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youtubeアメノウズメ塾 日本人とは何者なのか? [歴史]

「アメノウズメ塾上級サバイバル編⑩日本人とは何者なのか?①」
https://www.youtube.com/watch?v=aTflE9COnco
2012/04/03 に公開

失われた10支族は日本に来ている。
祇園祭はイスラエルのシオン祭り。
日程もよく似ている。
祭りの神輿は、聖なるアークを表している。
祇園祭の山車に飾られた織物の絵柄には、砂漠や宮殿、ラクダなどが描かれている。
四国の剣山も、7月17日に神輿を山頂に担ぎ上げる神事がある。
こういうことを特集したテレビもあったんですね。

「アメノウズメ塾上級サバイバル編⑪日本人とは何者なのか?②」
https://www.youtube.com/watch?v=oP5XovyjX8E
歴史は学ぶものではない、追求するものなのだ。
相撲宗家の吉田司家
本来の相撲というのは神事であった。
のみのすくねは初めて垂仁天皇のまえで相撲を取った。
盆踊りの歌がヘブライ語のところがある。
キリストが日本にきた痕跡が青森にある。
テンプル騎士団がその痕跡をさがしにきた。
LemonMIT5 年前 ユダヤ人は高句麗、百済を建国しました。それが滅亡すると王族は、日本を占領して大和朝廷を作ります。それ以前に扶余王族(同じユダヤ人)が、日本を占領しています。占領後日本人原住民は奴隷化され厳しい差別を受けそれが未だに続いています。東北地方が狙われるのはそのためです。それ以前の出雲王朝は、アッシリア人の国です。日本原住民はムー大陸の住民で8割を占めるといわれプレアデス星人直系の民族です。学者はこのあたりを混同しているようです。

「アメノウズメ塾上級サバイバル編⑫日本人とは何者なのか?③」
https://www.youtube.com/watch?v=54XK8SXfD9Q
GHQが終戦後来て、仁徳天皇陵を発掘し、中のものをもちかえった。
それらはボストン美術館にあって、返却してくれない。
契約の箱は剣山にあったが、紀元後500年ごろ大和朝廷ができる前に、仁徳天皇陵にうつされた。
諏訪大社の十間楼は、古代イスラエルの幕屋と似ている。
諏訪大社で御柱祭がある。
古代イスラエルでも似た祭りがあった。
木には神が宿とされた。
御頭祭りも変わっている。
守矢史料館。
鹿の頭を祭壇に捧げ、神官が祈りを捧げるという祭り。
明治以前は全く違う形だった。
以前の祭りは、子供を柱に縛り付けて横に置き、神官が子供に刃物を振り上げるが別の神官が現れ子供を解放する。
代わりに鹿の頭75頭分を身代わりにささげる。
聖書に同一のことが書かれている。
創世記22章アブラハムとイサクの伝承。
この舞台となったのはモリヤの地だった。
イスラエルのモリヤは、イスラエル人にとって心の中心地。
諏訪湖の御神渡り。
かごめかごめの歌のヘブライ語訳。

アンビリバボー 警察庁長官を撃った男 中村泰 愛郷塾 血盟団 [オウム真理教]

2017年6月29日の 「アンビリバボー ~日本を揺るがせた歴史的事件の裏側3時間SP~正義とは何だ」を見た。

1995年3月30日に起きた国松孝次警察庁長官狙撃事件は犯人不明のまま時効を迎えた。
番組はジャーナリスト鹿島圭介の「警察庁長官を撃った男」新潮文庫の内容に基づき、作られた。

目撃者が向かいのマンションにおり、その証言によると犯人の身長は170センチぐらい、年齢は20-30代の男。
オウム信者が犯人だという怪文書が届き、オウム信者で元巡査のKが取り調べられ、自供もとれたが、肝心の裏付けが取れなかった。しかし起訴された。
2004年7月7日、中村泰(ひろし)という男が、自分が犯人だと名乗り出た。
彼は事件当時60歳で、身長160センチ、目撃証言とは違うが、銃をアメリカで購入したなどの裏付けも取れ、いくつか銃や手榴弾なども保管していた。
彼はほとんど犯行について語らなかった。
動機については、「国松長官をオウムから日本を守るため犠牲にした」と語った。
オウム真理教は危険な団体だと騒がれ、強制捜査もされたがそれだけではオウムが消滅するとは思えず、警察庁長官が狙撃されれば、オウムが疑われ、徹底的につぶされると考えたためという。

しかし、事件は時効を迎え、その発表の中で「オウムが犯人です」と警察は発表し、そのやりかたは非難された。

時効の3ヶ月前に、鹿島圭介は警察幹部に接触し、なぜ中村泰を犯人だと発表しないのかと問いただすと、その幹部は「事件のゴールは決まっているんだ」と言われたという。

現在87歳の中村泰は別件の現金輸送車襲撃事件で逮捕され、岐阜の刑務所だか拘置所だかにいる。

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警察の公安部と捜査一課が精力をかたむけ、捜査した事件。
しかしその結果は公にはならなかった。

「事件のゴールは決まっているんだ」

それはつまり、犯人でないものを犯人とすること。
オウム真理教を犯人とすること。

事件のゴールが決まっていたのは、地下鉄サリン事件でも同じこと。

被害者が法廷に呼ばれない、証拠物が提出されない、オウム側弁護士が別件で逮捕される、教祖の控訴ができず一審で死刑が確定してしまう、サリンを作ったとされるところが早々と解体されてしまうなど、おかしなところをさがせば次々とでてくる。

これをきっかけに事件が見直されて欲しいと思う。
ジャーナリスト鹿島圭介氏、アンビリバボーの番組スタッフに対しありがたいと思う。

副題は「正義とはなんだ」

不備のある裁判でずっと刑務所に収監されているオウムの人たち。
正義とはなんだと。

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なぜオウム真理教を犯人としなければならなかったか?
オウムは、世界があるものたちに支配されていると言っていた。
そしてそれらは池田太作、創価学会、統一教会を使って日本を支配していると。
ホロコーストはでっちあげであると。
「シオンの議定書」は偽書ではないと。
それらを伝えるため、オウムは自前の印刷工場を持ち、書籍を印刷販売し、ラジオで毎日3時間放送していた。
北朝鮮や早川の武器輸入に関しては私はよくわからない。
彼らはオウムを潰したかったのだと私は理解している。

世界があるものたちに支配されていることはジョン・レノンも言っていた。
それを言えばキチガイと思われることも。
「アメノウズメ塾上級サバイバル編②白衣、薬を信じるかは己で決めよ①」
https://www.youtube.com/watch?v=2mnVvr87RNc

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ひょっとしてと思って「中村泰 血盟団」でぐぐると
「学研都市のレベルファイブ」
http://www.coza4.com/wp/?p=14723
鹿島圭介「警察庁長官を撃った男」|Ausgehende
現代のスナイパー、中村泰は愛郷塾に出入りしていたそうです。満鉄エリートの子弟で旧制水戸高校出身。妙なところに繋がっています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/愛郷塾
愛郷塾(あいきょうじゅく)は、橘孝三郎によって1931年に茨城県常磐村(現在の水戸市)に設立された私塾。正式名称は自営的農村勤労学校愛郷塾。
橘が1929年11月23日に設立した愛郷会の活動の一環として「新日本建設の闘士」を養成することを目的として設立した私塾で、教師に林正三、後藤圀彦などを招き、「愛郷主義」を唱えた。
塾生は1932年5月に「農民決死隊」を組織して変電所を襲撃し、五・一五事件に参加した。一時的に世間の耳目を集めるも、塾長の橘が無期懲役となり、勢力は衰退していき、1933年1月には事実上解散した。

https://ja.wikipedia.org/wiki/血盟団事件
血盟団事件(けつめいだんじけん)は、1932年(昭和7年)2月から3月にかけて発生した連続テロ(政治暗殺)事件。当時の右翼運動史の流れの中に位置づけて言及されることが多い。
日蓮宗の僧侶である井上日召は、茨城県大洗町の立正護国堂を拠点に、近県の青年を集めて政治運動を行っていたが、1931年(昭和6年)、テロリズムによる性急な国家改造計画を企てた。「紀元節前後を目途としてまず民間が政治経済界の指導者を暗殺し、行動を開始すれば続いて海軍内部の同調者がクーデター決行に踏み切り、天皇中心主義にもとづく国家革新が成るであろう」というのが井上の構想であった。
井上はこの構想に基づき、彼の思想に共鳴する青年たちからなる暗殺組織を結成した。当初この暗殺集団には名称がなく「血盟団」とは事件後、井上の取り調べや新聞報道の過程でつけられた名称である。
古賀清志と中村義雄は3月13日に、血盟団の残党を集め、橘孝三郎の愛郷塾を決起させ、陸軍士官候補生の一団を加え、さらに、大川周明、本間憲一郎、頭山秀三の援助を求めたうえで、再度陸軍の決起を促し、大集団テロを敢行する計画をたて、本事件の数か月後に五・一五事件を起こした[1]。

愛郷塾と血盟団どちらも茨城県。

「バロンワールド 5月31日 オウム帝国の迷宮・国松事件(第二章)」
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read_archive.cgi/radio/25123/1433072201/-100
37 :みっちゃん:2015/06/01(月) 00:01:00 ID:oaCCbOo60
中村泰の動きは、単独犯ではなく組織的な動きですよね。 「餃子の王将」事件と同じ構図だと思いました。 中村がスーパーナンペイ等の複数の事件に関わっているとしたら、 目立つように目くらまし役にされて、真犯人は別にいるのではないかと 思いました。

50 :ホーボー:2015/06/01(月) 01:20:37 ID:JZCP.SVc0
隠蔽のご褒美に与えられた、内閣危機管理官…。 高級官僚にとって最も重要な仕事は、表面を取り繕うこと、事実をうやむやにすることなのか? 腹が立ちます。

55 :みっちゃん:2015/06/01(月) 01:22:21 ID:oaCCbOo60
戦前の右翼は反体制、戦後の左翼も反体制。中村のプロフィールは 整合性がとれますね。血盟団事件まで遡るとは予想外でした。 オウムと公安が互いに利用しあっているようにも見えました。 公安を抑える、イコール日本を抑える必要がある国が絡んでアウトソーシング いるということでしょうか。

バロン西田
@baron2007jpn
https://twitter.com/baron2007jpn
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井上日召はオウムの井上嘉浩の祖父。
血盟団 五・一五事件 愛郷塾
つながってるけど、よくわからないおばかなわたし。

「血盟団の井上日召とオウムの井上嘉浩」
http://kusunoki-456.blog.so-net.ne.jp/2017-06-05

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読書メーター
警察庁長官を撃った男
鹿島 圭介
https://bookmeter.com/books/355766
Nobuyuki Tsuji
警察庁/警視庁が、本件捜査に対してどうしてもオウムの犯行にしてしまおうとした凄まじい意思を感じた。自分たちの面子のために真実を捻じ曲げ、闇に葬り去ってしまって良いのか。一方、中村泰の生き様も凄まじい。こんな人間がいたのか、と。 刑事事件としては時効が成立したが、本書に紹介されていることが事実としたら、どのような形でかその真実が世の中に明らかになることを望む。
kadocks
オウムが巷を何年ぶりに騒がす中、ずっと違和感があったこの事件の真相がこんなところにあったとは驚きの書。そしてその真相の暴露よりも一人の老人の凄まじい想念に驚嘆せざるを得ない。7章の動機の凄さ。ページをめくる誰もが想像もしなかった極右と極左が交差する想いは日本犯罪史上なかったことではないのか。映画化希望。
kyoh
犯罪史上、忘れえぬ印象的な人物が時々いる。この事件の真犯人と目される老人の名も記憶に残りそうだ。東大中退で数ヶ国語が話せる頭脳、拳銃への偏執的なこだわり、あるべき正義の思想、秘密工作員としてのプライド。一発の銃弾で世界を変えることができるとこの男は言うが、どうしても隠しきれなかった自己顕示欲に自ら逮捕を招いた姿をみると、“この人、ただのドリーマーなんじゃ”という気がしないでもない。それにしても、警視庁内での公安部が捜査方針の過ちをそうと認めずに、国民の目を眩ます為の発表を行なった理由には、呆れ返った。
夜のおんな
“曰く言いがたい陰々滅々とした空気が漂っていた。”“拳銃への異常なまでの愛着。怜悧な頭脳。内に秘めた激しさ。時と場合によっては非情に徹せられる冷酷な一面。独りよがりの論理。相手の立場を慮る理性。完全には消し去れない虚栄心。常人にはない集中力と、測り知れないほどの行動力。優柔不断の一面。目的達成に向けてのあくなき執念。秘密工作員の暗い熱情。企図した謀略への偏執狂的な執着。極左と極右が苛烈に混交するカオス。”
garth
きわめて説得力があり、国松長官狙撃事件に対する考えが180度くつがえされた。だがそれ以上に興味深いのは孤高のテロリスト・中村の人間性。こんな男がこの日本にいたということがすでに驚きなのだが、それが5.15と血盟団事件につながるとなると…『日本暗殺秘録』ふたたび!

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「【政治】福田首相、書店で息抜き」
https://www.logsoku.com/r/2ch.net/newsplus/1209910721/
734 : 名無しさん@八周年[sage] 投稿日:2008/05/05(月) 21:00:13 ID:YaekUzML0 [3/3回(PC)]
国松長官狙撃事件(平成7年)は、左翼テロリストがやったっぽいです。

警警察庁長官銃撃で77歳男が犯行示唆の供述 「秘密の暴露」 (1/3ページ)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080320/crm0803200217005-n1.htm

警察庁長官銃撃で77歳男が犯行示唆の供述 「秘密の暴露」 (2/3ページ)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080320/crm0803200217005-n2.htm

警察庁長官銃撃で77歳男が犯行示唆の供述 「秘密の暴露」 (3/3ページ)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080320/crm0803200217005-n3.htm

正論(2008年6月号) 特報!警察庁長官の命を狙ったスナイパーの正体
http://www.sankei.co.jp/seiron/wnews/0805/mokji.html

容疑者は中村泰(ひろし)77歳。数々の銃撃・強盗事件を繰り返してきた東大中退の犯罪者。 チェ・ゲバラに憧れ、「隠密挺身隊によって政府及び軍の中枢を急襲し、指揮系統を麻痺させ ておいて、その隙に大衆行動を勝利に導く」為に日本国内に民兵組織を作ることを目標として いたという。自らを反ファシスト闘争の戦士、と位置づけていたという。 中村泰の背後にある組織は未だ不明だが、彼の役割はアメリカから武器を調達し、訓練する 教官役だったという。 このやり方は、かつての赤軍派のよど号グループがやろうとしていたことと極めて類似している。

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彼らのミッションとは何なのだろうか
もしかしたら、体勢の維持、すなわち皇室の維持かもしれないと思った。
真実の歴史を調べていくと、そのうち皇室ってなにものだという疑問につきあたる。
それを告げる人を潰すための要員だろうか。
潰すためには作戦を立て相当におおがかりで手荒いこともやる。
誰かを殺しておいて、それを真実を告げる人のせいにすることは、警察やマスコミのトップが彼らの仲間であるなら、容易なことである。
なわけで、なにか違和感を感じる事件が起きるたび、真実を告げるブログを書いてた人が、汚名を着せられているんじゃないかと、なんとなく思う。

丹波国の訶沙郡(かさのこほり) [ホツマツタエ・古史]

「神代の風儀 ホツマツタエ」鳥居礼 1987年 たま出版

P.162に日本書紀に大嘗祭(だいじょうさい)のことが書かれていると。
大嘗祭は、その趣旨において、毎年行われる新嘗祭と同じだが、天皇が即位ののちはじめておこなわれるものを、大嘗祭といい、毎年行われるものを新嘗祭といって区別する。
ただし平安時代のはじめまでの記録では、大嘗祭と新嘗祭の区別がなわれていなかった。
ご1代初の新嘗祭は特に、践祚大嘗祭という。
新嘗祭でありながら、践祚大嘗祭の特徴である、ユキ・スキの国を卜定したことがわかる。
ユキ・スキの国を定めたことが書かれているのはこれ(天武天皇2年)が最初である。
天武天皇5年9月に
「新嘗のために国郡を卜(うらな)はしむ。斎忌(ユキ)は尾張国の山田の郡、次(スキ)は丹波国の訶沙郡(かさのこほり)」

丹波には、すごい古代史が隠されていそう。

丹波国の訶沙郡(かさのこほり)とはどこのことでしょう?
「『丹後の地名』へようこそ!」
http://www.geocities.jp/k_saito_site/index.html
という素晴らしく充実したサイトを発見しました。

丹後国は713年にできましたが、それまでは丹波国でした。

https://ja.wikipedia.org/wiki/丹後国
和銅6年(713年)4月3日に丹波国の北部、加佐郡、与謝郡、丹波郡、竹野郡、熊野郡の5郡を割いて、「丹後国」として設置された。

「加佐郡が消える」
http://www.geocities.jp/k_saito_site/kasagun1.htm
これによると、平成の大合併(2006年)で加佐郡の名前が消えたそう。
いくつか抜粋します。

しかしこのカサの地名は、そんな丹後に羞じない、いかにも丹後の一部ですと密かに主張しているように私には思われる。この地名は途方もない歴史を秘めている。丹波人すべての歴史を秘めていると私は思う。

失礼ながら「加佐」地区とカッコをつけさせてもらうが、その現在の「加佐」地区は郡内唯一の式内大社を有する地区であり、由良川水運を担うまさにその場所である。古来より大切な地区であった事は事実であるが、しかし古代のカサはここを指さないと私には思える。

ではどこが本来のカサなのか。 結論から書けば簡単な事で、私は笠水うけみず神社(西舞鶴地区の公文名に鎮座。カサミズとは読まず、ウケミズと読む。どうしてもそうは読めないと思う。私はカサミズとかカサノイズミと読むのが本来だと思っている)。この笠水の笠こそが加佐の地だと断じる。

カサの郡名を先人達はどう理解したであろうか。
丹後の豊受大神との関連、『風土記』残欠の田造郷(田辺郷)が、その中心地の笶原山(現在は愛宕山と呼ばれる)の山麓付近がカサの本地だとするのは深く記憶しておきたい。

なお京都白川家に伝来したと称する「丹後風土記」残欠は、カサ地名の由来について、
 
伽佐郡(かさのこほり) 伽佐郡は旧くは、笠郡の字を用いて,、宇気乃己保利(うけのこほり)と読んでいた。宇気(うけ)と称する所以は往昔、豊宇気大神(とようけのおおかみ)が、田造郷笶原山に留まり座して、人民等は其恩頼を受けた、故に宇気(うけ)と曰う。笠は一に伽佐(かさ)と読む。今世に,あやまりて伽佐乃己保利(かさのこほり)と曰う。

丹後国府は一般には宮津市府中とするが、『和名抄』刊本には丹後国府を加佐郡に在りとし、「上七日、下四日」としている。加佐郡家とも位置は不明である。

『日鮮同祖論』
次に、丹後国加佐郡のことであるが、丹後国は和銅六年に丹波国の五郡を割いて始めて置かれた国であるから、天武天皇白鳳五年紀には丹波国訶紗郡と見え同国与謝郡も顕宗天皇紀に丹波国余社郡とある。この与謝の地は四年間天照大神の鎮座ましました処で(倭姫世紀)、天椅立は伊射奈芸大神が天に通ふため作り立てたまうものといふ古伝説(丹後国風土記)もあり、此辺は古代史上研究すべき値の多い地方である。天橋立は、嘉祥二年三月興福寺の大法師等の奉賀の長歌にも匏葛天能椅建践歩美、天降利坐志志大八洲と詠み、又釈日本紀にも兼方案之、天浮橋者天橋立是也といっているが、丹後国風土記には(中略)と見えて、二神の故事を語り伝へている。この由緒ある土地に、加佐郡・久志浜・与謝海・阿蘇海など、天孫降臨の筑紫にあると同型の地名を発見することは、偶然の暗合とは考へられない。

「元伊勢(加佐郡分のみ)」
http://www.geocities.jp/k_saito_site/motoise.html
元伊勢と呼ばれてきた社は各地にあるが、丹後にも当然ながら多い、ここではまず加佐郡内のものを取り上げてみます。
田邊郷には、もう一つ大切な社が鎮座してる。元伊勢ともされる、笶原やはら神社である。
入口鳥居に掲げられた扁額も写しておいた、読みにくい、神額は清和天皇宸筆ということで、「総社笶原魚居匏宮」とある。  魚居はマナイ、匏はヨサと読む。

その神額には総社ともある、時代が合わないような感じもあるが看板に偽りなければここが国府の位置になるわけだが、なぜかそんな看板は完全無視で当社は無格社となっていて、何とも過去の史家達は何を考えていたのであろうか、これにも何かそれなりの歴史がありそうである。 式内社笶原神社の比定には三社あって、それで決まらなかったのであろうか。現在でもここを式内社とするには公認はない。こんなにキチっと文献が残っている社を除いて、どこにこれ以上に有力な社があるのだろうか。

奈良時代のはじまり、丹後国の誕生と共に生まれた神社がこの笶原神社であった。彼に児が3人あり、兄の千嶋は先に引いたように与謝郡領となり、籠神社の祝ともなった。弟の千成は加佐郡領となり、笶原神社の祝ともなった。もう一人は千足といい、丹波直等祖也とあり、天照玉神社(福知山市今安)の祝、天田郡領となった。  この兄弟の後裔が近世、姓を坂根と改めたそうである。

従って、式内社・笶原神社は加佐郡の中心地で、郡衙に近く、かつ坂根・嵯峨根サンの分布する地であろう。 すべての資料はここ笶原神社を指す。坂根氏は現在は白糸浜神社(舞鶴市浜)の宮司であるが、元はこの笶原神社のご神職だそうで、海部氏とも名乗っていたようである。隣の桂林寺の寺領を寄進したと伝わる佐武ケ岳城の坂根修理亮、坂根氏はやはり元々このあたりの領主であったと思われる。

 この時に再生した笶原神社は普通の村々の神社ではない。人民のイデオロギー面での支配と国家の安泰を祈願するための、新生した中央集権国家のための郡家と並ぶ、あるいはそれ以上のようやく分断したばかりのこの地の支配の拠点としての、国家による国家の国家のための笶原神社である。そうした国家使命を負った戦略的政治的神社である。式内社の笶原神社は加佐郡の心臓であった当地をおいてはない。人もめったには行かないような所に、大事な支配のくさびをなぜおいたりするだろう。私は政治は嫌いだが、もし当時の政治家なら当然ここに置くだろう。

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このあたりには羽衣伝説もあるし、丹波、丹後、大変におもしろそうです。

でれでれ草ブログ:白洲次郎の実父(後)@白洲の正体 [歴史]


「白洲次郎の実父(後)@白洲の正体」
http://e-vis.hatenablog.com/entry/2017/05/08/153000

ーーーーーーーーーーーーーーーーー引用開始
「史観の見直しの必要」 「日本に話を戻しますが、日本の歪みは戦後から始まったのではなく、維新から始まっていますね。史観の見直しは戦後からではなく維新からやらなくてはならないようです。」

本日の記事での鋭いご指摘に驚いております。 でれでれ草さまのおっしゃるように、私も近頃、明治維新に戻って見直さないといけないのではないかと思うようになっていたからです。 明治維新の何かがおかしいと感じるのです。

維新のリーダーたちは下級士族と言われていますが本当なのだろうか。

いや、士族どころか一般的な感覚をもった日本人だったのかさへ疑わしい。

彼らに国家のリーダーとしての資質が本当にあったのだろうか。

私たちは、もしかすると明治以降の歴史について壮大なウソに包まれ、だまされ、教え込まれているのかもしれません。

(中略)

ここから、坂本龍馬をヒーローへ仕立て上げが始まったのではないかなと思います。その後司馬遼太郎が作品にした。司馬は御用小説家だったのでしょうか。

小説や演劇を通して人々に都合のいい歴史を洗脳するのは英国も昔からやってた手法ですよね。シェイクスピアは御用作家でした。

支配するときに最下層を使うというのは、占領して支配してきた白人たちの常套手段だそうです。明治維新もそのやりかた通りに見えます

(中略)

ごまかしの原点は戦後からではなく、維新からのような気がします。

司馬さんの志士たちを素材にした作品はたしかに面白いのですけど、あまりに新聞記者出身の司馬さんが、綿密な取材に基づいて書かれた作品が精巧すぎるので、フィクションの部分も史実と混合して受け取ってしまう部分もあると思います。

さて白洲次郎が「日本一かっこいい」「風の男」としてもてはやされる一方、山本五十六が「売国奴」「骨の髄までフリーメーソン」と非難されている。
私は白洲次郎とは「日本一ウサンくさい」「悲惨な男」だと思う。

昨今もてはやされている白洲次郎の言動とは、もともな人間形成に欠けた子どもが、矯正されてエージェントにさせられ、プライドを持てない人生を送らされ、生涯隠さねばならなかったその素性と、コンプレックスの裏返しの虚勢であると私は思う。

「白洲次郎に関する一次資料は、ほとんど現存しておらず、実像としての次郎は謎が多い人物である」

ようはwikiも騙せないほど、フィクションでインチキだということです。

存在してた証明があり、写真があれば、あとは僅かな点と点をつなぎ、作家が想像を駆使してエピソードを作り英雄を創造している可能であるということですね。

坂本龍馬をはじめとする「尊皇志士たち」も、白洲のような方法で「作られた」のかもしれません。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー引用ここまで

7/5か7/6に警察と自衛隊が奇妙な共同演習を行ったことをご存知の方、いますか? [原発]

「7/5か7/6に警察と自衛隊が奇妙な共同演習を行ったことをご存知の方、いますか? 2011/7/1010:45:03」
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1266260537
ーーーーーーーーーーーーーーーーー引用開始
多摩川橋や鉄道を封鎖して人が西日本に出られないようにする演習だったというのは本当ですか?首都圏封鎖して東日本の人間を見殺しにするのでしょう と言われている方がいます。
富士山ニニギさんのブログです。
気になります。嘘であってほしい、あくまでこの方の見解であって欲しいと願うばかりです。
真実を知っている方教えて下さい。ネットで検索しても出ません。
以下転載します
日記の24件目の富士山ニニギさんのコメントです。
http://m.mixi.jp/view_diary.pl?&page=2&id=1747596391&owner_id=20653...


地震に備えての準備と言ってますが、少しおかしいでは無いですか。
地震に備えてなら首都圏から脱出する道を確保すべきなのですが、演習は首都圏を封鎖して西日本に住民を脱出させない訓練です。多摩川の橋や鉄道を封鎖してました。これは福島の原発の爆発に備えて首都圏を封鎖して東日本を見殺しにする計画があるからでしょう。
これは数十年前から東日本での原発事故の時の対策でマニュアル化していたのでしょう。
その証拠があります。
東電が嘘をついて管総理を騙していたときの3月13日。首相が東電に怒鳴り込んでいきました。其の時の発言は「東電は東日本を潰す気か」とはっきり言いました。これこそ首相の頭の中はこのマニュアルが浮かんでいたのでしょう。そうでないと出ない発言です。
早く関東を脱出した方がよさそうですよ。


satosi796さん 2011/7/1022:54:29
チエリアンでない意見でもうしわけありませんが、どう考えても本日10日午前に東北沖にて起きた地震津波と関連があるように思えてなりません。この地震はやはり起きることがわかっていた、被害想定までできていたのではないでしょうか。実際には想定した被害は出なかったようですが。

東海村が事故を起こしたときのマニュアルはあるみたいですね。菅首相は「原子力に詳しい」みたいなので知ってるでしょう。その際は戒厳令で移動禁止になるのはほぼ間違いないみたいですね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーここまで引用

どちらのリンク先も今は見られません。

アルカイダとイスラム国の日本版(仏教版)がオウム真理教? [オウム真理教]

「またまた、米軍CIAとNATOと仲間達がシリアがサリン攻撃準備してるとか、いちゃもんつけて偽旗作戦準備しているようです。 要注意! 」
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2017/06/27/8605614

ーーーーーーーーーーーーーー引用開始
で、アルカイダとイスラム国の日本版(仏教版)がオウム真理教だったわけで、オウムが仏教を装ったシオニストネオコンCIAとNATOと仲間達のテロなのは一目瞭然です。

これらは、イタリアではグラディオと呼ばれていました。

日本で極左を装ってテロやってた公安が捕まった事件(菅生事件)がありましたが、菅生事件の主犯は、ノンキャリアとしては異例の出世してパチンコプリペイドカードの団体に天下ったりしてるわけですし、オウムと暴力団の深い関係で進んでいた警察の捜査を止めさせた神奈川県警本部長は、中曽根が作った自衛隊と警察の秘密情報組織の初代室長だったとか、もうみんなバレてるわけで、共謀罪とかちゃんちゃらおかしい。

ーーーーーーーーーーーーーー引用ここまで

んー。オウムのことはそうなのかな。
オウムの一部はそうであったかもしれない。
理解できないが、メモっておく。

都民ファーストは、『売国ファースト』 [政治・社会]

「都民ファーストは、『売国ファースト』小泉・竹中・ジャパンハンドラー・シオニスト・ネオコン・ネオリベラル・軍産・多国籍企業の利益が第一です。 」
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2017/06/25/8604385

ーーーーーーーーーーーーーー転載開始
CIA東京地検特捜部副部長の若狭勝
民主党内のジャパンハンドラーだった防衛族の長島昭久
TPP推進 みんなの党の渡辺喜美
TPP推進の松下政経塾出身で米軍管轄の神奈川県知事だった松沢成文
311前の2010年10月に、放射性セシウム体内除去薬を初めて認可していたGE(欠陥品の福島第一原発作ってた)と住友化学(TPPを進めた経団連会長の会社)の合弁会社日本メジフィジックス株式会社の地元政治家 柿沢未途とその妻ですか、そうですか。

売国オールスターそろい踏みですね。



小泉フィーバーの再現を狙って、自民党清和会所属で、第一次安倍内閣の内閣総理大臣補佐官(国家安全保障担当)で、降伏の化学に支援されて防衛大臣になり、改憲派で、1000万人移民政策を進め、TPP推進で経済特区を進めようとしている、カジノ推進派の小池百合子

自民党ネットサポーターズクラブ(J-NSC)設立総会で、相談役
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2016/07/24/8138467



都民ファーストは第二自民党というより、自民党から抵抗勢力を排除した売国ファースト
小泉・竹中・ジャパンハンドラー・シオニスト・ネオコン・ネオリベラル・軍産・多国籍企業の利益が第一です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー転載ここまで

私も都民ファーストは売国奴チームだと思う。
水道もなにもかも民営化して行くと思う。

小池百合子も、築地市場移転問題でなにをしたかというと、ただずるずるとひきのばしただけで、結局市場関係者の借金が増えただけなんではないだろうか。
食の流通がうまくいかなければ、日本人は死ぬほかないのだから。
築地市場の会社が借金で首が回らなくなったところを、海外勢が多く株を持つ会社が安く買いたたき買収すると。

都民ファーストのミッションは、売国&都民の生活の破壊ではないかと思う。


同じ意見のかたを発見
https://twitter.com/KNZ48/status/879904291246399489
金王坂兵衛‏
@KNZ48
東京はまず魚介類のロジスティックスから崩壊して、水道、電車、その他みたいな順番で機能不全に陥って行くのかな。

都民ファーストって、中身は自民党で、維新とも公明とも仲間なのに。
自民党でないようにアピールして票を集めるよう。
分割して統治せよ!ですね。
どちらに投票しても同じという。

なぜ日本の神々は複数の名前があるのか [歴史]

なぜ日本の神々は複数の名前があるのでしょうか

たとえば、ニギハヤヒは
櫛玉命(くしたまのみこと)、天照国照彦火明櫛玉饒速日命(あまてるくにてるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)、迩芸速日命、邇芸速日命、天火明命、
などなどあるようです。

音を漢字で表した時にいろんな漢字を使っているということもあります。

佐佐木隆 「日本の神話・伝説を読む」2007年 岩波新書によると、
「神名は、その行為や作用や状態と密接に結びついているものなのだ」と古代語の研究者である大野晋が述べているという。(P.62)
「ほとたたらいすすきひめ」というのは、「ほと(に矢を)立てられ震え姫」の意である。と。

だから天照国照彦火明櫛玉饒速日命は、天を照らし、国を照らし、不思議な(櫛=奇し)光る玉に乗ってきた蛇っぽい(饒=にぎ=蛇の古語)命。

いろんなことをやっていると、複数の名前がつくことになります。

韓国の航空会社令嬢で、従業員のナッツの出し方がなってないとクレームをつけ、空港に引き返させた人のことを「ナッツ姫」と言ったり、安倍首相が「云々(うんぬん)」を「でんでん」と読み誤ったことで、安倍首相のことを「でんでん」とネットで言って通じるのと同じ感じです。

「神代の風儀 ホツマツタエ」鳥居礼 によると、P.154
「ホツマ」よりわかる父奇杵命(くしきね)、息子奇彦命(くしひこ)のご神名をまとめてみましょう。
父 奇杵命(諱 いみな)
  大己貴(おおなむち)(代々の名)
  大物主(おほものぬし)(官職名)
  遷国魂神(うつくしたまがみ)(称名)
  津軽大元神(つがるうもとのかみ)(称名)
  大黒(俗名)
子 奇彦(くしひこ)(諱 いみな)
  事代主(官職名)
  大物主(官職名)
  大国主神(称名)
  日本大国御魂神(やまとををくにみたまかみ)(称名)
  恵比寿(俗名)

諱(いみな)意味は死者の生前の名

大物主や、事代主、大物主は官職名であるのですね。
この本の末尾についている神々の系図から、大物主の系図を見て見ると、少なくとも六人の大物主がいることがわかります。



「瀬織津姫と君の名は。」
https://ameblo.jp/happylife3749/entry-12244961687.html
ストーリーの中で瀧の「心」は、
2016年から3年遡って「生きて居る」三葉のカラダの中に入り、
2013年に起きた事から糸守町にいた人々を守ろうとします。

2013年は、出雲大社と伊勢神宮という陰陽の対となっている
日本の魂である二大神社の同時遷宮がありました。
(カゴメ歌の"鶴と亀が統べった"年)

二大神社のムスビ、陰陽の統合が行われた2013年、
日本の魂の復活の年に、瀧は三葉の魂を復活させようとしたのです。


出雲大社と伊勢神宮の元、元出雲と元伊勢がどちらも丹波国にあるということは、どういうこと?
「元伊勢・元出雲・丹波桑田宮・出雲大神宮・月読神社」
http://kusunoki-456.blog.so-net.ne.jp/2017-06-27-1

元伊勢・元出雲・丹波桑田宮・出雲大神宮・月読神社 [ホツマツタエ・古史]

八幡書店
「増補完訳 秀真伝」
http://www.hachiman.com/books/89350-233-6.html
東西分治伝承
ホツマ神話によれば、ニギハヤヒは、仙台の日高見国を進発し、鹿島から舟で難波に上陸し飛鳥宮に君臨。これに対して、ニニギ命は筑波に新治宮を造営、さらに太古からの聖地・逢壺の富士山麓に移り、一大灌漑工事によって富士五湖を造成したという。
このような王統並立と東西分治の伝承は、富士文献における国常立尊の丹波桑田宮と国狭槌尊の富士阿田津宮との関連を想起させ、記紀神話の固定的な王統伝承とはまったく異質の王権伝承が、民族の太古的記憶の深層に刻印されてきたことは興味深い。

富士文献における丹波桑田宮?
京都には桑田郡というところがあったようです。

丹波桑田宮で検索すると一番に表示されたのがここ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/出雲大神宮
出雲大神宮(いずもだいじんぐう)は、京都府亀岡市千歳町にある神社。
「元出雲」の別称は、出雲大社が出雲大神宮からの分霊とする社伝(後述)に由来する。いわゆる出雲大社は明治時代に至るまで「杵築大社」を称していたため、江戸時代末までは「出雲の神」と言えば出雲大神宮を指していたとされる。
祭神の大国主命については、一般には出雲国の出雲大社(杵築大社)から勧請したとされている[1]。ただし社伝では逆に、出雲大社の方が出雲大神宮より勧請を受けたとし、「元出雲」の通称がある。社伝では、『丹波国風土記』逸文として「元明天皇和銅年中、大国主命御一柱のみを島根の杵築の地に遷す」の記述があるとする[2](ただし、社伝で主張するのみでその逸文も不詳)。

これによると、島根県の出雲大社より丹波の出雲大神宮の方が先だとか。

国常立尊も大本教関連のことででてきた名前です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/大本
出口なおには、厳霊・国常立尊の神示がお筆先(自動筆記)による直接内流によって伝えられた。

亀岡と綾部は大本教の中心地でもあります。

京都府の神々
http://kamnavi.jp/ichirankyo.htm

小川月神社
http://kamnavi.jp/yamasiro/ogawa.htm
『丹波国桑田郡小川月神社 名神大社』によれば、「神代よりの旧地なり」と記しており、つづいて、「出雲神社と同等にして桑田郡第二の大社也 月読神社は往昔 豊受皇大神宮外宮 天照皇太神宮内宮 当国餘佐郡今丹後国真井原に 今神守領 遷座の末社也(中略) 月読神社は 両宮丹波鎮座の末社にして神代よりの旧地なり」とあるが、創建の時代やその後の変遷については詳らかではない。
こちらの小川月神社・月読神社も相当に古そうです。

げぴこのいっちょおもらい
「丹波国の一宮・出雲大神宮へ参拝」
http://mochimochipurin.blog.fc2.com/blog-entry-29.html
こちらはとてもわかりやすくまとまっています。

三重県の伊勢神宮の元である元伊勢があるのも丹波、島根県の出雲大社の元となる元出雲があるのも丹波。
丹波は古代日本の重要な地であるということ。
どちらも今メジャーではない。
ということは丹波が重要な地であることを隠したい勢力がある。


追記
元伊勢にも、元出雲にも真名井がある。

元伊勢
https://ja.wikipedia.org/wiki/籠神社
奥宮(境外摂社)
  真名井神社(京都府指定文化財)

元出雲
https://ja.wikipedia.org/wiki/出雲大神宮
境内には「真名井の水」と呼ばれる湧き水がある。マグマの接触変成岩層から湧き出している。古来より御神水と崇められてきたという[10]。


http://www.bible-word.org/content/マナ/
40年間荒野を旅したイスラエル人に、神が与えられた特別の食物。マナは、白い種のような、またフレークのようなもので、甘い味がした、と聖書に書かれています。

「◆ 一度は食べてみたい・・・かな? ( ̄▽ ̄;)」
http://blog.goo.ne.jp/watapi_1968/e/4866b6ae2320f464f4333335e3fd408f
マナの可能性のあるものがいくつか挙げられています。
木に、露が乾いたあとに残る薄い鱗、カイガラムシの排泄物、などなど。 一方、マナが超自然的なものだと主張する人たちもいます。主な根拠としては、見よ、わたしはあなたたちのために、天からパンを降らせる。」(出エジプト記:16章4節)という箇所からくるものです。また、40年間にもわたって群衆の腹を満たし続けたことからも、自然のものではないという主張をあげています。

秀真伝・ホツマツタエの古木と聖書の巨木 [ホツマツタエ・古史]

八幡書店
「増補完訳 秀真伝」
http://www.hachiman.com/books/89350-233-6.html
宇宙樹「天の真栄木(あめのまさかき)」の謎
ホツマによれば、天地開闢の時に遡る天の真栄木という樹齢6万年の霊木があった。この宇宙樹は、60年に一本の枝を生じ、6万年で実を結び、枯れるとそのつど植え継がれた。50代目の天の真栄木は神武天皇の即位の頃まで存在したが、そのまま実を結ぶことなく絶滅した。つまり神々の時代の終焉とともに、この霊木も絶滅したのである。これは霊主体従の時代から体主霊従の時代への宇宙的時間軸の転換を意味しているとも考えられる。

「ホツマツタエ」という古文書には、樹齢6万年の霊木の記述があるのですね。

このあいだ知ったYoutubeの
『この地球に山や森は存在しない』 (前編)
https://www.youtube.com/watch?v=aW14RAJ35vs
を連想させます。

「柱状節理、テーブルマウンテンは巨石の化石?」
http://kusunoki-456.blog.so-net.ne.jp/2017-05-17-1
こちらに書きましたが、上のYoutubeに書かれていた旧約聖書エゼキエル書31に
丈は高く、梢は雲間にとどくほどの巨木の記述があります。

同じものなのではと思います。
そうするとやはり、ホツマツタエは封印された真実の歴史ではと思います。

「ホツマツタヱ28文 君臣 遺し法の文:天の真榊の理屈と由来【1】」
http://woshitebunken.blogspot.jp/2016/05/blog-post_885.html