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監獄宗教としての井酢羅無教 [宗教]

キリスト教よりも井酢羅無教の方が監獄宗教としての性格が強い。
もし私が井酢羅無教の家庭に生まれ、大人になってもそれに疑問を抱いていたらどうだろう。

どうして豚肉を食べてはいけないのか。
どうしてラマダンの間、昼間は断食しなければならないのか。
どうして1日何回もメッカに向かってお祈りをしなければならないのか。

そんな疑問を持つことでさえいけないことであり、家族によって殺されるだろう。

実際に井酢羅無教の家庭に生まれ、井酢羅無教に疑問を持っている人は、生きてはいないと思われる。
考える人は殺され、考えない人、おとなしく従う人だけが生き残る。
そんな宗教である。

またメッカ巡礼はお伊勢参りの熱狂とよく似ているなと思う。
なぜ聖地にまいるのか。なぜ?
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