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爬虫類人的異星人と地球原人の異種間交雑 [宇宙人・レプティリアン・爬虫類人]

「地球の支配者は爬虫類人的異星人である」太田龍 成甲書房 2007年
こちらの161ページにこのような絵があります。

20170903-1.JPG
爬虫類人的異星人と地球原人の異種間交雑(ロマーノ画)

この絵がいったいどこにあるものなのか、探していてようやく発見。

ロマーノとはルネサンス中期の建築家・画家で、イタリア・マントヴァのパラッツォ・デル・テ(テ宮殿)の設計・建築、装飾を手掛けた。
建築もやり、さらに絵画も描いたとはすごい才能です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ジュリオ・ロマーノ
ジュリオ・ロマーノ(Giulio Romano, 1499年? - 1546年11月1日)はルネサンス中期の建築家・画家。幻想的、官能的なマニエリスム芸術を展開した。

パラッツォ・デル・テ(テ宮殿、1526-1535年、マントヴァ)
ジュリオ・ロマーノが設計・建築、装飾も手掛けた。ジュリオ・ロマーノ最高の建築的業績であると言われる。古典主義建築の規則に囚われない自由な造形を見せ、マニエリスム建築の代表作とされる。粗石積みに見えるが実は化粧漆喰(スタッコstucco)仕上げで、一部の窓はだまし絵、アーチの要石も大きすぎるなど、ルネッサンス建築の規範からの逸脱がみられる[2]。また、「巨人族の没落」(巨人の間壁画)も有名で、マニエリスム美術の傑作と評価されている。 室内装飾が完成度の高い繊細さを備えているのに対し、「巨人族の没落」は全く異なる特質を持ち、仕上げは荒荒しい。 このいわゆる「巨人の間」は主に1532年3月から1534年7月にかけて描かれた。天井全体は円形のもろもろの神々が集まっている大神殿の描写で覆われ、空中から見られているように見える。巨人VS神々さながらの光景はロマーノがラファエロのもとで十分に習熟したイリュージョニズムや透視画法の工夫で、一層強められている。

http://guideturistichemantova.it/palazzo-te/

20170903-4.jpg
Sala di Amore e Psiche – parete est(アモーレとプシケの間 東の壁)
左の一番下の絵がそれです。

Pittori del XVI°sec Giulio Romano
https://www.youtube.com/watch?v=KYc-CJFqHdU
9:42のところ
また12:36の頭にツノの生えたバフォメット的なものの絵はなんというタイトルでしょうか

https://www.nttdata-getronics.co.jp/csr/spazio/spazio63/ogawa.html
北東の隅の「プシュケの間」は1530年にカール5世を迎えて晩餐会が催された部屋である。天井周辺にはアプレイウスの『黄金のロバ』に由来するアモルとプシュケの交歓の図が繰り返して描かれ、西側の壁は「粗野な宴会」、南側の壁は「高貴な宴会」という二つの饗宴図で占められ、そこにはメルクリウス、ホライ、ウェヌス、マルス、バッコス、ポリフェモスなどを含め、多くの男女の神々がほとんど全裸で登場する。別の一隅にはあからさまに勃起したゼウスがオリンピアスに挑む図などもあり、これはヘレニズム美術に原型があるとはいえ、あまりいただけない。なおプシュケはイザベッラ・ボスケットの、クピドがフェデリーコの、ウェヌスがその関係に反対する母親イザベッラ・デステの寓意であるとする意見もある。いずれにせよ、この部屋の主題はエロスの饗宴であり、氾濫のイメージである(図6)。
ゼウスとオリンピアスということらしい。
ギリシャ神話?

聖書には、天の使いが人間の女との間に作った子供が巨人と書かれている。
天の使いの下半身は爬虫類とこの時代は理解されていたのかなと思ったりもするのですが。

ミリッツァ妃と龍
http://www.hunterslog.net/dragonology/world/serbia/Syrmia/01.html
セルビアの南はマケドニアだ。そこに蛇に夜這われる妃の大先達がいる。BC4Cの古代マケドニアの王フィリッポス2世の妃オリュンピアスは蛇が大好きだった。ディオニューソスの密儀を受け継いだ巫女であったかもしれない。その王妃が蛇と化したゼウスに夜這われて懐妊した子であると伝わるのが、世界でもっとも有名な王、アレクサンドロス大王に他ならない。
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伊勢の神が蛇の姿で通ってくる [宇宙人・レプティリアン・爬虫類人]

「藤原氏の悪行」関裕二 講談社 2013年
これにレプティリアンを思わせることが書かれていました。

P.138
「通海参詣記(つうかいさんけいき)」には、伊勢の神を祀る斎王の寝床の上には、毎朝必ずウロコが落ちている。それはなぜかというと、伊勢の神が蛇の姿で通ってくるからだという。要するに、伊勢の神(天照大神)が男神であることは、共通の認識、暗黙の常識だったのである。

斎宮歴史博物館
「第56話 斎王がこの世の終わりを告げる時!?」
http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/saiku/senwa/journal.asp?record=380
(栁田甫「『大鳥太神宮并神鳳寺縁起帳』の翻刻とその史料的考察」(『国学院大学大学院紀要 -文学研究科- 第四十五輯』 2014年)。
この「縁起帳」には両部神道(真言宗系の影響を受けた神仏習合の考え方、真言宗では、世界は胎蔵界、金剛界の二つの曼荼羅世界(部)で構成されており、その中心にいる最高の仏が大日如来とする。両部神道では、胎蔵界の大日如来は伊勢内宮、金剛界の大日は伊勢外宮として、両者の立場を対等とする所から、「両部」という)の独自解釈が強く見られます。もともと大鳥神社は、古代には大鳥連というこの地域の有力氏族の氏神だったはずなのですが、ここでは天照大神と出雲大社を祀るものとされています。そして本来の両部神道とは違い、伊勢が太陽で胎蔵界、出雲が月で金剛界曼荼羅に対応するという説明になっているのです。そして興味深いのは、天照大神の説明の中に見られる次の一文です。
「第十一垂仁天皇の御時、初めて斎宮女御を別御室にて祝ひ奉る。この室に(天照大神)が入らせ給はんとては、御冠装束は俗の姿にて入らせ給ふ。必ず三枚の鱗を落とす。これを大唐櫃に取り入る。この櫃入り満たむ時は、世の中滅ぶべしと云々」
 つまり、垂仁天皇の時以来「斎宮女御」が特別な部屋で神宮を祀るようになり、その部屋へは貴族のような姿で天照大神が入り、そこでは必ず三枚の鱗が落ちている」というわけです。いうまでもなく「斎宮女御」は、平安時代中期の斎王、徽子女王のことですが、ここでは垂仁天皇以来あった一つの役職のように書かれています。 実はこの話によく似た話が、鎌倉時代の僧で、神宮祭主の大中臣隆通の子である通海が神宮を訪れた記録『大神宮参詣記(別名、通海参詣記)』の中に出てくるのです。要約すると、
 「斎宮は皇太神宮の后で、夜な夜な通うので、斎宮の御衾には朝になると蛇の鱗が落ちているという人がいる。」という噂です。
参詣記が書かれたのは弘安九年(1287)の頃と考えられており、その頃斎宮の群行はもはやなく、斎王が選ばれても伊勢に来る事はなくなっていました。
そして「縁起帳」で興味深いのは、天照大神が斎宮に通うという伝説が「この鱗が大櫃に一杯溜まると世が滅ぶ」という終末観に発展していることです。
 斎王が終末観と関係については、かの長元四年(1031)の「長元の託宣」を記した『小右記』(藤原実資の日記)に、託宣した斎王よし(女へんに専※)子女王が、「すでに百王は半ばを過ぎている」と、天皇百代でこの世は終わる、という百王思想を持ち出したとしていることが思い出されます。しかしここでは、古い百王思想から離れ、神宮に関わるうわさ話がさらに発展した形で末法思想と結びつき、新たな伝説を生み出しているようです。また、神宮と蛇の関係については、『春記』(藤原資房の日記)長暦二年(1038)の良子内親王の群行記事の中で「赤い蛇」が神の使いか、と言われているのが初期のものではないかと考えられます。

先代舊事本紀大成經で垂仁天皇を調べてみると、
先代舊事本紀大成經二十 神皇本紀中卷 下
https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/sendaikuji/taisei.htm
 垂仁天皇
 垂仁天皇者,諱活目入彥五十狹茅尊,謚垂仁天皇。即御間城入彥五十瓊殖崇神天皇第二子也。母御間城入姬命也,大彥皇子第二女也。
 天皇二十九年,春正月己亥朔一,生於瑞籬宮。生三月能言,五月知禮,有岐疑姿。及壯,倜儻大度,率性任真,無所憍餝。巍巍身長九咫有餘,鬒右迴生,九迴頂上,卷止如環。協下各有八羽,金翠等臂根堅。天皇愛之,引置左右。
 二十四歲,因夢祥,立為皇太子。

未来を見つめて
神武天皇の正体
http://blog.goo.ne.jp/gemi2011/e/913ce486e38cd9cd449a57e6c324e06c
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー転載開始
神武天皇は、龍蛇族(レプティリアン)だった!

【「先代旧事本紀大成経」の神武天皇の原文】
身の丈一尺五寸、身の太さは一囲(かこい)五寸
頭に両(ふたつ)の角を有生(はや)し、三尺、目は、猶(なお)雪のごとく
尻(そびら)に素(しろ)の龍尾有り、長さ六尺四寸(むあたまよき)
尾の背に大鱗あり、数は七十有ニ、齡(よわい)は百十五歳にして立て皇太子と為り玉う

【浅川氏の神武天皇の表現】
背の高さは約3メートル15センチ
胴回りは、両手伸ばしてひと抱え長さに約15センチ程足した長さ。
頭には9センチほどの角が2本あり、それはまるで雪のような色をしています。
背中には龍の様な背びれがあり、その長さは約1メートル20センチ。
尾の裏側には大きな鱗が72枚あります。105歳の時に皇太子の位に就かれました。

以下も、浅川氏の表現です。

【靖綏天皇】(BC581年~)
身長は約3メートル。目は黄色に光り、まるで水星のような輝きを放っています。
背中に鱗があり、怒られたときはそれが逆立ちました。
その武術は人に勝るので軽々しくものを言えませんでした。

【考霊天皇】(BC290年~)
天皇の生まれながらのご容姿は、他の方とは大きく異なり
お顔が長く龍のようですが、決して醜くありません。
耳は逆立ち、その耳の後ろには白い鱗があります。
胸にも9枚の鱗があり、その9つの隙間からは気を放っておられます。
俊敏でどんな遠いところにもいかれます。

【崇人天皇】(BC97年~)
背の高さは1メートル90センチほど、額に10センチほどの青い角が1本あります。
下あごの歯は長く鋭く、上あごの歯は短く丸く、舌は長く鼻にまで届きました。

【垂仁天皇】(BC29年~)
背の高さは約1メートル80センチ、髪は右回りにあたまを9周するように生
頭頂部で輪のように巻いてとどまっていました。両脇の下には、金と緑の羽を持ち
肘にも同じように羽が根ざしておられました。

【応神天皇】(AD270年~)
背の高さは約2メートル、肘には弓を射るときの「鞆」(とも)という
丸いあて皮のような形がありました。
顔の真ん中の角(つの)は天に向かってまるで弓に矢を番えたかのようでした。
胸には72本の青い毛が牛の尾のように生えていました。その長さは馬の尻尾ほどで
とても強く根ざしていたので最期まで抜け落ちることはありませんでした。

【仁徳天皇】(AD313年~)
ご壮年のころで、背の高さは1メートル90センチほどで、目には青と黄色の光があり
耳は眉毛の上ぐらいの位置から口の下まで垂れ下がり、足の指は長く
まるで手の指のようでした。


こうしてみると、龍の容姿から徐々に人間の容姿に近づいていることがわかり
超古代では、龍蛇族と人類とが仲良く共存していた時代があったかもしれない?
という想像も膨らみ、デーヴィッド・アイクが言うレプティリアン説も裏付けできます。
昔から何故、「蛇信仰」や「龍神伝説」が多いのかの謎も氷解します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー転載ここまで

伊勢の斎宮のところに通っていたのは、天照大神の霊ってこと?
天皇が通っていたのではないですね。
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V(ビジター)とワクチン [宇宙人・レプティリアン・爬虫類人]

ネタバレあります。
V(ビジター)の2巻目では、ビジターはインフルエンザワクチンに似せたワクチンの中に毒か病原菌かなにかをいれていることが、レジスタンスにばれていました。
そんなワクチンが大量に準備されていると。

テレビでインフルエンザの恐怖を煽れば、人々は容易にワクチン接種を行おうとする。
彼らは人間心理を知り尽くしていると、レジスタンスは話していました。

現実にも陰謀論界隈というか、世界の裏側に気づいた人々には、ワクチンは益になるものではない、むしろ体に害があるということが常識となっています。

裏側に気づいていない人には、ワクチン信仰があり、私の周りでも毎年インフルエンザワクチンを打つという人がほとんどです。
パート先でも、冬になれば接種するように勧められます。

そして今のヒアリ騒動もそう。
毎日のようにヒアリのことを報道すれば、薬局には大量にありごろしの薬が並べられます。
何年も前も、セアカゴケグモのことが毎日のように報道されたけど、それで誰か被害を受けたことが一件でもあったかどうか。

生き物が死に、土に還っていくサイクルの中で、アリは大切な役割を果たしている。
ヒアリは専門家でも、現地で確認することはできず、研究室に持ち帰って調べなければわからないほど、見分けにくいいきものらしい。

V(ビジター)を彼らの手の内が明かされていると見る人と、全くの空想ごとだと見る人と。

彼らは地球を乗っとる気満々なのですが、そのようには言わない。
友好的な顔をして、無料の治療センターを設け、いままで地球の治療で治せなかった人々を治して、信頼を得ていく。
そして我々の進んだテクノロジーを教えてあげるから、友好的に接しろという。

そこをみて、明治新政府を連想しました。
野蛮なる国々と付き合いたくなかった日本。
しかし、新しい技術を教えて人々を取り込んでいく。
文明開化は素晴らしいでしょうと。
そしてヨーロッパアメリカに連れていって、文明を見せてやる。

これはUFO見学ツアーにいって、すごいなーと思わせられるのと同じように思います。
そこまで親切にしてやって、彼らが得たいものはなにか。

日本を開国させた勢力の手口は、ビジターとよく似ていると思うのでした。

2巻の最後のシーンは、遠い彼らの星で、大量の宇宙船が地球に向かってくるところでした。

「ワクチンの目的は「割礼」の代わりだったのか!?:洗脳と従順化の道具とか!?」
http://quasimoto.exblog.jp/19203310/
もはや無知な人を助けることはますます難しくなって来ている。もはやお手上げ状態である。
要するにこのロシア人将軍が言いたいことは、「割礼の儀式」というものは、従順で洗脳し易い民族を作り出すためだ、ということである。
生後8日で割礼されると赤ん坊は衝撃的な痛みを受ける。そのために、脳の発達がかなり阻害され、いわゆる分断脳になるということである。
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V「ビジター」にみる彼らの戦略 [宇宙人・レプティリアン・爬虫類人]

V「ビジター」という洋画ドラマの初回を見ました。

ネタバレあります。

地球にある日、巨大な宇宙船がやってきます。
20機以上が、各都市の上空にひとつづつやってきます。
その総司令官はアナ。
夏目三久っぽい雰囲気の女性です。
友好的な雰囲気でくるけど、実は侵略者で、レプティリアン。

人々を懐柔するために、UFO見学ツアーを開催したり、若者を平和大使として募集したり、相手の国の言語で話したり、テレビにも出演する。
いきなり武器で攻撃するのではない。

V「ビジター」は実話だという話があって、私もそうだと思います。
巨大なUFOは「インディペンデンスデイ」と同じようです。
レジスタンスが組織を組むのは、「ゼイリブ」のよう。
彼らは頭を使って、どうすれば人々を懐柔できるか知っている。

興味深いと思ったのは、UFO到着早々に、バチカンが「UFOは神の創造物である」と発表したことです。
だから友好的に受け入れろと。

聖書の神は宇宙人である。
バチカンはそれを隠蔽している。
それとリンクするように思います。

V「ビジター」は1980年代にも放映されましたが、わざわざリメイクして放映する意味はなにか。
目覚めている人と、目覚めていない人と。

「地球の支配者は爬虫類人的異星人である」太田龍
P.182
もともと、ニケア公会議以前には「エノク書」という著作が存在し、聖書の一部を構成していた。バチカンはこれを禁書とした。
なぜか。理由は、人類大衆をマインドコントロールする心理戦争の武器としてキリスト教なるものをでっちあげた闇の秘密結社は異星人の直系であって、そのつながりを彼らは人類の一般大衆に知られては都合が悪いからである。(「ザ・ビッゲスト・シークレット」P45)
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龍がつく漢字:聾 [宇宙人・レプティリアン・爬虫類人]

龍がつく漢字に「聾」があることに気づきました。

聾とは耳が聞こえないこと。

どうして「龍」に「耳」で、聞こえないになるのか。
龍は耳が聞こえなかった?
それとも音は聞こえていたけど、無視してた?

現代のレプティリアン種族の、人の痛みは全然無視して自分の利益を確保しているところや、安倍政権が議会などで森友問題を質問されてもはぐらかしっぱなし、ごまかしっぱなしなところが、音は聞こえているのにちっとも通じない。
そういうのを「聾」って言ったんだろうかと思います。


http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-230.html
「「天孫降臨/神武の驚くべき正体 日本古代史の闇」第四部(最終回)
コンノケンイチ(今野 健一)」
私には、「この書が導き出した結論」が真実であるか否かはよく解らない。しかし、前々から、「“空想上の生命体であるはずの龍”が世界中にまるで“実在する神”であるかのごとく伝説として、様々な伝記・伝聞・彫刻物等に残されている」ということに、疑問を感じていた。
また、「水陸両棲の地球外生命体が古代の地球に生存していた」という記述は、以前紹介した書の中の「スフィンクスと水陸両棲生命体の関連性」を記した箇所と一致している。
「人類支配者=レプティリアン」説は、デヴィッド・アイク一人のみが唱えているのならば信憑性は低いが、複数の人間による証言や、世界中に、レプティリアン(=龍神)が存在していたことを示唆する複数の伝記・伝説・古記録等が存在するのならば、これは「珍説→真説」となるだろう。

そして、「「彼ら」は金や地位や名誉は腐るほど手に入れているはずなのに、私が今まで暴いてきた極悪計画(八百長戦争・人工地震・ワクチン詐欺・遺伝子組み換え食品・ケムトレイル・偽装テロ・放射能拡散・人口削減計画等)を、何故にあれほど実行し続けるのだろう?同じ人間なら善悪の感情があるはずだから、あそこまで鬼畜のような行為ができるはずがない」と、感じてきたが・・・、そして前々から「ひょっとして本当に「彼ら」は我々と同じ人間ではない地球外生命体なのでは?」と、思ったりもしていたが・・・、この書を読んで、“その思い”は「確信」まではいかないが、かなり「確信」に近づきつつある。
「彼ら」が「冷酷無比な爬虫類系地球外生命体」であるとしたら、こういった疑問は全て解決してしまうからである。
「彼ら」は元来、「悪事をしてはいけない」とか、「かわいそうだ」といった感情が存在しないのであるから!

最後に、「日本のほとんどの神社で祀られている神が、「龍(=ヤハウェ)」であり、爬虫類系地球外生命体である」ということが真実であるならば、実に“背筋がゾクゾクするような肌寒い話”である。

法隆寺五重の塔北面塑像群:嘆きの表情のものはあとで追加されたもの [宇宙人・レプティリアン・爬虫類人]

法隆寺五重の塔北面塑像群には、龍を頭にのせたものや、鳥の頭をしたもの、腕が4本顔が3つの阿修羅像など異形のものたちがいます。
それでもっとよく知りたいと思い、「原色日本の美術2 法隆寺」というでかい本を借りてきました。昭和41年発行です。

これをみて思ったのが、法隆寺五重の塔には、東西南北に4面の場面がありますが、他の面の像は間を開けバランスよく配置されているのに、北面だけなんとなくぎっちり配置されている印象を受けました。
バランスが悪く感じられるのです。

像の一体一体を見ていくと、ほとんどがわりに穏やかな表情をしているのに、北面には口をあけて大げさになげいている十大弟子や従者のものたちがいます。
そしてその大げさに嘆いているものは、釈迦がなくなっていく場面である、北面の前の方に配置され、八部衆といわれる異形の者たちは後ろの方に追いやられています。

それで大胆予測ですが、これら口を開けて嘆いているもの(八部衆は除く)は後期に追加された像で、本当は八部衆と言われる異形の者たちが前面に出てきていたんだろうと思います。
これらのものたちの存在を薄めたい勢力がその改変を行ったであろうと。
もともとは一体どのような配置だったのでしょうか。

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やけに後ろがこみあっている北面。

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ゆったりの東面。

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配置図 北面以外はゆったり。

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異形のものや頭に龍がのぞいていたり、鳥などをかぶっているものたち。八部衆。

https://ja.wikipedia.org/wiki/法隆寺の仏像
4場面に計90躯以上の塑像があり、後補の像を除いた80点(78躯2基)が国宝に指定されている。80点の内訳は、北面が32躯、西面が29躯と金棺1基、舎利塔1基、東面が16躯。南面はほとんどの像が後補で、弥勒仏像1躯のみが国宝になっている。
五重塔の昭和修理時の所見では、創建当初は須弥壇が現状より狭かった。創建後しばらくして(50年以内という)、心柱の根元が腐朽したため修理が行われ、その際に須弥壇を改造して広げたものとみられる。この改造以前には現存する塑像をすべて配置するだけのスペースはなかったとみられ、一部の像は改造時に追加された可能性がある。
北面は中央に横たわる釈迦涅槃像を含め、計34躯の塑像を配置し、うち後補の2躯を除く32躯が国宝である。釈迦涅槃像の像長98.0センチ。その他の像は18.1〜58.9センチ。中央手前にいて、釈迦の脈を取るのは医師の耆婆大臣(ぎばだいじん)である。釈迦の背後には菩薩像2体が坐す。その左右には僧形像、俗形像、天部像などが坐し、冷静な表情の者もいるが、大部分の者は釈迦の入滅を悲しんで悲痛な表情を見せ、袖を顔に当てる者、大口を開けて泣き叫ぶ者などもいる。なかでも、最前列の左右に並ぶ7体の羅漢像は両手で胸を叩く、天を仰ぐなど、激しい身振りと表情で悲しみをあらわにしている。これら7体の羅漢像は、誇張された表現が他の像と異質であることから、和銅4年当初の像ではなく、後に追加されたものとする説もある[66]

**********
やっぱりそう思う人がほかにもおられました。

このwikipediaの注釈66はどれのことかわかりにくいです。
『国宝法隆寺展』(展覧会図録)斎藤理恵子「五重塔塑像群」

大橋一章編著『論争奈良美術』、平凡社、1994
大橋一章「止利式仏像の源流中国南朝か北朝か」
斎藤理恵子「法隆寺金堂釈迦三尊像の制作年代笠井・大橋論争」

天皇の顔を指す龍顔 [宇宙人・レプティリアン・爬虫類人]

もしかしてカッパってレプティリアンではと思って検索していたらどうもそのようでした。

そしてみつけた先代旧事本紀の天皇について
http://20xx.doorblog.jp/archives/31293650.html
**********引用開始
323: 名無しさん@涙目です。(大阪府) 2011/05/05 22:55:41 ID:BhZVenr+0
江戸時代に幕府に偽書とされ発禁になった先代旧事本紀大成経による初期天皇のもろフリークスな身体描写。天皇の顔を指す龍顔とは比喩でなかったw
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「神武天皇」
背の高さは約3メートル15センチ、胴回りは、両手伸ばしてひと抱え長さに約15センチ程足した長さ。
頭には9センチほどの角が2本あり、それはまるで雪のような色をしています。背中には龍の様な背びれがあり、その長さは約1メートル20センチ。尾の裏側には大きな鱗が72枚あります。105歳の時に皇太子の位に就かれました。

「靖綏(すいぜい)天皇」
身長は約3メートル。目は黄色に光り、まるで水星のような輝きを放っています。背中に鱗があり、怒られたときはそれが逆立ちました。

「考霊天皇」
天皇の生まれながらのご容姿は、他の方とは大きく異なお顔が長く龍のようですが、決して醜くありません。耳は逆立ち、その耳の後ろには白い鱗があります。胸にも9枚の鱗があり、その9つの隙間からは気を放っておられます。

「崇人(すじん)天皇」
背の高さは1メートル90センチほど、額に10センチほどの青い角が1本あります。下あごの歯は長く鋭く、上あごの歯は短く丸く、舌は長く鼻にまで届きました。

「垂仁(すいにん)天皇」
背の高さは約1メートル80センチ、髪は右回りにあたまを9周するように生え、頭頂部で輪のように巻いてとどまっていました。両脇の下には、金と緑のはねを持ち、肘にも同じように羽が根ざしておられました。

「神功皇后」
ご容姿は非常に穏やかで美しく、その目には二つの瞳をお持ちでした。乳には9つの穴があり、力は強く建物の柱を揺るがすほどでした。

「応神天皇」
背の高さは約2メートル、肘には弓を射るときの「鞆」という丸いあて皮のような形がありました。目の形引き絞ったときの弓のような三角形をしていました。中の角は天に向かってまるで弓にやじりをつがえたかのようでした。胸には72本の青い毛が牛の尾のように生えていました。その長さは馬の尻尾ほどで、とても強く根ざしていたので最後まで抜け落ちることはありませんでした。

**********ここまで引用

法隆寺に爬虫類人の像がある [宇宙人・レプティリアン・爬虫類人]

法隆寺に爬虫類人と思われるような像があるということを知りました。

「法隆寺 爬虫類人」で検索するとでてきます。

「法隆寺の謎」ー人文研究見聞録
http://cultural-experience.blogspot.jp/2015/09/blog-post_5.html
見ての通り、法隆寺の方には入口の真ん中に柱が立っており その違いは明らかです。 しかし、なぜ入るものを拒むような形になっているのかは不明であり、古くから法隆寺の謎の一つとされています。
この相輪は法隆寺の五重塔にも当然設置されているのですが、法隆寺のものは他の寺院と違い「鎌が4本刺さっている」ことが特徴です。これについては「雷避けのために設置された」という説が通説となっていますが、その真相は不明です。
4本はやはり「死」を意味するのでしょう。
なお、この相輪の形自体にも諸説あり、最近では聖書やカバラに登場する「生命の樹」を象徴しているのではないかという説が唱えられています。この「生命の樹」は聖書が初出であると考えられがちですが、実は文明の発祥地と言われる古代シュメールのレリーフの中にも登場します。つまり「生命の樹」という概念は聖書が著される前から既にあったということです。
この救世観音像の開帳時の姿は、「全身に経文の書かれた麻布が巻かれており、その布を取ると光背が後頭部に釘で打ち込まれ、背中はくりぬかれていた」というものだったとされています。なお、通常 仏像の光背は別に支えが付いており、後頭部に打ち込まれていることはありません。それは、法隆寺に所蔵される百済観音と比べてみても違いは明らかです。
「耳なし芳一」の話にあるように経文で包まれるというのは、それを守るか封じるかしているように思われます。
法隆寺の五重塔には、仏教における説話をテーマにした塑像が安置されています。 その中の「釈迦入滅のシーン」があります。これはガンダーラの釈迦涅槃図と比較しても大分異なる、日本独自のものとなっています。 そして、法隆寺の塑像群の中にいる「トカゲのような容姿をした人物」が混じっており、近年 ネット上で注目を浴びています。
なお、この像がネットで注目を浴びている理由は、イラクのウバイド遺跡から発見された「爬虫類人(レプティリアン)の像」と酷似しているためなのです。

ネット上で注目を浴びているとは全然知りませんでした。

奈良ミステリーツアー 7 爬虫類人 8/19/2014」ー「精神世界の鉄人」 エッセイ集
http://www.tomaatlas.com/lib636.htm
今回、法隆寺を訪れたのは、「爬虫類人(レプタリアン)」の痕跡が残っている像や絵画が、法隆寺に、けっこう存在しているという情報を、ゲットしたからです。 「宇宙考古学」の視点で、法隆寺の展示物を、眺めると、宝の山です。 明らかに、アダムスキー型のUFOだと思われる展示物が、たくさんありました。
そんな中で、最近、一部の宇宙考古学の人たちの間で、有名なのが、「爬虫類人(レプタリアン)」だと思われる人物の像です。 いろいろな説がありあますが、シュメール文明の出土品からも、まったく同じ像が、発掘されていることから、本物の爬虫類人の像だと、私は、確信しています。
東大寺の法華堂、またの名を、三月堂 両脇の四天王像が踏みつけているものはなんだ?

「2015/01/23 三十三間堂2 雷神のギザギザ眉の起源」ー忘れへんうちに Avant d’oublier
http://avantdoublier.blogspot.jp/2015/01/blog-post_23.html
ホシガラスが埋めて食べ忘れた種のように、バラバラに芽を出した記事が、枝分かれして他の記事と関連づけられることが多くなった。 これから先も枝葉を出して、それを別の種から出た茎と交叉させ、複雑な唐草に育てて行きたい。
仏像が踏みつけているものをアップで。

仏像が踏みつけているものは、獅子舞に似ているような気がします。
そしてそれらの手足は蹄のように2本だったり、妖怪人間ベムのように3本だったりしています。

神社本庁と日本会議とレプティリアンと森友学園 [宇宙人・レプティリアン・爬虫類人]

「宇宙への旅立ち」ブログを読んでいて、神社はレプティリアンがやっているということを知りました。

古代に宇宙から龍族がやってくる

龍族は村人から神として恐れられる

龍を祀るために神社が作られる

神社の神主は龍族の末裔でレプティリアン

神社のネットワークを広げる 全国に8万社 まとめるのは神社本庁


神社本庁と日本会議に関連があるという本が出ている

New World Order (NWO)を推進し、全世界を支配したい勢力はレプティリアンで構成されている

NWOは全世界の政治、金融、報道、教育、医療、農業、食料、娯楽をすでに大方支配しており、戦争も作り出す。

NWOは次は金儲けと人口削減のために日本と中国で戦争させたい

そのために動いているのが神社本庁と日本会議である

神社本庁はレプティリアンで構成されており、NWOとは仲間である

NWOは戦前のように天皇は神である、神のために、国のために戦うように人々を洗脳したい

そのためには疑うことを知らない子供を洗脳するのが一番である

公立の小学校でそれを教えたいが、反対が強いだろう

だから森友学園のような私立の学校でそれを教える

うまくいけば少しづつそのような学校を増やしていく

だからそのために学校用地は安く払い下げ、補助金なども十分出してやる

その動きを察し、神輿にかつがれたくない天皇は退位を表明した

なんてね

いつできたかわからないくらい古くからある神社というもの、それがいままで続いている。

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「レプティリアンと古代日本史/これからの時代においては「スサノオ=善、レプティリアン=悪」などといった「善悪二元論」に基づく勧善懲悪的な思考(二元的な思考)は禁物」ー新・ほんとうがいちばん
http://mizu8882.blog.fc2.com/blog-entry-60.html?sp
さて、『古事記』の中に登場してくる代表的な蛇神と言えば、「ヤマタノオロチ」と「大物主」です。「ヤマタノオロチ」の方は、出雲の村人に生贄を要求してくる怪物として描かれています。この現状を憂えたのが高天原から降ってきた「素戔嗚尊」であり、酒に酔った隙にヤマタノオロチを退治したとされます。

このヤマタノオロチは「レプティリアン」の象徴ですが、素戔嗚尊(スサノオ)は実は「蘇我氏」の象徴だったのです。蘇我氏の一団は3世紀後半から4世紀頃、大陸の騎馬遊牧民(失われた10支族 ⇒ ヒッタイト ⇒ スキタイ・サカ族)を経て、当時陸続きだった(と思われる)樺太を経て、北海道と北日本(青森付近)に上陸してきました。

さて、もう一方の蛇神である「大物主」の方ですが、こちらは古代の日本に祟りを起こした「祟り神」として知られています。『日本書紀』の崇神天皇の条には、「国内に疫病を蔓延させているのは大物主であり、(大物主の末裔である)大田田根子(三輪氏の祖)に大物主を祀らせるようにすれば天下は治まる」と、巫女からの夢のお告げがあり、宮中で大物主を祀るようになった経緯が記述されています。

この後、三輪山の麓(ふもと)にあった宮中から天照大神のご神体が外に出され、近畿一帯の神社を巡り回って、最後に現在の伊勢の地に落ち着いたとされます。一説には、この時の天照大神のご神体が実は大物主だったのであり、祟り神が嫌われて、(現在、元伊勢とされている)各神社から追い出され、たらい回しにされた 遷宮していったのではないかとする説があります。

(ちなみに、崇神天皇に夢のお告げを伝えたのは、(巫女の)倭迹迹日百襲姫命(モモソ姫)でした。大物主の妻となったモモソ姫は、ある時、大物主の正体が蛇神であることを知って驚愕し、女陰に箸が刺さって亡くなり、現在の箸墓古墳に葬られたとあります。この故事は、巫女の霊力(と母系社会)を封印するために、巫女の女陰が破壊されたとする説があります。)

また、『古事記』には、持統天皇が伊勢神宮を参拝しようとした際、(当時中納言だった)大三輪朝臣高市麻呂(おおみわのあそみたけちまろ)が参拝しないように諌めたとの記述があります。三輪氏は大物主の末裔とされる(地祇系)氏族であり、やはり何らかの秘密を知っていた可能性はあると思います。 (参考:「嘘八百のこの世界」聖徳太子は蘇我入鹿であり、蘇我善徳であり、スサノオと関係している)

「気になる神社本庁の影響」ー地球と宇宙のスピリチュアルを学んでいます
http://ameblo.jp/gingamugen/entry-12063479541.html
麻の神秘性と天皇を繋げて、神格化させ、戦前のように 天皇に全ての権限を持ってこようとしているのが 神社本庁であり、「日本会議」なのだという推測は 的を得ていると思います。

そして極めつけは天皇を名乗る集団です。 初代の天皇が神武天皇なのか、或いは違う天皇なのか 一応歴史では神武天皇となっていますので、それに 従い解釈していきます。

神武天皇は大陸の優れた物質文明に長けていたので 日本を征服しました。 神武東征など、綺麗ごとに表現していますが、実際は 侵略者というのが正しい表現だと思います。
そして神の子供を名乗り日本を治めていきます。 実際は神の子供というのは人心を支配する為の言葉だろう と思います。
仮に、宇宙人の血を色濃く持つといった事もあるかも 知れないなと思ったりしますが、そうだとしても ネガティブな宇宙人と言えると思います。

大陸からという事は、神秘学校のネガティブな秘術が 天皇の家系に流れたという事があっても不思議は ありません。

そこに天皇家などの集団が来て、結界の為に鳥居などの 建造物を立てて、そこのエネルギー、精霊などを 封印して利用してきたのではと最近思う様に なりました。

神社本庁の本当の目的とは? 日本会議の最終目的は軍隊を含む全ての権限を天皇に 集める事です。

「神社本庁に属する大野湊神社の子供向けおみくじの内容が物議を醸す 「てんのうさま ばんざい」」ー大摩邇(おおまに)
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/1976324.html
日本会議、神社本庁は天皇元首を狙う、チームNWOです。日本会議を叩いて、天皇に触れないのは不自然です。天皇ゴリ押しのこんな状態でも、天皇制に違和感を持たない人は、ズレているし、危機感がナイと感じます。

「【神社本庁】初詣客を当て込んで憲法改悪署名集め+そのポスターに台湾婆さん・櫻井よしこが和服姿で大写しの奇っ怪」ー今この時&あの日あの時
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-426c.html
初詣に行かれた方々は既に気がつかれたことと思いますが、今年は全国の多くの神社で「憲法改正のための一千万人署名集め」をしていたというのです。

 問題は、それこそ全国で数千万人以上が参る初詣のどさくさに紛れて、「憲法改正署名」を集めてしまう神社総元締め「神社本庁」の姑息さです。

 安倍政権になってからすべての原理原則がズルズル曖昧になっていますが、こういう署名集めは厳密に言えば「政教分離原則」を定めた宗教法人法にも抵触するのではないでしょうか?

 憲法改正という名の「憲法改悪」の先にあるものは、現日本国憲法否定の上に立った(酷くて目も当たられない)自民党憲法改正草案なわけで、宗教法人神社本庁はその自民党改悪憲法草案をこうやって強力にアシストしているわけですから。

 時代潮流に逆行したトンデモ復古憲法草案ですが、長州藩主導の明治政府が偽造した「国家神道」復活を目論む神社本庁の思惑とぴったり一致するから、同庁は諸手を挙げて署名集めに奔走するわけです。

 いずれにせよ安倍晋三の周りはみなこんな連中ばかりです。背乗り連中は、二言目には「美しい日本」などと唱えながら、裏では日本滅亡を画策している気配濃厚で要注意ということです。

聖書に書かれる宇宙人 [宇宙人・レプティリアン・爬虫類人]

「太古の宇宙人ー太古に地球を訪れた宇宙人」エーリッヒ・フォン・デニケン 角川書店 昭和51年
こちらの本に古代の文献から地球にやってきた宇宙人が読み取れるとあります。

P.57には、旧約聖書のエゼキエルのところにも、それが書かれています。
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第30年の4月5日のことである。わたしはケバル川の河畔に住んでいた捕囚の人々の間にいたが、そのとき天が開かれ、わたしは神の顕現に接した。それはヨヤキン王が捕囚となって第5年のその月の5日のことであった。カルデアの地ケバル川の河畔で、主の言葉が祭司ブジの子エゼキエルに臨み、また神の御手が彼の上に臨んだ。
わたしが見ていると、北のほうから激しい風が大いなる雲を巻き起こし、火を発し、周囲に光を放ちながら吹いてくるではないか。その中つまりその火の中には、琥珀金の輝きのようなものがあった。またその中には、四つの生き物の姿があった。その有様はこうであった。彼らは人間のようなものであった。それぞれが四つの顔を持ち、四つの翼を持っていた。足は真っ直ぐで、足の裏は子牛の足の裏に似ており、磨いた青銅が輝くように光を放っていた。また翼の下には四つの方向に人間の手があった。四つともそれぞれの顔と翼を持っていた。翼は互いに触れ合っていた。それらは移動するとき向きを変えずそれぞれ顔の向いている方に進んだ。その顔は人間の顔のようであり、四つとも右に獅子の顔、左に牛の顔、、そしてよっつとも後ろには鷲の顔を持っていた。顔はそのようになっていた。・・・・

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「ラルースの世界の神々 神話百科」フェルナン・コント 原書房 2006年
P.313 インド神話にある4つの顔を持つブラフマー。
このブラフマーは翼はないけれど、四つの顔を持つと言うところはエゼキエル書と同じなんですよね。
ブラフマーは創造物全ての主で父でもある、ブラジャーバティでもある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ブラフマー
ブラフマー(ヒンディー語: ब्रह्मा Brahmā)はヒンドゥー教の神の1柱、創造神でありトリムルティ(最高神の3つの様相)の1つに数えられる。4つの顔を持ち、それぞれの顔は四方を向いているとされる[1]。 ブラフマーは時にリグ・ヴェーダに語られる創造神であるプラジャーパティと同一視され(リグ・ヴェーダの神々(英語版))、またカマ(英語版)や宇宙の卵であるヒラニヤ・ガルバ(英語版)との関連が指摘されることもある[6][7]

ヴィシュヌ、シヴァとともにトリムルティの一角を担うが、古代の文献ではブラフマーの含まれない3柱を最高神の3人組に数えている[8][9][注 1]。
ブラフマーはしばしば宇宙と様々な生物の創造主であると語られる。

現代のヒンドゥー教ではブラフマーは人気のある神格とは言えず、ヴィシュヌやシヴァと比べトリムルティの中での重要性も低い。ブラフマーは古代の聖典の中では礼賛されているものの、インドでは重要な神として人々の信仰を集めることは稀であった[13]。そのためインドにあるヒンドゥー寺院でブラフマーを奉るものは少ない。 汎神論をテーマとするクツァヤーナ賛歌は人の魂をブラフマンであると主張し、その絶対的現実、普遍の神は生きとし生けるすべての存在の中に宿るとしている。アートマン(魂、我)はブラフマーであることと同等であり、ブラフマンの様々な顕現であることと同等であると展開する。いわく、「汝はブラフマーである。汝はヴィシュヌである。汝はルドラ(シヴァ)である、汝はアグニ、ヴァルナ、ヴァーユ、インドラであり、汝は全てである」[20][22]。

マハーバーラタやプラーナ文献に語られるように、また多くの研究がそう結論しているようにブラフマーは第二の創造者であると考えられている[28][29][30]。ブラフマーは全ての形ある物を創造したが、しかし原初の宇宙は創造しなかった[31]。

ブラフマーは通常4つの顔に4本の腕を持った姿で描かれる[40]。4つの顔はそれぞれ東西南北を向いているとされる。武器ではなく、知識や創造を象徴するものを手に持つ。例えばヴェーダ、時間を象徴する数珠、ヤジナ(英語版)(火の儀式)に使われる杓、全ての生命の象徴である水の入った器である。

インドネシア、ジャワ島中部のジョグジャカルタ市に位置するプランバナン寺院群(9世紀)にもブラフマーを奉る寺院があり、寺院群の中でも最大級の3つの寺院のうちの1つである。ちなみに3つの内最大の物はシヴァに捧げられた物で、残りの1つはヴィシュヌ寺院である[44]。ブラフマー寺院はシヴァ寺院の南に位置している。 タイ王国、バンコクのエーラーワンの祠にはブラフマー像があり、今日でも信仰を集めている[15]。タイの政庁(en:Government House of Thailand)の金色のドームにもプラ・プロム(英語版)(タイでのブラフマーの呼び名)の像が存在する。ペッチャブリー県の寺院、ワット・ヤイ スワンナーラームにある18世紀はじめの絵画にはブラフマーが描かれている[45]。

ビルマの国名の由来はブラフマーであり、中世の文献には「ブラフマー・デサ」(Brahma-desa)という表記も見られる[46][47]。「デサ」はサンスクリット語で「国」を意味する。 ブラフマーは中国の民俗宗教においては一般的な神であり、中国、台湾には多くの寺院がある。中国語圏では「四面神(英語版)」、チベットでは「ツァンパ」(Tshangs pa)、日本では「梵天」という名で知られる[48]。

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絶対的現実、普遍の神は生きとし生けるすべての存在の中に宿るとしている
これは八百万の神と同じですね。

世界の神話の共通点を探すと面白そうです。
それに寺院や寺などにいったとき、そこが何を祀っているのか調べるのも面白そう。
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