So-net無料ブログ作成
検索選択

(旧約聖書+新約聖書)のゴッドは同じ存在ではない [神社・神話]

情報の洪水の中で、何が真実でなにを知るべきなのか。
誤誘導する情報が多い中で、知るべきなのは何か。
あちこち文献を読み、ブログを読み、直感を働かせて、ある程度あたりをつけないと、真実の情報にたどりつくキーワードは得られない。


「ほとんどの神社が宇宙から来た爬虫類生命体「龍」を祀っている?」
「天孫降臨/神武の驚くべき正体 日本古代史の闇」第一部 コンノケンイチ(今野 健一)
http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-223.html#end

内容は「「先代旧事本紀大成経」、「デヴィッド・アイクの爬虫類人」、「日本のいちばん醜い日」(鬼塚英昭)、「天皇の金塊」(高橋五郎)、「出口王仁三郎」、「日月神示」、「聖書」から組み立てられた類例のない推考」とのことで、著者しか生み出せない大胆なる天皇論、歴史考察であった。複数回に分けて引用する。
日本の古代に降臨した神々は、私たち人類とは基本から異なる、異星の爬虫類生命「龍(ドラゴン)」だった。それを私たち日本人は神と崇めてきた。
同じく、キリスト教の聖書(旧約聖書+新約聖書)のゴッドは同じ存在ではなかった。旧約聖書のゴッドは日本に天孫降臨してきた異星の爬虫類生命「龍」と同一で、新約聖書のゴッドこそ人類のルーツに直結するゴッドだった。互いは基本から相反する異質の神だったのである。

古代中国の歴代皇帝は「顔は龍」で、さまざまに変身できるとされている。人間の姿から角と輝く龍の目を持ち、鱗が生えたトグロを巻く体と形容されている。
同じ意味が、「本紀大成経」が述べる神武天皇から16代までの天皇の容姿で、角と輝く龍の目を持ち、鱗と尻尾が生えてトグロを巻くとある。
・・・・・(中略)・・・・・
歴代の中国皇帝も、自らの権力の象徴として「龍」の名を多用してきた。
秦の始皇帝の別名は「租龍(そりゅう)」で、漢の高祖は龍と人間の間にできた子だという。そして皇帝の顔は「龍顔」で、王座は「龍座」と称された。中国における龍は、この世の権力と宇宙霊力の象徴でもあり、創造主の代名詞だった。



「大群衆が目撃した巨大UFO、そしてファティマ第三の予言とは 2014.01.05」
「天孫降臨/神武の驚くべき正体 日本古代史の闇」第二部 コンノケンイチ(今野 健一)
http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-224.html#end
バチカンには「奇跡現象認定委員会」が存在し、奇跡現象の審査は厳重をきわめる。そして、これまでバチカンに正式に認定された奇跡現象は「ラ・サレットの奇跡」「ルールドの奇跡」「ファティマの奇跡」の3つだけである。
*その日ファティマ一帯は、爆発しそうな状況にあった。ヨーロッパ全土から7万~10万人もの大観衆が続々と詰めかけ、極度の興奮状態で運命の時刻を待ち構えていた。そのなかには、ヨーロッパの主要な国の新聞記者、科学者の顔もあった。
そして彼らは観た。降り注いでいた雨がピタリとやんで、空を覆っていた雨雲からぽっかりと青空がのぞき、太陽のようなものが天頂に姿を見せた。その太陽は明るく輝いていたが、不思議なことに少しもまぶしくない。 すると突然、太陽が震え始め、ぐらぐらと動きだし、燃え盛る車輪のように回転しながら、四方八方へ無数の色の光線を発した。そのために雲や地面や樹木や岩が、そしてすべての群集が幻想的な色彩に染まっていった・・・。
その原因の第一は、バチカン司教も宣言したように、7~10万人の大群衆の頭上で起きた奇跡現象は錯覚でも幻覚でもない、まぎれもない現実の出来事だった。となるとイエス・キリストの母マリアを象意として人類を「わが子よ」と呼びかけていたことは、新約聖書のゴッド(神)は宇宙に実在し、その直系のルーツが人類となる。
ここで重要なのは旧約聖書ではなく、新約聖書のゴッドということである。

Youtube SPECでの「ファティマ第三の予言」の内容





「日本人は各神社で、レプティリアン「ヤハウェ」を敬虔な心で拝んでいた? 2014.01.07 」
「天孫降臨/神武の驚くべき正体 日本古代史の闇」第三部 コンノケンイチ(今野 健一)
http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-226.html#end

その証拠の一つに、キリストの教えは635年に中国に伝わり、長安に「大秦景教流行中国碑」の石碑も建てられていることである。
空海も「マタイによる福音書」を長安から日本に持ち帰っており、「大秦景教流行中国碑」のレプリカも高野山にある。このようにキリスト教と仏教の根っこは同じだったようである。

第1章で述べた、応神天皇の容姿を思い出していただきたい。次のようであった。

身長は2メートル90センチ、肘に鞆の形があり。眼の形は弓を張ったような三角形、顔の真ん中の角は天に向かって弓に矢を番えているようだ。胸に72本の青い毛が牛の尾のように生えており、長さは馬の尾のようだ。強く生えているので、決して抜けない。

応神天皇は初代の神武天皇から930年を経ているが「龍」の容姿は十分に保っている。 日本に来たガド族は応神天皇のレプティリアン・パワーと合体し、「申命記」が予言したように日本の民衆に「ヤハウェの正義と審判を行なった」のである。
*その秦氏が、伊勢神宮の創設にかかわっていた。ある面では日本固有の「神道」、その象徴である神社すべては秦氏から始まっているのだ。日本固有と思われてきた神道は、秦氏が持ち込んだものだったのである。 そうした意味ではユダヤ教も神道も唯一神、となると伊勢神宮はユダヤ教のゴッド「ヤハウェ」を祀っていることになる。
・・・・・(中略)・・・・・
こんぴらさんの名で親しまれる「金刀比羅宮」は、もとの名を「旗宮」、すなわち「秦宮」という。全国の「白山神社」や「愛宕(あたご)神社」を開いたのも秦泰澄(たいちょう)である。
八幡神社もそうで、八幡とはユダヤのことで、八幡は本来ヤハタと発音し、それがイエフダー~ユダヤとなる。八幡神社もユダヤの神「ヤハウェ」を祀っていたのである。
日本人は各神社で、レプティリアン「ヤハウェ」を敬虔な心で拝んでいた。異星から来た爬虫類生命体とも知らず・・・・。



「あなたの神、主は焼き尽くす神、妬む神である 2014.01.10」
「天孫降臨/神武の驚くべき正体 日本古代史の闇」第四部(最終回) コンノケンイチ(今野 健一)
http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-230.html#end

*筆者は以前から、東京大空襲で全都が焼け野原と化したのに、皇居に一発の弾丸も落ちなかったことが妙に胸に引っ掛かっていた。それについて書かれた本にも、出会ったことはない。

日本の戦国時代も、敵の首魁(しゅかい)の住む本丸「城」を攻撃目標とした。東京全都に32万発の弾丸が落ちて火の海と化したのに、皇居に一発の弾丸も落ちなかったのは妙と思わないだろうか。無条件降伏なのに最高責任者の天皇は裁かれず、天皇制が継続されたことも奇妙だった。
東西ドイツのように国が分断されず、戦争責任のない朝鮮半島のほうが38度線で分断されたのである。なぜだろう。そこには英王室を代表する、レプティリアン血流の意志が働いていたとしか思えなかったのである。

レプティリアンの特徴は、感情面があまり発達しておらず、ワニやトカゲのそれとあまり変わらない。哺乳動物と同じようには感じないのだ。だが知的感覚は鋭く、科学技術を造り出したり、利用することには非常に適している。彼らの精神の働き方をたとえれば、コンピューターだ。ある程度までは効果的に働くが、感情が乏しいので限界がある。だから自分たちと同じ周波数を持つ、哺乳種族の染色体(DNA)を欲しがっている。
また感情のバランスを欠く彼らの精神構造は、この上なく残虐な行為をしながら、犠牲者たちに何の哀れみも感じることがない。それが喜びなのだ。だから彼らの系統は戦争を起こし、何千万人を殺害したり、不自由な身体にすることができるのだ。

さらに、あえて引用しなかったが、「アポロ月着陸に対する著者の見解」等に疑問に感じざるを得ない文面も多々あった。私は「人類は月に行っていない」と思っているが、著者は「人類は月に行っており、月着陸疑惑報道自体が演出である」と、述べている。

それはさておき、よくぞここまで、時代、国家、宗教、思想を越えて、異なる著者及び著書の見解・記述から、「天孫降臨の真実及び、爬虫類系宇宙生命体(旧約のゴッド)と哺乳類系宇宙生命体(新約のゴッド)は対立している」といった、“著者独自の見解”を導き出すことができたものだと思う。
「旧約のゴッドと新約のゴッドが異なる存在である」とのことだが、このことについては、以前、太田龍氏も「キリストが非難していたパリサイ・ユダヤ勢力が、キリストが信仰していた本来の神を、パリサイ・ユダヤが信仰するヤハウェにすり替えた」と記していたが、表現の方法が違うだけで両者は同様のことを述べていると思われる。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0