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でれでれ草ブログ:白洲次郎の実父(後)@白洲の正体 [歴史]


「白洲次郎の実父(後)@白洲の正体」
http://e-vis.hatenablog.com/entry/2017/05/08/153000

ーーーーーーーーーーーーーーーーー引用開始
「史観の見直しの必要」 「日本に話を戻しますが、日本の歪みは戦後から始まったのではなく、維新から始まっていますね。史観の見直しは戦後からではなく維新からやらなくてはならないようです。」

本日の記事での鋭いご指摘に驚いております。 でれでれ草さまのおっしゃるように、私も近頃、明治維新に戻って見直さないといけないのではないかと思うようになっていたからです。 明治維新の何かがおかしいと感じるのです。

維新のリーダーたちは下級士族と言われていますが本当なのだろうか。

いや、士族どころか一般的な感覚をもった日本人だったのかさへ疑わしい。

彼らに国家のリーダーとしての資質が本当にあったのだろうか。

私たちは、もしかすると明治以降の歴史について壮大なウソに包まれ、だまされ、教え込まれているのかもしれません。

(中略)

ここから、坂本龍馬をヒーローへ仕立て上げが始まったのではないかなと思います。その後司馬遼太郎が作品にした。司馬は御用小説家だったのでしょうか。

小説や演劇を通して人々に都合のいい歴史を洗脳するのは英国も昔からやってた手法ですよね。シェイクスピアは御用作家でした。

支配するときに最下層を使うというのは、占領して支配してきた白人たちの常套手段だそうです。明治維新もそのやりかた通りに見えます

(中略)

ごまかしの原点は戦後からではなく、維新からのような気がします。

司馬さんの志士たちを素材にした作品はたしかに面白いのですけど、あまりに新聞記者出身の司馬さんが、綿密な取材に基づいて書かれた作品が精巧すぎるので、フィクションの部分も史実と混合して受け取ってしまう部分もあると思います。

さて白洲次郎が「日本一かっこいい」「風の男」としてもてはやされる一方、山本五十六が「売国奴」「骨の髄までフリーメーソン」と非難されている。
私は白洲次郎とは「日本一ウサンくさい」「悲惨な男」だと思う。

昨今もてはやされている白洲次郎の言動とは、もともな人間形成に欠けた子どもが、矯正されてエージェントにさせられ、プライドを持てない人生を送らされ、生涯隠さねばならなかったその素性と、コンプレックスの裏返しの虚勢であると私は思う。

「白洲次郎に関する一次資料は、ほとんど現存しておらず、実像としての次郎は謎が多い人物である」

ようはwikiも騙せないほど、フィクションでインチキだということです。

存在してた証明があり、写真があれば、あとは僅かな点と点をつなぎ、作家が想像を駆使してエピソードを作り英雄を創造している可能であるということですね。

坂本龍馬をはじめとする「尊皇志士たち」も、白洲のような方法で「作られた」のかもしれません。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー引用ここまで

なぜ日本の神々は複数の名前があるのか [歴史]

なぜ日本の神々は複数の名前があるのでしょうか

たとえば、ニギハヤヒは
櫛玉命(くしたまのみこと)、天照国照彦火明櫛玉饒速日命(あまてるくにてるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)、迩芸速日命、邇芸速日命、天火明命、
などなどあるようです。

音を漢字で表した時にいろんな漢字を使っているということもあります。

佐佐木隆 「日本の神話・伝説を読む」2007年 岩波新書によると、
「神名は、その行為や作用や状態と密接に結びついているものなのだ」と古代語の研究者である大野晋が述べているという。(P.62)
「ほとたたらいすすきひめ」というのは、「ほと(に矢を)立てられ震え姫」の意である。と。

だから天照国照彦火明櫛玉饒速日命は、天を照らし、国を照らし、不思議な(櫛=奇し)光る玉に乗ってきた蛇っぽい(饒=にぎ=蛇の古語)命。

いろんなことをやっていると、複数の名前がつくことになります。

韓国の航空会社令嬢で、従業員のナッツの出し方がなってないとクレームをつけ、空港に引き返させた人のことを「ナッツ姫」と言ったり、安倍首相が「云々(うんぬん)」を「でんでん」と読み誤ったことで、安倍首相のことを「でんでん」とネットで言って通じるのと同じ感じです。

「神代の風儀 ホツマツタエ」鳥居礼 によると、P.154
「ホツマ」よりわかる父奇杵命(くしきね)、息子奇彦命(くしひこ)のご神名をまとめてみましょう。
父 奇杵命(諱 いみな)
  大己貴(おおなむち)(代々の名)
  大物主(おほものぬし)(官職名)
  遷国魂神(うつくしたまがみ)(称名)
  津軽大元神(つがるうもとのかみ)(称名)
  大黒(俗名)
子 奇彦(くしひこ)(諱 いみな)
  事代主(官職名)
  大物主(官職名)
  大国主神(称名)
  日本大国御魂神(やまとををくにみたまかみ)(称名)
  恵比寿(俗名)

諱(いみな)意味は死者の生前の名

大物主や、事代主、大物主は官職名であるのですね。
この本の末尾についている神々の系図から、大物主の系図を見て見ると、少なくとも六人の大物主がいることがわかります。



「瀬織津姫と君の名は。」
https://ameblo.jp/happylife3749/entry-12244961687.html
ストーリーの中で瀧の「心」は、
2016年から3年遡って「生きて居る」三葉のカラダの中に入り、
2013年に起きた事から糸守町にいた人々を守ろうとします。

2013年は、出雲大社と伊勢神宮という陰陽の対となっている
日本の魂である二大神社の同時遷宮がありました。
(カゴメ歌の"鶴と亀が統べった"年)

二大神社のムスビ、陰陽の統合が行われた2013年、
日本の魂の復活の年に、瀧は三葉の魂を復活させようとしたのです。


出雲大社と伊勢神宮の元、元出雲と元伊勢がどちらも丹波国にあるということは、どういうこと?
「元伊勢・元出雲・丹波桑田宮・出雲大神宮・月読神社」
http://kusunoki-456.blog.so-net.ne.jp/2017-06-27-1

秀真伝・ホツマツタエの古木と聖書の巨木 [歴史]

八幡書店
「増補完訳 秀真伝」
http://www.hachiman.com/books/89350-233-6.html
宇宙樹「天の真栄木」の謎
ホツマによれば、天地開闢の時に遡る天の真栄木という樹齢6万年の霊木があった。この宇宙樹は、60年に一本の枝を生じ、6万年で実を結び、枯れるとそのつど植え継がれた。50代目の天の真栄木は神武天皇の即位の頃まで存在したが、そのまま実を結ぶことなく絶滅した。つまり神々の時代の終焉とともに、この霊木も絶滅したのである。これは霊主体従の時代から体主霊従の時代への宇宙的時間軸の転換を意味しているとも考えられる。

「ホツマツタエ」という古文書には、樹齢6万年の霊木の記述があるのですね。

このあいだ知ったYoutube
『この地球に山や森は存在しない』 (前編)
https://www.youtube.com/watch?v=aW14RAJ35vs
を連想させます。

「柱状節理、テーブルマウンテンは巨石の化石?」
http://kusunoki-456.blog.so-net.ne.jp/2017-05-17-1" target="_blank">http://kusunoki-456.blog.so-net.ne.jp/2017-05-17-1
こちらに書きましたが、上のYoutubeに書かれていた旧約聖書エゼキエル書31に
丈は高く、梢は雲間にとどくほどの巨木の記述があります。

同じものなのではと思います。
そうするとやはり、ホツマツタエは封印された真実の歴史ではと思います。

井口和基ブログ:世界の謎の碑文は神代文字で読めるのだ [歴史]

ところどころ抜き出して転載
Kazumoto Iguchi's blog
quasimoto.exblog.jp
「超古代ミステリー5:世界の謎の碑文は神代文字で読めるのだ!つまり日本語だった!」http://quasimoto.exblog.jp/22377170/

我が国に何千年も前から神道の神主家のみに伝わってきた「神代文字(かみよもじ)」という岩窟文字や古文書の様式が存在するということが、まだ西洋人には知られていないからである。

いわゆる、日本の「考古学会」はこの進歩についていっていない。ましてや日本のいわゆる「考古学者」はまったく無知である。だから、ほとんどの学者がこうした新規性のある発見を知らず、知ったとしても、「眉唾もの」扱いして無視してきているわけである。

というのも、日本には「日本人学者病」とも呼ぶべき一種の症候群があるからである。これは、西洋人に認知されて、逆輸入したものしか、国内で認知しない/できないという病気である。

高橋良典氏は、日本探検協会の面々とともにまずエジプトのスダース王碑文の解読に出かけ、そこで予想通り見事に解読。その事実から(つまり、超古代アフリカ北部の岩窟文字が超古代の神代文字の応用で解読できたという事実から)、この民族である「超古代黄色人種のクル族」が超古代エジプト文明を生み出したと考えた。

そして、見事超古代エジプト文明のツタンカーメン(=トゥトアンクアムン)の碑文を解読したのである。

上の文章にある「日経(ひふ)る」という表現、これが「日経(ひふ)る民」を意味し、このクル族がエジプトの次に居住することになった中東カナンの地の民となって、その民族が「日経(ひふ)る」=「ひぶる(hibru)」=「へぶる(hebru)」→へぶりゅー(hebrew)、すなわちヘブライになったのである。だから、古代ヘブライ語が「カタカナ=カナンの文字」と似ているのである。つまり、ユダヤ人は2500年前の古代イスラエルから始まったが、我々日本人はそれよりずっと以前の、超古代エジプト時代以前から超古代エジプト時代を経て古代イスラエルの時代につながったのである。だから、古代イスラエル失われた10支族の物語はそこに残った新興ユダヤ人(アッシリアやバビロニアの支配下に落ち、混血して白人化した民族)の書いた歴史にすぎなかったのである。日本人はさらに「東進」を続けた。お次はどこ?

超古代文字である線文字Aは「日本語(=クル族語)」であらねばならない

と、高橋良典氏は推測した。そして、アイヌ文字(=北海道異体文字)やトヨクニ文字やカタカナ(=カナン文字)などを参考にしながら解読に成功したのである。

西洋人がまだ未解決とか、謎とかいうもののかなり多くはすでに日本人の手によって解決済みなのである。

まあ、知らぬが仏。

超古代文字を日本の神代文字で解読していくと、だれもがごく自然とそういう結論に導かれるのである。
当たり前と言えば当たり前だが、まだ西洋の正史にも東洋の正史にもなっていないのだから、知る由もないのである。

高橋良典氏の研究によって分かってきたことは、日本の古事記や日本書紀の神話の時期にあたる記述、そしてそれに対応するかのように、我が国に残されてきた数々の神代文字の年代が見事に符合するということである。

言い換えれば、古事記日本書紀の神話は神話ではなく実話だった、ということである。

古事記日本書紀以前のずっと昔の日本人(=クル族)の記憶は、神話という形で遺された。そして、そのそれぞれの神話の時代に対応する年代にそれぞれの「神代文字」が存在したのである。

簡単に大雑把に言えば、日本人(=クル族)はエジプトからずっと日本まで東進の歴史を続けた非常に古い民族である。だから、古い神代文字ほど古い時代の記憶を語っているということである。

こういうことがほぼ事実であるだろうということは、それぞれの場所の超古代の石碑や神様の像などの顔形を見れば一目瞭然である。超古代エジプト王、超古代インダス文明の王、超古代の仏像(アフガン)、超古代の中国の王様、超古代の高句麗の王様などなど、ありとあらゆる場所の巨大像の顔形が我々日本人とそっくり、瓜二つだからである。

ちなみに、ここで「超古代」というのは、「約2万5千年程度前から3000年前」という意味である。「古代」というのが約3000年前のこととして話をしている。

この今から3000年前から2700年前に何か、「核戦争」のようなことがあり、そこから全世界に激動の時代に入ったようなのである。と当時に、アーリア人が全世界を攻撃した始めたのである。そういう証拠が満載である。インドのマハーバーラタ、シッチン博士のシュメール文明やメソポタミア研究などである。

問題は、超古代のクル族こと日本人が「天の浮舟」という「天駆ける船」(「高麗かけ」ともいう)、すなわち「空飛ぶ円盤」を持っていたかどうかということなのである。

実は、これが本当の失われたアークなのである。この地球上のどこかに超古代の空を飛んだはずのUFOが眠っている。アークとは本来「雷電」のこと、放電現象の意味である。だからアーク放電という言い方がなされるのである。モーゼの十戒は雷電によって書かれた。だからアークというが、十戒よりアークの方が大事なのである。何ものが雷電を撃ったのかということだからである。


この世界に名だたる謎の碑文、それも超古代のものほど神代文字で解読できるのである。

実はナスカの地上絵。これもまた神代文字で読めるというのが、高橋良典氏の大発見である。

初めに言(ことば)があった [歴史]

「ホツマツタエ」という古文書には、古事記や日本書紀のもとになったとみられる話が書かれているだけでなく、もっと深く本質的なことが書かれているらしい。

「神代の風儀 ホツマツタエ」鳥居礼 1987年

「ホツマツタエ」には天地開闢(かいびゃく)のことが記されており、日本語の48音の一音一音を神として考え、その神々が天地開闢にかかわっているとある。(P.10)

また天上高天原から、人となって地上に宿り、死後神となって地上に生まれ出ずるという、固有の転生観、死生観にもとづいている、この生死も48音神の言霊の神々の神力によってなされる。(P.23)

言霊(ことだま)というように、言葉に力があると。

朝日新聞6月24日の文化・文芸欄に、東京にある聖書図書館が30日に閉館するとの記事の中で、

広く読まれている(聖書の)現代語訳の冒頭は「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった」だが、(現存する最古の日本語聖書)ギュツラフ訳は「はじまりにかしこいものござる。この かしこいもの ごくらくともにござる。この かしこいものは ごくらく」と訳されたと。

私が資料として持っている聖書は新共同訳のハンディバイブルですが、はじめにことばがあったなんて書かれていません。なぜ?

創世記
天地の創造
初めに、神は天地を創造された。血は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。

「ホツマツタエ」と「聖書」から、「初めに言(ことば)があった」。そういうことですね。


「旧約聖書」の創世神話は、日本の伝承が伝わったものだという説も。

平田篤胤は「霊の真柱」の中で「はるか西のはてなる国々の古き伝えに、よのはじめ、天つ神既に天地をつくりおわりてのちに、つちくれを二つ丸めて、これを男女の神とし、その男神名をあだむといひ、女神の名をえはといひへるが、これ二人の神して、国土をうめりといふ説のあるは、全く、皇国の古伝の訛りと聞こえたり」とさえいっているのです。すなわち、イスラエル民族の伝承である「旧約書」の創世神話は、わが国の古典に記されたいざなぎ・いざなみの伝承が、変化して伝えられたものである、とものべています。(P.29)

日本はシルクロードの終着点と言われ、いろんな文化や人が西方や南方からやってきたとされているが、こういう考え方もあるのですね。


オンラインで読める聖書ってあるのでしょうか?日本語版と英語版があるとうれしいです.」
http://q.hatena.ne.jp/1066019813
基本的に聖書というものはギリシア語底本を用いて各国語に翻訳されてきていますので、英語版を底本とした翻訳作業が適切であるかどうかは私にはわかりません。 私はギリシア語が読めないので、英語は米標準訳、欽定訳、日本語は聖書協会の文語、口語、共同訳、日本聖書刊行会の新改訳、そしてカトリック系のエ・ラゲ訳を全て相互に参照しながら読みました。同じ聖書で同じことを書いているのに、それぞれにずいぶん受け取るイメージが違うんですよ。翻訳ですからね。

私は古代?のギリシャ語がある程度読めますし,ギリシャ語の聖書も所有しています. ですから新約にかんしては,宗派によって意図的に曲げられている解釈なども笑いながら許容できます.

あ、そうそう。Q資料。これは実に興味深いですね。4福音書の中で異色なのはヨハネだけで、マタイ、マルコ、ルカはほとんど同様のことが記述されていますから、最も初期に完成されていたとされるマルコ福音書とこのQ資料が並行して存在し、それらを元にマタイ、ルカ両福音書が書かれたという説も、これはありそうかなあと感じます。というか、4福音書よりも前に書かれていたらしい各書簡とQ資料の整合性なんていうのも、ぜひ検証してみたいところですね。

新世界訳をお持ちとは…。 少し補遺です。 Q関係では近年の本では、 失われた福音書―Q資料と新しいイエス像 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4791753216/ がスリリングでした。学会的にもあまり異端説でもないようです。 コンコーダンスは調べ治したのですが、日本語ではいいものがあ りません。 あと、「トマスによる福音書」は読まれましたか。講談社学術文庫 から廉価版が出ています(荒井先生のが)。 余談ですが、聖書は、オリエント文化の風土の観点で見ていくと、 面白いものです。例えば、旧約では人を土の器に例えるのですが、 同時代の陶芸を見ると、失敗作は壊して泥に戻すのですね。ああ いうイメージなのか、と。


1年たって読み返すと,ここでの皆さんの議論が凄く中身が濃くて最高ですね. そういえば私はギリシャ語聖書を60マルクで買いました. なのに注釈は英語... クリスチャンじゃないので平気でいろんな宗派の聖書を集めて比較しています. ギリシャ語で読むとオリジナルの解釈に強い主張を持つだけで新しい宗派が出来るのがよくわかる気がします.

司馬遼太郎は御用小説家 [歴史]

正義ではなく、政権やある勢力に指示された通りの行動を行うものたち。

御用学者、御用ジャーナリスト、御用メディア、御用裁判官、御用警察官、御用検事。

ほかにも真実ではなく、ある意図を持って書く御用小説家がいると思った。
それは司馬遼太郎。
小説であるといってもあたかも真実のように書く人。
ドラマや小説、映画ですりこまれた印象をつくがえすのはなかなか難しいことである。

日本を守るのに右も左もない
2012年08月21日
幕末の思想5 司馬史観の嘘、歴史小説家の罪
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2012/08/2324.html

このコメント欄が73件もあり、そのほとんどが同じものからなされている。
このように荒らしが多いのは、そのブログが真実をついているからだと思う。


現代日本人の抱く幕末像を形成したのは、『竜馬がゆく』をはじめとした司馬遼太郎の小説によるところが大きい。 前回の記事「吉田松陰は単なるテロリストにすぎない」にあるように、単なるテロリストにすぎない吉田松陰が偉大な思想家・教育者であるかのように捏造されたのも、司馬遼太郎の小説が一役買っている。 ところが、この司馬史観は事実に反することが明らかにされている。

この歴史観の核心は、「開国が近代化をもたらした」すなわちペリー来航が日本近代化の発端であるとして、アメリカのおかげで日本は進歩したとおもわせることにあった。

司馬の『龍馬がゆく』は、アメリカの日本史研究者であるマリアス・ジャンセンの『坂本龍馬と明治維新』(六一年発表)を参考にしている。マリアス・ジャンセンはライシャワーの弟子であり、ライシャワーの著作『日本史』の歴史観をうけついだ。司馬の歴史小説、とりわけ幕末維新をえがいたものは、ライシャワーを源流とする「日本は開国で近代化した」「個人英雄が歴史を動かす」という歴史観を忠実にとりいれた。

明治維新、あるいは近代化とは何だったのか?
その答は「共同体に立脚した江戸幕府と、共同体を破壊した明治国家」で提示されている。 すなわち、共同体の破壊と金貸し支配国家への転換である。 司馬遼太郎は『坂の上の雲』などで「日本海軍は優秀で、陸軍は無能」と謳っているが、これも、実はアメリカの手先であった旧海軍(米内光政や山本五十六)があたかも戦争に反対した平和主義者のごとく喧伝することに繋がっている。 『るいネット』「海軍の米内光政、山本五十六はロックフェラーの手先1」 とりわけ戦後は近代化や合理主義が手放しで礼賛されてきた。しかし、それは金貸し支配の進行であった。 このように歴史事実を歪曲し大衆的に流布する上で、司馬遼太郎や阿川弘之をはじめとする歴史小説家が果たした役割(罪)は大きいと言わざるを得ないだろう。


2012年08月07日
幕末の思想4 吉田松陰は単なるテロリストに過ぎない!!
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2012/08/2325.html
幕末の思想家と言えば、まずあげられるのが吉田松陰です。吉田松陰と言えば維新の志士を多数輩出した松下村塾の主宰者にして、維新の精神的支柱となった偉大な思想家、教育者であり、正義を貫き「安政の大獄」の犠牲となった悲劇の主人公。これが、私どもが学校教育、即ち公教育によって教え込まれた吉田松陰であるが、実態は全く違っていたようです。

【結論】
・このように、吉田松陰とは実は単なるテロリストに過ぎないということがわかります。 体制を批判し、悪い奴を排除すれば世の中は変わるという短絡思考の元に、幾多の暗殺計画を企てる「跳ね上がり者」です。
・明治政府を作り上げたのは薩摩と長州です。明治政府を正当化するために長州を正当化し、さらに長州を正当化するために吉田松陰を偉人として山縣有朋らが神話を広げていったという構造です。
・そして、戦後にこの神話を広げていったのが司馬遼太郎です。 「明治は偉い、幕府はダメ」「戦後は素晴らしい、戦前はダメ」という思想に立脚して書かれているのが司馬遼太郎の文章です。

わきがは古代ユダヤの末裔だったりして [歴史]

「耳垢から考察する人類の系統:はじまりの黒人は完全体」
http://kusunoki-456.blog.so-net.ne.jp/2016-11-22

こちらで書きましたが、
耳垢の乾性/湿性の割合は人種によって大きく差があり、北部の中国人や韓国人で湿性耳垢は4 - 7%、ミクロネシア人やメラネシア人では60 - 70%、白人では90%以上、黒人は99.5%が湿性耳垢であると言われている。
日本人全体では湿性耳垢の人は約16%だと言われている。
ただ日本内でも北海道沖縄と、本州の間で割合に大きな差があり、北海道のアイヌ民族では約50%が湿性耳垢であるとの報告がある[2]。

「日本史のタブーに挑んだ男 鹿島昇 その業績と生涯」松重揚江 2003年 たま出版
失われた古代ユダヤ12士族の行方
P.262 古代ユダヤ10部族のうち、8部族と1支族は日本に来ている
ユダ族、ダン族、ゼブルン族、シメオン族、レビ族、ルペン族、ヨセフ族、ガド族、イッサカル族は日本に来ているとしている。

日本人を縄文人と、弥生人にわける分類はなんとなくちがうのではないかと思う。

ワキガの人のルーツが、古代ユダヤだったら面白いかなと思った。

学校でも会社でも電車でも肩身の狭い体臭だが、白人や黒人はほとんどそうらしい。

ユダヤといっても、本来の古代ユダヤ人は有色人種で、黄色人種系である「スファラディ・ユダヤ人」。
現在世界有数のお金持ちであるユダヤ人は、白人系である「アシュケナージ・ユダヤ人」だそうである。


「日本人の覚醒
偽ユダヤ人(白人)の起源」
http://kabukachan.exblog.jp/21496340/
自らアシュケナジー系ユダヤ人であった有名な思想家アーサー・ケストラーは、「白人系ユダヤ人の謎」に挑戦した。彼は若い頃からユダヤ問題に関心を持ち、シオニズム運動に参加し、ロンドン・タイムズのパレスチナ特派員を経て、1957年にはイギリス王立文学会特別会員に選ばれていた。彼は白人系ユダヤ人のルーツを丹念に調べ、1977年に最後の著書として『第13支族』を著した。彼はアシュケナジー系ユダヤ人の歴史のカラクリを指して、歴史が犯したひどいジョークだと言っていたという。

アシュケナジー系ユダヤ人N・M・ポロックは、自然科学の教科書の翻訳者であり、出版会社から頼まれて本の校正もしていた学者であった。その彼が1966年8月、イスラエル政府に抗議したことがあった。彼はその当時のイスラエル国内の60%以上、西側諸国に住むユダヤ人の90%以上は、何世紀か前にロシアのステップ草原を徘徊していたハザール人の子孫であり、血統的に本当のユダヤ人ではないと言ったのである。

イスラエル政府の高官は、ハザールに関する彼の主張が正しいことを認めたが、後にはその重要な証言をもみ消そうと画策。ポロックは自分の主張を人々に伝えるため、その生涯の全てを費やしたという。

このように「アシュケナジー系ユダヤ人」は、『旧約聖書』に登場するユダヤ人(セム系民族)とは「血縁的に全く関係のない民族(ヤペテ系民族)」であり、国をあげてユダヤ教に大改宗して以来、現在に至るまで"ユダヤ人"になりきってしまっているのである。

「アシュケナジー系ユダヤ人」が非セム系民族であるとすると、現在、世界中に散らばっている"ユダヤ人"と呼ばれている人間の90%以上が、本来のヘブライ人とは全く関係のない異民族ということになってしまうが、これは恐るべき事実である。この「ニセユダヤ人問題」(ちょっと言葉が悪いが)が世界史のタブーであることがうなずけよう。

Commented by 浅野雄一郎 at 2016-06-20 18:42 x
アシュケナジーユダヤやイスラエル国ではユダヤ教に改宗したものか、母親がユダヤ人ならその人はユダヤ人と規定している。つまり血統は唯一母親からしか証明されない。またまじめなユダヤ教徒であれば いいということである。ここにイスラエル国とアシュケナジーユダヤの苦し紛れのいい加減な考えがある。第一、古代ユダヤはすべて男系男子を跡継ぎとした、これは男子にしかないY染色体のなかにある YAP遺伝子が血統的な証明であるからである。古代ユダヤ王朝の一族である日本の天皇家があくまで男系男子の家系にこだわるのはこのためであり、男尊女卑などという浅はかな民主主義の思想では 到底わからないのだ。ましてやユダヤ教徒であればいいというに及んでは自らを否定しているに等しい。つまりソロモン、ダビデの正当なる王家の血筋とイスラエル12族の全家はあくまで碧眼で白色肌の 人種ではない、あまりにも明確なことであり聖書にもある偽ユダヤそのものである。かわいそうだがアシュケナジーユダヤは人類最後の悪役で終わる獣である。

「【2233270】米国の衰退とともに日本人が古代ユダヤ人である事が証明される日が近い」
http://www.inter-edu.com/forum/read.php?1671,2233270,page=16

ホトトギスの里のブログ
「日本人特有の遺伝子とは?日本人と韓国人は赤の他人。」
https://ameblo.jp/hototogisunosato/entry-11793465784.html
島国であり人の出入りが少なかった日本人は、世界でも稀な古代血統とされるY遺伝子D系統を多く持つ人種である。
日本人は、世界でも稀な古代血統とされるY遺伝子D系統を多く持つ人種日本人はY染色体DNAのD系統を高頻度で持つ事で有名である。
世界的にもチベット人や中近東の人だけがこのDNAをもっているが、他の世界のどこにもほとんど存在しない。
さらに日本のすぐ近くの朝鮮半島や中国人が南方系O系統であり、孤立したD系統を持つ日本人の異質さが際立って見える。
またこのD系統は、アジア人種よりも地中海沿岸や中東に広く分布するE系統の仲間であり、Y遺伝子の中でも非常に古い系統である。
日本人3集団が持つD系統を持たない韓国人は赤の他人と結論できる。
日本人は世界でも数少ないD系統を引き継ぐ人種であると同時に、数少ない古モンゴロイドの末裔である。

原爆は日本人が発明? [歴史]

あっちの本と、こっちの本で、原爆は日本人の博士が発明したといっている。


「霊界物語の「竜」と「爬虫類人」邪神=レプティリアンの地球支配と改造の経綸書」狭 依彦 徳間書店 2008年

P.32
原爆の発明
原始爆弾は日本の博士が発明して「日本は人道上使えぬ」といってドイツへやった。それをドイツでも使わず、アメリカに使われたのである。悪いことばかり考えるから、日本に落とされたのだ。日本人が造ったから日本に落ちた。(昭和20年9月4日)「新月の光(下)」


「ユダヤは日本に何をしたか -我が愛する子や孫へ語り継ぎたい- 」渡部 悌治 2003年 初版第1刷 成甲書房
P.35
国賊・湯川秀樹
金属研究所の一助手が失踪した当時は、大東亜戦争もたけなわであり、研究所内に不審火や盗難事件が頻発していた。だが警察の手では、原因の調査も犯人の検挙もできないでいた。研究所の成果を狙う方法もボヤ騒ぎの利用などではなく、正面から堂々と地方名士の名を連ねてやってきたりもした。当時は極端に食料の不足していたときだったので、空腹をかかえては研究員たちも十分に研究もできまいという触れ込みで、東亜連盟の者たちやロータリー・クラブの会員たちが先導して、慰問団と称して大勢のスパイを繰り込ませていた。
戦時中、日本で一日も早くその完成が待たれていた、マッチ箱一つの大きさで戦艦一つを沈めうるといわれていた新兵器は、今日いう原子爆弾のことであった。そして仁科芳雄博士の研究では、実験段階ではすでに完成していた。しかし、その基礎理論が完結をみないでおり、理研内では研究員たちが手分けして研究にあたっていた。それが一応のまとまりをみたとき、これをひとつの学説として発表してはどうかという案も出たが、軍の機密に属することでもあり、早計に外部に洩らしてはならぬという仁科博士の意見で発表は厳禁されていた。ところがそれを、当時理研にいた研究補助員の湯川秀樹が米国に売り渡したのである。米国は終戦後、湯川の功績の論功行賞としてノーベル賞を授与させている。日本の利益にはならず、米国のためになったことで褒美がもらえたのだ。まさに国賊である。


https://ja.wikipedia.org/wiki/日本の原子爆弾開発

https://ja.wikipedia.org/wiki/仁科芳雄
仁科 芳雄(にしな よしお、1890年(明治23年)12月6日 - 1951年(昭和26年)1月10日)は、日本の物理学者である。岡山県浅口郡里庄町浜中の出身。日本に量子力学の拠点を作ることに尽くし、宇宙線関係、加速器関係の研究で業績をあげた。日本の現代物理学の父である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/湯川秀樹
湯川 秀樹(ゆかわ ひでき、1907年(明治40年)1月23日 - 1981年(昭和56年)9月8日)は、日本の理論物理学者。
京都府京都市出身[1]。
原子核内部において、陽子や中性子を互いに結合させる強い相互作用の媒介となる中間子の存在を1935年に理論的に予言した。1947年、イギリスの物理学者セシル・パウエルが宇宙線の中からパイ中間子を発見したことにより、湯川の理論の正しさが証明され、これにより1949年(昭和24年)、日本人として初めてノーベル賞を受賞した。

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話題はかわりますが、

太田隆文監督の「朝日のあたる家」製作日記
「20年前「オウムに入る奴の気持ちは分からない」といっていた友人の今。 信者だけでなく、日本人は皆、マインドコントロール? 」
http://cinemacinema.blog.so-net.ne.jp/2015-02-01-1
上からの指示には逆らわず。嫌なことでもおとなしく従う。「考えても仕方がない」と考えるのを止める。難しい連立方程式は解けても、世の中の矛盾を考えようとはしない。
つまり、学歴は高くても、考えることをしない大人が大量に育てられた。それによって企業は大きな収益を上げて日本は経済大国になった。が、同じことをしてきた後追いのアジアの企業に抜かれてしまった。

もう、今まで通りにはいかない。なのに、高度経済成長時代と同じことしているのが、この国だ。でも、もう1億総中流にはなれない。だから、一部の金持ちがより金持ちになるという政策が進められている。貧乏人はより貧乏に。
しかし、14年に渡る教育で「考える」という力が育てられいない。与えられることを受け止めるだけでは、最後に泣くことになるだろう。考えて、考えて、「本当に大切なことは何なのか?」「自分は何をすべきか?」それを見つけることが、21世紀を生き抜く上で必要なのだと思える。

ハンガリー元首に日本の皇族を希望 [歴史]

「四王天延孝 回顧録」昭和39年 みすず書房

ハンガリー人が、ハンガリーの元首に日本の皇族が欲しいと申し入れがあったそう。(1926年ごろか?)
なんで、日本の皇族を?と思うが、ハンガリーは蒙古方面と血のつながりがあり、ツュラン民族の関係で日本とも縁が深い、と書かれていた。

現在ハンガリーの方に、モンゴロイドがたくさんいるなんて聞いたことがないが、混血が進んでいてわからないのだろうか。
四王天がいったときすでに、見た目からはモンゴロイドとのつながりはわからなかったようだ。


P.178
ハンガリヤに入り、首都ブダペストにいくと、そこには永く居住してマジャール語に精通する今岡くんがおられ、いろいろ有益な話を聞いた。すなわちあそこは革命後提督ホルティが摂政となっていて君主もなく大統領もない。訳を聞くと共和政は人民が喜ばない、さりとてハプスブルグ家の王族も復辟(ふくへき:退位した後になって君主(=辟)にまた戻ること)さしたくはない、願わくば日本の皇族をお一方頂戴してこれを元首に仰ぎたい。できるなら当時英国に御留学中の皇弟秩父宮様を頂きたいという運動が起こり、公使赤塚正助さんまで内密申し入れがあったという。なぜこんなに日本人に好意をもつのか不審だったが、あすこのパノラマ館に行ってみると、建国の歴史が歴史だけあって蒙古方面と血のつながりがあり、いわゆるツュラン民族の関係で日本とも縁が深いというのである。それどころか日露戦争で日本がロシアに勝ったことはひどくこの国の人々を喜ばせたので、日本人でも覚えていない明治37年8月10日の黄海の会戦まで覚えている。奉天戦や日本海海戦の年月日などはもちろんよく知っているそうである。(第2次世界大戦で日本が一敗地に塗れたことは心あるハンガリア人はさぞ嘆いているであろう。もちろん。目下ソ連邦の衛星国となり、共産謳歌の現状ではそんなことはおくびにも出せず沈黙していることであろう)


https://ja.wikipedia.org/wiki/ハンガリー語
ハンガリー語/マジャル語(ハンガリーご/マジャルご、magyar nyelv)は、主にハンガリーで話されている言語。現在はハンガリーのみで公用語となっている。ハンガリーでは住民の93.6%(2002年)がハンガリー語を話し、国語化している。原語呼称である「マジャル語」の転訛からマジャール語と呼ばれることもある。旧来は洪語と略した(オーストリア=ハンガリー帝国は墺洪帝国と記載されることもあった)。
ハンガリー語は、形態的には膠着語に分類され、母音調和の原則を持つ点で、同じウラル語族のフィンランド語や、アルタイ諸語と呼ばれるトルコ語、モンゴル語、また朝鮮語や日本語などとも共通する特徴を持つ。

私の外国語遍歴と感じた世界
「マジャール語と日本語の類似点!?」
http://gaikokugo-henreki.blog.so-net.ne.jp/2014-03-16
その時知っていた英語やスペイン語とは、 全く似ていない言語であったからです。
マジャール語で特に印象に残っているのは、まず第一に、 名前の語順が日本人の様に姓名の順に表示されることです。
また、第二として、住所の表示も日本語と同じで、 国県市~番地という順番で、例えば英語圏のように、 通りの番地から始まって国で終わるという順番ではないということです。
ハンガリー人はフン族の子孫であるという説も有りますが、 その根拠となる資料は無いようです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ツラン人種
中央アジアのトルキスタン(ツラン)を中心に分布する人種。顔が長く、頬骨は突出し、大きくない鼻などの特徴を持ち、コーカソイドとモンゴロイドの混血である。
ウラル・アルタイ語族(ツラン語族)を話す人々を人種としてとらえる概念。ウラル・アルタイ系民族を参照。

「【ハンガリーと日本は祖先を共有】」
https://ameblo.jp/wamichi/entry-12176940245.html
日本人とハンガリー人は
血統的にもルーツを辿ると繋がるそうです。
1000年以上前にアジアの草原からハンガリーへやってきた「マジャール人」という人々がハンガリー人の祖先です。
ハンガリーに移動したグループはハンガリー人になったというのです。
中央アジアにいたグループが日本に渡り日本へ。
また、騎馬民族の象徴の移動式住居「ゲル」に13世紀頃まで住んでいたといいます。
そして日本ではお馴染みの馬に乗って弓を射る「流鏑馬」がありますね。
それは、ハンガリーでも国民的な競技としてお祭りなどで披露されています。

敏腕ビジネスマンなら押さえておきたいテレビ情報
「2015年06月30日
未来世紀ジパング|知られざる親日国「ハンガリー」」
http://colaryourlife.seesaa.net/article/421556858.html
共通点2|お辞儀・名前
また、お店で買い物をして会計をすませると店員さんがお辞儀をしました。ハンガリーにもお辞儀の習慣があるのです。そしてその店員さんが差し出し名刺をみると、名字が先で名前が後、日本と同じ名前の順番になっています。ヨーロッパでは、ハンガリーが唯一の国です。

その理由は、ハンガリー国立アカデミーに残されていました。ハンガリー人は歴史的にアジア系の言語を使ってきたといいます。それは中央アジアにいたひとが日本に渡り日本人に、ハンガリーに移動しハンガリー人になったというのです。つまり、日本人とハンガリー人のルーツは同じということです。

1000年以上前にアジアの草原からハンガリーへやってきた「マジャール人」という人々がハンガリー人の祖先です。その証拠に騎馬民族の象徴の移動式住居「ゲル」に13世紀頃まで住んでいたといいます。そして日本ではお馴染みの馬に乗って弓を射る「流鏑馬」は、ハンガリーでは国民的な競技としてお祭りなどで披露されています。

秩父宮殿下が英国でユダヤ人家庭にお世話になっておられた? [歴史]

「四王天延孝 回顧録」昭和39年 みすず書房

ひっかかったことは、(大正12、13年ごろ)、秩父宮殿下が英国に留学されるときに、ユダヤ人のところにお世話になっていたことです。
イギリス人のお宅ではなく、ユダヤ人のお宅なのですね。
イギリスでもお金持ちはユダヤ人で、アメリカでもお金持ちはユダヤ人ということですかね。

P.153
宮内省講演
宮内省というても、次官以下の高級役人二十名ほどであった。問題は思想についてであり、質問に応じユダヤ問題にも及んだ。そこでこちらから質問したのは、秩父宮殿下が近く御渡欧になるそうだが、我々に不可解のことがふたつある。一つは英国にご留学というのだが、なぜそのほかの国々を遍歴されずに、一国に永く留まることにされたか、大学なれば日本の大学で充分と思われるが如何。また坊間伝うるところでは特にユダヤ人の上流のところに、ご寄寓(一時的によその家に身をよせて世話になること)になるということだが、その狙い所を承りたいと率直に次官に尋ねたが、我々では何ともご返事はできかねる。牧野(伸顕)大臣に直接尋ねられぬか。その都合良き日取り如何などの話がでたから、陸軍の方はいかようにも都合をつけるが、10月22日夕、閑院宮邸の約束だけは変更できぬが、横浜出帆までいつでもよろしいと申し込んだ。ついになんらの沙汰もなく出発に至った。



「2013.09.16
私たちの先輩たちは知っていた」
http://www.maroon.dti.ne.jp/gokyo/diary2013/d-2013-09-16a.html
1900年から1943年にかけてのユダヤ、またはフリーメイソン研究の本が29冊挙げられている。

とにかくこのように、私達の先輩達は少なくとも大正期から「ユダヤ(猶太)」やら「フリーメーソン(マッソン秘密結社)」やらについてこれだけの本を出していたのです。しかも、上はその書名を一目見て分かるものだけを挙げたので、書名には顕われていないが同内容のものを加えれば、リストはこの何倍かになる筈です。