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Youtube:村岡達子インタビュー [オウム真理教]

「オウム真理教に入信した女性の末路」
https://www.youtube.com/watch?v=OF3v6v5QXMI
村岡達子さんのインタビュー

麻原氏が逮捕された後オーム真理教の代表代行をつとめていた人。
今はアレフもやめて、小さな島に暮らしている。
1950年生まれ、建設会社経営の家に生まれ不自由はなかった。
1968年上智大学に入学。学生運動で大学が長く閉鎖されたこともあり4年で中退。
職を転々とし、30歳で結婚し家庭に入るも満たされず、離婚。
心機一転アメリカへ行き、知り合いが立ち上げたベンチャー企業で働いた。2年で倒産。
帰国した村岡を待っていたのは狂乱の時代に突入した日本。バブルに浮かれた世の中にはついていけなかった。
37歳の時、書店でオームの本「マハーヤーナスートラ」が目に入り、買って帰った。
「物事に偶然はないと感じていた。これは読めということかもしれない」
読み終わった頃、ここに私の求めたいた答えがあると思った。本当に涙、涙で。
麻原に関する本やテープを取り寄せた。
1988年オームの集会に行き、入信する。
はじめて麻原の手に触れる機会があった時、言葉では言えないけど、機械的でないなにかが伝わってきた。
そして出家する。持っていけるものは身の回りのものみかん箱に二つまで、それ以外は教団にお布施しなければならない。
出家信者には過酷な修行がまっていた。
麻原に認められれば階級が上がった。
過酷な修行で命を落とす信者が何人もいたという。
英語ができる村岡に与えられた修行は翻訳だった。
麻原の海外渡航に同行し通訳をつとめるようになっていた。
1989年11月村岡はホーリーネームをもらう。
生きる意味を教えていただいたかけがえのない人。
2011年アレフを脱会。教団内の権力闘争にやぶれたため。
麻原の教えを今もその胸に抱き続けている。
本当に菩薩は宇宙に存在しているんだ。生身で存在していると実感させてくれた人。
麻原教祖は菩薩だと思うと語る。

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過激な修行は受け入れずらいけど、
オウム真理教は陥れられたのではと思う私にはこの人の気持ちはわかる。
彼女はもっといっぱい語っていそうだけど、それは放送されていないかもしれない。
真理をつかんでいるんだろうなと思います。
だから誰かに批判されても、ゆるがない。
わかってもらいたいと思っているけれども、わかってもらえなくてもしょうがないと思っているのでは。
わかろうとするには、相手のところまで降りていって、心を開かなきゃわからない。
常識をひきずったままでは、理解はできないと思う。
出家なんてだめでしょ、修行なんてだめでしょと思い込んでいたら、理解はできない。

「村井秀夫刺殺事件 1995年4月23日」
https://www.youtube.com/watch?v=tf5yp3_gkII

「【村井が消された理由.】村井秀夫の語った阪神人工地震」
https://www.youtube.com/watch?v=KUzWqSAaOjE

「上祐史浩、高山勇三vs鳥越俊太郎 上九一色強制捜査に吼える!」
https://www.youtube.com/watch?v=4T5bC1B5nGA

オウム真理教ではないですが、常識が逆だということに気づいた人。
「全部が嘘だった!?」
https://www.youtube.com/watch?v=bxzesTt3Bs0
コメントより
京都大学の藤井教授が真実は少数派に宿るという格言が京都大学で大切にされている事を聞きました。この動画で言われている事を全部信じるわけにはいかないが非常に参考になりました。信じる事も大事だが疑う事を日本人は覚えた方がいい。日本での敵は在日や経団連や官僚、パチンコやカルトや893アメポチメディアも。
すべてが嘘だとわかってしまうと、本当に世界はシンプルな構造で出来ていたのだなと気づかされます。 世の中の構造は、恐ろしいほどに「彼ら」だけが利益を享受することができる「合理性」に基づいて構築されているのだと気づかされます。
彼女の述べている事の殆どはその通りです。嘘を捏造している組織は国際組織(国連、WHO,ユニセフ・・・)を作り裏でコントロールしている軍産複合体です。これは国単位を越えて組織されています。教育機関を支配し学校で洗脳し、日々流されるTV情報で庶民を騙し、食品、医療毒で庶民を減らし、戦争で民を殺す。これをやっているのは一部のアシュケナジーユダヤ人です。スイス、イギリスに住みアメリカを支配してる白人ユダヤ達がその正体です。



ガスマスク姿の捜査員と腕まくりマスクなしの科捜研? [オウム真理教]

「地下鉄サリン事件から20年 緊迫の現場(画像集)」
http://www.huffingtonpost.jp/2015/03/20/subway-sarin_n_6908588.html

どちらも同じ霞ケ関駅のA2出入り口
なぜ片方がガスマスク姿で、片方は腕まくりで、ガスマスクなしなのか
ガラス容器の中にはなにも入っていないように見える。
もしも気体を採取したなら、蓋に新聞紙やチラシなどかませず、密封すべきだと思う。
科捜研は、だれがサリンと判断したかについて、意見が食い違っている。
茶番劇の演者にすぎないのでは?


写真は上記サイトより
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「「麻原彰晃(松本智津夫)第一審公判弁論要旨」」
http://s-a-t.org/sat/sarin/20031030b.html

「悪魔組織の犯罪03」
http://www.asyura2.com/0306/nihon5/msg/557.html

土谷正実自身が読み上げた上申書より [オウム真理教]

http://s-a-t.org/sat/sarin/20030918b.html
「弁護側法廷資料」の紹介&三浦解説

これを読むと、
遠藤誠一と井上嘉浩は嘘をついている。
創作の神様がいて、取り調べ検事、公判検事はそのストーリーに従っているだけ。
検事は矛盾が生じても、考えようとはしない。
ということのようだ。

***************ところどころ抜粋
「AUM13(オウム・サーティーン)オウム事件を解析するための13の公式」
2003年09月18日土谷正実公判弁護側最終弁論で土谷正実自身が読み上げた上申書
※ここに掲載したのは、土谷の上申書で、現物は全部で50ページある。
長いので、とりあえず地下鉄サリン事件、松本サリン事件に関連する部分だけ掲載する。
また、わかりやすくするために、三浦が勝手に小見出しをつけた。(  )内がそうである。

平成11年6月4日公判が終わった後、尾嵜弁護士と接見した際に吉浦のことが話題になった。
その中で尾嵜弁護士は次の旨語った。
「オウム裁判の最初の頃はいい検事がオウム裁判の公判検事に選ばれていた。
途中からいい検事がオウム裁判からはずれていった。
途中からはもうみんなクズですよ。みんなカスですよ」。
オウム裁判の公判検事がみんなクズ、みんなカスになった時期を「クズとカスになった日」と呼ぶことにする。
尾嵜弁護士の「途中からはもうみんなクズですよ。みんなカスですよ」という言葉は、今日に至るまで弱ることなくいきいきと輝き続けている。
刑事裁判のプロ尾嵜弁護士の言葉であり信用性は高い。

吉永祐介のニックネームは「捜査の神様」であり、尾嵜理論による「いい検事」にしてもクズ・カスにしても、「捜査の神様」の意思を尊重するのは間違いない。
吉永祐介のことを「創作の神様」と呼んでいる土谷正実との大きな違いだ。


地下鉄サリン事件の逮捕日よりも前の時点で既に林郁夫供述が存在し、かつ外崎清隆供述が存在し、かつ土谷正実の上申書が存在した。
これら3点を根拠として「創作の神様」主導の下、捜査方針の概略が決まったと考えるのが最も自然である。
ここまでが起承転結の「起」の部分にあたる。
この「捜査方針の概略」を創作の神様の意思と呼ぶことにする。
その後、起承転結の「承」の部分で創作の神様の意思に従って、取調検事が供述調書を創作し、また尾嵜理論による「いい検事」が公判検事としてオウム裁判の方向性を決定づけた。
この「承」の部分で登場した検事は取調検事にしろ公判検事にしろ皆、創作の神様の意思に盲従するしかないのである。
創作の神様の意思を強力にサポートしたのがマスコミ報道を中心とする世論であったことも忘れてはならない。
世の中に「化学班キャップ」という空想の存在が生み落とされた。
そしてこの「化学班キャップ」という空想の存在は創作の神様の意思通りにすくすくとすこやかに成長していった。
その後、起承転結の「転」の部分が訪れた。
この「転」の部分で登場した公判検事は皆、「みんなクズですよ。みんなカスですよ」と言われている検事達である。
この「転」の部分の時に「クズとカスだけになった日」を迎えた。
この「転」の部分で登場した公判検事は皆、尾嵜理論による「いい検事」達が確立したオウム裁判の方向性に盲従するしか能のない者たちである。
「転」の部分で登場した公判検事は皆、尾嵜理論による「いい検事」達がつくり出したオウム裁判の流れにただただ流されていればいいのであった。
そして起承転結の「結」の日を迎えた。


白い霧状になったサリンを鈴鹿が浴びれば鈴鹿はイチコロだ、すなわち即死だ。
鈴鹿に限らず、いかなる人であっても即死する。
尊師法廷と土谷法廷での土谷正実証言から明らかなことであるが、ここで第1の結論を述べる。
すなわち「松本サリン事件の犯人はオウム真理教ではない」。


今後、地下鉄サリン事件がおこった日にオウムの実行役5名が地下鉄の車両内に持ち込んだサリン溶液のことをダミーサリンと呼ぶことにする。
ダミーサリンで濡れていたビニール袋をほうきとちりとりで処理しちりとりをのぞき込むように顔を50cmくらい近付けてダミーサリンのにおいをかいだ鈴木良正助役の方が、オウムの実行役5名よりもはるかに長くダミーサリンを扱いダミーサリンに近付いたが、その鈴木良正助役はその日の夜10時半頃まで勤務を続け病院にすら行かれなかった。

さらに第6の結論を述べる。
すなわち「平成7年3月20日、地下鉄車両内にエチルサリンをまいたのはオウム真理教ではない」。
この結論を今後第6原則と呼ぶことにする。
尾嵜理論によると遅くとも平成10年中に「クズとカスだけになった日」を迎えている。
「クズとカスだけになった日」以降に明るみになった事実の前には無力な存在であり、自己の栄達と昇進のために既存の検察の方針に盲従するしかないのである。
したがってこれらの条件を満たしている検事達が「エチルサリンが検出された」という事実を認めることは不可能なのである。

「ニッポンの検察のスペルマ」において鈴鹿が発射したやつは実に馬鹿げていた。
「創価学会の立派な建物の中に鎮座している人を殺害するために、その建物敷地の外にある道路上にサリンを撒く」など茶番劇だ。
「創価学会の建物敷地の外にある道路上にサリンを撒いても、その建物の中にいる人に危害を加えることは出来ない」ことなど村井秀夫にとって常識中の常識だ。
土谷正実の口から「検事さんのオナニーなんかに付き合っていられない」という言葉が発射した。
実に馬鹿馬鹿しい。

「ニッポンの検察のスペルマ」の中核をなしていたのは遠藤誠一の供述・証言のようだった。
遠藤誠一と一緒に仲良くニッポンの検察に命乞いをしたのは、まぎれもなく現場指揮者でありながら「連絡役だった」などと主張している井上嘉浩だ。

ここで第8の結論を述べる。
すなわち「井上嘉浩は平成7年12月の時点で、いわゆるリムジン謀議などないと言っていた。
そしてリムジン内にいた者のうち、今現在、リムジン謀議があったと言っているのは遠藤誠一と井上嘉浩だけである」。

かつて遠藤誠一と深く交わり、そして遠藤誠一によく騙されたことのある人物こそ、遠藤誠一のウソを巧みに見抜くことができる。この条件を完全に満たしている人物は土谷正実だ。
遠藤誠一は平成7年5月中旬に「死刑になるのが怖いんですよ」と言い出し、井上嘉浩は平成7年12月に「殉教者にはなりたくない」と言い出し、その井上に対して検事が「死刑にはしないよ」と約束した。
遠藤誠一と井上嘉浩は検察に魂を売り渡し、彼らの魂のエキスが「ニッポンの検察のスペルマ」に満ちあふれている。

今日は8月24日だ。
毎年この時期になると佛蓮宗・仏祥院に監禁されていたことや「8の日」の出来事、そして新人かつ平サマナであったにもかかわらず常に親切に親身になって接して下さったダーキニーさんのことがリアルに思い出される。

土谷正実自身も外出中、催涙スプレーを持っているだけで精神的余裕が生じた。
1992年夏以降常に土谷正実が護身用に数種類の催涙スプレーを携行していたという事実と、1993年6月以降「自衛のために化学兵器を持つ」という村井秀夫の思想に対して土谷正実が否定できなかったという事実には相関がある。
土谷正実を化学兵器合成にかり立てたのは、村井秀夫と佛蓮宗・仏祥院と被害者の会と細川政権及び雅子様だ。
「俺が1カ月以上佛蓮宗・仏祥院で監禁された経験と全く同じ経験をしてみろ」と澤田に言っておく。
全く同じ経験をすりゃあ、俺の心境を理解できるはずだ。

ここで第11の結論を述べる。
すなわち「遠藤誠一は頑強な秘密主義者かつ重篤な大ウソつきであり、遠藤誠一の供述・証言の信用性は極めて低い」。
この結論を今後第11原則と呼ぶことにする。
遠藤誠一は遠藤自身の量刑を軽くするためには手段を選ばずオウム真理教関係者を次から次へと検察・警察に売り渡した。
遠藤誠一は創作の神様の意思に乗っかることで死刑を免れようとしたのであった。

平成7年6月5日というと、遠藤誠一が「死刑になるのが怖いんですよ」と言い出した平成7年5月中旬から数えること半月以上」たっている。
かつて遠藤誠一と深く交わり、そして遠藤誠一によく騙されたことのある土谷正実こそ、遠藤誠一のウソを巧みに見抜くことができる。 平成7年6月5日の時点で既に遠藤誠一は青山さんを検察・警察に売り渡していた。
遠藤誠一の自己中心的な邪悪な目論見によって、教団内のサリンを合成していたこそすら知らなかった青山さんが滝本事件で逮捕起訴され、さらには有罪判決を受けた。
滝本事件はえん罪だ。

教団内に合成されたイペリットは全て平成7年1月の正月中に廃棄処分された。
平成7年3月20日、地下鉄サリン事件がおこった車両と全く同じ車両から、科捜研がイペリット(もしくはイペリット同様の呈色反応を示す物質)を検出していた、という事実を決して忘れてはならない。
ここで第6原則の別解を示そう。
第6原則は複数解を持っているのだ。
第6原則の別解とは、すなわち「平成7年3月20日、地下鉄車両内にイペリット(もしくはイペリット同様の呈色反応を示す物質)をまいたのはオウム真理教ではない」。
念のため科捜研の安藤証人の証言を引用しておく。
「M9という毒ガスの試験紙があります。
それで、この試験紙を使って、確か、赤く出るとイペリットということが、それで、この地下鉄サリンの液体については、そういった試験紙でも赤くなってしまう。
それで、一部にマスタードじゃないかという話も飛んできたことはあります。」(第248回尊師公判速記録からの引用)。

(P50 地下鉄サリン事件―3月17日警察は防毒マスクを準備    第13原則)
遠藤誠一と共に教団の科学技術部門のトップに君臨した村井秀夫は、土谷が初めて村井秀夫に逆らった後、土谷正実をホテル浦島に呼び出した上でホテル浦島に大量の公安刑事を連れて来た。
村井秀夫は土谷正実を第2サティアンにとじこめた後刺殺され、その直後土谷正実が逮捕された。

紙面が残り少なくなってきたので、もうそろそろAUM13の第13番目の公式を述べなければならない。
AUM13の第13番目の公式とは、すなわち
「平成7年3月17日、警察当局は防毒マスク等を準備した上で陸上自衛隊大宮駐屯地に集結していた」。

歴史を愛する人や、将来歴史を専門的に学びたいと考えている人には、是非とも今年8月4日付上申書に記した11冊の本を読んでほしい。
真実とは往々にして厚いベールにおおわれているものなのである。
土谷正実はつぶやいた。
「教団外部の人間で、平成7年3月17日よりも前の時点で既に地下鉄サリン事件のことを知っていた者がいる」。

*************抜粋終わり
サリン事件にまつわる各種資料
資料編集:三浦英明
http://s-a-t.org/sat/sarin/siryo.html

資料がたくさん挙げられているが、このうち
麻原弁護団安田主任弁護人不当逮捕に関する資料(他サイトの資料)」の9件
に関しては、すべて見られない状態になっている。