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れんだいこ:「文芸春秋社マルコポーロ廃刊事件」考 [「れんだいこ」から]

れんだいこさんのサイトが見られなくなっているため、キャッシュよりコピーを作成 全文引用
こういう重要な情報ほど、いつ見られなくなるかわかりません。
みなさんもリンクを貼るのではなく、ぜひコピーを作成してください。

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/mascomiron_marcoporoziken.htm

「文芸春秋社マルコポーロ廃刊事件」考


 (最新見直し2007.9.24日)

 関連サイト、「レトリック」

 (れんだいこのショートメッセージ)
 2004.3月、「角栄の孫娘のプライバシー漏洩にまつわる週刊文春販売差し止め事件」が発生した。これに対しれんだいこは「「孫子の代までの謗り当然論」弾劾考」サイトで、大方のコメントとは見解を異にし、文芸春秋社の政治主義的な立ち回りの虚構を衝いた。この過程で、文芸春秋社にかって生起した「マルコポーロ廃刊事件」の重大性に気づいた。文芸春秋社の政治主義性は「マルコポーロ廃刊事件」と重ね合わせるとよりはっきりと見えてくる。そういうわけで、このサイトで「文芸春秋社マルコポーロ廃刊事件」を考察する。

 2004.4.2日 れんだいこ拝

【「文芸春秋社マルコポーロ廃刊事件の背景事情」】
 デイヴィッド・グッドマン/宮澤正典(藤本和子訳)の「ユダヤ人陰謀説:日本の中の反ユダヤと親ユダヤ」(講談社、1999.4月)」(2006.9.9日付投稿「マルコポーロ廃刊の内幕。『事実の検証』を『反ユダヤ主義』と言い換えるレトリック」)は、雑誌マルコポーロの廃刊事件の真相をレトリックで捻じ曲げようとしている悪文であるが、当時の文藝春秋社長・田中健五、マルコポーロ編集長花田和凱(はなだかずよし)氏について他に無い情報を知らせているのでこれを参照し、れんだいこ風に整理してみる。それによると、マルコポーロ事件前の伏線は次の通りである。
 当時の文藝春秋社長・田中健五は、ロッキード事件の狼煙となった立花隆・氏の「田中角栄研究―その金脈と人脈―」を掲載した時の文芸春秋誌の編集長だった。これが功績となってか以降トントン拍子の出世街道を驀進していく。1976年、文芸春秋の毎月の発行部数が百万を突破させた。1984.7月、出版部長に昇進。1985.4月、子会社としてネスコを設立。ネスコは宇野正美の反ユダヤ本を四巻出版する等「ユダヤ禍問題」に関心を見せている。1988年、文芸春秋の社長に就任。1991年、新月刊誌を三種創刊した。その一つがマルコポーロだった。

 花田和凱(はなだかずよし)は、1988年から94年まで週刊文春の編集長として売上げを50万部から76万部まで伸ばし名物編集長の評価を得ていた。スキャンダル路線を得意としており、たとえば皇室を批判して宮内庁に「謝罪」を強いられたり、JRを批判してJR東日本のキヨスクからボイコットされるという履歴を持つが、編集長としての才覚に長けていた。

 田中社長は、マルコポーロの売れ行きが予想通りには伸びなかった為、1994.4月、田中は、週刊文春の編集長として辣腕を振るっていた花田氏をマルコポーロの新編集長に抜擢した。花田氏の実績が買われて鳴り物入りでマルコポーロに移動した。それまでのマルコポーロは3万部程度の部数低迷に悩んでいたが、花田編集長になって、リニューアル7号目で15万部にまで伸ばしていた。
【「文芸春秋社マルコポーロ廃刊事件の経緯」】
 文芸春秋社の月刊誌「マルコポーロ」(MARCOPOLO、花田紀凱編集長)は、「ホロコースト50周年」記念特集を企画した。その結果、記念特集に相応しいありきたりのものとせず、通説に異議を差し挟む「西岡論文」をメインに据えての意欲的な編集となった。1995.2月号(1.17日発売)で、内科医師・西岡昌紀(まさのり)氏の10ページにわたる寄稿文「戦後世界史最大のタブー。ナチ『ガス室』はなかった」を掲載した。(れんだいこは「西岡論文・ナチ『ガス室』はなかった」考」に採録している)

 この西岡論文に対し、「マルコポーロ」編集部は次のような紹介文を付していた。
 概要「一月二十七日、アウシュヴィッツ収容所は『解放』五十周年を迎える。だが、ここには戦後史最大のタブーが秘められている。実はホロコースト=ナチスによるユダヤ人虐殺説には、今、大きな疑問が投げかけられ始めているのだ。ユダヤ人が悲惨な死を遂げたことは、間違いない。しかし、ガス室で、計画的に殺されたという話には証拠が少ない。戦後、西側に属した収容所にはすべてガス室が存在しなかったことが証明された。あったとされるのは東側の収容所のみ。しかも、ガス室は密閉機能に欠け、使用されたガスは科学者の目から見ると、とても大量殺人には使用できぬものであった。実は、欧米では、この種の疑問が、ジャーナリズムを賑わしている。当のユダヤ人学者さえ、疑問を呈しているのだ。なぜ、日本のマスコミだけが、この問題を書かないのか。若手の医師が、個人で調べあげた驚愕の新史実!」。
 後に、当時の「マルコポーロ」編集長・花田氏は、掲載の経緯を次のように述べている。
 「件のマルコが発売になる前年の9月ぐらいに、西岡氏が元になる原稿を送ってきたんです。読んでみると、僕がそれまで知らなかったことが書かれていて、面白い。デスクの2人にも読ませたら同じく面白いと言う。そこで西岡氏と会って話してみた。マトモな人だったので、じゃあまとめてみようという話になったのです」。
 「ユダヤタブー」に触れたこの企画がトンデモ騒動を引き起こし、「マルコポーロ」の廃刊、花田紀凱編集長の解任、同社社長の辞任という一大事件に発展することになる。
【西岡論文「戦後世界史最大のタブー ナチ『ガス室』はソ連の捏造だった」の論理構成】
 西岡論文「戦後世界史最大のタブー ナチ『ガス室』はソ連の捏造だった」の論理構成はどのような内容のものであったのか、これを検証してみる。概要を述べると次のようになる。
1  ナチスドイツのユダヤ人迫害は史実なれども、云われている様な「ユダヤ人の絶滅計画」などは無かった。当時のドイツ政府が計画した事は、ヨーロッパの全ユダヤ人を戦後ロシアなどの「東方地域」に強制移住させる事だった。(「それは、もちろん不当な事である」と書き添えている)
2  アウシュウィッツをはじめとする強制収容所の建設目的は、戦争中はユダヤ人を労働力として利用し、戦後はロシアなどに強制移住させる為の準備施設としてのものだった。ところが、ソ連戦線でドイツが敗退した結果、ユダヤ人の東方への強制移住計画など全く不可能となり、他方、戦争の影響で、それらの収容所の生活環境が悪化した。その為、強制収容所では特にチフスをはじめとする疾病が大発生し、多くのユダヤ人が悲劇的な死を遂げた。
3  一方、連合軍は、戦争中から、戦時宣伝の一環として、ドイツが強制収容所でユダヤ人を大量に処刑しているという宣伝を行ない、その様な宣伝の中で、「ガス室大量殺人」の話を流布していた。
4  戦争末期から戦争直後にドイツの収容所を解放した連合軍は、そこで多くの病死者の死体を発見した。そして、それらの死体の山を、まるで「ガス室大量殺人」の犠牲者であったかの様に発表、宣伝した。
5  「600万人ユダヤ人大虐殺」を象徴する「ホロコースト事件」は真偽不明であり、精査され直さねばならない。
6  アウシュヴィッツ強制収容所に展示中の資料はソ連などの共産主義政権が捏造(ねつぞう)した可能性が強い。
7  アウシュヴィッツ強制収容所にはガス室はなかった。
8  あったとしてもチクロンB(Zycklon B)という殺虫剤では人を殺せない。さらにガス室に使用したとするシャワー室は構造上ガス室に向かない。
【西岡昌紀氏の「ドイツではみんなこう思って居る」】
 「阿修羅ホロコースト版4」の西岡昌紀氏の2007.9.11日付投稿「文春への電話:ドイツではみんなこう思って居る」を転載する。
 もう時効だと思ふので、お話しましょう。今から12年前、文藝春秋社が『マルコポーロ』廃刊事件に揺れた直後の事です。ドイツに詳しい事で知られる或る識者が、文藝春秋本社に電話を掛けて来ました。その方は、複数の著書を持つ高名な著述家です。そして、その方は、文藝春秋上層部の人々と懇意な方です。
 その方は、その電話で、『マルコポーロ』が廃刊に成る切っ掛けと成った記事(『戦後世界史最大のタブー『ナチ・ガス室』はなかった』)について、「面白かった」と感想を述べられた後、こう言ったのだそうです。「この記事(『ナチ『ガス室』はなかった』)に書いてある事は、ドイツ人の本音です。」

 そして、その電話で、相手の文春関係者にこう言ったのだそうです。「ドイツでは、みんな、こう思って居ます。」 そして、更に、こう言ったと言ふ事です。 「でも、ドイツでは、これは絶対に活字に出来無いんです。日本だから、活字に出来たんです。」

 この話を文春関係者から聞いた時、私は、日本は自由な国なんだな、と思はずに居られませんでした。
 2007年9月11日(火)

 9・11事変から6年目の日に 西岡昌紀 http://www.ihr.org/

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 (たかが、このくらいの発言で・・・)

 「ナチス称賛」で花形アナ処分 (http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=293316&media_id=4

 花形アナ、「ナチス称賛」で契約解除=家族政策めぐる発言に批判噴出-独 (時事通信社 - 09月11日 09:14)

 【ベルリン10日時事】ドイツ公共放送、北ドイツ放送(NDR)の花形女性アナウンサーがこのほど、ナチス政策の称賛とも受け取れる発言で批判を受け、契約を解除される事態に発展した。エファ・ヘルマンさん(48)は公共テレビの人気ニュース番組「ターゲスシャウ」のキャスターを長年務めたほか、自分の名前を冠したトークショーや歌番組の司会、作家活動など幅広く活躍している。

 ところが、最新著作の宣伝に絡んで、「ナチス時代でも家族や子供、母親の存在といった価値が奨励された」とし、「これは良かったが、学生運動世代がこれを崩壊させてしまった」などと発言したと報じられた。

 これに対し、「ナチスの家族政策は人間軽視だった。ヘルマンさんは本を書くのではなく、ナチスに関する本を読むべきだ」(独紙)など批判が噴出。NDRは9日、「ヘルマンさんの執筆活動は、キャスターとしての役割ともはや両立しない」と契約の即時解除という厳しい処分を発表した。[時事通信社]

 この西岡論文及びそれを掲載した文芸春秋にユダヤ人擁護組織「SWC」が噛み付いた。

【Simon Wiesenthal Center(略称「SWC」)とは】
 Simon Wiesenthal Center(略称「SWC」)は、1977年創立で、アメリカのロサンゼルスを中心に、アメリカ、カナダ、フランス、イスラエルに事務所をもつ。本拠地はロサンゼルスにある。サイモン・ヴィーゼンタールは、第二次世界大戦後、ナチの戦犯アイヒマンを追跡逮捕したことで一躍有名になった人物である。ロサンゼルスには、類の相互理解を促進させる目的で、現代の差別と偏見の現実と、ナチによるホロコーストを展示した「寛容の博物館」を設置していることでも知られている。(日本に圧力をかけるシオニスト組織「SWC」その他参照)
【マルコポーロ事件の経緯】
 上述のような内容の西岡論文を掲載した「マルコポーロ」1995.2月号はどのようなリアクションを呼び起こしたか、以下追跡する。

 留意すべきは、著者の西岡氏は前年の9月の時点で論文を「マルコポーロ」側に渡していたということである。それから約3ヵ月後に掲載される事になる。この間、西岡論文が社内でどのように取り扱われてきたのかは今もって明らかにされていない。云える事は、発売と同時に用意周到とも云えるリアクションが為されていることである。以下、その経緯を検証する。
1.17日  問題の記事を掲載した同誌の1995.2月号が発売された。
 この「ナチスドイツのガス室はなかった」と題した記事がユダヤ人人権擁護団体にして アメリカのシオニスト最右派過激派としても知られ、アメリカだけでも会員が40万人を超えるサイモン・ヴィーゼンタール・センターの逆鱗に触れて、すぐさま抗議運動が巻き起こった。
 SWCは、概要「アウシュヴィッツのガス殺人を否定しようとするもので、歴史に対する無知と偏見を暴露している」と強く批判した。ちなみに、時期は不明であるが、テレビタレントとして活躍しているデーブ・スペクターも「マルコ・ポーロ」の編集長・花田紀凱に、「ハナダさん、あなたは“日本に原爆が落とされた事実はない”という話を信じますか。だとしたら、編集者どころか人間失格だ」と噛みついた、とある。
1.18日  SWCが、ロサンゼルス駐在日本領事の栗山駐米大使に抗議。次のような抗議文であった。
 「大地震の悲劇には胸の塞がる思いでいっぱいだが、貴国の有力な出版社が行ったホロコースト犠牲者への名誉毀損には深く憂慮せざるを得ない。マルコポーロ誌の論文は、これまでのホロコースト否定論者が捏造した事実を、歴史的な新事実を掴んだとして単に繰り返したに過ぎない。この論文は、歴史ナチズムの犠牲者に対する途方も無い攻撃である。そして、日本人に死と惨劇をもたらしヒロシマへの原子爆弾投下をなきものとする行為とまったく同じものと言わざるをえない。ヴィーゼンタール・センターは、民主主義の名の下、出版、言論の自由を踏みにじるつもりは無いが、この憎むべきデマゴーグを非難する権利と義務は有するものと信じている」(「日本タブー事件史」、別殺宝島、2005.1.28日初版)。
1.19日  イスラエル大使館でもこの記事を問題視し、「マルコポーロ」編集部に抗議の電話が入る。
1.20日  駐日イスラエル大使館のアリエ書記官らが「マルコポーロ」編集部を訪問。担当デスクはイスラエル側の反論を掲載することを提案したが、イスラエル大使館側は、「謝罪をせずに中立的な立場を取るつもりなら執筆無用」と返答。
1.20日  SWCが「マルコポーロ」への広告差し止めを呼びかけるボイコット圧力作戦を開始した。フィリップモリス、マイクロソフト、フォルクスワーゲン、三菱自動車などが広告出稿拒否を表明。
1.24日  花田紀凱編集長の下に、アメリカから電話情報が入った。「シオニスト・ロビー」の中でも最悪の部類、サイモン・ウィゼンタール・センターが、ワシントンの日本大使館に抗議文を送ったとのことであった。
1.25日  事件が一般報道され、テレビ朝日の「モーニングショー」の話題にもなり、いわゆる総ジャーナリズム状況の大騒ぎが始まった。
1.26日  同誌の二月号に広告(実は空きが出て無料広告)を載せていたフォルクスワーゲンが、以後の広告出稿を停止(実は以後一年、出稿予定なし)を発表した。
1.26日  文春からSWCに面会要請。
 SWCとイスラエル大使館の予想以上の抗議と圧力を受けた文芸春秋社はどう対応したか。以下追跡する。

1.27日  文春の塩谷米総局長がSWCと謝罪の方法などについて話し合う。
1.27日  文芸春秋の役員会で廃刊が決定された。
1.30日  文春は、「マルコポーロ」廃刊決定を公式に発表、全面回収に乗り出す。筆者の西岡氏にも何の相談もなかった。花田紀凱(かずよし)編集長の解任、田中健五社長の辞任に発展する。SWCにも連絡。
2.2日
 文春(田中社長、塩谷米総局長)とSWC(アブラハム・クーバー副所長)の共同記者会見。文芸春秋社の社長、田中健五が「深く遺憾」と述べ、かつ又虐殺された犠牲者らに対して「心からの謝罪」を表明。この時、田中社長は「辞任するつもりは毛頭ない」と述べている。

2.14日  田中社長辞任、代表取締役会長に就任。安藤満専務が新社長に就任した。日本雑誌協会理事長の地位にはそのままとどまった。
3.9日  安藤社長が、80名以上の大規模な人事異動を実行して、社内における田中の基盤を一掃した。
 つまり、文芸春秋社は、記事に対するユダや人団体サイモン・ヴィーゼンタール・センター(SWC)やイスラエル大使館の抗議に遭うや、日頃の硬派論調はどこへ行ったのか忽ち腰砕けになり、何と廃刊、田中社長の辞任、花田編集長の解任の挙に及んだ。
(私論.私見) 文芸春秋社の「マルコポーロ廃刊事件」に見せた態度についてのれんだいこ見解

 文芸春秋社は、2004.3月の「角栄の孫娘のプライバシー漏洩にまつわる週刊文春販売差し止め事件」に際して「表現の自由」の為に不退転の決意で闘うなる声明を発しているが、それをいうなら「マルコポーロ廃刊事件」の時には何ゆえ腰砕けと屈服的対応に終始したのか。これを弁明してみよ。

 文芸春秋社はそれまで、日本の言論界の一方の旗頭としてタカ派系の論調で一家言為していた。その文芸春秋社が、シオニズムの圧力にいとも容易く腰砕けになった経緯が見て取れよう。未だに西岡論文のどこが誤りなのかさえまったく究明されていない。肝心の問題の焦点が巧みにすり替えられ、廃刊という形で強引に封殺されてしまった。

 こうなると次のことが判明する。日本のタカ派系ジャーナリズムの正体は、シオニズムに対しては屈服し、日本の国家権力(官僚制及び与党)とは和合し、野党に対しては傲慢不遜に向き合い、左派運動に対しては手厳しく論難するのを得手としているということか。ならばこれも新種の売国奴でしかないではないか。

 2004.4.3日 れんだいこ拝

【SWC(ユダヤ団体)の二枚舌について】
 「マルコポーロ事件」を検索していたら、「イルミナティ(啓明会)の創設者(アダム・ワイスプト)の手紙」なるサイトに出くわした。ここで、事件後、文芸春秋社とSWC合同で「SWCセミナー」が開かれた時の様子が明らかにされている。以下、これを紹介する。なお、「日本に圧力をかけるシオニスト組織SWC」に更に詳しく書かれているのでこれも参照する。

 それによると、マルコポーロ事件の後の1995(平成7).5.24-26日、文藝春秋西館地下一階ホールで、「ユダヤ人理解のためのSWCセミナー」が非公式で開かれたとのことである。このセミナーにはマルコポーロ編集部員全員を含む文春の社員約130名が強制的に集められ、SWC側からは副館長のアブラハム・クーパー、D・ランデス、アルフレッド・バリッツァー博士の3人のユダヤ人ラビが講師として参加した。肝心のマルコポーロの記事に対する具体的な反論などは一切なく、ホロコーストの歴史、反ユダヤヘの批判、ユダヤ文化やイスラエルの風土紹介を行なうだけの一方的なものだった、とのことである。これを「1995.7.8日号週刊現代」がスッパ抜いて報道したことにより世に知られることになった。

 この極秘セミナーに参加した文春社員氏は次のように述べている。

 「とにかくひどいものでしたよ。午前中は英語の映画を字幕なしで延々と見せられ続ける。それでもホロコーストやアウシュヴィッツの記録ならまだ見る価値があるかもしれませんが、中には、イスラエルが生んだ偉人たちを次々に映し出したり、ヘブライ語の愛国歌を延々と流すような明らかな政治的プロパガンダ映画もあった。アブラハム・クーパーらの講義にしても、具体性に欠けるユダヤ至上主義丸出しの一方的なプロパガンダですしね。リビジョニストに対して批判する際も、彼らの論理のどこが間違っているのかについての指摘は一切なく、ひたすらその経歴がいかに怪しいものであるかを強調するだけであった。私自身は当初、マルコポーロの記事について批判的だったのですが、セミナーのせいで逆に、ガス室についてもユダヤの情報操作があった可能性を捨てきれなくなったほどです」(「日本に圧力をかけるシオニスト組織SWC」より)
 このセミナーの席で、「元マルコポーロ編集部員の一人」が次のように質問したとのことである。

 「私は今回の記事で解任されたものの一人である。なぜ、あなたがたはマルコポーロに直接抗議せずに広告主に圧力をかけたのか。これは卑劣で恥ずべき行為だと私は考える」。
 概要「あなたがたはマルコポーロ廃刊は文春が自主的に反省した結果と考えているかもしれないが、それを信じるほど私はナイーブではない。編集生活18年で私が学んだ事は、言論には言論で対抗するという原則である。間違っても暴力や言論以外の力で対抗するべきではない」。
 「しかし、それをあなたがたは守らなかった。こうしたあなたがたの卑劣で恥ずべき行為こそがファシズムを招き、第二のアウシュビッツに繋がるのではないのか」。
 「もう一度聞く。なぜ反論しなかったのか。必要なのは事実であり、プロパガンダではない。あなたがたの行為こそがネオナチでありファッショではないのか」。
 それに対するSWCのバリッツアー博士の答は、こうだった。

 「(SWCの圧力を暴力というなら)暴力は必ずしも恥ではない。アメリカでは 日常茶飯事のことです。アメリカの独立はポストン・ティーパーティ(茶会事件 =1773年)でのボイコットから 始まりました。アメリカではこの様な圧力は道徳にかなっており、質疑応答と同じくらい正しい行為とみられています」。
 このサイトの管理人は次のようにコメントしている。

 「一般には”悪”とされる事が、自分達には”善”、その逆に一般には”善”とされる事が自分達には”悪”ーーこういう二重論理が何を元にして作られるかを伺わせるのは、『タルムード』である。(次に引用する『タルムード』の文言は、現在入手出来る版からはおそらく削ってある。戦前から『タルムード』の新しい版毎に削除されている箇所が増えている事が、しばしば指摘されている)」(タルムードについては別サイトで考察する)。
【「文芸春秋社『マルコポーロ』廃刊事件」の諸影響】
 「マルコポーロ廃刊事件」以来、日本のジャーナリズム界では、ホロコーストも含め「ユダヤ人問題」の批判的考察はタブーとなった。しかも力ずくの「タブー」とされ、触れることさえ許されない状況になった。
 あるジャーナリストは、「マルコポーロ廃刊問題」に関して次のように述べている。
 概要「記事はなかなか面白いものだった。既成の専門書などからの引用ばかりで若干説得力に欠けるが、それでもホロコーストに疑問を持つには十分である。ああいった見方があってもおかしくはない。結局ユダヤ側はこの記事に関して反論を明確にせず、圧力だけで攻撃した。最終的に雑誌一冊潰してしまったのだから、やはりユダヤは恐ろしい。(彼自身も含めて)ホロコーストに反論する記事を有名誌が取り上げることは、もうないだろう」。
【小石牧師の「『マルコポーロ』廃刊事件」批判】
 小石牧師は、「なぜマルコポーロの記車に過剰反応するか」の中で次のように述べている。
 「その頃、ある雑誌に載った『ナチスのガス室はなかった』と言う論評に、ほとんど野犬のように噛み付いて来た民族の反応にはがっかりした。その民族は知性的な事、世界一を自認する民族ではなかっただろうか。ところがこの反応には知性のかけらもない。冷静な論議も何もなく、ただ、けしからんの感情論だけ。あとは記事を取り消せ、広告するなと声高に叫ぶだけである。

 本来言論と言うものは言論で反駁するものである。『ガス室はなかった』と言うのが偽りなら、『ガス室はあった』と論証すればいいではないか。それだけの話ではないか。これではかえって自分たちの嘘、偽りを覆い隠そうとする意図のようにさえ考えてしまう。言論を力で圧迫するやり方はファッショ的であると教えてくれたのは彼らではなかったのか。

 私はこういう事に関心のないごく普通の主婦の口から『今まで、ナチスのガス室はあったと思っていましたが、かえって今度の事件で、無かったのではないかと思うようになりました』と言うのを間いた。この一連の騒ぎを見ながら、『ドラえもん』と言う漫画のジャイアン少年を思い出した。彼も自分の意見が通らないと、腕力と脅しで相手を黙らせる。しかし、ジャイアンには怖いお袋さんがいるが、今やこの民族を押さえ付けるパワーは地上にはありそうもない。私はこれから書くことにためらいと葛藤がある。

 本当はこんな事は書きたくないのだ。しかし、次々と新しい情報が入って来る。それらの多くはすでに実際に起こっていることだから否定しようもない。こんな暗いニュースは知りたくない。何でこんな役柄を振り当てられたのか恨みたくなる。お前が好き好んでやっているのではないかと言われる。もう、黙っていようと思う」。
【花田編集長の述懐】
 解任された花田編集長は「戦後史企画室」へ移動させられた。その後次のように述懐している(「日本タブー事件史」、別殺宝島、2005.1.28日初版参照)。
 「向こうは反論・再反論という同じ土俵に乗ろうとしなかった。こちらはたくさんのユダヤ人が殺されたのは事実で、ホロコーストが無かったと言い張ってるわけじゃないのに」。
 「悲しいかな、社長が辞めるって言われちゃうと、もう、どうしようもない(笑)。長年のサラリーマン根性で、迷惑かけちゃって申し訳ないなぁーーーという気持ちになりました。文句を言う気にもならないし、処遇は社に任せますってことになった」。
 「文芸春秋という会社に限らず、国際的なプレッシャーをかけられるという経験は、出版社にはそりまでなかった。だからこちらとしても、過剰反応したのは否めないと思います。ほんとうなら、もっと冷静な対応ができたはず。何しろ、いきなり全世界のユダヤ人を敵に回すような雰囲気になってしまったわけだから」。
【「西岡論文に対する当時のマスコミ報道」考】
 「文芸春秋社マルコポーロ廃刊事件」を当時のマスコミはどういう論調で対応したのか、次の一文が参考になる。出典不明であるが次のようにコメントされている。
 「この記事の著者西岡昌紀という人は専門のジャーナリストではなく、内科医である。いわばこの道のアマチュアで、そのアマチュアが海外のネオナチなどの言説を真実と思いこみ、事情も知らないまま『勇み足』をしてしまった。一方、記事を掲載した雑誌マルコポーロの方も、週刊文春のやり手編集長として知られていた花田紀凱氏が鳴り物入りで就任したものの、思ったより部数が伸びず、焦ってこんなガセネタをつかんでしまったのだ」
 こういう受け止め方が幅を利かせているようである。つまり、西岡論文はあまりに衝撃的過ぎて、というか西岡論文の指摘が意味あるものとすると「ガス室大量虐殺」という戦後の「定説」総体の見直しに向かわねばならず、それにはシオニズムの厚い壁があり、それでも突き進むことには何のメリットも無いことを察知してか、奇説として葬り去られた。

 しかし、インターネット上では両見解が並存している。西岡論文系に「見直し論者たちのホームページ」、それに対抗する「反見直し論者のホームページ」がある。(DOHCメニュー)
【オウム真理教の「『マルコポーロ』はなぜ潰されたのか?」】
 世間ではさほどにはしられていないが、オウム真理教は反ユダヤ主義を公言し、シオニズムの文明的汚染に対してそれなりの観点を保持している点で耳目を引いている。日本のジャーナリズムは、1995年の地下鉄サリン事件以来オウム真理教の「ハルマゲドン」説や「マインドコントロール」等々を盛んに取り上げ批判してきたが、「オウム真理教の反ユダヤ主義・歴史修正主義」については言及していない。マルコポーロ事件の影響が影を落としているのかも知れない。

 ニューズウィークは次のような記事を掲載した事がある、と云う。
 概要「オウム信者は、『ユダヤ人による世界支配』という認識を有している。オウムは自己の犯罪を謝罪し、補償する姿勢を示してはいるが、自分たちのファシズム的主張についてはいまだに謝罪していない。メディアも、メディア報道を批判する人権運動家たちも、この問題に関して、『死の沈黙』を貫いているという点は共通する」。
 そのオウム真理教は、機関誌「ヴァジラヤーナ・サッチャ」誌上において「マルコポーロ」廃刊問題」に関して次のような所見を披瀝している。れんだいこには、貴重な「この問題に対する最も果敢な挑戦」であったように見える。「ヴァジラヤーナ・サッチャ」第8号のP165~173(1995.3.25日付け:販売は1995.2月末から)に「超裏読み・超過激ラディカル・トーク。『マルコポーロはなぜ潰されたのか?』」が発表され、次のように解析している。要点だけ摘出する。
 (ホロコースト問題について)
 「例えば、六〇〇万人のユダヤ人がホロコーストで亡くなったとされてきたが、今やその数字は何の信憑性のないもので、意味のないものだということが明らかにされている。これはかのSWCもが認めるところである」。
 (シオニズムタブーについて)
 概要「日本において反ユダヤ的な記事は特に新聞、そして大きな出版社では書くことができない。書いたとしても当たり障りのないところに終始する。これは彼らに対して逆らえないからだ。これは『マスコミによって作られたタブー』なのだ」。
 (「マルコポーロ廃刊事件」について)
 「マルコポーロの編集部員のコメントが紹介されていた。『これはメディアの自殺……文春ジャーナリズムはもう立ち上がれないのではないか、と不安でいっぱいですよ』。この発言はまさに真をついている。しかし、ことは文春だけには終わらない。ほかのジャーナリズムにとってさえも何も言えない環境が作り出されてしまったのだ。いわば、許されざる前例を作り上げてしまったのである。これでは心あるミニコミしかこういった情報には意見を出せなくなってしまう。──日本のジャーナリズムは地に堕ちた」。
 (「マルコポーロ廃刊事件」に立ちあらわれた広告差し止めを呼びかけるボイコット圧力作戦について)
 「なぜならば、雑誌自体は広告収入がなければ成り立たないからだ。これはもともと外的圧力が入りやすいことを表わしている。『それを書いたら、広告を止めるよ」といってくるのが一社や二社ではなくなったら、いかなる大出版社でももうお手上げだろう。こんな状態で日本のジャーナリズムが「真のジャーナリズム』たりうるわけがないのだ。もちろん広告を差し止めるという強硬手段をとる企業も企業である。卑劣としかいいようがない。なぜ、真実を究明させよと一言いわないのだ。やはり彼らの手の内にあるということなのだろうか」。
 (月刊誌マルコポ-ロ廃刊事情について)
 「全くの想像であるが」と前置きして、「マルコポーロ廃刊事情」の裏読みを披瀝している。その要旨は、れんだいこの責任に於いて纏めると次の通りである。
 概要「あまりにも簡単な廃刊と編集長の解任、社長の辞任があったが、社長自身は会長に『昇進』している。これについて疑義がある。これら諸々の問題点をあわせて考えると一つの仮説が浮かび上がってくる。つまり、文萎春秋社とSWC及びイスラエル(ユダヤ)の指導的な立場にある組織が手を組んでいるのではないかということだ。読者も見ておわかりのとおり、文春側とユダヤ側の利害が非常に一致している。

 ユダヤ側はどうだろうか。日本に反ユダヤ勢力といえるような思想が台頭していることはユダヤにとって悩みの種だった。もちろん反ユダヤといっても一般的なものではないが、それでも一部の研究者によって、彼らにとって不都合な情報が確実に流されてきたことは事実である。そこで今回この事件をでっち上げることにより、反ユダヤはタブーであることをジャーナリズム、研究者、さらには一般の人間にも強烈に印象づける計画を実行した。これによって、まず文春系列から出版されている反ユダヤ的な書籍を回収させ、出版業界に圧力をかけ、その他の社から出ている関係書籍もゆくゆくは根絶やしにする。いかがだろうか。あなたはこれを荒唐無稽と一笑に付すだろうか?」。
(私論.私見) オウム真理教機関誌「ヴァジラヤーナ・サッチャ」誌上の「マルコポーロ廃刊問題」での「マルコポ-ロ廃刊事情について」考
 「ヴァジラヤーナ・サッチャ」は、「文萎春秋社とSWC及びイスラエル(ユダヤ)の指導的な立場にある組織が手を組んでいるのではないかということだ」と推測して見せた。れんだいこは、これを半分支持する。残りの半分は、タカ派系論調で鳴る文萎春秋社内の民族主義国粋派とシオニズム国際派との確執があり、国粋派に脳震盪が見舞われ当事者が放逐されたというのが本質である、と捉えたい。

 つまり、「戦後日本の支配層の暗闘」として国粋派と国際派の二潮流の確執があり、この抗争こそ軟弱な労資的階級闘争の代わりに生起している日本政治史の真のドラマである。付言すれば、後に述べることになる評論家・立花隆の政治的地位は、シオニズム国際派として文萎春秋社の論調に深く関わるキーパーソンであろう。

 2004.4.6日 れんだいこ拝
【本多勝一氏の「マルコポーロは廃刊にして『諸君!』は廃刊にせぬ文春を嗤う」考】
 本多勝一氏(以下、ホンカツと記す)が、「週刊金曜日第65号」(1995.2.10日)の「『マルコポーロ』は廃刊にして『諸君!』は廃刊にせぬ文春を嗤う」で、「マルコポーロ廃刊事件」について次のようにコメントしている。興味深いことは、ホンカツ氏は、「マルコポーロ事件」を文芸春秋社のもう一つの政治言論誌「諸君」と比較しているところであり、「だが、ここで文春の日ごろの反平和・反反核・反市民運動を主軸とする反動タカ派の非論理・非倫理が一挙に露出し、だれにもわかりやすいかたちで矛盾が見えてくる。整理すれぱおよそ次のようになろう」として次のように云う。
 
 要約概要「A・第二次犬戦中の日本の同盟国・ドイツがやった無数の暴虐事件の象徴として『アウシュビッツ』はあった。それを否定したのは文春の月刊誌『マルコポーロ』だった。文春は責任をとってこの雑誌を廃刊にし、編集長を解任した。B・第二次犬戦中のドイツの同盟国・日本がやった無数の暴虐事件の象徴として『南京大虐殺』はあった。それを否定したのは文春の月刊誌『諸君!』だった。

 文春は責任をとってこの雑誌を廃刊にし、編集長を解任しただろうか。右のAとBをくらべてみられよ。私は個人的にも公的にも怒りを禁じえない。責任の重大性は、日本自身の問題たるB(南京)の方が、当然ながらアウシュビッツよりはるかに高いはずだ。それが『廃刊』どころか、この問題を取材・発表してきた私個人に対して、実に二十余年間にわたる攻撃がつづいたのだ」。
 つまり、ホンカツ氏は、ホロコーストと南京大虐殺事件との奇妙な通底性を踏まえており、ホロコースト問題で躓(つまず)いたマルコポーロが廃刊になったのに、南京大虐殺事件で躓いた筈の「諸君!」が廃刊にならないのはおかしいではないかとして、「ともあれ、『南京』を否定した文春は完敗した。アウシュビッツを否定した文春の今回の態度が、もし本心からの反省であるなら、『諸君!』こそ廃刊にすべきであろう」と云う。

 れんだいこが興味を覚えるのは、次の点である。ホンカツ氏は、
①  ホロコーストと南京大虐殺事件との奇妙な通底性を踏まえている。これは恐らく正しい認識であろう。
②  西岡論文の問題提起を一蹴している。つまり、ホンカツ氏のシオニズムとの親和性が判明する。
③  南京大虐殺事件を否定する「諸君!」との確執に義憤している。つまり、ホンカツ氏は南京大虐殺事件についてこれを肯定的に実証しようとしている。
④  マルコポーロが廃刊されるのなら「諸君!」の方こそ廃刊されるべきであるとしている。
⑤  廃刊についてそれを当然視している。
 以上から、ホンカツ見解の位相が判明する。れんだいこは、ホンカツ見解とは凡そ対極の立場に位置しているが、「ホンカツ氏の①・ホロコーストと南京大虐殺事件との奇妙な通底性を踏まえている」点のみ、奇妙に一致している。それにしても「廃刊当然論を唱えるマスコミの大御所」の痴態を恥じることなく披露しているホンカツの言論人としてのお粗末さが見えてくるケッタイな論考「『マルコポーロ』は廃刊にして『諸君!』は廃刊にせぬ文春を嗤う」ではある。れんだいこは、この一事で以ってホンカツを信用しない。ジャーナリストの沽券にかかわる失格者と見なす。
Re:太鼓 れんだいこ 2005/02/11
 お笑い日本共産党さん皆さんちわぁ。

> 太鼓をドンドンと叩くのは、辻元清美が一番でしょうね。彼女の背後に筑紫哲也や佐高信や本田勝一、朝日の左翼記者などがいることでしょう。

 れんだいこは、挙げられた人の中では、佐高信を評価しますが、本多勝一はどうでせうね。「朝日の左翼記者」という言い方がよく為されますが、とんと思い当たりません。その昔なら、マスコミ系で左翼党派と誼を通じている者はいたと思いますが、現在ではどうでせう。

 日共系の者が居たとして連中の立ち居振る舞いはすべからく反動的でせう。故に、「朝日の左翼記者」なる者は存在しないのです。つまり、虚構批判なんですね。れんだいこはそう思います。

 本多氏については次のように考えております。「文芸春秋社マルコポーロ廃刊事件」考で解析しましたが、「週刊金曜日第65号」(1995.2.10日)の「『マルコポーロ』は廃刊にして『諸君!』は廃刊にせぬ文春を嗤う」で、次のように述べているとのことです。http://www.marino.ne.jp/~rendaico/mascomiron_marcoporoziken.htmより引用します。

 要約概要
 「A・第二次犬戦中の日本の同盟国・ドイツがやった無数の暴虐事件の象徴として『アウシュビッツ』はあった。それを否定したのは文春の月刊誌『マルコポーロ』だった。文春は責任をとってこの雑誌を廃刊にし、編集長を解任した。

 B・第二次犬戦中のドイツの同盟国・日本がやった無数の暴虐事件の象徴として『南京大虐殺』はあった。それを否定したのは文春の月刊誌『諸君!』だった。文春は責任をとってこの雑誌を廃刊にし、編集長を解任しただろうか。

 右のAとBをくらべてみられよ。私は個人的にも公的にも怒りを禁じえない。責任の重大性は、日本自身の問題たるB(南京)の方が、当然ながらアウシュビッツよりはるかに高いはずだ。それが『廃刊』どころか、この問題を取材・発表してきた私個人に対して、実に二十余年間にわたる攻撃がつづいたのだ」。

 つまり、ホンカツ氏は、ホロコーストと南京大虐殺事件との奇妙な通底性を踏まえており、ホロコースト問題で躓(つまず)いたマルコポーロが廃刊になったのに、南京大虐殺事件で躓いた筈の「諸君!」が廃刊にならないのはおかしいではないかとして、「ともあれ、『南京』を否定した文春は完敗した。アウシュビッツを否定した文春の今回の態度が、もし本心からの反省であるなら、『諸君!』こそ廃刊にすべきであろう」と云う。

 れんだいこが興味を覚えるのは、次の点である。ホンカツ氏は、
1・ホロコーストと南京大虐殺事件との奇妙な通底性を踏まえている。これは恐らく正しい認識であろう。
 2・西岡論文の問題提起を一蹴している。つまり、ホンカツ氏のシオニズムとの親和性が判明する。
 3・南京大虐殺事件を否定する「諸君!」との確執に義憤している。つまり、ホンカツ氏は南京大虐殺事件についてこれを肯定的に実証しようとしている。
 4・マルコポーロが廃刊されるのなら「諸君!」の方こそ廃刊されるべきであるとしている。
 5・廃刊についてそれを当然視している。

 以上から、ホンカツ見解の位相が判明する。れんだいこは、ホンカツ見解とは凡そ対極の立場に位置しているが、「ホンカツ氏の1・ホロコーストと南京大虐殺事件との奇妙な通底性を踏まえている」点のみ、奇妙に一致している。

 それにしても「廃刊当然論を唱えるマスコミの大御所」の痴態を恥じることなく披露しているホンカツの言論人としてのお粗末さが見えてくるケッタイな論考「『マルコポーロ』は廃刊にして『諸君!』は廃刊にせぬ文春を嗤う」ではある。

 一体、言論人が、廃刊促進論を唱えるなぞ理解可能だろうか。ホンカツが現代ジャーナリズムの大御所だとしたら、それは背筋が寒い話ではないか。れんだいこは、その見解の異常性を嗅覚する。しかしながら、氏を奉るサヨ族が居る。どっかで決着付けねばなるまい。

 2005.1.11日 れんだいこ拝
【「アウシュヴィッツの争点」の著者・木村愛二氏の参戦】
 「アウシュヴィッツの争点」の著者・木村愛二氏が参戦し、本多見解とは反対に西岡論文の擁護に向かった。木村氏によれば、「ホロコースト見直し」は為されるべきであり、「アウシュヴィッツ問題」は、「現在、世界で最後の法的な人種差別国家となったイスラエルの支配権を握る極右集団の思想的根幹をなす〈政治的シオニズム〉に対しての根本的な批判」として意味を持つ、と云う。

 この木村氏とホンカツ氏間には犬猿の確執とも云える対立が発生しているが、西岡論文を廻っても相まみえており、「『週刊金曜日』への公開問題提起文」がこの辺りの事情を紹介している。木村氏も、「憎まれ愚痴」サイトの「本多勝一"噂の真相"同時進行版」で自己解析している。
【「『週刊ポスト』の廃刊ピンチ事件」】
 「マルコポーロ廃刊事件」以外にも「『週刊ポスト』の廃刊ピンチ事件」があったようである(1999.11.5日付けの「内外タイムス」に 「『噂の“深層”』15・本誌編集長・岡留安則」よりとして概要次のような記事が掲載されている。

 総合週刊誌のトップを走る「週刊ポスト」が廃刊寸前まで追い込まれる事件があった。1999.10.15日号で、ジャーナリストの歳川隆雄氏が、「長銀『われらが血税5兆円』を食うユダヤ資本人脈ついに掴んだ」をリポートしている。「ポスト」関係者によると、歳川氏が直接書いたのではなく、歳川氏の語りとレクチャーをライターがまとめ、編集部でタイトルをつけたものとのことである。

 その記事が、例によってSWCの抗議と圧力を受ける事になった。SWCのアブラハム・クーパーが、「ポスト」に広告を出稿している有力企業に対して出稿中止を申し入れた。「『週刊ポスト』へ広告を掲載することは、同誌の芳しくない記事に貴社を関係させることになる」として、松下電器産業、トヨタ自動車、日産自動車、本田技研工業、マツダ、サントリー、キリンビール、住友商事の8社に対し、同誌への広告掲載の中止を求めた。

 「ポスト」といえば、出版業界では最大手の小学館が発行し、講談社発行「週刊現代」と熾烈なトップ争いを演じている最中。今年上半期の両誌の実売部数は、「ポスト」78万9000部に対し、「現代」は79万7000部で、その差はわずか2万部強。「ポスト」は1号あたり1億円を超える広告収入があり、それが減少すれば存続を脅かす危機になるという商業メディアのアキレスけんを突かれた。

 結果的に「ポスト」側は、世界の主要新聞への謝罪広告掲載というSWC側の条件を撤回させ、ポスト誌上およびポストのインターネット上でのおわびとポストが出稿している新聞でのおわびで一件落着。マルコポーロ事件と同じく『ユダヤ人理解のためのセミナー参加』も義務づけられた。当初、SWCの要求通りに世界の主要新聞におわびを出すとなれば、60億円くらいかかるのではないかといわれていただけにポスト坂本隆編集長も小学館トップも胸をホッとなでおろしたに違いない。これにより、週刊ポストの廃刊は免れた。

 ちなみに、問題となった記事「長銀、われらが血税5兆円を食うユダヤ資本人脈ついに掴んだ」の全文は、
 http://chougin.tripod.com/991015po.htmlで読める。
 週間ポストは、同年の11.26日号に、次のような謝罪文を掲載している。
 「(略)経済大国・日本のトップ週刊誌としての自覚を欠いていたことを深く反省すべきであると考えます。サイモン・ヴィーゼンタール・センター及び在日ヤダヤ人諸団体に対し、これらの重大な誤りについてご指摘いただいたことを感謝します」(「日本タブー事件史」、別殺宝島、2005.1.28日初版)。
 木村愛二氏は、「『週ポ』Bashing反撃:Web公開『偽イスラエル政治神話』1」で次のように述べている。
 「週刊ポストが世間周知の『ユダヤ金融資本』への警戒を求める記事を掲載し、ユダヤ人にも『ショア・ビジネス』として嫌われるサイモンズ・ウフィゼンタール・センターから攻撃を受けたら、またもや、日本の自称『言論の自由の守り手』は、一斉に沈黙した。わずかに『噂の真相』、『創』が、短い記事を載せただけです」。
(私論.私見) 「『週刊ポスト』の廃刊ピンチ事件」について
 事件は解決したが、由々しき事態がはびこっていることになる。今や、言論誌の論調が気に食わなければ広告出稿中止手段により威嚇するという方法で、SWCにより言論界が統制されていることになる。そういうコントロールで日本ジャーナリズムの生殺与奪が握られていることになる。この手口は商法改正以前の右翼団体が使った手口でもあるが、言論界に対する一種の金融支配が進行中ということになる。こうなると、「自由な言論は死んだも同然ではないのか」。道理で退屈極まりない気の抜けたビールのような情報しか飛び交わない訳である。
【テレビ朝日の番組・「スーパーモーニング事件」】
 「SWC」による日本ジャーナリズム界への圧力は更に続いた。「日本に圧力をかけるシオニスト組織SWC」より引用する。
 
  2001.10.15日、テレビ朝日の番組「スーパーモーニング」でコメンテーターとして出演していた川村晃司元カイロ支局長が、アメリカの炭疽菌事件に関連して、「アメリカのメディアを支配しているユダヤ人を狙ったものではないか」という趣旨の発言をした。すると「SWC」が即座に反応し、「その内容は全くの虚偽。『支配している』という部分が、ユダヤ人差別につながる」と猛抗議した。
 コメントの取り消しと訂正、川村氏の降板などを要求されたテレビ朝日は、「番組も川村自身も反ユダヤの意図は全くなかった。しかし、彼の発言が視聴者らに誤解を与えたことは極めて遺憾だ。誤解を解くために番組内で対応する」という内容の書簡を「SWC」に送った。そして翌月11月5日の放送で、川村氏は「限られた時間内での私の発言が誤解を招いてしまったことは遺憾である」と釈明したほか、イスラエルのイツァーク・リオール駐日大使による、「ユダヤ人への偏見が生まれる」背景などの説明も放送された。

【木村氏対高橋氏の「マルコポーロ廃刊の経緯論争」】
 木村氏対高橋氏の論争は、「マルコポーロ廃刊の経緯」を廻っても為されている。木村氏は、「『週ポ』Bashing反撃:Web公開『偽イスラエル政治神話』1」を投稿し、高橋亨氏が「マルコポーロ廃刊の経緯考」で反論している。以下、これを検証する。
【木村氏の見解】
 木村愛二氏は、「『週ポ』Bashing反撃:Web公開『偽イスラエル政治神話』1」で概略次のように述べている。木村氏自身がついこの間まで「ホロコースト定説」を信奉していた。丁度「マルコポーロ』廃刊事件」直前の頃、①・ドイツにおけるホロコーストの実在性を疑う議論を禁止するための刑法の強化の動き、②・「シオニストとナチの共生関係」に対する気づき、③・シオニズム批判等々の観点から「ホロコースト定説」に疑問を覚え始めていた。

 そうした折の1995.1.17日、文芸春秋社の月刊誌「マルコポーロ」に、西岡氏の寄稿文「戦後世界史最大のタブー。ナチ『ガス室』はなかった」が掲載された。木村氏は、(その後と思われるが)「アウシュヴィッツの争点」を出版し、元レジスタンス闘士、元フランス共産党政治局員のロジェ・ガロディ著「偽イスラエル政治神話」を翻訳し、世に問うた。

 ガロディ氏は、「偽イスラエル政治神話」を出版。後、当然の如くユダヤ人団体から告発された。ガロディ氏は、その際、知人であるピエール神父に支持を要請した。神父は、それに応えて暴力によるイスラエル建国を非難、著作を支持する書簡を送った。1996.5.1日付け毎日新聞は、「仏『国民的神父』がナチスの大量虐殺否定?/カトリック教会『遺憾』」の見出しで、1996.5.8日付け朝日新聞は、「『フランスの良心』がユダヤ人大虐殺に疑義/『タブー視せずに探求を』発言に非難の大合唱」の見出しで報じている。しかし、その後のピエール神父は、「5月初めから仏を離れ、北イタリア、パドバの修道院で生活している」(1996.5.31日付毎日新聞)とのことである。
 1996.9-10月号の「世界」に、藤村信(東京新聞記者のペンネーム)氏の「パリ通信/ピエール神父の孤独/ホロコースト、ヴァチカン、イスラエル」と題する長文論文が連載された。その中で藤村氏は、フォーリソン、ガロディ、ピエール神父らを「極右政治勢力の類」視して批判している。ロベール・フォリソン教授を「ネガショニズムの代表」と記している。

 木村氏はこれに異を唱える。フォーリソン教授は木村氏と親交があり、古文書鑑定で博士号を取得した大学教授で思想的には左派系である。フォーリソンとその仲間たちは、「リヴィジョニズム」(歴史見直し論)」を自称しており、「ネガショニズム」という悪口用に発明された造語を嫌っている。 「私に対しての、ナチズムだとする攻撃、仄めかしのすべてを中傷と見なす」、「この欺瞞の基本的な犠牲者はドイツ人(ただしドイツの支配者ではない)およびすべてのパレスチナ人である」とのスタンスであることを紹介している。

 木村氏は、概要「ラッシニエ、ガロディ、ピエールの三人はいずれも、戦前のレジスタンスの闘士、ユダヤ人救出、戦前戦後の左派系国会議員という共通項がある」ことを明らかにし、「極右政治勢力の類視されるべきでない」と反論している。

 かくて、次のように興味深い指摘をしている。
 意訳概要「著者ガロディ氏は、もはや『時代遅れなホロコースト神話』が現在のイスラエル国家の政策を正当化するための『隠れ蓑』的口実として使われ、『過去の神話の悪用』が行われているとして告発し、歴史をさかのぼって問い直そうとしている。それは、現代左派運動の転倒事象つまり極右批判に戦闘的になりつつ、その論理がいつのまにか真反対に辿り着いており、極右のシオニストが支配する現侵略国家イスラエルの支持、ないしその侵略行為に対する不感症に陥っている、ことに対する自戒的な批判運動である。その滑稽さはむしろ犯罪的ですらある」。

【高橋亨氏の「マルコポーロ廃刊の経緯考」】
 高橋氏は、上記の木村文に対して、「マルコポーロ廃刊の経緯考」で次のように述べている。
 「 木村氏はこれだけでなく、[aml 14924]、[aml 15050]、[aml 15077]、[aml 15108]、[aml 15191]、[aml 15206] というように、延々と自著の内容をamlに流すという迷惑行為を行い、大顰蹙を買いましたが、これらの内容はゴミでしかないのですべて省略します。[ HOME ] [ UP ] [ PREV ] [ NEXT ]」。
 高橋氏は、「マルコポーロ廃刊事件の真相」として次のように述べている。
 高橋亨です。

 in [aml 15024], 木村愛二さんwrote: 『マルコポーロ』廃刊事件の経過
..snip..
> 一応の経過を整理しておくと、問題の記事を掲載した同誌の一九九五年二月号が発売されたのは、一月一七日。同月二〇日には駐日イスラエル大使館が抗議し、続いて二四日、花田紀凱編集長の下に、アメリカから電話情報が入った。本書で詳しく紹介される「シオニスト・ロビー」の中でも最悪の部類、サイモン・ウィゼンタール・センターが、ワシントンの日本大使館に抗議文を送ったというのである。

> 早くも翌日の一月二五日には、一般向けに報道され、テレビ朝日の『モーニングショー』の話題にもなり、いわゆる総ジャーナリズム状況の大騒ぎが始まった。翌二六日には、同誌の二月号に広告(実は空きが出て無料広告)を載せていたフォルクスワーゲンが、以後の広告出稿を停止(実は以後一年、出稿予定なし)を発表した。二七日、金曜日、文芸春秋の役員会で廃刊が決定された。

 サイモン・ヴィーゼンタール・センター(以下SWC)が「言論弾圧」で雑誌を潰した、と木村さんたちが口を極めて非難する「マルコポーロ」事件ですが、真相はだいぶ違っているようです。ディヴィッド・グッドマン、宮沢正典共著『ユダヤ人陰謀説』(講談社1999年)に内幕が書かれているので、かいつまんで紹介します:

・SWCをはじめ、ユダヤ人団体が廃刊を要求したことは一度もなかった。廃刊の理由はむしろ文芸春秋社内の政治的状況にあった。

・田中健五、花田和凱コンビのスキャンダル路線は、それ以前にも何度も失態(例えば皇室批判で宮内庁に「謝罪」を強いられるなど)を演じており、会社に莫大な犠牲を払わせるものとして非難を浴びていた。

・そして「マルコポーロ」の広告ボイコットが現実になると、もはや田中は責任を逃れられなくなった。

・田中は社長を辞任しても影響力を行使し続けるつもりだったが、安藤満が新社長になると80人以上の大規模な人事異動を実行し、社内における田中の基盤は一掃された。

 結局、SWCの抗議などきっかけにすぎず、「マルコポーロ」廃刊や田中の辞任は文芸春秋社内のお家騒動の結果だったことになります。

 大騒ぎになった割には、文芸春秋は結局「マルコポーロ」を回収・廃刊しただけで西岡論文の検証に正面から取り組むことはついになかったうえ、田中健五はSWCとの共同記者会見の席でさえホロコーストの史実に疑問を匂わせる発言をしていたわけですから、SWCから見たら極めて不満の残る結末だったことでしょう。

(私論.私見) 高橋氏の「マルコポーロ廃刊は文芸春秋社内の単なるお家事情説」について

 何と、高橋氏は、マルコポーロの廃刊につき、「文芸春秋社内の単なるお家事情」なる説を唱えている。ディヴィッド・グッドマン、宮沢正典共著「ユダヤ人陰謀説」を紹介しているだけであるが、単なる紹介ではない。「真相はだいぶ違っているようです」とこの見解を支持する立場から紹介している。

 それによれば、「SWCをはじめ、ユダヤ人団体が廃刊を要求したことは一度もなかった」(その割には、「結局、SWCの抗議などきっかけにすぎず」とも書いており、明らかに矛盾している)のだそうだ。「廃刊の理由はむしろ文芸春秋社内の政治的状況にあった」のだそうだ。意訳概要「田中健五、花田和凱コンビのスキャンダル路線が社内でも顰蹙を買い、遂に成敗された」のだそうだ。

 田中健五氏はSWCとの共同記者会見の様子は、意訳概要「田中氏は、その席上でもホロコーストの史実に疑問を匂わせる発言をしていたので、SWCから見たら極めて不満の残る結末だった」のだそうだ。

 更に、「大騒ぎになった割には、文芸春秋は結局マルコポーロを回収・廃刊しただけで西岡論文の検証に正面から取り組むことはついになかった」とも批判している。これによれば、高橋氏は、「西岡論文の検証」が為されていないのが不満らしい。ならば、文芸春秋に要求すれば良い。元に戻って、マルコポーロを廃刊させずに、誌上論争させれば良かったのではないのか。真面目顔で説いているのかどうか分からないが、一言で云えば、何をかいわんやの珍説では無かろうか。
 なお、高橋氏は、「『ガス室の嘘』オンライン論争の経験から」では次のように述べている。
 (1、はじめに)1995年の『マルコポーロ』事件を記憶しておられる読者も多いことと思う。あのときは、国外からの激しい抗議にあって掲載雑誌の回収・廃刊という安易な対応がとられた結果、問題の論文のどこがどのように間違っていたのか(実際にはほとんど徹頭徹尾デタラメだったのだが)が充分明らかにされることなく話題が収束してしまった。

 そのせいか、いまだに「ガス室」の存在には何らかの疑惑があり、その解明を試みた論文がユダヤ人団体の「圧力」によって潰されたのではないか、というような誤解が払拭されずに残っており、そのような誤解に乗じてホロコースト否定論を広めようとする動きも消えていない。

(私論.私見) 高橋氏の「マルコポーロ廃刊事件を廻る二重見解(ダブルスタンダード)」について

 ここで、高橋氏は、マルコポーロ廃刊事件に対し、二重見解(ダブルスタンダード)を披瀝している。僅かなこの文章の中に混乱が認められることに当人は気づいていないのだろうか。A・「国外からの激しい抗議にあって掲載雑誌の回収・廃刊という安易な対応がとられた」と云うかと思えば、B・「いまだにガス室の存在には何らかの疑惑があり、その解明を試みた論文がユダヤ人団体の圧力によって潰されたのではないか、というような誤解」とも云い為している。

 「文芸春秋社内の単なるお家事情説」に傾く高橋氏の論を整合させるなら次のように云わねばならない。①・「マルコポーロ廃刊」に対してのSWCなどのユダヤ人団体の圧力は無かった。②・「マルコポーロ廃刊」はあくまで「文芸春秋社内の単なるお家事情」による内部問題である。高橋氏は、その持論を整合的にするならかく述べて論証すべきである。この点で、高橋氏の見解自体が分裂しており、読み手の我々は混乱せざるを得ない。

 しかし、そのように論を張るとなるとこれまた問題が生じよう。本サイト冒頭の「マルコポーロ廃刊事件の経緯」を踏まえれば、SWCなどのユダヤ人団体の圧力は存在したのであり、それを否定するなどとは黒を白と云い含める言論詐欺に他ならなかろう。しかし、何の利益があってこのような曲解を振りまこうとするのだろう、れんだいこにはそれが解せない。

 議論というのは、認めるべきところは認め認識を共有する。その上でそれから先における見解の相違を見出し糾していくというのが望ましい。いわゆる認識のらせん的発展であり、その作法を常道とすべきである。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」式に何でもかんでも否定していくのは真っ当な議論では無かろう。
【デイヴィッド・グッドマン氏の「マルコポーロ廃刊の経緯考」】
 「デイヴィッド・グッドマン/宮澤正典(藤本和子訳)「ユダヤ人陰謀説:日本の中の反ユダヤと親ユダヤ」(講談社、1999.4月)」(2006.9.9日付投稿「マルコポーロ廃刊の内幕。『事実の検証』を『反ユダヤ主義』と言い換えるレトリック」)は、雑誌マルコポーロの廃刊事件の真相をレトリックで捻じ曲げようとしている悪文であるが、「文芸春秋社マルコポーロ廃刊事件の真相」として次のように述べている。
 このような経過を見ると、アウシュビッツ解放五十周年にホロコーストの史実を否定する記事を大々的にのせて、そのスキャンダル性にのっかって雑誌を売ろうとする方法はとつぜん起きたことではなく、田中健五と花田和凱の編集の手法に一貫した特色が発揮されたにすぎないことがわかる。「スキャンダリズムに走りすぎる」という批判は『マルコポーロ』事件以前から文芸春秋内でひんばんに聞かれた。田中路線は会社に莫大な犠牲をはらわせる、という非難が高まり、『マルコポーロ』の広告主からのボイコットが現実になると、田中健五は責任をのがれられなくなった。
 ユダヤ人団体による広告停止要請に応える形で起きたように見えた『マルコポーロ』廃刊事件は、じつはこのように、ユダヤ人やホロコーストとはほとんど関係のない文芸春秋社内のお家騒動にすぎなかった。そして文芸春秋が西岡論文の内容に正面から取り組むことは、ついになかった。記者会見で田中健五は、ガス室は本物だと思いますか、という質問に対して「それはあなたと論争できない。私はイスラエルに行ったことがあるけれども、アウシュビッツには行ったことがありませんから」と答え、最後までホロコーストの史実を疑問視しているという印象を強く残したのである。廃刊事件はつまるところ、「ユダヤ人」という題材をいいように利用する、商品になりさがったジャーナリズムの典型が具体化されたものにすぎなかった。(P407ー408)
(私論.私見) 高橋氏の「マルコポーロ廃刊事件を廻る二重見解(ダブルスタンダード)」について

 雑誌マルコポーロの廃刊は、西岡論文を奇禍としてユダヤ人権団体が激しく糾弾したためではなく、「発行元編集部の御家騒動が原因だ」と云う風にレトリックし、それをさも本当らしく立論している。
【中村敦夫氏の「雑誌〈マルコポーロ〉廃刊の謎・・・・アウシュヴィツのガス室は存在したか?」考】
 木村愛二氏は、「阿修羅ホロコースト1」の2005.4.24付け投稿「ホロコースト・ガス室を疑い拙著も紹介した『中村敦夫新聞』記事」で、1995.3.20日付「中村敦夫新聞第3号」の「 雑誌〈マルコポーロ〉廃刊の謎・・・・アウシュヴィツのガス室は存在したか?」を紹介している。高橋氏の「マルコポーロ廃刊は文芸春秋社内の単なるお家事情説」に対する否定となっており、興味深いので転載する。
●突然の廃刊・・・・・・!

 社会問題を鋭く追求してきた雑誌〈マルコポーロ〉(文藝春秋社)が、今年2月号をもって突然廃刊(傍点・・)になった。2月号の特集ーーナチ「ガス室」はなかったーーが原因である。この記事に対し、米国のユダヤ人団体〈ウィゼンタール・センター〉が在米日本大使館に抗議文を送った。イスラエル政府の抗議もあり、外国の有名企業や、海外で事業を展開している日本企業から、同誌や文藝春秋誌などへの広告ボイコットが表明された。

 これに対し、文藝春秋側は、一言も反論することなく、自主的に2月号を回収し、廃刊を決定してしまったのである。簡単に言えば、自ら主張したことがらの正当性を証明することもなく、〈言論には言論で〉という原則も踏みにじり、広告主の圧力に言論の自由を売り渡してしまった。読者に対しても、その経過に関する説明は一切省かれた。まさに、ジャーナリズムの自殺行為である。

 ●何が書かれてあったのか?

 雑誌が回収されてしまったので、ほとんどの人々はその記事の内容を知らないと思う。私の手元には、記事のコピーがあるので要点を紹介しよう。書いたのは神経内科の医師・西岡昌紀氏(38)である。西岡氏は、「ガス室の存在」に関する欧米での論争に興味を持ち、6年前から様々な文献を集めて研究し、自ら検証のためにアウシュヴィッツを訪れている。欧米では、学者やジャーナリストの論調は3派に分かれている。A、ガス室の存在を肯定する派、B、その事実を再検証すべきだと主張する派、C、ガス室の存在を否定する派である。〈マルコポーロ〉の記事を読む限り、西岡氏は、ガス室の存在は捏造であるという否定論の立場を取っている。その根拠は、以下の点である。

 1、ナチスには、〈ユダヤ人問題の最終的解決〉計画があったが、それはユダヤ人の絶滅を意図したものではなく、東方(主にソ連領)への」、民族的移送であった。これは、押収されたドイツの公文書の中に多数発見されている。虐殺指令の文書はない。

 2、ドイツ、ポーランドなどに造られた20の収容所は、東方移送のための仮施設であり、また収容したユダヤ人を労働者として使役する目的があった。反抗者に対して厳しい体罰も加えられたが、収容者の健康維持に配慮している記録がある。米軍に解放されたユダヤ人の元気な姿の写真があるが、意図的に発表されていない。

 3、〈ガス室の恐怖〉は、戦時中から国連軍によって流布されていた。戦中、及び戦後、ニュールンベルグ裁判時などの時点では、ガス室はドイツとポーランドの各収容所にあったとされている。しかし、1960年には、西独の戦時問題スポークスマンが、ドイツにはガス室はなく、ソ連支配下のポーランドの複数の収容所にだけあったと訂正している。これが現在でも定説だが、実際に今残っているガス室跡は、アウシュヴィッツとマイダネクの2つだけである。他にもガス室が存在したことは証明できない。米軍が最初に解放したダッハウ収容所のガス室扉の写真は、ガス処刑の証拠として宣伝されたが、後にシラミ退治の衣服消毒室であることが判明した。

 4、戦時中、ヨーロッパ全土にチブスや他の疫病が蔓延し、収容所でも多くのユダヤ人が死亡した。ナチはDDTを持っておらず、病原菌を媒介するシラミ駆除のため、収容者の衣服を殺虫剤のサイクロンBで消毒した。

 5、ガス室肯定論者は、サイクロンBを使って処刑したと主張しているが、これで6百万人を殺すことは、物理的、科学的、医学的に不可能である。映画などでは、缶に入っているサイクロンBをガス室に投入すると、そのまま毒ガスが吹き出すという描写になっているが、これはあり得ない。缶の中身は青酸ガスが吸着した固形のかけらで、これを長時間加熱しないと毒ガスは発生しない。

 6、アウシュヴィッツで公開されているガス室では、大量処刑ができない。換気窓がないという決定的な理由がある。青酸ガスは、壁、天井などに密着しやすく、自然風を使っても空気入れ代えに20時間以上を必要とする。さらに、処刑を目的にするためには、設計的に高い気密性がなく、外部にガスが漏れることを防げない。

 ●日本のマスコミの反応

 西岡氏は、自分がナチ肯定者ではないし、ガス室がなかったことが証明されたとしても、ナチがユダヤ人に対して行った言語に絶する非道は許されない、とくり返し述べている。ところが、氏に対する日本のマスコミの集中攻撃はすさまじい。その姿勢の中味は、氏がジャーナリストでも歴史学者でもないのに、という反感に基づいている。また、他人の著書の引用ばかりであるという非難、ネオナチを助長するだけだという政治的判断などが多い。しかし、驚くべきことに、氏が論拠として述べている具体例に対する反証は全くないのだ。あるのは、定説を守れという怠慢から来る横柄さ、ユダヤ問題はタブーだという恐怖心ぐらいなものである。

 実際の話、日本には、この問題に関する本格的な研究者もいないし、突っ込んだ取材をしているマスコミもない。一介のお医者さんにこれだけの大問題を提起されてしまったことを、むしろジャーナリズムの恥とすべきである。欧米では、すでにこのテーマはオープンになっている。そもそも、ドイツにガス室があったという定説をくつがえしたのは、反ナチの左翼運動家であったフランスの大学教授ポール・ラッシニエであった。彼は、ナチに捕らえられ、ドイツ内の強制収容所を転々と移動させられた。しかし、どの一つにも、ガス室などはなかったと断言した。

 雑誌〈噂の真相〉では、ジャーナリストの木村愛二氏が、フランスの歴史学者、フォーリソンのホロコースト否定論、そしてプリンストン大学のメーヤー教授(ユダヤ人)の懐疑的な姿勢にも触れている。

 驚くべきことだが、「ガス室」の存在に疑問を持ち、見直しを主張する人々のなかに、ユダヤ人自身が多い。こうした人々は、狂熱的なシオニスト(ユダヤ民族主義者)のグループが、他の見直し主義者を弾圧したり、やたら各地にホロコースト記念館を造り、実業に結びつけている実態に眉をひそめている。

 デビット・コ-ル氏は、若いビデオ作家であるが、自分もユダヤ人である。彼はアメリカのTVに出演し、堂々と疑問を投げかけている。彼のビデオテープも手元にある。アウシュヴィツとマイダネクのガス室を撮影し、アウシュヴィツの天井や壁には、青味がかった青酸の痕跡のかけらもなく、毒ガスが投げいれられたという天井の穴は、後に作られたものであると主張している。
 
 ●問題点は何か?

 私個人としては、「ガス室」があったか、なかったかを断言できない。なぜなら、私は専門に研究したことがないからだ。今までは、アウシュヴィツの物語を信じていただけである。しかし、西岡氏やコール氏の主張には驚くべきものがあり、是非これに対する反証を知りたいと思う。ところが、こうした見直し論や否定論に対しては、これまでも納得のゆくような説明は出てきていない。それどころか、物証と呼べるものは何もないのだ。

 西岡氏が言うように、あれだけの骸骨の山、眼鏡の束、髪の毛があったではないかというのは反証にはならない。チブスの大流行があり大量の死亡者が出たことを、収容所の誰もが認めているからである。また、生き証人の証言もまず当てにならない。それは両側から同等に出てくるからだ。しかも、もしガス室に入っていたなら、そこから証人が登場するずはない。証拠として、アウシュヴィツの収容所々長ルドルフ・ヘスが、処刑前に書いた回想記が例に出されるが、〈ドイツ兵が煙草を吸いながら、黙々とガス室から死体を運び出していた〉などと書かれている。西岡氏は、ガスマスクもかけずにガス室に入るはずはなく、煙草なんか喫っていたら大爆発の可能性があると指摘している。捕らわれの身での密室の証言は、全面的に信用できないのは常識である。

 ●戦時情報の本質

 戦時には、敵をおとしめるためのあらゆるデマ情報が、砲弾と同じ数ぐらい飛び交うものである。ジャーナリズムの使命は、デマに荷担することではなく、真偽を極め、事実を民衆に報道することだ。そして、作られた定説というものを常に疑うことが基本である。

 ポーランドでは、〈カチンの森事件〉があった。ポーランドの将校たちが、大戦中に殺害され埋められた事件である。長い間の定説では、ナチの犯罪であるとされ、誰もがそう信じてきた。しかし、ゴルバチョフの時代になって、それはソ連軍の行為であることが証明された。

 湾岸戦争では、石油だらけになった鳥の偽造映像が、ニュースの間にはさみ込まれた。世論操作のためにこうしたやらせは、たえず誰かが仕組んでいるのである。もし万が一にも、ナチの「ガス室」が虚構の物語であったとしたら、歴史は大いなる嘘ということになる。ユダヤ人への圧倒的な同上がバネとなり、パレスチナ人が不当と怒るほどのイスラエル領土拡張が決定されたことになるからである。そして、現在に至るまでの血みどろのパレスチナ紛争につながったとすれば、元凶は「ガス室」神話だということになる。

 私には、ユダヤ人の複数の友人がおり、留学中世話になった担任教授もユダヤ人である。彼らに差別意識など持っているはずはないし、強い愛情すら感じている。彼らだって、事実が明らかにされることをよしとすると信じている。前出の木村愛二氏は、〈アウシュヴィツの争点〉という本を近く出版するという。彼が間違っていると思う人がいたら、堂々と反論し、ねじ伏せてみるべきだ。出版社や個人に圧力をかけるなどということになれば、ますます「ガス室」に対する不信が拡大するだけだ。
【ワールド・フォーラムの提言】
 ワールド・フォーラム代表幹事/佐宗邦皇氏は、「阿修羅雑談10」の2004.8.19日の「マルコポーロ廃刊事件と『出版の自由』弾圧の背景ーホロコースト神話は何故生まれたか?ー」で次のように述べている。
 (回答先: やっぱり、ホロコーストの定説はおかしいです。 投稿者 考察者K 日時 2004 年 8 月 18 日 21:14:42)

 ワ-ルド・フォ-ラム11月例会の御案内
 
 秋の紅葉が色づきが深まり始めた今日この頃になりましたが、皆様にはお元気にご活躍のことと存じます。9・11事件の発生以来、米国では「愛国法Ⅰ・愛国法Ⅱ」の名の下、また日本でも昨今の「出版・言論の自由」が脅かされつつあります。かつて「出版の自由弾圧事件」の先駆的事件だったのが、1995年1月に起きた文藝春秋の月刊誌「マルコポーロ」廃刊事件であり、ワールド・フォーラム11月例会では、その「出版の自由」の問題を取り上げます。そこで、その当事者であられた著者と編集長の内科医 西岡 昌紀 氏 と 元文藝春秋「マルコポーロ」編集長 花田 紀凱 氏 をお招きして、ほぼ10年経過した現在、あらためて「 マルコポーロ 廃刊事件 と「出版の自由」弾圧の背景 ー ホロコースト神話 は何故生まれたか? ー  」 というテーマで、お話戴きます。

 戦後世界史最大のタブーのナチの「ガス室はなかった」は、「ホロコースト神話」を実証的に調査分析して、その真相を明らかにしようとしたものでしたが、その真相追究は、シオニズムの原点の根幹に関わることであった為に、ユダヤ・シオニストはそうした神話の否定の議論の放置を許さず、野猛反撃に出て来て、真相隠しの必死の試みに、「言論の自由」・「出版の自由」の弾圧事件にまで発展した訳です。そうした流れの中で、1960年代末の「アポロ11号の月面着陸の嘘と神話捏造」から2001年9月11日の自作自演「米国同時多発テロの嘘と神話捏造」へと、同じ「ユダヤ・シオニストの歴史捏造」が繰り返された訳です。そこで、こうした神話の原点をあらためて検証して、現在でも大マスコミがその「真相の検証」をしようとしない、「真相隠し」の原点がこの「ホロコースト神話」の「真相隠し」にあることに鑑み、検証いたします。皆様方には、大変お忙しいとは存じますが、お誘いあわせの上お越し下さいますようお願い申し上げます。

 [ 西岡 昌紀 氏 プロフィール ]
 1956年東京生まれ。内科医。元厚生省医務官。1995年1月17日に神戸で阪神大震災が起きた同日発売の文藝春秋社月刊誌「マルコポーロ」1995年2月号にて、「戦後世界史最大のタブー『ナチ・ガス 室』はなかった。」を発表。同誌は、イスラエル大使館と米国のサイモン・ウィーゼンソール・センターの抗議を端緒とする、文藝春秋社への広告ボイコットの呼びかけの後、廃刊に追い込まれた。(ただし、この廃刊の本当の理由は、別に有ったとする文春関係者の証言も有る。)著者自身も、この事件の際、記者会見を開こうとした際、厚生省幹部から、記者会見を中止する様にと言う脅迫を受けて居る。事件後2年が経った1997年、「アウシュウィッツ『ガス室』の真実 -本当の悲劇は何だったのか?」(日新報道)を発表。近著に「ムラヴィンンスキー・楽屋の素顔」(リベルタ出版)が、共著に、「教科書が教えない小林よしのり」(ロフト出版)「どう違うの?新しい歴史教科書 VS 今までの歴史教科書」(夏目書房)がある。インターネッ上で、コラム「日々雑感」「羅生門からオウム真理教へ「『反米』に未来はある?」、小説「神の丘」「海の花」「カフカの墓」「ルーズヴェルトの亡霊」「遠野に現れたイエス・キリスト」などを配信中。

 [ 花田 紀凱 (かずよし) 氏 プロフィール ]
 19422年静岡県浜松市生まれ。東京外国語大学外国語学部英米語科卒。1966年 文藝春秋入社。1988年「週刊文春」編集長に就任。1994年「マルコポーロ」編集長就任。1996年 文藝春秋を退社し、朝日新聞社の女性誌「uno!」創刊 編集長に。同年、角川書店に移り「メンズウォーカー」編集長就任。2001年より宣伝会議常務取締役。「編集会議」「映画館へ行こう!」 編集長を務める。「30年間雑誌をやってきたが、未だに飽きない」とのことで、「文藝春秋」のような雑誌を発刊するべく新たな道に乗り出す。

 ワールド・フォーラム代表幹事 佐宗邦皇 FAX(3353)5947 E-mail:sasokunio@hotmail.com
 ワールド・フォーラム ホームページ: http://www.worldforum.jp

【「太田龍・氏の時事寸評」の指摘】
 太田龍・氏の「時事寸評」の2007.2.16日付け投稿№1959「ジョン・コールマン博士の著作の日本語版十五冊目、「ロスチャイルドの密謀」(成甲書房)が第二刷。コールマンの著作をより多くの日本人に紹介するよう、有志の努力を要請する」がマルコポーロ事件について貴重な言及をしているので転載しておく。(れんだいこが任意に編集替えした)
 ○ジョン・コールマン博士、太田龍共著、成甲書房「ロスチャイルドの密謀」。この本は、一月二十日初版第一刷。そして、この二月十五日、第二刷が出て居る。もう今では、殆んどすべての日本人は、一九九五年(平成七年)、「マルコポーロ」誌事件(文藝春秋社発行の月刊誌『マルコポーロ』が、ナチスドイツのユダヤ人六百万人ホロコースト、とりわけアウシュビッツ収容所のガス室で、六百万人とか四百万人とか言うユダヤ人をナチスドイツが殺した、との『お話し』に、ほんの少しばかり疑問を呈するだけの記事を掲載した件で、世界のユダヤ人組織が文春に襲いかかり、文春側が土下座して謝り、降伏した事件)のあと、日本の社会から、一切の反ユダヤ的文献を一掃せよ!!との、米国=世界ユダヤ人組織の命令を、日本政府=日本の全マスコミが実行に移したこと。その事実を忘れてしまっている。

 ○かくして、その時点での主要な反ユダヤ的著述家、思想家のブラックリストが作成され、このブラックリストに記された人物の著作を市場から排除すること。とりわけ、マスコミは、絶対にそれらの人物の著作の広告を掲載してはならない!!と、命令された。筆者の名前が、その先頭グループに記されていたことは自明である。

 ○従って、それから十年以上を経て、筆者の名前は、急速に日本人から忘れられ、人々の意識から消えた。しかし、ジョン・コールマン博士の日本語版著作については、例外的に、今日まで、ごく僅かな読者の支持を得て、出版され続けている。現時点で、コールマン博士の日本語版著作は以下の通りである。

  (1)「300人委員会」(KKベストセラーズ)
  (2)「300人委員会 凶事の予兆」(成甲書房)
  (3)「300人委員会 バビロンの淫婦」(成甲書房)
  (4)「迫る破局生き延びる道」(成甲書房)
  (5)「真珠湾日本を騙した悪魔」(成甲書房)
  (6)「9・11アメリカは巨大な嘘をついた」(成甲書房)
  (7)「秘密結社全論考」(上)(成甲書房)
  (8)「秘密結社全論考」(下)(成甲書房)
  (9)「石油の戦争とパレスチナの闇」(成甲書房)
 (10)「第3次世界大戦」(成甲書房)
 (11)「鳥インフルエンザの正体」(成甲書房)
 (12)「タヴィストック洗脳研究所」(成甲書房)
 (13)「ロスチャイルドの密謀」(成甲書房)
 (14)「ワンワールド」(雷韻出版、絶版)
 (15)「欺瞞の外交」(雷韻出版、絶版)
 以上、十五冊。

 ○つまり、ジョン・コールマン博士の著作とその読者は、米国よりも日本の方がずっと多い、と言うことに成る。これは、些々たる事実ではないであろう。にも拘わらず、日本の極悪売国奴国賊マスコミは、国賊、日本外務省権力の命令に従い、これら十五冊のジョン・コールマン著の広告を厳禁しつづけている。

 ○その存在を知るものは、日本人一億二千万人のうち、一万人以下。つまり、一億二千万の日本人のうち、九十九・九九%からは、その存在が隠蔽され続けている。日本民族有志に、より多くの日本人に、その存在を知らしめるよう、一層の努力を傾注するよう、要請する。(了)

 【注】

 ○ジョン・コールマン博士の著作の最初の日本語訳は、筆者(太田)が推進した平成六年六月、徳間書店から刊行された「300人委員会」である。しかし、この版は、前出「マルコポーロ事件」のあと、会社首脳部の命令で僅か一年で廃棄された。

 ○最近「学研」から出版された、鬼塚五十一著「坂本龍馬とフリーメーソン」。ここには「300人委員会」について、多くの記述があるにも拘わらず、この筆者は、コールマン博士の著作を出典として全く示していない。これは、著述家としては、許しがたい無礼!!な態度ではないのか。それとも、この人は、イルミナティサタニスト世界権力を恐怖しているのだろうか。それは分らない。
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