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「世間はこれもオウムの仕業にするのだろうか」 [オウム真理教]

「A2」森達也 安岡卓治 2002年4月10日 現代書館

オウム真理教のドキュメンタリー「A」のあと、1999年9月から撮影したオウム信者たちのドキュメンタリー。

P.88
「実は、・・・事件の日の朝、尊師と電話で話したんです。」
法務部の責任者である広末晃敏は、しばらくの躊躇いの後にそういった。傍らでは、カセットテープに編集された麻原のマントラが響き続けている。カメラを手にしながら、僕は思わず広末の許に歩み寄る。
「3月20日の朝ですか」
「朝です。まさしく臨時ニュースが流れた頃です。別件で電話したんですが、尊師も事件のことはもうご存知でした。」
「・・・・で、何と言ってました」
「驚いておられました」
「驚く?」
「ええ」
「演技の可能性はありますよ」
「・・・もちろん、そう指摘されれば反論できません。可能性としてはありますよね。・・・でも本当に、これ以上ないというくらいに憔悴しきったような哀しそうな声で、世間はこれもオウムの仕業にするのだろうかってつぶやいたんです。・・・・今さらオウムは事件とは無関係とはさすがに私も思いません。でも、今も時折、尊師のあの時の声を思い出すんです。あれが演技で出せる声なのだろうかって考えるんです。」
そこまで言ってから、広末は辛そうに黙り込んだ。帰り支度を終えた荒木浩がいつのまにか後ろにいた。無言で僕の背後に立ち尽くしていた。僕も言葉はない。麻原のマントラが日々続ける小部屋で、三人はいつまでも黙りこくっていた。

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麻原彰晃は地下鉄サリン事件の指示をしていないと私は考える。

それからこの本では、なぜ事件が起きたのか、残された信者たちがわからないでいることが伝えられる。
蚊でさえ命があり、殺すなと言われていた教義とは一致しないから。

出家してきた信者には、教団しかいるところがない。
しかし各地で出て行けと反対運動が起きる。
反対運動が起こされあるところをでて、別のところに行こうとすると、そこでも反対運動が起こされ、住民の監視小屋が建てられ、「でて行け、でて行け」と言われる。
住民票を受け付けてもらえない。
子供たちを学校にやりたくても、受け入れてくれる学校がない。
しかたなく教団で勉強を教えていると、教育を受けさせていないと言って児童施設に強制的に連れて行かれる。

オウムは本当に報道されるような団体なのか疑問に思う住民が出てくる。
信者と話すうちに仲良くなる住民も出てくる。
それをカメラに収めるテレビ局もあるが、それは決して放送されない。

オウムの人と直接話してみたいという右翼の人が出てくる。
P.66
「今日は来てよかったよ。それだけはいえる」
「確かに罪は罪だよ。だけどさ、少なくともこの人たちは、サリン散布には全然関与していないんだからさ、まあもちろん道義的な責任からは逃れられないとは思うよ。だけどさ、住むところも与えない、住民票もとらせないという今の社会の対応は、いくら何でも違うだろう」
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