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藤原氏の出自を「新撰姓氏録」で探してみる [歴史]

藤原氏の出自を「新撰姓氏録」で探してみると、なんと神が祖先のところに書かれていました。
だからといって、これをまるまる信用はできませんが。

「新撰姓氏録」は、祖先が誰であるかを、(1)祖先が天皇、(2)祖先が神、(3)その他というように分けていますが、藤原氏は祖先が神であるとなっています。

「新撰姓氏録」のP211 左京神別上 天神のところに
藤原朝臣 津速魂命三世孫である天児屋命より自出 ー> 天児屋根命と書いた版もある
     二十三世孫内大臣 大織冠中臣連鎌子(古記伝 鎌足)
     天命開別天皇(天智)八年 藤原氏を賜う ー>668年
     男正一位贈太政大臣不比等
     天渟中原瀛真人天皇(天武)十三年 朝臣姓を賜る ー>684年

「新撰姓氏録」が書かれたのが弘仁六年、815年。

https://ja.wikipedia.org/wiki/天児屋命
神社の祭神としては天児屋根命とも表記される。春日権現(かすがごんげん)、春日大明神とも呼ぶ。居々登魂命(こごとむすび)の子で、妻は天美津玉照比売命(あめのみつたまてるひめのみこと)。天押雲命の父。
岩戸隠れの際、岩戸の前で祝詞を唱え、天照大神が岩戸を少し開いたときに太玉命とともに鏡を差し出した。天孫降臨の際瓊瓊杵尊に随伴し、古事記には中臣連の祖となったとある。 名前の「コヤネ」は「小さな屋根(の建物)」の意味で、託宣の神の居所のことと考えられる。 また、江戸時代後期の国学者・平田篤胤の説では、この神は思兼神と同一神であるとしている。
中臣連の祖神であることから、中臣鎌足を祖とする藤原氏の氏神として信仰された。祝詞の神、出世の神ともされる。 中臣神社(京都市山科区)、枚岡神社(大阪東大阪市)、春日大社(奈良県奈良市)、吉田神社(京都市左京区)などに祀られている。また、全国の大鳥神社に祀られる「大鳥連祖神(おおとりのむらじのおやがみ)」は天児屋命と同神とされることがある。

「藤原氏の悪行」関裕二 には、P53
藤原氏自身が天児屋命を尊重していないと書いています。
関東鹿島神宮から春日大社に祭神を勧請している。それが武甕槌命、経津主命で、中臣氏と本来関係ない神々である。それなのに天児屋根命よりも重視していると。

確かに直接の祖先のほうが大事ではと思います。

https://ja.wikipedia.org/wiki/春日大社
本殿は春日造で4棟並んで立っており、第一殿に武甕槌命、第二殿に経津主命、第三殿に天児屋根命、第四殿に比売神が祀られている。

多くの役職を独占し、天皇の嫁になってきた藤原氏。
藤原でなくても、「藤」のつく、加藤、佐藤、近藤、遠藤などはみな藤原氏。

京都の公家、近衛、鷹司、九条、西園寺、徳大寺、岩倉、三条、これらはみな中臣(藤原)鎌足の末裔である。明治維新後華族の仲間入りを果たした(「藤原氏の悪行」P.3)
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天皇の和風諡号? [歴史]

天皇の名前は、天武天皇、持統天皇などのように大抵漢字二文字または漢字三文字ですが、和風諡号(しごう)なるものがあるのですね。
漢字2、三文字の方を漢風諡号(かんふうしごう)という。

漢風諡号ばかり聞いていて、和風諡号のほうはまったく聞きません。

https://okurina.jimdo.com/神武天皇から昭和天皇まで/
歴代の天皇のお名前には「諱(イミナ=実名)」のほかに「諡号(しごう)」「追号(ついごう)」「尊称(そんしょう)」などがあり、諡号にも漢風諡号と和風諡号があります。

『日本書紀』によれば、神武天皇の諱(イミナ=実名)は「彦火火出見(ひこほほでみ)」で和風諡号は「神日本磐余彦天皇(かむやまといはれびこのすめらみこと)」です。また、「始馭天下之天皇(はつくにしらすすめらみこと)」とも尊称されますが、この読みが第10代「崇神天皇(すじんてんのう)」の尊称「御肇国天皇(はつくにしらすすめらみこと)」と同じ読みのため、初代天皇を崇神天皇だとする異説もあります。

漢風諡号は、初代神武天皇から第44代元正天皇(弘文天皇・文武天皇は除く)までは、弘文天皇の曾孫・淡海三船(おおみのみふね 722〜785)が勅令により、一括して選定されたといわれています。

ええっ
神武とか、仁徳とかいう名前は、後付けでまとめてつけられたんですね。
そうすると、天皇陵を調査してもそんな名前は出てこないし、古文書にもそんな名前ででていないということ。
これもまた歴史をわかりにくくしている操作を感じます。

 和風諡号は第53代「淳和(じゅんな)天皇」を最後に止み、漢風諡号は第58代「光孝(こうこう)天皇」を最後に止みました。(崇徳(すとく)、安徳(あんとく)、順徳(じゅんとく)天皇を除く) 
 その後は、例えば「平城(へいぜい)」「一条(いちじょう)」「嵯峨(さが)」天皇など生前の宮所や御座所(おましどころ)など縁(ゆかり)の地名を根拠に尊称とする追号が全体をしめるようになりました。

どうも藤原氏とかがくさいのですよね。
歴史をいじっている。

「なぜ日本書紀は古代史を偽装したのか」関裕二 実業之日本社
によると、(P.113)天武天皇のためにかかれたと信じられてきた「日本書紀」は実際には持統天皇や藤原不比等のために書かれていたのであり、しかもこの事実がうまくカモフラージュされている。

https://okurina.jimdo.com/神武天皇から昭和天皇まで/
 そもそも「天皇」という語の成立は、7世紀前半の推古朝説と近年では7世紀後半の天武・持統朝説があり、公的な称号として用いられたのは第40代天武天皇時代(673〜686年在位)のようです。

 実際に天皇に和風諡号が最初に適用されたのは、第41代の女帝「持統天皇(690〜697年在位)」で703年に崩御(ほうぎょ)され、翌年に「高天原広野姫天皇(たかまのはらひろのひめのすめらみこと)」が贈られました。この「高天原広野姫天皇」の諡(オクリナ)は、高天原(たかまのはら)の主神「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」を暗示しているかのようです。
 最初に実際に天皇へ漢風諡号が適用されたのは、第42代「文武天皇」からです。

「和風諡号が最初に適用されたのは、第41代の女帝」?
これはおかしい。第一代から和風諡号があるのに。

「高天原広野姫天皇(たかまのはらひろのひめのすめらみこと)」、私が正当な後継者ですといわんばかりの和風諡号です。

古代日本史の謎解明を試みる
【古代日本64】天皇の和風諡号で見る系統のデタラメ
https://ameblo.jp/osu-taro/entry-11959383042.html
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー転載開始
なぜ古事記を使ったというと、尾須太郎は古事記は太人長が書いた説支持者であり、
彼は日本書紀とあえて記述を変えることで、
その差分で何かしらに気づいて欲しいとシグナルを出しているように思っているからだ。

<中巻>
神倭伊波礼毘古命(かんやまといわれびこのみこと)神武天皇
神沼河耳命(かんぬなかわみみのみこと)綏靖天皇
師木津日子玉手見命(しきつひこたまてみのみこと)安寧天皇
大倭日子鍬友命(おおやまとひこすきとものみこと)懿徳天皇
御真津日子可恵志泥命(みまつひこかえしねのみこと)孝昭天皇 
大倭帯日子国押人命(おおやまとたらしひこくにおしひとのみこと)孝安天皇
大倭根子日子賦斗迩命(おおやまとねこひこふとにのみこと)孝霊天皇
大倭根子日子国玖琉命(おおやまとねこひこくにくるのみこと)孝元天皇
若倭根子日子毘々命(わかやまとねこひこおおびびのみこと)開化天皇
御真木入日子印恵命(みまきいりひこいにえのみこと)崇神天皇
伊久米伊理毘古伊佐知命(いくめいりびこいさちのみこと)垂仁天皇
大帯日子於斯呂和気天皇(おおたらしひこおおしろわけのすめらみこと)景行天皇
若帯日子天皇(わかたらしひこのすめらみこと)成務天皇
帯中日子天皇(たらしなかつひこのすめらみこと)仲哀天皇
品陀和気命(はんだわけのみこと)応神天皇

<下巻>
大雀命(おおさざきのみこと)仁徳天皇
伊邪本若気王(いざほわけのみこ)履中天皇
水歯別命(みずはわけのみこと)反正天皇
男浅津間若子宿迩王(おさつまわくごのすくねのみこ)允恭天皇
穴穂御子(あなほのみこ)安康天皇
大長谷若建命(おおはつせわかたけのみこと)雄略天皇
白髪大倭根子命(しらかのおおやまとねこのみこと)清寧天皇
石巣別命(いわすわけのみこと)顕宗天皇
意富迩王(おおけのみこ)仁賢天皇
小長谷若雀命(おはつせのわかさざきのみこと)武烈天皇
袁本矛命(おほどのみこと)継体天皇
広国押建金日王(ひろくにおしたけかなひのみこ)安閑天皇
建小広国押楯命(たけおひろくにおしたてのみこと)宣化天皇
天国押波琉岐広庭天皇(あめくにおしはるきひろにわのすめらみこと)欽明天皇
沼名倉太玉敷命(ぬなくらふとたましきのみこと)敏達天皇
橘豊日王(たちばなのとよひのみこ)用明天皇
長谷部若雀天皇(はつせべのわかさざきのすめらみこと)崇峻天皇
豊御食炊屋比売命(とよみけかしきやひめのみこと)推古天皇

見てびっくりなくらいの使用漢字や呼称の違い。
普通使用漢字や呼称は統一されるはず。

漢字の伝来時期は複数説あるが、
つまりある段階で漢字が使われたとしたら、
それ以前の漢字の使用方法は統一されるはずだし、
古代の朝廷でも官僚は基本前例主義の人たちなので、後世もそれに合せるはずだ。

なにより、和風諡号が初めて贈られたのが持統天皇とされており、
つまり、それ以前の天皇の呼称をある程度揃えることができたはずであるにもかかわらず、
日本書紀も古事記も使用漢字も呼称がマチマチであるのはおかしい。

とした場合、これだけの漢字の使用方法のユレは何を意味するのだろうか。

また、同じような名前が間を空けて現れるし、
親子や兄弟とされる人間でも漢字や呼称がことなっていたり、
中には王(みこ)で命(みこと)ではない天皇もいるなど、
明らかに不自然だ。

そして、独特の人物である欽明天皇と景行天皇~仲哀天皇に天皇が付いているのも不可解。
で、あとは地味な崇峻天皇にも。
ちょっとこれを考えてみたいと思う。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー転載ここまで

たしかに「命」といったり、「王」といったり、「天皇」といったり統一されていない。
違いがあるということ。
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地名を変えることの恐ろしさ [歴史]

中学の時に使っていた歴史地図・年表を見ていて、明治の初めに廃藩置県(1871)で藩がなくなり、県となるまでの地名は8世紀頃から、千年以上もずっとほとんど同じ行政区分だったんだなと知りました。

20170818-1.JPG

千年以上も使ってきた地名を、歴史をわからなくしてしまいたいグローバル金権勢力によって変えられてしまった。

20170818-2.JPG
こちらは廃藩置県後の地名ですが、それもまた今とは違う。

その後も知っている限りでは、昭和の大合併で、うちの実家の村は合併して町になり、平成の大合併で市となりました。

特に平成の大合併では、ひらがなの市が誕生したり、あやうく「セントレア」という市が誕生しそうになったりと、歴史学者ではない人が市名をつけたので、知らないけど突拍子も無い名前の市もできていそうです。

短い間にくるくると地名が変わり、歴史で追うことが容易ではなくなります。

漢字を廃止し、ハングルしか読めなくなった韓国人と同じように、日本も漢字廃止の危機がありました。
文字と同じように、地名も大切にしなければと思います。
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太田龍 二・二六事件の真相、全面開示 [歴史]

二・二六事件の真相をデビッド・バーガミニの著書『天皇の陰謀』の日本語版序文(ただし1983年発行の新書版のみ)でわかったと、太田龍氏が講演しています。
バーガミニはこれを書くことで日本から非難を受けることは予想していたが、アメリカからも敵視されるとは想像していなかったと。この著作のせいで文筆活動を断たれることになったと。
なぜアメリカからも非難されるのか、そこが重要なところだと。


2013.05.07の記事です。
情報速報ドットコム
「【陰謀】太田龍 二・二六事件の真相、全面開示!天皇の戦争責任を書いたバーガミニと密謀」
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-164.html

デビッド・バーガミニ(David Bergamini 1928~1983)は、アメリカでベストセラーになった1971年の著書『天皇の陰謀』の日本語版序文(ただし1983年発行の新書版のみ)で、「私はこの著作のせいで文筆活動を絶たれることになった」と書いている。この序文は、非常に重要だが、誰も指摘していない。バーガミニを抹殺するために、200~500万ドルの賄賂・監視料が使われた。日本政府から出た資金ではない。エドウィン・ライシャワー駐日大使(妻は松方正義の孫・松方ハル)を中心とする米国エリート勢力だった。また、アメリカの主だった学者は、揃ってバーガミニをインチキ扱いしている(日本研究の権威だったライシャワーの影響力によるものだろう)。

バーガミニ本人は、昭和天皇・裕仁の戦争責任を暴いたつもりだった。したがって、日本から非難を受けることは想定していたが、祖国アメリカから称賛はされても、まさか攻撃を受けるとは思っていなかった。その結果、バーガミニは、愛国心を喪失したと書いている。

どうして天皇のことを暴くと、アメリカ国内の勢力から攻撃を受けるのか? それは、裕仁がイルミナティの養成したロボットであり、ザビエル以来の日本破壊の計画を完成する重要な役割を担っていたからである。裕仁は「平和を愛したが軍部に押し切られた無力な天皇」でなければならなかった。

こちらには太田龍講演の全文書き下しがあります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「太田龍 226 ブログ」で検索するとたくさんでてきますが、
以下のブログにそのyoutubeへのリンクがあります。

「生活の党と山本太郎と仲間たち」応援ブログ
太田龍 二・二六事件の真相、全面開示 (14)
http://yasuharu2810.blog41.fc2.com/blog-entry-81.html

『この地球に山や森は存在しない』プラトンも記す [歴史]

「超古代世界王朝の謎」高橋良典 日本文芸社 平成六年

P.107に、アトランティス人は、「生命の樹」「世界樹」信仰を、持っていたとプラトンは記しているそう。
プラトンは紀元前427-347で、著作「クリティアス」「ティマイオス」で、アトランティス文明について述べたと。

高橋良典氏は、アトランティスというのは、アッシリア帝国ではないだろうかという。
プラトンの記すアトランティス帝国の政治体制や軍事技術、社会構造などを調べているうち、このアトランティスは紀元前700年ごろのアッシリア帝国だと気づいたと。

「『この地球に山や森は存在しない』 (前編)」
https://www.youtube.com/watch?v=aW14RAJ35vs

巨大な木は、プラトンも記し、ホツマツタエにも超古木の記述があるということ。
おもしろいです。

比婆山 BSプレミアム 百名山 [歴史]

7月3日放送のBSプレミアム 百名山 比婆山を見ました。

広島県比婆山連峰を登りながら、主に植物を紹介する感じでした。

先日のやりすぎ都市伝説のあばれる君が訪れた巻物のある神社 熊野神社から出発して竜王山ー立烏帽子山ー比婆山ー烏帽子山ー吾妻山と踏破していました。
高低差もあまりなく、わりと登りやすそうに思いました。

これを見て思ったのは、竜王山だけ、山頂がかなり平らな事です。
そして山頂には大きな木が生えていなくて、草ばかりです。
だからとても見通しが良いです。

これを見て、
「『この地球に山や森は存在しない』 (前編)」
https://www.youtube.com/watch?v=aW14RAJ35vs
このyoutubeのウユニ塩湖とか、テーブルマウンテンのように、竜王山の山頂は真っ平らに切り取られているように思いました。
少し表土を剥がすことができるなら、もしかしたら、柱状節理がみられるかもしれません。


「竜王山 採石場」で検索すると、たくさん見つかります。
竜王山は砕石に適した石質かもと思うとおもしろい。

ところで比婆山って、広島県と島根県のふたつがあるのですね。
最初は、県境で同じ山の広島県側と島根県側があるのだろうと思ってましたが、地図を見るとまったく別の山です。

http://www.hibayama.com/---------oy7p5" target="_blank">http://www.hibayama.com/---------oy7p5
島根県安来市の比婆山は、柱状節理もあり、ストーンサークルもある。
そしてこちらはいざなみの里というそう。

https://ja.wikipedia.org/wiki/比婆山久米神社
天平5年(733年) 2月30日「久米社」『出雲国風土記』
明治4年(1871年) 熊野神社と名称を変更

うーん?
明治になって名前を変更させられた。
なにか隠されている気がします。


https://ja.wikipedia.org/wiki/熊野神社
熊野神社は3000ほどあるそう。
島根県松江市の熊野大社は、熊野三山とは別の神を祀る神社とされるが、この神社から和歌山の熊野三山に勧請されたとする説もある。御坊市にある熊野神社(いやじんじゃ)はこの説に基づいている。島根県(旧・出雲国)安来市に古事記に記された伊邪那美神の神陵地があり、久米神社となっているが、別名は熊野神社とも言われている。

「東三河の秦氏 その24 徐福伝承の謎」
http://suisekiteishu.blog41.fc2.com/blog-entry-1305.html
熊野権現神領宝物云々の項の最終行に、「此社司ハ任前例秦ノ子孫守之」とあります。長山熊野神社の宮司は代々秦氏が務めていたと判断される記述です。秦氏が熊野権現(徐福の霊)を長山の郷に勧請したのですから、宮司は秦氏が務めていたと考えて特に問題はありません。
このブログの方は、秦氏についてかなり詳しく調べられています。

ヒバゴンの巻物に国常立尊の名が!!!やりすぎ都市伝説 20170630  [歴史]

やりすぎ都市伝説SP 2017夏 的場浩司 6月30日 170630 #(1/3) [AKB] Clip
https://www.youtube.com/watch?v=FnuM64WtDu8

広島県の比婆山でかつてヒバゴンと呼ばれる怪物が目撃されたことがあるという情報であばれる君が取材に行っていました。
そこの比婆山熊野神社に伝わる巻物に、ヒバゴンらしき怪物の絵があるとのことで、紹介されていました。

48:08あたりから

テレビではなにも触れていませんでしたが、なんとその巻物に
「国常立尊」の文字が!!!!
「天御中主尊」の名も。
その横に黒い生き物が描かれています。

続きには、「国狭土尊」
これは「国狭槌尊(くにさつちのみこと)」!!!

「豊斟渟尊」も!!!!
「泥土煮陽尊」の文字もあります。これはだれ?

この巻物はすっっっっごく重要な巻物では!!!!
天地開闢の話なのでは!!!!
誰か古文書読める人お願いします!!!

20170701-1.PNG

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https://ja.wikipedia.org/wiki/国之常立神
国之常立神(くにのとこたちのかみ)は、日本神話に登場する神である。日本神話の根源神として一部神道・新宗教で重要視されている。『日本書紀』においては、初めての神とされる。
『古事記』では国之常立神、『日本書紀』では国常立尊(くにのとこたちのみこと)と表記されている。別名、国底立尊(くにのそこたちのみこと)。神名の「クニノトコタチ」は、日本の国土の床(とこ、土台、大地)の出現を表すとする説[1]や、日本国が永久に立ち続けるの意とする説など、諸説ある。
天地開闢の際に出現した神である。『日本書紀』本文では、国常立尊を最初に現れた神としており、「純男(陽気のみを受けて生まれた神で、全く陰気を受けない純粋な男性)」の神であると記している。他の一書においても、最初か2番目に現れた神となっている[2]。『古事記』においては神世七代の最初に現れた神で、別天津神の最後の天之常立神(あめのとこたちのかみ)と対を為し、独神(性別のない神)であり、姿を現さなかったと記される。『記紀』ともに、それ以降の具体的な説話はない。
『日本書紀』では最初、『古事記』でも神代七代の最初に現れた神とされることから、始源神、根源神として神道理論家の間で重視されてきた。伊勢神道では天之御中主神、豊受大神とともに根源神とし、その影響を受けている吉田神道では、国之常立神を天之御中主神と同一神とし、大元尊神(宇宙の根源の神)に位置附けた。その流れを汲む教派神道諸派でも国之常立神を重要な神としている。


https://ja.wikipedia.org/wiki/国狭槌尊
国狭槌尊(くにさつちのみこと)は、主に『日本書紀』の天地開闢の段に登場する神である。別名国狭立尊(くにのさたちのみこと)。神代七代のうちの一柱である。
『日本書紀』本文では、天地開闢の後国常立尊国狭槌尊が登場し、次に豊斟渟尊化生したとしており、これらの三柱の神は男神であると記している。
第一、第二と第四の一書では、国常立尊の次に国狭槌尊が登場し、他の一書には同一神とみられる神名は登場しない。『日本書紀』にこれ以降、国狭槌尊が神話に登場することはない。

https://ja.wikipedia.org/wiki/トヨクモノ
トヨクモノは、日本神話の天地開闢の段に登場する神である。神代七代のうちの一柱。『古事記』では豊雲野神(とよくもののかみ)、『日本書紀』では豊斟渟尊(とよくむぬのみこと)と表記される。
『古事記』では、神代七代の二番目、国之常立神の次に化生したとしている。国之常立神と同じく独神であり、すぐに身を隠したとある。
『日本書紀』本文では、天地開闢の後、国常立尊、国狭槌尊の次の三番目に豊斟渟尊が化生したとしており、これらの三柱の神は男神であると記している。
第一の一書では、国常立尊・国狭槌尊の次の三番目に化生した神を豊国主尊(とよくにぬしのみこと)とし、別名がして豊組野尊(とよくむののみこと)、豊香節野尊(とよかぶののみこと)、浮経野豊買尊(うかぶののとよかふのみこと)、豊国野尊(とよくにののみこと)、豊齧野尊(とよかぶののみこと)、葉木国野尊(はこくにののみこと)、見野尊(みののみこと)であると記している。「豊」がつく名前が多く、豊雲野神・豊斟渟尊と同一神格と考えられている。第二から第六の一書には、同一神とみられる神名は登場しない。 『古事記』・『日本書紀』とも、これ以降、豊雲野神が神話に登場することはない。

これを見ると国常立神と天御中主神と同一神のように思えます。
どきどきしますなー


7/4追記
20170704-1.JPG
「神代の風儀」の付録より神々の系図

これをみると、「泥土煮陽尊」は、大濡煮尊(うひぢにのみこと)、少濡煮尊(すひぢにのみこと)に対応すると思います。
「泥」は「ひじ」とも読むようです。
「泥土煮陽尊」は「ひじにひのみこと」かな?

https://ja.wikipedia.org/wiki/神世七代をみると、
古事記では
宇比邇神(うひぢにのかみ)・須比智邇神(すひぢにのかみ)
日本書紀では
泥土煮尊(ういじにのみこと)・沙土煮尊(すいじにのみこと)
先代旧事本紀では
泥土煮尊(亦云、泥土根尊)、沙土煮尊(亦云、沙土根尊)
上記(うえつふみ)では
うイぢにのみこと、すイぢにのみこと

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
広島県と島根県の県境にある比婆山を調べて見ると、いざなみ伝説があったり、柱状節理があります。
そして「やりすぎ都市伝説」に出ていた巻物のある神社は、比婆山熊野神社ですが、和歌山県の熊野にもいざなみ伝説があり、また柱状節理があるのですね。

https://www.hon-momoyamado.com/ホーム/火山と古事記-旅のガイド/火山がつくった熊野の聖地/
『火山で読み解く古事記の謎』
何か読み解けそうです。

那智の滝は柱状節理だったんですね。
どちらの柱状節理もかなり大きいです。

「柱状節理、テーブルマウンテンは巨石の化石? 」
http://kusunoki-456.blog.so-net.ne.jp/2017-05-17-1

「秀真伝・ホツマツタエの古木と聖書の巨木」
http://kusunoki-456.blog.so-net.ne.jp/2017-06-27
柱状節理は50箇所はあるということ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

@ashke66
07月01日 00:10
「國常立尊(クニノトコタチノミコト)、又(または)、天御中主尊(アメノミナカヌシノミコト)」って、ちゃんと神様の名前が書かれてるっつーの(´ε`) #tvtokyo #やりすぎ都市伝説SP


BSプレミアムで比婆山をやりますね。
https://bh.pid.nhk.or.jp/pidh07/ProgramIntro/Show.do?pkey=001-20170703-10-07202
[BSプレミアム]
2017年7月3日(月) 午後7:30~午後8:00(30分)
広島県北東部にそびえる比婆山(1264m)。国生みの女神・イザナミが眠るとされる神話の舞台をを新緑のなか巡る山旅。山麓の熊野神社から竜王山に登り、尾根伝いに縦走。ヒメハギなどの花々を楽しみながら、立烏帽子山へ。比婆山へは国の天然記念物に指定されているブナ林を登る。頂上では、樹齢千年といわれるイチイのご神木とイザナミの墳墓とされる巨岩に出会う。また、古来この一帯で栄えた「たたら製鉄」も紹介する。

youtubeアメノウズメ塾 日本人とは何者なのか? [歴史]

「アメノウズメ塾上級サバイバル編⑩日本人とは何者なのか?①」
https://www.youtube.com/watch?v=aTflE9COnco
2012/04/03 に公開

失われた10支族は日本に来ている。
祇園祭はイスラエルのシオン祭り。
日程もよく似ている。
祭りの神輿は、聖なるアークを表している。
祇園祭の山車に飾られた織物の絵柄には、砂漠や宮殿、ラクダなどが描かれている。
四国の剣山も、7月17日に神輿を山頂に担ぎ上げる神事がある。
こういうことを特集したテレビもあったんですね。

「アメノウズメ塾上級サバイバル編⑪日本人とは何者なのか?②」
https://www.youtube.com/watch?v=oP5XovyjX8E
歴史は学ぶものではない、追求するものなのだ。
相撲宗家の吉田司家
本来の相撲というのは神事であった。
のみのすくねは初めて垂仁天皇のまえで相撲を取った。
盆踊りの歌がヘブライ語のところがある。
キリストが日本にきた痕跡が青森にある。
テンプル騎士団がその痕跡をさがしにきた。
LemonMIT5 年前 ユダヤ人は高句麗、百済を建国しました。それが滅亡すると王族は、日本を占領して大和朝廷を作ります。それ以前に扶余王族(同じユダヤ人)が、日本を占領しています。占領後日本人原住民は奴隷化され厳しい差別を受けそれが未だに続いています。東北地方が狙われるのはそのためです。それ以前の出雲王朝は、アッシリア人の国です。日本原住民はムー大陸の住民で8割を占めるといわれプレアデス星人直系の民族です。学者はこのあたりを混同しているようです。

「アメノウズメ塾上級サバイバル編⑫日本人とは何者なのか?③」
https://www.youtube.com/watch?v=54XK8SXfD9Q
GHQが終戦後来て、仁徳天皇陵を発掘し、中のものをもちかえった。
それらはボストン美術館にあって、返却してくれない。
契約の箱は剣山にあったが、紀元後500年ごろ大和朝廷ができる前に、仁徳天皇陵にうつされた。
諏訪大社の十間楼は、古代イスラエルの幕屋と似ている。
諏訪大社で御柱祭がある。
古代イスラエルでも似た祭りがあった。
木には神が宿とされた。
御頭祭りも変わっている。
守矢史料館。
鹿の頭を祭壇に捧げ、神官が祈りを捧げるという祭り。
明治以前は全く違う形だった。
以前の祭りは、子供を柱に縛り付けて横に置き、神官が子供に刃物を振り上げるが別の神官が現れ子供を解放する。
代わりに鹿の頭75頭分を身代わりにささげる。
聖書に同一のことが書かれている。
創世記22章アブラハムとイサクの伝承。
この舞台となったのはモリヤの地だった。
イスラエルのモリヤは、イスラエル人にとって心の中心地。
諏訪湖の御神渡り。
かごめかごめの歌のヘブライ語訳。

でれでれ草ブログ:白洲次郎の実父(後)@白洲の正体 [歴史]


「白洲次郎の実父(後)@白洲の正体」
http://e-vis.hatenablog.com/entry/2017/05/08/153000

ーーーーーーーーーーーーーーーーー引用開始
「史観の見直しの必要」 「日本に話を戻しますが、日本の歪みは戦後から始まったのではなく、維新から始まっていますね。史観の見直しは戦後からではなく維新からやらなくてはならないようです。」

本日の記事での鋭いご指摘に驚いております。 でれでれ草さまのおっしゃるように、私も近頃、明治維新に戻って見直さないといけないのではないかと思うようになっていたからです。 明治維新の何かがおかしいと感じるのです。

維新のリーダーたちは下級士族と言われていますが本当なのだろうか。

いや、士族どころか一般的な感覚をもった日本人だったのかさへ疑わしい。

彼らに国家のリーダーとしての資質が本当にあったのだろうか。

私たちは、もしかすると明治以降の歴史について壮大なウソに包まれ、だまされ、教え込まれているのかもしれません。

(中略)

ここから、坂本龍馬をヒーローへ仕立て上げが始まったのではないかなと思います。その後司馬遼太郎が作品にした。司馬は御用小説家だったのでしょうか。

小説や演劇を通して人々に都合のいい歴史を洗脳するのは英国も昔からやってた手法ですよね。シェイクスピアは御用作家でした。

支配するときに最下層を使うというのは、占領して支配してきた白人たちの常套手段だそうです。明治維新もそのやりかた通りに見えます

(中略)

ごまかしの原点は戦後からではなく、維新からのような気がします。

司馬さんの志士たちを素材にした作品はたしかに面白いのですけど、あまりに新聞記者出身の司馬さんが、綿密な取材に基づいて書かれた作品が精巧すぎるので、フィクションの部分も史実と混合して受け取ってしまう部分もあると思います。

さて白洲次郎が「日本一かっこいい」「風の男」としてもてはやされる一方、山本五十六が「売国奴」「骨の髄までフリーメーソン」と非難されている。
私は白洲次郎とは「日本一ウサンくさい」「悲惨な男」だと思う。

昨今もてはやされている白洲次郎の言動とは、もともな人間形成に欠けた子どもが、矯正されてエージェントにさせられ、プライドを持てない人生を送らされ、生涯隠さねばならなかったその素性と、コンプレックスの裏返しの虚勢であると私は思う。

「白洲次郎に関する一次資料は、ほとんど現存しておらず、実像としての次郎は謎が多い人物である」

ようはwikiも騙せないほど、フィクションでインチキだということです。

存在してた証明があり、写真があれば、あとは僅かな点と点をつなぎ、作家が想像を駆使してエピソードを作り英雄を創造している可能であるということですね。

坂本龍馬をはじめとする「尊皇志士たち」も、白洲のような方法で「作られた」のかもしれません。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー引用ここまで

なぜ日本の神々は複数の名前があるのか [歴史]

なぜ日本の神々は複数の名前があるのでしょうか

たとえば、ニギハヤヒは
櫛玉命(くしたまのみこと)、天照国照彦火明櫛玉饒速日命(あまてるくにてるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)、迩芸速日命、邇芸速日命、天火明命、
などなどあるようです。

音を漢字で表した時にいろんな漢字を使っているということもあります。

佐佐木隆 「日本の神話・伝説を読む」2007年 岩波新書によると、
「神名は、その行為や作用や状態と密接に結びついているものなのだ」と古代語の研究者である大野晋が述べているという。(P.62)
「ほとたたらいすすきひめ」というのは、「ほと(に矢を)立てられ震え姫」の意である。と。

だから天照国照彦火明櫛玉饒速日命は、天を照らし、国を照らし、不思議な(櫛=奇し)光る玉に乗ってきた蛇っぽい(饒=にぎ=蛇の古語)命。

いろんなことをやっていると、複数の名前がつくことになります。

韓国の航空会社令嬢で、従業員のナッツの出し方がなってないとクレームをつけ、空港に引き返させた人のことを「ナッツ姫」と言ったり、安倍首相が「云々(うんぬん)」を「でんでん」と読み誤ったことで、安倍首相のことを「でんでん」とネットで言って通じるのと同じ感じです。

「神代の風儀 ホツマツタエ」鳥居礼 によると、P.154
「ホツマ」よりわかる父奇杵命(くしきね)、息子奇彦命(くしひこ)のご神名をまとめてみましょう。
父 奇杵命(諱 いみな)
  大己貴(おおなむち)(代々の名)
  大物主(おほものぬし)(官職名)
  遷国魂神(うつくしたまがみ)(称名)
  津軽大元神(つがるうもとのかみ)(称名)
  大黒(俗名)
子 奇彦(くしひこ)(諱 いみな)
  事代主(官職名)
  大物主(官職名)
  大国主神(称名)
  日本大国御魂神(やまとををくにみたまかみ)(称名)
  恵比寿(俗名)

諱(いみな)意味は死者の生前の名

大物主や、事代主、大物主は官職名であるのですね。
この本の末尾についている神々の系図から、大物主の系図を見て見ると、少なくとも六人の大物主がいることがわかります。



「瀬織津姫と君の名は。」
https://ameblo.jp/happylife3749/entry-12244961687.html
ストーリーの中で瀧の「心」は、
2016年から3年遡って「生きて居る」三葉のカラダの中に入り、
2013年に起きた事から糸守町にいた人々を守ろうとします。

2013年は、出雲大社と伊勢神宮という陰陽の対となっている
日本の魂である二大神社の同時遷宮がありました。
(カゴメ歌の"鶴と亀が統べった"年)

二大神社のムスビ、陰陽の統合が行われた2013年、
日本の魂の復活の年に、瀧は三葉の魂を復活させようとしたのです。


出雲大社と伊勢神宮の元、元出雲と元伊勢がどちらも丹波国にあるということは、どういうこと?
「元伊勢・元出雲・丹波桑田宮・出雲大神宮・月読神社」
http://kusunoki-456.blog.so-net.ne.jp/2017-06-27-1