszk Blaha)はチェコ人の医師で、ダッハウに収容されていた間、前述のラッシャー医師の仕事を手伝わされていました。

 西岡さんは、ダッハウでガス室による大量殺人は行なわれていなかった、ゆえにブラーハ証言はすべて偽証だった、と決めつけたのですが、証言をよく読むと、彼の「目撃事実」は「実験的ガス殺」であり、最後の2行の「ガスによる大量殺害」は推測によるものではないか、とも思えます。

 
 それと、西岡さんが引用した英文の人名表記は違っていますよ。ラシュナー(Raschner)ではなくて、ラッシャー(Rascher)です。無用の混乱を避ける
ため、指摘しておきます。



#1059/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/ 9/19 18:10 ( 15)
「ディーゼルによる一酸化炭素」について      三鷹板吉
★内容

 トレブリンカ絶滅収容所については、ウェーバー論文批判の中であらためて論じるつもりですが、一つだけ申し上げれば、「ディーゼルエンジンから出る一酸化炭素によるガス室は、科学的に在りえない」てな主張は、同じく科学的な実験により、すでに論破されてるみたいですね。

 ディーゼルエンジンが機関車や自動車を動かすために通常に運転される場合、致死量以下の一酸化炭素しか発生しない、というのは一個の科学的事実です。ところが、そのディーゼルエンジンのエアインテークを絞って不完全燃焼させると、途端に一酸化炭素の発生量が激増するんだそうです。ある状況では3000ppmまで上がった、と。人間を殺すに十分な一酸化炭素濃度です。この実験結果は、ディーゼルエンジンの排気を使用したガス室における「酸欠による死亡」、もしくは、三鷹が指摘したような「窒素酸化物その他の、一酸化炭素以外の致死的ガスの発生による死亡」と両立するものである、ということも指摘しておきましょう。

その「現代史研究所(Institut Fuer Zeitgeschicthe)」の現在の見解は、「ダッハウのガス室では実験的ガス殺が行なわれた」なんですねえ。

 1992年に、同研究所からダニー・ケレンというホロコースト研究者に対して出された回答書の中に、以下のようにあります。
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ダッハウ(上部ババリア、ミュンヘン北東):1942年の新しい火葬用建物の設立の際に、ガス室もその中に作られた。その中で、親衛隊中隊長ラッシャー医師の医学実験に関連して、少数の実験的ガス殺も始められた、と最近の研究が確証している。
(これについては「Gunther Kimmel:The Concentration Camp Dachau. A study of
the Nazi crimes of violence in Bavaria in the NS-time II, edited by Marti
n Broszat and Elke Froehlich,Munich, R. Oldenburg Press, 1979, P. 391.」を見よ) より大規模なガス殺作戦は、ダッハウでは起こらなかった。
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#1064/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/ 9/20 0:40 ( 42)
「ディーゼルエンジンの一酸化炭素」の典拠     三鷹板吉
★内容

 インターネットのニツコー・プロジェクトが紹介していたものです。「The Brit
eish Journal of Industrial Medicine」という雑誌に掲載された実験とのこと。

 以下、引用しましょう。
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 この実験では、小さなディーゼルエンジン(568cc6馬力)の排気が、容積10立
方メートルのガス室に接続された。そして動物たちがその中に入れられた。すべて
の実験例で動物達は死んだ。エンジンへのエアインテークが絞られた時に、死はよ
り早く訪れた。その原因は、発生する一酸化炭素(CO)量の増加である。
(実例として、リリーによる「デイーゼル・エンジン・リファレンス・ブック」19
85のP18/8を見よ。高い空気/燃料混合比ではCO濃度は低いppmでしかない。だが、
より低い混合比(25:1)ではCO濃度は3000ppmまで上昇する。エアインテークを
絞るのは非常に簡単である。--イギリスの研究者は、金属片でエアインテーク口
を部分的に塞ぐことによりそれをなした)
 排出CO濃度が低い場合でも、動物たちは他の毒性成分によって死んだ--主と
して、刺激物と二酸化窒素である。

 さて、トレブリンカで使用されたディーゼルエンジンは、ずっと大きかった。-
-それは鹵獲されたソ連のT-34戦車のものだった。この戦車は26トンから31トンの
重量であり(型式により違う)、500馬力のエンジンを備えていた。(イギリスの
実験はほんの6馬力だったことと比較して) トレブリンカの絶滅ガス室の容積は、
もちろん、一つの要素だ。ガス室の容積は60立方メーターで、イギリスの実験で使
われたガス室の6倍である。対してエンジンのサイズは、6倍よりずっと大きい。

 これは憶えておかねばならないことだが、CO中毒において問題となるのは、C
O濃度ではなく、COの酸素に対する比率である。小さな、空気の洩れない部屋、
人間が一杯に詰められた部屋では、酸素レベルは急速に低下する。ゆえに、CO中
毒による死は、より早くもたらされる。前記したように、排ガス中の他の毒性要素
は、それ以上に死亡率を高める。
-------------------------------------

 以上の引用で、西岡さんの「1万ppm必要」説への反論としては十分でしょう。

 また「30分で殺した」というのは「定説」でしょうか? 三鷹が読んだ本では、
もっと時間がかかったこともしばしばあり、ガス室から出された時に、仮死状態で
まだ生きている人間もいた、てな記述もありました。そうした連中は、銃弾でとど
めを刺されるか、生きたまま埋められたわけです。エンジン使用のガス室は、その
ように不完全なものだったから、アウシュビッツ所長のルドルフ・ヘスは「自分の
ところのチクロンB使用のガス室の方が短時間に確実にユダヤ人を殺すことができ
る」と自負していたのではなかったでしょうか。



#1066/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/ 9/20 1:10 ( 20)
定説>もう、お話になりませんね>西岡さん     三鷹板吉
★内容

 そもそもあなたは「定説」という言葉の意味が理解できてないんじゃないの?

 「定説側の学者」というのもおかしな言い方です。意味するところは「否定者以
外の大多数の研究者」ですからね。その研究者たちの間で一致した見解が得られれ
ば、それが「定説」であり、それ以外は「諸説」でしょ?

 「諸説」の間に異同が存在するのは、あたりまえの話じゃないですか。でなけり
ゃ学問上の論争などありえないし、そもそも研究者が複数存在する意味がありませ
ん。

 それともなんですか、ホロコーストに関しては、絶対不変の「教科書」みたいな
もんがどっかにあって、研究者たちは全員それを受け売りしてる、とでも言うので
すか? で、誰かがそれを書き換えれば、研究者は一斉に自説を変える、とでも?
 だったらば「諸説の異同」を「定説の変更」と騒ぎ立てる気持ちもわからないで
もありません。それを通じて「教科書を書き換える誰か」を糾弾しようとしている
のでしょうからね。

 そういうのを「陰謀論」と言うんです。憶えておいてください。



#1067/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/ 9/20 1:10 ( 11)
「未完成のガス室」の目撃証言については      三鷹板吉
★内容

 三鷹自身まだその存在を確認するには至っておりません。あるいは、西岡さんの
おっしゃる通り、そのような証言は存在しないのかもしれません。

 石田さんの文章では、「目撃証言は成り立つ」と言っています。彼自身、「未完
成のガス室に関する目撃証言」を確認した上で言ったのか、「未完成のガス室はあ
ったのだから、目撃証言があっても不思議はないだろう」という憶測で言ったのか、
三鷹も興味があります。

 今度お会いした時にでも、聞いてみましょう。



#1080/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/ 9/20 16: 8 ( 16)
誤解しないでほしいのですが>カワセンさん     三鷹板吉
★内容

 三鷹は自他ともに認める「保守反動」で、山本七平や西部邁の愛読者ですし、そ
れ以外の著者の本も読みます。「諸君!」や「正論」も毎月読んでます。もちろん、
それ以外の週刊誌、月刊誌もいろいろと。ついでに、自宅で購読する新聞も、先月
「朝日」から「産経」に切り換えましたが、「朝日」その他の新聞にも目を通して
ます(笑)

 その上で、申し上げるのですが、「ガス室」でも「慰安婦」でも、三鷹の主張の
背景には、いかなる政治的な意図もありません。実証的研究による歴史を、嘘とコ
ジツケとで否定しようとする人間や、政治的意図により歪曲しようとする勢力に対
して「否」を唱えているのです。

 カワセンさんが拠って立つところは何ですか? それが歴史学であるならば、そ
れぞれの問題で「歴史偽造者」がどちらの側にいるのか、簡単に判断できるはずで
すが。



#1081/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/ 9/20 16: 9 ( 16)
「ディーゼルエンジンの一酸化炭素」の典拠(補足) 三鷹板吉
★内容

 三鷹が見たのは、前記の通り、インターネットのニツコー・プロジェクト(Nizk
or Project)というホームページで、その中の「ラインハルト作戦 ガス室(Oper
ation Reinhard:Gas chambers)」という項目です。

 この項目の執筆者はジョン・モリス(John Morris)で、三鷹が引用したのは彼
の文章です。そのモリスが元にしているのは、
-------------------------------------
Prattle et al. "The Toxicity of Fumes from a diesel Engine Under Four
Different Running Conditions," British Journal of Industrial Medicine,
1957, Vol 14
-------------------------------------
 という論文の、P47から55です。

 これでよろしいですか? > 西岡さん






 否定者の一人であるマーク・ウェーバー(Mark Weber)が「トレブリンカ(死の収容所だったとの主張に対し、戦時航空写真が新たな疑惑を投げかける)」という論文で取り上げているのを、先日読みました。

 この論文については、近日中に3番「博物館」あたりで批判的論考を加えて翻訳紹介するつもりですが、今回は以下の事実のみを指摘しておきましょう。

 1943年8月2日の反乱の後、トレブリンカ絶滅収容所は解体され、同年11月には整地されていました。収容所跡地には新たに土が敷かれ、カモフラージュのための植樹が行なわれました。新たに小屋が建てられて、農場に偽装されました。 その航空写真が撮影されたのは1944年です。



#1122/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/ 9/26 13:14 ( 28)
マクベイとニツコー・プロジェクトの概説      三鷹板吉
★内容

 「概説」と言っても、三鷹がこのホームページの存在を知ったのは、ほんの数週
間前です。ニツコーが保有する豊富な文献資料に夢中になって、ニツコーそれ自体
の成り立ちなどについては、二の次だった、と白状しておきましょう。

 さて、以下が、マクベイとニツコーについて、三鷹が現時点で得ている情報の概
説です。

 ケネス(ケン)・マクベイ(Kenneth(Ken) MacVay)は、現在五十代半ばのカナ
ダ人です。住所はビクトリアの北の、海に面した小さな町。本来の職業はガソリン
スタンドの副支配人です。

 マクベイは、4年ほど前からUsenetのニュースグループなどで、ネオナチや白人
至上主義者を中心としたホロコースト否定者と「論争」を展開してきました。ネオ
ナチなどカルトな連中にとっても、インターネットは実に便利なメディアなんです
ね。連中の嘘に対抗するために、マクベイはさまざまな文献資料を収集しました。
西岡さん言うところの「定説側」の学説、IHRを代表格とするホロコースト否定
説、戦犯裁判における証言などの一次資料も多数。ネットで現に戦われた「否定者
VS反否定者」の火を吹くような「論争」も含まれます。マクベイが収集し電子情報
化したそれらの資料を、アメリカ合衆国司法当局者やアカデミズムのホロコースト
研究者などの協力をも得て整理し、インデックスをつけ、研究者の便宜をはかった
ものが、ニツコー・プロジェクト(The Nizkor Project)の中核です。現在、千を
超える文書ファイルとその要約が検索によって利用可能で、その数は日々増加しつ
つあります。

 アマチュア研究者によって始められ、アカデミズムや政府関係者も巻きこむ形で
発展したメディアと言えましょう。



#1123/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/ 9/26 13:16 (104)
質問、質問、質問の山ですね(笑)         三鷹板吉
★内容

 一つずつお答えしましょう。ニツコーについては、もう答えましたよね。

>ゲルシュタインの告白を含めた、ディーゼル・ガス室に関する全て
>の目撃証言に、そのディーゼル・エンジンから煙が出ていたとする
>物が無い=・・・・・

> 三鷹さん、三鷹さんは、「クルト・ゲルシュタインの告白」
>については、どんな立場を取るのですか?

 三鷹は不勉強で、ゲルシュタイン証言については、「夜と霧」の巻末に紹介され
た部分と西岡さんがボードで紹介した部分しか読んでおりません。不十分な知識し
かありませんので、断言はしかねますが、証言一般について言えることとしては、
「言及されていないものが存在しなかったとは言えない」という、きわめて常識的
なことです。

>1)仮に原理としてディーゼル・エンジンでそんな量の一酸化炭素
>  を排出可能だとしても、同じ事をするのに、何故ガソリン・エ
>  ンジンを使わなかったのか、と言う問題はどう考えるのか

 質問の意図が分かりません。「東京から横浜へ行くのに、なぜ東横線じゃなくて
JRを使ったのか」というのと同種の質問ですね。

>2)その「ディーゼル・ガス室」の「実物」は全く「現存」しない。
>  「湮滅されたのだ」と言うのは自由ですが、現に「実物」が
>  全く存在しないのに、何故そんな物が有ったと言えるのか。
>  「湮滅された」は、何の証明にも成りません。

 「犯人」であるところのナチス親衛隊員の供述、彼らに協力させられたユダヤ人
特殊部隊の生存者による証言、それらを総合的に検討した司法機関の結論により、
「あった」と言えます。

>3)その「ディーゼル・ガス室」で殺された死体は一体も確認され
>  ていないのに、何故そんな事が行なわれたと言えるのか?

 同上。

>1943年の「反乱」が本当に有ったかどうかは不明です。

 同上。

>いかに「湮滅」をしたと言っても、建物がその礎石まで「湮滅」
>させられてしまうと言うのは、考えがたい、と言う事です。私も
>そう思います。何故なら、ビルケナウでは、「破壊されたガス室」の
>礎石が「残っている」のですし、掘り起こした場合は、土の変化が
>残るだろうと思うからです。

 「湮滅しよう」と考え、そのための時間と手段があれば、礎石まで取り除くのが
当然ではないでしょうか。戦争末期、ソ連軍が迫る中で行なわれたビルケナウのガ
ス室破壊が礎石まで湮滅するに至らなかったからといって、「湮滅とはそういうも
のだ」と決めつける人間の常識を疑います。

 また「土を掘り起こした形跡」についてですが、ガス室があった部分のみ行なえ
ば「形跡」が確認できるかもしれませんが、その周囲まで広く掘り起こしたならば、
区別がつかないでしょうね。また、掘り起こしてから数か月の時間を経れば、その
他の土地とさほど変わらない状態になったとしても不思議はありません。

>    三鷹さんの主張のもっと根本的な不合理は、1944年の
>この航空写真を見ると、トレブリンカ収容所が「更地」になどされ
>ていないと言う事です。「湮滅」「湮滅」と言うけれど、収容所
>自体は、存在している事がこの写真からは明らかなのであって、
>収容所の建物はちゃんとそこに在るのですよ。(笑)

 その「収容所の建物」は、生存者証言などによる収容所の再現図と一致していま
すか? 数学的に厳密にではなく、建物同士の位置関係などですが。
 もしも一致していて、ガス室のみが欠落しているというのなら、歴史学者の記述
に誤りがあるということですね。一致していないなら、それは「収容所の建物」で
はなく、跡地を農場に偽装するために新たに建てられたものではないでしょうか。

>    それから、周囲の畑を見ると、収容所の境界まで耕作され
>ている事もこの写真から分かります。「極秘の収容所」だったと
>言うのですけれど。

 これはウェーバーが言っているのと同じですね。トレブリンカの周囲の農民たち
が絶滅収容所についてどれだけのことを知っていたかについては、「ショアー」の
トレブリンカの農民たちへのインタビューが参考になります。

-------------------------------------
「おれの畑は、収容所から100メートルの所にあって……、(100メートルだって!)
占領中も、働いていた。(あなたの畑で?) そうさ。だから、ユダヤ人がガス殺
される様子も見たし、彼らの叫び声も、聞いた。すっかり、目にしたんだ。畑に、
少し高くなった所があってさ、そこから、ずいぶんいろんなことが見えたんだから」
             「ショアー」(クロード・ランズマン 作品社)P72
-------------------------------------

 「極秘の収容所」の、これが実態だったようです。

>   それから三鷹さん、#1067で三鷹さんが何を言いたかっ 
>たのか、良く分かりません。石田勇治氏(東大駒場助教授)の見解
>を支持するのをやめると言う意味なのですか?/明確にして頂ける
>とうれしいのですけれど。

 もちろん「支持するのをやめると言う意味」ではありません。西岡さんが三鷹に
そうして欲しがっているのは、よく理解しておりますが(笑) そもそも支持を取
り消す理由が見当たりませんし。

>   三鷹さん、#1111に書いた事、三鷹さんの「創作」が
>混じってませんか?

 別に「創作」など混じえてませんけど。

 三鷹の記述に不正確な点があるというのなら、具体的に指摘すればすむことだと
思いますが。おかしな言い方をする人ですね。



#1124/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/ 9/26 13:17 ( 14)
それでは、三鷹から西岡さんに質問です       三鷹板吉
★内容

 西岡さんはバーグ論文に従って「ディーゼル・エンジンをある一定の燃料/空気
比以上で連続運転させることはできない」と考えていらっしゃるようですが、その
「できない」もしくは「きわめて困難である」理由はなんですか? 具体的に述べ
ていただきたい。

 西岡さんはマーク・ウェーバーの政治信条について、それがいかなるものである
かご存じですか? ご存じならば、その政治信条について、どのように評価されま
すか?

 西岡さんは、石田さんの指摘のいくつか(「定説」はドイツ国内にガス室があっ
たとしている。現代史研究所は西ドイツ政府の見解を代表する機関ではない。など
など)について、それが正しいことを認めたんですか?



#1140/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/ 9/30 8:42 ( 70)
バーグ論文「Myth Within A Myth」について     三鷹板吉
★内容

 三鷹は、見出しを頼りに必要な項目にざっと目を通しただけで、全体を「精読」
はしておりませんが、西岡さんが「読め」とおっしゃるならば、あらためて通読し
ましょう。

 三鷹が整理した「論争史」に間違いがあるというのなら訂正いたします。西岡さ
んの言うとおり「ディーゼル&一酸化炭素は不可能」と指摘した最初がこの1983年
の論文だったとするならば、最初から「一酸化炭素濃度600ppm」と「殺害所要時間
30分」という数字を挙げた上での「不可能」主張であり、また、燃料/空気比をあ
る数値以上に上げるとエンジンが壊れるということも最初から論に含まれていたワ
ケで、反証による「戦線の後退」などではなかった、ということですね。これは失
礼しました。

 さて、その上であらためて申し上げますが、バーグが主張するところの「エンジ
ン破壊の原因」は、排気内のススなどの固形分(Solid material)ではないですか?

 それに対して、スコット・モーリンズは、以下のように具体的な数値を挙げて反
論しています。
-------------------------------------
 古いディーゼルカーが煙を吐き出しながら走るのを見たことをある人間なら誰で
も、この状態であっても、このような車は何年も運転することができることを知っ
ている。さて、(バーグの)ナンセンスな主張はわきにおいて、事実としてのデー
タを受け入れた上で反論をなそう。バーグは勝手に、ディーゼル・エンジンにおけ
る燃料/空気混合比の、”安全な”運転限界を0.055に設定している。それを越す
とエンジンは自壊する、と。もしも「十分な」固形排気物(例えばスス)が「十分
に早く」生成されれば、それがエンジンを痛める結果はあり得る。バーグが言わな
いのは、何が「十分に」または「十分に早く」構成要素となるかだ。バーグが参照
した資料の図6では、燃料/空気比0.055では、未燃焼のススは容積比で排気の0.0
001%である。このススの量は、燃料/空気比を0.055から約0.01アップした場合と
だいたい同じである。なぜ「安全運転」のために、燃料/空気比0.055で限界を切
らねばならないのだろうか? なぜバーグがここが限界点だと考えるのか、彼の文
章では明らかにされていない。また、バーグが参照した資料では、テストされたす
べてのディーゼル・エンジンについて、自壊についての言及はない。(燃料/空気
比が0.09まで上がっていてもだ)

 バーグが言及していないのは、参照元の資料の図6で、燃料/空気比約0.065で
も排気中のススは容積比で0.0002%にしか達しないということだ。0.0002%のスス
と仮定しても、エンジンの運転寿命をある程度縮めるのがせいぜいであり、0.0001
%では完璧に安全なのだ。確実なのは、排気中に0.0002%のススを吐きながら運転
されるエンジンは、壊れることなく長時間運転することが可能だということ、そし
て強調しておくが、適当なメンテナンスをすれば何年も長持ちするということだ。
-------------------------------------

 続いて、三鷹が前に紹介した部分になります。
-------------------------------------
 OK、バーグはそれでもなお、彼が人間を30分で殺すために必要だとする0.8%
(三鷹注:8000ppm)の一酸化炭素をディーゼル・エンジンが発生させるのは、ず
っと高い燃料/空気比だと我々に信じさせようとしているようだ。バーグの参照元
の資料の333ページの図3はこの論点を支持するかのようだ。図3は、44馬力と70
馬力のディーゼルでは、ともに燃料空気比0.065で約0.2%(2000ppm)を大きく越
える一酸化炭素は発生しないことを示している。これは、図3のグラフからの控え
目な見積りである。しかし、目線を333ページの左下に移せば、図4のもう一つの
グラフが見える。図4は、150馬力のディーゼル・エンジンの燃料/空気比の変化
による一酸化炭素発生のグラフである。それによれば、燃料/空気比0.065で150馬
力のエンジンが容積比1.0%(10000ppm)以上の一酸化炭素を発生させるのは明白で
ある。間違いなく1.0%だ! バーグの基準でさえも致命的である。0.055という”
マジカルな”燃料/空気比においてさえ、150馬力のディーゼルは、約0.4%(4000
ppm)の一酸化炭素を発生させる。これも、一般には相当に致命的と考えられる濃
度である。
-------------------------------------

 重要なのは、以上がモーリンズ自身の見解や新資料によるものではなく、バーグ
が参照元とした資料それ自体に沿った指摘だということです。バーグは資料から、
自説に都合のよい部分だけを切り取って、都合の悪い数字は意図的に無視している、
すなわち、資料を歪曲している、ということではないでしょうか。

 ホロコースト否定説に限らず、どのような論文でも、それが典拠とする資料を歪
曲した上で書かれたものには、信を置くわけにはいかない、というのが学問の常識
だと思いますが、さて、西岡さんは、どうお考えですか?



#1141/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/ 9/30 8:43 ( 44)
マーク・ウェーバーの思想信条について       三鷹板吉
★内容

 確かに、ある人間が「若い頃右翼的な思想を持っていた」からといって、現在の
彼の言動が偏向しているとは言えないかもしれませんが、ウェーバーの場合はそん
な生易しいもんじゃありません。

 1951年生まれのウェーバーが「若い頃」、1978年に関わっていたのは、ウィリア
ム・ピアースという人物が主催する「ナショナルアライアンス」という団体の機関
誌編集です。この「ナショナルアライアンス」というのは、どうヒイキ目に見ても
白人至上主義の「極右」であり、言葉を選ばずに言えば「ネオナチ」です。ウェー
バーが「若い頃」ハマっていたのは、単なる「右翼的な思想」などではない、とい
うことを、まず指摘しておきます。

 そのウェーバーは、もう「若く」はない1989年に、ネブラスカ大学のソウアー紙
のインタビューで、アメリカにおける白人の将来とアメリカの将来を憂慮する、以
下のような主旨の発言をしています。
-------------------------------------
 アメリカの進む方向は二つに一つで、白人の拡大再生産がなければ、アメリカは
メキシコ化、プエルトリコ化されるか、もしくは人種問題で分裂してしまう。多民
族による文化や伝統の可能性はない。黒人が白人社会に融合されるのは望ましくな
く、また可能でもない。待ち望まれるのは白人国家アメリカの到来であり、非白人
を二級市民として周辺部に押しやることにより、国家は安定する。
-------------------------------------

 アメリカの、保守ゴリゴリの右翼政治家と言えども、このような発言をしたと知
れたら、政治生命を失うことでしょう。89年の時点で、ウェーバーは立派な「極右」
であることに変わりありませんでした。

 で、もっと最近の1993年、SWC(西岡さんとマルコの敵である)が仕掛けたワ
ナにウェーバーはハマりました。SWCが作った架空の極右団体の集会に参加した
ウェーバーは、CBSのテレビカメラに写されているとも知らずに、自分がドイツ
のネオナチとの交流があることを自ら暴露し、その極右団体の機関誌のために仕事
をしたいと申し出たのです。

 ウェーバーは今なお現役の「ネオナチ」であるというのが、妥当な評価でしょう。

 もちろん、彼がネオナチだからという、それだけの理由で、彼のホロコースト否
定論文が信じるに値しないと決めつけるのは不当でしょう。しかし、西岡さんをし
て「ウェーバーは若い頃右翼だったが、今は左翼的(?)」と誤解させてしまうよ
うなやり方で「現役ネオナチ」のウェーバーが振る舞っているとすると、それは別
の意味で問題なのではないでしょうか。

 すなわち、三鷹が前々から指摘しているように、西岡さんは海外のネオナチにだ
まされて利用されているのではないか、という疑念がまたもや浮上するのです。



#1142/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/ 9/30 8:56 ( 7)
法廷で認められれば認めますよ(笑)>西岡さん   三鷹板吉
★内容

 自由な民主主義国家における公開された法廷で「事実」として認められたなら、
「慰安婦強制連行」でも「UFO」でも何でも認めましょう。

 ところで「ガス室否定」やホロコースト否定が「事実」として法廷で認められた
例ってありましたっけ? (ツンデル裁判は違いましたよね)



#1145/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/ 1 0:20 ( 58)
まとめてレスします>西岡さん           三鷹板吉
★内容

*ディーゼル&一酸化炭素について

 バーグとモーリンズのどちらの主張が正しいか以前に、バーグの「検証」が、自
説に不利な証拠を意図的に無視した「片目の検証」ではないかという「疑惑」の方
が、三鷹には気になりますがね。

 まあ、西岡さんの検討による「稿」をお待ちしましょう。

*マーク・ウェーバーはネオナチから「転向」したのか?

 三鷹にはどうもそうは思えないのですが、「転向した」と西岡さんがお考えにな
るならば、その根拠を教えていただければ幸いです。

 「政治信条と歴史的事実に対する論考の正否」は、常にリンクするとは限りませ
んが、リンクしている可能性を常に考慮すべきだと思います。日共党員の手になる
「リンチ共産党事件」に対する論考や創価学会員の手になる「出版妨害事件」に対
する論考を、そのまま受け入れることはできないのと同じように。

 と学会の指摘を待つまでもなく「ネオナチによるホロコースト否定」というのは
あまりにも分かり易すぎるんですよ(笑)

 リップシュタットの政治背景については、それをボードでハッキリ指摘したのは
三鷹だったことをお忘れですか? 「ホロコーストの真実」の版権表記を確認すれ
ば思い出せるのでは。

*東京裁判について

 そう来るだろうと思ってました(笑) さて、日本の戦争犯罪を裁いた連合国は
すべて「自由な民主主義国家」だったでしょうか? (ソ連は? 中華民国は?)
また、裁判は「自由な民主主義国家」の国内において通常行なわれるのと同等の基
準により、同様のルールに従って行なわれたのでしょうか?

 西岡さんの政治的感覚の発達レベルが問われるところでしょう。

 もちろん、東京裁判が問題の多いものであったからといって、そこで認定された
「事実」がすべて虚構であるとするなら、飛躍が過ぎるでしょう。歴史学の方法論
によって一つ一つ検証し、「歴史的事実」と「虚構」とを弁別していくべきでしょ
うね。

*「ゲルシュタインの告白」について

 バーグ論文が引用している分は読みました。他の証言と突き合せると、ちょとお
もしろい論考がなせそうです。

 西岡さんは、三鷹にわざわざ資料を送りつけようと申し出るほどに、ゲルシュタ
インを取り上げたがっています。この「ゲルシュタイン好み」については、海外の
否定者も共通しているんですねえ。否定者の大御所ロベール・フォーリソンなどは、
-------------------------------------
 ベウジェッツやトレブリンカのガス室が本当に存在したと証明するためには、ク
ルト・ゲルシュタインの供述を本質的に信頼することが要求される。
-------------------------------------
 とまでゲルシュタインを持ち上げているようです。

 それに対して反否定者の方は「他の証言や証拠を無視してええんか?」と皮肉っ
ているようです。なんで否定者はこうまでゲルシュタインが好きなのでしょうか?
なんとも興味深いですねえ(笑)



#1152/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/ 2 3:36 ( 8)
IHRに訊いたって、西岡さん(笑)        三鷹板吉
★内容

 そもそもマーク・ウェーバーは、そのIHRの幹部じゃないですか。

 志位さんのスキャンダルについて代々木に問い合わせるようなもんですよ。そり
ゃ断言するでしょうよ。「事実無根の反共デマである」とかなんとか(笑)

 他に情報源は無いんですか? CBSに確認するとか。



#1153/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/ 2 3:37 ( 15)
ベルツェックのガス室に関する証言は        三鷹板吉
★内容

 ゲルシュタインとその他一名(ファンネンスティエルPfannenstiel,Wilhelmのこ
とかな?)しかない、と西岡さんは考えてらっしゃるんですか? だから、ゲルシ
ュタインは重要だ、と。

 三鷹がちょと調べただけでも、ガス室の建設に従事した労働者や、運営にたずさ
わった親衛隊員の証言があるようですが、これらを西岡さんはご存じない、もしく
は知っていても無視するワケですか?

 また、ヒルバーグやコゴンがゲルシュタインの告白を取り上げているとして、そ
れはどのような取り上げ方だと西岡さんは認識していらっしゃるのでしょうか。こ
れは西岡さんの「定説認識」の確認でもあります。「定説」を代表すると西岡さん
がみなしているヒルバーグやコゴンは、ゲルシュタインを全面的に信頼している、
と西岡さんはお考えなんですか?



#1154/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/ 2 3:38 ( 24)
ニュルンベルク裁判について            三鷹板吉
★内容

 西岡さんがおっしゃりたいことは十分に分かっていますよ。

 大切なのは「戦犯裁判はすべて信用できない」と切り捨てるのではなく、一つ一
つの戦犯裁判がそれぞれどのようなルールに基づき、どのような手続きに従って行
なわれたか、キチンと区別すること。それに照らし合せて「判決」の是非を再検討
することではないでしょうか。

 これは三鷹の偏見かもしれませんが、ホロコースト否定者のやり口ってのは、一
つ二つの戦犯裁判の不備(拷問や偽証が横行したなど)をもって、残りすべてを否
定しようとするんですね。これじゃあ逆に、ある事柄が「見直される」べきものな
のか否かも分からなくなってしまいます。真の「歴史見直し=リビジョニズム」と
は言えません(笑)

 ちなみにさまざまな戦犯裁判に対する、三鷹のとりあえずの判断基準は前述した
通り「自由な民主主義国家」のものは認める、ということです。ナチスに限って言
えば「西ドイツ成立以降の西側」の諸国家における裁判の判決は、そのまま受け入
れても、まあ問題はないと考えています。イスラエルにおけるアイヒマン裁判も、
もちろんデムジャンジュク裁判も。あの国もまあ一応は「自由な民主主義国家」で
すから。

 それ以外については、もちろん全肯定じゃないし、かといって全否定でもない。
ケースバイケースですよ。



#1156/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/ 2 15:54 ( 59)
ウェーバー本人の弁明が聞けるとは(笑)      三鷹板吉
★内容

 これは楽しみですね。で、西岡さん、彼はどの程度「認めた」んですか?

 ちなみに三鷹が読んだ記事を以下、引用しときましょう。
-------------------------------------
ウェーバー,マーク(Weber,Mark)

 マーク・ウェーバーは「歴史見直し研究所(IHR)」で仕事をしている。IH
Rはウィリス・A・カルト(Willis A Carto)が創立したもので、反ユダヤ団体の
一つである。IHRは、その活動の大部分を、ホロコーストはひどく過大視されて
おり、ヒトラーの死の収容所のガス室は(三鷹注:「事実ではなく」)神話である、
という奇怪な観念を流布するために捧げている。1978年、ウェーバーは「ナショナ
ル・バンガード」誌のニュース編集者として確認された。ウィリアム・ピアース
(William Pierce)のネオナチグループ「ナショナル・アライアンス」の出版する
雑誌である。

 ウェーバーの名前は、ウォルフガング・ケンプケン(Wolfgang Kempkens)とロ
イ・ゴーデナウ(Roy Godenau)を含む、ドイツのネオナチの会話の中に登場した。
ロン・フューリー(Ron Furey)の隠れ蓑の一部であるサイモン・ウィーゼンター
ル・センター(三鷹注:略称SWC。ナチ・ハンターとして活動しているユダヤ人
団体)の「コールドフォン」は、電話をかけてきた人間に、ライト・ウェイ(三鷹
注:SWCがでっちあげた架空の極右団体の機関誌)につながる情報を与える応答
マシンに接続されている。「コールドフォン」の電話番号は、センターの上級研究
員と、ロン・フューリーと、それに、番号を教えられたネオナチしか知らない。

 1993年2月12日午後2時55分、マーク・ウェーバーと名乗る男性が、「コールドフ
ォン」に電話をかけてきた。彼はライト・ウェイを一部求め、郵送のための私書箱
の住所を伝えた。センターのグラフィック部門は、実在しない雑誌の替わりに、色
刷の購読予約申込書を送った。これはウェーバー氏の好奇心を満足させたらしく、
彼は、すぐにロンからのミィーティングの誘いに乗った。

 ミィーティングは1993年2月27日、カリフォルニア・ウェストミンスターのウェ
ストミンスター・カフェで行なわれた。その様子は、外のバンに配置されたCBS
のカメラクルーによって撮影された。ついにフューリー氏は、マーク・ウェーバー
に、ドイツでの「運動における地位」について尋ねた。ウェーバーの信頼感を確実
にするために、フューリーは自分がドイツのネオナチと一緒に写っている写真を見
せた。ウェーバーは、写真のネオナチたちがそれぞれ誰であるか、すべて正確に確
認した。

 十分にリラックスしたウェーバーは、彼の現在の雇い主がシブチンであることに
ついて語り合うに至り、ライト・ウェイで仕事を見つけられないかと尋ねてきた。
彼は、ラインハルト・コップス(Reinhard Kopps)(人名項目を見よ)からリチャ
ード・イートン(Richard Eaton)に、計画について協力するよう、推薦されてい
た。
                      (ニツコー・プロジェクトより)
-------------------------------------

 ここに名前が出ているのは、フューリー以外は皆、ネオナチ、極右、反ユダヤ主
義者の有名人のようです。

 ウェーバーは、少なくともフューリーとのミーティング(「集会」と訳したのは
三鷹の誤訳だったかもしれません。1対1だったとしたら「会合」ですね)に顔を
出し、極右雑誌の編集云々の話をしたところまでは「認めた」ようですね。

 ウェーバーはいかにして、ネオナチとSWCの上層部しか知らないはずの「コー
ルドフォン」の電話番号を知ったのでしょうか? また、上記のネオナチ、極右諸
氏とウェーバーとの現在の「交遊関係」について、ウェーバー自身がどう弁明して
いるのか、実に興味がありますねえ。



#1159/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/ 3 1:45 ( 28)
何言ってんですか>西岡さん            三鷹板吉
★内容

 ミーティングを「集会」としたのが三鷹の誤訳だったとするならば、「ネオナチ
・極右」を「右翼」と表現した西岡さんの政治センスは何なんですか(笑) 三鷹
が指摘しなければ、若い頃のウェーバーは、せいぜいレーガンやブキャナンを支持
する程度の「右」だった、とボード参加者に誤解されたかもしれませんよ。

 また、三鷹がウェーバーについて書いた程度のことが「特定個人への誹謗」なら
ば、西岡さんが石田さんに関して何度となく書いてきたことは、いったい何なんで
すか?

 そもそも、なんでこんな話に西岡さんが過敏に反応するのか、理解に苦しみます
ね。「政治信条は論考の正否とは関係ない」というのが西岡さんの主張なんでしょ
う。だったら、ウェーバーがネオナチだろうが宇宙人だろうが、少なくとも西岡さ
んにとってはどうでもいいことじゃないんですか?

 三鷹が気になるのは「ネオナチ疑惑をとりざたされているウェーバー」(こうい
う表現ならよろしいか?)が、こと西岡さんに対しては「左翼的と印象づけられる
ような振る舞い」(OK?)をしているらしいということです。西岡さんが、その
ソゴについてまったく気にならないのだとしたら、それはそれで「別の問題」だろ
う、と。

 オウム信者を世間の人たちがどんな目で見ていたかを考えれば、たやすく想像が
つくでしょう。

 ああ、それと89年のインタビューは、リップシュタットの「ホロコーストの真実」
からニツコーが引用していた英文を、その主旨を要約する形で三鷹が訳したもので
す。西岡さんも当然読んでいるものと思いましたが、読み落としていたんですか?



#1163/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/ 3 15:20 ( 46)
ウェーバーとネオナチの関係は、論と無関係じゃない 三鷹板吉
★内容

 三鷹がウェーバーの政治信条に注目するのは、ホロコースト否定とネオナチ運動
とのリンケージに注目しているがゆえであり、論題と無関係な事柄を取りざたして
いるワケじゃありません。また、このリンケージに関して三鷹が言及するのは、今
回が初めてじゃありません。

 三鷹がウェーバーの論考を正面から論破できないので、個人的なスキャンダルを
持ち出して誹謗している・・・西岡さんは、そう決めつけ、そうギャラリーに印象
づけたいのでしょうが、それこそ不当です。「ホロコースト否定者がネオナチと交
流している」というのは、単なる個人的な「交遊関係」の範疇にとどまりません。
政治家が芸者を買ったとか、そんなレベルの話をしてるんじゃありませんよ。

 だいたい、自分が触れたくない事柄に相手が触れたからといって、議論からの逸
脱と一方的に決めつけるのは傲慢すぎやしませんか?

 ウェーバーがいかにしてSWCの「コールドフォン(Cold Phone)」の電話番号
を知ったのか? 彼はなぜドイツのネオナチを個別確認(identify)できたのか?
 ウェーバーと彼らとの現在の交流関係はいかなるものか? などなど、三鷹は非
常に興味があります。また、それらについてウェーバー自身が、日本における「同
志」たる西岡さんに、どのように弁明したのかも同様に興味深い。

 聞いてはみたけど、はかばかしい返答は得られなかった、ちうなら、それはそれ
で立派な「返答」でしょう。ウェーバーにとって、西岡さんは「利用対象」であっ
ても、内実を共有し得る本物の「同志」ではない、ちうことなのかもしれません。

 ああそれから、リップシュタットからの引用について、三鷹のMSGを誤読して
いますね。リップシュタットが「ホロコーストの真実(Denying The Holocaust)」
で書いていることを、ニツコーが引用し、それを三鷹が滝川義人さんの訳文を参考
にして要約したんです。

 なんなら、滝川さんの訳文も紹介しときましょうか。
-------------------------------------
 彼(ウェーバー)によると、国の進む方向は二つにひとつで、”白人種の拡大再
生産がなければ”、アメリカは”メキシコ化、プエルトリコ化”されるか、あるい
は長い間の人種問題で分裂してしまう。彼は、多民族あるいはさまざまなエスニッ
ク集団が混然一体となった文化や伝統の可能性を否定する。彼は、黒人が白人社会
に吸収融合されるのは望ましくないとし、それが可能とも思わない。待ち望むのは、
白人国家アメリカの到来であり、そこでは非白人は二級市民として周辺部に押しや
られる。これによって、国家は繋留用の錨を得て、安定する。彼は、「今日我々に
はそれとてない」と嘆く。
-------------------------------------

 あらためて、極右丸出しの発言ですなあ(笑)

 誤訳や誤読があるというのなら、具体的に指摘してください。



#1164/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/ 3 15:21 ( 16)
ゲルシュタインについて>西岡さん         三鷹板吉
★内容

 西岡さんが答えてない質問がありますよ。再掲しときましょう。

(ベルツェックのガス室に関して)
> 三鷹がちょと調べただけでも、ガス室の建設に従事した労働者や、運営にたず
>さわった親衛隊員の証言があるようですが、これらを西岡さんはご存じない、も
>しくは知っていても無視するワケですか?

> また、ヒルバーグやコゴンがゲルシュタインの告白を取り上げているとして、
>それはどのような取り上げ方だと西岡さんは認識していらっしゃるのでしょうか。
>これは西岡さんの「定説認識」の確認でもあります。「定説」を代表すると西岡
>さんがみなしているヒルバーグやコゴンは、ゲルシュタインを全面的に信頼して
>いる、と西岡さんはお考えなんですか?

 どうなんですか、西岡さん?



#1165/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/ 3 15:23 ( 62)
バーグ論文を読み直しましたが・・・(笑)     三鷹板吉
★内容

 「The Diesel Gas Chambers: Myth Within A Myth」ちう論文です。西岡さんに
は悪いけど、これがホロコーストに関する「学術論文」だと認める研究者がいると
は、ちょと信じられませんね。アカデミズムの歴史学研究者が無視したとしても、
当然と言えるかもしれません。

 ホロコースト否定者のご多分にもれず、バーグもゲルシュタイン告白を「重視」
しているのですが、その「分析」たるや、あきれるほど低次元のものでしかありま
せん。

 一つだけ例を挙げれば、ガス室から引き出されたユダヤ人の死体について、ゲル
シュタインは「ガス室内に立錐の余地も無くギッシリ詰めこまれた犠牲者は、石柱
のように立ったまま死んでいた。死んだ後も家族はみな手を握り合っているから、
それと分かった」などと言っています。バーグはそれをとりあげて「ガス室から逃
げ出そうとした犠牲者についての言及がない」「犠牲者は(今にも殺されようとし
ているにも関わらず)家族ごとに集まって手を握り合うほどの十分な平静さを保っ
ていたようだ」(ゆえにゲルシュタイン告白には信憑性がない)などとイチャモン
をつけています。

 「人間は自分が印象深く感じた事柄を主として他人に伝えようとする」という、
テキスト分析の基本中の基本を、バーグは知らないのでしょう。あるいは、バーグ
自身「自分が引用した資料中の自説に反する記述=当然すぐれて”印象的”であろ
う記述」を、あえて無視するという、型破りの方法論の持ち主ですから、屁理屈で
もなんでも並べちまったモン勝ちと、確信犯でやっていることなのかもしれません。

 で、バーグは、ディーゼル・エンジンの排気ガスに含まれる一酸化炭素などの有
毒物質のそれぞれが、ガス室内の全員を30分で殺すことができるか否かをアレコレ
論じているのですが、それは、ホロコースト否定説の通例通り「歴史的事実の追求」
とは無関係の「否定のための否定」だとしか三鷹には読めません。

 そのバーグが、あえて書かなかったであろうことを、三鷹が指摘しておきましょ
う。それは「ディーセル・エンジンの排気ガスを、人間は30分間呼吸できるかどう
か?」という簡単な設問です。

 この設問についてのイメージ生成を助けるために、以下のことを想像して下さい。
トラックなりバスなりディーゼル・エンジンを使った自動車の排気管に適当な長さ
のホースをつなぎ、そのホースの端を口にくわえて鼻をつまむ。エンジンを始動さ
せ、発生する排ガスのみを呼吸する。ほんの30分、いや20分、15分でもいい。

 三鷹は、3分でさえ不可能だと思います。

 バーグは主張します。ディーゼル排気には、一酸化炭素、二酸化炭素、窒素酸化
物その他、人間を30分で殺すに十分な毒性物質は含まれていないし、逆に酸素は十
分に含まれている、と。でも、そのことと「ディーゼル排気を人間が30分間呼吸で
きるか?」とは別の問題です。

 三鷹は不可能だと思う。可能だと思う人間がいるのなら、いっぺん自分で試して
みるといい。深呼吸の一つでいい。トラックなりバスなりのディーゼル排気を肺一
杯に吸いこんでみなさい。その結果がどうなるか? それを30分、いや20分、15分
続けることができるかどうか、身体に聞いてごらんなさい。

 人間はディーゼル排気を呼吸するのは不可能だとして、しかし、自分の周囲に存
在するのが通常の空気ではなく、ディーゼル排気だとしたら? それはすなわち、
呼吸という行為そのものが不可能ということでしょう。呼吸不可能の状態が30分持
続したとして、人間はどうなるのでしょうか?

 以上の陰惨きわまりないシミュレーションによる、残虐な結果として想像し得る
光景が、すなわち、三鷹が「ディーゼル・エンジンの排気によるガス室」の実態と
して想定しているものです。排気中に、人間を短時間で殺すに十分な量の一酸化炭
素が含まれていたならば、それこそ犠牲者にとっては何よりの「救い」だったでし
ょう。



#1166/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/ 3 23: 0 ( 12)
SWCがウェーバーをネオナチだとする根拠が    三鷹板吉
★内容

 ウェーバーの「若い頃」のヤンチャと、たった一回の「お食事会」だけだと思っ
てるんですか、西岡さん? 他にいかなる根拠があるのか、ご存じないのでは?

 まあ、ご存じないからこそ、ウェーバー本人の言い訳を聞いただけで、三鷹が書
いたことを「作り話」だの「ウソ」だのと決めつけ、切り捨てて、安心していられ
るのかもしれません。

 「おめでたい」としか言いようがありませんね。それじゃあ、赤旗と日共パンフ
と新日本出版社の本しか情報源がない、2番ボードの誰かさんのことを笑えません
よ。


#1168/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/ 4 12:55 ( 33)
ギャラリーの皆さん、ここが注目ポイントです    三鷹板吉
★内容

 「ゲルシュタインの告白」なるものに対する、西岡さんの態度にご注目ください。
ホロコースト否定者の詭弁論法の「典型」が一つ示されようとしています。

 ここまでの西岡さんと三鷹とのやりとりを読んでこられた方にはお分かりのよう
に、西岡さんは「ゲルシュタインの告白」を非常に重視しています。彼がギャラリ
ーに印象づけようとしているのは、以下の2点です。

1.ベルツェックのガス室の最大の根拠は「ゲルシュタインの告白」である。
2.歴史学の定説は「ゲルシュタインの告白」に全面的に依拠している。

 この2点は2点とも、意図的になされた不正確な表現であり、ギャラリーをミス
リードせんがためのものです。

 そのことを明確にするために、三鷹は二つの質問をしました。

3.ゲルシュタイン(と他1名)以外の証言は無視するのか?
4.ヒルバーグやコゴンなど歴史学研究者は「告白」をどのように扱っているのか?

 ごく簡単な質問だと思うのですが、どちらについても、西岡さんはハッキリと答
えようとしません。答えると、1と2がミスリードであることがバレてしまうから
でしょう。

 4について補足するならば、三鷹の知る限りでは、「告白」の記述を100%信用
している研究者はいないようなのですが、三鷹自身、調べつくしたワケではないの
で、確証はありません。まあ、一人でもいれば、西岡さんは鬼の首をとったように
喧伝するでしょうから、そんな研究者は存在しないのかもしれません。

 その替わりに、西岡さんは三鷹に対して、何度となく「『ゲルシュタインの告白』
を信頼するのか?」と尋ねているワケです。もし三鷹が「信頼する」と答えたら、
存在しない「100%信頼研究者」の代用にしてやろう、てな腹づもりなのだろうと
三鷹はふんでいます。



#1171/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/ 5 15:15 ( 53)
西岡さんが#1146で書いているのは何ですか?    三鷹板吉
★内容

> 「ゲルシュタインの告白」を問題にするのは、「定説」側が
>この文書に大きく依拠して来たからじゃないですか。例えば、ヒル
>バーグは、その著書The Destruction of
>the European Jews(1961)の中で、この
>文書(「ゲルシュタインの告白」)を引用して「ディーゼル・
>ガス室」の存在に言及している訳だし、コゴンの本でも、「ゲル
>シュタインの告白」はとても大きく取り上げられています。この
>文書は、「定説」にとって、「ヘス自白調書」や「ヘス回想録」と
>同じくらい重要な「一次資料」なのですよ。
                           (#1146・西岡さん)

 このような記述をもって、三鷹は、西岡さんがギャラリーに「全面的な依拠」を
「印象づけようとしている」「意図的になされた不正確な表現である」と論評申し
上げたのです。ちなみに、どの程度の「依拠」なのか、以下のように、三鷹は西岡
さんの見解を求めています。

> また、ヒルバーグやコゴンがゲルシュタインの告白を取り上げているとして、
>それはどのような取り上げ方だと西岡さんは認識していらっしゃるのでしょうか。
>これは西岡さんの「定説認識」の確認でもあります。「定説」を代表すると西岡
>さんがみなしているヒルバーグやコゴンは、ゲルシュタインを全面的に信頼して
>いる、と西岡さんはお考えなんですか?
                              (#1153・三鷹)

 でも、これに対する西岡さんの答えは得られませんでした。「依拠」の具体的な
程度を問われても答えようとせず、ただ「大きく依拠してきた」「とても大きく取
り上げられている」というのが、「全面的な依拠との印象づけ」でなくて何だと言
うのです?

 で、何ですか? 今になって「大きな依拠」と言ったが、「全面的な依拠」とは
言ってない、とクレームですか? そんな瑣末な部分に入りこまなければ「反論」
さえ出来なくなってしまったのですか(笑)

 同様の瑣末主義に従って申し上げれば、三鷹は「西岡さんが『全面的な依拠』と
言った」とは書いてませんよ。「ギャラリーにそのように印象づけようとした」と
書いたのであり、そのような印象づけは「意図的になされた不正確な表現」であり、
「ギャラリーをミスリートせんがためのものだ」と書いたのです。もっぺん三鷹の
MSGをよくお読みなさい。

 それでも西岡さんが「全面的な依拠」という言葉にあくまでこだわるのならば、
「『大きな依拠』と印象づけようとした」と訂正しても、別に三鷹の方は構いませ
んよ。

 要するに西岡さんは、「ゲルシュタインの告白」をひっくり返すことにより、
「定説」をひっくり返そうと目論んでいるんでしょ? その目論見を達成するため
には、前段階として「定説」という積木を「ゲルシュタインの告白」という積木の
上に載せる必要がある。そのために「依拠」を実際以上にクローズアップせんとし
ているのでしょう。

 三鷹はその詭弁の構造をすでに知っていますから、「大きな依拠」と「全面的な
依拠」の違いにこだわる議論にまで、つきあう意味を感じません。(と言いつつ、
ついつい「つきあって」しまいましたが(笑))



#1176/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/ 7 5:52 ( 40)
マーク・ウェーバーのネオナチ疑惑         三鷹板吉
★内容

 この件についての西岡さんのMSGを読むだけでも、西岡さんの思考パターンと
物事の是非を判断する能力の程度が良く分かります。

 その西岡さんにちょと確認しておきたいのですが、ウェーバーは「コールドフォ
ン」に電話をしたことなどなく、「ライトウェイ」の購読申込書など受け取っては
いない、と西岡さんに明言したのですね? フューリーの方から突然電話してきて、
食事に誘われたので、それに応じた、と。

 もう一つ、フューリーは自分とネオナチたちが一緒に写っている写真をウェーバ
ーに見せて、ウェーバーは彼らネオナチを誰が誰であるか確認(identify)した、
とSWCは言っているワケですが、写真のネオナチとウェーバーとはまったく面識
がないばかりではなく、その顔さえも知らなかった(例えば三鷹や西岡さんが橋本
総理やクリントンの顔を知っているようにも知らなかった)、とウェーバーは西岡
さんに明言したのですか? 唯一、IHRに投書した一人の「名前」(顔ではなく)
それのみしか知らなかった、と。

 どちらも、実に奇妙な説明のように、三鷹には聞えます。

 ウェーバーが見ず知らずの正体不明の人間からの電話で一方的に呼び出され、一
緒に食事をした、というのがそもそも不思議です。そんな得体の知れない相手がセ
ッティングした場所に、のこのこ出かけていくものでしょうか? アメリカの治安
の程度は別にしても、IHRと政治的に敵対関係にある団体も、現に複数存在して
いるワケでしょう。かくいうSWCを筆頭として(笑) 会合の前に、なんらかの
信頼醸成プロセスがあった、と考える方が自然ではないでしょうか。

 また、ドイツのネオナチの幾人かはウェーバーと「連絡を取り合っている(comm
unicate with)」、ウェーバーを「とても良く知っている(know pretty well)」
など言っているようなのですが、これについてウェーバーはどう弁明するのでしょ
うか? 西岡さんへの説明だと、ウェーバーはネオナチのたった一人の、それも名
前しか知らないと言っているようですが、ちょと不自然だと思いませんか? そも
そも、その一人というのが誰なのか、ウェーバーは西岡さんに明言しましたか?

 まあ、ネタはいろいろあるのですが、続きは西岡さんのお答えを待ってからにし
ましょう。

 それと「CBSは隠し撮りを放映していない」とウェーバーが言ったと何度も繰
り返していますが、「放映した」と主張している人間がいるのですか? 少なくと
も三鷹は、そんなことを言ったおぼえはありませんが(笑)



#1177/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/ 7 5:53 ( 11)
ニツコーの「ゲルシュタイン」評価は・・・     三鷹板吉
★内容

 西岡さんにとっては残念なことに、あまり高いものではないようですねえ。

 ヒルバーグやコゴンが「大きく依拠している」と西岡さんが主張する「依拠」の
程度も、西岡さんの説明じゃ分かりませんよ。言及すれば、すなわち「大きく依拠」
したことになるんですか?

 彼らは、他の証言は無視しているのか? 「ゲルシュタインの告白」を100%信
頼しているのか? 以上2点について、西岡さんはどう認識しているんですか?
(これで同じ質問を3度繰り返しましたよ)



#1178/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/ 7 6: 0 ( 6)
RE#1175>ばかばかしい(笑)            三鷹板吉
★内容

 最初から「以下のような主旨の発言」と、発言そのものではなく要約だと
明記してるじゃないですか。

 本当に、日本語の理解能力において、重要な何かが欠落している人ですね。



#1185/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/ 8 12:52 ( 41)
読めない人ですねえ(笑)>西岡さん        三鷹板吉
★内容

 同じことを何度説明したら理解してもらえるんでしょうか? 三鷹がニツコーで
読んだのは、リップシュタットの「ホロコーストの真実(Denying the Holocaust)
」の「ネブラスカ大学ソーワー紙」云々の部分の引用で、三鷹の文章はその主旨の
要約です。英文から訳出するにおいては、「ホロコーストの真実」の翻訳者である
滝川義人さんの訳文を参考にしました。

 ゆえに、ニツコーにアップされている引用文は、西岡さんのお手元の「Denying
the Holocaust」に載っているのとまったく同じです。英文タイプが苦手な三鷹が
いちいちタイピングし直すまでもありません。信用できないのなら、ご自分でニツ
コーを検索してごらんなさい。「The Rivisionist Usenet Experience Biography
of Mark Weber」というファイルです。

 読解能力が無いというよりも、意図的に読まないようにしてるんでしょうかねえ。
その証拠に、3つも4つもMSGを並べているくせに、三鷹が質問した事柄につい
ては、見事なまでに焦点を外しています。

 んで、「『ゲルシュタインの告白』についてヒルバーグの著作に史料批判が全く
無い」などと一方的に決めつけていいのですか? 西岡さんは彼の著作を全部読ん
だわけじゃないでしょう。西岡さんが同様に「ヒルバーグの著作には載って無い」
と勝手に決めつけていた「ドイツ国鉄の運行指令書」が、「アウシュビッツへの特
別列車」という著作にキチンと載っていたことを、もうお忘れか?

 また、コゴンの本が「ゲルシュタインの告白」とともに「ファンネンスティエル
証言」を取り上げているのなら、それこそコゴンが「ゲルシュタイン」を100%は
信用せず、それに「大きく依拠」してるとも言えない、ということなんじゃないで
すか? 後者は前者の記述が部分的に不正確である、とハッキリ指摘しているんで
すから。

 三鷹としては、この二つのテキストを部分的に翻訳してボードに紹介するだけで、
西岡さんの質問への十分な答えになると考えているんですが、西岡さんご自身はど
う思いますか?

 ちなみに西岡さんのおっしゃる「ファンネンスティエルの証言取り下げ」とは、
彼のいつのどの証言のどの部分をどのように取り下げたものなのでしょうか? 具
体的に説明してくれませんか?

 #1182については「東横JR」問題であると、すでにお答えしています。以前の
MSGを検索してください。この質問も、バーグの受け売りですね。西岡さんはバ
ーグを100%信用してるんですか?



#1186/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/ 8 12:54 ( 26)
マーク・ウェーバーのネオナチ疑惑         三鷹板吉
★内容

 三鷹の情報源がSWCだとして、西岡さんの情報源は何ですか? 当のウェーバ
ー本人? で、本人が「ネオナチじゃない」と言ってるから、ネオナチじゃない、
と西岡さんは信じているのですね。西岡さん、前にカナダのツンデルについても、
あなたは同じことを言ってませんでしたか? 電話をして「あなたはネオナチです
か?」と訊いたら「いいえ」と答えた、とか(笑)

 まあ、今はその「ウェーバー本人の弁明」に、三鷹は非常な興味を抱いているワ
ケです。電話代に不自由しているのならカンパしましょうか? とりあえず2万円
ぐらいでいいですか。これでアメリカまで2時間は優に話せるでしょう。

 そうだな、三鷹がボードで提示した質問の他、以下のMSGをウェーバー氏にお
伝え下さい。
-------------------------------------
I wouldn't refuse your statements because you were once a "neo-nati" in
your young days. But if you are stll involved with these gangs, and
attempting to hide it from Mr.Nishioka or other ones, not also Jewish
people but we Japaniese will call you a liar, and regard your all
statements as junks.

(三鷹は、あなたの主張を、あなたが若い頃ネオナチだったからという理由で退け
はしません。しかし、もしもあなたが今もなおネオナチ連中に関わっていて、その
ことを西岡氏や他の人々に対して隠しているのなら、ユダヤ人のみならず、我々日
本人も、あなたをウソツキと呼び、あなたの主張をすべてゴミとみなすでしょう)
-------------------------------------



#1190/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/ 9 3:52 ( 29)
要約=「捏造」とは恐れ入りましたね(笑)     三鷹板吉
★内容

 ウェーバーの発言そのものではなく「主旨」であると三鷹は最初に明記してます。
出処を明らかにした上、参考にした滝川さんの訳文まで引用紹介しているのですか
ら、三鷹の要約が引用元の文章を歪曲したものであるかどうかぐらいは、読み比べ
れば簡単に分かることです。

 それが「捏造」とは恐れ入りました。三鷹が何をどう「捏造」したというのか、
キチンと説明していただきたいですね。話法が違うからですか? 発言そのもので
はなく、その主旨の要約なら、ごく普通のことじゃないですか。西岡さん自身「定
説側」研究者の論考を中心に、いろんな人間のいろんな主張をボードで紹介してい
ますが、その際には必ず、彼らの記述を一字一句違えずにカッコで括って引用して
きたとでもいうのですか?

 察するところ、西岡さんは三鷹の要約を「ウェーバー自身の言葉そのまま」と勝
手に勘違いした上で、勘違い含みのいい加減な翻訳で電話口のウェーバーに伝えた
んじゃないですか? で、「そんな風には言ってない」とか言われて、SWCあた
りが、ありもしない発言を「捏造」したと勝手に思い込んでしまったんじゃないで
すか? ウェーバーからすれば、西岡さんの「定説側」に対する不信感を再強化で
きて「してやったり」だったかもしれませんよ(笑)

 ウェーバーだって自分の発言がどのように扱われているか、重々承知しているは
ずです。もしも彼が西岡さんに対して十分に誠実だったなら、同じ弁解をするにも
「確かにそう解釈される可能性のある発言を自分はしたが、自分の真意はこれこれ
こうである」と、キチンと説明したと思いますがねえ。

 まあ、そこらへんの詮索はさておき、三鷹が何かを「捏造」したというのなら、
何をどう「捏造」したのか、具体的に指摘していただけませんか? でないと、西
岡さんの主張は、三鷹に対する根拠不明確な誹謗中傷、ちうことになりますよ。



#1191/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/ 9 3:53 ( 14)
その上、三鷹の質問から逃げる西岡さん       三鷹板吉
★内容

 答えにくい事情については、お察し申し上げますが、せめて「前向きな姿勢」ぐ
らいは見せていただけませんかねえ。

 三鷹が身銭を切ってカンパすると申し出ても、ウェーバーへの電話はもうなさら
ないことに決めたんですか? それは実に残念です。ウェーバーが「同志」に何を
語っているか、その肉声に迫れるチャンスだと考えたのですが、西岡さんのご協力
が得られないようなら、別の機会を待つことにしましょう。

 ゲルシュタインについては、三鷹は探していた本がようやっと入手でき、今読み
始めたところです。「抵抗のアウトサイダー」(ソール・フリートレンダー 産業
行動研究所)という本。ちょと古い本ですが、なかなか面白いですよ。西岡さんは、
当然お読みになってるんでしょうけど(?)



#1196/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/ 9 23:43 ( 7)
ホロコースト否定説に対するニツコーの反論     三鷹板吉
★内容

 ニツコー・プロジェクトはすでに、ホロコースト否定者の「疑問」に対応する回
答リストを用意しています。以下、それを紹介しましょう。

 ギャラリー諸氏にとっても、日本ではまだほとんど紹介されていない「ホロコー
スト否定説」という珍妙なエセ学問のアウトラインをつかむことができるでしょう。



#1208/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/11 20: 4 ( 37)
ゲルシュタインについて              三鷹板吉
★内容

 だから今、西岡さんも読んでいない本を読んでる最中だと申し上げているのです
が・・・(笑) 待ち切れないのかねえ。

 前に書いた通り、ニツコー・プロジェクトは「ゲルシュタインの告白」をあまり
重視していないようです。トレブリンカやベルツェックについての概説を読んだ限
りでは、名前も出していないようですし。

 でもけして無視しているワケではありません。西岡さんに負けず劣らずゲルシュ
タイン好きが揃った(笑)否定者諸氏に対する反論の中では当然触れていますし、
よりディープな論考の中でファンネンスティエルなどとともに紹介しています。フ
リートレンダーの本も、彼の自殺の様子に関連して引用されていたので、それで三
鷹も興味を抱いて読む気になったんです。英語版のタイトルは「Kurt Gerstein:
The Ambiguity of Good」。ちなみに「原書」はフランス語です。

 ですから、ニツコーはゲルシュタインを100%信頼しているとも完全に切り捨て
ているとも言えません。どの程度信頼しているのか、と聞かれてもニツコーの関連
文書を全部読んでいない三鷹には、なんとも言えません。西岡さん自身の目で確認
するしかないのではないでしょうか。

 三鷹の方は、現時点の「評価」を申し上げれば信頼度60%てとこでしょうか。誇
大すぎる表現がところどころ見受けられるというのは、西岡さんに指摘していただ
くまでもなく分かりますし、ファンネンスティエル証言と読み合せれば、ファンネ
ンスティエルの方は「ゲルシュタインは俺がこんなことを言った、と書いているが、
俺はそんなことを言った覚えはない」など具体的に指摘しているのですから、事実
関係に関しても不正確な部分があるかもしれないと推定できます。でも、両者を比
較した限りにおいては、ラインハルト作戦の絶滅収容所でガス殺が行なわれていて、
ゲルシュタインとファンネンスティエルの二人が二人ともそれを目撃した、という
「証言内容」は、共通のものとして抽出できるワケですよね。二人の言葉を信じる、
信じないは別として。

 逆に、両者が両者とも捏造もしくは偽証だったとすると、説明できないことがい
くつも出てくるんでね。ニツコーのQ&Aを読んでも分かる通り。

 さらに調べればもうちょっといろんなことも言えると思いますが、とりあえずは
こんなとこですか。



#1216/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/10/14 22:39 ( 11)
おひさしぶりです、安規さん            三鷹板吉
★内容

 おっしゃる通りです(笑)

 でもまあ、西岡さんが主張したいのは「三鷹が何を読んで何を読んでいないか」
についての指摘などではなく「みなさん、三鷹のMSGを信じちゃいけませんよ。
でないと私が困ります」という悲鳴混じりのアピールでしょうから、いちいち反論
する必要もないでしょう。

 そのことは、安規さんご自身ももちろんのこと、今までのヤリトリを読んできた
ギャラリー諸氏には自明のことだと思いますよ。



#1254/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/11/ 8 2:59 ( 26)
【間宮】さんてちょと読解力足りないんじゃないの? 三鷹板吉
★内容

 なんか誤読・誤解が多くないですか? 前にも2番で三鷹のMSGに関して、ピ
ント外れのことを言ってましたよね。

 タウブネル裁判については、疑問1番(その5)ですでに紹介してますが、間宮
さんはもしかしてお読みになっていないのでは?

   被告は、ユダヤ人に対するそのような行為を理由に罰せられるのではない。
  ユダヤ人は絶滅されねばならず、ユダヤ人の誰が殺されようと、大した損失で
  はない。しかし被告は、ユダヤ人の絶滅は、その目的のために特別に訓練され
  た部隊(Kommandos)の義務であるということを理解せねばならない。被告は、
  被告自身がユダヤ民族の絶滅に協力する権限を有していると、誤って考えたが
  ゆえに、処罰されねばならない。

 てな評決文は、それこそ「ユダヤ人絶滅の努力それ自体が存在したことの言明」
じゃないんですか?

 ついでにもひとつ。「ホロコースト歴史地図」が挙げている数字が、「600万人
という数字からの逆算」だと言うのなら、具体的にどの数字がどう逆算されたもの
なのか、指摘していただけませんか?

 間宮さんが、どっかへ消えてしまった西岡さんの代わりに、ここでホロコースト
否定論をぶちかまそうというのなら、三鷹も一人でMSG書いてるよか張り合いが
出るから歓迎さしあげますけど、ピントのズレたコメントをつけられても、ちょと
対応に困るんですよねえ。



#1259/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/11/13 16: 3 ( 90)
とりあえずレスしときましょう>間宮さん      三鷹板吉
★内容

>そもそもニッコって何です? アメリカのシオニストですか?

 ニツコー・プロジェクトの中心人物のケン・マクベイはカナダ人で、ユーズネッ
トでホロコースト否定者連中と何年にも渡って論争してきた人物です。その蓄積を
インターネットを通じて展開することにより、ネオナチ、極右、反ユダヤ主義者、
白人至上主義者、そしてホロコースト否定者のネット上での「業績」を相当レベル
でチャラにしているワケです。

 マクベイという名前から察せられるようにユダヤ系ではありません。シオニスト
かどうかは三鷹は寡聞にして知りません。非ユダヤ人のシオニストというのは、ナ
ンですか、「名誉白人」みたいなもんですか?


>「ガスで死んだ」何か証拠が一つあればいいんです。それを書いてくれませんか?

 どのような「証拠」が無いのか書いた方がてっとりばやいでしょうね。

 例えば、現代アメリカの処刑用ガス室の設計基準と安全基準を満たすナチスのガ
ス室はそもそも存在しなかったし、今すぐにでも使用可能状態の、現役のガス室は
残っていません。ガス室に入れられてガスを浴びせられながらも生き残って証言し
た人間は一人もいませんし、ガス室で殺された人間一人一人に対する死亡診断書や
検死報告も残っていません。

 でも、それ以外のさまざまな証拠や証言が存在するということは、ここまで紹介
してきたQ&Aをお読みになっても、お分かりになるでしょう。被害者のユダヤ人
による証言も、加害者のSS隊員の罪を認める証言もあり、裁判の判決もあります。
死刑を免れて服役後釈放されたSS隊員も、その後、証言を覆しておりません。
(このあたりの事情は、例えば「南京大虐殺」の「百人斬り競争」などとは、まる
っきり異なっています)

 その上で「現役のガス室も死体も無い以上、ガスで死んだ証拠はない」とかたく
なに思い込んでいるごく少数の人たちもいれば、そうじゃない人たちもいる、とい
うことなんじゃないでしょうかね。

 三鷹自身はまだ現物までは確認していないのですが、ビルケナウで発見された、
刈り取られた女性の髪の毛からシアン化水素の化合物が検出された、という鑑定報
告もあるそうです。もちろん、これにしても、ガス以外の原因で死んだ女性の髪の
毛を刈り取り、しかる後にチクロンBで「消毒」したてな「説明」も、不可能とま
では言い切れないワケですが。


>で、評決が何の「証拠」なんですか?

 三鷹が指摘したのは、タウブネル裁判の評決中に「ユダヤ人絶滅の努力それ自体
が存在したことの言明」があった、ということですよ。間宮さんが提示した疑問に
対する正確な答えになっていると思いますが。

 そっから先「ユダヤ人絶滅の努力が存在した証拠」なら、ナチ幹部の発言記録や
日記だけに限っても、ヒトラーの演説以外に、ヒムラー、ゲッペルス、ハンス・フ
ランク、ヘス、アイヒマンその他何人ものナチ幹部の言明が存在します。彼ら全員
が、間宮さん同様の「口先だけの虐殺者」だったとは三鷹にはとうてい思えないの
ですが。もちろん、そう思い込むことが不可能である、とまでは申しませんよ。


>「衰弱者はガス殺された」なんて(笑)。一人でも具体名が挙げられますか?

 「選別による衰弱者のガス殺」は、「夜と霧」その他の生存者による記録にもハ
ッキリと書かれており、選別にたずさわった収容所の医師たちを裁いた裁判におい
ても確認された事実なんですが。

 間宮さんと同様の質問を懸賞金付きで行なったのがIHRで、それに応じたのが
アウシュビッツの生存者メル・マーメルシュタインでした。彼は家族をアウシュビ
ッツのガス室で失っています。IHRがマーメルシュタインに要求した「証拠条件」
は、「死者だけが証言できるようなていのものであった」とヴィダル=ナケは論評
しています(「記憶の暗殺者」p.232)。「特定の人物がガス室に入れられ、ガス
によって殺されるところを、複数の信頼できる目撃者によって明瞭に確認されたの
でなければ、証拠とは言えない」などと最初から決めつけてかかるならば、マーメ
ルシュタインの証言はそれを満たすものではなかったのかもしれませんね。

 でも、#1222の疑問5番にあるように、結果としてIHRはマーメルシュタイン
に賞金全額+アルファを支払うハメになりました。

 ちなみにコルベ神父については、偉人伝的に記述されているのとは多少異なる事
情があったようです。カソリックとホロコーストとの関係も含めて、別の機会にあ
らためて論じることにしましょう。


>足しても無意味な数字になります ・・・・ 引いたんですよ。600万から。

 何十何人まで判明している証拠資料と、何十万何万と概数しか分からない資料と、
精度の異なる数字があるというだけのことじゃないんですか? 別に物理化学の実
験データを論じているワケではないんですから、精度が違っても「無意味な数字」
とは言えませんよ。それとも、100万単位の概数はすべて同じ単位の概数である600
万からの引き算だというのですか?(笑)

 600万というごく大雑把な数字の他に、例えばホロコースト百科事典は5,596,000
人から5,860,000人というより細かい数字を挙げているそうです。さて、これはど
ういう「引き算」の結果なんでしょうかねえ。



#1264/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/11/14 5:39 ( 53)
はあ? 今度は「掛けた」ですか>間宮さん     三鷹板吉
★内容

 これについても何をどう掛けて出した数字なのか、具体的にお聞きしたいですね。
また、犠牲者600万人という数字が概数である以上、多少の誤差があるのは当然だ
と思いますが、その誤差を「±200万」と推定する根拠はどこにあるんですか?

 また、三鷹は不勉強にして、戦前戦後の人口差が100万か200万しかないという、
「世界のユダヤ人名簿」なる資料を見たことがないのですが、それはどこへ行けば
確認できるんですか? その名簿を引用した著作なり論文なりがあるなら、ご教授
願いたいのですが。

 「滝川義人訳」の「ホロコースト百科事典」というものが存在するというのも初
耳です。何をおいても是非読んでみたいものですね。いったい、どこの出版社から
いつ出たのか、ぜひとも教えていただきたい。


>決定的なのが一つも無いんですよ。だから論争が何年も続いているわけです。

 とホロコースト否定者が喧伝しているのは知っていますが、どこで「何年も続い
ている」「論争」なんですか? その場となっている学術誌なり研究機関なりがあ
るというのなら、これもまた教えていただきたいものです。

 三鷹の知る限り、そんな「論争」など、IHR(歴史見直し研究所)という名前
の、一見マットウな研究機関を思わせる名称の団体の、「歴史見直しジャーナル」
という、一見マットウな名前の機関誌以外の、アカデミズムのどこでも行われてい
ません。間宮さんはそれを読んだんですか?

 アカデミズムは、IHRの主張を学問上の論争に値するものではなく、単なる政
治的プロパガンダであり、「嘘」だと見切っているのです。「アカデミズムこそ不
当である」と性急に言挙げる前に、「実態」を見極めることをお薦めします。そも
そもIHRがいかなる団体であるかくらいは、ニツコーのQ&Aを読んだだけでも
十分分かるでしょう。

 単に「論争が続いている」というだけならば、進化論と創造説の間でも百年以上
に渡って「論争が続いている」ワケです。最近ようやっと終りそうな気配が見えて
きましたが(笑)


>証言を覆したら死刑になるんでしょう(笑)時効も無い言論の自由も無いドイツ
>では。

 「戦犯裁判に関する証言を覆したら死刑になる(あるいは罰せられる)」という
のも初耳ですね。間宮さんがそう考える根拠となる法律または判例を紹介していた
だけませんか?

 総じて、間宮さんのMSGを読むに、間宮さん自身の思い込みによる決めつけに
過ぎないものを、その場その場の想像で適当にふくらませているに過ぎないように、
三鷹には見えます。

 ユダヤ陰謀論でも何でも三鷹は一概に否定はしません。「論争」の素材としても
別にかまわないんですが、間宮さん自身の思い込みを開陳しているだけならば、読
者に対しての説得力がちょと乏し過ぎます。三鷹の反論意欲を喚起すべく、もちょ
っとがんばってほしい、とエールを送る次第であります。



#1265/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/11/14 12:49 ( 66)
衰弱者の選別とガス殺               三鷹板吉
★内容

 アウシュビッツの生存者・V.E.フランクルの「夜と霧」を見てみましょう。
まず、収容所到着直後の、「労働可能者」と「労働不能者・衰弱者」の選別です。
フランクルは「可能者」に分類され、彼の友人達をも含む全体の約90%もの人々は
「不能者」とされました。

   私はすでに長く収容所にいた仲間の囚人に、私の同僚や友人のPはどこへ行
  っただろうかと聞いた。「そいつは別の側に行ったのかね」と彼は聞いた。 
  「ええ」と私は言った。「そんならそいつはあそこに見えるじゃないか」と私
  は言われた。どこに? 彼の片手は二、三百米離れた一本の煙突を示していた。
  そこからは数メートルの高さの焔が無気味に広い灰色のポーランドの空にチョ
  ロチョロと燃え上がり、真黒な煙となって立ち上っていた。あそこは何だろう?
  「あそこでお前の友達は天に昇っていってらあ」と粗野に答が与えられた。
  (p.89)

 選別によるガス室送りは、その後、何度も繰り返されます。

   たとえば、収容所の囚人の一定の数を、他の収容所に送る囚人輸送があると
  いうことを、われわれが聞いたとする。すると当然のことながら「ガスの中に
  いれられる」ということを推測するのである。すなわちその輸送とは病人や弱
  り果てた人々から、いわゆる「淘汰」が、つまり労働が不能になった囚人の選
  抜、が行なわれて、ガスかまど及び火葬場のある中央のアウシュヴィッツ大収
  容所で殲滅されると考えるのである。(p.76-77)

   「……生命が救かろうと思うならば、たった一つだけ方法がある。それは労
  働が可能であるという印象を惹き起こすことだ。君達が一寸したつまらない傷
  や靴ずれで跛をひくだけで、もうおしまいだぞ。誰か親衛隊員がそれを見つけ、
  其奴に傍にくるように合図し、そして翌日はガス行きは受け合いだ。俺達の間
  で回教徒と呼ばれている者を知っているか。病人らしく見える、くたびれて痩
  せた、もう働くのがむずかしいような哀れな姿さ。早かれ遅かれ、しかも大概
  はすぐ、回教徒はガスの中に入っていくのだ……」(p.98)

 続いて、アウシュビッツ所長だったルドルフ・ヘスの証言です。F.K.カウル
「アウシュヴィッツの医師たち」(三省堂)から引用しましょう。

   普通の日常的な医師の任務と並んで、アウシュヴィッツの親衛隊員医師はさ
  らに次のような諸活動を行った。
  一.ユダヤ人が輸送されてくると、親衛隊員医師は親衛隊元帥から与えられた
   基準に従って、労働可能な男女のユダヤ人を選別した。
  (中略)
  四.アウシュヴィッツやビルケナウなどの労働収容所では親衛隊医師は労働不
   能になり四週間以内には復帰不可能とみなされるユダヤ人を選び出し、抹殺
   過程に送り出す義務を負った。病人も抹殺されるべきであった。寝たきりの
   者は注射で殺された。その他の者は焼却場つまりブンカーでガス殺された。
   私の知るところでは、注射に使われたのはフェノール、エヴィパン、青酸で
   あった。(p.183-184)

 ビルケナウの囚人医師だったエレナ・リンゲンスの証言。

   病舎に連行された病気のユダヤ人女性は病舎の中か、病舎と病舎の間の空き
  地で淘汰されました。一つの病舎の全員が輸送されることもしばしばありまし
  た。淘汰される女性は予め囚人番号を記録されていて、殺される日が近づくと
  呼び出されて第五病舎に行かされ、そこからガス室に輸送されました。彼女た
  ちを漏れなく確実に第五病舎へ行かせるために、それ以外の女性囚人は鎖に数
  珠つなぎにされました。脱走を防ぐためにこうしたのです。(p.187)

 親衛隊医師クレマー博士の日記。

   一九四二年九月五日 本日昼、回教徒の特別選抜に立ち合う。この上なく恐
  ろしいことだ。親衛隊大尉で小隊付き医師のティロ博士が、今日は食後にまた
  ここで会うことになるだろうと私に言ったのは当たっていた。夕方八時に又も
  や特別選抜が行われた。(p.192-193)

 ここで引用した以外にも、「衰弱者の選別とガス殺」についての証言はいくらで
もあります。興味がある方は「アウシュヴィッツの医師たち」をごらんください。



#1267/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/11/15 13:31 ( 64)
はあ、そうですか>間宮さん            三鷹板吉
★内容

>第2次大戦で誰が死んだのか、戦後の西側で名簿から1人1人集計できたのは
>100万程度です。あとは600万から引いて東欧各国に割り振ったんです。

 間宮さんがそう考える理由は結局のところ、元データの精度が揃っていないから、
ということに尽きるようですね。そっから先は「±200万」も含めて、単なる間
宮さんの想像の産物である、と。

 想像に根拠を求めてもしょうがないですね。了解いたしました(笑)


>「フリーメーソンとは何か」(確か大手町出版)に載っています。
>柘植氏のヒトラー伝記にも書いてあったと思います。文庫本で出ています。

 その「確か大手町出版」の本は、誰が書いたのですか? 赤間剛ですか、太田龍
ですか、宇野正美ですか。「柘植氏」というのは歴史学者ですか? 自称「元傭兵」
にそんな名前の人物がいたように記憶しますが(笑)

 どうも三鷹の質問が不味かったようです。以下のように問い直しましょう。マッ
トウな歴史学者の著作や論文で、「世界のユダヤ人名簿」なる資料をとりあげてい
るケースがあるのですか?


>近所の図書館にあるんですが。比較的新しい本です。あなたの見た「ホロコース
>ト百科事典」は滝川ではないのですか?

 三鷹の知る限りでは「ホロコースト百科事典」の邦訳は出ていないようなのです
が、出ているとするならぜひ読んでみたい、と申し上げているのです。間宮さんの
「近所の図書館」てのはどこですか? 教えてくだされば三鷹が自分で確認しても
かまいませんよ。


>IHRがいかなる団体であるかは全然わかりません。常識的な人たちだと思うだ
>けです。

 その「常識」を今一度チェックなさることをお薦めします。


>ドイツの刑法では殺人の時効が撤廃されています。
>「戦争中、あそこでは一人しか殺していない」なんて言っただけで死刑です。
>何も言えません。直接の当事者である証人を黙らせて死ぬのを待っているです。

 嘘です。


>「青酸」の液体を注射しても動物は簡単には死にません。経口摂取して胃酸と反
>応したときだけです。青酸ガスが気体として遊離しないと効果がありません。

 間宮さんは「青酸の液体」というのを、青酸カリや青酸ナトリウムなど、シアン
化塩類の水溶液か何かと勘違いしてるんじゃないですか?

 青酸(HCN)が人間を含む動物を殺すのは、体内のフェリチトクロームオキシ
ターゼの活性を抑えて体内呼吸を阻害するからです。ガスとして肺から血液中に取
り込まれようが、水やアルコールなどの液体に溶かして直接血管内に注射されよう
が、効果は変わりません。


>私はここであなたと水掛論をやりたいわけではないです。

 水掛け論にすらなっていません。単なる思いこみや、根拠のない主張、嘘でまか
せを何十行、何百行ならべたてても「反論」とは言えません。書いてる人間のレベ
ルが知れるだけです。



#1269/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/11/17 0: 5 ( 73)
問題になりませんねえ>間宮さん          三鷹板吉
★内容

>違いますね。もっと別の人です。別にその人は「アウシュビッツはなかった」と
>言っているわけではなく、欧米のユダヤ出版社が世論操作のために平気で嘘を
>言う例として挙げているだけです。

 誰が書いたか分からない、タイトルさえ不明確な本を言挙げてどうしようという
のですか? ちゃんと調べた上でお書きになることをお薦めします。


>「ホロコースト歴史事典」原書房 滝川義人訳です。これは別の本の翻訳なんで
>しょうか?

 間宮さんは「ホロコースト百科事典」と「ホロコースト歴史地図」と混同してい
るのです。原書房から出ているのは後者で、前者は未翻訳です。
 「近所の図書館」で調べれば簡単に分かる間違いを、なぜこう何度も繰り返すの
でしょうか。三鷹には不思議でなりません。


>なのに「アウシュビッツのガス室で600万殺された」とかデタラメを書く人間
>がいるので困ったものです。

 そんな人間は、少なくともマットウな歴史学者には一人もおりません。永岑三千
輝さんも絶対にそんなことは言っていません。600万人という概数は、ナチスによ
って殺されたユダヤ人の総数を示すものです。アウシュビッツ・ビルケナウ収容所
の犠牲者数は研究者によって異なりますが、控え目に見積もった「定説」的記述と
しては、約100万人から150万人というところです。

 間宮さんが「ポーランド政府が最近150万以上減らしました」と言っているの
は、アウシュビッツ博物館が明らかに政治的理由により「犠牲者400万人」という
主張を比較的最近まで墨守していた、という事実を指すものと思われます。それと
は別に、歴史学者による研究成果が示す数字は、そのずっと前から以上のような範
囲に落ち着いていました。「ホロコースト歴史地図」も、その研究に基づいた著作
です。

 間宮さんは、その「ホロコースト歴史地図」p.244に出ているポーランド国内の
ユダヤ人犠牲者数300万人という数字を、アウシュビッツ・ビルケナウの犠牲者数
と勘違いして、歴史地図の著者はポーランド政府の主張を鵜のみにしている、と思
いこんでいるのかもしれません。


>>>ドイツの刑法では殺人の時効が撤廃されています。
>>>「戦争中、あそこでは一人しか殺していない」なんて言っただけで死刑です。
>>>何も言えません。直接の当事者である証人を黙らせて死ぬのを待っているで>>>
す。
>>
>> 嘘です。

>本当ですよ。どこが嘘なんですか??

 「戦犯裁判での証言を後に取り消すことが罪に問われるか?」というのがそもそ
もの設問です。「問われない」が三鷹の主張。それを間宮さんは、ドイツでの謀殺
罪の時効廃止、いわゆる「ホロコーストの嘘」法などとごっちゃにして論点をずら
しています。間宮さん自身、よく分かってないからでしょうが、結果として全体的
な主張が嘘となっています。

 より分かりやすい端的な嘘は「死刑です」との断言。ドイツでは死刑は廃止され
ています。


>「ガス室があった」なんていう話は物証もないし証人もいないんですから、
>「大東亜戦争は植民地解放戦争であったか否か」と同じ、個人的信念の問題
>でしかないのではないですか?

 証拠と証言の評価についてはすでに書きました。歴史学者の大多数が認める「歴
史的事実」を闇雲に否定しようとするのは、説得力ゼロの「個人的信念」にすぎな
い、という意味ならば、異論はありませんよ。その背景にあるのが、学問的態度と
はほど遠い政治的主張である、ということも含めて。


 繰り返しになりますが、間宮さんの主張は「反論」のていをなしていません。根
拠レスな思い込みや、その場その場の適当な思いつき、誰の目にも明白な嘘いつわ
りを何遍並べ立てても、何の意味も無いことをご理解ください。

#1272/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/11/19 1:18 ( 7)
どうやら間宮さんはネタ切れのようです。      三鷹板吉
★内容

 ついでに息切れもいちじるしいようで(笑) これ以上「議論」が先に進まない
ようなら、お相手を控えさせていただきます。三鷹は間宮さんに恥をかかせるのが
目的でレスをつけてるワケじゃありませんし。

 もちょっとマシな材料を探し出していらっしゃい。



#1277/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/11/20 13:27 ( 30)
「想像」とじゃ議論になりませんねえ>間宮さん   三鷹板吉
★内容

 間宮さんは「犠牲者600万人」という概数について、歴史学者の主張を知らずに、
あれこれ勝手に想像した上で難癖をつけていたワケですよね。

 戦犯証言の撤回についても、選別による衰弱者のガス殺証言の有無についても、
はたまた青酸の毒性についても同様です。すべて、間宮さん一人の想像によるもの
で、しかもその想像は事実誤認に基づいていたということは、間宮さんご自身もご
理解できたでしょう?

 ニツコーがシオニストだというのも、焼却炉の処理能力についても、アウシュビ
ッツでの強制労働の性質についても、すべて間宮さんの想像でしかありません。こ
れまでの想像同様、事実誤認がいくつも見られます。一つ一つ丁寧に説明していっ
てもキリが無いようなので、以後は間宮さんのMSG一つにつき一つだけ事実誤認
もしくは嘘を指摘さしあげることとしましょう。

 今回はこれです。

>しかし「ガス室で殺してから何日もほっておいた」話は全く出てきませんね。
>これだけでも「ガス室はなかった」と言えます。

 アウシュビッツ所長ルドルフ・ヘスは「告白遺録」p.144で以下のように書いて
います。

   (ゾンターコマンド=ユダヤ人特殊部隊は)すでに長時間、大きな穴に転が
  されて腐臭を発する死体を焼くという、陰惨な作業の時にさえ、食べるのをや
  めないのだ。

 「ガス室で殺してから何日もほっておいた」から「腐臭を発する」までになって
しまったんじゃないですか?



#1281/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/11/21 13:20 ( 55)
間宮さんの「想像」分析(1)           三鷹板吉
★内容

 まずは「600万人」についてです。間宮さんは、どうやら、この数字を「歴史学
者の一部が主張するところのアウシュビッツの犠牲者数」だと勝手に思い込んでい
るようです。具体的には永岑三千輝(立正大学経済学部教授)の主張だ、と。

>マットウな歴史学者の著作や論文で「600万」なんて数をとりあげているケー
>スがありますか?「れきしがくしゃ永峯」だけでしょう?「600万」なんて歴
>史学的には全く検証できない数です。信頼できる資料が無いんですから。
>アウシュビッツに入った人と出た人の差から「アウシュビッツで死んだ人150
>万」というのが一応の定説です。そのうち大部分は餓死であり病死です。
>なのに「アウシュビッツのガス室で600万殺された」とかデタラメを書く人間
>がいるので困ったものです。
                           (#1268・間宮さん)

> そんな人間は、少なくともマットウな歴史学者には一人もおりません。永岑三
>千輝さんも絶対にそんなことは言っていません。600万人という概数は、ナチス
>によって殺されたユダヤ人の総数を示すものです。アウシュビッツ・ビルケナウ
>収容所の犠牲者数は研究者によって異なりますが、控え目に見積もった「定説」
>的記述としては、約100万人から150万人というところです。
                             (#1269・三鷹)

>まともな歴史学者で「犠牲者600万人」と書いてる人間はいないでしょう?
>「アウシュビッツで150万以下」が定説だと三鷹さんも認めた通りです。
                           (#1280・間宮さん)

 間宮さんには、自分が何を言ったのか都合よく忘れていくという不思議な習性が
あるようです。「アウシュビッツのガス室で600万人が殺されたと『れきしがく
しゃ永峰』が言っている」というのが、そもそもの間宮さんの主張です。
 三鷹はそれをハッキリと否定しました。永岑三千輝(立正大学経済学部教授)は、
絶対にそんなことは言っていません。間宮さんがそう勝手に想像して、でたらめを
言っているのだ、という指摘です。
 ここで間宮さんに求められているのは、「いや、現にこの論文で言っている」と
事実を提示しての反論か、「自分の事実誤認でした」との訂正です。なのに間宮さ
んは「まともな歴史学者で『犠牲者600万人』と書いてる人間はいないでしょう?」
など間の抜けたことをおっしゃっている。

 忘れていたのなら思い出させてあげましょう。間宮さん、永岑教授は「アウシュ
ビッツのガス室で600万人が殺された」と言っているのですか? いないのです
か? 論文名を示せとまでは言いません。どうせ一つも読んでいないのでしょうか
ら。どちらにせよ、間宮さんがそう考える根拠も示してください。

 これを便宜的に三鷹から間宮さんへの「質問1番」としましょう。

 ちなみに、2番以降は、

>・ 戦犯証言を撤回したら、また新たに罪に問われるし、
>・ 選別による衰弱者のガス殺証言の有無についても、噂にすぎないし、
>・ 青酸の毒性についても、HCNの水溶液を注射器に入れるのは非常に危険だ
>し、

 を予定しております。三鷹がどういう質問をするか簡単に想像がつくでしょうか
ら、準備をなさっておくことをお薦めします。そうだなあ、質問2番でいうのなら
「新たに罪に問われる」というのなら、それは具体的にどういう「罪」なのか、ド
イツの刑法を調べとく必要があるでしょうね。



#1283/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/12/ 1 21:35 ( 22)
生存証明                     三鷹板吉
★内容

 毎日せっせと書いていたのに突然書かなくなると「何があったんだ?」と不審に
思われる可能性があるので簡便に。

 「お休み」の原因は不慮の事故でした。具体的には、おろしたての出刃包丁でさ
かなを捌いていて手が滑り、指をザックリと…。台所は血まみれになるわ、女房は
パニくるわの大騒ぎ。ケガの程度は4針縫うくらいでしたが、1週間入浴と飲酒を
禁じられたのが辛かった。もちろん、キーボードも叩けません。ようやっと従来の
3倍ぐらいの時間で打てるようになったので、こうやって書いているというわけで。

 そういや、間宮さんも御無沙汰のようですね。三鷹同様「事故」でしょうか(笑)

 三鷹の方は、間宮さん向けに特別に作成した「質問」も4番まで揃えた上で、間
宮さんが典拠としてた「フリーメーソンとは何か」ちう本も見つけて読んで、いろ
いろ書きたいことが溜まってたんですがねえ。

 まあ、西岡さん相手のやりとり同様、相方にトンズラこかれたならばそれはそれ、
「答え」は期待せぬまま、マイペースで勝手にやらせていただくこととしましょう
か。

 「ニツコー」も明日あたりから再開します。



#1290/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/12/ 4 2: 0 (100)
間宮さんの「想像」分析(2)           三鷹板吉
★内容

*戦犯証言の撤回について

 まず問題の背景を説明しましょう。ナチスがガス室でユダヤ人を大量虐殺したと
いう証言は多数あります。その中には「加害者側」のドイツ人による証言も多数含
まれています。

 ガス室の存在を否定するホロコースト否定者は、ガス室に関するドイツ人の自白
や証言は拷問など強制によりでっちあげられたものだ、と主張しています。拷問の
結果、ありもしないガス室があるかのごとく証言させられたのだ、と。ちょっと考
えれば、この主張がおかしいことが分かります。

 もしも、ある戦犯裁判が拷問によるでっちあげだったとしたら、罪を自白し証言
した被告が全員死刑に処せられていない限り、刑が確定し、被告が服役し、やがて
釈放され自由を取り戻した後にでも、冤罪を着せられた「元ナチ」たちが名誉回復
を求めて裁判のやり直しを求めるということがあっても不思議じゃありません。裁
判に訴えないまでも、戦記や回顧録やエッセイや、はたまた死ぬ間際の遺言ででも、
自分の自白や証言は「拷問による偽証」だったと訴え、「ガス室はでっちあげだ」
と主張して当然でしょう。

 ところが、ことナチスのガス室に関して、そういう例はない。三鷹の知る限り、
と申しておきましょう。逆に、戦後何十年も経って、罪のつぐないがとうの昔に済
んだ後もなお、元ナチがガス室の存在を証言し続けている。そういう例はいくつも
あるのです。

 普通に考えれば、ガス室はでっちあげなどではなく確かに存在したということを
指し示す事実です。ところが間宮さんは、この事実を以下のように「説明」しまし
た。

>証言を覆したら死刑になるんでしょう(笑)時効も無い言論の自由も無いドイツ
>では。
                            (#1263・間宮さん)

 拷問など強制によってなされた証言、覆されて当然の証言であっても、それを撤
回したら、なんと死刑になるという・・・これは珍説です。ホロコースト否定の総
本山IHRもここまでは言っていない(笑) なるほど、間宮説が事実ならば「ガ
ス室証言の撤回」がなされない理由も見事に説明できるでしょう。誰だって死刑に
なるのは嫌でしょうから。

 でも、三鷹の知る限り、そのような例はドイツには存在しません。死刑どころか、
懲役刑、罰金刑に処せられた例すら聞いたことがありません。

>ドイツの刑法では殺人の時効が撤廃されています。
>「戦争中、あそこでは一人しか殺していない」なんて言っただけで死刑です。
>何も言えません。直接の当事者である証人を黙らせて死ぬのを待っているです。

>「ガス室はなかった」と証言すると罪になるぐらいですから、ドイツ人は「証言」
>する資格もありません。
                            (#1266・間宮さん)

 と、間宮さんは繰り返し断言しますが、これは全体として嘘でたらめです。

 ドイツで殺人の時効(正確には「謀殺」の時効)が廃止されている、という一点
のみが本当です。ゆえに告発を逃れていた元ナチが「自白」によって、罪に問われ
ることはありえます。でもそれは、元々の設問である「ガス室証言の撤回」による
断罪とは関係ありません。

 「ガス室否定証言が罪になる」というのは、ホロコースト否定のデマゴギーを処
罰する「アウシュビッツの嘘」法のことを指していると思われます。この法律は上
記のごとき「ガス室証言の撤回」を禁止するものではありません。

 また、この法律が公布されたのは1985年6月13日です。百歩譲って「ガス室証言
の撤回」が「アウシュビッツの嘘」法に抵触するとしても、法律公布以前、すなわ
ち間宮さんの理屈に従えば「ガス室否定証言がまだ罪にならなかった」時代におい
て「ガス室証言の撤回」がなされなかった理由が説明できません。

 加えて、ごく端的なことですが、ドイツでは死刑が廃止されています。このこと
だけは一回で間宮さんに通じたようです(笑)

>へいへい、そうですか。「終身刑」ですね。

>1人でも殺していれば終身刑でしょう。薮蛇になるだけです。

>だからユダヤがどんなに誇大な宣伝をしてもドイツ人は黙らざるを得ないのです。
                            (#1271・間宮さん)

 「へいへい」とふざけてみせていますが、間宮さんは内心相当にショックだった
のではないかと、これは三鷹の想像です(笑)

 「一人でも殺していれば終身刑」というのは問題とは関係ない上、これもまた間
宮さんの想像の産物で、嘘です。「アウシュビッツの医師たち」によれば、ナチス
による百人から千人規模の虐殺に対して、1949年から1958年まで西ドイツで行なわ
れた訴訟100件のうち、終身刑は32件のみ、54件が6年以内の自由刑だったそうで
す。百人殺して6年ですよ。時代が下れば下るだけ刑は軽くなる傾向があります。
SS中尉フランツ・ルカス博士は、アウシュビッツで千人以上の虐殺に関係したと
立証された医師ですが、1965年の裁判での判決は懲役3年3ヶ月でした。「一人で
も殺していれば終身刑」てのは、どこか別の国の別の時代の話でしょう。

 要するに、

>・ 戦犯証言を撤回したら、また新たに罪に問われるし、
                            (#1281・間宮さん)

 というのは事実と異なる上、ドイツの法律とも司法制度ともナチス戦犯の実態と
もまったく無関係な、間宮さん一人の根拠レスな「想像」にすぎないのです。

 違うというのなら「戦犯証言(あるいはガス室証言)の撤回」を罪に問うドイツ
刑法の条文、もしくは罪に問うた判例を提示してください。これは、三鷹から間宮
さんへの「質問2番」です。



#1293/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/12/ 5 5: 0 ( 28)
間宮さんの「想像」分析(3)           三鷹板吉
★内容

>・ 選別による衰弱者のガス殺証言の有無についても、噂にすぎないし、
                           (#1280・間宮さん)

 間宮さん、三鷹のMSGをちゃんと読んでないでしょう? エレナ・リンゲンス
証言は、選別によるガス殺に直接関係させられた人間の証言ですよ。どこが「噂に
すぎない」んですか!

 ガス殺の具体的手順まで語られていないからですか? だったら、クレマー証言
(SS中尉ヨハン・パウル・クレマー博士)をもっと詳しく紹介してあげましょう。
1958年7月17日の訊問調書での証言です。

   ガス室に送られるはずのユダヤ人は、囚人舎で裸になってから、この目的の
  ために作られた小さな建物(いわゆるガス室)に入れられました。窓は閉めら
  れていて、建物には扉が一つだけ付いていました。ユダヤ人たちは年齢も性別
  も関係なく、無差別に建物に入れられましたが、その時に彼らにはしらみの駆
  除をするのだと説明されました。50人から60人がびっしりと詰め込まれた
  建物には天窓が付いていて、そこからガス殺人を実行する親衛隊員がチクロン
  Bの粉末を室内に投入しました。チクロンBは強力な呼吸抑制ガスで、赤い血
  色のまま人間を殺しました。
                  (「アウシュビッツの医師たち」 p.279)

 大量虐殺に直接かかわった当事者の証言です。「噂」じゃありません。

 間宮さんが何を「噂(伝聞証拠)にすぎない」と考え、何を真正の「証言」だと
考えるのか、その判断基準について伺いたい。これは三鷹から間宮さんへの「質問
3番」です。



#1296/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/12/ 6 3:43 ( 62)
間宮さんの「想像」分析(4)           三鷹板吉
★内容

*青酸の毒性について

 結論を先に述べれば、間宮さんの主張は、根拠レスな思いつきと憶測の羅列に過
ぎません。「(青酸塩は)経口摂取して胃酸と反応しないと殺せない」という間宮
さんの指摘に、歴史学方面はともかく、化学方面には多少の知識のある人かと思い、
三鷹も「フェリチトクロームオキシターゼ」なんて舌を噛みそうな用語まで持ち出
して比較的丁寧に応対したつもりだったのですが、どうやら買いかぶりだったよう
です。

>ヘスは「HCNの水溶液を注射した」と言ってるんですか?

>注射される方より注射する人間の方が危ないと思いますね。
                           (#1271・間宮さん)

 と、書いているのを見て、がっかりしました。青酸の毒性について、間宮さんは
何も知らず何も調べようともせず、ただ単に三鷹の言ったことを逆手にとったつも
りで、適当な想像を並べてたてているだけじゃないですか。

 想像に反論しても意味がない、と無視していたら、

>・ 青酸の毒性についても、HCNの水溶液を注射器に入れるのは非常に危険だ
>し、
                           (#1280・間宮さん)

 と、いつの間にか「危ないと思います」という想像表現から「非常に危険だし」
という事実表現に昇格しています。まず自分の適当な思いつきをボードに書いてみ
て、誰も何も言わないと「事実」に格上げするという、これも間宮さんの習性のよ
うですね(笑)

 間宮さんも「近所の図書館」かどっかで化学事典か何かを調べれば簡単に分かる
と思うのですが、シアン化水素(HCN)の水溶液は「シアン化水素酸(青酸)」
というもので、比較的ありふれた薬剤なんです。用途は、青酸カリなどと同様メッ
キ用です。この項を書くためにあらためて調べてみたら「アルデヒドやニトリルな
どの有機合成、果樹の害虫駆除剤、金、銀などの電気精錬、めっき工業などに広く
利用されている」(「万有百科事典」)とのこと。

 もちろん猛毒です。飲んでも注射してもイチコロでしょう。でも「注射器に入れ
るのも非常に危険」なほど危険なものであるならば、そのように「広く利用される」
など有りえません。

 シアン化水素酸は「果樹の害虫駆除」にも使われているというのですよ。果樹に
直接噴霧するのか、ハウス栽培の果樹をハウスごと燻蒸したりするのか、詳しい手
順までは分かりませんが、原発炉内の作業ならばともかく、噴霧器や燻蒸器に薬剤
をセットするのにロボットや遠隔操作のアームを使うとは思えません。人間の手作
業でやるのでしょう。そうやって使用する薬剤が「注射される方より注射する人間
の方が危ない」「駆除される害虫より駆除する人間の方が危ない」ような代物だっ
たなら、怖くて作業できませんよ(笑)

 ともあれ、実際にアウシュビッツで行なわれた死の注射の大半はフェノールでし
た。医学博士ツェスラウス・グロヴァキィの証言によれば、10CCの注射器を使って
フェノール溶液を犠牲者の心臓に注射すると数分で死んだ、とあります。(「アウ
シュビッツの医師たち」 p.199-200)

 フェノールが主として使用された理由を説明するものとして、シアン化水素酸と
比べて扱いが易しいから、との主張ならば、成立し得るでしょう。

 「いや、そうじゃない、シアン化水素酸は注射される方よりする方が危ないのだ。
それを注射に使ったなどという証言は嘘なのだ」とあくまで言い張るつもりなら、
傍証の一つなりとも示してください。これが三鷹から間宮さんへの「質問4番」で
す。



#1298/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/12/ 9 10:48 ( 49)
間宮さんの「想像」分析(5)           三鷹板吉
★内容

*「世界のユダヤ人名簿」について

>正確な数字は覚えていませんが、アメリカのユダヤ人団体に登録されている
>「世界のユダヤ人名簿」で見ると、2000万人ぐらいのユダヤ人人口が戦前と
>戦後で100万か200万ぐらいしか減っていないそうですよ。
>自然死まで入れても「600万死んだ」のが嘘だとはっきりとわかります。
                            (#1263・間宮さん)

 と、間宮さんは「世界のユダヤ人名簿」なる資料の存在を示唆し、ホロコースト
否定の証拠であると主張しました。「ユダヤ人団体に登録されている」資料にその
ような記述があるとすれば、なるほど、ホロコースト否定の有力な根拠となり得る
でしょう。三鷹は不勉強にして、そのような資料があるなど知りませんでしたので、
どこで見たのか教授を問うたところ、

>複数の本で読んでいます。というより「600万」を肯定する本は見たことがあ
>りません。ユダヤ出版社の本以外では。
>「フリーメーソンとは何か」(確か大手町出版)に載っています。
>柘植氏のヒトラー伝記にも書いてあったと思います。文庫本で出ています。
                           (#1266・間宮さん)

 と。著者名が不明だったので、タイトルから想像して、赤間剛、太田龍など何人か
名前を挙げてみたのですが、

>違いますね。もっと別の人です。別にその人は「アウシュビッツはなかった」と
>言っているわけではなく、欧米のユダヤ出版社が世論操作のために平気で嘘を
>言う例として挙げているだけです。
                            (#1268・間宮さん)

>「フリーメーソンとは何か」は10年前ハードカバーで1500円ぐらいでした。
>私は買って熟読したので、よく覚えていますよ。大きな図書館ならあるはずです。
>著者の人は2冊目を書いてボツってしまったので名前は覚えていません。
                            (#1271・間宮さん)

 とのこと。これ以上問い質してもラチがあかないようなので、その「大きな図書館」
に三鷹が出向いて捜し出してきました。この本です。

  「フリーメーソンとは何か」 久保田正男 大手町ブックス 日本工業新聞社
  1981年10月1日発行 1600円

 「熟読」とまではいかないものの、最初から最後までキチンと読みました。とこ
ろが、「世界のユダヤ人名簿」なる資料はどこにも登場しませんし「ユダヤ人人口
が戦前と戦後で100万か200万ぐらいしか減っていない」と解釈される記述も
ありません。

 どうやら、これも間宮さんの「想像」の産物だったようです。三鷹はこのことを
ハッキリ指摘した上で、間宮さんが「世界のユダヤ人名簿」なる資料をどこで見た
のか、あらためて質問いたします。これが三鷹から間宮さんへの「質問5番」です。



#1299/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/12/ 9 10:50 ( 74)
「フリーメーソンとは何か」とは何か?       三鷹板吉
★内容

 さて、間宮さんがわざわざ「買って熟読した」という、その「フリーメーソンと
は何か」(久保田政男 日本工業新聞社 1981年)という本は、いかなる代物なの
でしょうか? これを読めば間宮さんの「思想的ルーツ」の一端なりにふれること
ができるやもしれません(笑)

 久保田の主張を一口に言えば、「フリーメーソン=ユダヤ民族」が世界史を動か
してきた隠されたパワーだった、というもの。要するに古くさい「ユダヤ陰謀論」
です。単なる「ユダヤ陰謀論」なら、ユダヤ人のみしか非難できませんが、フリー
メーソンを持ち出してイコールで結ぶことにより、非ユダヤ人でも自在に「陰謀」
のメンバーだと決めつけることが可能になります。これもまた、もう何度と無く使
い古されたバージョンなのですが。

 この手の本の中身を判断する、一番分かりやすい指標をお教えしましょう。「シ
オン賢者の議定書(プロトコル)」という古典的な偽書に対する評価です。帝制ロ
シアの秘密警察が捏造したものであり、偽書であることが50年以上前に証明されて
いる代物です。歴史学者が百人いれば百人とも論外とし否定する嘘本なのですが、
世間一般の人々の無知につけこんで、いまだにこれを担ぎ出して「国際ユダヤ陰謀
の証拠」と騒ぎ立てる人間がいるのです。どうやら久保田もその一人であるようで
す。

   十八世紀のフランス革命以来、欧州において徐々に力を蓄えてきたフリーメ
  ーソンは、十九世紀にマルクス主義という変革のための虚構論理を完成させ、
  小規模な革命も経験し、十九世紀末には、フリーメーソンの総合的バイブルと
  もいうべき、「シオンの長老の議定書」を完成し、いよいよ二十世紀は遠大な
  目的、ユダヤ民族とアーリア族の立場を逆転を成就させようとしていたのであ
  る。
                                 (p.38)

 このように、思想を「民族」に還元し、近代主義、共産主義と「ユダヤ」を同一
視して非難するヤリクチは、ヒトラーが大の得意とするものでした。「シオン賢者
の議定書」は、ナチスのバイブルでもあったのです。

 こんな本を細かく分析して批判してもしょうがないので、比較的分かりやすい矛
盾を一つだけ指摘するにとどめておきましょう。

 久保田の主張によれば、アメリカ史はフリーメーソン=ユダヤとWASP=アー
リアの闘争の歴史だったのだそうです。ルーズベルトはフリーメーソンであったが
ゆえに日本の真珠湾攻撃を「願望」し、戦後のマッカーシズムは赤狩りならぬWA
SPによるフリーメーソン狩りだった、と。で、この本が出た当時の大統領だった
レーガンは、これが何とフリーメーソンなのだ、と。

 デタラメにもほどがあります。レーガンが俳優時代、マッカーシズムの先頭に立
ってハリウッドの「赤」を摘発した過去を知らないのでしょうか? あきれつつ読
み進んだら、本の最後の方にこんな風に書いてありました。

   レーガンは、人種的にはケネディ、ニクソンと同じくアイルランド系である。
  従って宗教はカトリックである。しかし、それは問題ではないのである。レー
  ガンはレッキとしたフリーメーソン結社員なのだ。では、いつレーガンがフリ
  ーメーソンに組み入れられたのか、ということである。
  (中略)
   マッカーシズムが吹き荒れたとき、ハリウッドは確かに共産主義者の巣であ
  ったのだ。それはハリウッドが、ユダヤ資本に全部牛耳られていることであっ
  た。ウォルト・ディズニー・プロダクションを除いて--。ユダヤ資本に握ら
  れているということは、フリーメーソンの影響力が徹底していたわけである。
  ところがレーガンは、これに反旗を翻したのである。そしてこの時点でレーガ
  ンはフリーメーソンに組み込まれたのである。
   フリーメーソンとしては、これ以上やられては困るというわけである。ひと
  昔前なら消すという方法もあったが、しかし、マッカーシズムで手が出せない。
  できることは、そのような者を傘下に組み入れることが唯一の防禦手段となる
  わけである。
                              (pp.386-388)

 これを読んで「ああなるほど」と納得するレベルの人間が、すなわちこの本の読
者だったのでしょう(笑)

 久保田の論法でいけば、どんな「反フリーメーソン」の人間をも「フリーメーソ
ン」だとこじつけることが可能でしょう。それ以前に「非ユダヤ人」でも「フリー
メーソン」だと決めつければ「ユダヤ陰謀」のメンバーだとこじつけることができ
るのですから、論法上、歴史上のどんな人物でも「ユダヤ陰謀」のメンバーだった
とこじつけることが可能になります。ヒトラーその人だって。

 間宮さん程度で驚いていては身が保たない、ちうことでしょうかねえ。



#1300/**** 研究室「パンドラの箱」 *** コメント ***
★タイトル (QYA33902) 96/12/ 9 10:53 ( 30)
西岡さんのことが心配なら>MASAさん      三鷹板吉
★内容

 直接連絡してみたらどうですか? あの人は住所も電話番号もボード上で公開し
ているのだから簡単でしょう。そんな簡単なことさえしないで、三鷹を言論封殺の
ナチス呼ばわりですか。MASAさんの正義感(だか何だか)も相当レベルの代物
ですね。

 心配することはありませんよ。MASAさんは知らないかもしれませんが、西岡
さんの「同志」であるジャーナリストの木村愛二さんという人が、週刊金曜日とい
う雑誌でホロコースト否定の「論争」をしつこく継続中です。西岡さんが暴力や脅
迫などの「言論封殺」にあったならば、木村さんが言い立てないはずがありません。

 西岡さんがここから消えたのは「言論封殺」などではなく、これ以上三鷹の相手
をしても、ガス室否定説を広宣流布するのに役立つどころか逆効果だと分かったか
らでしょう。またどこか、ホロコーストに関する知識が乏しい人たちが集まってい
る「場」で始めるつもりなんじゃないか、と三鷹は想像しています。まあ、その折
には三鷹もその場に赴き「西岡さんの主張を聞くのもいいけど、その前にこの本を
お読みなさい、ニツコーのQ&Aをチェックしときなさい」と、おせっかいさし上
げるつもりですけど(笑)

 さて、「アンネの日記」「写真」「燃料」についてのMASAさんのご意見を拝
読しましたが、率直に言って、MASAさんがいかなる知識を根拠に何を主張した
いのか、三鷹にはよく分かりません。

 前に「ヘス告白遺録」に関連して指摘したかもしれませんが、ホロコーストに関
するMASAさんの知識は、もともと乏しいところに西岡さんの「嘘」を吹き込ま
れたせいか、かなりいびつなものになっています。MASAさんは、前にどこかで
「思想傾向は与えられた情報の量によって決定される」てなことを書いていません
でしたっけ。三鷹はなるほど慧眼なりと感心したものでした。そのMASAさん自
身が、歪んだ情報によっておかしな思い込みに陥っているようですね。



#1304/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/12/12 18:14 ( 59)
焼却炉の性能について>MASAさん        三鷹板吉
★内容

 三鷹も折を見て、ニツコーが紹介しているグットマンの著作を捜してみましょう。

 ニツコーのQ&A42番~45番にあるように、アウシュビッツの焼却炉の性能につ
いては詳しい考察がなされており、現にそれを納入したメーカーのマニュアルもそ
れだけの高性能を保証しているとのこと。専門技術者ではないMASAさんがニボ
シの焼却実験から推定して「不自然」と主張されたとしても説得力に欠けます。三
鷹としては、メーカーの主張を疑う理由がありません。

 なぜアウシュビッツにそのような高性能の焼却炉が建設されたか? 最大キャパ
20万人程度の収容所に、年に100万体以上の死体を焼却可能な焼却炉です。病死や
過労死だけではとうてい説明不可能な、大量の死体が発生することが予想されてい
た、としか考えられません。歴史学者たちはそれを「ガス室を使用した大量虐殺」
だったと指摘しています。MASAさんには別の答えがあるのでしょうか?

 MASAさんは丸太の例を出し「木材は直径20センチ程度までは自力で燃えま
すが、それ以上では(『自己消火性』により)燃えなくなります」とおっしゃって
います。確かに一本の丸太ならそうかもしれません。でも、十本、二十本、百本、
二百本の丸太ならどうでしょうか? 直径20センチ以上の樹木で構成された森に
おいては、「自己消火性」が機能するから山火事など発生しえないのでしょうか?
 林野庁や消防庁に確認してみないと何とも言えませんが、「発生しえない」とは
ちょっと考えられませんよね。ならば、現に山火事のさなかで燃えている、直径2
0センチ以上の個々の樹木は、「自力で燃えている」のでしょうか、「燃やされて
いる」のでしょうか? どちらともいえない、もしくは両方とも言えるのではない
でしょうか。

 人間の死体単体が「自己消火性」を有するとしても、そのことと、現に燃えてい
る(燃やされている)死体それ自体を燃料として死体を焼却できる、ということと
は必ずしも矛盾しないように、三鷹には思えます。

 さて、MASAさんに指摘しておきたいことが一点。「不可能」と「不自然」と
は違う、ということです。死体の焼却が可能か不可能かという、いわば法医学的、
技術論的問題と、MASAさんが(あるいは三鷹が)考えて、自然か不自然かとい
う問題とはキチンと分けて考える必要があります。

 「不可能」と「不自然」を意図的に混同するのは、ホロコースト否定者の詭弁の
一つです。一つだけ例を挙げておきましょう。

 トレブリンカ絶滅収容所では、80万人以上の人間が殺されました。その傍証の一
つは、当時のドイツ国鉄の運行記録です。何十万人ものユダヤ人がヨーロッパ各地
からトレブリンカに移送され、それっきり消息を断っているのです。

 トレブリンカへ何十万人もが移送されたことは、否定者の一人マーク・ウェーバ
ーも基本的に認めています。その上でウェーバーは、運行記録の一部に「客用列車」
という記載があることから、トレブリンカへの移送が絶滅を目的としていたという
のは嘘だ、と主張しています。家畜のように貨物列車に詰め込んで送り込むならと
もかく、ガス室で殺すために、わざわざ寝台車や食堂車のついた列車で連れていっ
たなどというのは不自然だ、という主張です。

 事情を知らない人間にとっては、なるほどもっともな主張に聞えるでしょう。と
ころが、ちょっと調べてみれば、客用列車の到着を目撃した付近の住民、ユダヤ人
移送に従事していた鉄道関係者の証言があることが分かります。乗客はいかにも金
持ち風で太って健康そうでした。トレブリンカの農民は乗客に向かって、首を掻き
切る仕草をしてみせ、彼らを待ち受けている運命を教えたのだそうです。

 農民は乗客を、自らの運命を知らぬままに楽しげに死地に連れていかれる家畜に
なぞらえていたのです。現実に存在した「不自然」であり「不条理」とも言える光
景を描写するに、ふさわしい表現だったとも言えましょう。



#1305/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/12/12 18:15 ( 6)
西岡さんの近況                  三鷹板吉
★内容

 今出ている「噂の真相」1月号の投書欄に西岡さんの投書が掲載されています。

 河岸を変えはしたものの、活発に言論活動を行なっているようですよ。言論風殺
を危惧していたMASAさんも、これで安心ですね(笑)



#1307/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/12/14 3:47 ( 50)
じゃあ腰を入れて議論しましょうか>MASAさん  三鷹板吉
★内容

 その前に、「電子レンジの猫(もしくは小犬)」というのは事実無根の、いわゆ
る都市伝説というヤツです。MASAさんが、そのような現代のフォークロアに興
味がおありなら、おもしろい本が何冊か出ています。紹介しましょうか?

 山火事に関するMASAさんの主張は、どうも納得いきませんね。たとえ全樹木
が直径20センチ以上の、枝も葉も無い電信柱が並んでいるような人工林に火災が
発生したとしても(密度次第で十分発生し得るでしょう)、現に周囲の森が燃え上
がり、十分な熱が供給されているなら、各樹木の「自己消火性」も相当レベルにま
で低下している、と考えた方が「自然」なのでは? おっと、これは三鷹も思わず
「禁句」を使ってしまいましたか(笑) 三鷹が言わんとしているのは、「自己消
火性」なんてものは、状況次第でいくらでも変わるだろう、というごくごくアタリ
マエのことでしかありません。マッチの火を近づけた程度じゃ燃え上がらない「自
己消火性」十分の人間の死体でも、適当な条件下では理想的な燃料にも成りえる、
ちうことですよ。

 三鷹はMASAさんのニボシ焼却実験に関するMSGを読んで「死体を追加燃料
無しで連続焼却可能な高温焼却炉は、追加燃料無しではそのような高温が達成でき
ないから実現不可能」という主張だと理解し、レスしたのですが、三鷹の誤読でし
たか。これは失礼しました。「追加燃料無しでも連続焼却可能な高温は達成できる
が、その高温により、炉が損傷するから実現不可能」という主張だったのですね。

 焼却炉に死体を入れ過ぎると、おそらくは温度が上がり過ぎることによる、重大
な故障が炉に発生した、という記述が、MASAさんもお読みの「ヘス告白遺録」
にもあります。三鷹がみるに、MASAさんの危惧されるところは、収容所運営者
が現に経験していたことと合致しているワケです。

 三鷹がMASAさんとの論争で、とりあえずケリをつけておきたいのは、アウシ
ュビッツでの焼却炉を使用した死体焼却における、一体当たりの焼却時間と、追加
燃料の必要性の有無です。ホロコースト否定者は、民間火葬の例を援用して、相当
量の燃料と時間が必要だった、と主張しています。MASAさんはどうお考えなの
でしょうか?

 MASAさんは「追加燃料無しで死体の連続焼却が可能な焼却炉」がアウシュビ
ッツにあった、という事実は認めるのですか? 投入する死体の量をほんのちょっ
とでも間違えると故障が発生する、きわめて扱いの難しい焼却炉だったとしても。

 ならば、その焼却炉が故障しない程度の安全運転をする限りにおいて、どれだけ
の死体焼却が可能だったとお考えですか? 野焼きは別とします。一日何体、一年
で何体と、お手持ちの資料から算出される最大数を提示していただけませんか?

 それとも、「追加燃料無しの連続運転」に要求されるほどの高温に炉は堪えられ
ないから、そのような連続運転は絶対に行われなかった、と主張されるのですか?
 ならば、MASAさんがそう考える根拠となる資料をご提示願いたい。

 この件をクリアにしてから、野焼きの可能性について論じ合いませんか? 三鷹
は野焼きについても十分可能だった、と繰り返し主張してきたのですが、その主張
をいったんチャラにして、ゼロからあらためて「実現可能性」を論じ合う用意があ
ります。



#1319/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/12/17 15:28 ( 58)
アウシュビッツの焼却炉の性能           三鷹板吉
★内容

 最初に数字の話をかたづけましょう。アウシュビッツ・ビルケナウの焼却炉には、
はたしてどれだけの死体処理能力があったのか?

 計算の根拠の一つである証拠文書の実物(写真コピー)もニツコーは提示してい
ます。1943年6月28日付けのベルリンのSS大将カムレルに宛てられたメモです。
ドイツ語で、ところどころかすれているので全翻訳は三鷹の手に余りますが、一日
24時間運転した場合の焼却可能死体数を示した部分は、なんとか読み取れます。

   1)クレマトリウム1(3*2焼却室)----340体
   2)クレマトリウム2(5*3焼却室)---1440体
   3)クレマトリウム3(5*3焼却室)---1440体
   4)クレマトリウム4(8焼却室)------768体
   5)クレマトリウム5(8焼却室)------768体

 総計で一日4756体になります。

 実際に死体焼却が行なわれた期間は、クレマによってまちまちです。例えばクレ
マ2と3に限れば、1943年4月から44年11月の約20か月間です。ここでは計算を簡
単にするため、短めに見積もって、5つのクレマ全体で1年半、18か月間運転され
たとしましょう。理論的に焼却可能な死体数は、260万体にもなります。

 一日運転させたら一日メンテナンスのため休ませるというように、稼働率が50%
だったとしても130万体。アウシュビッツ・ビルケナウの犠牲者数とされる100万人
~150万人と符合します。

 また、現に死体焼却が行なわれている最中の1943年6月の時点で、24時間運転の
数字が提示されているということに注目してください。1日数時間しか運転できな
い焼却炉の、24時間あたりの数字を出しても意味はありません。焼却炉は24時間運
転を想定して設計建造されており、現にそうやって運転されていた、もしくは運転
されようとしていたということの、何よりの証明でしょう。

 次に、連続焼却による炉の損耗について考えてみましょう。現代日本の場合も含
めて、ゴミ焼却など通常の用途のために建造される焼却炉の、耐用年数はどのくら
いを想定しているのでしょうか? 東京などの大都会では、毎日大量のゴミが出ま
す。清掃工場のゴミ焼却炉も休む間もなく運転されています。三鷹が住んでいる板
橋区に問い合せてみたところ、昭和40年代に建造されたゴミ焼却炉が現在も使用さ
れているそうです。毎日使って25年から30年で、いまだに現役です。最低でも10年
は保つように設計建造され、運転されるのではないでしょうか。

 MASAさんがおっしゃる「現代の焼却炉における高温焼却の困難さ」は、その
ような条件を考え合わせて初めて有効な主張なのであり、2、3年で炉が壊れても
かまわないと考えるならば、ずっと乱暴な使用が可能なのではないか、と、これは
三鷹の想像ですが。

 アウシュビッツ・ビルケナウのクレマ2と3は、2年足らず、20か月しか運転さ
れませんでした。その間に何度も故障して、最後には使用不能となってしまった、
とヘスは書いています。24時間運転を想定して設計建造された新品の焼却炉を、20
か月で使用不能にまで損耗させるには、いったい何体の死体を燃やさねばならなか
ったのでしょう。三鷹はその数字をこそ、MASAさんにお尋ねしたかったのです。
もう一度お尋ねしましょうか。MASAさんは何体ぐらいだったとお考えですか?

 また、MASAさんは三鷹が何を信じ何を疑っているかお気になさっているよう
ですが、三鷹は自分自身、西岡さんの十倍疑り深い人間だと思っております。その
疑り深い三鷹が、しかし、西岡さんの主張には見事にだまされて(笑)、「定説」
を疑いたっぷりの目で調べてみたところ、逆に西岡説の大嘘に気がついた、という
のがおおまかな「流れ」です。



#1320/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/12/18 11:38 ( 63)
火葬炉>「ヘス告白遺録」の記述          三鷹板吉
★内容

 以下、アウシュビッツ収容所の所長だったルドルフ・ヘスの「告白遺録」の記述
を紹介しましょう。彼が具体的に数字を挙げて説明しているのは、アウシュビッツ
第2収容所=ビルケナウ収容所に建設された、クレマトリウム2から4についてで
す。もう一つのクレマ1は、アウシュビッツ第1=基幹収容所の方にありました。

-------------------------------------
 第1(クレマ2)と第2(クレマ3)の火葬場二つは、1942年から43年にかけて
の冬期に建てられ、1943年春、稼働を開始した。
 それには、各3室にわかれた焼却炉5基があり、24時間以内に各2000人を焼却で
きる。焼却容量を高めることは、燃焼技術の点からいって不可能だった。それをや
るとひどい故障がおこり、そのため何度となく運転を休止しなければならなくなっ
た。
 第1・第2火葬場には、地下に、脱衣場と換気自在のガス室があった。屍体は、
一台の昇降機で、上にある焼却炉に送りこまれた。ガス室は各3000人の収容力があ
ったが、その数に達したことは一度もない。一回の移送者数がそれほどにならなか
ったのである。
 第3(クレマ4)と第4(クレマ5)のより小規模の火葬場は、当初、建設担当
会社エルフントのトップ商会の計算によれば、24時間に各1500を焼却できるはずだ
った。戦時下の資材不足のため、第3と第4は、資材をけずって建てざるをえなく
なり、そのため、脱衣場とガス室は地上に建てられ、焼却炉にも軽い建設方式がと
られた。
 しかし、ほどなく、この軽い建設方式の焼却炉(4基にわかれたもの各2基)は、
要求に適していないことが明らかになった。第3火葬場は、短期間のうちに完全に
脱落し、やがて全然役に立たなくなってしまった。第4は、ひんぱんに休止させら
れた。わずか4~6週間も焼却を続けると、炉も煉瓦も焼け崩れてしまったからで
ある。そのため、ガス死者の大方は、第4火葬場裏手の壕内で焼却された。
                              (邦訳書p.192)
-------------------------------------

 24時間連続運転が行なわれたこと、死体を入れすぎると(おそらくは炉内の温度
が上がりすぎて)故障したことなどが分かります。

 読み直してみて気がついたのですが、三鷹が前のMSGで「クレマ2と3は、2
年足らず、20か月しか運転されませんでした。その間に何度も故障して、最後には
使用不能となってしまった、とヘスは書いています」としたのには、クレマ4、5
に関する記述と混同している部分がありました。訂正いたします。

 MASAさんは以下のように書いています。

>ヘスの告白遺禄には「焼却炉が壊れてしまった、すぐに炉の内壁が剥げ落ちて使
>用不能になってしまった。」というような記述があったように記憶しています。
>これは炉を高温状態で使用したことを意味しますので、このように使用すれば追
>加燃料無しの連続焼却も可能だったでしょう。しかし連続使用は難しかったでし
>ょう。すぐに壊れますから。

 その「高温状態での連続焼却」の結果、「短期間のうちに完全に脱落し」たクレ
マ4があった一方で、4~6週間の連続運転ごとに「ひんぱんに休止させられた」
クレマ5があり、「何度となく運転を休止」しつつも20か月間運転し続けたクレマ
2とクレマ3があった、とヘスは書いているのです。

 確かにMASAさんの言うように「連続使用は難しかった」ことでしょう。でも、
難しいから連続使用はされず、焼却された死体数も比較的少数だっただろうという
MASAさんの推測は的外れです。逆に、その難しい連続使用をあえて行なうこと
により、相当数の死体が現実に焼却された、と考える方が「自然」でしょう。

 43年6月のメモが見積もっているクレマ5の24時間の死体処理数は768体です。
ヘスが記述する、メーカーによる当初の見積もり1500体の約半分です。そのクレマ
5を4週間=28日間連続運転するだけでも、21504体が焼却できた計算になります。
それだけで2万体ですよ。

 以上の記述について、MASAさんの見解をあらためてお尋ねしたく思います。



#1321/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/12/18 11:40 ( 46)
ガス室を疑い、陰謀論を疑わない人もいる      三鷹板吉
★内容

 「何を信じ何を疑うか」という基本的な方法論について、ちょと書いておきまし
ょうか。

 何事に対しても懐疑を抱くのは悪いことではありません。「ガス室など無かった
のではないか?」と疑うのもけっこう。議論も自由にやればいい。でも、中途半端
はいけません。疑うのならば、徹底的に疑わなければいけない。

 「ガス室など無かったのではないか?」という疑問を抱くのであれば、じゃあ、
なぜその「無かった」ガス室が、歴史的事実として「あった」ことにされているの
か、という当然の疑問も抱かなければなりません。どうしてアカデミズムの歴史学
者は全員(と言っても間違いないはずです)、ガス室の存在を認めているのでしょ
うか? どうして大戦と終戦後の冷戦期を通じて、鉄のカーテンのあっちとこっち
でホロコーストが確固たる歴史的事実とされ続けてきたのでしょうか?

 なぜみんな嘘をつき、嘘を信じ続けているのか? この疑問に答えられなければ
疑いは晴れません。

 「シオニストの陰謀だ」という声が聞えます。間宮さんかな? 西岡さんかな?
ならばその「陰謀勢力」は、全世界のアカデミズムを完全に支配し、国連安保理の
常任理事国すべてを意のままに操り、ついでにマルコポーロを廃刊に追い込んだ、
ちうことになるでしょう。そのうち証明されているのは、せいぜい「アメリカのユ
ダヤ人団体SWCが広告ボイコットの圧力を文藝春秋にかけてマルコを廃刊させた」
てな事実ぐらいで、「シオニストによるアカデミズム支配」も「国連傀儡説」も何
一つ証明されていません。

 「証明したくとも陰謀勢力に邪魔されてできないのだ」という声も聞えます。つ
まり、証明されないという現状こそが、「陰謀勢力」の凄じいパワーを逆説的に証
明する、てな理屈でしょうか。こうなるともはや「Xファイル」の世界です(笑)

 じゃあ、そう言っている当人は、いかにして「陰謀」の存在を知ったのでしょう
か? 国連の秘密ファイルを見たのか、「陰謀勢力」の中枢メンバーに個人的なコ
ネクションでもあるのかと、わくわくしてみれば、全然期待外れです。我々同様の、
ごく普通の一般ピープルの一人でしかありません。その一般ピープルが本屋さんで
久保田某の本を買って熟読したり、アメリカで売られているIHRのパンフレット
を読んだりして「陰謀」の存在を知るに至ったのです。

 「陰謀」というのは、辞書によれば「人に知られないようにこっそり企てた、よ
くない計画」とあります。一般人が誰でも本屋さんで買える本や雑誌に書かれてい
る「陰謀」の、どこが「知られない計画」なんですか? 誰もがみんな知っている
「陰謀」ならぬ「陽謀」なのか、もしくは「陰謀」など妄想の産物にほかならない、
ちうことでしょうが。

 疑うならまず「陰謀論」を疑うべきです。ガス室の存在を疑うのは、それからで
も遅くはありません。



#1324/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/12/19 13: 1 ( 74)
MASAさんの想像力には感嘆します。       三鷹板吉
★内容

 ガス室ならぬ、火葬炉からの熱を利用した「死体乾燥室」ですか。想像にしても、
そこまでリアルに語られると「そんなこともあったかもしれないな」という気持ち
にさせられてしまいますね。

 アウシュビッツ・ビルケナウ収容所で唯一破壊を免れた「ガス室」として、現在、
アウシュビッツ博物館に公開展示されているクレマ1の構造が、ガス殺→死体焼却
の作業を効率的に行うようには出来ていない、というMASAさんのご指摘は、当
たっているかもしれません。

 歴史学者の述べるところによれば、クレマ1は収容所内の病院のそばにあった死
体焼却施設を改造したものであり、元々ガス殺用に設計された施設ではありません
でした。三鷹が思うに、病院で発生する病死体を消毒を兼ねて焼却するために、そ
のような施設を併設していたのでしょう。その焼却施設内の死体置き場が、後にガ
ス室に改造されました。死体置き場には換気装置が備えられていたこと、焼却炉が
すぐそばにあったことが、そのような目的にふさわしい場所として選ばれた理由で
しょうね。

(その後、終戦間際には、この元死体置き場のガス室はさらに改造され、防空壕と
して使用されたと聞いています。ナチスドイツの徹底した合理精神をかいま見る思
いです。かの国においては、幽霊屋敷もお岩さんも消毒され消滅させられたことで
しょう。戦後、アウシュビッツを博物館にする際に、その防空壕をもういっぺんガ
ス室に復元したとのこと)

 設計思想を云々するのなら、クレマ1より、ガス殺→死体焼却作業を設計段階か
ら想定して建てられた、クレマ2から5について考察すべきでしょう。

 三鷹の手元にある設計図や写真は、さほど多くはないので、MASAさんのご期
待に沿えるかどうか心配なのですが、参考になりそうなものを一つ紹介しましょう
か。98外字で描いているので、他機種をお使いで読めなかったらそう言ってくださ
い。

    焼却炉(地上)
↓      脱衣所(地下)
・・・・ ↓
・ ・ ・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・ ・
・ * * * * * ・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・  ・
     ・  ・←ガス室(地下)
・  ・
・・・・・

 これは、三鷹がニツコーで入手したクレマ3の航空写真(1944年8月25日撮影)
で、真上から見た図です。ガス室の屋根には、チクロンBを投入したとされる穴が
ハッキリと写っています。

 クレマ3と同型だったクレマ2の焼却炉内部の写真もあります。クレマが破壊さ
れる以前に撮影されたものでしょう。3連の焼却室が5つ並んでいます。
 航空写真でいうならば、凸型の焼却炉全体の、横長の部分に「*」で示すように
焼却室が並んでいたようです。

 焼却炉とされる部分が、ガス室に隣接してはいないということがお分かりでしょ
うか? この構造のクレマにおいては、MASAさんが想像されるような「焼却炉
の熱による死体乾燥」は、ちょと難しかったのではないか、と推察します。逆に言
えば、死体乾燥を目的の部屋だったなら、こんな風には作らずに、凸型の底辺に長
辺を沿わせるような形に作ったでしょう。

 三鷹はむやみに結論を急ぐワケではありませんが、「自然・不自然」で言うなら
ば、MASAさんの想像する「死体乾燥室」は、現実には存在しなかった、と考え
るのが、どちらかと言えば「自然」なのではないでしょうか?

 また、MASAさんは、信じる信じないの「信仰」や「価値」の問題と、ある無
いの「事実」の問題を意図的に混同なさっているようです。ガス室は、神さまやイ
デアなどとは違い「信じればある、信じなければ無い」という宗教的哲学的存在で
はありません。歴史学者が満場一致で「ある」としている歴史的事実です。それを
認めるか認めないかが、西岡さんに、三鷹に、MASAさんに問われているのです。
形而上学的な物言いは無意味です。

 想像をあれこれ並べる前にメモや写真の「現物」を確認してみたらどうですか?
ニツコーで見ていただいてもいい。MASAさんがファクスをお持ちならば、番号
を教えてくだされば、三鷹が送って差し上げてもいいですよ。



#1326/**** 研究室「パンドラの箱」
★タイトル (QYA33902) 96/12/20 13:12 ( 41)
「アウシュビッツ犠牲者400万」はプロパガンダです 三鷹板吉
★内容

 これはハッキリ言っておいた方がいいでしょう。中国の南京にある「侵華日軍南
京大屠殺死遭同胞紀念館」にでかでかと掲げられているという「遭難者三十万」と
いう看板と一緒で、歴史学者の実証研究とは無縁の、政治的プロパガンダです。多
きをもって善しとする、てのが、この手のプロパガンダの常道です。

 ちょと前に間宮さん宛のMSGでも触れましたが、以前ポーラ塔h政府が「アウ
シュビッツの犠牲者400万人」てな政治的プロパガンダを唱え、アウシュビッツ博
物館もその数字を堂々と提示していた、というのは事実です。その内訳は「ユダヤ
人250万人、その他150万人」です。プロパガンダの力点は、「その他150万人」に
あります。その大半が「カトリック系ポーランド人」とされます。また「ユダヤ人
250万人」のうちの多くが「ユダヤ系ポーランド人」だったということも強調され
ます。

 つまり「犠牲者400万」という数字は、「ナチスドイツの(最大の)犠牲者は(ユ
ダヤ人ではなく)ポーランド人なのだ」という、ポーランド政府の政治的主張を示
すものだったのです。カッコ内の強調され具合は、国外向け、国内向けによって違
います。三鷹はまだ確認していないのですが、ポーランドの小中学校の教科書では
「犠牲者の大半はポーランド人」とされていたそうです。これは明らかに誤った主
張です。ワレサがそんなことを言って物議をかもしたこともありました。

 歴史学者の見解はそれとは異なり、定説的記述としては、100万人から150万人で
す。比較的多めに見積もっている学者でも200万というところです。そのうち90%
以上がユダヤ人だった、とされています。この数字は、昨日今日のものではありま
せん。例えばラウル・ヒルバーグの「ヨーロッパ・ユダヤ人の絶滅」という、ホロ
コースト研究の定番的著作が近々邦訳されますが、この本の初版は1961年です。

 もちろん、歴史学者の主張する数字は「少なくとも」という但し書き付きのもの
であり、それ以上の数の人間が殺された「可能性」を否定するものではありません。
でも、そのこととプロパガンダによる400万という数字とをゴッチャにすると、見
えるはずのものも見えなくなります。

 ポーランド共産主義政権の崩壊後の最近、アウシュビッツ博物館に提示されてい
た犠牲者数が400万から150万に変更されたそうです。政治的プロパガンダを捨て、
歴史学の研究成果を採用した、ということでしょう。ごく当たり前のことをようや
く・・・ちうことですね。

 


 アウシュビッツ・ビルケナウのガス室には偽装用のシャワーヘッドが取り付けられていました。このことに関する証言も、証拠書類もあります。でも、アウシュビ
ッツに現在展示されている「元ガス室」にはシャワーヘッドはありません。MASAさんがTVで観たという「シャワーつきのガス室」は、戦中の映像か、別の収容
所のものか、あるいは「再現映像」の類か、どれかでしょう。

れんだいこ:「ホロコースト論争1(高橋-木村)」考 [「れんだいこ」から]

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/daitoasenso/taigaishinryaku_horocoosto_ronso1.htm

42847-32 「ホロコースト論争1(高橋-木村)」考


 ここに「ホロコースト論争」を廻るインターネット上での貴重な遣り取りがある。「憎まれ口」主宰管理人木村愛二氏と「対抗言論のページ」主宰管理人高橋亨氏との論争である。その遣り取りは高橋氏の「発言録特別編 -- 木村愛二氏とのガス室論争」で記録保存されている。「『ガス室の嘘』オンライン論争の経験から」でこの時の論争を総括している。木村氏の見解は、「ホロコースト神話 掲載記事の一覧」、「アウシュヴィッツの争点」の中で示されている。

 ここで再確認したくなったのは、れんだいこ主宰掲示板「左往来人生学院」に5004.6.17日付「まーしー」氏の投稿文で「くまの世界観測」の「小泉レイプ裁判と木村愛二のホロコースト論」紹介を受けたことによる。それによると木村愛二氏の「小泉首相の失格訴訟」に言及しつつ関連するところが次のように述べられている。
 「さて、この裁判は今年3月に都内の男性が東京地裁に起こしたものだそうですが、その男性とは、あの木村愛二氏です。木村愛二氏について知っている方は、苦笑してしまう方も多いでしょう。木村愛二氏は、『アウシュヴィッツの争点』という本の著者です。この本の内容は、とある経緯で Web 上で公開されるようになったので、わざわざ買って読む必要はありません。そして読むまでもなく、木村愛二氏はホロコースト否定派です。木村愛二氏は、この本に対する批判を掲載した『週間金曜日』本多勝一編集委員らを相手取って、名誉毀損で裁判まで起こしましたが敗訴しています。ホロコースト否定論とは、ナチスによるユダヤ人の大虐殺は、実はなかったという説です。当然のことながら、この説には根拠らしい根拠が無く、多くの学者により否定されています。長くなるので、ここではホロコースト否定論について詳しく述べません。ホロコーストを否定する人々などをお読み下さい。(ってここにも木村愛二氏の名前が登場しますね。)木村氏のこれまでの発言などについては、木村愛二氏とのガス室論争などを参照して下さい。また、氏の著作はネオナチの資料をもとに作られていると検証している人もいます。 (木村愛二さんの典拠)
 彼は木村書店というサイトを運営しており、ここで『真相の深層』なる雑誌を販売しています。この本には小泉レイプ裁判のことも取り上げられているためか、ここに来てかなり売れているそうで、木村氏も儲かっていることでしょう。小泉レイプ裁判に惹かれて彼の著作を買ったがために、ネオナチに傾倒していく人がいるのではないかと思うと心が痛みます。

 大手メディアがこの裁判の様子を伝えない理由の一つに、木村氏がホロコースト否定論者だからという理由があると思います。小泉レイプ裁判は木村氏が訴える前から、囁かれていたものなので、すべてが眉唾だとは思えませんが、木村氏の宣伝になるようなことは避けなければなりませんから。

 くまは別に小泉首相を擁護するためにこの記事を書いたのではありません。もちろんシオニストでもありません。ただ一部で木村愛二氏の負の面が取り上げられずに、「木村氏がんばれ」のように手放しで英雄視されているのを危惧しているのです」。


 一読して性格の悪い御仁のひねった文意が判明する。しかし、「まーしー」氏はどうやらこの一文に傾斜している観がある。そこで、れんだいこは「まーしー」氏に対するオルグを試みることにする。

 2004.6.18日、れんだいこ拝

Re:Re3:小泉レイプ裁判と木村愛二氏のホロコースト論 れんだいこ 2004/06/18
 まーしーさんちわぁ。西岡論文が原因で雑誌マルコポーロが廃刊されたという史実は、ごく普通の感性でこれを読み取れば、させた方に問題ありでせうね。右からのものであれ左からのものであれ百家争鳴こそ望むところでせうに、論文内容がけしからんという理由で廃刊運動起こす、それを当然だとする「正義論」などとても承服できません。

 ところで、ご紹介サイト「小泉レイプ裁判と木村愛二のホロコースト論」に目を通すと次のように記述されております。これにコメントつけながら読んでみたいと思います。

(引用原文)「さて、この裁判は今年3月に都内の男性が東京地裁に起こしたものだそうですが、その男性とは、あの木村愛二氏です。木村愛二氏について知っている方は、苦笑してしまう方も多いでしょう」。

(れんだいこボソボソ)「あの木村愛二氏です。木村愛二氏について知っている方は、苦笑してしまう方も多いでしょう」とは傲慢不遜非礼な書き方ですね。一般に先入観だけ与えるこういう書き方は慎むのが物書きのマナーだと思うけれどもね。

(引用原文)「木村愛二氏は、『アウシュヴィッツの争点』という本の著者です。この本の内容は、とある経緯で Web 上で公開されるようになったので、わざわざ買って読む必要はありません」。

(れんだいこボソボソ)「わざわざ買って読む必要はありません」なる「不買の勧め」もはしたないですね。

(引用原文)「そして読むまでもなく、木村愛二氏はホロコースト否定派です。木村愛二氏は、この本に対する批判を掲載した『週間金曜日』本多勝一編集委員らを相手取って、名誉毀損で裁判まで起こしましたが敗訴しています」。

(れんだいこボソボソ)「対本多裁判敗訴」についてですが、興味があります。どういう判決内容だったのでせう。単に勝訴敗訴では正確な理解ができなくなります。最近の木村氏のレポートでは、本多氏の方が煙たがって逃げ回っているとの記述が為されていました。判決内容調べて見ようと思いますので、どなたかご紹介ください。

(引用原文)「ホロコースト否定論とは、ナチスによるユダヤ人の大虐殺は、実はなかったという説です。当然のことながら、この説には根拠らしい根拠が無く、多くの学者により否定されています」。

(れんだいこボソボソ)「当然のことながら、この説には根拠らしい根拠が無く、多くの学者により否定されています」というのはかなり一方的な見方で、それこそ南京大虐殺事件同様に否定派の存在も無視できないというのが実相ではないですか。

(引用原文)「 彼は木村書店というサイトを運営しており、ここで『真相の深層』なる雑誌を販売しています。この本には小泉レイプ裁判のことも取り上げられているためか、ここに来てかなり売れているそうで、木村氏も儲かっていることでしょう」。

(れんだいこボソボソ)「かなり売れているそうで、木村氏も儲かっていることでしょう」も余計な嫌味な記述でせう。品性が疑われます。

(引用原文)「小泉レイプ裁判に惹かれて彼の著作を買ったがために、ネオナチに傾倒していく人がいるのではないかと思うと心が痛みます」。

(れんだいこボソボソ)「心が痛む」のは余計な思いやりでせう。

(引用原文)「大手メディアがこの裁判の様子を伝えない理由の一つに、木村氏がホロコースト否定論者だからという理由があると思います。小泉レイプ裁判は木村氏が訴える前から、囁かれていたものなので、すべてが眉唾だとは思えませんが、木村氏の宣伝になるようなことは避けなければなりませんから」。

(れんだいこボソボソ)大手メディアが裁判の様子を報道しないのを是認しているようですが、「木村氏の宣伝になるようなことは避けなければなりませんから」とはかなり政治主義的な発言です。メガネにかなうかなわないで報道が許されたり制限されたりすることを是認しているようですが、こういう対応こそ抗議すべきでせうに。かなり露骨な問題発言を平気でして居られる。

(引用原文)「くまは別に小泉首相を擁護するためにこの記事を書いたのではありません。もちろんシオニストでもありません。ただ一部で木村愛二氏の負の面が取り上げられずに、「木村氏がんばれ」のように手放しで英雄視されているのを危惧しているのです」。

(れんだいこボソボソ)サヨ感性丸出しですね。ヌルヌル気持ちが悪い。

 とまぁこういう感想になります。左派運動内部で、この手合いがもっともらしく幅を利かせている限りどうもならん。けちらす一手です。木村氏は「偽の友」と公言しておりますね。むしろれんだいこはその気持ちがよく分かります。

 付言すれば、それは労組運動の経験から悟った氏の貴重な体感でもあるようです。真剣に闘ったものならではの実感なのではないでせうか。

【「木村愛二氏対高橋亨氏のホロコースト・ガス室論争」考】
 「木村愛二氏対高橋亨氏のホロコースト・ガス室論争」が為され、これがインターネットサイト公開されている。「発言録特別編 -- 木村愛二氏とのガス室論争」がそれであるが、れんだいこも興味があることによりこれを転載する。願わくば、本件の趣旨に則り著作権棒を振り回されないことを。

 次のようにプロローグされている。
 歴史的事実に関する記憶を抹殺し、過去をねじまげようとしているのは、何も日本の右派勢力ばかりではありません。欧米には、「リビジョニスト」を自称する人々 -- ホロコーストに関する歴史の「見直し」を主張する勢力 -- がいます。驚くべきことに、彼らは膨大な証拠、証言に基づいて既に繰り返し検証されてきた明白な歴史的事実である、ナチによる組織的ユダヤ人大量虐殺(とりわけその象徴としての殺人用ガス室)の存在を何とかして否定しようと、執拗な試みを続けています。
 日本でこれらホロコースト否定論者の言説を輸入・宣伝している人物としては、あの「マルコポーロ事件」の西岡昌紀医師が有名ですが、同じようなことを行っている人物としてもう一人、「フリージャーナリスト」木村愛二氏がいます。この木村氏は、『マルコポーロ』に西岡氏の問題記事が載るよりも早く、『噂の真相』1994年9月号に『映画「シンドラーのリスト」が訴えた“ホロコースト神話”への大疑惑』なる記事を書いており(ただし、このときは媒体がマイナーだったせいかほとんど問題化せず)、その後も『アウシュヴィッツの争点』なる本を出版したり、彼を批判した『週刊金曜日』の本多勝一編集委員と執筆者の梶村太一郎氏、金子マーティン氏を名誉毀損で訴えるなど、この分野では「大活躍」を続けています。(この裁判はその後木村氏の敗訴で終結しました。当然の結果ですが。)

 ホロコースト否定論などというものは、相手の無知に付け込んで白を黒と言いくるめようとする醜悪な疑似科学・似非歴史学の寄せ集めに過ぎませんが、私にとってはもともと畑違いの分野ですし、私と西岡氏や木村氏との間にも何ら接点はありませんでした。ところが98年5月、私が長らく購読してきたamlというメーリングリストにこの木村氏が参加するようになり、さっそく「ホロコーストはシオニストがでっち上げたデタラメだ」といった類の記事を流し始めたのです。しばらくは静観していたのですが、なかなか正面からの反論が現れないため、やむを得ず10月半ばに私が反論記事を投稿し、その結果amlおよびamlに付属する議論用MLであるaml-stoveにおいて、私と木村氏との間で論争を行う結果となりました。

 以下に、この論争の記録を公開します。木村氏が素直に結果を受け入れるかどうかはともかく、客観的にはもはや結論は明白でしょう。幸いなことに、今回は木村氏との合意により、氏が投稿した記事も一緒に掲載してよいことになりましたので、論争の全過程を完全な形で示すことができます。更に、木村氏のホームページとの間の相互リンクも実現できました。(このページには、私と木村氏の他に、掲載許可を頂けた山崎カヲルさんの記事をも掲載しています。)

備考 木村氏のホームページは http://www.jca.ax.apc.org/~altmedka/にあります。なお、私が提案した記事掲載と相互リンクはすんなり合意できたわけではありません。その経緯についてはこちら を参照下さい。


 以下。れんだいこ風に咀嚼し要約してみる。なぜなら長文過ぎると議論の本筋が見えなくなるから。
(れんだいこ私論.私見) 「高橋亨」氏について

 高橋亨氏は、 「対抗言論」の主催者であり、そのサイト「インターネット発言録」の中の「百人斬り -- 『南京大虐殺のまぼろし』の嘘」で、ご自身が為した「百人斬り競争事件」ネット論争を公開している。れんだいこは、これを「百人斬り事件考」で考察している。

 この時の印象で、近現代史の主流的思潮であるシオニズムのプロパガンダ戦略に即応した言論ご都合主義詭弁士であることが判明している。どうみても分の悪い本多勝一氏の「南京への道」記述を手品的に弁論することで勝ち誇り、得々としてこれをネット公開している。その高橋氏と木村氏の論争がどのように展開されるのかに注目して見たい。とりあえずは虚心坦懐に耳を傾けて見たい。

 ところで、「木村氏の週刊金曜日訴訟」を、「木村氏の敗訴で終結」としているが、この見解は正しいのだろうか。これを別サイトで考察してみたい。
【木村氏の原見解1(4、ニュルンベルグ裁判以後、東西冷戦継続中の状況)】
 次の文を「木村氏の原見解1」とする。
 木村氏のWebサイトに掲載されている「訴状その2」(http://www.jca.ax.apc.org/~altmedka/keisai.html) 

 「ホロコースト」神話に対する疑問は、すでにニュルンベルグ裁判当時から出され ていたものであるが、近年の「ホロコースト見直し論」には、東西冷戦の終結にと もなう新しい状況がある。そもそも、大量であろうと少量であろうと、殺人には「凶器」と「現場」が必須の条件であるが、「ホロコースト」説の中心をなす「ガス室」は、この「凶器」と「現場」の二者を兼ねている。

 しかし、すでに東西冷戦へと動いていた国際情勢の下で行われたニュルンベルグ裁判では、「ガス室」と称される場所の現場検証はまったく行われずに、ひたすら「迅速」な判決が追及された。唯一、ニュルンベルグ裁判の法廷に提出されたのは、記録フィルムの上映によるドイツ南部のダッハウ収容所のシャワールームの水栓の表面的な映像のみであった。
 ところが、すでに1960(昭和35)年には、「ドイツにはガス室はなかった」という事実上の定説が成立していた。つまり、ニュルンベルグ裁判で採用された唯一の映像は、完全に虚偽の物的証拠だったのである。原告の判断によれば、この「事実上の定説」を新聞発表したミュンヘン現代史研究所の所員(のち所長)、ブロシャットの真の意図は、それまでに多数提出されていた「ホロコースト」神話への疑問に屈しながらも、その一方で、「ポーランドにはあった」という逃げ口上を流布し、神話の一時的な延命を計ることにあった。当時の西側諸国の研究者は、ポーランドの「ガス室」を実地調査することができなかったからである。
 (議論は、高橋亨氏が、上記「木村氏の原見解」に質問するところから始まる)
【高橋氏の質問1-1、「ダッハウにおけるガス室の存在」についての遣り取り】
 高橋亨氏が、上記の木村説に質問し、木村氏の回答があり、更に反論が為されている。
(高橋氏の質問1-1)
 あなたが上でダッハウのガス室について主張している内容は、正確には次のどちらの意味ですか?、 (a) ダッハウにはガス室そのものが(物理的に)存在しなかった、という意味ですか、と問う。

(木村氏の回答1-1)  存在しなかったのです、と答えた。
(高橋氏の反論1-1)  いいえ、ダッハウに殺人用ガス室は存在しています。1943年に完成した新しい死体焼却棟(通称「バラックX」)内に設置された五つのガス室のうちの一つがそれです。他の四つは駆虫用のもの、と反論した。
【高橋氏の質問1-2、「ガス室のBrausebad」についての遣り取り】
 高橋亨氏が二度目の質問をし、木村氏の回答があり、更に反論が為されている。
(高橋氏の質問1-2)  「ニュルンベルク裁判に提出されたフィルムは捏造されたものである」の意味及び根拠は?、と問う。
(木村氏の回答1-2)  フィルム自体は本物ですが、被写体は普通のシャワールームのシャワーの出口 の水栓です、と答えた。
(高橋氏の反論1-2)

 なるほど。問題の部屋はその入口の上に掲げられた"Brausebad"という標識のとおり、単なるシャワールームだった、とおっしゃるわけですね。それでは、その「シャワールーム」がなぜ次のような奇妙な特徴を備えているのかを説明して下さい、と問い次の質問をしている。

1  天井のシャワーヘッドにはなぜ給水設備が接続されていないのか?(水の出ないシャワーヘッドの下でどうやってシャワーを浴びるのか?)
2  なぜ単なるシャワールームが強力な換気装置を備え、屋根には排気用煙突まで付いているのか?
3  なぜ単なるシャワールームに密閉型の金属製ドア(隣接する駆虫用ガス室と同種のもの)が必要なのか?


 なぜ単なるシャワールームに過ぎない部屋の外壁に、内部に何かを投げ込むための引き出し式投入口(金属の蓋付き)があるのか?


 なぜこの投入口の前面に木製の衝立て状構造物を置いて、投入口とその周辺部が見えないように隠さなければならないのか?
【高橋氏の質問1-3、「ガス室の使用」についての遣り取り】
 高橋亨氏が三度目の質問をし、木村氏の回答が為されている。
(高橋氏の質問1-3)
 あなたが上でダッハウのガス室について主張している内容は、正確には次のどちらの意味ですか? (b) ダッハウにガス室は存在したが、それは実際には使用されなかった、という意味ですか、と問う。

(木村氏の回答1-3)  (a)の回答通り。〝実際には使用されなかった〟というのは、観光名所ダッハウの看板表示です、と答えた。
【高橋氏の質問1-4、「ガス殺は行われなかった、ガス室そのものがなかったのどちらの見解なのか」についての遣り取り】
 高橋亨氏が四度目の質問をし、木村氏の回答があり、更に反論が為されている。
(高橋氏の質問1-4)  あなたが1960年には「すでに」定説になっていたという「ドイツにはガス室はなかった」という説は、現在でも定説であり続けているのですか?、と問う。
(木村氏の回答1-4)  そうです。ただし、「定説」と言う表現は公式(もしくは御用)学者の表現ではなくて、「歴史見直し論者」の表現であって、私は詳しくは、それをさらに「事実上の定説」と言い換えています。「ドイツにはガス室はなかった」という表現を含む文章は、その後にミュンヘン現代史研究所の所長に昇格したブロシャット博士の個人的な新聞投書です。

 私はこの投書を、論争を避け、当時はソ連圏にあって調査不可能な東部への問題先送りの「移送」(ユダヤ人の東部移送と引っ掛けた皮肉 を狙った「隠微な官僚的策謀」であると主張しています、と答えた。
(高橋氏の反論1-4)  まず第一に、あなたの訴状にある「ドイツにはガス室はなかった」という表現自体が極めて不正確です。ブローシャト博士のDie Zeit紙への投書(1960年8月19日号掲載)に書かれていたのは、「ダッハウでもベルゲン・ベルゼンでもブーヒェンヴァルトでも、ユダヤ人やその他の囚人の*ガス殺*は行われなかった」ということであって、ガス室そのものがなかったなどということではありません。

 ちなみに、ブローシャト博士は同じ投書中で、「ダッハウのガス室は完全には仕上がらず、そのため“稼動”しなかったのだ」と述べています、と反論している。
【高橋氏の質問1-5、「ミュンヘン現代史研究所の現在の見解」についての遣り取り】
 高橋亨氏が五度目の質問をし、木村氏の回答があり、更に反論、続いて補足が為されている。
(高橋氏の質問1-5)  この点に関するミュンヘン現代史研究所の現在の意見はどのようなものですか?、と問う。
(木村氏の回答1-5)  以上のように「研究所の」公式の「意見」という形式を踏まないのが、「隠微な官僚的策謀」なのであって、私は拙著「アウシュヴィッツの争点」では、同研究所の「若手」フライ著「総統国家」を論評の材料にしました。この本では、ニュルンベルグ裁判でドイツ国内のダッハウ収容所(これが唯一の映像「証拠」の場)をも「ガス室」のある「絶滅収容所」だったと判定した「誤審」の事実を、完全に抹殺しています。しかし、逆にいえば、歴史的事実の「抹殺」という形式で、上記の「事実上の定説」を引き継いでいることになります、と答えた。
(高橋氏の反論1-5)  というわけで、「ドイツにはガス室はなかった」などというのは1960年当時も現在も定説でもなければ「事実上の定説」でもありません。また、ザクセンハウゼン、ノイエンガンメ、ラーフェンスブリュック、シュトゥットホーフ、マ ウトハウゼンの各収容所ではガス室が実際に殺人に使われていたことが知られています。要するに、ドイツ本国にもガス室は存在し、使われてもいたというのが終戦直後から現在に至るまで変わっていない定説です、と反論している。
(高橋氏の補足1-5)
 急いで書いたせいか、昨日投稿した[aml-stove 93]の内容にはいくつか誤りがありましたので、訂正します。マウトハウゼンは現在のオーストリア北部に位置しているので、「ドイツ本国」の収容所の例としてあげてしまったのはいささか不適切でした。これは上記のリストから除外することにします。

 [3] http://www2.ca.nizkor.org/hweb/orgs/polish/institute-for-forensic-research/introduction.html

 上記のURLは、この文献の導入部ページのものでした。目次ページのURLは下記のとおりですので、こちらから見てください。

http://www2.ca.nizkor.org/hweb/orgs/polish/institute-for-forensic-research/index.html

 更に付け加えれば、上記のとおり1960年当時の段階では、ダッハウのガス室は使われることなく終わったと考えられていたのですが、その後の研究の結果、これはもはや定説ではなくなっています。この点に関するミュンヘン現代史研究所の現在の見解は、「ダッハウのガス室では小規模な実験的ガス殺が行われた」というものです。


【木村氏の原見解2(5、東西冷戦構造崩壊後、急速に、科学的な法医学調査と鑑定が行われ、事情が一変)】
 次の文を「木村氏の原見解2」とする。
 この状況を一変させたのが、東西冷戦の終結であって、ポーランドの「ガス室」なるものの実態が研究者の目にふれるようになると、次々と疑問が提出されるようになった。その最終的な到達点をなすのが「ガス室」の法医学的調査と鑑定である。「ガス室」と称されてきた建物の構造、人員収容面積、密閉性、排気能力、ガス投入のための穴またはパイプの有無の調査、さらには壁面の素材と結合した「シアン 化水素」(気体を「青酸ガス」とも呼ぶ)の残留テストによって、現在では、歴史学における考古学的な発掘調査と対比し得る科学的な研究が可能になっているのである。

 原告が掌握しているだけでも、すでに八つの報告があるが、その中には、クラクフのポーランド国立法医学研究所の調査と鑑定結果が含まれている。同研究所は、日本ならば警視庁が鑑定を依頼するような最高権威であり、アウシュヴィッツ博物館の依頼に基づいて実地調査を行い、同博物館に鑑定結果を伝達したものである。原告は、クラクフの同研究所を訪問するなどして、それらの調査と鑑定の報告書を入手し、著書、「アウシュヴィッツの争点」の中で、法医学的調査と鑑定の意義を詳しく紹介している。
 以上のような法医学的研究によって、ほぼ決定的に、従来流布されたきた神話は崩壊せざるを得ない状態にある。これらの研究を無視する議論は、たとえて言えば、殺人事件の審理に当たって検察当局が、殺人に使用された凶器として自ら主張する物的証拠の提出及び専門的な鑑定と、殺人現場として自ら主張する場所の現場検証とを、いずれも拒否ないしは無視しながら有罪の判決を求めようとするような、横暴極まりない愚挙に他ならない。
(議論は、高橋亨氏が、上記「木村氏の原見解」に質問するところから始まる)
【高橋氏の質問2-1、「ポーランド国立法医学研究所の所在地」についての遣り取り】
 高橋亨氏が、上記の木村説に質問し、木村氏の回答が為されている。

(高橋氏の質問2-1)  上の文章中に出てくる「ポーランド国立法医学研究所」とは、 ul. Westerplatte 9, 31-033 Krakow所在のInstytut Ekspertyz Sadowych (Institute of Forensic Research) のことですか?
(木村氏の回答2-1)
 基本的にはその通りですが、ポーランド文字では、Krakowのoの上に左から右下への楔、Sadowychのaの下には右へくにゃりと曲がる尻尾が付いています。郵便物での記載の順序は、PL 31-003 Krakow, ul. Westerplatte 9となっています。

【高橋氏の質問2-2、「ポーランド国立法医学研究所の鑑定書」についての遣り取り】
 高橋亨氏が二度目の質問をし、木村氏の回答が為されている。
(高橋氏の質問2-2)  あなたの上記の説明は、ポーランドにおける法医学鑑定の最高権威である同研究所による調査・鑑定によって、アウシュヴィッツにガス室はなかったことが「ほぼ決定的に」明らかにされた、と読める(それ以外に解釈のしようがない)のですが、それは本当ですか?
(木村氏の回答2-2)  高橋さんの「解釈」は不正確です。「ほぼ決定的に」という字句は、私自身の文章の一部ですが、私は、「以上のような法医学的研究によって、ほぼ決定的に」と記しています。

 「以上」とは何かといえば、その前には「すでに八つの報告がある」と記しており、「クラクフ」の報告はその最後の一部にしかすぎず、この報告の内容と結論の付け方には疑義があるので、その点を「ほぼ」という字句に含ませたのです。詳しく は訴状と同時に拙著「アウシュヴィッツの争点」を提出していますので、そこへ譲っているのです。この「ほぼ」に関しては、後日、いささか長い地の文章をmailで送ります。
【高橋氏の質問2-3、「同鑑定書のシアン化水素の残留量に関する調査と検討」についての遣り取り】
 高橋亨氏が三度目の質問をし、木村氏の回答が為され、更に反論、続いて総評が為されている。
(高橋氏の質問2-3)  同研究所の誰が、いつ、どのような調査を行い、その結果どのような結論に到達したのか教えてください。
(木村氏の回答2-3)
 高橋さんの上記の質問への答えは、やはり長文になるので、これも後日、いささか長い地の文章をmailで送ります。簡単にいうと、シアン化水素(気体を日本語では青酸ガスと呼ぶ)の成分の残留テストの結果、アウシュヴィッツのメイン・キャンプの「ガス室」には「消毒室」(これは誰しもが本物と認定)よりも残留が少ないことを認めるが、それは「殺人に要した時間が短かったから」などと主張する矛盾に満ちた報告なのです。

 同研究所から直接入手した13頁の抜き刷りの英語の論文は三人の連名になっています。こちらもポーランド文字で、いちいち説明を付けないとならないので、読んでみたい方は送り先を記してmailで申し込んで下さい。コピーを無料でお送りします。もちろん、その入手の経過をも記した拙著「アウシュヴィッツの争点」の特価 での注文と一緒であれば、なおのこと歓迎します。訳したい方の出現をも望んでいます。

(高橋氏の反論2-3)
 この報告におけるシアン化水素の残留量に関する調査と検討が、果たして木村さんが「それは『殺人に要した時間が短かったから』などと主張する矛盾に満ちた報告なのです」と評されているような粗雑なものかどうかも、報告書の内容をよく読んでみれば明らかだと思います。簡単にポイントだけ指摘しておくと、

1  この報告で調査されているガス室は、アウシュヴィッツ基幹収容所にあるもの(1941年に最初のガス殺が行われた第11ブロック内の一室および第一焼却棟内のもの)だけではない。アウシュヴィッツ-ビルケナウにあるガス室(第二、第三、第四、第五焼却棟内)も同様に調査の対象となっている。
2  基幹収容所第11ブロックのガス室は確かにシアン化水素残留量が他のガス室やシラミ駆除室に比べて少ないが、これはこのガス室が初期のごく短期間しか使われなかったことによって説明できる。

 平均値で見ると第一~第五焼却棟の残留量もシラミ駆除室に比べて少ない が、それほど極端な差があるわけではない。残留量はサンプルごとに大きく異なり、焼却棟の場合は0~640ug/kg、シラミ駆除室では0~900ug/kgの範囲に分布している。

4  平均的に見てシラミ駆除室より焼却棟の残留量が少ないのは、使われたアン化水素ガスの濃度が低く、1回当たりの処理時間も短かったこと(注:シアン化水素は昆虫に対してより人間に対してのほうが遥かに殺傷力が大きい)、これらの焼却棟は解放前に爆破され、後に展示用に再建された一つを除き、廃虚のまま風雨に曝されてきたこと、などから説明できる。
 この報告書(A STUDY OF THE CYANIDE COMPOUNDS CONTENT IN THE WALLS OFTHE GAS CHAMBERS IN THE FORMER AUSCHWITZ AND BIRKENAU CONCENTRATION CAMPS)は既にWeb上で公開されていますので、わざわざ木村さんの手を煩わせるまでもありません。HTML版が、プレーンテキスト版があります。木村さんによる評価とは異なり、私は非常に優れた研究だと思います。平易な英文ですので、興味のある方はぜひご自分で読んで判断してみてください。

(高橋氏の総評)
 いやあ、驚きました。すると、木村さんが訴状に書かれた:(木村氏の原見解2)という文章の中で「日本ならば警視庁が鑑定を依頼するような最高権威」として紹介されているポーランド国立法医学研究所は、「アウシュヴィッツ博物館の依頼に基づいて実地調査を行」った結果、確かにガス室の壁面にシアン化水素が残留していることを確認して報告をまとめたのだが、それはあなたの該博なる知識から見ると矛盾に満ちた取るに足りない代物であって、同研究所の鑑定結果の存在にもかかわらず、「法医学的研究」の結果としては、アウシュヴィッツにガス室などなかったことが「ほぼ決定的に」明らかになっているというわけですね。

 私もずいぶんいろんな人と議論してきて大抵のレトリックには驚かなくなっているのですが、これほど理解困難な文章に出会ったのは初めてです。あなたの訴状を特別な予備知識なしで読んで、今回あなたが示されたような「正しい」 解釈が出来る人など恐らくどこにもいないでしょう。

 訴状のこの部分は至急訂正されることをお勧めします。万一裁判官があなたの著書を細心の注意を払って隅々まで読む作業を怠った場合、「日本ならば警視庁が鑑定を依頼するような最高権威」であるポーランド国立法医学研究所自身がガス室は「神話」だという鑑定結果を出したと誤認して、とんでもない誤判を招いてしまう恐れがあります。

 また、あなたのホームページも至急訂正されることをお勧めします。訴状を理解するための予備知識としてあなたの『アウシュヴィッツの争点』が必要だということであれば、少なくとも訴状に関連する部分はすべてホームページにも引用掲載して注意を喚起しておく必要があるでしょう。そうでないと、あなたのページを訪れた「純情なインターネットの若者」たちが皆とんでもない誤解をしてしまう恐れがあります。そういう事態は決して木村さんの本意ではありませんよね。


【高橋氏の質問3-1、「木村氏の『映画シンドラーのリスト が訴えた“ホロコースト神話”への大疑惑』内容」についての遣り取り】
 高橋亨氏が、次のように質問し、木村氏の回答が為されている。
(高橋氏の質問3-1)
 木村さんは「噂の真相」1994.9月号に「映画『シンドラーのリスト』 が訴えた“ホロコースト神話”への大疑惑」なる記事を書いていますが、この記事に書いた内容は現在でも正しいとお考えですか?

(木村氏の回答3-1)
 基本的には「現在でも正しい」と考えています。「基本的に」と断ったのは、第1に、これはごく細部ですが、77頁上段で「『ホロコースト』は本来、獣を丸焼きにして神前に捧げるユダヤ教の儀式の呼び名」としたのは、英和辞典の引き写しで不正確でした。その後、NEDで調べ直した結果、ギリシャ語源だったことが分かったので、「偽イスラエル政治神話」の訳注に入れました。

 第2に、これもごく細部ですが、82頁中段の「ユダヤ人の最終的解決」は「ユダヤ人問題の最終的解決」の誤りで「問題」が脱落しています。脱落の原因は不明。( 今後も少しは冗談を交えますが)わが幻想のモサドではなくて、おそらく東芝製ワープロに仕込まれたヴィールス謀略によるものでしょう。

 第3に、「チクロンB」から「沸騰点の二五・六度以上で青酸ガスが遊離する」と 記しましたが、低温でも速度は遅いが遊離するので、不正確でした。その点は拙著『アウシュヴィッツの争点』でさらに正確に記しています。

【高橋氏の質問3-2、「木村氏の西岡見解に対する態度」についての遣り取り】
 高橋亨氏が、二度目の質問を為し、木村氏の回答が為されている。
(高橋氏の質問3-2)  また、あなたのWebサイ トには西岡昌紀氏の主張が掲載されていますが、これはあなたもその内容を支持している、という意味ですか?
(木村氏の回答3-2)  基本的には、その通りです。ただし、十人十色、まずは、表現のニュアンスの 違いがあります。ですから、わざわざ、西岡さんの「文責」についての注釈を載せたのです。

【木村愛二氏の高橋氏に対する独白(一)】
 とりあえず指摘しておくと、高橋さんが参考に挙げた唯一の日本語文献、「アウシュヴィッツとアウシュヴィッツの嘘」は、マルコポーロ廃刊事件のあとに出たもので、その時期以後、私は超多忙となったため、まだ見ていません。ですが、 別途pmnMLで渡辺武達教授が送ってきたmailによると、その本では、「ロイヒター報告」を否認する根拠の一つとして、シアン化水素がそんなに長く残っているかなどという理屈をこねているようです。そうだとすれば、高橋さんは、そのへんの矛盾をどうお考えなのでしょうか。

 もうひとつ、私はアウシュヴィッツとマダネクしか見ていませんが、そのどちらにも戦後の細工の跡があり、私が見た当時にも、あちこちで工事中でした。今、何かがある、または見えるということだけでの判断は危険です。

 私は、この問題を極右イスラエルの戦時宣伝として位置付けています。イスラエルの侵略に終止符が打たれるまでは、謀略、デッチ上げは継続され、ますます巧みになるでしょう。

 また、高橋さんは、いくつかのサイトを参考に挙げていますが、これも私にはまだ見る時間がありません。マルコポーロ廃刊事件の当事者、西岡さんが、いくつか見ているようですが、そのようなサイトの対極としての私のホームページの一 部を、試しに「シオニスト『ガス室』謀略の城」として、ヤフー登録を申し込んだところ、拒否されています。言論の封殺者をこそ疑うのが、高橋さんの「対抗言論」なのではないでしょうか。この問題で一番大事な観点は、犯罪操作の基本と同様、「ガス室」神話で一体誰が得をしているのか、なのです。  

 しかし、「ガス室があった」との文章が今回の引用によって、二度流されたので、その問題点だけを簡単に指摘しておきます。高橋さんの「あった」という根拠が定かではありませんが、ドイツにはなかったという趣旨の譲歩は、マルコポーロ廃刊事件の引き金を引いたセンターがその名を頂くサイモン・ウフィゼンタールですらが余儀無くされているのです。このことは私のホームページの彼とその組織にかんするリーフレットの訳にも入っています。彼の表現は、「絶滅収容所はなかった」ですが、私はブロシャットの投書の「ダッハウのガス室は完成しておらず」も、「ガスによる殺人はなかった」も、ダッハウ収容所跡の同趣旨の掲示も、すべて実際には「ガス室はなかった」事実の承認への、渋々ごまかし譲歩として分類しており、問題点を分かり易くするために、そう表現しています。

 最大の問題は、出たばかりの拙訳・解説、ロジェ・ガロディ著「偽イスラエル政治神話」で、おそらくイスラエルの反主流派学者の協力によって2版に追加したものと思われる「公式の歴史学者」(les historiens officiels)の代表格、イェフ-ダ・バウア-(Yehuda Bauer)への批判です。私はofficielsを一応、「公式の」と訳しましたが、この単語の本音は「御用」でしょう。このバウアーは、ドイツにもオーストリアにも「ガス室はなかった」という見解を示しています。それはまた、イ スラエルの「公式の」ホロコースト博物館、ヤド・ヴァシェムの見解でもあるのです。高橋さんに絶対の自信があるのなら、まずは、私と論争する前に、これらのイスラエルの体制側見解を「正す」べきでしょう。

 高橋さんが頼っている文献は、現在の厳しい国際論争の最前線の争点から見ると、非常に遅れたものだといわざるを得ません。文献を見る時には、そこに含まれている情報のすべてを一応疑って、特に、それとは反対の立場の文献と比較対照して、さらに調べ直す必要があります。先入観念に捕らわれて、細部の表現の揚げ足取りをするのは、本多勝一だけに任せておくべきです。
【木村愛二氏の独白(一)に対する高橋亨氏の反論】
 高橋亨氏が、木村氏の独白(一)の逐条に、種々質問、感想、反論を述べている。
(木村見解)  なお、高橋亨さんの質問は、拙著「アウシュヴィッツの争点」を読んで頂ければ、すべて解決する性質のものですが、それでは失礼なので、mailだけでも分かるように努力します。
(高橋見解)  と自信満々におっしゃってましたよね。「調べ直して回答」するということは、結局あなたの「アウシュヴィッツの争点」だけでは私の疑問に答えられないこ とをお認めになった、ということですね。木村さんは「アウシュヴィッツの争点」を裁判所に証拠として提出されたそうですが、これではその証拠能力にも大きな疑問を抱かざるを得ません。
(木村見解)  とりあえず指摘しておくと、高橋さんが参考に挙げた唯一の日本語文献、「アウ>シュヴィッツとアウシュヴィッツの嘘」は、マルコポーロ廃刊事件のあとに出たもので、その時期以後、私は超多忙となったため、まだ見ていません。ですが、別途pmnMLで渡辺武達教授が送ってきたmailによると、その本では、ロイヒター報告を否認する根拠の一つとして、シアン化水素がそんなに長く残っているかなどという理屈をこねているようです。そうだとすれば、高橋さんは、そのへんの矛盾をどうお考えなのでしょうか。
(高橋見解)
 またもや前回同様な指摘をしなければならないのですが、この本で、シアン化水素に関してロイヒター報告に反論している内容は、「シアン化水素がそんなに長く残っているか」などという単純なものではありません。この本が言っているのは、

1  ナチはアウシュヴィッツのガス室に大勢の犠牲者を鮨詰めに押し込んだ。 (犠牲者の体温で空気を暖め、ガスを気化しやすくするため)
2  泣き叫び、空気を得ようともみあう人々は呼吸により大量の青酸ガスを 体内に取り込んでしまった。

 また、ナチは米国の刑務所における死刑の場合とは異なり、「人道的」 配慮から致死量の11倍の青酸を投与する必要など認めていなかった。


 その結果、犠牲者たちの死後、壁面から採取されうるほどのガスは空気中に残留しなかっただろう。

5  従って、44年もの後にロイヒターが壁面から青酸残留物をほとんど検出できなかったとしても不思議はない。
 ということです。私はpmnには加入していないので、上記の「理屈」の不正 確さの原因までは分かりませんが、いずれにせよそのような曖昧な論拠で文献を批判すべきではないと思います。

 次に、上記の反論の内容ですが、資料上の制約を考慮すれば、極めて妥当なものであると思います。バスティアンによるこの本の原著は1994年に出版されたものなので、執筆段階ではまだポーランド国立法医学研究所(IFRC)の報告書は読んでいないでしょう。(IFRC報告は1994年5月30日に論文として受付けられており、掲載誌の出版はもっと後。)IFRC報告によって、ガス室にもシラミ駆除室同様確かにシアン化合物が残留していることが確認された訳ですが、このデータを入手していないバスティアンとしては、ロイヒター報告に記載されているデータそのものは一応正しいものと仮定して書いているわけです。後に明らかになった事実から見て訂正すべき点が含まれているからといって、「矛盾」 しているなどとは言えないでしょう。

(木村見解)  もうひとつ、私はアウシュヴィッツとマダネクしか見ていませんが、そのどちらにも戦後の細工の跡があり、私が見た当時にも、あちこちで工事中でした。今、何かがある、または見えるということだけでの判断は危険です。
(高橋見解)
 アウシュヴィッツを始めとする収容所跡は、ナチの史上類を見ない残虐行為を 記憶に留め、未来に警告するための戦争遺跡として整備されているので、改修のために手が加えられている部分があるのは確かですが、それをただちに「細工」だなどと言うのは憶断が過ぎるというものです。

 確かに、現在見えるものだけから判断すべきでない、というのはその通りですが、そのような批判は私などよりもむしろロイヒター氏に対してこそ相応しい と思います。例えば、ロイヒター報告には次のような一節があります。

  The author personally inspected and photographed the burning pits at Birkenau. Most remarkable about those pits is a high water table --
  perhaps as high as 1.5 feet from the surface. The historical description of these pits is that they were 6 meters (19.55 feet) deep. It is not possible to burn corpses under water, even with the use of an artificial accelerant (gasoline). All pit locations officially designated on museum maps were inspected and as anticipated, since Birkenau was constructed on a swamp, all locations had water within 2 feet of the surface. It is the opinion of this  author that no burning pits existed at Birkenau.

 つまり、アウシュヴィッツ一帯は湿地帯で地下水位が高いので、穴を掘ってそこで死体を焼くことなどできるはずがない(従ってそのような死体焼却を示す記録や写真は怪しい)と主張しているわけですが、実際には当時、敷地内の地下水は囚人の強制労働によって張り巡らされた排水網を通じてヴィスワ河に放流されていたので、死体焼却は十分可能だったのです。

 この排水設備は1945年以降放置されて来たため既に機能を失っており、その結果現在では地下水位が上昇してしまっています。これなどまさに、「今、何かがある、または見えるということだけ」に頼って判断を誤った好例と言えますね。

(木村見解)  私は、この問題を極右イスラエルの戦時宣伝として位置付けています。イスラエルの侵略に終止符が打たれるまでは、謀略、デッチ上げは継続され、ますます巧みになるでしょう。
(高橋見解)  ホロコーストがシオニストによるデッチ上げだと言いたいのなら、まずその謀略の存在を示す明白な証拠を押え、次いで誰が、どのようにしてガス室「神話」 を作り上げていったのか、その過程を具体的に解明していくべきでしょう。残念ながら木村さんの論理の立て方は完全に順序が逆だと思います。
(木村見解)  また、高橋さんは、いくつかのサイトを参考に挙げていますが、これも私にはまだ見る時間がありません。マルコポーロ廃刊事件の当事者、西岡さんが、いくつか見ているようですが、そのようなサイトの対極としての私のホームページの一部を、試しに「シオニスト『ガス室』謀略の城」として、ヤフー登録を申し込んだところ、拒否されています。言論の封殺者をこそ疑うのが、高橋さんの「対抗言論」なのではないでしょうか。
(高橋見解)  奇遇ですねぇ。私の「対抗言論のページ」も、立ち上げ当時さっそくYahoo! Japanに登録を申し込んだのですが、何の応答もなく無視されてしまいました。 担当者の見る目のなさには苦笑せざるを得ませんが、少なくとも私のページが登録されなかったのはシオニストの陰謀のせいじゃないと思いますよ。
(木村見解)  この問題で一番大事な観点は、犯罪操作の基本と同様、「ガス室」神話で一体誰が得をしているのか、なのです。
(高橋見解)  その通りですね。ぜひホロコーストという歴史的事実をデッチ上げだと主張し、「神話」化することで一番得をするのは誰なのか、木村さんにもじっくり考えて欲しいと思います。
(木村見解)
 in "http://www.jca.ax.apc.org/~altmedka/keisai.html" 木村さん wrote:
 ところが、すでに1960年[昭35]には、「ドイツにはガス室はなかった」という 事実上の定説が成立していた。つまり、ニュルンベルグ裁判で採用された唯一の映 像は、完全に虚偽の物的証拠だったのである。原告の判断によれば、この「事実上 の定説」を新聞発表したミュンヘン現代史研究所の所員(のち所長)、ブロシャッ トの真の意図は、それまでに多数提出されていた「ホロコースト」神話への疑問に 屈しながらも、その一方で、「ポーランドにはあった」という逃げ口上を流布し、 神話の一時的な延命を計ることにあった。当時の西側諸国の研究者は、ポーランド の「ガス室」を実地調査することができなかったからである。

 in [aml-stove 92] 木村さん wrote:
  「ドイツにはガス室はなかった」という表現を含む文章は、その後にミュンヘン現代史研究所の所長に昇格したブロシャット博士の個人的な新聞投書です。私はこの投書を、論争を避け、当時はソ連圏にあって調 査不可能な東部への問題先送りの「移送」(ユダヤ人の東部移送と引っ掛けた皮肉 )を狙った「隠微な官僚的策謀」であると主張しています。

(高橋見解)
 上記の文章で木村さんがブローシャト博士の投書を根拠に主張しているのは、「実はガス室などどこにもなかった」ことを隠し切れなくなった「定説」側学者たちが、西側諸国についてははそれが存在しなかったことを認めつつ、共産圏内にあって調査のできない「ポーランドには」あったと主張することによっ て「神話」の延命を図った、ということです。

 前回私は、ブローシャト書簡の内容そのもの、およびミュンヘン現代史研究所の現在の見解から、「定説」側学者たちの言動に関するあなたの説が成立しないことを示しました。この点に何ら答えることなく論点をそらされては困ります。

 マウトハウゼンはオーストリアにあります。オーストリアは一度も共産圏に組み入れられたことはありません。マウトハウゼンがドイツ本国にあろうがオー ストリアにあろうが、それはあなたの言う「隠微な官僚的策謀」が事実かどうかには何の関係もありません。

(木村見解)  しかし、「ガス室があった」との文章が今回の引用によって、二度流されたので、その問題点だけを簡単に指摘しておきます。高橋さんの「あった」という根拠が定かではありませんが、ドイツにはなかった という趣旨の譲歩は、マルコポーロ廃刊事件の引き金を引いたセンターがその名を頂くサイモン・ウフィゼンタールですらが余儀無くされているのです。
(高橋見解)  収容所跡に残る実物、生き残った被収容者による目撃証言、ガス殺を実行した 加害者自身の証言……ガス室の存在を示す証拠はいくらでもあります。「ガス室はなかった」なる自説の根拠を示さなければならないのは、木村さん、あなたの方です。
(木村見解)
 高橋さんが頼っている文献は、現在の厳しい国際論争の最前線の争点から見ると、非常に遅れたものだといわざるを得ません。文献を見る時には、そこに含まれている情報のすべてを一応疑って、特に、それとは反対の立場の文献と比較対照して、さらに調べ直す必要があります。先入観念に捕らわれて、細部の表現の揚げ足取りをするのは、本多勝一だけに任せておくべきです。

 in [aml-stove 94] 木村さん wrote:
 とりあえず指摘しておくと、高橋さんが参考に挙げた唯一の日本語文献、『アウ シュヴィッツとアウシュヴィッツの嘘』は、『マルコポーロ』廃刊事件のあとに出 たもので、その時期以後、私は超多忙となったため、まだ見ていません。
 ..snip..
 また、高橋さんは、いくつかのサイトを参考に挙げていますが、これも私にはま だ見る時間がありません。

(高橋見解)
 私が示した文献を見てすらいない木村さんが、なぜそれを「非常に遅れたもの」 だなどと言えるのか、私にはまったく理解できません。少なくともそういうことは私の指摘に対して一つでも反証を挙げてから言うべき事ではないでしょうか。


【木村愛二氏の高橋氏に対する独白(二)】
 管理人の小倉さんから新しい提案が出たので、下記のような経過の自主投稿停止宣言を解除し、この投稿を送ります。

 先日、このaml-stoveMLで「pmn潜入」と表現したところ、その表現に対する質問が、このaml-stoveMLへではなくて、pmnMLの方へ投稿され、つまりは私が「飛び火」の始末に追われるという不測の事態が発生しました。

 私は、1960年安保闘争以来、ほぼ30年、いつ公安警察の違法な労組書記局捜査を受けてもおかしくない状況の下で、覚悟を決めた活動を続けていました。逮捕された経験もあります。その後はさらに、いつCIAやモサドに命を狙われるか分からない著述を続けており、特に、本件論争の主題「シオニスト『ガス室』謀略」の暴露に取り組み始めて以後は、まさかの時には死亡保険を拙著の広告費に当てるという遺言を出版社に託している状況ですから、今更何が起きても一向に驚きません。

 上記の事態がルール違反だとしても、別に怒るとかいうこともありませんし、むしろ面白い現象だと思っているくらいです。しかし、これも自分勝手なこととはいえ超多忙でもあり、子供相手のモグラ叩きゲームに熱中する暇は当然ありませんので、とりあえず、その経過と仕組みが判明するまでは投稿を停止するとの宣言をしたところ、その宣言と差し違えに、管理人の小倉さんから新しい提案がなされました。

 何はさておいても、ML管理人の提案というML空間社会では決定的な問題ですし、 せっかくの機会ですから、あえて以下のような非常手段に訴えて三次元空間を歪め 、ないはずの時間を捻り出し、小倉さんの提案についての私見を申し上げます。

 同志社大学の渡辺武達教授が、このaml-stoveメーリングリストで私が使った「 pmn(民衆のメディア連絡会メーリングリストのこと)潜入中」という渡辺教授に関する表現をとらえて、このaml-stoveメーリングリストにでもはく、このaml-stoveへの「ガス室」論争の移行を発表したamlメーリングリストにでもなく、 pmnメーリングリストに質問を寄せました。

 私は、先にamlの方に管理人の小倉さんにaml-stoveへの登録手続きをして頂いた謝辞を送っています。つまり、自分が志願して手続きしたのではないので、その際には、aml-stoveの約束事を確認していません。しかし、今年の春、pmnに中宮さんが参加申込をされた際に、いわゆる論争の取扱いの経過が、民衆のメディア連絡会 のスタッフ会議で話題になり、その時に、aml-stoveでは内部の議論を外に出さないことになっているという説明を聞きました。これは国内の例としては日本共産党の「党内の問題を外部に出してはならない」との「除名条項」に似ていると思いましたし、国際的な例としてはローマ法王の後継者を決める枢機卿の秘密会議を思い出しました。

 枢機卿の秘密会議は、完全な秘密会議で結論が出るまでは外部と遮断し、中から外へは出られず、結論が出たら何かを燃やして煙を上げるのだそうです。

 この会議のことをラテンでconclaveといい、元の意味は「小さい教室」とありますが、その発音は、私がこだわって「ヴェ」とするveを、字数減らしを眼目とする新聞式の「ベ」とすると「コンクラーベ」になり、日本語では「根比べ」と同音になりますので、日本語とラテン語も同根説の冗談のネタともなっています。

 さて、aml-stoveについては、そういう記憶で参加したので、上記のような外部 への情報漏れが生じた事態は、非常に理解し難く、興味深いのです。

 まずは、どなたが情報を漏らしたのか、それとも渡辺教授自身がaml-stoveに参加しているのか、そのことを、ご自身から明らかにして頂きたいのです。そうでな いと、何時闇討ちに会うか分からないのに無防備で暗い夜道を歩くようなもので、子供向きのお化け屋敷ではありまいし、これはもう暇人ではないので御免です。

 少なくとも、拙著を読まずに、そこらじゅうに溢れているデタラメ本の引用だけで議論を仕掛けてくるという口喧嘩マニアが、このMLの世界には溢れているようです。もう子育ても終わったのに、またもや見ず知らずの他人の子供を辛抱強く相手にするだけでもしんどいのに、さらには、あちこちのメーリングリストに無料出張を強要される羽目に陥ったのでは、いくら時間があっても堪りません。

 とりあえず、面食らった方も多いでしょうし、これまでにも私のホームページに入れていた発端の記事を見ていない方、またはmailだけでホームページを見ることのできない環境の方もおれれるので、以下、渡辺教授との論争の発端となった記事の全文とイラストを紹介します。

 記事だけでも長いので、特に論評はせず、最後に簡単な注釈を記すだけとします。

 以下が記事とイラストの説明ですが、ホームページでは私が挿入していた注釈仕方に、渡辺教授が異議を唱えたり、意地悪く感じた方もいたようなので、それは全部省き、すべてママとしました。

 『月刊パンプキン』(1997.12)「MEDIAウォッチング」12(この回の題):「血みどろ写真」掲載は表現の自由か

 渡辺武達、イラスト/山県和彦

 イラストに関しては、この回のみのものと思われる部分を「文字」のみで説明し ます。 登山では進行方向を指示する「道標」の上に、「言論」の矢印が左を向き、その下に続く「の自由」の矢印が下向きの右を向き、その上の階段を右下へと、 ネクタイを首に引っ掛けた記者が駆け降りています。左側の指先にはペン。右側の手には昆虫取りの竿付き手網。手網の口の右下には「蝶」の代わりに「銭入れ袋」 が空中に浮いています。つまり、「言論」とは反対方向の「銭」を追う「記者」が堕落への道を転がり落ちるという構図です。

 以下が本文です。

 …………………………………………………………

  表現の自由は市民を守るためのもの

 最近、『湾岸報道に偽りあり』などの著者として知られる木村愛二氏がジャーナリズム関係者のあいだでしばしば話題になる。反権力を売り物にしてきた氏がナチの虐殺を否定するかのような本を書いたのと、そのことに関連して『週刊金曜日』 の関係者からドイツ司法当局へ告発されたからである。

 私がメディア研究者としてはっきりいえることは、現在の日本の主流メディアのほとんどが言論・表現の自由ということを「意図的」に誤解、ないしは曲解しているため、その弊害が一般にも出てきているということだ。

 大学で私のゼミに登録した学生たちも、日本国憲法第21条における「言論・出版の自由」と「検閲の禁止」規定を知っているから、『フォ-カス』や『週刊新潮』(ともに新潮社刊)が神戸事件の少年容疑者の顔写真を掲載し、『週刊現代』などがインタ-ネットからの転載でダイアナ妃の事故直後の血みどろ写真(実はニセ合成写真)を掲載しても、それらも表現の自由のうちではないかと思いがちだ。

 しかし半年も現代ジャーナリズムについて勉強をすると、言論・表現の自由はメディアが市民の知る権利を守る忌憚のない権力批判報道を行うことであり、(1)他人を傷付ける言論を許すものではないことがわかってくる(プライバシ-と人権侵害の禁止)。また、最大風速50メ-トルの巨大台風が近づいているのにもしテレビやラジオで、備えなど必要ないといえば、小型漁船などの物損や乗組員の被害は甚大なものとなるから、(2)メディアに意図的な「うそ」をつく自由は許されるはずもない。さらに、(3)一人ひとりの人間の平等性と男女の共生社会に向かう方向性に対立するような社会差別助長の言論もだめである。くわえて(4)女性の身体を切りきざむだけといった残虐暴力表現やレイプを肯定し、女を男の慰みものとしか見ないようなポルノとセックス表現も、言論・表現の自由の範疇に入れない

………………………………………………

      問われる“メディアのふるまい”

 数年前、文藝春秋発行の『マルコポーロ』誌が「ナチにガス室はなかった」とい う記事を掲載、問題となり、廃刊となった(95年2月号)。この虚偽表現について 心からの反省のない「メディアの犯罪」はSGI(創価学会インタナショナル)によってもウォールストリート・ジャーナル、アジア版への意見広告として告発された(96年12月)。理由は、毒ガスの製造工場、運搬手段、運搬者、ガスの管理者・使用者、そして殺害された人びとのおよその数と名前まで明らかになっていることをを「ソ連とユダヤ人がつるんでおこなった捏造」であるという論を、日常会話ならともかく、一般市販メディアで主張すること、またそうした主張をさせるメディアの責任が問われたのであった。

 私は商売と政権政党への奉仕のために何でもする新潮社や文藝春秋を反人権出版社と断ずる。しかし、日本のメディア関係者が日本人による「誤解表現」をドイツ の司法当局に訴えるやり方にも賛同できない。

     …………………………………………………

 わたなべ たけさと 1944年、愛知県生れ。同志社大学文学部教授。「なるほど! ザ・ワールド」など、テレビ番組制作にも参画。著書も、『メディア・レトリックの社会学』、『テレビ~「やらせ」と「情報操作」』など多数。近著『メディア・ リテラシー』(ダイヤモンド社)は、市民が「賢い視聴者、読者」になるためのノ ウハウを具体的に提示していて好評。

 記事は以上で終り。

 以上の記事に関して、「イラストは編集者責任で掲載したのではないか」との意見もありますが、渡辺教授自身は、この記事構成に関して何らの弁明もしていません。私が「誤解表現」をしていると断定する根拠の誤りについては別途、「誤解だらけのガス室論争」でも指摘しました。詳しくはホ-ムペ-ジまたは拙著を参照して下さい。

 特に問題なのは、たとえ編集者責任であろうと、私が「銭袋」を追って堕落する記者だと主張するのは、全く事実に反する誹謗中傷であって、私に対する最大限の侮辱です。それをあえて主張するであれば、その判断根拠を示すべきです。

 事実はまったく逆であって、私は、この問題に関して欧米では極右シオニストによる殺人まで発生していることを熟知しており、だからこそ、国際的には第三者でありながら湾岸戦争でアメリカとイスラエルに荷担し、現在もイスラエルの不法占領地帯のゴラン高原に出兵している日本の国籍を有する一員として、事実関係を確信した以上、「たとえ火の中、水の中」の決意で、出費計算を度外視して取り組んでいるのです。

 この問題に関して私と基本的に同意見のロジェ・ガロディは、元フランス共産党政治局員で、日本語訳の本も9冊あります。この10月15日発売、拙訳・解説『偽イ スラエル政治神話』のフランスでの原著出版を理由として、著者ガロディは、約250万円の罰金刑に処せられましたが、その判決を報じた朝日新聞(1998.2.28夕刊 記事の最後には、「ガロディは[中略]アラブ諸国の知識人はイスラム教徒の間 では英雄視されている」とありました。それだけの強烈な政治問題なのです。 以上。

【木村愛二氏の独白(二)に対する高橋亨氏の反論】
(テーマ) 論争相手に対する態度について
(木村見解)
 in [aml-stove 103] 木村さん wrote:
 しかし、これも自分勝手なこととはいえ超多忙でもあり、子供相手のモグラ叩きゲームに熱中する暇は当然ありませんので、とりあえず、その経過と仕組みが判明するまでは投稿を停止するとの宣言をしたところ、その宣言と差し違えに、管理人の小倉さんから新しい提案がなされました。

 in [aml-stove 104] 木村さん wrote:
 少なくとも、拙著を読まずに、そこらじゅうに溢れているデタラメ本の引用だけで議論を仕掛けてくるという口喧嘩マニアが、このMLの世界には溢れているようです。もう子育ても終わったのに、またもや見ず知らずの他人の子供を辛抱強く相手にするだけでもしんどいのに、さらには、あちこちのメーリングリストに無料出張を強要される羽目に陥ったのでは、いくら時間があっても堪りません。

(高橋見解)
 私には、その「デタラメ本の引用」に対してさえまともに反論できないあなたから、それもMLという公共の場において、「子供」だの「口喧嘩マニア」だのと呼ばれる筋合いはありません。そのような物言いには強く抗議します。

 どの程度の言動をもって「侮辱」「中傷」と判断するかは人によって評価の度合いも違うのでしょうが、少なくとも本多勝一氏から私信で「取材不足」と指摘された程度のことまで「侮辱的言動」に数え上げる木村さんご自身の基準に照らして、上記の発言が果たして私に対する侮辱に当たらないのかどうか、上記発言が行われた場である本MLにおいて明確に説明する責任があなたにはあると考えます。(↓下記参照)

 in "http://www.jca.ax.apc.org/~altmedka/tyokusetu.html" 木村さん wrote:
  四、被告・本多勝一自身が直接原告に対して行った主要な侮辱的言動
 1996年[平8]6月30日付けの被告・本多勝一(代)署名による手紙…… 「木村さんの湾岸戦争の時のルポや読売新聞社問題に関する仕事は高く評価するものですが、このアウシュヴィッツ問題については取材不足で支持しかねます」
 ..snip..
 1997年[平9]3月10日付け手書き署名入りファックス通信……「2年ほど前の片言隻句をとらえているようです」
 1997年[平9]3月18日付け手書き署名入り手紙……「(原告の実地)調査 は非常に短期間であって、すぐ帰ってきたのには驚きました」

(テーマ) 木村さんの「超多忙」について
(木村見解)
 in [aml-stove 103] 木村さん wrote:
 実のところ、上記投稿停止宣言には、その時にも記したように、今月中に対『週刊金曜日』裁判の本人証言の台本となる陳述書の改訂増補版を裁判所に提出する約 束をしていたという事情もありました。裁判の次回口頭弁論は11月24日13:20からですが、非常に穏やかな態度の裁判長に交替したばかりなので、法廷における約束を守らずに心証を害するのは都合が悪いのですが、本日早朝、書記官に電話をして、予定外の追い込み作業が次々に発生した事情を説明し、一週間の猶予をお願いしました。

 in [aml 9880] (10.25「ガス室」live論争相手募集) 木村さん wrote:
 pmnMLでは私が「留守番」をするというmailがBOUNCEもあって二度流れましたが、私は交通費も食事代も出ないのに「志願でくるよな馬鹿もいる」という立場ですから、せめてものリップ・サーヴィスで「店長」と呼んでほしいものです。どうせ無給で、客が立て込む心配は残念ながらないようですから、私も退屈しのぎ、そちらは冷やかしで結構。ついでのことに、気に掛かっている方は「ガス室」論争でも吹っかけに来て下さい。

(高橋見解)  本当にお忙しいということでしたら、返答はゆっくりで構わないと [aml-stove 100]で提案したはずですが、それすらできない木村さんに、わざわざ「志願」して店番をやり、「退屈しのぎ」にお客さんと「ガス室」論争をするほどの暇があるとは、私には理解できない奇怪な事態と言わざるを得ません。
(テーマ) aml-stoveの趣旨について
(木村見解)  in [aml-stove 104] 木村さん wrote:
 私は、先にamlの方に管理人の小倉さんにaml-stoveへの登録手続きをして頂いた謝辞を送っています。つまり、自分が志願して手続きしたのではないので、その際には、aml-stoveの約束事を確認していません。しかし、今年の春、pmnに中宮さんが参加申込をされた際に、いわゆる論争の取扱いの経過が、民衆のメディア連絡会のスタッフ会議で話題になり、その時に、aml-stoveでは内部の議論を外に出さないことになっているという説明を聞きました。これは国内の例としては日本共産党の「党内の問題を外部に出してはならない」との「除名条項」に似ていると思いましたし、国際的な例としてはローマ法王の後継者を決める枢機卿の秘密会議を思い出しました。

 枢機卿の秘密会議は、完全な秘密会議で結論が出るまでは外部と遮断し、中から外へは出られず、結論が出たら何かを燃やして煙を上げるのだそうです。
 ..snip..
 さて、aml-stoveについては、そういう記憶で参加したので、上記のような外部への情報漏れが生じた事態は、非常に理解し難く、興味深いのです。
(高橋見解)
 この点については別途管理人さんからも説明があると思いますが、それは木村さんの誤解でしょう。97年1月にaml-stoveが開設された際、amlにおいて、次のような趣旨説明がなされています。

 in [aml 3243] 小倉さん wrote:
| *****************************
| ディスカッションのためのメーリングリスト aml-stoveのご案内
| *****************************
| 最近のamlのメッセージのfjへの転載に関して、議論が続いています。amlの本来の目 的は、市民運動や様々な民衆運動などの情報交換であり、議論は極力避けていただき たい旨、最初のご案内に書いてあります。 しかし、今回議論になっている問題は、議論せずにすますべきことではないと考え ますし、議論を続けたいと考えていらっしゃる方もおられますので、下記のように、 ディスカッションのためのメーリングリストaml-stoveをつくりました。今回の問題に限らず、amlでとりあげられた情報に関して議論をしたいという場合 は、この新しいメーリングリストaml-stoveをご活用ください。
 ..snip..
  **aml-stoveのメッセージの転載について**
 なお、このメーリングリストは、ディスカッションのためのものです。議論の過程で 、様々な誤解や行き違いなども含めて錯綜した投稿がありえます。従って、ここに投稿されたものについては、このメーリングリスト以外への転載は原則としてお断りします。転載したい場合には、投稿者の許可をあからじめとってからお願いします。

 aml-stoveにおける制約は、原則転載自由なamlとは異なり、原則として(投稿者本人の許可がない限り)記事の転載は不可、というだけのことであって、ここでの情報を一切外部に漏らすな、などという超秘密主義ではありません。

(木村見解)  in [aml-stove 104] 木村さん wrote:
 まずは、どなたが情報を漏らしたのか、それとも渡辺教授自身がaml-stoveに参加しているのか、そのことを、ご自身から明らかにして頂きたいのです。そうでないと、何時闇討ちに会うか分からないのに無防備で暗い夜道を歩くようなもので、子供向きのお化け屋敷ではありまいし、これはもう暇人ではないので御免です。
(高橋見解)
 よって、このような詮索は有害無益と考えます。そもそも、木村さんが私との間の議論の内容には何の関係もない渡辺さんの言動をわざわざ引き合いに出したりしなければ、何ら問題など生じなかったはずのことです。

 なお、木村さんはダイジェストのAMLへの転載については既に同意されていますが、私が提案したpmnおよびホームページへの転載についてはまだ態度 を表明されていません。念のため確認しますが、これらについてはOKでしょうか? いくら「超多忙」でもこれくらいは返答できますよね。

(テーマ) まとめ
(高橋見解)  以上概観してきたとおり、大変残念なことですが、主張されている内容だけでなく論争に取り組む態度においても木村さんには誠実さが欠けていると言わざるを得ません。今回の議論にはいささか期するものがあったのですが、木村さんには深く失望させられました。

【木村愛二氏の高橋氏に対する独白(三)】
 高橋亨さんは、私の「子供」「口喧嘩マニア」という表現に激昂しておられるようですが、これはなにも高橋さん個人を指して使った表現ではありません。年の順 に言えば実は私よりも年令は上ですが精神的には子供の本多勝一、全共闘世代とか言われる彼の子分格の梶村太一郎、金子マーティンや、渡辺武達教授、前田朗助教授(歴史の事実を視つめる会主催者)などをまとめて表現したものであって、高橋亨さんはその末尾の一番最近の事例にしかすぎません。

 高橋亨さんの「口喧嘩マニア」振りは、私のpmnMLでの冗談半分mailの引用に典型的に現れています。私が10.25.こくろう祭りに自主ヴィデオ流通組織VIDEOACT!一日店長を「志願」したから、「超多忙」は「口実」だとするものですが、これはまったく冗談では済まされません。VIDEOACT!は、私が湾岸戦争反対の運動に参加して以 来、営々と続けてきた民衆のメディア連絡会の運動の新しい画期をなすものであって、しかもそれが、私の人生の最大の危機だった争議時代に花咲き始めた「労働争 議運動の祭り」の場に出店するともなれば、まさに「超多忙」の中でも最優先すべき日程だったのです。

 ついでに一言だけしておきますが、高橋さんは私の「調査して」という言葉尻を 捉えて鬼の首でも取ったように『アウシュヴィッツの争点』を読めば分かるとの私 の言葉に嘘があるというのですが、私が密かに予測していた通りに、高橋さんのmailは単なる「質問」ではなくて、拙著は読まないのに別の様々なデタラメ資料に接しておられ、『アウシュヴッツとアウシュヴィッツ嘘』を参考文献に挙げられましたので、その本のデタラメ振りを、この際、一応調べようかと思ったまでのことです。

 この本については、私とは『マルコポーロ』廃刊事件以前から協力関係にある西岡さんが読んだというので、どうかと聞いたところ、まるで寄せ集めの目新しい材 料がないシロモノで読むに値しないというので、当時準備中でさる!0.15発行の拙訳『偽イスラエル政治神話』の訳者解説に入れる必要もないと判断して無視することにしたのでした。

 ところが、その間、結構いい大人がまんまと騙されている状況を知り、いずれコ テンパンにしてやろうかと思っていたところへ、高橋さんの「からみ」がはじまっ たので、これを一つのきっかけに仕方なしに斜め読みしようかと考えたのでした。しかし、高橋さんの一部引用を見ると、最早、そのデタラメ振りはどうしようも ないものだと断定できるので、その点だけを指摘し、今後については、こういう資料に簡単にマインドコントロールを受ける高橋さんとの論争は打ち切ります。

 高橋さんの引用によると、

1.「ガス室」が「満員列車」のようになるから、シアン化水素の沸騰点以下の気温の場合でも体温で温度が上がる。
2.以上により、満員の収容者が青酸ガスを吸ってしまうから、残留がなくなる。

 という主旨になりますが、これはもう全く荒唐無稽な新発明の子供の口喧嘩です 。

 いわゆる「ガス室大量殺人」と称するものは、三日三晩の拷問で本人が「何が書 いてあるか知らない」と死刑直前にポーランドで書き残したホェス元アウシュヴィ ッツ収容所司令官の「証言」に基づいて、現場検証の反対尋問もなしにニュルンベルグで判決が出たものです。

 ホェスの「証言」自体が矛盾だらけのシロモノですが、のちに御用学者たちが、それを仕上げて、シャワールームと偽って連れ込むという場面を定式化しました。 つまり、大量のユダヤ人を反抗させずに殺すための手段としてのシャワールームという説明です。これと似た状況はフィクション映画『シンドラーのリスト』にも出 てきます。私はマイダネクのしか見ていませんが、前後左右に約1mの十分な間隔を取ったシャワー栓が上部の数本のパイプに並んでいました。

 ところが、ここへ「満員」というのですから、それでは元々「ガス室」デマを BBCなどを通じて聞かされ、シャワーを拒否して病気になった実例さえあるという状況の下でのことですから、すぐさま命懸けの暴動が起きます。

 元々、なぜ大量のユダヤ人が従順に収容所入りしたのかという点についても、す でに、ユダヤ人のアンナ・ハーレントが、長老のユダヤ人評議会の対ナチ協力を『 イェルサレムのアイヒマン』(みすず書房)で明らかにしています。

 もう一つ、高橋さん自身がすでに見ている資料だけからも、矛盾点が明らかです。クラクフ報告では、消毒室よりもシアン化合物の残留が少ないのは、「人間を殺 すのは短時間」としています。これも大変なデタラメなのですが、少なくとも、従来のシャワールーム連れ込み型説明の範囲内で論じており、満員で全部吸ってしまったなどとは主張していないのです。

 なお、青酸ガスを発生するチクロンBが元々殺虫消毒剤でったこと、その使用法の説明書には中毒危険を避けるために一日以上の間隔を置く必要があることなどが記 されていることは、証拠上、誰も否定していません。逆にホェス証言を根拠とする説では、約30分ごとに入れ替えの連続大量殺人と主張されているのです。それなのに「短時間」とは何ごとでしょうか。

 以上のように、高橋さんは、自分が見たデタラメ資料の相互の矛盾にも気付かないようなので、これでは正常な論争の成立する条件がないと判断します。もちろん、この問題は別途、私なりにあらゆる形式の「メディア批判」として報道します。二度あることは三度あるとか、拙著を読まずに口喧嘩を仕掛けてくるような方には、これからも応答しないことにしましょう。学術論争では、すべての関係文献に目を通してから自説を展開するのが当然のことなのですが、それを「教授 (私の表現では「アカデミー業者」)でさえしないのが現状なので、高橋さんだけを責める積もりはありません。  

【木村愛二氏の独白(三)に対する高橋亨氏の反論】
(高橋見解)
 確かに、木村さんの「超多忙」に関する詮索は余計なお世話でした。この点についてはお詫びして取り消します。

 さて、木村さんは論争終結を宣言されてしまったので、もはや返答が頂けるかどうか分かりませんが、私からの一応の回答を示します。木村さんの文章は曖昧で分かり難いので、本来は一段階ずつ確認しながら議論を進めたいのですが、回答が頂けないのではやむを得ませんので、私なりに推測しながら書くことに します。

(木村見解)  in [aml-stove 108] 木村さん wrote:
 この本については、私とは『マルコポーロ』廃刊事件以前から協力関係にある西岡さんが読んだというので、どうかと聞いたところ、まるで寄せ集めの目新しい材料がないシロモノで読むに値しないというので、当時準備中でさる!0.15発行の拙訳『偽イスラエル政治神話』の訳者解説に入れる必要もないと判断して無視することにしたのでした。

 ところが、その間、結構いい大人がまんまと騙されている状況を知り、いずれコテンパンにしてやろうかと思っていたところへ、高橋さんの「からみ」がはじまったので、これを一つのきっかけに仕方なしに斜め読みしようかと考えたのでした。しかし、高橋さんの一部引用を見ると、最早、そのデタラメ振りはどうしようもないものだと断定できるので、その点だけを指摘し、今後については、こういう資料に簡単にマインドコントロールを受ける高橋さんとの論争は打ち切ります。
(高橋見解)  自分の著書についてはあれほど「読まずに批判するな」と繰り返される木村さんが、なぜ自分の見解に反する文献については読みもせずに「デタラメ」 だなどと断定できるのか、このへんの二重基準が私には全然理解できません。
(木村見解)  高橋さんの引用によると、
  1.「ガス室」が「満員列車」のようになるから、シアン化水素の沸騰点以下の気温の場合でも体温で温度が上がる。
  2.以上により、満員の収容者が青酸ガスを吸ってしまうから、残留がなくなる。
 という主旨になりますが、これはもう全く荒唐無稽な新発明の子供の口喧嘩です。
(高橋見解)
 最初の「シアン化水素がそんなに長く残っているか」([aml-stove 94])よりは 多少ましですが、まだまだ不正確です。勝手に「主旨」を発明しないで下さい。

(木村見解)  いわゆる「ガス室大量殺人」と称するものは、三日三晩の拷問で本人が「何が書いてあるか知らない」と死刑直前にポーランドで書き残したホェス元アウシュヴィッツ収容所司令官の「証言」に基づいて、現場検証の反対尋問もなしにニュルンベルグで判決が出たものです。
(高橋見解)
 はい、出ましたね。それでは、ガス室での大量虐殺に関するホェッスの証言は拷問によって作り出されたデタラメ(あらかじめデッチ上げられたシナリオ)だとする根拠を示して下さい。……と言ってもお答えはないんでしょうから、 私が知る範囲で「根拠」らしきものを書いてみます。

 「ポーランドで書き残した」ということになると、ホェッスがポーランドに移送された後、処刑までの約1年間に書き溜めた回想録ということになります。この回想録には、ホェッスが逮捕された直後、英国公安警察の係官から殴られ、酒に酔わされて自白調書をとられたこと、またホェッス自身、その調書に何が書かれていたか思い出せないことが述べられています。しかし、この回想録は上記主張の根拠にはなり得ません。何となれば、この回想録には、彼がアウシュ ヴィッツで行わせたガス室による大量虐殺の状況が、彼自身の筆によって、より詳細に記述されているからです。おまけに、(逮捕当初の殴打を除けば)彼 に対する扱いが全般に温和であり、裁判官たちが公正であったことへの驚きまで表明されています。

 ホェッスの回想録が駄目だとなると、次はRupert Butlerが英国で1983年に出版したペーパーバック"Legions of Death"でしょうか? この本では、確かに5人の英国人係官が、自白を得るためにホェッスを殴打したと書かれています。しかし、この本の描写によれば、殴られた後ホェッスは自分でしゃべり始めたのであって、教え込まれたシナリオに沿って自白させられたのではありません。それとも、ホェッスは拷問への恐怖から「ガス室大量殺人」というシナリオを 自分で発明したのでしょうか? 残念ながらこれも考えられません。ホェッス が思いつきで嘘をしゃべったという仮説では、ガス室に関する彼の証言が他の多くの目撃証言(例えば、ホェッスとは面識のない親衛隊員ペリー・ブロードの証言)と極めて良く一致するという事実が説明できないからです。

(木村見解)  ホェスの「証言」自体が矛盾だらけのシロモノですが、のちに御用学者たちが 、それを仕上げて、シャワールームと偽って連れ込むという場面を定式化しました。
(高橋見解)  個人的な記憶に頼ってなされる証言が、時として誤りや矛盾を含むことは不思議でも何でもなく、かえってその証言の核心部分の真実性を補強する場合さえあることは、オーラル・ヒストリーを扱う上での常識の一つでしょう。例えば、 あのフォーリソン教授が書いた「論文」"How the British obtained the confessions of Rudolf Hoess" ("Journal of Historical Review", Winter, 1986; vol.07 no.4) は、ホェッスが"Wolzek"という《実在しない》収容所に ついて証言していることを、ホェッス証言のデタラメさを示す証拠として槍玉 に上げていますが、ホェッスの証言全体を慎重に検討すれば、この"Wolzek"が、重要な絶滅収容所の一つでありながらホェッス証言ではなぜか言及されていな いもの…"Sobibor"…を指していることが分かります。恐らく、ホェッスの記憶違いか、あるいは最初から誤った名前でホェッスに報告されていたのでしょう。この件は、フォーリソンの主張とは逆に、ホェッスが自らの意志で自分の記憶に従って証言していることを示しています。[4](そもそも、「ガス室大量殺人」をデッチ上げるためにあらかじめ用意されたシナリオが、ありもしない収容所名を使うほど間抜けなはずがありません。)
(木村見解)  つまり、大量のユダヤ人を反抗させずに殺すための手段としてのシャワールームと いう説明です。これと似た状況はフィクション映画『シンドラーのリスト』にも出 てきます。私はマイダネクのしか見ていませんが、前後左右に約1mの十分な間隔を取ったシャワー栓が上部の数本のパイプに並んでいました。ところが、ここへ「満員」というのですから、それでは元々「ガス室」デマをBBCなどを通じて聞かされ、シャワーを拒否して病気になった実例さえあるという状況の下でのことですから、すぐさま命懸けの暴動が起きます。
(高橋見解)
 まるで見てきたみたいな描写ですが、武器も持たない一般人の集団が、抵抗すれば即座に殺されることが明白な状況下で容易に暴動など起こせるものかどう か、例えば中国戦線において日本軍の捕虜となった中国兵たちが並べられて順番に殺されていった状況と比べてみれば明白だと思いますが。

(木村見解)  もう一つ、高橋さん自身がすでに見ている資料だけからも、矛盾点が明らかです。クラクフ報告では、消毒室よりもシアン化合物の残留が少ないのは、「人間を殺 すのは短時間」としています。これも大変なデタラメなのですが、少なくとも、従来のシャワールーム連れ込み型説明の範囲内で論じており、満員で全部吸ってしま ったなどとは主張していないのです。
(高橋見解)
 IFRC報告の論点が「人間を殺すのは短時間」などという粗雑なものでないこと は既に[aml-stove 93]で述べたので繰り返しませんが、バスティアンの本にも「満員で全部吸ってしまった」などという馬鹿げたことは書かれていませんので念のため。

 さて、IFRC報告によって、ガス室の壁面にも確かにシアン化合物が残留していることが確認されたので、[aml-stove 100]で私が示したバスティアンの論点のうち(4)「その結果、犠牲者たちの死後、壁面から採取されうるほどのガスは空気中に残留しなかっただろう。」は修正しなければならないのですが、に もかかわらず、バスティアンの論点の(5)「従って、44年もの後にロイヒターが壁面から青酸残留物をほとんど検出できなかったとしても不思議はない。」 は実に正確なのです。IFRCの研究者たちは検出限界がサンプル1kgあたり3~4 ?gという高精度の検出法を用いて、ガス室の壁面から最大640?g/kgのCN-イ オンを検出しました。しかし、この残留量は、ロイヒターが用いた低精度の手 法(検出限界1mg/kg)ではほとんど検出できない値です。確かに、「ロイヒター には」検出できなかったのです。

(木村見解)
 なお、青酸ガスを発生するチクロンBが元々殺虫消毒剤でったこと、その使用法の説明書には中毒危険を避けるために一日以上の間隔を置く必要があることなどが記されていることは、証拠上、誰も否定していません。逆にホェス証言を根拠とする説では、約30分ごとに入れ替えの連続大量殺人と主張されているのです。それなのに「短時間」とは何ごとでしょうか。

(高橋見解)
 いまだにこんなことを書いているところを見ると、木村さんのZyklon Bに関する認識は、以前『噂の真相』[5]に書いた:

  …「チクロンB」は、木片などに青酸ガスを吸着させ、カンに密閉したもの である。…指定の使用方法では蛾を殺すのに24時間かかる。人体実験の報 告はないが、ニュールンベルグ裁判で証拠とされた収容所長の自白などのよ うに、数分とか数十分で人間を死に至らせるのは、とうてい不可能である。

 というあたりからほとんど進歩していないようですね。

 Zyklon Bの本来の使用目的は殺虫用ですが、その主成分であるシアン化水素(HCN)は、昆虫よりも哺乳類(当然人間を含む)に対しての方がはるかに殺傷力が大きいという特徴を持っています。(だからこそ戦後低毒性の殺虫剤が開発されると危険な青酸系殺虫剤は使われなくなった。)通常、殺虫用にはHCN濃度16,000ppmで20時間という方法が用いられますが、人間の場合、わずか 150ppmのHCNに30分から1時間さらされただけで生命の危険を生じ、300ppmの場 合、数分で死に至るとされています。これは、通常の化学辞典("The Merck Index"等)にも記載されていることです[6]。当然、殺人ガス室の壁面がさら されるHCNガスの量(濃度×時間)は、シラミ駆除室の場合よりはるかに少なくなります。

 なお、1日以上の間隔を置いて使えというのは、自然換気の通常の建物に対して殺虫目的で使う場合の話で、しかも民生用の説明書として十分な安全係数を織り込んで書いてあるのです。使用濃度が低く、換気装置も備えているガス室にはまったく当てはまりません。

 更に蛇足ですが、1回のガス殺は30分から1時間程度で終わるものの、その後換気と死体の搬出作業が必要ですから、30分サイクルで連続殺人ができるわけではありません。

(木村見解)  以上のように、高橋さんは、自分が見たデタラメ資料の相互の矛盾にも気付かないようなので、これでは正常な論争の成立する条件がないと判断します。
(高橋見解)
 以上のように、これほど木村さんの認識が低レベルでは、確かにまともな論争にするのは難しいですね。それから、複数の文献をベースに検討を進めていく場合、特に推測・仮説部分に食い違いが出てくるのは何ら不思議なことではなく、文献の信頼性を損なう ものでもありません。そうした部分については、最も妥当な説明はどれなのかを自分で判断すればいいだけのことです。木村さんはそういう作業をなされないようですが。

(木村見解)  もちろん、この問題は別途、私なりにあらゆる形式の「メディア批判」として報道します。
(高橋見解)  そうですか、ついこの間([aml-stove 104])、「枢機卿の秘密会議」がどうとかおっしゃって「情報漏れ」を問題にしていたことと比べると、180度の方針転換ですね。まあ、それは構いませんが、せっかく記録に残る形で議論をしたのですから、外部に発表される場合には木村さんの一方的要約などではなく、論争の全記録を公表されるよう希望します。
(木村見解)  二度あることは三度あるとか、拙著を読まずに口喧嘩を仕掛けてくるような方には、これからも応答しないことにしましょう。
(高橋見解)
 ということですので、この議論における私の発言も、これで一応終結とします。もちろん、木村さんの気が変わってこの記事に応答される場合には、私の方も お相手します。

 なお、木村さんが「口喧嘩」に応答しようがしまいが、今後もAMLその他でホロコースト否定論を流されるような事態が生じた場合、それなりのフォローを 付けさせて頂きますのでご承知置き下さい。
*参考文献*
[1] http://www.nizkor.org/ftp.cgi/people/h/hoess.rudolf.ferdinand/hoess.intro.01
[2] http://www.nizkor.org/ftp.cgi/people/h/hoess.rudolf.ferdinand/hoess.02
[3] http://www.nizkor.org/ftp.cgi/people/h/hoess.rudolf.ferdinand/on-torture
[4] http://www.nizkor.org/ftp.cgi/people/h/hoess.rudolf.ferdinand/wolzek.01
[5] 木村愛二:映画「シンドラーのリスト」が訴えた“ホロコースト神話” への大疑惑,『噂の真相』1994年9月号
[6] http://www.nizkor.org/ftp.cgi/people/l/leuchter.fred/leuchter.faq1

(高橋見解)
 木村さんの論争終結宣言を受け、私の方も一応の最終回答をaml-stoveに投 稿致しました。ここまでの経過はいずれ管理人さんによってダイジェストが 流されるでしょうからここでコメントはしませんが、果たしてホロコーストがシオニストによるデッチ上げかどうか、理性ある読者にはもはや明白だと 思います。

 さて、私にはたった一つだけ、木村さんのご意見に全面的に賛成したいことがあります。それは、インターネットが実に便利な情報の宝庫だという点で す。今回の論争でも、下記のサイトにある豊富な資料を利用させて頂きました。なぜホロコーストという自明な歴史的事実を否定しようとする勢力があ るのか、彼らはどのような疑似科学的「証拠」や資料事実の歪曲によって一見もっともらしい否定論を展開しているのか、これらの点に興味を持たれた方は、ぜひ下記のサイトを訪問してみて下さい。

(1) The Holocaust History Project
(http://www.holocaust-history.org/)

The Holocaust History Project is a free archive of documents,
photographs, recordings, and essays regarding the Holocaust,
including direct refutation of Holocaust-denial.

(2) The Nizkor Project (http://www.nizkor.org/)

Welcome to Nizkor, a collage of projects focused on the Holocaust,
or 'Shoah,' and its denial, often referred to as Holocaust
"revisionism.", a label we reject out of hand as being misleading and dishonest.


【「高橋亨氏のマルコポーロ廃刊事件総括」考】
 高橋氏は、「『ガス室の嘘』オンライン論争の経験から」で次のように総括している。れんだいこがこれにコメント付ける。
1.はじめに

 1995年の『マルコポーロ』事件を記憶しておられる読者も多いことと思う。あのときは、国外からの激しい抗議にあって掲載雑誌の回収・廃刊という安易な対応がとられた結果、問題の論文[1]のどこがどのように間違っていたのか(実際にはほとんど徹頭徹尾デタラメだったのだが)が充分明らかにされることなく話題が収束してしまった。

 そのせいか、いまだに「ガス室」の存在には何らかの疑惑があり、その解明を試みた論文がユダヤ人団体の「圧力」によって潰されたのではないか、というような誤解が払拭されずに残っており、そのような誤解に乗じてホロコースト否定論を広めようとする動きも消えていない。

 私は、ひょんなことからこのガス室の存否をめぐって「フリージャーナリスト」木村愛二氏と約半年間に渡る論争を行うことになった。ここではこの論争の経緯と、この経験から私なりに学んだ事柄について報告する。

(私論.私見) 「雑誌マルコポーロ廃刊事件」に関する高橋氏の見解について

 高橋氏は、雑誌マルコポーロの回収・廃刊に対して「安易な対応」と述べ、単に廃刊するのではなく問題の論文のデタラメを明らかにすべきだった、と云う。それは結構なことである。ならば、西岡論文のデタラメぶりを論じて聞かせてくれれば良かろう。以下、楽しみにしておく。

 2005.4.1日 れんだいこ拝

2.論争の経緯

 事の発端は昨年5月、私が数年来購読してきたAML(オルタナティブ運動情報メーリングリスト[2])というメーリングリストに木村氏が参加してきたことにさかのぼる。AMLはその名前のとおり、様々な市民運動団体や個人が、一般マスコミでは報道されない各種情報を交換するための「オルタナティブな」媒体を提供することを目的としている。ところが、氏はAMLに加入すると、ただちにこれをホロコースト否定論を満載した自著やホームページを宣伝するための手段として利用し始めた。

 AMLを貴重な情報源としてきた私にとって、米軍基地問題や日本軍性奴隷問題を追求する抗議声明や集会案内が日々流されているその同じ場に、こともあろうに史上最悪の大虐殺・人権蹂躙の事実を否定し、その免罪化を図るインチキ情報が流されるなどというのは、耐え難い苦痛以外の何物でもなかった。

 単にゴミ記事が流れてくるだけなら読まずに捨ててしまえばいいのであるが、例えばイラクへの空爆を非難し、アメリカの恣意的な中東政策を糾弾する記事(それ自体はまったく正当なものであるが)の間に、ホロコーストはイスラエルの政治的立場を有利にするために仕組まれた巧妙な嘘であり、イスラエルはナチス・ドイツ以上に悪辣なのだ、などと決め付ける主張が混ざり込むと、困ったことにそこには一定の奇妙なもっともらしさが生じてしまう。

 これを放置しておいてはならない。一種の危機感に駆られた私は、この問題についてはまったくの素人(マルコポーロ事件後に出版された『アウシュヴィッツと<アウシュヴィッツの嘘>』[3]を読んだことがある程度)に過ぎない立場ではあったが、にわか勉強をしつつあえて反論を投稿し始めた。

 昨年10月から始まったこのオンライン論争は、木村氏が最終的に論争の継続を拒否する(今年3月)に至って完全に決着が付き、氏が認めるかどうかはともかく、客観的には結論は明白となった。ただし、議論の内容そのものを繰り返すのは本稿の趣旨ではないので、興味を持たれた方は私のホームページ[4]に掲載してある論争記録を参照して頂きたい。また、この論争を契機として、ホロコースト否定論者たちの手口を徹底的に暴く情報ページ[5]を東京経済大学の山崎カヲルさんが開設されているので、そちらもご覧頂きたい。

(私論.私見) 「論争の経緯」に関する高橋氏の見解について

 高橋氏は、「論争の経緯」と銘打つもののさっぱり要領を得ないことを書き付けている。「困ったことにそこには一定の奇妙なもっともらしさが生じてしまう。これを放置しておいてはならない。一種の危機感に駆られた私」とあるのみである。「客観的には結論は明白となった」、「ホロコースト否定論者たちの手口を徹底的に暴く情報ページ[5]を東京経済大学の山崎カヲルさんが開設されているので、そちらもご覧頂きたい」と書き付けているが、れんだいこが読んでみてさっぱり要領を得ない代物でしかない。よって、何やら釈然としない「論争の経緯」ではある。

 2005.4.1日 れんだいこ拝
3.ホロコースト否定論とは何か

 ホロコースト否定論とは、ナチス・ドイツが約600万にものぼる膨大な数のユダヤ人をガス室その他の手段を用いて殺害し、ヨーロッパにおけるユダヤ民族の絶滅を図ったという歴史的事実を否定し、それは戦中から戦後にかけて捏造された嘘であり、巧妙に仕組まれた陰謀である、と主張する言説のことである。論者によって多少ニュアンスは違うものの、この「陰謀」の裏にはイスラエルがいるとする点ではほぼ共通しており、いわゆるユダヤ謀略説の一種と見なすことができる。(実は、ホロコーストの犠牲となったのは決してユダヤ人だけではなく、それに匹敵するほどの数の「忘れられた」非ユダヤ系犠牲者が存在した[6]。この点だけをとってもユダヤ謀略説など成立しようがないのだが、否定論者たちはこのような不都合な事実は一切無視している。)

 ホロコースト否定論の起源はフランスやドイツの極右勢力に求めることができるが、現在その中心はカルト的言論に対する規制が緩い北米に移っており、特にカリフォルニアに本拠を置く疑似アカデミー組織IHR(The Institute for HistoricalReview)がその総本山的役割を果たしている。代表的論者としてはロベール・フォリソン、マーク・ウィーバー、ブラドレー・スミスなどがいる。彼らの主張と比較してみると、日本の否定論者は欧米の言説を直訳輸入しているに過ぎないことがよく分かる。

(私論.私見) 「高橋流ホロコースト否定論とは何か」について

 「高橋流ホロコースト否定論とは何か」として拝聴しておく。

 2005.4.1日 れんだいこ拝
4.嘘とその見分け方

 重大な歴史的事件の中でも、ホロコーストほど大量の証拠、証言(被害・加害両側からの)によって裏付けられ、戦争犯罪法廷の場や多数の歴史学者の研究によって繰り返し検証されてきたものは他にほとんど例がない。複雑で大規模な事件であるだけに解明すべき謎はまだ多数残されているものの、ナチスによるユダヤ人大量虐殺という事実そのものに疑問の余地はまったくない。否定論者たちもさすがに事実としてのホロコーストを正面から攻撃することの困難さは理解しており、従って様々なトリックを使って搦め手から攻めようとする。その戦術をひとことで要約すれば、一般人の無知につけ込む、ということに尽きる。

 体験者でも専門研究者でもない我々にとって、ホロコーストは結局のところ「教えられた歴史」の一部でしかない。「アウシュヴィッツ」、「ガス室」、「チクロンB」といった断片的な知識は持っていても、絶滅収容所で用いられた殺人ガス室がどのような構造を備えており、ガス殺とその後の死体焼却がどのような手順で行われたのか、あるいは「殺虫剤」チクロンBがどのような毒性を持ち、なぜ大量虐殺手段として採用されるに至ったのか、といった細部についてはほとんど何も知らないと言ってよい。だからこそ、例えばフォリソンは「ガス室の設計図を描いて見せよ」というような突飛な要求を突き付けて相手の動揺を誘おうとする。否定論者たちがとりわけ「アウシュヴィッツのガス室」について語りたがるのは、その存在がいわばホロコーストの象徴として広く知れ渡っていると同時に、ガス室の詳細について知る者など専門家以外にはほとんどおらず、いくらでもごまかしが効くからに他ならない。

 彼らの正体を理解した上で眺めてみれば、ホロコースト否定論なるものが断片的事実の上に嘘と歪曲と恣意的引用を積み重ねてでっち上げた疑似科学と似非歴史学の混合物に過ぎないことは容易に分かる。しかし、ホロコーストに関する専門的な知識がなくても、否定論の嘘を見抜くことは必ずしも不可能ではない。次に示す例を見て欲しい。

ナチスの支配領域に600万ものユダヤ人はいなかった。従って600万人の大虐殺など不可能である。
あのような構造のガス室で大量殺人を行うことはできない。これは専門家によって確認されている。
戦後の法廷で元親衛隊員たちが行った加害証言は拷問によって引き出されたものであり、信用できない。
 どこかで見たようなパターンではないだろうか? 例えば「ナチスの支配領域」を「南京」に、「600万ものユダヤ人」を「30万もの人口」に置き換えてみたらどうだろう?「ガス室」を「日本刀」、「専門家」を「軍隊経験者」に置き換えるのでもよい。あるいは、「元親衛隊員」を「日本人戦犯容疑者」、「拷問」を「洗脳」に入れ換えてみたら?そこに出来上がるのは我々にもおなじみのプロパガンダではないだろうか。

 歴史上の事件にまつわる真実は驚くほど多様であり、時として我々の想像力を遥かに上回る。しかし、嘘はいつも似通っている。それは、嘘をつく人間の卑小さを鏡のように正確に反映する。

(私論.私見) 「高橋流嘘とその見分け方」について

 「高橋流嘘とその見分け方」として拝聴しておく。しかし、同じ論法で「ホロコースト肯定論」を精査した時に、「一般人の無知につけ込む」、「断片的事実の上に嘘と歪曲と恣意的引用を積み重ねてでっち上げた疑似科学と似非歴史学の混合物に過ぎない」つうことはないのでせうね。気になるところです。

 2005.4.1日 れんだいこ拝
5.なぜそれを許してはならないか

 一部の反ユダヤ主義者や極右グループ内部の言説に留まっているかぎり、ホロコースト否定論など取るに足りない存在に過ぎない。「地球平面協会」の主張にいちいち目くじらを立てても仕方がないのと同様である。しかし、どれほど明白な歴史的事実でも、そのリアリティは体験者たちが減少し、教えられたこととしてしか知らない世代が増えるに従って必然的に薄れていく。そしてホロコーストに限らず、否定論者たちはこうしたリアリティの希薄化に乗じて過去を改竄し、歴史を自分たちの都合のいいように捻じ曲げようとする。

 もしも、かつての朝鮮植民地支配の過酷な内実や、中国侵略に伴っていたホロコーストにも匹敵するような残虐行為が実は事実ではなく、巧妙な「反日宣伝」によって植え付けられた嘘だったとしたら日本人でいることがどれほど気楽になることか、これは容易に想像してみることができるだろう。しかし、どんなに魅力的に見えてもそのような歴史の改竄は許されることではない。どれほど醜悪で受け入れ難い過去であっても事実は事実として正確に認識し、その克服(取り返しのつかない行為をしてしまっている以上「清算」はもはや不可能であるにせよ)に努めなければならない。歴史に学び、同じ過ちを二度と繰り返さないことは、その歴史の果実を享受して生きている我々が理性ある人間として振る舞おうとする限り避けられない最低限の義務である。

 だからこそ、ホロコースト否定論は絶対に許してはならない。それは、単にそれが誤った、愚かな妄説だからなどではなく、過去を改竄することによって歴史から学ぶ可能性を奪い、かけがえのない記憶を抹殺し、ついには未来を奪い去るものだからである。

 周囲にユダヤ人の知人の一人もいない平均的日本人にとって、ホロコースト否定論はあまり深刻な問題には感じられないかもしれない。しかし、これが世界的に大きな勢力を占めるようなことになればどれほどの災厄が生み出されるか、それは「自由主義史観」を名乗る日本版否定論の脅威にさらされている我々の方が、むしろ容易に想像できるのではないだろうか。

(私論.私見) 「高橋流なぜそれを許してはならないか」について

 「高橋流なぜそれを許してはならないか」として拝聴しておく。

 2005.4.1日 れんだいこ拝
6.否定論への有効な対抗手段

 「真実は作り話より脆い」という言葉がある。実際、その場その場の口からでまかせで言いつくろえる嘘と比べて、ひとつひとつの資料事実に基づく実証によって真実を維持していくのははるかに困難な作業であり、また膨大なコストを必要とする。否定論は容易であり、その安易さゆえに何回論破されてもしぶとく生き残る。

 では、このような否定論に対して、いったいどのように抗していけばいいのだろうか。ドイツやフランスでは、ホロコースト否定論のような反社会的言論を法的に規制するという直接的手段がとられている。しかし、このような手法は言論の自由という貴重な市民的権利と対立するだけでなく、思ったほどの実効性も得られていない。ホロコースト否定論をばらまくような人々は軽微な処罰など恐れないし、法的規制は「言論弾圧」にさらされる被害者という免罪符を彼らに与え、最悪の場合、法廷を彼らのための宣伝の場として提供する結果にさえなりかねない。

 実は、今回の木村氏との論争において、私の主張を支えてくれたほとんどの資料は、インターネットを介して入手することができた。とりわけ、カナダ人のケン・マクベイを中心とするスタッフにより、ホロコースト否定論への反撃を目的として運営されているウェブサイト“The Nizkor Project”[7]は、詳細かつ豊富な資料を提供してくれている。ここには、ホロコーストに関する貴重な一次史料から否定論者たちが持ち出す各種論点への逐条的反論、主要な否定論者たちの正体に関する情報、更にはUsenetニュースグループ上で繰り広げられた彼らとの論争記録など、実に膨大な資料・情報が集積されている。また、同様な目的を持つもう一つのウェブサイト“The Holocaust History Project (THHP)”[8]も、否定論者たちがガス室否定の「証拠」と称して持ち出す疑似科学文献を粉砕する専門家による論文など、極めて貴重な資料を提供している。

 私のような素人がホロコースト否定論の「プロ」に対抗できたこと自体、NizkorやTHHPの方針の正しさを示していると言える。謬論に対する反撃をその場限りのもので終わらせてしまうのではなく、他の心ある人々が再利用できる形で記録や資料を公開し、できる限り広く情報を提供していくこと、そのようにして次々と理性的な反論の輪を広げていくことが、例えば日本版否定論に対する反撃手段についても貴重なヒントを与えてくれているのではないか、これが今回の論争を終えての私の実感である。

 最後に、有益な情報を与えてくれたこれらのサイトのスタッフの皆さんと、今回の論争に際して暖かい声援をお送り下さった方々に感謝するとともに、その死後半世紀を経た今もなお精神的暴力に晒され続けているホロコースト犠牲者たちの魂の平安を祈りつつ本稿を終えることにする。(たかはし・とおる/ソフトウェアエンジニア)

(私論.私見) 「高橋流否定論への有効な対抗手段」について

 「高橋流否定論への有効な対抗手段」として拝聴しておく。しかし、全体を通じて云える事はさっぱり中身の無い批判言辞オンリーの駄文だったな。論に自身があるなら実証的の述べれば良いのに。拍子抜けとはこのことを云うのだろう。それにしても、この程度の駄文の評価が高いとはこれ如何に。連中の読解力のお里が知れる。

 2005.4.1日 れんだいこ拝
*参考*
[1] 西岡昌紀「戦後世界史最大のタブー ナチ『ガス室』はなかった」マルコポーロ1995年2月号
[2] http://www.jca.ax.apc.org/~toshi/aml/intro.html
[3] ティル・バスティアン著、石田勇治・星乃治彦・芝野由一編訳『アウシュヴィッツと<アウシュヴィッツの嘘>』白水社、1995年
[4] http://village.infoweb.ne.jp/~fwjh7128/genron/index.htm
[5] http://clinamen.ff.tku.ac.jp/Holocaust/index.html
[6] http://www.holocaustforgotten.com/index.htm
[7] http://www.nizkor.org/
[8] http://www.holocaust-history.org/

れんだいこ:「ホロコースト論争1、木村氏の立論」考 [「れんだいこ」から]

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/daitoasenso/taigaishinryaku_horocoosto_ronso1_kmnuraronco.htm

42847-3131 「ホロコースト論争1、木村氏の立論」考


 れんだいこのインターネット畏兄・木村愛二氏は、「阿修羅ホロコースト版1」の2005.3.7日付投稿「目撃・体験証人・フランクルの証言はガス室の存在を否定している」で、「以下は、1995年発行の拙著の一節である。これを論破できずに、私の主張を罵倒する者は、完全に気が狂ったホロコースト狂信者か、シオニストの手先以外の何者でもない。さあ、掛かって来い!」と述べた後で、「アウシュヴィッツの争点  第6章:減少する一方の「ガス室」(その49)前線発表報道の「ガス室」は「発疹チフス」予防の消毒室だった」を全文転載している。これを再転載し、木村氏の見解を確認する。

 「ガス室」の存在については「物的証拠」の発見以前に、第二次大戦中から「戦時宣伝」がはじまっていた。ところが不思議なことに、戦争末期、または戦後の、「物的証拠」の発見の経過をまとめた資料が、どこからも発見できないのである。どの資料を見ても、いきなりニュルンベルグ裁判からはじまっている。

 仕方がないので、国会図書館で当時の『ニューヨーク・タイムズ』のマイクロフィルムを検索してみた。本来ならば、アメリカの図書館や公文書館に長期間通って、可能なかぎりの情報を収集すべきところなのだが、本書では中間報告にとどめざるをえない。

 関連記事をいくつか発見できたが、これがまた不思議なのである。死体の山の写真があったり、「ドイツの恐怖の収容所」とか「ドイツの残虐行為の証拠」とかいう見出しや、写真説明があるのに、「ガス室」という言葉はでてこないのである。「アウシュヴィッツ収容所が“もっとも恐ろしい”」(45・4・29)という見出しのベタ記事もあったが、その内容は「元アウシュヴィッツ収容者」のラジオ放送の談話の再録であって、「犠牲者が焼き殺された」ことが“もっとも恐ろしい”経験の具体例になっている。これも「ガス室」ではないのだ。この記事の日付は、アウシュヴィッツ収容所がソ連軍によって解放されてから三か月後である。

 すでに本書の八四ページに載せた写真(web公開では省略)の説明で、ダッハウ収容所の「消毒室」を「ガス室」と間違えていた経過を紹介した。この写真のような「物的証拠」がたどった経過も調べなおす必要があるだろう。

 『世界大百科事典』の「発疹チフス」の項目では、「シラミが寄生するような衛生状態の不良なところに流行が発生し、〈戦争熱〉〈飢饉熱〉〈刑務所熱〉〈船舶熱〉などの別名でも呼ばれた」とし、「第二次世界大戦でも発疹チフスは将兵をおそい、多くの日本軍兵士の命を奪った。さらにアウシュヴィッツなどのナチスの捕虜収容所でも大流行」したと説明している。

 ユダヤ人の強制収容それ自体も残虐行為である。だが、わたしにも、戦後の中国からの引き揚げ家族の一員としての、ささやかな収容所経験がある。当時の衛生環境の収容所で、発疹チフスが発生したら大変な騒ぎになっただろうと思う。日本に帰国して上陸したとたんに、大男のアメリカ兵に頭から袋をかぶせられ、DDTの噴射で全身真白にされたものだ。

 となると大量の死体だとか、はだかの人の群れだとか、衣服や髪の毛の山だとか、これまでに何度も見た写真などの各種の資料についても、つぎのような説明が自然に思えてくる。

 「発疹チフスの流行下でユダヤ人を大量に強制移送したドイツ軍は、かれらを収容所にいれる前に、それまで着ていた衣服を全部ぬがせ、シラミの卵がうえつけられている可能性のたかい髪を刈り、シャワーを浴びさせた。衣服は別室にまとめ、殺虫剤チクロンBで薫蒸することよってシラミを駆除した。チクロンBと薫蒸室には、毒物の危険を知らせるために、どくろマークがつけられた」

 具体例を有名なベストセラーの『夜と霧』の記述にもとめてみよう。『夜と霧』には予備知識にもとづく想像による記述が非常におおい。だが、そればかりではない。著者の精神医、フランクルは、自分自身の直接の実体験をもくわしくしるしている。かれは、「アウシュヴィッツ到着」の直後に「消毒浴場」にむかい、親衛隊員から「二分間でお前達は全部衣類を脱がなければならん」と命令された。「他の部屋」で「毛をそられた。頭髪ばかりでなく、身体中残らず毛をそられてしまった」。「それからシャワー室に追いこまれた。われわれは整列した」。フランクルは恐怖をおぼえる。だが、「シャワーの漏斗から実際に」、(毒ガスではなくて!)、「水が滴り落ちてくるのを認めて喜んだ」のである。さらにフランクルは、シャワー室で「冗談を言いかわし」た理由として、「もう一度言うが、シャワーの漏斗から実際に水が出てきたからである」とまで、くりかえし書いている。フランクルはこのように、「消毒浴場」が本物であることを証言しているのだ。

 さらには、もう一つの謎もこれで一挙にとける。その謎とは、なぜ、これらの「衣服や髪の毛の山」とか、「どくろマーク」つきの「チクロンB」とか、おなじく「どくろマーク」つきの部屋とかが、そのまま強制収容所にのこされていたのかという謎である。それらの遺留品や設備はこれまですべて「ホロコースト」の物的証拠だと主張され、世界中の「ホロコースト記念展」などで写真や実物の展示までされてきた。

 だが、本当にそれだけの凶悪な犯罪の物的証拠ならば、なぜドイツ軍は、日本軍の七三一細菌部隊がそうしたように、撤退にさいしてそれらを破壊または焼却しようとしなかったのだろうか。この破壊作業は、要塞なみに頑丈につくられた鉄筋コンクリートの建物を相手にした七三一部隊の場合よりも、はるかに容易だったはずである。

「髪の毛」にはとくに、古今東西で「遺髪」としてあつかわれてきた性格があるから、微妙な感情的問題をはらむ。さきに紹介した『レクスプレス』(国際版95・1・26)にも、アウシュヴィッツ博物館の国際評議会内に、その展示の是非についての異議があるなどという経過がしるされている。ソ連軍による「発見」以来の経過も複雑なようである。

 わたし自身には、アウシュヴィッツ博物館で大学教授のヴォランティア案内役の説明をうけたときの、予想外の経験がある。わたしは、展示されている「髪の毛」について、人形の髪の毛用の「繊維」ではないかという説があるのを知っていたので、ガラス窓ごしにしげしげと眺めていた。外観はたしかに、その説の通りで、まったく同じ亜麻色、まったく同じ太さである。さまざまな人々の髪の毛が混在しているという感じはしなかった。すると、わたしが質問したわけでもないのに案内役の大学教授は、「ガス室で殺された人の髪の毛なので、ガスの影響で変質して同じ色になっている」と説明したのだ。

 そうなのかもしれない。わたしには、これ以上の知識はない。だが、その場合、「シラミ取りの消毒をするからという口実で髪の毛を刈った」という従来の説明とは、完全に矛盾してくる。「生き証人」、たとえばすでに紹介した映画『ショア』にでてくる理髪師アブラハム・ボンバなどの証言は、どう解釈すればいいのだろうか。かれは、「ガス室」にはいる前の裸の女の髪の毛を刈ったと語っている。「女の髪の毛の注文があった。ドイツに送られたのだ」というのが、かれの説明だった。

 現存の「ガス室」については、すでにアウシュヴィッツIとビルケナウの、たったふたつの実物に疑問があることを紹介した。ビルケナウには、「ドイツ軍が撤退にさいして爆破した」という説明の廃墟がある。これも『ロイヒター報告』の調査対象にはいっているが、「爆破」についてのくわしい経過や、元の設計図が残っているのかどうかなどの状況が、よくわからない。

 『ロイヒター報告』では、現在の廃墟の規模から計算して、もしもそれが「ガス室」だったとしても、最大に見積もって「一〇万人」そこそこを殺すのがやっとだろうと主張している。この数字は、すでに紹介したニュルンベルグ裁判の証拠「L・022」が主張する二年間で「一七六万五〇〇〇人」の一〇分一にもならない。

 研究論文には、巻末に紹介した「ビルケナウの火葬場IIとIII」などがある。なお、フォーリソンからの耳情報によると、ビルケナウの火葬場については絶滅論者のなかで、最初から「ガス室」として建設されたという説と、別の目的だった建物を改造したという説の、ふたつに割れているそうである。刑事裁判でいえば、検察側の意見がまとまっていないことになる。これでは、反論のしようもない。
 木村氏は、2005.3.4日付「ニュルンベルグ裁判では拷問・偽証人・証拠偽造が横行:拙著・拙訳参照されたし」で次のように述べている。
 下の方でゲッペルスの日記の信憑性が問題になっているが、ニュルンベルグ裁判では、拷問・偽証人・証拠偽造が横行したのである。

電網無料公開、

拙著『アウシュヴィつの争点』
http://www.jca.apc.org/~altmedka/aus.html

拙訳『偽イスラエル政治神話』
http://www.jca.apc.org/~altmedka/nise.html

参照されたし。

 木村氏は、2005.3.7日付け「ホロコースト否定論に傾く投稿者が激増中だが念のために歴史認識の狂いを正す」で次のように述べている。
 この阿修羅ホロコースト掲示板では、ホロコースト否定論に傾く投稿者が、激増中だが、念のために歴史認識の狂いを正す。私は、アウシュヴィッツ収容所跡の記念館に行った際、管理人のポーランド人に、記念館の壁に掲示してある沢山の写真について、「あれは皆、ユダヤ人か」と聞いた。管理人のポーランド人は、実に不愉快そうな顔で、「ポーランド人だ」と答えた。

 収容されていたのは、最初はポーランドの兵士だった。戦争中には、ドイツが捉えたソ連兵も収容された。

ホロコースト(ニュルンベルグ裁判ではジェノサイドという単語が発明された)問題では、ユダヤ人のことばかり考えるから、ユダヤ人だけが特に不当な待遇を受けたと書いて、一般受けを狙う腰抜けの「偽の友」が輩出する。

 ヒトラーも、ユダヤ人のイスラエル建国の狂信のための傀儡なのであり、ユダヤ人のシオニストが、収容所入りを組織したのである。ナチスドイツが、ユダヤ人を特別に狙って、迫害したというのは、真っ赤な嘘である。中途半端な妥協の議論は、誤解を許し、不適当である。

 木村氏は、2005.3.78付け「ホロコースト狂信者に再度問う:私にガス室を見せるか描くかせよ」で次のように述べている。
 ここ阿修羅掲示板でも、ホロコースト狂信者に再度問う: 私にガス室を見せるか描くかせよ

 私は、1999年の元旦に、以下の通信を発した。見せることも描くこともできない装置を、実在し、機能したと信ずる者は、狂信以外の何者でもないのである。
 
 この阿修羅の掲示板でも、同様の質問を発したが、答えた者はいないのである。
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http://www.jca.apc.org/~altmedka/glo-1.html
連載:シオニスト『ガス室』謀略の周辺事態
(その1)「私にガス室を見せるか描くかせよ」
(Show me, or draw me, a gas chamber)

 この小見出しは、昨年の1998年1月、ホロコースト見直し論の国際的な最高権威のフォーリソン博士が、いかにもフランス人らしい力を込めた手振り身振りを交えて、私に教えてくれた論争用の台詞である。

 昨年10月15日にやっとのことで出版に漕ぎ着けた拙訳・解説『偽イスラエル政治神話』の原著者、ロジェ・ガロディが、ユダヤ人の大量殺人用ガス室の存在を否定したことを有罪とされた裁判は、1998年1月の8,9,15,16日と、 4日にわたってパリ地裁で行われたののだが、その傍聴取材の際、フォーリソン博士は、安宿の契約まで面倒を見てくれた。

 日本に帰って早速、何人かを相手に、この台詞を試してみたが、まだまだ、決定的な効果があったとは言えない。

 たとえば、ある法律事務所のベテラン事務局員、つまり、かなりの法律的手続きの経験があり、しかも、長らく地域の労働組合の協議会で幅広い活動もしてきた中年男性の反応は、その典型の一つだった。彼は、湾岸戦争報道などに関する私の著述や活動を知っているから、私を、嘘付きとは思わず、いい加減なことを書くとも思ってはいないようだ。

 しかし、こう言うのである。

「いくら木村さんでも、これだけ、教科書とか、あらゆるところで何十年も書かれてきたことを、いきなり嘘だと言うのは、にわかに信じ難い」

 そこで、「なぜ信じるのか。ヨーロッパで地動説が信じられるようになるまでには長いこと掛かった。それまでは天動説が何世紀も信じられていたのだ。信じるには科学的な証拠が必要だ。実物を見せるか描くかできるか」と言うと、彼は、「うーん」とうなったまま、「しかし、やっぱり」と頑張るのである。それほどまでに「信じ込んでいる」のである。

 自分の力で「実物を見せるか描くか」できないものの存在を「信ずる」のは、私の考えでは、非常におかしいのだが、アッラーの具象化を禁ずるイスラム教などの実例を考え合わせれば、人類社会の歴史上では、それほど奇妙な行為とは言えない。

『ガス室』の場合には、さまざまな形の手のこんだ偽情報が溢れている。アウシュヴィッツ博物館には粘土細工が展示されていて、その写真が出回っている。NHKが衛星放送で流した9時間にも及ぶ愚作、映画『ショア』にも、その映像が出てくる。ある程度の具象イメージは植え付けられているのである。

『ショア』については、わがホームページでも簡単にふれているから、下記のリンクで参照されたい。先方にも、この頁に戻れるリンクを貼ってある。

イスラエル国策映画『ショア』の欺瞞

教え込まれたホロコーストの「記憶」

 アウシュヴィッツの「ガス室」の法医学的調査を行って、それが大量虐殺には適さないし、従来主張されてきたようなシアン化水素ガス(青酸ガス)使用の痕跡はないという報告をまとめ、カナダのツンデル裁判の証人となったアメリカ人、フレッド・ロイヒターは、この調査旅行以前の自分について、こう書いている。

「私は、第二次世界大戦中またはその後に生まれたすべてのアメリカの子供と同様に、ナチ党がユダヤ人に対して犯した民族虐殺について教えられた」

Like all American children born during and after World War2, I was taught about the genocide perpetrated by the Nazis on the Jews.

(Inside the Auschwitz “Gas Chambers”)

 つまり、多くの人々は「教えられた」から、信じているのである。むしろ、「教え込まれた」という表現の方が正確であろう。

 私には、不当解雇争議の特殊な事情があって、額も少ない年金が64歳になるまでは出ないのだが、それ以後なら何とか生計が立つので、本拠地アメリカに住込んで、シオニスト・ロビーによる「教え込み」の実態調査をしようかと思っている。

 ところが最近、思わぬところで、その実態の一部に関する面白いデータの存在を知ったのである。以下は、私が昨年の1998年12月21日に送った「です調」のmailの文章を、「である調」に直した改訂増補版である。

NHK放送文化研究所のアメリカ報道調査結果

 昨日、英語の演説の即時通訳ができる人、つまりは普通の日本人よりも英語使用国の事情に通じていそうな方から、今回のアメリカでのイラク爆撃60%支持率などという状況についての考えを聞かれた。それに答えながら、その方でも驚いているぐらいだから、普通の日本人にはなおさらと思い、以下の情報と分析を拙速で送る気になった。

 基本的には、アメリカの与論がアラブ嫌いに誘導され続けているということである。

 第1には、60%支持率という報道そのものへの疑問が必要だということである。

 湾岸戦争の時にも、ニューヨーク近辺で60台%でも、同じニューヨーク近辺でも黒人は30台%、サンフランシスコなどの地域も同様とか、地域・人種による違いがあった。

 最近のML情報で面白かったのは、アメリカのある地域の放送局のアンケートで、大統領の弾劾と関係ありが60%だということだったが、日本でもアンケート調査に地域による差があり、アメリカでは、それがさらに激しいようである。その一方で、アメリカの新聞も放送局も、日本よりは地域的だから、それぞれが行うアンケート調査の結果には日本よりも大きな差がありそうだ。

 与論調査については、そもそも、与論誘導の効果が問題になっていた。

 アメリカでは、ユダヤ人口が多くて「ジューヨーク」の異名すらあるニューヨークの与論調査が先行すると、それが全国の与論を誘導することになる。

 ニューヨークタイムズもワシントンポストも、ユダヤ人所有のメディアである。映画もテレヴィも、ほとんどがユダヤ人の支配下にある。

 さて、第3には、これからが取って置きの情報と分析の拙速提供であるが、イラク爆撃の9日前、12月8日夜、NHK3チャンネル、ETV特集「メディアと戦争」2「第2次世界大戦をアメリカはどう伝えたか」は、日本人向けに「真珠湾攻撃」「原爆」に重きを置いていたが、ここには別の実に面白い情報が潜んでいた。

 NHK放送文化研究所は、1968年以後のアメリカ3大ネットワークのイヴニングニューズに含まれていた907本の第2次世界大戦に関する報道の「内容」と「印象」、つまりは視聴者に与える効果を分析した。放送直後に電話をすると、その分析結果は12月10日発行の『NHK放送文化調査研究年報43』1998年度版に収録されているのことだった。ただし、1冊4700円とのことなので、近所の図書館に取り寄せ依頼中した。

「複数の専門家」が見た「内容」と「印象」の項目別の数字は、以下のようなものである(以下、数字は取り寄せ後に正確に訂正増補)。

 ユダヤ人迫害    159
 ノルマンディ上陸  132
 原爆投下       99
 ナチスの犯罪     70
 ドイツとの戦闘    56
 真珠湾攻撃      50
 ドイツ降伏      37
 日本の降伏      30
 日本軍との戦闘    30
 日本の戦争犯罪    10
 捕虜収容所問題    3

 つまり、アメリカ人の頭の中の「第2次世界大戦」の「印象」の最大のものは、「ユダヤ人迫害」であり、「ナチスの犯罪」と合計すると「229」にもなる。

「第2次世界大戦」で、「民主主義の擁護者」たるアメリカは、世界の覇者となった。

 これはアメリカ最大の現代神話である。この神話教育を徹底的に叩きこまれたアメリカ人、特に白人、アングロ・サクソン、プロテスタント、いわゆる「WASP」の頭の中には、その後さらに、アラブ人を「民主主義の破壊者」として憎む「正義の味方」=「ユダヤ人擁護者」の心理構造が、継続して植え付けられている。過去の「ナチス」「ドイツ」が、現在の「テロリスト」「アラブ」に入れ替わっているのである。

 日本人の心理構造にも、そのようなアメリカ人、特に白人の心理構造の亜流の傾向が見られるのではなかろうか。

 以上で(その1)終わり。/2)に続く。

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(私論.私見) 【「ホロコースト論争1、木村氏の立論」考】

 木村氏の立論と西岡氏の立論に対し、これに頷く者と頷かない者が居る。いずれの存在も結構であろうが、立論のそれぞれを論理学的に耐え得る論法で議論して行かねばならない、というのがれんだいこの立論である。

 しかしながら、公平に見るところ、「ホロコースト肯定派」の議論の方が常軌を逸している。罵詈雑言を並べつつ、長々と小論文を書き連ねることによって一見精緻そうな体裁にしているが、これを読み進めていけばまともな議論にならない雑文ばかりでしかない。分かりやすく云えば、石ころの山となっている。

 これに比して、「ホロコースト否定派」の議論の方が実証的であるように見える。尤も、限られた情報の中で詮索しているので、時にオーバーランしていることもあるだろう。しかしながら、読むに足りる論を提起しているように思える。

 というのが、「ホロコースト問題争論」に対するれんだいこ見解である。

 れんだいこは、しかしながら、「ホロコースト否定派」の議論に満足している訳ではない。同じその論法と検証法でもって何故国内問題にアプローチしていかないのか、という不満がある。国内問題とは、「ロッキード事件を通じての田中角栄政界追放史の胡散臭さ」のことを指している。この問題に対しては、「ホロコースト否定派」が分裂するやに見受けられる。れんだいこは、そこがオカシイと思う。

 「角栄政界追放事件」は「日本のホロコースト問題」であるように思われる。外国のホロコーストに目が行くならば、国内のホロコーストに目を向けて欲しい。それがれんだいこの願いである。

 2005.3.7日 れんだいこ拝

れんだいこ:「歴史再検証主義」考 目次 [「れんだいこ」から]

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/rekishisaikenshoco/top.htm
歴史再検証論(主義)考


 (最新見直し2007.9.26日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 世に「歴史見直し主義」が台頭しつつある。れんだいこは当然の流れと観る。問題は、「歴史見直し主義」が世俗権力とのとめどない野合に向かっていることにある。そうではない、逆だろう。言い伝えられて来た歴史観を再検証し、それは同時に権力派のプロパガンダのウソを暴くことこそ任務となるべきだろう。よって、れんだいこの歴史再検証主義は、右派的潮流のそれと鋭角的に対立することになるだろう。そういう意味で、待望久しいサイトにしたい。

 2005.2.5日 れんだいこ拝
 「阿修羅戦争66」の2005.2.5日付「竹中半兵衛」氏の投稿「歴史の再審に向けて――私もまたレヴィジオニストである(栗原幸夫評論集・1 20世紀を読み直す)」により栗原幸夫氏の上記論評「歴史の再審に向かって―私もまたレヴィジオニストである―」を知った。

 れんだいこは、栗原氏についてはかねてより、戦前日共の宮顕派による党内査問事件に対する言及で、細部は別としても当時の水準に於いて極めて適切な構図を示していたことに敬意を抱いている。その栗原氏の言及であるから興味を持って読んでみた。

 その時、れんだいこにひらめいた。れんだいこ論文集の中に「歴史再検証論(主義)考」を取り上げ、れんだいこ観点と史観による歴史の見直しをしたい、と思った。「れんだいこのショートメッセージ」でも述べたが、既成のそれはれんだいこのそれと「ちと違う」のだ。どちらが正邪か、問うことにした。

 2005.2.5日 れんだいこ拝

目次  

【関連サイト】
【パレスチナ問題考】 【「ユダヤ人問題」考】 【歴史学院】
【「シオンの議定書」考】 【「ネオコン」考】 【ヒトラー考】
【ブッシュの戦争絵巻考】 【「ホロコースト、逆ホロコースト考」】
コード№ 中項目
ナチズム議論厳禁事情考
歴史修正主義の起源
「歴史再検証主義」考
シオニズムプロパガンダ批判考
シオニズムとマルクス主義の相似と異質考
タカ派御用イデオローグのご都合主義論考
日本のシオニズム勢力考
アフマディネジャド・イラン大統領の「ユダヤ人問題論」
【れんだいこの「歴史再検証論(主義)考」評】
インターネットサイト
関連著作本

れんだいこ:ホロコースト生き残り者証言疑惑考 [「れんだいこ」から]

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/daitoasenso/taigaishinryaku_horocoosto_syogenco.htm

ホロコースト生き残り者証言疑惑考


 (最新見直し2007.2.12日)

【木村愛二氏の貴重な指摘】
 「ホロコースト生き残り者証言疑惑」について、木村愛二氏は、2006.2.8日付投稿「ホロコースト「生き残り証言」は大嘘の創作と判明した」で次のように述べている。これを転載する。
 ホロコースト「生き残り証言」は大嘘の創作と判明した。ベストセラー体験記の筆者は、ラトヴィア生まれでアウシュヴィッツを経験と称していた、スイス生まれのスイス育ちだった。その英文記事・Holocaust Survivor Memoir Exposed as Fraudを紹介する前に拙著『アウシュヴィッツの争点』の関連部分を示す。
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 http://www.jca.apc.org/~altmedka/aus-26.html
 『アウシュヴィッツの争点』第二章:「動機」「凶器」「現場」の説明は矛盾だらけ
 イスラエルの公式機関でさえ「信用できない」証言が半分以上

 「マルコ報道」では「生き証人」へのインタヴューの必要性を力説している例がおおかった。それはそれで結構なのである。そういう努力は今後も続ける必要があるだろう。

 ただし、「ガス室」の存在を肯定する「生き証人」の証言、または被告の「自白」ないし「告白」の類いは、すでに出尽くしている。むしろ必要なのは、その内容の再検討なのではないだろうか。「生き証人」の受け止め方についても、一部の文章に見られる論理的な混乱を指摘しないわけにはいかない。一部の文章では、収容所体験の事実と、「ガス室」の存在の肯定とが混同されている。実際には、収容所体験が事実であっても、「ガス室」についての「証言」部分は伝聞の場合がおおいのだ。

 さらに、くれぐれも注意してほしいのは、「ガス室」を見なかったとか「ガス室」はなかったと証言しているユダヤ人の「生き証人」が、意外におおいという事実である。また、「ガス室」の存在を否定する発言をした「生き証人」は、ユダヤ人だけではない。「ホロコースト」見直し論の父といわれるフランス人のポール・ラッシニエも、ナチス・ドイツ収容所の「生き残り」なのである。ドイツ人の「証言」例についてはのちにくわしく紹介するが、この場合には逆に、大変な社会的圧迫を覚悟してのうえでの発言である。その覚悟の重みも考えてほしい。

 しかも、問題の「生き証人」の証言については、イスラエル政府の公式機関としてホロコーストに関する世界で最高権威の扱いをうけ、最大の資料収集をしている「ヤド・ヴァシェム」でさえ、つぎのような判断を下しているのである。

 すでに紹介ずみのウィーバーの論文「ニュルンベルグ裁判とホロコースト」には、何人かのユダヤ人の歴史家が、「ホロコースト」目撃証人の「嘘」の理由やその「病的傾向」を分析している事例をあげている。なかでも決定的に重要な部分を訳出すると、つぎのようである。
 「イスラエル政府のホロコースト・センター、ヤド・ヴァシェムの公文書館長、サミュエル・クラコウスキは一九八六年に、保管している二万件のユダヤ人“生存者”の“証言”のうち、一万件以上は“信用できない”ことを確言した。クラコウスキの言によれば、おおくの生存者が“歴史の一部”となることを願っており、想像力をほしいままに走らせている。“おおくの人は、かれらが残虐行為を目撃したと称する場所にいたことがなく、または、友人や通りすがりの見知らぬ他人から聞いた二次的な情報にたよっている”。クラコウスキの確言によると、ヤド・ヴァシェムが保管している多くの証言記録は、場所や日時についての専門的な歴史家の鑑定を通過することができず、不正確であることが証明された」。
 では、のこりの「一万件」以下の“証言”は、はたして「信用できる」のだろうか。それらは「場所や時間」についての」鑑定を通過したのかもしれない。だが、その“証言”の内容のすべてまでは保証できないだろう。そこで「ガス室」を見たという部分があったとしても、その物的証拠を示しているわけではないのである。

 「ホロコースト見直し論の父」とよばれるフランスの歴史家、故ポール・ラッシニエには『ユリシーズの嘘』という著書がある。ユリシーズは古代ギリシャの伝説の英雄で、ギリシャ語ではオデュッセウスである。木馬のエピソードで有名なトロイヤ戦争からの帰国のさい、オデュッセウスがのった船が嵐で漂流し、以後、一〇年の放浪の旅をする。ホメーロスの長編序事詩『オデュッセイア』は、その苦難の帰国物語である。ジョイスの長編小説『ユリシーズ』は『オデュッセイア』を下敷きにしている。ラッシニエの『ユリシーズの嘘』では、『オデュッセイア』に見られる苦難の経験の誇張をナチス・ドイツの収容所の経験者の誇大な「告発」にあてはめて、「ユリシーズ・コンプレックス」とよんだ(シュテーグリッヒ判事の著書の英語版では「オデュッセウス・コンプレックス」になっている)。ラッシニエ自身、レジスタンス活動でゲシュタポに逮捕され、二年間のナチ収容所での生活を経験しているが、戦後の地道な追跡調査によって、「ガス室」物語がすべて伝聞にすぎないことを確かめたのである。

 やはりフランス人でラッシニエの業績をひきつぐフォーリソンは、『著名な偽りの目撃証人/エリー・ウィーゼル』で、一九八六年のノーベル平和賞受賞者を「偽りの目撃証人」として告発する。なぜならば、「ホロコースト」を目撃したと自称するユダヤ人のエリー・ウィーゼルが「自分のアウシュヴィッツとブッヘンヴァルドでの経験をえがいた[初期の]自伝的な著作ではガス室にまったくふれていない」、つまり目撃していないからだというのである。

 被告側のドイツ人にたいする「拷問」の事実については、すでに簡略に紹介したとおりである。
 拷問によらない「らしい」積極的な「告白」と称されるものもある。「クルト・ゲルシュタインの告白」と通称されているものがそれである。ゲルシュタインは、なんと、「ナチ党の野蛮な行為を世界に知らせるために」親衛隊員になり、「世界にそれをつたえるために」フランス軍に投降したと「告白」していた。フランスで「戦争犯罪人」として拘留されている間に、独房で首をつって死んでいるのを発見されたが、それまでの拘留期間中に六種類の「告白」をのこした。

 たとえば数ある「ホロコースト」物語の中でも、もっとも著名なベストセラーであり、いまもなおロングセラーの『夜と霧/ドイツ強制収容所の体験記録』(以下『夜と霧』)の日本語版では、写真版用の厚紙製の特別な一ページに、この「告白」の一部を収録している。

 ゲルシュタインは、「ガス室」処刑に実際にたずさわったと称し、その一部始終を「死体からの金歯の抜き取り」にいたるまで微に入り細をうがって「告白」している。だが、もっとも重要なことは、このゲルシュタインの「告白」が、すでにその欠陥ぶりをくわしく紹介した「[ニュルンベルグ]国際軍事裁判の証拠としてさえ採用されなかった」(『アウシュヴィッツ/判事の証拠調べ』)という事実なのである。明白な誤りや数多い矛盾、本人の経歴の不確かさなどが、審判担当者をためらわせた理由であろう。ところが、この「告白」が一九六一年にイスラエルでおこわれたアイヒマン裁判で採用されたため、以後、おおくの著作で本物であるかのように引用されることとなった。「ホロコースト」物語には、テキスト・クリティークが不十分なものがおおいが、「クルト・ゲルシュタインの告白」などは、さしずめその最右翼であろう。

 一九九四末、ロサンゼルスの「歴史見直し研究所」から持ち帰った資料の中には、その名もズバリ、『クルト・ゲルシュタインの告白』というA5判で三一八ページの単行本がある。フランスの研究者、アンリ・ロックの同名の著作の英語訳である。タイプ文字と手書き文字の手稿の写真版で、それぞれの「告白」の相違を比較検討できるようになっている。六種類の「告白」の一つにはことなる版があるので、これを三つにわけると、合計八種類になる。この八種類の「告白」の矛盾を細部で比較検討するための横長の表が、一一ページ分もおりこまれている。かなりの労作だが著者紹介記事によると、農業技術者だったロックは、フォーリソンの仕事に刺激をうけて研究をはじめ、この著作のもとになった論文でナント大学から博士号をうけた。ところがロックは、なんと[ダジャレをとばす場合ではないが]、「フランスの大学の約八世紀にわたる歴史の中で、政府によって博士号を“とりあげられた”最初の男になった」のである。博士号授与が一九八六年、一九八九年現在で六九歳としるされているから、『クルト・ゲルシュタインの告白』は、六六歳という高齢で完成した地道そのものの実証的研究である。

 さきにも「ニセ証人」の「笑い話」を紹介したが、ゲルシュタインは決して、「特殊な例外」ではない。シュテーグリッヒはいかにも判事らしく、同様の矛盾をたくさんふくむ「告白」「報告」「体験記録」の数々の細部を比較検討している。ゲルシュタインは、とりわけ傑出していただけなのではないだろうか。

 わたしは、『マルコ』廃刊事件の際の記者会見で、アメリカ映画『一二人の怒れる男』の例を引いた。あの映画では、目撃証人の証言だけで判断すれば、プエルト・リコ系の浅黒い少年が父親殺しで有罪になるところだった。しかし、一二人の陪審員のなかでたったひとり、ヘンリー・フォンダ扮する白人の陪審員が有罪の決定に賛成しなかった。以後、一昼夜の激論のすえ、目撃証言の矛盾があきらかになり、少年は無罪となる。日本でもおおくの冤罪事件で、目撃証人の証言があやまりだったことが、のちの上訴や再審で証明されている。それほどに、目撃証人の証言というものは、誤りがおおいものなのである。

 しかも、「ホロコースト」物語の場合にはとくに、いわゆる「生き証人」としてマスメディアで扱われてきた人々のほとんどすべてが、イスラエル建国支持者である。いわばヴォランティアの広報係りのようなところがある。かれらの「証言」の背後には、いわゆる国家忠誠心に類する感情による「合理化」がひそんでいるのではなだろうか。パレスチナ分割決議をめぐる中東戦争はあくまでも停戦状態なのであって、まだ継続中なのだから、その意味では、戦時宣伝の時代は終了していないのだ。すくなくとも、そういう状況への論理的な疑いをいだいて、内容をds再検討する必要があるのではないだろうか。

 日本の国会でも、おおくの汚職事件の関係者が企業忠誠心をわずかなよりどころにして、あれだけいけしゃあしゃあと、だれの目にも明らかな嘘をつき通している。それにくらべれば、たしかに歴史的な犠牲者でもあるユダヤ人たちが、国家、民族、または宗派への忠誠心から、自分の実際の記憶に他人からの伝聞などをまじえて誇大に物語ってしまうことは、むしろ自然の気持ちの発露なのかもしれないのだ。

 さて、このように、疑いをいだきはじめてみれば、これまでのすべての説明が矛盾だらけであることが、つぎつぎにわかってくる。以上の第1部では、殺人事件ではもっとも基本的な捜査の条件であるはずの「死体そのもの」、「死体の数」、「死体の身元」、「殺人の動機」、「凶器」、「殺害現場」などが、まるで不明確だという材料を列挙してみた。材料はおどろくほどおおい。つぎの第2部では最大の争点である「チクロンB」と「ガス室」の関係にせまる前提条件として、以上のあらすじの背景と細部を、さらにくわしく調べなおし、論じなおしてみたい。

 だが、そのほかの疑問をもふくめて、その真相の究明よりも以前に「発言の禁止」がでてくるところに、「ホロコースト」物語に特有の奇妙さがある。物語の背景には、いまなおつづく国際政治上の重大問題がひそんでいるからだ。

 http://www.ihr.org/jhr/v17/v17n5p15_Weber.html
 Institute for Historical Review

 Holocaust Survivor Memoir Exposed as Fraud by Mark Weber

 A Holocaust survivor memoir that has received prestigious literary awards and lavish praise has been exposed as a hoax.

 In Fragments: Memories of a Wartime Childhood, Binjamin Wilkomirski describes his ordeal as an infant in the Jewish ghetto of Riga (Latvia), where his earliest memory is of seeing his father being killed. Wilkomirski also tells how he survived the terrible rigors of wartime internment, at the age of three or four, in the German-run concentration camps of Majdanek and Auschwitz.

 First published in German in 1995, Fragments has been translated into twelve languages. In Switzerland, the country where Wilkomirski lives, the book has been a major best-seller. Two documentary films and numerous personal appearances by the author in schools throughout the country have helped promote the memoir.

 The American edition was published by Schocken, an imprint of Random House, which heavily promoted the book with teachers' study guides and other supplementary materials.

 Jewish groups and major American newspapers have warmly praised Fragments. The New York Times called it "stunning," and the Los Angeles Times lauded it as a "classic first-hand account of the Holocaust." It received the 1996 National Jewish Book Award for Autobiography and Memoir, while in Britain it was awarded the Jewish Quarterly Literary Prize, and in France the Prix Memoire de la Shoah.

 The US Holocaust Memorial Museum in Washington, DC -- a federal government agency -- was so impressed that it sent Wilkomirski on a six-city United States fund-raising tour last fall.

 This past summer, though, compelling evidence came to light exposing Wilkomirski's memoir as an literary hoax.

 Although he claims to have been born in Latvia in 1939, and to have arrived in Switzerland in 1947 or 1948, Swiss legal records show that he was actually born in Switzerland in February 1941, the son of an unwed woman, Yvette Grosjean. The infant was then adopted and raised by the Doessekkers, a middle-class Zurich couple. Jewish author Daniel Ganzfried, writing in the Swiss weekly Weltwoche, also reports that he has found a 1946 photo of the young Bruno Doessekker (Wilkomirski) in the garden of his adoptive parents.

 Comparisons have been drawn between Wilkomirski's Fragments and The Painted Bird, the supposedly autobiographical "Holocaust memoir" by prominent literary figure Jerzy Kosinksi that turned out to be fraudulent.

 Reaction by Jewish Holocaust scholars to the new revelations has been instructive, because they seem more concerned about propagandistic impact than about historical truth. Their primary regret seems merely to be that the fraud has been detected, not that it was perpetrated.

 In an essay published in a major Canadian newspaper (Ottawa Citizen, Nov. 18, 1998), Jewish writer Judith Shulevitz arrogantly argued that it doesn't really matter much if Fragments is authentic. Her main misgiving, apparently, is that the deceit was not more adroit: "I can't help wishing Wilkomirksi-Doesseker [sic] had been more subtle in his efforts at deception, and produced the magnificent fraud world literature deserves."

 Deborah Dwork, director of the Center for Holocaust Studies at Clark University (Worcester, Mass.), and co-author of Auschwitz: 1270 to the Present (Yale Univ. Press, 1996), agrees that Fragments now appears to be fraudulent. At the same time, though, she expressed sympathy for Wilkomirski, saying that when she met him he appeared "to be a deeply scarred man." Amazingly, Dwork does not blame him for the imposture, "because she believes in his identity." Instead, she takes the publishers to task for having "exploited" Wilkomirski. (New York Times, Nov. 3, 1998).

 Deborah Lipstadt, author of the anti-revisionist polemic Denying the Holocaust, has assigned Fragments in her Emory University class on Holocaust memoirs. When confronted with evidence that it is a fraud, she commented that the new revelations "might complicate matters somewhat, but [the work] is still powerful."

 Daniel Ganzfried reports that Jews have complained to him that even if Fragments is a fraud, his expose is dangerously aiding "those who deny the Holocaust."

 American Jewish writer Howard Weiss makes a similar point in an essay published in the Chicago Jewish Star (Oct. 9-29, 1998):

 Presenting a fictional account of the Holocaust as factual only provides ammunition to those who already deny that the horrors of Nazism and the death camps ever even happened. If one account is untrue, the deniers' reasoning goes, how can we be sure any survivors accounts are true ... Perhaps no one was ready to question the authenticity of the [Wilkomirski] account because just about anything concerning the Holocaust becomes sacrosanct.

 Wilkomirski himself has responded to the new revelations by going into hiding, although he did issue a defiant statement describing the climate of discussion about his memoir as a "poisonous" atmosphere of "totalitarian judgment and criticism."

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 From The Journal of Historical Review, Sept.-Oct. 1998 (Vol. 17, No. 5), pages 15-16.
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シオニストは、何故「ヒトラー」と「ナチス」を生み出したのか? 木村愛二氏取材のイラン放送局が問い合わせて来た。 救国の草莽の志士 2006/2/09 12:12:41 (2)
本当のホロコーストは、広島・長崎にユダヤが投下した「原爆ホロコースト」と「9・11事件WTC解体のゴイム儀式殺人」 真相ハンター 2006/2/09 12:30:21 (1)
本当のホロコーストは、広島・長崎にユダヤが投下した「原爆ホロコースト」 真相ハンター 2006/2/09 14:00:45 (0)
【救国の草莽の志士氏の貴重な指摘】
 救国の草莽の志士氏の2004.8.15日付「『ナチスとヒトラー』とホロコーストの真相」を転載する。
 ロスチャイルドを中心とする、シオニスト達が1897年にスイスのバーゼルで開いた第1回世界ユダヤ人会議での決議事項の50年後には、民族の悲願だったユダヤ人国家を誕生させるとの誓いに基づいて、「イスラエル建国の為の国家の誕生には必須の国家の3要素(領土・国民・政府)の内の最も困難な「国民」を創出させる為には、無理やりヨーロッパ全土から「ユダヤ教徒(主にトルコ系白人種のカザール(ハザール)人の末裔のアシュケナジー・ユダヤ)を強制的に追い立てて、掻き集めてくる必要に迫られ、ヨーロッパ全土を征服し「集中キャンプ(Concentration Camp)という「強制収容所」などと訳された施設に収容して、戦争でナチス・ヒトラーが負けなければ。「強制移住」は貨車でやっていたであろう。だから、米英連合軍もパレスチナ行きの鉄道線路は最期まで爆撃しなかったという。

 だから、ヒトラーに資金を提供したのは、ブッシュ大統領の祖父のプレスコット・ブッシュやジョージ・ウオーカーなどのシオニスト米国ユダヤ金融財閥で、その背後にはヨーロッパ・ユダヤの総帥ロスチャイルド家がその張本人だと見るべきである。すなわち、ナチスとヒットラーの本質は、イスラエル国家建設の為には不可欠だった、「イスラエル国民」を生み出すロスチャイルドの密命により、全ヨーロッパの隅々からいわば「羊達=アシュケナジーユダヤ人達」を強制的に狩り立てる目的で、「ドイツ民族を牧羊犬シェパード」に仕立て上げて、パレスチナの国土と狙いをつけた土地に追い立て誘導するる「牧羊犬」に育て上げる「調教師ヒトラーとその親衛隊ナチス」を作ったものであった。だから、「ユダヤ人の絶滅」などという「事実の歪曲と捏造」とは、シオニスト・ユダヤの同胞(異民族でもユダヤ教徒を同胞というのなら)をなした極悪犯罪の事実を覆い隠す為、偽装工作としてまた同情を買うために創作して、全責任をヒトラーの罪にして自らの罪を糊塗しようとした典型的な「歴史の偽装と歪曲と捏造」だったのであった。事実ヒトラーの言った「ユダヤ問題の最終的解決」とは、「ユダヤ人の絶滅」どころか「(イスラエル国家建設予定地パレスチナへの)強制移住」であったのである。「イスラエル国民」となる筈のユダヤ人を殺していては、ヒトラーはロスチャイルドの密命を果たせないではないか。だから、アウシュビッツの強制収容所で殺された、「イスラエル国家建設に役に立たないか貧乏で金のなかったユダヤ人やシオニズムに反対のユダヤ人」は選別して殺したのである。

 だから、「ユダヤ国家建設の為に」、「ユダヤ人強制収容」と「強制移住」させる為に、第2次世界大戦が引き起こされ、全ヨーロッパからユダヤ人を狩り立てる必要があったので、最もアシュケナジー・ユダヤが多くいたソ連にまで全征服地の600万人の軍を動員してまでソ連侵攻をしたのである。だから、ナチズムとヒトラーは共産主義と同様にシオニズムの目的達成の為の小道具であったという訳だ。

 結論としては、シオニスト・ユダヤは、その自らの極悪の悪事を覆い隠す為に、「ホロコースト神話」をでっち上げて、シオニスト・ユダヤの使用人ヒットラーに全責任をなすりつけて、本当の加害者であった己れの「同胞殺しの汚名から免れる為、アウシュビッツでの600万人の虐殺なそという嘘を定説化させた」のであった。世界は、まんまと騙されて、真相は、世界ユダヤ人人口統計の推移が証明している。

  第2次世界大戦前 1938年版世界年鑑   16,588,259人
  
  第2次世界大戦後 1948年2月22日号
        ニューヨーク・タイムズ推定   18,000,000人 ~
                            15,000,000人 

 さらに、1939年チェンバーズ百科辞典  ナチ・ヨーロッパ下でのユダヤ人口
                             6,500,000人

  真相は、ヒトラーと連合軍に殺された民族別被害人口

                    ドイツ人   3,500,000人 

  アウシュイビッツで殺された民族別人口

                 最大 ポーランド人    160万人
                    ユダヤ人 僅かに  3万数千人

 こういう統計の下で、600万人のユダヤ人が殺されたなどということがあり得る筈  がない。せいぜい、このシオニスト・ユダヤの仕掛けで、全ヨーロッパから脱出し   て、目的どおりに主に米国等の北米や南米とパレスチナに脱出したユダヤ人は数百万  人いて、その大半は米国に逃げたのあった。ロスチャイルドを初め富裕なユダヤ人達  は全財産を持ってにげられた・・・・・。 

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Re: 「ナチス と ヒトラー」 と 「ホロコーストの真相」 考察者K 2004/8/15 08:42:51 (20)
Re: 「ナチス と ヒトラー」 と 「ホロコーストの感想」 小林あきら 2004/8/16 08:32:48 (1)
Re: 「ナチス と ヒトラー」 と 「ホロコーストの感想」 考察者K 2004/8/16 21:21:34 (0)
全世界のユダヤ人の人口は?1930年当時、ドイツ国内のユダヤ人口は? ジャック・どんどん 2004/8/15 21:20:26 (17)
質問の意図が良く分かりませんが・・・ 考察者K 2004/8/15 22:46:41 (16)
PC-VAN上での「ガス室論争」の顛末 バルタン星人 2004/8/15 23:01:33 (15)
Re: PC-VAN上での「ガス室論争」の顛末 Kotetu 2004/8/16 22:53:48 (3)
Re: PC-VAN上での「ガス室論争」の顛末 考察者K 2004/8/17 23:39:41 (2)
Re: PC-VAN上での「ガス室論争」の顛末 Kotetu 2004/8/18 11:57:00 (1)
ご意見感謝です。Kの意見は修正しました。 考察者K 2004/8/18 21:20:52 (0)
Re: PC-VAN上での「ガス室論争」の顛末 考察者K 2004/8/16 21:05:32 (0)
こんな風に問わなきゃいけないんでしょうか? 小林あきら 2004/8/16 08:34:34 (9)
『フランクル回想録 20世紀を生きて』 V.E.フランクル バルタン星人 2004/8/16 12:13:43 (0)
Re: 虐殺された人数を過大してイスラエルの建設、賠償請求が問題なのでは。。 Ama 2004/8/16 10:21:23 (7)
Re: 虐殺された人数を過大してイスラエルの建設、賠償請求が問題なのでは。。 考察者K 2004/8/16 21:58:22 (6)
昨日の問題は、ドイツで反ファシズム教育のためのアンケート資料として利用 ジャック・どんどん 2004/8/17 06:06:43 (5)
600万人であろうが、600人であろうが、数字なんかは関係ない。虐殺があったかどうかが問題だ! ジャック・どんどん 2004/8/17 07:07:29 (4)
やばいな~、段々とホロコーストが虚構に思えてきました(汗 笑) 考察者K 2004/8/17 22:52:29 (3)
単なる直感でしかないんだけれど・・・背中を押す 現在無色 2004/8/18 07:31:48 (2)
問題は、ユダヤ人の死者数ではなく、ヒトラーは誰が何の為に作り、第二次世界大戦はなぜ起こされたかです。 救国の草莽の志士 2004/8/18 19:30:44 (1)
ご意見ありがとうございます。Kの意見は修正しました。 考察者K 2004/8/18 21:23:19 (0)

れんだいこ: 「ヴァンゼー会議メモよ、お前もか」 [「れんだいこ」から]

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/judea/horocoastco/wanseikaigimemoco.htm


「ヴァンゼー会議メモよ、お前もか」


 (最新見直し2005.12.26日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 「ホロコースト研究」に乗り出して以来、「ホロコーストの嘘」を確認する作業に忙しくなってしまった。他意無く始めた作業だったので、「アンネの日記のウソ」、「ゲッペルス日記のウソ」、「映画シンドラーのリストのウソ」と続くと、「ホロコースト神話」と位置づけた方がよさそうになる。ここで問う「『ヴァンゼー会議メモ』お前もか」もこれを裏付けることになるだろう。

 一体、日本のホロコースト研究家は、日本神話に対しては神話故に拒否するのに、「ホロコースト神話」となると何故これを後生大事にしようとするのだろう。解せないことではある。思うに、史学には、ネィティブ系とシオニズム系のものがあり、シオニズム系の観点に立って論述すれば認められ博士号など取得し易いのだろう。故に、そういう学者は、今になって「ホロコースト神話」を否定するとなると、己の学問的立身過程が否定されることになり、そういう意味からヒステリックな反応をするようになるのではなかろうか。

 しかし、それを防ぐ手立ては無かろう。研究者としての第一歩の立脚点をそのように御用化させたことにある訳だから、苦しい自己否定作業を経由せずんば救済されないだろう。現実はそのように向う者は皆無で、何とかして自己弁護に励み居直る者ばかりだから、首尾一貫してはいる。しかしこうなると、学問というものが如何に政治性を帯びているのかということに気づかされることになる。「学問」の学問性が端から否定されていることに卒倒させられるのはれんだいこだけだろうか。

 2005.3.22日 れんだいこ拝

【「ヴァンゼー会議及びハイドリヒ・メモ」考】
 「ユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)問題」を論ずる際に、それを指示したとされる「ヴァンゼー会議及びハイドリヒ・メモ問題」がある。これを吟味する。

 「ヴァンゼー会議」とは、1942.1.20日、ナチス親衛隊高官で保安警察長官(親衛隊保安本部長)であったラインハルト・ハイドリヒ(彼は同年5月にプラハで暗殺される)が、ベルリンの南西部にあるヴァンゼー街のある屋敷にナチスの高官たちを集合させ、ユダヤ人の組織的虐殺を謀議した会議のことを云う。この会議が実在したのか、はたまたデッチアゲか、仮に存在したとして云われるようなユダヤ絶滅政策が発布されたのか等々を廻って論議が起きている。

 その時の「ハイドリヒ・メモ」が残されており、それによると、「ユダヤ人問題の『最終的解決』の権限を親衛隊が全面掌握することを決定した」ことを記している。これにより後、このメモによってユダヤ人虐殺が指針されたとする重要文書となっている。その意味で「ハイドリヒ・メモ」の持つ意味は深い。

 なお、「ハイドリヒ・メモ」は、「最終的解決」の対象となるヨーロッパ・ユダヤ人の数を1100万人と見積もっており、この数字の根拠、適切さを廻っても議論を招いている。
 山崎氏は、「ヴァンゼー会議のメモ」、「ヴァンゼー会議の数字」、「ヴァンゼー会議の重要性」、「1100万人のユダヤ人」で、「ヴァンゼー会議におけるハイドリヒ・メモ問題」を考察している。

 山崎氏は、批判する前の作業として、木村見解を次のように整理している。
①  会議が開かれた建物が相当な「宮殿」であったとの通説は間違いである。
②  ヒトラーも参加した上での会議であったかの通説は間違いである。
③  「ハイドリヒ・メモ」は偽造捏造文書である。以下のように論証している。
A  「シュテークリヒのメモ偽造説」を踏まえつつ、当時のヨーロッパ・ユダヤ人の数を1100万人とする見積り自体が過大であり、偽造捏造の証拠であるとしている。
B  シュテークリヒの論拠「連続番号がないかわりに、一ページ目に”D・III・29・Rs”という記号が記入されているが、ドイツの官僚機構は通常、こういう形式で記録の分類はしない」(p.261.)との指摘を受け入れて、ヴァンゼー会議の内容を記したとされている「ハイドリヒ・メモ」は偽造捏造文書であるとしている。
④  会議が存在したこと自体が疑わしい。その理由として、エッセイ集「ホロコーストの全景」の「その理由の第一は、『ヒトラーの国家では、このような重要な問題の決定を官僚の会議でおこなうことなどありえない』からであり、第二は、『虐殺は一九四一年からはじまっていた』からである」を引用し、ヴァンゼー会議の存在、ヴァンゼー・メモをユダヤ人虐殺計画の決定文書だとする見解に疑問を発している。
 山崎氏は、次のように批判している。①・②には異議を唱えない。が、③Aの人口問題につき、当時のヨーロッパ・ユダヤ人の数1100万人説を肯定する。当時そのように言説されていた資料が確認できるとして、①・ハイドリヒが別の場所で1100万人という数を挙げていること(シュテークリヒ「アウシュヴィッツ神話」(Wilhelm Staeglich, Der Auschwitz Mythos)(オンライン版で確認できる)。②・ゲッベルスの1942.3.7日の日記の当該部分「ユダヤ人問題はいまや、全ヨーロッパ規模で解決されなければならない。ヨーロッパにはいまだに、1100万人以上ものユダヤ人がいるのだ(Es gibt in Europa noch ueber 11 Millionen Juden)」、を例証として、1100万人説が存在していたことを指摘し、1100万人の中には、ナチス・ドイツが支配していない地域(イギリス、スペイン、スイス、スウェーデン等)のユダヤ人が含まれており、決してデッチアゲ数字ではないと反論している。

 ③Bの「ハイドリヒ・メモは偽造捏造文書である」説につき、「ハイドリヒ・メモ本物文書説」を述べ次のように補足している。「ヴァンゼー会議のメモのような重要な文書について、それを虚偽だとしている情報を自分でふりまくためには、当該の文書にあたってみるのが当然だ」として、ヴァンゼー会議の議事についてのメモのドイツ語でオンライン化されたもの、その写真版を紹介している。

 ④のヴァンゼー会議の存在否定説につき、木村氏の見解は、ドイツの現代史研究家・イェケルの「ヒトラーの支配」の記述「この国家では、重要な決定が『官僚たちの』会合で下されたことなどなかった。最高の次元において、ヒトラーが単独で決定し、それを言い渡したのである」(Eberhard Jaeckel, Hitlers Herrschaft, Deutsche Verlags-Anstalt, 1986, p.105.)に基づいていると思われるとして、その解釈に次のように疑義を唱えている。 
 「ホロコーストに関する論争では、イェケルはひとつの立場を取っています。彼はヒトラーの決定権を最大限にみつもる立場におり、そこからヴァンゼー会議の重要性を相対的に低く見ているだけです。イェケルと異なる立場のホロコースト史家たちも多くおり、彼らはヴァンゼーを重んじています。アリーはそのひとりです。こうしたことを無視して、すべてのホロコースト史家たちが『認めなくなっている』かのような発言をするのは、ためにする議論でしかありません」。
(私論.私見) 「重要な文書の偽書云々を云うのなら当該の文書にあたってみるべし論」考

 これもその通り。これによれば、「重要な文書について、それを虚偽だとしている情報を自分でふりまくためには、当該の文書にあたってみるのが当然だ」とする同じ論理で、「シオンの議定書」にも「当該の文書にあたってみるべし」であろう。これに対して山崎氏の見解を聞いてみたいところである。その上で、偽書かどうか精査されねばならないであろう。ところで、「シオンの議定書」偽書派は、如何なる論法でこれを偽書としているのだろう。ここでは立場が代わっているのでその論法に興味が持たれる。

 2005.2.19日 れんだいこ拝
(私論.私見) 「ヴァンゼー会議不存在説」考

 木村氏が「すべてのホロコースト史家たちが『認めなくなっている』かのような発言」をしているのかどうか分からないが、ヴァンゼー会議の存在否定説を覆すのに、ホロコースト史実派にして「ヴァンゼー会議議事録をユダヤ人絶滅計画の証拠文書の様に見なす事は間違いである」と弱弱しく疑問を投げかけているような立場のイェケル(Jaeckel)批判しただけでは何も解決しない。プレサック(Press-ac)も同じ系譜とのこと。

 ちなみに、西岡昌紀氏は、「阿修羅ホロコースト1」の2005.3.21日付投稿「仮に本物だとしても、 「ヴァンゼー会議議事録」に「ユダヤ人絶滅が決定された」と言う文言は有りません」で次のように述べている。
 仮に本物だとしても、「ヴァンゼー会議議事録」には、「ユダヤ人絶滅」が決定されたと言ふ文言は有りません。ですから、仮に本物だったとしても、この文書は、「ユダヤ人絶滅計画」の証拠などには成り得ません。

 実際、そう言う事を考えての事と思ひますが、「ユダヤ人絶滅」有った派の歴史家たちの中にも、例えば、イェッケル(Jaeckel)やプレサック(Press-ac)がそうですが、この文書を「ユダヤ人絶滅計画」の証拠文書の様に見なす事は間違いである、と言った立場の人々が複数表れて居ます。


 2005.2.19日 れんだいこ拝
【木村愛二氏の「ヴァンゼー会議録は国際検察局のケンプナーが作成の偽造文書論」考】
 木村愛二氏は、著書「アウシュヴィッツの争点」の「(その58)ヴァンゼー会談主催者をヒトラーにしてしまうおそまつ」で次のように述べている。中々の名文であるゆえ全文転載する。但し、読みやすくするため、れんだいこが任意に句読点、段落替えした。

 カットインで画面はかわって、翼をのばした鳥がふんわりと風にのって舞う湖のほとり。森のなかの白い石造りの邸宅にフォーカスイン(接近)し、おもむろに解説のセリフがはいる。「ベルリン、ヴァンゼーの宮殿。いまから五〇年あまり前、アドルフ・ヒトラーは、この建物に政府高官たちを集め、ユダヤ人問題の最終的解決を討議した」。

 この解説には、ニュルンベルグ裁判の誤りにみちた「事実認定」すら無視したあたらしい歪曲がある。せいぜい「豪邸」といえるほどの屋敷を「宮殿」とよぶだけの歪曲なら、ご愛嬌ですむ。だが、「アドルフ・ヒトラー」を主語にしたのは、完全なまちがいであり、もしかすると厚かましいまでの大衆欺瞞の情報操作のたくらみである。

 絶滅説の「事実認定」では、ヒトラーも親衛隊長のヒムラーも「ヴァンゼー会談」には参加していない。「ヴァンゼー会談」の主催者は、ゲシュタポ長官兼保安警察長官のラインハルト・ハイドリッヒだということになっている。なお、ハイドリッヒは戦争中に暗殺されているので、ニュルンベルグ裁判の当時すでに「死人に口なし」の状態であった。

 話を作品にもどすと、さきの明瞭なまちがいをふくむセリフと同時に、ヴァンゼーの邸宅の内部を移動する画面のうえに、タイプ文字の書類の文章と数表が白抜きでスーパーされる。この邸宅で「最終的解決」の「討議」がおこなわれた「事実」を、記録という「物的証拠」の存在によって強調しているわけだ。典型的なドキュメンタリー手法の画面構成である。

 その画面にあわせてセリフはつづく。「そのさいにつくられた報告文書には、ヨーロッパ各地のユダヤ人の数が、ことこまかに記載されている。その数は、あわせて一千一〇〇万人であった」。文書の中の表の最後、「11、000、000」の数字がアップで強調される。

 シオニストがもっとも強く実現をのぞんでいた構想は、旧約聖書のシオンの丘があると称するエルサレムを中心としたパレスチナでの建国だった。その目的地が一時はマダガスカルにかわり、この「会談」があったとされる時期にはロシアの占領地にかわっていた。だが、この作品では、「最終的解決」という用語の解釈をめぐって現在も継続中の論争どころか、そのような移住政策の事実経過さえ完全に抹殺されている。つまり、この作品は、みずからがテーマとして選んでいる「ユダヤ人虐殺を否定する人々」の核心的な主張どころか、絶滅論者による事実経過説明すら紹介しようとしていないのだ。

 画面の「11、000、000」という数字を印象づけるために、すこし間をおいてから、おもおもしい調子のセリフがつづく。「ナチスによるユダヤ人虐殺への道は、ここを起点としている。こののち、数百万人のユダヤ人が抹殺された。だがいま、歴史は風化の危機にさらされている」。「ユダヤ人問題の最終的解決」という表現にはここで、議論の余地なしに、「ユダヤ人虐殺」と同一のイメージがあたえられる。

 だがまず、一九四二年一月二〇日に「ヴァンゼー会議」がおこなわれた証拠とされているのは、会議の決定を記録した公式文書ではなくて、一片の会議録、厳密にいえば筆者すら不明の個人的なメモにすぎないのである。しかもそのメモが本物だとしても、そこには「最終的解決」イコール「ユダヤ人の民族的絶滅」などという方針は明記されてはいない。

 さらに決定的なのは、絶滅的に立つホロコースト史家たちでさえ、もはや、ヴァンゼー・メモをユダヤ人虐殺計画の決定文書だとは認めなくなっているという、矛盾に満ちた事態である。ペイシーほかの編集による「ラウル・ヒルバーグに敬意を表して」という副題のエッセイ集『ホロコーストの全景』によれば、その理由の第一は、「ヒトラーの国家では、このような重要な問題の決定を官僚の会議でおこなうことなどはありえない」からであり、第二は、「虐殺は一九四一年からはじまっていた」からである。

 ヴァンゼー会議がおこなわれたとざれているのは、メモの日付によれば、一九四二年一月二○日である。絶滅説の物語はこのように、つぎつぎと矛盾があきらかになり、書きなおしをせまられているのである。
 木村氏は引き続き、「『会議録』は国際検察局のケンプナーが作成の『偽造文書』という説」という章を設け、で次のように述べている。
 シュテーグリッヒ判事は、このヴァンゼーの会議録を、ニュルンベルグ裁判の国際検察局のボスだったケンプナーが作成した「偽造文書」だと主張する。その理由を簡単に紹介すると、つぎのようである。

 当時のナチス・ドイツでは公式文書を作成するさい、担当官庁名いりの用箋を用い、とじこみ用の連続番号を記入し、末尾に作成担当者、または会議の参加者が肉筆でサインすることになっていた。ところがこの「ヴァンゼー文書」なるものは、官庁名がはいっていない普通の用紙にタイプされており、連続番号もサインもまったくない。そのくせ、「最高機密」というゴム印がおされているから、かえって奇妙である。連続番号がないかわりに、一ページ目に“D・・・29・Rs”という記号が記入されているが、ドイツの官僚機構は通常、こういう形式で記録の分類はしない。

 内容的に最も奇妙なのは、「東方移送」するユダヤ人のうちで「労働が可能な者」に「道路建設」をさせるという、実際にはおこなわれていない作業命令の部分である。当時のナチス・ドイツでは、アウシュヴィッツなどの軍需工場群への労働力供給が最優先課題だった。「東方移送」は鉄道を利用しており、「道路建設」の必要はなかった。

 シュテーグリッヒ判事は別の箇所で、つぎの点に注意をむけている。「いわゆるヴァンゼー文書は、アメリカのケンプナー検事が[ニュルンベルグの国際軍事裁判の]のちにおこなわれた“ヴィルヘルム通り”裁判ではじめて提出したものである」。ケンプナーは、ニュルンベルグ裁判ではアメリカのジャクソン主席検事の「準備チーム」に属していた。つまり、法廷では裏方だったのだが、その後、高級官僚を被告にした“ヴィルヘルム通り”裁判では主席検事になった。そこではじめてケンプナーが「いわゆるヴァンゼー文書」を提出したというのは、非常に興味深いことである。すでに国際軍事裁判で「ホロコースト」物語は認定されている。しかし、自分が主役の裁判となると、ケンプナーには不安がある。すでに一部から疑問がだされていたからだ。そこで、ゆらぐ屋台骨をささえるために「ニセ文書」をつくったと考えれば、納得がいく。

 わたしの考えでは、まず、「一千一〇〇万人」という数字をことさらに強調した点があやしい。すでに第一部で紹介したように、当時の統計によれば、ナチス・ドイツの支配下に入ったヨーロッパのユダヤ人の人口は、約六五〇万人だった。生きのこりと移住をさしひくと、「六〇〇万人のジェノサイド」説は成り立たない。そこで「偽造文書作成者」、ケンプナーは、征服が完了していないロシアなどのユダヤ人の人口をもくわえて、「一千一〇〇万人」のヨーロッパのユダヤ人という基礎数字のイメージをつくりだす必要があると考えたのではないだろうか。もう一つの「道路建設」作業についても、「軍需工場群への労働力供給」と「絶滅」政策の論理的矛盾をすこしでもぼかしたいと願ったものという可能性がある。

 たとえば『裁かれざるナチス』の著者、ペーター・プシビルスキは、元東ドイツの検事で最高検察庁の広報局長という立場にあった。彼の見解は、元東ドイツの公式見解だったと考えていいだろう。この本ではヨーロッパのユダヤ人を「六〇〇万人」としており、「最終的解決」「ガス室」「ニュルンベルグ」の裁判が、つぎのように簡潔に、または短絡的にむすびつけられている。

 「ヨーロッパ全域にわたる六〇〇万のユダヤ人が、この『最終的解決』の過程で駆りたてられ、ガス室に送られ、『注射によって殺され』、あるいは死にいたるまで酷使されたのである。だがニュルンベルグではそのような事実は関知しない、自分に責任はない、と主張する者ばかりだった」。

 つまり、ニュルンベルグ裁判で「最終的解決」の陰謀にくわわったと認定された被告たちは、すべて罪状を否認していたのである。だが、このデンマーク製の映像作品には、そのような疑問点はいささかも映しだされない。「ナチス」、「虐殺」、いたましい歴史的イメージの余韻をひびかせつつ、カメラはふるめかしい邸宅の内部を移動しながらゆっくりとうつしだす。

【山崎氏の「木村愛二氏のヴァンゼー会議録偽造説」批判】
 上記木村氏の「ヴァンゼー会議録偽造文書論」に対して、山崎氏が著作人と思われる「『アウシュヴィッツの争点』が振りまく虚偽」の「ヴァンゼー会議のメモ」で次のような批判が為されている。
 1942年1月20日、ベルリンの南西部にあるヴァンゼー街のある屋敷に、ナチスの高官たちが集合しました。会議を招集したのは、親衛隊高官で保安警察長官であったラインハルト・ハイドリヒです。このヴァンゼー会議は、ユダヤ人の組織的虐殺の過程でひとつの重要な結節点をなすもので、ホロコーストにかかわるどんな記述にも登場します。ペツォルトとシュヴァルツによるヴァンゼー会議についての特別な研究もあります(同書は目下注文中です)。

 木村さんはNHKが放映した『ユダヤ人虐殺を否定する人々』という番組を取り上げ、そこでの事実誤認を攻撃します。確かにヴァンゼー会議が開かれた建物は「宮殿」ではないし(大澤武男『ユダヤ人とナチス』講談社現代新書、1991年、p.208.には建物の概観を写した写真があります)、会議にヒトラーが参加したこともありません。そのことを指摘するだけなら、どうということもないのですが、木村さんは会議が存在したこと自体が疑わしいとまでいいたてるのです。

 この点については、別に詳しく触れることにしますが、まずは小さいけれど重要な点を指摘しておきます。木村さんはヴァンゼー会議の内容を記したメモが「偽造文書」だというシュテークリヒという否定派の本を使って、こう述べています。 「連続番号がないかわりに、一ページ目に”D・III・29・Rs”という記号が記入されているが、ドイツの官僚機構は通常、こういう形式で記録の分類はしない。」(p.261.)
 シュテークリヒの本はオンライン化がすすんでいるので、いずれ読んでみます。ここで私がいいたいのは、ヴァンゼー会議のメモのような重要な文書について、それを虚偽だとしている情報を自分でふりまくためには、当該の文書にあたってみるのが当然だ、ということです。ヴァンゼー会議の議事についてのメモは、さまざまな資料集に収録されています。ドイツ語でオンライン化されたものもあります。また、幸い現在では、その写真版がWWWに貼られてもいます。これらでチェックされれば、「D・III・29・Rs」が正確ではないことが判ります。以下にメモの表紙に押されたスタンプの部分(木村さんがいう「記号」)の写真を示しておきます。

 お判りのように、「D. g. Rs.」という記述を含んだスタンプが押されたあと、III 29・という数字が手書きで空白のところに挿入されているのです。29のつぎにある点については、それがスタンプのものなのか、手書きの一部なのかは、写真ではよく判りませんが、いずれにしても「D・III・29・Rs」ではありません。

 木村さんの本には、欧米の否定派の出版物からの安易な孫引きがたくさんあります。ジャーナリズムでいう「裏を取る」作業を放棄して、否定派の文献にばかり頼っているので、こうしたミスを犯すのです。なんどでもいいますが、何百万もの数の人々の命にかかわっていた問題です。いいかげんな資料操作はやめましょう。

 追記(3月16日)
 ようやくシュテークリヒの『アウシュヴィッツ神話』(オンライン版)の全文をコピーでき、その内容の検討に入ったところですが、「D・III・29・Rs」という誤りは、木村さんがシュテークリヒから受け継いだものであったことが、確認できました。それにしても、シュテークリヒはどうしてこんなに初歩的な読解ミスをしたのでしょうか。「g. Rs.」という略号はgeheime Reichssache、つまり、「国家最高機密」を意味します。法律家であるシュテークリヒなら、当然知っているべき記号です。


 続いて、「ヴァンゼー会議の数字」で次のように述べている。
 ヴァンゼー会議のメモには、「ヨーロッパ・ユダヤ人問題の最終解決(Endloesung)には、ほぼ1100万人のユダヤ人が関与する。これらユダヤ人は以下のように、個々の国に分布している」とあり、そのあとに長い国別のユダヤ人人口が示されています。

 さて、木村さんはこういいます。 「わたしの考えでは、まず、『一千一○○万人』という数字をことさらに強調した点があやしい。」(『争点』、p.262.)
 これはシュテークリヒがヴァンゼー・メモをニュールンベルク裁判での「ケンプナー検事」のでっちあげだといったことを受けて書かれています。さらに文章は、こうつづきます。

 「・・・当時の統計によれば、ナチス・ドイツの支配下に入ったヨーロッパのユダヤ人の人口は、約六五○万人だった。生きのこりと移住をさしひくと、『六○○万』人のジェノサイド」説は成り立たない。そこで『偽造文書作成者』、ケンプナーは、征服が完了していないロシアなどのユダヤ人の人口をもくわえて、『一千一○○万人』のヨーロッパのユダヤ人という基礎数字のイメージをつくりだす必要があると考えたのではないだろうか。」(同ページ)

 おかしなことに、ここではもう木村さんは、なんの自前の証明もせずに、シュテークリヒのメモ偽造説に賛成してしまっているのです。否定派のいうことのまったくの丸飲みです。ほかの数字についての操作については、別にやるとして、1100万人という数字だけをここで取り上げます。

 それはケンプナーの「偽造」などではありません。まったく別の資料で、ヴァンゼーの主催者であったハイドリヒが、この数字を口にしているからです。ヴァンゼー会議の直後、1942年2月4日の秘密演説で、彼は「北氷洋」(「北海」)が「1100万のヨーロッパ・ユダヤ人にとって未来の理想的な故郷に」なるだろうと述べています。この演説はチェコ語で出されたハイドリヒ研究(なぜチェコなのかはハイドリヒの職権とかかわります)にあり、幸いゲッツ・アリーが引用しています(『最終解決』法政大学出版局、p.216.)。

 「1100万人」がハイドリヒたちの認識していたヨーロッパ・ユダヤ人の数であったことには、疑問の余地がまるでありません。木村さんはちゃんと自分で調べないで、いいかげんな文書に寄り掛かり、そのうえさらに「私の考えでは」とまったくの憶測を繰り広げているだけです。もしケンプナーが生きていたら、この点だけでも木村さんを名誉毀損で訴えることができますし、確実に勝訴するでしょう。


 続いて、「ヴァンゼー会議の重要性」で次のように述べている。
 木村さんはヴァンゼー会議について、こう書いています。
 「ペイシーほかの編集による『ラウル・ヒルバーグに敬意を表して』という副題のエッセイ集『ホロコーストの全景』によれば、その理由の第一は、『ヒトラーの国家では、このような重要な問題の決定を官僚の会議でおこなうことなどありえない』からであり、第二は、『虐殺は一九四一年からはじまっていた』からである。」(『争点』、p.260.)

 私はこの部分を読んで「あれっ」と思いました。というのは「ヒトラーの国家では云々」という引用箇所をどこかで読んでいた記憶があったからです。「ペイシーほかの編集による」本は Pacy, James S./Wertheiner, Alan P. ed.: Perspective on the Holocaust, Westview Press, 1995.だそうです。調べてみるとPacy, James S./Alan P. Wertheimer (eds.), Perspectives on the Holocaust: Essays in Honor of Raul Hilberg, Westview Press, 1995. のようです。残念なことに同書は絶版(out of print)でした。目下、探してもらっています。しかし、幸いなことに、私がよく使うAmazon.comというオンライン書店は、この本の書評をいくつか掲載しています。それを読んでどこで読んだかを思い出しました。書評のひとつには、つぎのようにあります。

  "The book contains all seven of the presentations delivered at the conference by Yehuda Bauere, Christopher Browning, Claude Lanzmann, Alvin Rosenfeld, Richard Rubenstein, George Steiner, and Herman Wouk, and four other essays by Peter Hayes, Eberhard Jackel, John Roth, and Robert Wolfe. "

 実物がまだないので、まちがっていたらおわびして訂正しますが、この本に収録されたエベルハルト・イェケル(Eberhard Jaeckel)が先の引用箇所の著者だと思います。

 イェケルはドイツの現代史研究家で、『ヒトラーのヨーロッパにおけるフランス』とか『ヒトラーの支配』といった著書を持っています。さらに、『第二次世界大戦におけるユダヤ人殺害』という本の編者のひとりでもあります。そして重要なのは、ホロコーストに関する論争の当事者のひとりでもあることです。この論争は1941年冬に開始されたユダヤ人たちの組織的絶滅政策が、ナチス(ヒトラー)の一貫した反ユダヤ人意図の実現であったか、それとも状況に規定された非意図的な決定であったかをめぐって争われているものです。『第二次世界大戦におけるユダヤ人殺害』は、この論争を集めたものです。

 さて、イェケルは『ヒトラーの支配』において、こう書いています。

 「この国家では、重要な決定が[官僚たちの]会合で下されたことなどなかった。最高の次元において、ヒトラーが単独で決定し、それを言い渡したのである。」(Eberhard Jaeckel, Hitlers Herrschaft, Deutsche Verlags-Anstalt, 1986, p.105.)

 これは論争のなかでもよく引き合いに出される箇所です。ゲッツ・アリーの幸い翻訳された名著『最終解決』(法政大学出版局、1998年、p.303.)でも引用されています。これが木村さんの引用であることは確かだと思います。

 しかし、イェケルの見解を、木村さんのように

 「さらに決定的なのは、絶滅的[この的は説の誤植でしょう]に立つホロコースト史家たちでさえ、もはや、ヴァンゼー・メモをユダヤ人虐殺計画の決定文書だとは認めなくなっている」(p.260.)

 というように使うわけには絶対にいきません。ホロコーストに関する論争では、イェケルはひとつの立場を取っています。彼はヒトラーの決定権を最大限にみつもる立場におり、そこからヴァンゼー会議の重要性を相対的に低く見ているだけです。イェケルと異なる立場の「ホロコースト史家たち」も多くおり、彼らはヴァンゼーを重んじています。アリーはそのひとりです。こうしたことを無視して、すべての「ホロコースト史家たち」が「認めなくなっている」かのような発言をするのは、ためにする議論でしかありません。

(私論.私見) 【れんだいこの「山崎氏による木村愛二氏のヴァンゼー会議録偽造説批判」の批判】

 山崎氏の木村見解批判を検証する。果して、山崎氏は、論争として正面から議論に挑んでいるだろうか。「ヴァンゼー会議のメモ」の一文は、「木村愛二氏のヴァンゼー会議録偽造説」の揚げ足取り的批判でしかないように思われる。

 木村氏は、「ヴァンゼー会議録としてのハイドリヒ・メモ」が当時のナチス・ドイツの公式文書の体裁を採っていない故に偽造ないし捏造の可能性を指摘している。もし、これを誤りとして批判するのなら、「ハイドリヒ・メモ」の公式文書ぶりを強調するのでなければならない。ならば、1・担当官庁名いりの用箋を用いる。2・とじこみ用の連続番号を記入する。3・末尾に作成担当者、または会議の参加者が肉筆でサインするという三要件を踏まえない公式文書の存在を論うべきだろう。

 山崎氏は、木村氏の所説の中の「連続番号がないかわりに、一ページ目に“D・・・29・Rs”という記号が記入されている」を槍玉に上げ、「D・III・29・Rs」と記されていると看做すのは正確ではないと云う。正確には、「『D. g. Rs.』という記述を含んだスタンプが押されたあと、『III 29・』という数字が手書きで空白のところに挿入されているのであって、『D・III・29・Rs』と記されているのではない」という。

 何のことは無い、本筋から離れたところの重箱の隅を突くような話ではないか。問われているのは、「ハイドリヒ・メモの公式文書能力」である。それを否定する者の見解を否定するのなら、「ハイドリヒ・メモの公式文書能力」を証するべきではないのか。その上で、「D・III・29・Rs問題」を云うのなら分かるが、何とも肩透かしなことである。

 「ヴァンゼー会議の数字」の一文も似たり寄ったりである。木村氏は、「西欧における当時のユダヤ人実数100万人説を否定し、約650万にだったと考えられる」と述べている。山崎氏は、僅かにハイドリヒの「ヴァンゼー会議の直後、1942年2月4日の秘密演説」での発言をダシしながら「1100万人がハイドリヒたちの認識していたヨーロッパ・ユダヤ人の数であったことには、疑問の余地がまるでありません」と言い返しているだけである。

 これについては、「ホロコーストは戦後のユダヤ特権を享受するための捏造神話」、「アドルフ・ヒットラーはイスラエル建国の父」その他は次のように記している。
 戦前1900万人いた世界のユダヤ人が、戦中、欧州で600万人虐殺されたのに、戦後5年ったら1850万人に回復している? ユダヤ人は戦後、気が狂ったように子作りに励んだのでしょうか? ユダヤ人はハツカネズミだとでもいうのでしょうか? 人口増加率の高いインドでもせいぜい1.5%だから、ユダヤ人も戦後同じペースでせっせと励んだとしても、600万人虐殺が本当なら、1950年でせいぜい1400万人にしかならない筈です。(逆に戦後、ユダヤ人口は増えているとするデータすらあります。-参考EF。実際に収容所で死んだユダヤ人は、15万から30万だったろうと結論付けています。)

 「600万人」が嘘だということです。こんな初歩的な嘘にも気づかず、必死に否定論に対抗している「肯定論者」の方の素性に大いに興味が持たれます。なにか、ユダヤ勢力と特別の利害関係でもあるのでしょうか?


 つまり、概要「戦後のユダヤ人人口数からして、もし600万人が虐殺されていたなら辻褄が合わない」なる見解が出されているところである。もう少し、反論するならそれに耐え得るものを対置せねばなるまい。よって、「もしケンプナーが生きていたら、この点だけでも木村さんを名誉毀損で訴えることができますし、確実に勝訴するでしょう」などは余計な話であろう。
 「ヴァンゼー会議の重要性」の一文もさっぱり要領を得ない。「ホロコースト論争」を廻ってのドイツの現代史研究家イェケルの言説に対して、木村氏が、概要「ホロコースト史実派の史家たちでさえ、ヴァンゼー・メモをユダヤ人虐殺計画の決定文書だとは認めなくなっている」と紹介しているのに対して、これを否定し、「彼はヒトラーの決定権を最大限にみつもる立場におり、そこからヴァンゼー会議の重要性を相対的に低く見ているだけです」との解釈を示している。

 と言いながら、「イェケルと異なる立場の『ホロコースト史家たち』も多くおり、彼らはヴァンゼーを重んじています。アリーはそのひとりです。こうしたことを無視して、すべての『ホロコースト史家たち』が『認めなくなっている』かのような発言をするのは、ためにする議論でしかありません」とも書き付けている。

 ところで、概要「木村氏が、すべての『ホロコースト史家たち』が『認めなくなっている』かのような発言をしている」とあるが、ここに掲載した一文の該当箇所は、「絶滅説に立つホロコースト史家たちでさえ、もはや、ヴァンゼー・メモをユダヤ人虐殺計画の決定文書だとは認めなくなっている」の件である。

 この文章を「すべての『ホロコースト史家たち』が『認めなくなっている』かのような発言」と解釈するのは「趣旨不改変の原則」に反するのではなかろうか。それとも別章から取り寄せたのだろうか。それにしても、「すべての」なる語句を意図的に挿入しているのは、批判し易いように改竄する性悪論法のような気がしてならない。

 知識的には、「ホロコースト論争」を廻ってのドイツの現代史研究家イェケルの位置を概要次のように述べているところが参考になった。イェケルは、1・ホロコースト史実派であり、2・1941年冬に開始されたユダヤ人たちの組織的絶滅政策が、ナチス(ヒトラー)の一貫した反ユダヤ人意図の実現であったか、それとも状況に規定された非意図的な決定であったかをめぐって、後者側に立つことを明らかにしている云々。

 しかし、れんだいこは知識は貰うが、判断まで共有しようとは思わない。

 2005.3.22日 れんだいこ拝

【「ソフィア先生の逆転裁判2」】
 「ヴァンゼー会議問題」に対して、「ソフィア先生の逆転裁判2」が、「ユダヤの嘘を暴いてドイツの無罪を勝ち取れ」の副題を付けて上記の木村氏見解と「『アウシュヴィッツの争点』が振りまく虚偽」氏の見解を俎上に乗せて多角的に研究している。これは膨大なので、れんだいこが意訳要約紹介する。

 「Subject:23、ラインハルト作戦を決定したヴァンゼー会議」と題して、これを裁判形式で再現解明せんとしている。重複しているところを割愛し、参考になるところを取り入れる。
 「ヴァンゼー会議」というのは1942年1月20日、ドイツ・ベルリン郊外ヴァンゼー・高級住宅街(Am Grosen Wannsee56-58) にあるヴァンゼー会議館で行われた会議のことだ。ヴァンゼーの位置はベルリン中央のツォー駅からSバーン(近距離都市鉄道)で30分ほど。ポツダム駅からベルリン市中心方向へSバーンで一駅がヴァンゼー。駅から記念館までは巡回バス114で、「ヴァンゼー会議記念館(Haus der Wanseekonferenz, Gedenkstatte Wanseekonferenz)」停留所にて下車。
 この記念館は、ユダヤ人富豪の別荘だった時期もあり、周辺一帯はいまでも保養地・閑静な高級住宅街として、著名な地域でもある。記念館のすぐ近くはヨット・ハーバーになっていて、ヨットなどで楽しむ人々が多い。ヴァンゼー会議の行われた部屋は観光名所になっていて、自由に見学することができる。

 1942年当時、総統として絶対的な権力を握っていたヒトラーは「ユダヤ人問題」の速やかな解決を願っていた。そこでヘルマン・ゲーリング国家元帥の指示を受けたラインハルト・ハイドリヒ国家保安部長官はこの日、国家のおもだった代表者15人をヴァンゼーに召集した。SSゲシュタポ長官ハインリヒ・ミュラー 、党代表クロプファー、内閣官房クリツィンガー、人種と移住担当ホフマンSS中将、東欧占領区担当ライブラント、マイヤー博士、内務省ウィルヘルム・ストゥッカート、外務担当ルター、4年計画局長エリッヒ・ノイマン、ラトヴィアSS副指揮官ルドルフ・ランゲ少佐、ポーランド総督府次官ジョセフ・ビュラー、総督府付SSションガース大佐、司法省ローランド・フライスラー 、SSユダヤ人問題担当カール・アドルフ・アイヒマン中佐、そして主催者である保安警察長官ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ長官だ。

 ハイドリヒに召集された参加者15人のうち8人は博士号を取得した超エリートだった。この会議には、ドイツ第三帝国の主要国家官庁の次官クラスが参加した。したがって、「次官会議」とも称される。一時間半の会議で当時全ヨーロッパ、ロシア地域に居住していた1100万のユダヤ人の「最終解決」が公式に決議された。そしてこのヴァンゼー会議によって「ラインハルト作戦」が決定された。
 「ラインハルト作戦」とは、ナチスの掌握する領土全体にわたって存在するユダヤ人を絶滅に追い込む計画のことで、この計画を遂行するために三大絶滅収容所(トレブリンカ、ソビブル、ベウジェツ)が設置された。このヴァンゼー会議は ユダヤ人の組織的虐殺の過程でひとつの重要な結節点をなすもので、ホロコーストにかかわるどんな記述にも登場する。つい最近は映画にもなったほど有名な会議だ」。

 「ヴァンゼー文書」は調べれば調べるほど怪しい文書だ。先ほどの形式が違うという点以外にも、その内容自体に問題がある。「ヴァンゼー文書」には「ユダヤ人の労働可能なものに「道路建設」をさせる」という作業命令があるが、このような命令は実際には実行されていない。ドイツ軍の主な輸送手段は鉄道だから、そもそも道路建設なんてものは必要ない。ただでさえ労働力不足なのに意味のない道路なんぞ作る余裕はないぜ」。
 「1941年6月、ドイツ軍はソ連に侵攻して大きく占領地を広げたが、そのために鉄道車両不足に悩まされていた。そのため、ヴァンゼー会議が行われたとされる1942年から1943年の間の鉄道車両の生産量は急増している。ヴァンゼー会議の結果、鉄道レール・鉄道車両の増産が決定されたならば話はわかるが、「道路建設」の命令は実際のドイツ軍の動きと矛盾している」。 「この「ヴァンゼー文書」は作者、作成年代、作成場所が判明しない。。つまり歴史学からの基本からすれば、「ヴァンゼー文書」は第四次史料に当たる。よって検察の提出した証拠には証拠能力がない」。
 ヴァンゼー会議の存在を裏付けている資料は検察側の出した第四次史料だけです。反論として、「ユダヤ人絶滅計画のように、表に出たら困ってしまうようなものを示した書類を残すほどナチはバカではないということだ。そこでナチスは重要書類を燃やしたからである」。しかし、この理屈は正当だろうか。
 「ヴァンゼー会議でラインハルト作戦が決定された」という説を否定する人間がもう少しいてもいいような気がしますが」。 「いますよ。1992年、イスラエルの「ホロコースト」専門家イェフダ・バウアーは、古くからあるこの神話を「馬鹿話」と書いてます。イェフダ・バウアーはイスラエル・ヘブライ大学教授であり、エルサレムのヤッド・ヴァシェム(Yad Vashem )記念館の主任歴史学者でもあります。ヤッド・ヴァシェム記念館はイスラエルの国立ホロコースト博物館で、そこの主任歴史学者が検察の主張を「馬鹿話」と書いているんです。これはイスラエルの見解と受け取っていいのではないでしょうか?」。 「政府が公式に発表したのでないのでは、そういうわけにもいかないでしょう。しかし、イスラエル国立ホロコースト博物館の主任歴史学者が言ってるなら、それに近い見解と考えてもいいかもしれませんね」。

 参考資料として、ロベール・フォーリソン氏の「ガス室問題に関するプレサックへの回答」(Robert Faurisson, Answer to Jean-Claude Pressac on the Problem of the Gas chambers、Two further comments on my answer to Jean-Claude Pressac、アドレス:ttp://www002.upp.so-net.ne.jp/revisionist/faurisson_05.htm)が紹介されている。それには次のような記述が為されている。
 何十年ものあいだ、いわゆるユダヤ人の「ホロコースト」についての歴史家たちは、1942年1月20日、ベルリンのヴァンゼー会議で、ドイツ人はヨーロッパ・ユダヤ人の物理的絶滅を決定したと繰り返し論じてきた。1984年になってはじめて、絶滅論者がシュトゥットガルトでの大会に集まって、この説を静かに放棄した(Eberhard Jackel and Jurgen Rohwer, Der Mord an den Juden im Zweiten Weltkrieg, DVA, 1985, p. 67)。

 1992年になってはじめて、イェルサレム大学教授で、イスラエルの「ホロコースト専門家」の中心人物であるイェフダ・バウアーが、この説は「馬鹿げて」いるとおおやけに声明した (The Canadian Jewish News, 30 January 1992; cf. as well, "Wannsee: 'Une histoire inepte'", R.H.R. no. 6, May 1992, pp. 157-158)。プレサックは、新しい定説にしたがって、次のように記している。

 「1月20日、『ヴァンゼー会議』と呼ばれる会議がベルリンで開かれた。ユダヤ人を東部地区に移送するという作戦が計画され、そこでは、労働によって幾分かのユダヤ人が『自然に』清算される可能性が含まれていたとしても、工業的な大量清算について語った者は誰もいなかった。この会議に続く日々、週、アウシュヴィッツ建設局は、工業的な大量清算という目的のための施設を計画することを要請する呼び出し、電報、書簡をまったく受け取っていない。」(35頁)
※ 原文を読むと「イェルサレム大学教授」の部分は「the University of Jerusalem」となっているが、イェルサレム大学は「al-Quds University」なので、「イェルサレムの大学教授」と訳すべきと思われる。ヘブライ大学(The Hebrew University of Jerusalem)はイェルサレムにあるからである。(原文アドレス:ttp://vho.org/GB/Books/anf/Faurisson1.html)

 It was not until 1992 that Yehuda Bauer, Professor at the University of Jerusalem and a leading Israeli "Holocaust specialist", declared publicly that this thesis was "silly" (The Canadian Jewish News, 30 January 1992; cf. as well, "Wannsee: 'Une histoire inepte'", R.H.R. no. 6, May 1992, pp. 157-158). In conformance with the new official version, Pressac writes:


 参考資料として、木村愛二著「偽イスラエル政治神話(その16)」(アドレス:ttp://www.jca.apc.org/~altmedka/nise-16.html)を紹介している。次のように書かれている。
 一九四二年一月二〇日に開かれたヴァンゼー会議は、三分の一世紀にもわたって、そこでヨーロッパのユダヤ人の“絶滅”が決定されたと称されてきたのだが、一九八四年以後には、“見直し論者”の最も残忍な敵の文章の中ですら、その姿を消してしまった。この点に関しては、彼ら自身も同じく、彼らの歴史の“見直し”をせざるを得なくなっている。なぜならば、一九八四年五月に開かれたストゥットガルト会議で、この“解釈”が、明確に放棄されたからである(『第二次世界大戦の期間に置けるユダヤ人の殺害』)。

 一九九二年には、イェフーダ・バウアーが、『カナディアン・ジューイッシュ・ニューズ』の一月三〇日号で、従来のようなヴァンゼー会議の解釈は“馬鹿気ている”(silly)と書いた。最後には、反見直し論者の正統派歴史家の一番最近のスポークスマン、薬剤師のジャン=クロード・プレサックが、この正統派の新しい見直しを追認した。彼は、一九九三年に出版した著書、『アウシュヴィッツの火葬場』の中で、つぎのように記している。
 《ヴァンゼーの名で知られる会議は一月二〇日にベルリンで開かれた。もしも、ユダヤ人の東部への“追放”という行為が、労働による“自然”の消去を呼び寄せる計画だったとしても、誰一人として、そこでは工業的な消去については語っていない。その後の数日または数週間にわたって、アウシュヴィッツの所長は、会議の終りに採用が決まった装置の研究を要請するような電話も、電報も、手紙も、何一つ受けとっていない》
 参考資料として「MYRTOS Home Page - 月刊ミルトス2000年4月号」が紹介されている。英国の歴史学者デヴィット・アーヴィングがなかなかうまいことを言っている。1991年のカナダのカルガリーでの講演で、「にせホロコースト生存者その他うそつき協会(Association of Spurious Survivors of the Holocaust and Other Liars)」、略して『ASSHOLS(クソったれ)』を設立した」と述べ、反シオニズム派の聴衆を喜ばせた。彼はこの言葉を「うまい表現だ」と称賛した。あまりよい趣味ではないと私が反論すると、彼は言い返した。「あまりよい趣味ではないユダヤ人はたくさんいるし、彼らはあまりよい趣味ではない手段を使う。金はそこに流れ、彼らはそれを繰り返す。それが欲張りなユダヤ人という認識を生んでいるのだ」。

 注目すべきは、ユダヤ人の絶滅決定がなされたのは、1942年1月20日のベルリンのヴァンゼー会議であったという古くからのおとぎ話を支持しているける研究者は誰もいないということである。1992年、イスラエルの「ホロコースト」専門家バウアーは、古くからあるこの神話を「馬鹿話」とあざけった。

 デビット・アーヴィングは、アメリカのジョージア州アトランタのエモリー大学で現代ユダヤ教およびホロコースト研究の教授をつとめるデボラ・リップスタット(ユダヤ人女性)を相手どり、一九九四年の著書「ホロコースト否定論――激化する真実と記憶に対する攻撃(Denying the Holocaust: the Growing Assault on Truth and Memory)」のなかで、ホロコースト否定者の烙印を押されたことに対する訴訟を起こした。

 これに対して、 「もしもアーヴィングが勝訴したら、すべてのホロコースト否定者にとっての認可証になるだろう」。サウサンプトン大学のユダヤ史教授であり、ホロコーストの記録保管では最も古く、評価の高い公文書館の一つであるロンドンのウィーナー図書館館長をつとめるデヴィッド・カサラニは言う。「フランスのル・ペンやオーストリアのハイダーなど、ナチの残虐行為はできるだけ小さなものとして、ヒトラーの名誉を回復したいと思っている人たちにとっては、助けとも励みともなろう」。エルサレムのヤッド・ヴァシェム・ホロコースト記念館の主任歴史学者イェフダ・バウアーは、「アラブ世界は、アーヴィングが勝てば、ユダヤ人を打ち負かしたと大いに喜び、満足するだろう。すでに反ユダヤ人の題材が数多く、エジプト、シリア、ヨルダンの出版物に現れている。この三つの国は私たちにとってきわめて重要であり、なかには平和条約を結んでいる国もある。非常に恐ろしいことだ」。

 2000.4.11日、英国高等法院で判決が言い渡されアーヴィングは敗訴した。アーヴィングは判決文の中で、彼は「イデオロギー上の理由から、永続的かつ故意に、歴史的証拠をねじまげ、操作している」と指摘された、とのことである。

【「歴史資料の史料考」】
 小林よしのり著「戦争論2」のP314を参照する。
 歴史学の基本は「史料批判」にあり、歴史資料の信憑性を検証することにある。事件発生当時、発生場所で当事者が作成したもの、これを「一次史料」という。事件から時間が経過した後に、当時者が作成した回想などが、「第二次史料」。そして「第一次史料」、「第二次史料」を基に作成したものが、「第三次史料」ろ。史料価値があるのは、ここまで。作者、作成年代、作成場所が判明しないものは「第四次史料」。何のために作られたのかわからないものを「第五次史料」といわれ、史料価値は、ゼロと見なされる。
【逆証「ドイツ人ホロコーストを煽る諸論」考】
 1942年、これこそ本物の意味での“ジェノサイド”を煽る本、アメリカのユダヤ人、テオドール・カウフマン著「ドイツ人は消滅すべきだ」が発表された。その主要な主張はこうだ。
 「ドイツ人は、反ナチであろうと共産主義者であろうと、たとえユダヤ人が好きであろうとも、生きる価値がない》。カウフマンの結論はこうだ。《戦後に二万人の医者を動員して、一日に一人で二五人づつのドイツ人の男女に不毛化手術を行えば、三か月で子供を作れるドイツ人が一人もいなくなり、以後、六〇年でドイツ人種は完全に絶滅する」。
 ヒトラーは、すべてのラディオ放送局で、この本の抜粋を読み上げさせている。テオドール・カウフマン著「ドイツ人は消滅すべきだ」は逆に、反ユダヤ主義を養う上で格好の拾い物となった。

 もう一つの同じ扱いを受けた本がある。1944年、ソ連の作家、イリア・エレンブルグの著書「赤軍への訴え」が刊行されている。次のように記している。
  「殺せ! 殺せ! ドイツ人の中には、生きている者の中にも、これから生まれてくる者の中にも、無実の者はいない! 同志スターリンの命令を実行し、穴に隠れた野獣のファシストを、撃滅し続けろ! ドイツ女の高慢さを、暴力で打ち砕け! 彼らを正当な戦利品として取り扱え! 奪え! 殺せ! 殺せ! 勇敢な赤軍の兵士たちよ、君達の止むに止まれぬ攻撃によって」。
 これって何なんだろう。
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